●リプレイ本文
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学校を訪れた皆を迎えたのは、4年3組の担任、川上まことだった。
「来て下さってありがとうございます。子供達も楽しみにしているんですよ」
「学校の先生ってやってみたかったんですよね。こんな夢のような機会が来るとは」
案内されるまま教室へ向かうまでの間、旭(
ga6764)は、教師の道を目指したものの家の許しが得られずに断念した過去を持つ。
今日も先生らしく、とスーツに身を固めている。
「旭もか。俺もパイロットでなければ保父か教師に成りたかったんだ」
そう言って旭の肩を叩いたのは堺・清四郎(
gb3564)。彼もまた、教師を体験するために依頼を受けた一人だった。
列の最後尾にいる緋桜咲希(
gb5515)は一人何事かを呟いている。
「牛肉野菜煮込み‥‥パンにはちみつマーガリンが付くなんて、夢のようですっ」
改造費や装備資金に追われパンの耳とモヤシと塩パスタで過ごしていた赤貧少女。戦わずに報酬を貰え、三食昼寝付とは行かないまでもタダ飯付のこの依頼はまさに渡りに船だった。
「傭兵とは何ぞや、かぁ。よし、俺のありのままを見せてやるかっ!」
生徒達の待つ教室の前で、大槻大慈(
gb2013)は気合を入れて勢い良くドアを開けた。
「ハリセン先生の大槻大慈だ〜。ヨロシクなっ皆!」
手にした巨大ハリセンが子供達の興味を惹いたらしく、方々からハリセン先生と呼び声が掛かる。
皆も順次自己紹介をしていく中、
「初めまして烏丸八咫です」
遠慮がちに挨拶をした烏丸八咫(
gb2661)に、男の子を中心に『眼帯かっけぇ!』という声が広がっていく。内心怖がられないか心配していた彼女は密かに胸を撫で下ろした。
最後に、黒ジャージ黒スカートに身を包んだハルトマン(
ga6603)がお辞儀をした。
「みなさんこんちはなのです、うちはスナイパーのハルトマンというのです。きょうはよろしくおねがいしますね〜」
きらりと笑顔を見せる彼女は、外見的には生徒達と大差ない。
疑問符を浮かべる生徒達に、旭が言った。
「彼女のように若くても、能力者として活躍している者は沢山います。まずは、能力者について説明をしましょう。検査でエミタという機械に合うと分かった人は能力者になれます」
彼はULTから貰ってきたパンフレットを配る。エミタの適性検査や傭兵勧誘について若年層向けに書かれたものだ。
「ただし、その力を悪用したりするような悪い人はなることはできません。そういった事もちゃんとチェックされます」
「能力者になった人は、覚醒という状態になって敵を倒すのですけど‥‥それでは少し覚醒してみますね」
言って、ハルトマンは覚醒する。髪の毛の一部がぴょこりと、ネコ耳のように起き上がる。
「うちはこんな風になるのですけど、人それぞれ覚醒の様子は違っているのです」
「能力も、皆それぞれ違っているんだ」
ハルトマンの説明を受けて、柿原ミズキ(
ga9347)が続けた。
「気配を消すとか、罠を見つけ出す、キメラを弱らせる、傷を治す‥‥クラスによって使える力は変わってくる」
「能力者と言っても、皆と同じ人間だ。ただ少しばかり強い力、便利な力を手に入れただけのな」
清四郎は真剣に耳を傾ける子供達を見渡して言う。
「だから、俺達だけではバグアには勝てん。能力者が休んでいる時守ってくれる人、ご飯を作ってくれる人、機体の整備をしてくれる人。そんな沢山の人達の力に支えられて、初めて戦えるんだ。
世界を守るのはたった一人の英雄なんかじゃない。世界を守りたいと思う一人一人の想いが積み重なって世界を守っているんだ」
熱く語り終えると、教室の後ろに立っていたまことが拍手を送る。それは教室全体に広がっていった。
