タイトル:【LC】流風と桜と‥‥マスター:きっこ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/30 19:43

●オープニング本文



 UPC本部の隅っこにあるこぢんまりとした一室。扉に『UPC総合対策部』という札があるが、中に置かれた机はたった一つだけである。
 机の上もキャラクターもののペンケースやファイル、ノートなどが置かれ、とても軍務が行われているとは思い難い。
 中でも、トラの耳をウサギのように長くした得体の知れない二頭身半のぬいぐるみが目を引く。
 その机について、クマの人形がついたペンを握っているのは士官服を来た小学生──のように見えるが、紛れもなくUPC軍少尉である流風・シャルトローゼ(gz0241)だ。
 日誌として使われているファンシーなカエルノートの脇にプチリアルなカエルマスコットの雨康を座らせて、流風は丸っこい字を書き連ねている。

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 私、流風・アイゼリア・シャルトローゼ少尉は『とらぴょん』の中の人として、
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しばらく日本各地をイベントで回っていました。
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 とらぴょんはどこに行っても人気で、お子さん達はこちらがひっくり返るくらいの
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勢いでぶつかってきたり、引っ張られたり叩かれたり。大変だったけどとても楽しかっ
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 そこまで書いた時に、机の脇に置かれた電話が鳴った。
 慌てて電話に手を伸ばした拍子に器用にもバランスを崩して椅子ごと転がりながら受話器を当てる。
「はいっ、総合対策部──え、あ、はい。私の祖母です! はい‥‥はい、繋いでくださいっ」
 涙目で打ちつけた膝の痛みをこらえながら上体を起こす。が、その途中、受話器の向こうから届いた懐かしい声が聞こえた拍子に流風はその場に正座し姿勢を正す。
「はい、流風ですっ。おばあさまお久しぶりで──いえっ、ちゃんとしてます! 椅子から転がり落ちたりとかしてませんっ」
 相手は遠く離れた日本にいるというのに、流風は必死に受話器を持っていない方の手を振っている。
「‥‥日本はもう桜の時期なんですね。裏山の山桜もきれいに──えっ、桜に!? ‥‥はい、わかりました。ではすぐにそちらに向かいますね! おばあさま、私が行くまで裏山には入らないように──はいっ、ごめんなさい! はい、それでは‥‥」
 電話が切れるのを待って、息を吐き出しながら受話器を置く。それから机の上の雨康を両手で持ち上げて話しかけた。
「裏山の桜がおっきな毛虫さんの大群に襲われて大変らしいよ、雨康。あのきれいな桜を守るために行かないとっ」
 雨康を胸ポケットに入れると、書きかけのカエルノートを閉じて流風は扉に向かう。扉を開きかけて、手をふと止める。
「でも毛虫って怖いよね‥‥傭兵さん達にも一緒に行ってもらおうか? そうだ! 一緒に行くんだったら、毛虫さんを退治した後にお花見できるよね。しっかり準備していかないとっ」
 机にとって返した流風はとらぴょんのメモ帳を取り出し一枚破くと、クマペンで持参するものを書き出す。
「えっと、シートとお弁当と桜餅と‥‥」
 ──毛虫退治の道具は?

