タイトル:【妖幻】黒き死の蝶マスター:きっこ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/31 17:14

●オープニング本文


 秋も深まり、日が暮れるのも随分と早くなったように思う。同じ時間でも先月は、まだ夕日の余韻が明るさを残していたはずなのに。
 さっき窓から見えたが、外はすっかり暗くなっていた。
「やっぱり長居しないで帰るんだったなぁ‥‥」
 ブレザーの制服を着た女子高生は、月も星も無い夜空を恨めしそうに見上げた。
 学校の帰りにちょっとだけのつもりで友人と寄ったデパート内のカフェで、つい話し込んでしまったのだ。寄ればそうなるであろうことは、薄々わかってはいたのだが――。
 時間に気づき一人先にカフェを出て、エスカレータの辺りへ差し掛かった時だった。
 上の階から悲鳴が聞こえた。一つ聞こえたと思った矢先に悲鳴は無数に折り重なり、一階にいた客や店員が何事かと騒ぎ出す。
「な、何?」
 横切ろうとしていたエスカレータの乗り口から上を見上げた女子高生の目の前に、紺色の制服を来た女性店員が転がり落ちてくる。
 突然の事に声も上げられず硬直した彼女の背後から警備員が駆け寄った。その背中から恐る恐る覗き込んだ。若い女性店員には目立った傷もなく、ただ意識を失っているように見えた。
「‥‥え、今?」
 思わず呟きが口をついて出た。店員の口の中に、黒い物が見えた気がしたのだ。思わず身を乗り出したその刹那、
「ひ‥‥死んで――うわぁっ!」
「きゃああぁっ!?」
 既に事切れていた店員の口から吹き上がる黒い物に、警備員と女子高生が悲鳴を上げ後ずさる。それは周囲の人間にも伝染し、たちまち辺りはパニックになる。
 その黒い何かが、近場に居る者から襲い始めたのだ。
 周囲に居た人間は悲鳴を上げて非常階段を目指し駆け出した。
 それを追うようによろめき出す警備員は既に声を出すことも出来ず。黒くひらひらと蠢くモノに上半身を覆われた彼は、間もなく膝をつき崩れ落ちた。
 痙攣の後に動かなくなったそれから、黒い塊は散るように宙に舞い上がる。その一つ一つが、次なる獲物を求めて飛び立った。 


 UPC本部内にある依頼斡旋所には、日々様々な依頼が世界各地からもたらされる。中には緊急で舞い込んでくる物もあるのだ。
 依頼掲示ディスプレイの前に向かうオペレーター・小野路綾音が抱えた資料も、そんな依頼の一つだった。
「綾音さん? 何かあったんですか」
 自分を呼び止める良く知った声に、綾音は急ぐ足を止めた。
 振り向いた先に立っていたのは、二十歳に満たない青年だった。この春に傭兵となり、幼い頃から知っている綾音と再会した八丈部 十夜(gz0219)だ。
 普段はおっとりのんびりの綾音が急いでいるのに只ならぬ雰囲気を感じたのだろう。綾音に向けられた表情がそれを物語っていた。
「実は、日本のとあるデパート内にキメラが現れまして〜」
 答えた綾音の口調は、とても急いでいるとは思えない。移動している姿も、十夜以外には平時と区別がつかなかっただろう。
「閉鎖した建物内からキメラが出ないよう軍の方々が抑えているのですが〜、なにぶん数が多くて‥‥」
「僕は丁度依頼を探しに来たところですし、現地へ向かいましょうか」
 どのようなキメラなのかも聞かないうちから申し出る十夜に、綾音は思わず笑みを零した。
「助かります〜。で、そのキメラなんですけど〜、黒い蝶の姿をしているらしいんですねぇ」
「蝶――」
 十夜は手渡された資料に眼を通す。
 白い肌に映える僅かに癖のある闇色の髪が額に振りかかる。今のように考え込んでいると特に、その端正な顔立ちが冷たく近づきがたい印象を与える。
 もちろん幼馴染である綾音は、優しく穏やかな気質である本来の彼を知っている一人だ。
「鱗粉で人体を麻痺・死に至らしめる」
 キメラの特性に十夜が眼を止めて言うと、綾音が補足する。
