タイトル:【妖幻】鼠と神職の跡継マスター:きっこ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/21 21:01

●オープニング本文


 今日も斡旋所は、大小さまざまな依頼が舞い込み、受ける依頼を探して訪れる傭兵達で賑わっていた。
 依頼表示ディスプレイの前に立つ彼らを見るともなしに眺めているのは、日本人オペレーターの綾音である。
 ふと、傭兵達の中に見知った顔が居たような気がして。
 綾音はそちらへ歩み寄った。
 すらりとした長身が、その姿勢の良さが際立たせている。女性もうらやむような白い肌。対照的な闇色の髪は、僅かに癖があるのか緩やかな曲線を描く。そうそう見間違える事のないその姿。
「やっぱり、十夜君です〜」
 振り向いて声の主を確認した彼は、ふわりと微笑んだ。
「綾音さん。お久しぶりです」
 二年ぶりに会っても変わらない人当たりの良さに、綾音も自然と笑顔となる。
 彼の名は八丈部十夜(gz0219)。綾音にとって彼は、年下の幼馴染だった。
 端正な顔立ちが冷たい印象を与えるのか、黙っていると近付きがたい印象を他人に与えるらしい。
 だが、当の本人は優しく穏やかで、人の悪意もそれと気づかないような人物であることを、綾音は知っている。
 それはそれで敵を作る場合もあるのだが、本人が気にしていないので綾音も放置してきた。かく言う綾音も、他人から自分に向けられる悪意には鈍い性質の人間なのだ。
「十夜君、傭兵になったんですねぇ。おめでとうございます〜」
「ありがとうございます」
「お父様方には、反対されなかったんですかぁ?」
「色々言われはしましたけど、何とか了承はもらえたので」
 困ったような笑みを浮かべて、彼は言う。
 彼の実家は小さな神社を守りながら心霊相談所を営んでいる。長男である十夜は本来であればその跡継ぎということになるのだが、十夜自身それをよしとしなかった。というのも、家族の中で唯一十夜だけ、霊感というものが備わっていないのだ。
 後を継がせたい父と、霊感のある妹にその座を譲りたい十夜とで折り合いのつかないまま過ぎていた時。十夜に能力者としての適正があることが発覚した。
 十夜は熱心に両親を説得し、高校卒業後という条件付で傭兵となる許可をもらったのである。地球の危機に立ち向かおうとしている息子を、跡を継がせたいからという理由だけで止めることはできない。
 もちろん危険に向かう息子を心配しない訳はないが、十夜が自発的に強く何かを望むのは初めてだったということもあって、息子の意思が尊重された。
「まだ、跡継の話は諦めてはいないらしいんですけどね」
 溜息をつく十夜に、綾音は返答を返しあぐねた。彼の両親の気持ちもわかる綾音には、なんとも言い難い。
 話を変えるために、十夜が見上げていたディスプレイパネルを見上げた。
「依頼、受けるんですねぇ?」
「う〜ん‥‥まぁ。何分初めてなもので、どういったものを受けるべきなのか迷ってしまって‥‥」
「でも、この依頼をずっと見てましたよねぇ?」
 それは、人サイズの鼠型キメラが、小型犬サイズの鼠キメラを大勢率いて次々と倉庫を襲っているというものだった。
「あ、これは‥‥鉄鼠みたいだなぁ、と」
「てっそ?」
「ええ、古い妖怪です。天皇家に恨みを持った高僧が、死後に石の身体と鉄の牙を持つ巨大鼠の怨霊になって、沢山の鼠を連れて‥‥鉄鼠が食い荒らしたのは、食料じゃなくて仏像や経典なんですけど」
「へぇ〜。興味を持ったなら、その依頼を受けるのがいいですよ〜。これなら初依頼には手頃だと思いますし」
「そうですね。依頼に同行される方々に、ご迷惑をおかけしないかだけ心配ですが‥‥頑張ります」
 十夜のその言葉に、綾音は閃いた。
「それならば、最初からお世話になること前提にすればいいんですよ〜」
「え?」
「この依頼を受ける傭兵さん達に、十夜君の実戦指導をお願いしておきますねぇ」
「いえ、そんなわけには‥‥綾音さん?」
「そうと決まれば、十夜君の資料を作らないとですねぇ。大丈夫ですよ、十夜君。お姉さんに任せておきなさいな〜♪」
 十夜の言葉は既に彼女の耳には届いておらず、綾音は依頼を受ける傭兵に渡す十夜の資料を作るため、いそいそとその場を後にした。