●参加者一覧

/ 藤枝 真一(ga0779) / 狭霧 雷(ga6900) / 菱美 雫(ga7479) / Cerberus(ga8178) / 百地・悠季(ga8270) / 天道 桃華(gb0097) / 紅月・焔(gb1386) / ヤナギ・エリューナク(gb5107) / 秋津玲司(gb5395) / 白藤(gb7879) / ソウマ(gc0505) / 緑(gc0562) / 爆田豪(gc1325

●リプレイ本文


 かくして訪れたのは日本某都市の郊外。
 山に囲まれた盆地にあるその街の山際に、流風が育った家がある。
 街の中にも所々に見られる桜が花を咲かせていた。
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)は歩きながらそれを見上げる。
「花見か‥‥良いねェ」
「手順が少しややっこしいけど、毛虫退治と、その後にお花見かしら」
 そう言う百地・悠季(ga8270)はVネックのロングTシャツに紺のロングパンツを合わせ、その上にはスプリングコート。足元はバーガンディブーツと、お花見を考慮したスタイリッシュな出で立ちだが、毛虫退治の為に動きやすさも考慮されている。
「ついでに毛虫退治が有るとしても、だ。毛虫はちゃっちゃときっちり片付けて桜の花に溺れるとしようゼ」
「ええ。勿論、やるべき事はきっちりと‥‥でも駆逐の方は手早く片づけて、楽しむ方に移行しましょう」
「確かに、害虫退治の後にお花見へなだれ込むとは。かなり割の良い依頼ですね」
 ソウマ(gc0505)も自らの強運に感謝しながら微笑む。害虫とやらもただの毛虫と聞く。危険もあろうはずがない。
「今日はついてますね。依頼人のシャルトローゼ少尉には感謝しなくては」
 流風について、ソウマはデータの上でしか面識がない。つまり、二十四歳の女性士官と──。どのような人物なのかと期待を膨らませる彼は、数メートル前を行く小学生が当人だとは気づいていない。
 ヤナギもまた、
「初めまして、だな。俺はヤナギ。可愛いお嬢さん、アンタは?」
 流風を低年齢の能力者と思い話しかける。特に今日は士官服ではなくワンピースにレギンス姿なのだから、こうなればもう小学生以外の何者でもない。
「あ、はじめましてですっ。今日は来てくださってありがとうございます」
 敬礼し名乗る流風を聞いてバツが悪そうにするヤナギだが、流風は慣れたものでまったく気にした様子もない。
 そんな様子を遠巻きに眺める爆田豪(gc1325)は、流風の隣を歩く菱美 雫(ga7479)のもつ四角い風呂敷包みに釘付けになっている。
「花見と言えば、重箱と酒だよな!」
 今、彼の財布は非常に軽い。日々酒を飲んでばかりの生活を送り、気づいた時には生活費まで浸食されていた。
 一週間後の生活──いや、今日の食事を都合する為に酒も飲め飯も食えるこの依頼に食いついたのだった。
 背後からの視線を感じる気がして首を傾げる雫に流風が尋ねる。
「雫さん、毛虫さんは平気なんですか?」
「わ、私、あまり虫は好きじゃないんですけど‥‥で、でも‥‥流風少尉の、おばあさまのお願いなら‥‥お断りする理由は‥‥ないです、よ」
 言って微笑む雫に流風もほにゃりと笑みを返す。
「ありがとうございますっ。私も虫は怖いんですけど、雫さんや皆さんが一緒だと心強いです! ‥‥あ、つきましたよ」
 流風が立ち止まったのは立派な純日本家屋の門扉の前だった。門柱には『華道蒼香流家元 綾木瀬流月』と記された立派な看板がある。
「こちらが流風さんのお宅ですか‥‥大きいですね」
 秋津玲司(gb5395)が思わず呟くほど、予想を上回る邸宅だった。
 流風に案内されるまま風情のある中庭に面した廊下を抜けて、客間に一時荷物を預ける。
「あれ、狭霧さんいつもの武器を持ってきてたんですね」
 流風が言う。狭霧 雷(ga6900)は白銀の装甲手袋をはめながら答える。
「直接桜から取り除いて駆除しようかと思いまして。流石に素手でと言うのも気が引けますしね。覚醒していなければただの手袋ですが、元々戦闘用ですからある意味安全かと思いまして」
「そうですよねっ、素手で触ったらかぶれちゃうかもですよ」