「到着後すぐに突入した所、10〜20頭の蝶が遺体を食い破って出てきたそうです〜。もしかしたら、それで増殖しているのかもしれないということでしたねぇ」
「蝶は、地方によっては死の使いとして扱われる事もあるみたいですが‥‥」
 まさかそれを知ってて蝶のキメラを作った訳ではないと思うが――。
 傭兵になってからというもの、妖怪や日本の伝承に関わるようなキメラにばかり関わっている。そのせいもあって、あえてそういったキメラを好んで作っているのではないかと勘繰ってしまう。
「とにかく、キメラに関する詳しいデータも集まっていませんから〜。気をつけて行って来てくださいねぇ」
「わかりました」
 その後、綾音が周囲に居た傭兵達に声を掛け。集まった能力者達は高速移動艇で日本へと向かうのだった。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
ロボロフスキー・公星(ga8944
34歳・♂・ER
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD

●リプレイ本文


 夜闇に灯る街明かりの一部を担うその一角に本来あるべき雑踏は影も無く。点在する光をその身に宿しながら黒くそびえるデパートの外観は、生きた屍を思わせた。
「共に依頼に当たるのは久々だな」
 リュイン・カミーユ(ga3871)に声を掛けられ、十夜は頷く。
「ええ、今回もよろしくおね」
「蝶の殲滅もだが、もし奇跡的に生存者がいれば時間との勝負だ。とっとと行くぞ」
 十夜の言葉はろくに聞かず、言うだけ言ってデパートへ向かう。相変わらずのマイペースぶりに、十夜はむしろ安堵の笑みを浮かべた。
 彼女だけでなく、共に戦った事のある顔も多い。そのためもあってか、予断を許さない任務ではあるが緊張は無い。
 立入禁止区域端に設置されたUPC軍作戦本部。そこで見取図や鍵を入手する。
「よりにもよって潜伏型か? 気が滅入るねぇ」
 進入する前の最後の一服をふかしながら、長谷川京一(gb5804)は呟く。
 共にデパート内の見取図を確認するドッグ・ラブラード(gb2486)の表情も険しい。
「絶望的ですね‥‥ですが、もしも一人でも待つ人がいるなら‥‥」
「そうね。身を隠し、奇跡的に生き残っている人がいるかもしれないわ」
 頷くロボロフスキー・公星(ga8944)はその言葉遣いとは裏腹に頑強で長身の体躯を持つ男だ。女言葉なのは性癖由来ではなく、家庭の事情(?)によるものである。
「スプリンクラーを作動させてもよろしいでしょうか?」
 ナンナ・オンスロート(gb5838)が問うと、本部に保護されていた支配人が渋面を作る。
「しかし、それでは商品が‥‥」
「いずれにしろ鱗粉まみれで使い物にならないだろう」
「生存者への危険を減らす為でもあるの。お願い」
 リュインとケイ・リヒャルト(ga0598)の言葉に、支配人も承諾せざるを得なかった。
「この中は、蝶でぎっしりなのでしょうか‥‥」
 澄野・絣(gb3855)は市女笠の虫垂衣越しに外観を見上げながら、その手に長弓「百鬼夜行」を握り締める。
「被害がここから拡大すれば、街一つ飲み込みかねません。頑張りましょう」
 同じく建物を見上げていた水雲 紫(gb0709)。覚醒している彼女が手にした扇子の先にはひとひらの黒い蝶――いや、周囲にも無数にその身を舞わせている。
 素顔を覆う般若面の前で紫が扇子を閉じると、その先から飛び立った蝶は闇に溶けた。
「紛らわしいでしょう? さ、参りましょうか」
 建物へ歩み寄る彼女の黒蝶は全て消え去っていた。
 それを見ていたケイはぽつりと呟く。
「蝶‥‥あたしの覚醒時にも身体に出るわ。何だか特別な存在‥‥」
 彼女が愛おしそうに手を滑らせた左肩口、衣服の下に隠れた肌には蝶の紋様が浮かび上がっている。
「それが凶悪なキメラだなんて赦さない」
 真紅に染まった瞳に強い憤りが満ちていた。