仲間からも起こった拍手の中、教室の隅っこに座り込んでいる九頭龍・聖華(
gb4305)も、うんうんと頷いて。
「ん‥‥人それぞれ‥‥傭兵も‥‥それぞれ‥‥」
小さく呟いてお菓子の二袋目を開封した。どうやら皆の講師ぶりを見学する体勢を続けるらしい。
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黒板に『傭兵の仕事』と書いて、大慈は皆を振り向いた。
「バグアとかキメラって、知ってるかな〜?」
子供達は口々に知っている事をアピールする。
「うん、地球を征服しようとする悪いヤツラなんだ。そいつらから地球を守ることや、困っている人達を助けてあげるのが傭兵の仕事なんだ」
清四郎は黒板にULTと依頼に関する略図を描く。その間、八咫は右手に自分の姿を模したパペットを。左手にはキメラを模したパペットを填めて動かしながら説明する。
「仕事と言っても、ULTに寄せられる依頼は沢山あります。キメラ退治のようなものから、お店のお手伝いの様な個人的なモノまで様々です。私達はその中から選んでいます」
「傭兵は自分自身が信じるものの為に戦う。それは金だったり、名誉だったり、人の笑顔のためだったりな」
旭は自らが向かった依頼で出会った変り種のキメラを紹介して一通り笑いを取ってから言った。
「じゃあ、皆から質問があればお願いします。‥‥はい、窓際のきみ」
「はい! 皆さんは、どうして傭兵になったんですか?」
大慈はハリセンを肩に乗せて言う。
「やっぱ、正義の味方になりたかった‥‥ってのがあったんだよな。『俺もヒーローになるんだっ』って、小学校に入る前は皆もそうだろ?」
男の子達は肯定するように照れた笑いを浮かべる。ミズキは少し恥ずかしそうに、子供っぽいかもしれないけど、と前置きして言った。
「ボクの場合は命の恩人が、傭兵だったからなんだ。家族の事とかもあったけど、一番はそれかな」
「うちはとにかく戦いたかったから能力者になったのですよ。身体能力とかもアップして、自分の限界を超えた気分になれますからね」
外見に似合わぬ台詞を言いつつ、ハルトマンはにっこりと微笑んで見せた。清四郎の告げた理由は、
「正規軍では目が届かない所も守りたかったからだ。広い世界から見れば一部かもしれないが、その一部で泣いている人はいるんだ。次の質問は?」
「傭兵になって、一番大変だった事は何ですか?」
「はいっ、お金があっという間に無くなる事です!」
元気良く手を上げて即答したのは咲希。
「機体レンタル費、装備購入費、改造費が特に高いっ!! 兵舎の賃料とか高熱水道費はそうでもないんだけど‥‥」
次第に愚痴になり始めた咲希に代わり、旭が答える。
「人を助けるのがお仕事なんだけど、攻めてきたキメラが強かったり、救助が間に合わなかったり。次に進むために、それを乗り越えるまでが大変ですね。他には、ありますか?」
「はーい! 傭兵になったら、モテますか?」
いかにもお調子者といった風の男子が挙手すると、クラス中に笑いが起こる。
相変わらず隅っこで桜餅を食べていた聖華はゆらりと立ち上がり、側に置いていた蛍火の鯉口を切るや覚醒して言い放った。
「童ども、考え違いをするなよ? 傭兵になったらモテるでは無いぞ!?」
全員の視線が集まる中、聖華は子供達一人一人を見つめて言う。
「そんな安易な考えをするよりも人として己を磨くのじゃ!! さすれば傭兵だろうとそうでなかろうと、モテるであろうぞ! 煤けた己じゃ、どんな職種じゃろうと、モテぬぞ」
しんと静まり返る教室に、刀を納める音が響く。覚醒を解いた聖華は再びうずくまり、三個目の桜餅を口に運んだ。
「え、えぇっと‥‥」