 毛虫の毛がちくちく手に触れるのを想像して身震いしながら流風は裏庭から裏山へと抜け、先に裏山へ回っていた数人と合流する。
 近づいてくる不審なガスマスクの男に流風は笑顔を向ける。
「紅月さん、お久しぶりです!」
 紅月・焔(gb1386)は沖縄での依頼から間を置かずに参加したために使用した装備もそのままだ。
「息災のようで‥‥安心したでごじゃります少尉」
 慣れない敬語で噛むのは相変わらずのようで。
 流風について邸から来た天道 桃華(gb0097)は焔の姿を見て持参した巨大ピコピコハンマーのグリップを確認する。
「変態さん二号も参加してたのね。油断しないようにしないと」
 変態さん一号は彼女の隣を歩く藤枝 真一(ga0779)である。


 ずっと前方からソウマが皆を振り返る。
「桜がある一帯はこちらのようです。皆さん急ぎましょう」
 彼に続き、皆で裏山を登っていく。
「誰かと組んで依頼とはいつぐらいぶりか‥‥」
 呟いたCerberus(ga8178)は気配を感じ横へ跳んだ。彼のいた地面に、頭上から落下した毛虫が重い音を立てて転がる。
「でか!? ちょ‥‥話とちゃうくない!?」
 白藤(gb7879)は思わずCerberusの後ろに隠れる。視線の先で30cmはある巨大毛虫がのたうっているのだ。
 一方緑(gc0562)は暢気に構えている。
「毛虫‥‥思ってたより大きいですね」
「大きいなんてもんちゃうわ! あれ、もしかしてただの毛虫やないんちゃうん?」
 白藤の言葉に被せるように、別の方から桃華の悲鳴が聞こえてくる。
「きゃーきゃー!! なにこれ!?」
 毛虫は真一に任せて後はのんびりお花見デートと思っていた桃華は、地面を這う巨大毛虫に巨大ハエタタキを振るう。
「大きい! 何かサイズが変!!」
 ハエタタキは赤い光の壁に遮られる。
「フォースフィールド! 普通の毛虫かと思えば‥‥こりゃキメラじゃ無ェか!?」
 ヤナギはエーデルワイスを構えると同時に覚醒する。
 声を聞きつけて後ろから駆けつけた雫は、その大きさに青ざめる。
「え、えぇ!? き、キメラ‥‥だったんですか‥‥!?」
「えっと‥‥、ただの毛虫退治‥‥だったのでは?」
 そうとばかり思っていた玲司はAU−KVを置いてきてしまっていた。
「おっ、おっきい毛虫とは聞いてましたけど、こんなに大きいキメラだなんて──ひゃわぁ、近寄らないでくださーい!!」
 流風はくまさんポシェットから取り出した拳銃「黒猫」を乱射する。
「お、落ち着いてください‥‥っ。流れ弾が危ないですよ‥‥!」
 慌てふためく流風を雫が一旦後方へ連れ去る。
 地面のみならず、桜の木の幹と言わず枝と言わず蠢く毛虫キメラの群れを見てソウマが言う。
「まさか、キメラ退治とは‥‥! 事前情報に誤りがあった為、有効な攻撃手段が少なすぎます。分かりやすく言えば、危機的状況です」
「今回は、何事もなく終わってくれれば良いと思っていたのですが‥‥やはりそうはいきませんか」
 苦笑しつつ、雷はキメラの群れへ向かう。その後ろにハンドガンに弾を装填しながら豪も続く。
「花見に来てまでキメラ退治かよ」
 他の依頼と違い、害虫駆除ならば少ない労力で報酬と飯にありつけると思っていた豪である。
「かといって、ここまで来て酒‥‥いや、花見を諦めてなるものか。いつも通りやりゃいいだけの話よ!」
「‥‥そ、早急に退治して‥‥安心して、お花見‥‥できるように、しなきゃ‥‥いけませんね」
 戻ってきた雫の後ろに隠れるようにして、流風が皆に言う。
「す‥‥すみませーん! み、皆さん頑張って退治しましょうっ」 
「おう、いっちょ派手に暴れるとしますか。ただ、折角の桜だ。傷の一つも付けねェようにしたいもんだな」
 ヤナギと雷は幹や花に傷が付かぬよう手甲と爪で木に張り付いている毛虫を引きはがしていく。
「‥‥やること自体は大差ないんですが‥‥厄介ですね」
 雷の言うとおり、大きさもさることながらキメラだけに力が強く。はがすにも気を配らねば樹肌が傷つきかねない。
「せっかくの景色もキメラが居ては台無し‥‥排除しましょうか」
 緑玉を思わせる銃剣「フォレスト」を構えた緑の髪は新芽の色へと変わり伸びゆく。髪と同じく淡い色の光を放つ彼に呼応するように桜達が枝葉を揺すり、当たりに花びらを舞わせた。