「しかし我ながら胡散臭い格好だこと」
「我ながら怪しい格好だな‥‥」
 奇しくも同じタイミングで発した京一とリュインの口元が綻ぶ。もっとも、それはマスクに隠れて見えはしない。
 京一はゴーグルにバンダナとフェイスマスクを。リュインも軍用レインコートにゴーグルと幾重にも重ねたマスクを身につけている。
 被害者の死因は主に、鱗粉由来と思われる神経性の毒による呼吸困難や心停止だというのだ。
「多少の動きにくさと見た目の悪さには目をつぶるわ」
「麻痺るよりマシね」
 そう言うロボロフスキーとケイも似たり寄ったりの姿をしている。
 入口前を見張っていたUPC軍が傭兵達に道を開けた。
 ガラス戸の奥、風除室のさらに向こうには照明の付いたままの婦人雑貨・化粧品フロア。暗いように見えるのは黒い無数の影がひしめくため。
「我らを待つ人々にも、幸運を――」
 藁にも縋る思いでドッグがGooDLuckを発動した。
 順に素早く扉へ身体を滑り込ませる。侵入者と見るや、黒い蝶が群がりはじめた。
 ナンナが超機械一号をかざした。
「銃後の人々を狙う‥‥こういう手合いが一番厄介なのですよね。次への対策も大事ですが、まずは念入りに叩き潰しておきましょう」
 発した電磁波に弾かれた蝶の周囲に黒い煌きが舞うが、纏っているリンドヴルムが彼女を鱗粉から護る。
 複数同時に身体に取り付き牙を立てる蝶を払い除けながらケイが呟く。
「一人でも無事でいてくれれば良いのだけれど」
 目指すのはフロアの奥にある管理室だ。
 紫が持ち込んだ網を群れの濃い場所を狙い放つ。網の下に囚われた蝶達目掛け発動させた超機械ζの電磁波が、蝶を粉砕した。
 ドッグが機械剣「莫邪宝剣」で行く手を塞ぐ蝶を大きく薙ぐ。多方向から発せられる超音波は闇の衣が呑みこんでくれる。
 リュインも寄って来る蝶達を鬼蛍で斬り払う。
「鱗粉と数が厄介だが‥‥蝶自体は敵ではない」
 言葉の通り、蝶は一閃するだけで散っていく。が、身体に取り付く蝶を払う間にも奥の蝶達が音波を飛ばしてくるのだ。
 何とかバックヤードにたどり着き、管理室へと飛び込んだ。中に蝶はおらず、しかし絣が喉を押さえ呟く。
「呼吸が、苦し‥‥毒のせい、なの?」
「マスクが無かったら、この程度じゃ済まなかったかしら」
「能力者に対しては、効果は薄いようですね。先程よりは動くようになっていますし」
 ロボロフスキーと十夜も部分的に麻痺を感じている。
「スプリンクラーと防火シャッター、作動させます」
 ナンナは本部で確認した通りに操作盤を開けレバーを入れる。
「やれやれ‥‥これはまた、厄介この上ない」
 身体を蝕む麻痺を感じさせぬ落ち着いた声で呟き、紫は監視カメラのモニターを確認する。
「蝶が大量に湧いているのは‥‥3階から5階」
 防火シャッターで封鎖した今、蝶は階を移動できないはず。後は各階ごとに殲滅していくだけだ。
 京一も降り注ぐ水の中で舞い続ける蝶の姿をモニター越しに捉える。
「さて、この水が鱗粉対策に効果があるか否か‥‥」
「行きましょう」
 ナンナは管理室の扉に手を掛け振り返る。皆の頷きを受け再び全員で蝶の舞う中へと駆け出した。
 天井から水が降り注ぐ中にあっても蝶の動きが鈍る事はない。ただ、鱗粉はその効力を完全に失っているようだった。
 管理室を出て、殲滅を担当する攻撃班と生存者の捜索・保護を担当する捜索班に分かれての作戦を展開した。


 攻撃班は、停止したエスカレーターを上り継ぎながら3階・婦人服売場へ到達していた。1階、2階と散水される中戦ってきたため、撥水性のあるものを身につけている者以外は全身ずぶ濡れになっている。
 昇りエスカレーター終点。薄暗い非常照明の下、防火扉の脇にある避難口から、同じく薄暗いフロアへと順次突入する。
「映像で見た以上の数だな‥‥!」
 先頭の京一が超機械で周辺の蝶を散らす。
 AU−KVで肌の露出が少ないからこそと、レイシールドを掲げナンナが前へ出た。バックヤードから調達した商品保護用の布とビニールを蝶の群れに覆い被せる。