 と、言うわけで。
 倉庫をはしごして食料を食い荒らす鼠キメラの討伐以来に、新人傭兵への実戦指導というおまけ任務が追加されたのであった。

●参加者一覧

リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
秋津玲司(gb5395
19歳・♂・HD
美環 玲(gb5471
16歳・♀・EP
セグウェイ(gb6012
20歳・♂・EP

●リプレイ本文


 現場へと向かう高速移動艇内。
 セグウェイ(gb6012)は同期となる十夜に声を掛けた。
「お互いエキスパートの駆け出しだな‥‥これも何かの縁、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします。先輩方が同行してくださるので、心強いです」
 共に戦いに赴いてくれる存在があるから、初めての戦いを前にしても笑顔を浮かべる事ができる。
 そんな十夜の隣で、秋津玲司(gb5395)が誰にともなく言う。
「鼠の群れですか‥‥なにやら鉄鼠のようですねぇ、現れたのも日本ですし」
「鉄鼠、知っているんですか?」
 どこか嬉しそうな十夜に、玲司は伊達眼鏡の位置を直して答えた。
「たまたま、この間読んだ本で。さすがに8万4千匹もいたりはしません‥‥よね?」
「日本の妖怪とやらはよく分からんが‥‥」
 リュイン・カミーユ(ga3871)が割って入る。
「傍迷惑なのに変わりはない。人様の食い物を横取りするとは、しっかり仕置きしてやろう」
 たとえどれだけの数がいようと、全て殲滅するのみ。彼女の表情にはそう言わんばかりの自信に満ちていた。
 端に座っていた瓜生巴(ga5119)が提案する。
「鼠ですが。多少の被害には眼を瞑って、倉庫内に全て引き入れてしまった方が良いでしょう」
 外で戦い散り散りになられては殲滅が難しくなる。
 十夜は少し考え、尋ねた。
「屋内での戦い、ですか。僕はどのように動いたら、皆さんの助けになるでしょうか?」
「自分の頭で考えろ、そうでなければ何も学べないのダー」
 レベッカ・マーエン(gb4204)が言うと十夜は少し慌てた様子で。
「そうですよね。頼りきりでは、いけませんね‥‥すみません」
 謝る十夜に、レベッカは「む」と黙り込んだ。自分は人を教えるのには向いていないのだ。
 ふと心に浮かんだ、科学者としての師でもある父から受けた言葉をレベッカは口にした。
「今何をするべきか、そして自分に何ができるか。まずはそこからだ把握する事だな」
 彼女の言葉を聞いて、初めて戦いに赴く美環玲(gb5471)も頷いた。
「私も、皆さんの足を引っ張らないように頑張らせていただきます!」
 両の手を胸元で拳に握り気合を入れるが、頼もしいというよりかわいらしく見える。
 そんな彼女と、その隣にいる美環響(gb2863)を交互に見つめるのはドッグ・ラブラード(gb2486)。男率の高い側に座っている彼が尋ねた。
「二人は良く似ていますが、ご兄弟ですか?」
 響は微笑んでこう答える。
「さぁ、どうでしょうか」
「秘密は女を綺麗にする、という言葉をご存知かしら?」
 玲はそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。