 Cerberusは緑と並び立ち後方の白藤に言う。
「後ろは任せた。前の毛虫はこちらに任せろ。守護の番犬の名にかけて仕事をまっとうしよう」
「二人の腕、信用しとるからな♪」
 白藤は緑の剣とCerberusのツインブレイドが薙ぐ毛虫達に小銃「バロック」でとどめを刺していく。
 虫嫌いのため顔色は悪いものの、三人一緒にお花見をするためと自身を奮い立たせて攻撃する。
 広い場所に放り投げられた毛虫に対し、超機械や銃を持つ者たちが攻撃を仕掛けていく。
 超機械で攻撃しながら興味津々といった風に観察しているのは真一だ。
「毛虫はチョウ目の昆虫、蛾の幼虫だな。このキメラは蛾になったりしないのか?」
「ちょっとシンちゃん、縁起でも無い事言わないで!」
 桃華と言い合っている間にも毛虫の数体が全身をいびつに変形させ、蛹の段階を飛び越して蛾になり空へ舞い始める。
「ふむ‥‥こいつは急成長するキメラか‥‥。中々興味深い」
 冷静に分析する真一の腕をバシバシ叩く桃華。
「ほらっ、シンちゃんが言うからホントになったじゃない!!」
 いや、そんな事もないのだが、ともかく飛び回られては余計にたちが悪い。
「羽化もするのかよ‥‥毛虫の内に退治するに越したこと無ェわな」
 言い終わるより早く、仄かな光を帯びたヤナギの身体は変形を始めた毛虫のいる木の前に移動していた。
「とりあえず片っ端から倒していくゼ」
 飛び立たんとする蛾をエーデルワイスの爪ですくい上げ、木から離れたところにイアリスを一閃二閃と叩き込む。
 桜を避けて地面に群がる毛虫めがけて超機械αの電磁波を浴びせながら真一は、あからさまに怯える流風にあえて言う。
「中国では美人の眉の形容に使われたりする‥‥。俺は割りと好きな昆虫だ。模様、形も多様性に富んで面白い。一つ標本に欲しいくらいだ。なぁ流風、作って分けてやろうか」
「い、いいぃえぇぇ! 遠慮しますっ」
 ぶんぶんと激しく首を振りながらも、流風は最初よりは落ち着いてきたのか近づく蛾を的確に狙い撃つ。
 玲司も幹や枝にいる毛虫をアーミーナイフで払い落としていく。
「結構な数だ‥‥個体毎の耐久力が強く無いのが救いだな」
「そうですね。仕方ありません、とにかく数を減らしましょう!」
 GooDLuckで自らの双璧のキョウ運をアップさせているソウマは、自身障壁を発動しバトルブックを左右の手に毛虫の密集地へと駆け込んでいく。
「一人では危険だ! ‥‥仕方ないな」
 玲司はエナジーガンで援護射撃を行いながらソウマを追う。
 悠季は雫と流風を背に庇う位置取りを心がけつつ、飛び回る蛾を狙いデヴァステイターを放つ。木の陰から飛び出し横合いに迫る蛾に至近距離で引き金を引く。
「こっちに近寄らないで頂戴。鱗粉がつくわ」
 前衛でしかも両手剣を持ちながら何故か後衛にいた焔も、ようやく重い腰を上げた。
「せっかくの花見だからな‥‥毛虫退治を終わらせて楽しむとするか‥‥女‥‥花見を」
 漏れかけた煩悩を素早く言い繕い、遠距離からの援護を行うべくグラファイトソードを正眼に構える。
「‥‥目に見えるものだけが全てではない‥‥俺のこの一見意味のない行動は‥‥覇気により敵に大きなプレッシャーを‥‥」
 刀身に全身の力を込めるように気を──いや、高まっているのは煩悩のようだ!
「まあ、ぶっちゃけ何の意味もないがナ!」
 きっぱり言い切った焔に、何が起きるのかちょっぴり期待してしまった桃華がピコハンを翳して言う。
「真面目にやりなさーい! ──って、ちょっ!?」
「うへへぇ桃がぁー」
 突然真一がタックルするように桃華の下半身に抱きつき尻を両手で鷲掴みにしたのだ。
「蛾の鱗粉には、幻覚効果があるようです‥‥気をつけて‥‥!」
 向こうから聞こえる雷の声に、桃華は焔に向けて振りあげたピコハンを真一に叩きつける。
「このぉ、目を覚ませ!」
「ぐはっ!?」
 怯んだところをそのまま逆さに持ち上げ、見事なパイルドライバーをかます。
 正気に戻った真一は、しこたま打った頭を押さえて立ち上がる。
「シンちゃん!? って、またかぁっ!」
「大丈夫か、桃華! 今幻覚を解いてや──ぐふっ」
「まだ幻覚が効いてるわねっ!」