「今です!」
 後ろへ跳ぶと同時に合図を送ると、ケイがビニールごと蝶が落ちた床へエネルギーガンとスコーピオンの連射を浴びせ。その合間にも周囲に群がる蝶相手に身を翻し、加虐的な笑みを漏らす。
「問題は量より質、よ」
「よくもまぁ次から次へと湧いて出るものですね」
 紫も盾扇で周囲の蝶を払い除けながら、ナンナとは逆の方向へ網を投げた。囚われた蝶達へ、すかさずロボロフスキーが超機械の電磁波を放つ。僅かに範囲に入った売台のガラスの天板が音を立てて砕けた。
「ごめんなさい。これでも気をつけているのよ」
 止むを得ない事とはいえ、できるだけ被害は抑えたい。とりわけ、外壁のガラスは特に気をつけねばなるまい。万が一破損でもすれば、この蝶達が街へ放たれてしまうのだから。
 一方救助班は。
「防犯カメラの映像では売場に生存者らしき姿は無い。となれば――」
「可能性が高いのは、バックヤード‥‥でしょうか?」
 リュインの言葉に十夜が言うと、絣も頷いた。
「管理室にも、まだ蝶は入り込んでいなかったわ‥‥スタッフルームやロッカールームなどを当たってみましょう」
 非常階段を登り6階の防火扉を目前に、絣は右腰に下げた矢筒「雪柳」から矢を引き抜く。
 扉を開くと同時にリュインとドッグが先陣を切って水の降り注ぐフロアへと飛び出す。
 他の階に比べ少ない蝶の群れを斬り拓きながらバックヤードへ。『STAF ONLY』とある扉を抜けると、事務所らしき室内にスーツ姿の青年が仰向けに倒れていた。
 名札がある所を見ると店員なのだろう。白いシャツを染める赤に、ドッグと絣が蝶の湧出を警戒しながら駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「今治療を――」
 絣が取り出した救急セットで胸から腹にかけての傷に応急処置を施す。
 ドッグは脈拍を確認した。まだ息はあるが鱗粉の神経毒に侵されており、この場では処置しきれない。
 仕切られた奥の部屋からリュインと十夜が中年女性を保護した。化粧をもながした涙は既に枯れ、放心状態となってしまっている。青年が傷を負いながらも彼女をここに逃げ込ませたのだろうか。
「必ず、つれて帰る! 安心‥‥はできないだろうが、信じてほしい」
 ドッグが青年を抱えあげながら言うと、女性は微かに頷いたようだった。
『要救助者を発見。3階のバックヤードよ』
 舞い込んだ無線越しのケイの声に、リュインは女性を十夜に預ける。
「そちらへは我と絣で行く」
「ええ。お二人とも気をつけて」 
 十夜の声を背中に聞きながら、二人は3階へと駆け出した。
 ケイが無線を入れている間、バックヤードで倒れている所を発見された女性店員は意識を取り戻していた。
 京一が足の傷に応急処置を施し、ロボロフスキーが彼女に商品保護用の白布を被せる。
「蝶から出る鱗粉は危険なの。これを頭から被って。今仲間が来るから、彼らと逃げるのよ」
「奥にも人がいるな‥‥おい、大丈夫か!」
 京一が呼びかけるが、暗い物陰にある姿は微動だにしない。警戒を解かず近づきながら、フラッシュライトで照らした。
 その中に浮かび上がったのは警備員が二人。一人は床にうずくまり。床に座り壁に凭れたもう一人の肩に、一片の黒。
「要救助者をバックヤードから出せ!」
 叫びながら、京一は警備員の遺体へ電磁波を浴びせた。乾いた音が弾け遺体内の蝶が死滅したが、床の警備員から発し逃れた蝶達が舞い上がる。
 ロボロフスキーとナンナが煙管刀とシールドで蝶を払いながら女性と共に後退する。それを背後に庇い、自身障壁を発動した紫は蝶の群れに身体ごとぶつかっていく。
「蝶は舞うだけで美しい。そこに害意を加えるなど‥‥無粋極まりない!」
 背後に蝶を抜けさせぬよう月詠を振るうその背後から、三本の矢がほぼ間をおかずに紫に群がる蝶の一角を突き崩す。
「早くその人をこちらへ!」