 行儀良く並んだ倉庫群の内、襲撃に遭っていないのは端の二つ。
 順当に行けば手前側が襲われるのだろうが、念を入れて手前をA班、奥をB班とし二手に分かれた。
 エキスパートがこれだけ揃ったなら、捜索には事欠かない。
 探査の眼を活用し、班内でさらに2手に分かれ、1時間交替で見張りを続ける。
 食糧倉庫、と言うが、実際は空き倉庫をその用途に当ててあるのだろう。と言うのも、天井に明り取りの窓があるからだ。
 食料の保存には向かないだろうが、倉庫内を戦場とする彼らには好都合だった。薄暗くはあるが、灯りが必要というほどでもない。
 A班担当倉庫内で休憩中、ドッグは持参のお菓子BOXの中身を十夜に勧める。色々な話をしながら、十夜が緊張しないよう気を使う。
「緊張しすぎても駄目ですからね。全力で、リラックス!」
 そこへ、外回りからリュイン、レベッカ、セグウェイが戻って来る。ドッグは三人にコーヒーを出しながら、外の様子を確認している。その後十夜を伴って交替で見張りへ向かった。
「巨大鼠と大群なら、こっそり襲撃は到底無理な話。現れれば嫌でも分かるだろう」
 言って、リュインは壁際に座る。
 水筒の冷水で一息つくレベッカに、セグウェイが淹れた紅茶を差し出した。
「どうです?」
「すまないな」
 カップをレベッカに手渡し、リュインにも、と眼を向ければ。彼女は既に爆睡中だった。
 一方、B班担当の倉庫では響と玲が休憩を取っている。
 響は玲にこれまで彼が経験した戦いを話して聞かせていた。
「今日はエキスパートならではの戦い方というのを魅せてあげましょう」
 と、差し出した空の手にはいつの間にかレインボーローズが。得意の奇術を披露しつつ、エクセレンターについて講義する。
「戦場選ばずの僕達ですが、スキルにより特に盾や探査役が多いですね。武器はどれでも使いこなせるので、戦術にあわせて用意することが可能です。生き残ることに長けたクラスと言えるでしょう」
「良い面をあげると、そんな感じですね」
 と言ったのは、外から戻ってきた巴だった。後ろには玲司もいる。
 たくさんのスキルを使用できようとも、AIにセットできるのは3つだけ。広く浅く、それ故に器用貧乏な面がある。数え切れないほどの戦いを潜り抜けてきたエクセレンターだからこそ、それを身をもって知っていた。
 だが、巴は多くは語らず。
「実戦を積めば、自分の欠点も知れる。欠点を知れば、補う事はできますから」
 と、倉庫の一角に腰を下ろす。
 響は立ち上がり、玲を促した。
「僕達の番ですね。行きましょう玲さん」
「ええ、よろしくお願いしますね。響先生?」
 二人が見張りに立ってすぐ、呼笛の音が高く響く。同時に無線連絡。声はドッグのものだが、抑揚を抑えた声は覚醒しているが故。
『こちらA班、目標発見。現在、倉庫奥の一角を破って進入中。進入完了次第、戦闘を開始します』