 幻覚から覚めたのか、最初から幻覚にかかっているふりをしていたのか。どちらにしろ問題なのは変わりない。
 こんな調子で真一の凄まじいボケっぷりに毎回つっこまされているのである。


 羽化した蛾の先手を打って、白い竜人となった雷が放っ黒い衝撃を放つ。撃ち落とされた蛾に、玲司が数発撃ち込み仕留めた。
「それなりに数は減って来ましたかね」
 雷が言う。
 主に前衛は毛虫から蛾へ羽化するもの、羽化したものを優先的に叩き。範囲攻撃が可能な者は毛虫をまとめて仕留めていく。
「そろそろ見飽きてきた頃‥‥早く終わらせてしまいましょう」
 悠季は銃で羽に穴を開け墜とした蛾に銃口を向ける。赤光したデヴァステイターから同時に三つの弾丸が火を噴き、太った腹を打ち抜かれた蛾は動かなくなった。
 Cerberusが回転するツインブレイドの刃で毛虫を跳ね上げる。
「緑、ソッチにいったぞ。白藤に近づけさせないといった限りはやってもらうからな」
 飛んできた毛虫と、鱗粉をまき散らしながら飛んでくる蛾を緑と白藤が撃ち落とす。
「上だ!」
「! 退がって!」
 Cerberusの声に反応した緑の身体が紅蓮の炎に包まれる。樹上から白藤めがけ急降下してきた蛾は彼の一閃に分断された。
 それを見たCerberusは内心安堵する。二人よりも戦いの経験が豊富な自分が二人を引っ張ってやらなくてはならないという気持ちがあった。真デヴァステイターとツインブレイドを駆使し常に二人の行動や連携をサポートするよう心がけながら動き、声をかける。
「飛ばれると少々めんどうですね‥‥でも安心してくだい。何体いようと俺が近寄らせません」
 緑は白藤を庇うように立ち回り言う。虫が苦手だという白藤に嫌な思いをさせたくはなかった。
 一方白藤も、Cerberusと緑の後衛からの攻撃に徹しながらも、桜の木を避け狙撃眼で二人の隙を埋めるように近づく蛾を狙い撃つ。
(白藤かて、二人に守られてばっかりじゃあ‥‥!)
 雫は効果が切れた者に再び錬成強化を付与しながら皆を鼓舞する。
「あと、もう一息です‥‥頑張りましょう‥‥!」
 錬成強化に輝くアーミーナイフを振りかざしす豪の姿はまさしく鬼神の如し。
「デカくて気持ち悪いんだよ、この蟲野郎!」
 毛虫の牙や蛾の体当たりによる傷も厭わず突き進み刃を振るう。
 彼の傷を癒した雫は、蛾の羽音を察知し流風の右へ回り込む。飛来する蛾が放った幻惑を見せる超音波を跳ね返し、超機械ζの電磁波を浴びせる。
「気持ち悪いうえに迷惑なキメラは、さっさといなくなって下さい‥‥っ!」
 真一も桃華の天誅を受けて真面目に討伐にかかっており、ヤナギが円閃で桜から払い落とした毛虫達に電磁波を浴びせる。
 終盤から援護と敵残数の掌握に専念していた悠季が告げる。
「ひとまず片づいたわね‥‥」
「普通の害虫駆除とキメラ退治を間違えるなんて。シャルトローゼ少尉はどんな人なんでしょうかね‥‥」
 ソウマは想定していた数倍の労力をかけさせられた事に憤慨を通り越して呆れていた。
「依頼報酬の追加料金を要求します!! 手元にSES搭載武器があったのが、不幸中の幸いでしたよ」
「備え有れば憂い無しと言うか、転ばぬ先の杖と言うか‥‥最低限武器を持ってきていてよかったな本当に‥‥」
 報酬上乗せはともかくとしてソウマの台詞の後半には同意する玲司。
 その袖がついと引かれる。振り向くと、どんよりと落ち込んだ流風の姿があった。
「本当にすみませんでした‥‥ソウマさんも。私がちゃんとおばあさまから詳しく聞いていればよかったですよね。ご迷惑をおかけしました」
 言って、身体をぺったり二つ折りにする勢いで頭を下げる。こうして一人一人に謝って歩いているようだ。
「失敗は誰にでもある。問題はそれを次に活かせるかどうか、だと私は思う」
 覚醒状態のため抑揚の少ない玲司の言葉だったが、その眼には流風への思いやりが見て取れた。
 隣で驚いているのはソウマである。
「あなたが少尉!?」
 そんなソウマを捕まえてヤナギが小声で言う。
「やっぱそー思うよなァ? しょーがねーよな、外見も行動もこんなだしさァ‥‥」
「ええ。全くの同感です」
「さて。それでは残党がいないか確認して回りましょうか」
 グローブを直しながら言う雷に豪が言う。