咲希が咄嗟にその場をとりなした。
「モテるかモテないかは、やっぱり個人次第かな? その人の人間的魅力が高ければ、モテると思う‥‥人間的魅力って分かるかな?」
最後の質問は、まこと先生からの質問だった。
「傭兵になって、一番良かったと思う事はなんですか?」
「タダでいろんなトコに行ける事かな? 仕事だから楽しんでばかりもいられないんだけど、それでも初めて行く場所だったらワクワクするんだよなぁ」
大慈の言葉に、ハルトマンも頷いて。
「普段では行けない所に行けたりするのです。あとはKVといって大きな飛行機に乗れるのがとっても好きですね。自由に飛べる感覚はたまらなく気持ち良いのです」
「それは私も同感です」
咲希が嬉しそうに言う。
「操縦を覚えなくても、エミタAIが勝手に動かしてくれるから‥‥勝手に手足が動くの気持ち悪いって思うかもしれないけど、歩いたりする時に考えないでも手足が動いてくれるのと同じだから」
「『ありがとう』。その言葉を守った人から言われた時だな」
清四郎に続いて旭が言う。
「いろんな人と仲良くなれることも嬉しいですね。だから皆もお友達をどんどん増やして、いろんな人と仲良くなって欲しいと思います」
と、壁際で再び聖華が立ち上がった。
「キメラ‥‥食べる、事‥‥出来る事‥‥。キメラは‥‥いい‥‥味は、それなり‥‥でも‥‥量が、ある‥‥」
さんざん食べていたにも関わらず、聖華の腹がく〜っと鳴った。同時に授業終了を告げる鐘。給食の時間を、彼女の腹は敏感に察知していたのだ。
まこと先生が立ち上がり、皆に言った。
「今日の特別授業はこれでおしまい。皆、勉強になったね。傭兵の皆さんにお礼を言おうか。はい、全員立って」
「「傭兵さん、ありがとうございました!!」」
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その日の給食の献立は、パン、はちみつマーガリン、牛乳、牛肉と野菜の煮物、とうもろこし。
子供達の席に混ざって、皆も一緒に給食をいただく。
煮物の人参を残している男子に、大慈が言う。
「ほら、好き嫌いしてたら大きくなれないぞ?」
「兄ちゃんだって、小さいだろ」
「俺はまだまだこれから大きくなるんだよっ!」
大慈がヘッドロックをかけている後ろで、聖華は既に完食した器を手に辺りを見回している。食べ足りないので、給食を残している子供を捜しているようだ。
久しぶりのまともなご飯に感涙する咲希。ミズキも子供達に色々質問されながら給食の味と雰囲気を懐かしむ。
「今は、このレベルを保つのも大変なんだろうな。皆、味わって食べるんだよ」
「とうもろこし、美味しいですよね。綺麗に食べられるようになったのはいつ頃だったっけ?」
旭は子供達に、食べ方のコツを教える。
給食を食べ終えたら、お昼休みは教室の皆と校庭へ。
大慈は子供達にAU−KVを装着して見せる。
「ほら、危ないからちょっと離れてろよ〜。行くぜ、ハリセンスプラーッシュっ!」
巨大ハリセンを大上段に構えジャンプと共に振り下ろし、
「そして〜、ハリセントルネードぉっ!」
着地と同時にハリセンを横薙ぎに一回転する。
「どうだっ、これが俺の必殺技だぞ!」
湧き上がる子供達に、清四郎と旭が声を掛ける。
「皆でドッジボールをするぞ!」
「やりたい人、集まってください」
男子と活動的な女子がグラウンドに集まっていく中、八咫と咲希は芝生の上で女の子達の輪に入っていた。
「折角ですから何かあげましょうか。私はこういうぬいぐるみを作るのが得意なので」
「じゃあ、私ウサギがいいな」
八咫がマスコットを縫ってあげている横で、咲希は指編みの編み方を教えている。
「次は、ここの指の糸をこっちに通して‥‥」