 ドッグと十夜は入口側に回りこむ。倉庫入口から入る時には、B班と合流を果たした。
 あれだけ熟睡していたにもかかわらずリュインは既に覚醒し臨戦態勢。
「下手にボスから倒せば、下っ端が散り散りになる場合もある。先に小鼠どもを片付けるぞ!」
 大きな鼠を中心としてひしめく中型犬サイズの鼠。
 貯蔵されている食料を狙うモノや、傭兵達に敵意をむき出しにして襲い掛かるモノ達も。
 響と玲、セグウェイは自身障壁を発動する。
 初めての戦闘で戸惑う玲、セグウェイ、十夜に、レベッカが檄を飛ばす。
「見学に来たんじゃないだろ? 躊躇うな、泣き言はやってみてから言うのダー」
 同時に超機械を始動させる。特に鼠が密集している箇所に放った電磁波が、数匹の身を宙に躍らせた。
 覚醒に全身を黒く染めたドッグが誰にともなく言う。
「我々にとって練力は車のガソリンと同じ。常に気を配る必要がある。スキルは使い所を見極めて」
 雑魚鼠達の数は尋常ではない。100匹以上はいるだろうか。
「鼠どもを囲い込め! 逃走を許すなよ」
 指示を飛ばしながらリュインは、右手に機械剣、左にバックラーを構えて一心に鼠を倒していく玲の姿を見咎めた。
「突出するな。周りと協力して倒していかんと、バテるぞ」
 リュインの声に気づけば、一人鼠の群れの中に深く入り込みかけていた。
「危ない!」
 玲司の声。飛びかかる2匹が玲に噛み付く前に、AU−KVに身を包んだ彼がアサルトライフルで狙い撃つ。
 背後から襲い掛かる数匹は、瞬天速で接近したリュインが鬼蛍で一閃した。
「ありがとうございます」
 虚を突かれた様子の玲の脇にドッグが駆け寄る。手には洋弓から持ち替えた蛇剋が握られている。
「最大の武器は仲間だ。お互いをフォローできるよう常に動きを把握しながら戦う。前に出るか、下がるか。状況に対応しやすいことが我々エクセレンターのの特性だ」
 頷く玲の近くで、セグウェイも大きく返事を返す。
「はい、先輩!」
 セグウェイが影風車を横に凪ぐと、柄から手裏剣が飛び鼠を分断する。テグスで繋がれたそれはスイッチ一つで柄へと戻った。その間、自らに飛びかかってくる鼠に銃口を向け空中で仕留める。
 丁度その時、遅れて合流した巴の横に弾が被弾した。表情一つ変えず覚醒して言う。
「SES兵器の流れ弾は危険ですから。新人の皆さんは射線に気をつけて」
 遅れてきたのは、B班不在となった倉庫に一人残っていたため。
 もし一部の鼠がB倉庫に流れてきたりしていては意味がない。巡回し安全確認をしてからこちらに駆けつけた。
 機械剣の柄を持ち、巴は食料を貪り食う鼠の一団へ真っ直ぐ駆ける。
 柄だけのまま振るった剣の、本来あるべき刃が鼠に触れる瞬間だけ柄に力を込める。
 巴の手元で発現しては消えるレーザーの刃に鼠は次々と倒されていく。
 素早く足元を駆け回る鼠の間を、巨大鼠も駆け回る。他の鼠よりも巨体ながら、群れを囲む傭兵達に素早い動きで襲い掛かってくる。
「僕の前に来るとは、なかなか勇敢ですね」
 近付いてきた巨大鼠に、響は左右一対のS−01を向けた。充分に引きつけての二連射は、巨大鼠の胸と腹にヒットする。
 玲は戦い慣れて来たのか動きに硬さがなくなり、鼠2体を難なく斬り伏せた。顔にかぶさる自慢の黒髪をかきあげて不敵に笑む。
「さあ、私に跪きたいのは誰かしら!!」
 当初あれだけいた鼠達も、数がまばらになり始めていた。
 ドッグと入れ替わる形で、刀から和弓に変えて後衛からの攻撃に専念していた十夜が言う。
「だいぶ、片付いてきましたね‥‥『鉄鼠』も少し動きに精彩を欠いてきた」
「よし、一気に片をつけるのダー!」
 レベッカの練成弱体が巨大鼠を襲う。同時に自らに電波増幅を施し、超機械の電磁波を放つ。
 跳ね上がる雑魚鼠の横を駆けるドッグに数体が襲い掛かるが、セグウェイの影風車と拳銃が援護する。
「キメラの優秀な感覚器官が、逆に仇ともなる」
 ドッグの鋭い突きが、巨大鼠の右眼に深く突き刺さった。
 甲高い悲鳴と共に動きを止めた鼠の脇腹に、リュインのフォルトゥナ・マヨールーが向けられた。威力と引き換えの、たった2発の装弾数。しかし――。
「この距離なら――外れん」
 二発の銃声。
 巨大鼠は最後の力を振り絞り狂ったように暴れ始めた。それを見、リュインは後方に下がる。
「後は新人三人で片付けろ。互いのタイミングをずらしながら、波状攻撃をかけるんだ」
 あとの雑魚鼠は、残る五人で掃討に掛かる。
 巨大鼠が劣勢なのを悟ったのか、雑魚鼠達は誰からともなく逃亡を図り始めた。
「逃がさない‥‥」
 狙い済ました玲司の銃弾が、それらを確実に仕留めていく。
「たとえ雑魚キメラとはいえ、一般人には充分な脅威ですからね」
 巴は倉庫の端で見つけた鉄製の箱を移動させ、鼠達が開けた進入口を塞ぎ退路を断った。新たに壁を破ろうとしても、その間に次々と討ち果たされていく。
 三人が巨大鼠を倒した時、同時に長かった殲滅戦も終了していた。