「ついでにこいつらをどかしちまおうぜ。キメラの残骸のなかで花見なんざ、酒が不味くなる」
 数班に分かれて桜の繁殖地一帯を巡回しながら、残骸を一カ所に纏める。ソウマが各班の情報を無線でとりまとめ、未巡回の場所を指示し。
 真一はその合間に毛虫に木肌を食われた桜に錬成治療で応急処置を施していく。
 最後に流風がキメラ掃討の報告と回収願いを本部に申請して任務完了となったのだった。


 毛虫の被害に遭った桜は少なくなかったが、それでも討伐時に皆が桜へのダメージを気遣った甲斐あってか木が枯れてしまう程までは至らずに済んだ。
 悠季は桜の枝と、その向こうに見える青空の割合を考慮し良き場所を選んだ。
「苦労したぶんだけ、楽しい時間が過ごせそうね」
「あ、このおっきなシート使ってください」
 流風が出したシートを皆で広げて固定する。軍用かと思いきや、中央に巨大なとらぴょんの顔がでん、と居座っている。どうやらイベント用のシートらしい。
「楽しみだねェ。やっぱ酒だな、酒!」
 喜々として言うヤナギの『酒』の音に反応して豪がものすごい勢いで流風に迫る。
「少尉。酒は! 酒はありますか!」
 流風は彼の鼻息の荒さと身体の大きさに気圧されつつが抱えていた大きなクーラーボックスを地面に置いて開ける。
「えと、皆さん飲まれるかと思って一通り持ってきて──」
「流風さんはダメですよ」
「少尉にはお茶がありますから‥‥」
 間髪入れずに雷と雫が声を重ねる。今年の初めに甘酒に酔った流風を回収するのに苦労したばかりなのだ。
 匂いだけでも酔いそうな流風から離れて飲むようにと雷に頼まれ、豪はクーラーボックスを抱えて踊るように風下に向かう。
「ヒャッハー! 酒だー!」
「おいおい、独り占めする気かよ。こっちにも回せって!」
 ヤナギも豪の後を追いかける。
 流風が飲酒を注意されている様子に悠季は首を傾げる。
「えーと未成年?」
「ちっ、違います! これでも二十四、なんですけど‥‥」
「‥‥え、あたしより年上? そうには見えなくてごめん。そういうあたしはいつも成年以上に扱われるのよね‥‥まだ未成年なんだけどなあ、人妻だけど」
「えぇっ!! ご結婚されてるんですかっ?」
「ええ、まあ‥‥流風もその内良い人が見つかるわよ。こんなに可愛いし期待してるわよ」
 何故か流風を正視せずに言う悠季。
「結婚かぁ──わっ、すごい。藤枝さんが作ったんですか?」
 顔を輝かせて流風が見ているのは、真一が広げている五段重である。どうやら色気より食気らしい。
「ああ、料理は得意なんだ。よかったら皆もつまんでくれ」
「‥‥わ、私も‥‥一応お弁当を作って、来ました‥‥お口に合うと、良いのですけれど‥‥」
 恥ずかしそうに開けたそれには、筍の炊き込みご飯をメインに鶏の唐揚げ、玉子焼き、ポテトサラダ、鰆の照り焼き等春らしいメニューが詰められている。
「うわぁ、美味しそうっ! 狭霧さんも作って来たんですか!?」
「ええ。どうぞ召し上がってください」
 雷の重箱には五目炊き込みの稲荷寿司、豚肉の唐揚げ、玉子焼きに甘煮等が入っている。煮物が汁気を押さえる為に炒り煮にされている辺りからも、料理にはかなり手慣れた様子が伺える。 
「こっちもたくさんあるわよ。はい、お手拭きで手を拭いてね」
 目移りしている様子の流風に、悠季がさらに追い打ちをかける。
 親仕込みの家事の腕をふんだんに振るったメニューは、鮭、タラコ、野沢菜等種類豊富なおにぎりとゆで卵、焼豚、蒸し野菜のドレッシングかけ、蜜柑、霰煎餅とバランスが取れた組み合わせだ。
「うう‥‥と、とりあえず落ち着く為にお茶を──」
「あ、それは──!」
 雷が止める間もなく飲んだ流風は激しくむせ込んだ。故あって持参した激苦の濃縮せんぶり茶だったのである。
 とにもかくにも皆それぞれに料理と満開の桜を楽しみゆっくりとした時間を過ごす。
「‥‥そうなのですか、それで総合対策部に」
「はいっ、最初は一人でどうしようかと思いましたけど‥‥今はこうして皆さんが助けてくれるので、頑張ってます!」
 流風の笑顔が急に健気に見え始めたソウマ。
(上官に島流しにされながらも、こうして頑張っているんです。僕だけは優しくしてあげなくては!)
