●リプレイ本文
●夜桜の中へ
櫻杜・眞耶(
ga8467)は涙する少女に無線機を手渡した。
「公園内のキメラを討伐したら、連絡します。それまで、ここで待っていてくださいね」
戸惑う彼女に、そう微笑みかける眞耶。シャーリィ・アッシュ(
gb1884)は緑玉の瞳に真摯な光を湛えて告げた。
「大丈夫‥‥あなたと、あなたのお爺様の願いは叶えてみせる‥‥だから、私達を信じて待っていてください。‥‥必ず間に合わせます」
二人の言葉に、少女の泣き顔に笑みが広がっていく。彼女は深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます‥‥っ」
その様子を遠目に眺めながら、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は火を点けた煙草から昇る煙に僅かに眼を細める。
「一生忘れられないモノ‥‥か。俺にも出来るかね‥‥」
かすかな呟きは誰の耳にも届かず紫煙に紛れた。
シルヴァ・E・ルイス(
gb4503)は無言のまま公園の西側へ向けて歩き出す。迅速なキメラ討伐の為に、僅かな時間も惜しかった。
彼女に続くのは夜坂桜(
ga7674)、眞耶、宵藍(
gb4961)の三人。二頭のキメラを効率良く捜索・発見するために、西側から園内に入るA班と東側から入るB班とに分かれて作戦を展開するのだ。
「それじゃあ、あたし達も行こうか。最期になるかもしれないのなら、せめて願いをかなえてあげたいもんな」
言って、北条・港(
gb3624)は東側へ向けて歩き出す。レベッカ・マーエン(
gb4204)は一度だけ少女と老人を振り向いて言った。
「人の想いってのは簡単には分析できないからな。ま、死に場所くらいじーさんに選ばせてやろうなのダー」
世の中には科学的に証明できない事も多い。だからこそ、数値などでは計り知れない重みがそこに生じる時もある。
老人の望む場所で、老人の望む最期を。一度そう決めたからには、必ずやり遂げる。
それが、自分をレベッカ・マーエンたらしめる欠かせない要素の一つなのだから。
●遊歩道での邂逅
園内の桜を、時間をかけて堪能できるようにとの設計なのだろう。
芝生の中、無数に植えられた桜の木々の間を左右に迂回するように、曲がりくねった遊歩道が伸びている。
夜の帳に閉ざされた園内だが、遊歩道の脇を点々と照らす仄かな明かりが行く者を導く。桜の木は足元からライトアップされ、咲き誇る薄紅色の花を闇から切り取っていた。
「これは‥‥見事ですね」
桜の口から、素直な感想が漏れ出る。自らの名にもなっている樹ではあるが、それを置いても彼にとって桜は特別だった。
ラスト・ホープに来る前に居た山に咲いていた思い出の樹。そして、今は亡き恩人の好いていた樹‥‥。
記憶の中に思いを馳せながらも、周囲への警戒も怠らない。
宵藍は立ち並ぶ桜の木々に視界を遮られぬよう、歩く速度や進路に気を配りながら呟いた。
「『願わくは花の下にて』か‥‥この国の者は、桜に思い入れが多いようだな」
国や風習は違えど、愛する者への想いは変わらない。亡き妻との思い出の地を求める老人の願いは必ず叶えてみせると心に誓う。
対面の入口から突入したB班からの連絡があったが、そちらもまだキメラを発見できずにいるようだった。
ふと、芝生の上で身をかがめて眞耶が皆に告げた。
「キメラの足跡、ですね。‥‥何とかご老人のタイムリミットまでに見つけたいわね‥‥」
足跡は広場に向けられているようだった。広場には老人の『思い出の桜』がある。できることなら、広場に到着される前に確保したい。
足跡を追うように、ペースを上げて先へ進む。
最初にファイアビーストを発見したのは、桜だった。
「居ました、その桜の奥!」
大きく湾曲する遊歩道の、桜を数本挟んで向こう側、真紅の獣がそこに居た。
「こちらA班‥‥目標一体発見。これより戦闘に入る」
シルヴァがB班に連絡を入れた無線を切るのと同時に、こちらに気づいた炎獣が威嚇の咆哮を上げる。無線をしまったその手には、銀光を放つ小銃が握られた。彼女の唇から、微かな響きが綴られる。
「散るべきは、花ではなく‥‥お前達の命」
宵藍は飛剣「ゲイル」を抜き放ち両手に構える。その身には、炎獣の咆哮に負けぬ気迫が満ちていた。
「なってやる気はないが、餌はこっちだぞ!」
駆ける先は遊歩道のカーブ部分。区画内に占める遊歩道の割合が多いこの場所が、比較的視界が開けている。
動く獲物を追うのは、獅子の習性か。炎獣は宵藍めがけてその身を躍らせる。
地を蹴る勢いのまま繰り出される爪の一撃を、鳥翼を模した刀身が受け止めた。衝突の勢いで、小柄な宵藍の身体は僅かに後退する。
その間に眞耶は、木々の間を走り炎獣の後方に回り込む。宵藍に攻撃を受け止められた炎獣の身体がその場に留まった一瞬に、彼女のショットガンは炎獣の後肢に狙いを定めた。
「獅子なら桜よか、マタタビにでも戯れときな!」
銃声、ふたつ。発射された計六発中、命中は四発。
炎獣を挟んで麻耶の対面側を駆け抜けながら、シルヴァが続けて発砲する。