ウサギを作り終えた八咫は一人でドッジボールを見つめるミズキに気づいて歩み寄った。
「あなたは、あの中に入らないのですか」
「八咫姉‥‥ちょっと昔を思い出して。八咫姉をこんな顔にしちゃった原因は、ボクなんだよね」
「そうでしたね‥‥でも仕方の無かったことですからね」
「助けを呼びに行った時にキメラに襲われて‥‥」
(「全く、余計な事を背負わせてしまったのは私の方だというのに」)
当時の光景が八咫の中にも思い起こされる。
ミズキは自分も大怪我を負っているというのに、従姉妹である八咫を心配し謝ってばかりいた。今も、彼女は無理をしている。家族の事もずっと、背負い続けているのだ。
「でも、後悔しても過ぎた事は変えられないしさ、それにボクにはそんなのは似合わないからね」
気を取り直し、ミズキは笑顔を見せた。
やはりこの従姉妹には笑顔の方が似合っている、と八咫は思う。だからこそ、彼女の周りには自然と仲間が集まってくるのだろう。
「それじゃ、行ってくるね。こういうのは子供の頃から得意だし。八咫姉は?」
「私は、身体を動かすよりも観ている方が好きですから」
八咫は元気に駆けていく従姉妹の後姿を見送った。
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小学生相手のドッジボールとなると、覚醒無しでも手加減が必要となる。
「おっ、良い球投げるな」
清四郎は受け止めたボールを味方の外野に回す。
ミズキが旭チームに加わったので、AU−KVを外した大慈が清四郎チームに参加している。
一人木の下にいる女の子に、ハルトマンが声を掛けた。
「隣、良いですか? お話しましょう」
ドッジボールでアウトになり、十分いる外野から外れて来る児童達に、お菓子を手にした聖華が歩み寄る。
「動くと‥‥お腹すく‥‥食べる‥‥?」
覚醒時のイメージでちょっと怖がっていた子供達も、今の聖華の様子に安心したのか貰ったお菓子を手に彼女についていく。
聖華はハルトマンと話していた女の子の、ハルトマンとは逆隣に陣取る。その女の子とハルトマンにもお菓子を手渡し。女の子は、自然と皆の輪の中に打ち解けていた。
一方ドッジボールは、既に能力者四人の対決となっていた。
「お仲間相手なら容赦しません!」
旭の瞳が金色に輝く。投擲されたボールはさながら弾丸。
「うおっ!?」
受け止めた清四郎は、自然と覚醒していた。能力者が意識した時以外に覚醒する条件。それは、能力者の命に危険が及んだ時。
それもそのはず、旭の球は豪力発現に乗せて放たれたものだった。
子供達はその威力を目の当りにして盛り上がる。清四郎に向けてやり返せなどの声も多数。
「ならばこちらも‥‥危ないから皆は離れていろ」
清四郎も覚醒し、全力で球を返す。
「うおりゃあ! 大回転投法!!」
ミズキと大慈も覚醒し、子供達に害が及ばないようにと気を配る。
数回の応酬で威力を増した球は予想外の方向へ飛び出した。剛速球が、お菓子を食べる子供達の輪の方へ――。
破裂音。
ボールは天高く舞い上がり、小さくなった。覚醒した聖華が刀の鞘で打ち上げたのだ。
「何を考えておる! ちと、力が入りすぎじゃぞ!!」
「「スミマセン‥‥」」
ちょっとした(?)アクシデントがあったものの、誰にも怪我は無く子供達も喜んだので結果オーライ。打ちあがったボールも、しばらく後に落ちてきた所を回収された。
数日後、オペレーターの綾音の元にまこと先生から荷物が届いた。
その中には、臨時講師として学校を訪れた傭兵達一人一人に対する子供達の手紙が入っていた。
「あとで皆さんに届けなくちゃいけないですねぇ〜。ん、これは‥‥?」
手紙の下に入っていたのは、傭兵八人が子供達と一緒に並んで撮った、クラス全員笑顔の集合写真だった。