 それまでのそっけなさとは打って変わって、ソウマは流風をこれでもかと甘やかす。
「少尉、甘いものはお好きですか? これをどうぞ、こっちはどうですか?」
「わあっ、ありがとうございます!」
 デザートの山に流風が喜び声を上げた瞬間、風が吹き葉鳴りの音と同時に花弁が舞い散る。全員が思わず頭上を見上げた。
 遠くから、ブルースハープの音色が響く。
 儚い桜花を愛でるなら感傷的に、と一人静かに酒を味わっていたヤナギが舞散る桜とセッションする気分になったらしい。
 桜がもたらす麗らかな春、それでいて潔く散る桜の切なさを旋律に乗せる。
「んー、『待てと言ふに 散らでしとまる ものならば 何を桜に 思ひまさまし』でしたか。たしかにこうして桜を見ていると、ずっと散らないで欲しいと思ってしまいますねぇ」
 桜と演奏を楽しみながらしみじみと言う玲司に雫が微笑む。
「本当に‥‥でも‥‥きっと来年もまた、咲いてくれますから‥‥」
 来年もまた、こうして皆で桜を‥‥そのために自らも生き、この手で近しい人達を守っていこう──。
「皆様、ご足労いたみいります」
 年を感じさせながらも凛とした女性の声に、流風が急に姿勢を正す。視線の先、和服姿の老女がいた。
「所用で出かけておりまして、ご挨拶が遅れました。流風の祖母、綾木瀬流月でございます」
 礼儀正しく挨拶をする流月に、雫が挨拶を返す。
「こ、こちらこそ、少尉にはいつもお世話になってます‥‥よ、良かったら、ご一緒しませんか‥‥?」
「流風さんの幼少期のお話など、聞かせていただけますか?」
 玲司にも誘われ、流月は相伴に預かりながら流風の話を聞かせる。
 幼くして軍人と能力者だった父母を失った事、それ以降、流月が引き取って育てていた事──後は肥だめに落ちたり熊用の檻に引っかかったりと失敗談ばかり。
 赤面し言葉もない流風に遠慮して笑いをこらえながら雫が言う。
「少尉は‥‥ま、まぁ、ちょっと、おっちょこちょいなところも、確かにありますけど‥‥でも‥‥一生懸命で、優しくて‥‥なんだか、妹を見ているような‥‥そんな気分に、なるんです‥‥」
「そう言っていただけると‥‥皆さん、流風をどうぞよろしくお願い致します」
 言って頭を下げる流月を、流風は驚いた様子で見つめていた。


「白藤さんリクエストの桜餅ですよ〜、それとこれはお酒のおつまみにどうぞ」
 緑は自作のそれらを二人に振る舞う。桜餅が二人分なのは、Cerberusさんが甘い物を苦手としているからである。
 白藤は幸せそうに桜餅を頬張る。
「おいしーもんいっぱい、ありがとーな?」
「花見か‥‥ずっとやっていなかったな」
 幹に背を預けるCerberusにウォッカを注ぎながら白藤が言う。
「けーちゃんのお酒、一口もらってみたいな‥‥」
「ウォッカが飲みたいのか? まずは一口だ、これでダメなら飲まない方がいい。倒れるぞ」
「──っ舌が痺れる〜っ」
 笑って甘酒を差し出すCerberusに白藤は膨れて見せる。
「そんなん子供の飲み物やん。白藤はこっちで」
 取り出し飲み始めたのは日本酒だ。Cerberusと緑にも分け、改めて杯を重ねる。
「これでも日本人だからな、日本酒を飲むとどこか安心する」
「一仕事した後の花見というのも良いものですね、それにこうして仲の良い人と一緒に飲むお酒も格別です‥‥」
 緑は桜を見上げて花の香匂う風を吸い込んだ。
「ほらっ、はやくっ、寝てっ寝てっ♪」
 桃華は正座した自らの膝をぱしぱしと叩く。膝枕したいという真一の枕になる為である。
 彼女の腿に頭を乗せ、真一は桃華の顔とその向こうに広がる桜を見上げる。
「しかし、こうして桃華と桜を見るのは2度目か…。早いもんだ。あの時は夜桜だったが、明るいうちに愛でる桜もいいものだ。‥‥花の命は短いが、来年もまた芽吹くと思えばそれも愛しいな。来年はどんな桜を桃華と見れるかな‥‥」
 小さく微笑む真一反し、桃華は堪えるように顔をしかめている。
「にゃーやっぱり重い! 次シンちゃん、代わってー!」