 倉庫の中にはおびただしい数の鼠達がその身を横たえている。
 覚醒を解いたドッグは、その姿を痛ましげに見つめた。できることなら埋葬してやりたいが、この数では‥‥。せめて哀悼の意を、と十夜に尋ねた。
「日本では、死者をどう弔うのですか?」
「そう、ですね‥‥黙祷を捧げるのなら、ここでもできそうです」
 ドッグは十夜に教わった通り、失われた命に黙祷を捧げた。
 その横で、十夜は修祓のために祓詞を詠じ始める。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神筑紫の‥‥」
 せめて魂だけは罪穢から解き放たれるよう――。
「良く頑張りましたね」
 響が玲の肩を叩く。彼女が受けた傷も救急セットで治療が済んでいた。
「これから先、より厳しい戦地に赴こうとも生還する事を諦めないでください。美環の者には戦場死はとても似合いませんからね。華やかな舞台がお似合いですよ‥‥玲さん?」
 玲は心ここにあらずといった様子だ。やがてぽつりと。
「これが今の私の力‥‥そしてその先に在る者の力」
 想像していた以上に深い、歴戦の能力者と今の自分の実力との隔たり。実戦の中で、まざまざと見せつけられた。
 だが巴も言っていたとおり、まずは己を知る事だ。今日がその第一歩。
「いずれ私もその頂に‥‥すぐに追いついてみせますわよ」
 響を振り向き、微笑む玲の瞳には強い光が宿っていた。
「これは、僕も負けていられませんね」
 微笑返す響は、玲の髪からレインボーローズを取り出してみせた。

 ULTの処理班に現場を引き渡して、皆は帰途につく。
 ラスト・ホープに到着した高速移動艇から降り、ふと思いついた玲司は十夜の隣に並んで言った。
「私は今こうして傭兵として戦っています。まだまだ知りたい事が沢山あるのに、世界が滅んでしまったら知る事ができなくなってしまいますから」
 生きる時間を重ねる毎に、次々と興味対象が現れる。『知る』という事を求めれば、尽きる事はないのだろうけれど。だからこそ、でき得る限り長くそれに費やす時間が欲しい。
「もちろん、自分の力を人々の役に立てたいという理由も無いわけではありませんけどね。十夜さんは、何故傭兵に?」
「僕は‥‥劣等感、でしょうか」
 十夜は負の言葉を口にしながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「実家は小さな神社を守りながら、心霊相談所をしています」
 そういうの、信じないなら聞き流してくださいね。と、言い置いて先を続けた。
「家族は皆、霊感が強くて。僕だけ生来、何も見えないし感じない。そういった事象に困って訪れる人達を救う家族の中で、僕だけがそれを手伝えないんです」
 一旦言葉を切り、エミタの埋まっている掌をじっと見つめる。
「だけど、こうして違った形で人を救う事ができる。家族と同じ場に立てなくても、バグアの脅威からは、家族を守ることができますから‥‥」
 そんな会話を交わす二人の横をすり抜けながら、
「おまえの道はおまえの物だ、信じた道を行く事だな」
 と言い置いて去って行くレベッカの背中に、十夜は姿勢を正して礼を送る。
「ありがとうございました」
 言葉によるものだけが指導ではない。先輩傭兵の戦う姿そのものから得るものも大きかった。十夜は先輩と、共に初戦を戦い抜いた玲とセグウェイにも一人一人に礼を述べ。
 セグウェイは十夜の前に立ち、右拳を掲げる。
 十夜は一瞬戸惑い、しかしすぐにその意図を理解した。右の手に拳を作りセグウェイのそれにかち合わせる。
「今回はお疲れだ。また何かあれば‥‥今度は一人の傭兵としていつでも力を貸そう」
 戦場を経験した以上、もはや『新人』ではない。その覚悟に、十夜も真摯に頷いて。
「僕も、次に戦場で会うときまでに、もっと腕を磨いておきます」
 セグウェイは口端を歪める様に笑みだけを返して、十夜に背を向けて歩き出す。
「またな‥‥」
 全員を見送って、十夜は自らの掌をもう一度だけ見つめた。
 そこに何かを閉じ込めるように強く握り締め。夜色の瞳を上げ、彼もまた歩き出す。
 同じ傭兵である以上、いつかまたその行く手が交差する時もあるだろう。今日胸を借りた先輩達の背を、守れる力を――。
 それが同時に、大切なものを守る力になるはずだから。