 次の矢を手にする絣。その横を駆け抜けたリュインが、引き受けた女性を抱え上げ即座に駆け戻る。
 自由になったナンナとロボロフスキーも加わり、発生した蝶は程なく片付いた。
 変わり果てた警備員二人の遺体を、京一は商品保護布で包む。
「これでこの階は‥‥片付いたようね」
 言って、ロボロフスキーは遺体の傍らに身をかがめたままの京一の肩を叩きバックヤードを出る。
「死体は物だ。痛がらん悲しまん。だから‥‥割り切れ、俺」
 京一は胸の内にわだかまる重みを吐息に吐き出す。蝶を増殖・飛散させないために、誰かがやらなくてはならないのだ。
 ハングドマンを握るその手に怒りを込め、京一は皆の後を追うべく立ち上がった。


 その後も救助班は思いつく限り可能性のある場所を虱潰しに捜索し。
 攻撃班は4階、5階とワンフロアずつ蝶を殲滅しながら上っていき、生存者を発見次第救助班と連携を取って生存者を屋外へ引き渡す。
 5階がそもそも蝶が発生したフロアなのだろうか。それまでとは比較にならないほど蝶が密集し、モニターで確認した時よりも増えているようにさえ感じられる。
「あちらこちらに倒れている遺体を使って増殖している‥‥?」
 紫が呟いたとおり、他フロアに比べ遺体が多い。
 あえて食料とせずに増殖用として残しているのだろう。遺体から新たに発した蝶の一部が、飛び立たず遺体の上で這い回っている姿が見られた。
「蝶を引き剥がし、遺体を商品保護用のビニールで包もう。これ以上のさばらせる訳にはいかん」
 京一の言葉に従い、それまでと同様に網や布を使用した殲滅作戦を行ないながら一つずつ蝶から遺体を取り戻して行く。
 ビニールに包んだとはいえ、牙などで破られては元も子もない。防火扉を越えたフロア外へ遺体を運び出すロボロフスキーが、全ての生存者を避難させ終えた救助班が上ってくるのを見つけた。
「ここより上の階は蝶も殲滅したわ。残るはこの階だけ――」
 絣の言葉は並べられた遺体を見て途切れた。5階が子供服・玩具の売場だけに、遺体には小さなものも紛れている。
 ドッグは無言のまま防火扉の先へ抜け、
「お前達に罪はない‥‥が、この惨状は許せん!」
 シールドと機械剣を掲げフロアにまだ多く群がる蝶へ駆けた。
「待たせたな。相手をしてやろう」
 リュインも宣戦布告と共に疾風脚を発動し戦場へと飛び込んでいく。その二人を後方から絣と十夜が弓で援護する。
「リュインさん!」
 ナンナがリュインの周囲に無数に群がってきた蝶目掛け網を投じた。
 リュインは身を低くし瞬天速でその場を逃れながら、窓を背に網越しの蝶へエネルギーガンを立て続けに撃ち込む。
 それに重ねるようにロボロフスキーの超機械が生き残りにとどめを刺した。
「本物の蝶の舞、魅せてあげる」
 ケイはイアリスを手に、しなやかな動きで蝶の間を斬り抜ける。
 遺体を全て回収してしまえば、目に見えて蝶は数を減らしていく。
 残らず殲滅した後も、5階フロアに加えバックヤード、トイレと隅々まで確認し。さらに念には念を入れて、再び二班に分かれて建物内をくまなくチェックして歩く。
 全て確認し終え、無線で討伐の終了をUPC軍に告げる。
 遺体回収と事後処理の為に建物内へなだれ込む兵達と入れ替わりに、傭兵達は外へ出た。頭から足元まで水に濡れてしまっているが、散水のおかげで蝶の破片が流れ落ちているのはありがたかった。
 布に包まれ担架に乗せられた遺体達が次々と運び出される様子に、紫は黙祷を捧げている。
 それを視界の端に映しながら、京一はポケットから煙草の箱を取り出した。
「やれやれ‥‥久々に後味の悪い山だったな」
 火を点けようとした所に、十夜がホットコーヒーを差し出す。作戦本部から支給されたものを皆に配っていたのだ。
「お疲れ様です。救助できた5人は皆、一命をとりとめたそうですよ」
「そうかい‥‥なら良かった」
 一口飲んだコーヒーの熱とその一報が、冷えた心に仄かな温もりをもたらした。