「え、もう? しょうがないな」
 起きあがり、桃華に膝枕をしてあげる真一。嬉しそうに横たわる桃華の脚を軍用双眼鏡がクローズアップする。
「さすが花見と言うだけあって、どれも絶景ですなぁ‥‥ぐへへ‥‥」
 樹上から花見(?)を楽しむガスマスク。
「──殺気!?」
「ぐへっ!?」
 桃華ががばと起き上がり放ったピコハンが勢いよく回転して飛び、焔を撃ち落とす。
「変態確保ー! 皆、女性の敵よー! 厳罰、厳罰!!」
 コブラツイストで焔を束縛する桃華。
「厳罰‥‥えっと、じゃあ──」
 流風が雷のせんぶり茶をガスマスクの中にそそぎ込む。
「ごふっ──苦‥‥てか溺‥‥ごぼがば──!」
「し、少尉っ‥‥死んじゃいますよ‥‥っ」
 雫の静止により何とか一命をとりとめた焔だが、溺れるのを阻止する為にガスマスクを外すよりも濃縮せんぶり茶を飲み干す方を選んだらしい。あまりの苦さにダメージを受けた焔は隅っこで大人しくしている。
 変態を駆除し終えた桃華は改めて真一に向き直った。
「実はね──お弁当を作ってきたのっ!」
 勢いよく差し出されたそれに真一は青ざめる。炭化した玉子焼きや紙と見紛う超圧縮サンドイッチなどが入っているのだ。
「努力は認める。だが俺は未だ死ぬわけにはいかないんだ!」
 抵抗する真一に、桃華は泣き出す。
「えぐえぐ‥‥だって食べて欲しいんだもん」
 泣いてはいるが凄いパワーだ! 拮抗していた力は徐々に真一を押し、ついに口に異物が放り込まれた。
 悶絶し昏倒する真一を桃華が助け起こす。
「シンちゃん、しっかり!?」
「ほら、桃華もあーん‥‥」
 その隙を真一は見逃さなかった。彼女の口に炭を放り込んだのを最後に力尽きる。そこに折り重なるように桃華の身体が倒れ込んだ。


 楽しく過ごした後は、片づけも忘れずに。
 立ち去る桜の林を振り返り、雷は未だ知らぬ実家に思いを馳せる。
「生まれた家は古くからある家で庭に大きな桜があったそうですが‥‥桜も、綺麗だったんでしょうね‥‥
「そうなんですか‥‥じゃあ、いつか狭霧さんのおうちの桜でお花見ができるといいですね!」
 微笑み見上げる流風の無邪気な笑みに、雷は穏やかな笑みを返す。
「そうですね。いつか──」
 はしゃいで酔いが回ったのか、白藤は酔いつぶれている。
「けーちゃんはホンマ頼りになる。白藤も強く、なりたい‥‥」
 寝言ともつかず呟く白藤をCerberusが背負う。
「遊び疲れか‥‥子供だな。だが、こういうのも‥‥悪くない」
 背で揺られながら、白藤は二人との出会いを思う。
 緑は人一倍優しく、励まし励まされお互い高め合える友人。
 野良犬気質のCerberusはどことなく自分に似ていて、強さへの憧れや、焦りと安心──色んな感情をくれる。
 どちらも大切な存在だ。またこうして三人で騒げる日が来るといい。
「二人とも、一緒に来てくれてありがとーな‥‥?」
 白藤の寝顔を見ながら、緑は微笑む。
(一人で居るのも落ち着くけど、誰かとこうして一緒にいるのもまたいいものだな‥‥)
 春の限られた期間だけの、桜と仲間の笑顔とが生み出す心和む空間。
「あれ、秋津さん。それスケッチブック? 見せてもらっていいですか?」
 差し出された流風の手にそれを手渡し、玲司は照れ隠しに顔を隠すように眼鏡を上げる。
「‥‥絵を描くのも好きなので。あまり、上手くはないですが」
「そんな事無いですっ。すごい写真みたい! わぁ、私も描いてもらっちゃってますっ」
 子供のようにはしゃぐ流風。スケッチブックには見事な線画が今日の楽しかった一時を切り取っていた。
「そんなに喜んでもらえると‥‥良かったらそれ、もらってください」
「いいんですか? ありがとうございます! えへへ‥‥大切にしますね」
 総合対策部に戻った流風は早速玲司の絵を額に入れて飾った。
 それを見上げて、流風は雨康を両手に抱きしめる。
「見て、雨康。こうしてると、皆家族みたいだよね?」
 絵そのものもさることながら、何より中に描かれた思い出が大切な宝物だった。