前肢と脇腹に弾丸を受けながら未だ怯む様子を見せないのは、痛覚を奪われているからなのだろう。
後方から桜の振るうレーザーの刃を紙一重でかわした炎獣は、樹の幹に向けて大きくステップを踏む。幹の中腹を蹴った勢いのまま、咆哮と共に桜に跳びかかった。
蹴られた衝撃で散る薄紅の花びらの中、鮮血が舞う。
「なかなかやりますね」
左腕を鋭爪に裂かれ、しかし桜は欠片も動じない。覚醒中の桜は痛みというものをほとんど感じる事は無いのだ。
炎獣は木々と傭兵達の間を俊敏に動き回る。宵藍の一閃をかわし、着地と同時に牙を剥く。大きく開かれた口から放たれた炎の弾は、シルヴァを狙う。
回避しようとした足を、彼女は寸前に止めた。後方に麻耶がいることに気づいたのだ。麻耶にとって、炎弾の発射はシルヴァの身体で死角になっている。
シルヴァの眼前で、炎が砕け散る。
「シルヴァはんっ!」
麻耶の声。
抜き放った蛍火の刀身に衝突した炎の余波が、シルヴァの身を焦がす。
「この程度‥‥」
彼女の金色の瞳が、強く炎獣を捉える。間合いを詰めるシルヴァを、麻耶のショットガンが援護する。
「その視界、奪わせてもらう!」
狙い通り、銃弾は右眼を捉えた。さすがに怯みを見せた炎獣の右前肢に、シルヴァの蛍火が水平に閃く。
肢を一本失って均衡を崩した身体に、宵藍は大きく踏み込んで舞うように身を翻す。
「斬っ!」
円閃が決まると同時に、疾風脚を発動した桜が迫る。
「これで、終わりです‥‥!」
常人の眼には止まらぬ速度で繰り出された瞬撃。縦一閃に振るわれたそれに、炎獣は声もなく絶命した。
●広場での遭遇
時は少し前に遡る。
『こちらA班‥‥目標一体発見。これより戦闘に入る』
簡潔なシルヴァの通信が途絶えると同時に、遠くから炎獣の咆哮が響く。
「一体のみなら、任せておいて大丈夫だろ。俺達は残る一体をさっさと見つけちまおうぜ」
ヤナギの言うとおり、もう一体がA班の戦闘地域に出くわしてしまわないうちに発見、討伐してしまいたい。
捜索を続けながら遊歩道を行く。公園の四方から伸びた遊歩道は、曲線を描きながら中央の広場へと向かっている。
「良い公園だな、あまり無茶は出来ないぞ」
キメラの捜索をしながらも、レベッカは公園の景観に対して素直に感想を漏らす。できる限り、景観を損なわぬ場所での戦闘に持って行きたい所だ。
なかなかキメラとは遭遇せず。
遠くから聞こえる剣戟や銃声の音が、四人の気持ちを焦らした。
やがて前方に広場が見え始めた頃。
港が前方を指した。
「見つけた!‥‥にしても、よりによってこの場所とはね」
炎獣は、広場の中央にある桜の大木を挟んで対面に位置していた。
レベッカは超機械のスイッチを入れると同時に、自らにも覚醒という名のスイッチを入れた。彼女の赤い瞳は、右眼にのみ金の光が宿る。
「不用意な回避行動とキメラの動きに気をつけろ。可能な限り迅速にかつ景観に配慮するのダー」
このまま戦っては、『思い出の桜』に被害が及ぶ可能性がある。
「相手は獣‥‥なれば是非もなし。‥‥斬り捨てるのみっ!」
バスタードソードを抜き放つ彼女の所作は、身を包んだミカエルの装甲も相まって中世の騎士を思わせる。
シャーリィは炎獣めがけて駆け出した。広場の外周に沿うように行けば、中央の桜から少しは離せるはず。
(「桜に被害が及ぶ前に、全力で斃す‥‥!」)
彼女の姿に気づいた炎獣は、獰猛な唸り声を上げて掴みかかる。
身を斜に、刀身に左手を添えて体当たりとも言うべき炎獣の攻撃を受け流す。返す刀で下から斜めに切り上げた刃が、炎獣の肩を裂く。
同時に、彼女を追って駆け出し脇に回り込んだ港が、風を斬る音を纏う和槍を鋭く突き入れた。
穂先は炎獣の腹を掠めた。攻撃をかわし身を翻したその脚で跳び、炎獣は港に爪を繰り出す。
「おっと」
港は幼い頃から鍛えたテコンドーの脚捌きで難なくかわす。
彼女の眼に、炎獣の向こう側から走りこむヤナギの姿が映った。
レベッカの超機械が、ヤナギの武器を強化する。続けて炎獣を弱体化させて言う。
「さぁ、出し惜しみなしでさっさと片付けるのダー」
ヤナギはイアリスを抜き放ち、妖艶な笑みを口端に浮かべる。
「こっちがガラ開きだぜ?」
鋭く弧を描く白刃。ヤナギの放った円閃に、炎獣の脇腹から鮮血が吹く。
炎獣は怒りの咆哮を上げ狂ったように炎弾を連射する。
港がかわしたものは遊歩道の闇に消えたが――。
(「『思い出の桜が――!」)
剣での防御も間に合わない。シャーリィは炎獣の放った二発目の炎弾に飛び込んだ。
炎が爆ぜる。
赤い炎粉が、衝撃に耐える白銀の装甲を彩った。
「‥‥傷つけさせるものか‥‥もう‥‥貴様ら外道に誰かの思い出を奪わせたりはしないっ!!」
ヤナギがかわした三発目は、遊歩道入口の桜の枝を落とした。ヤナギは舌打ちし、剣を後方に引いた。
「デカい口、開けてんじゃねェよ‥‥ッ」
発射の為に呼気を吸い込む炎獣の口に、鋭く突き入れる。牙が彼の手を削ったが、炎獣は苦悶の叫びを上げてよろけるように後退した。
そこに待ち構えていたのは、キャンディブーツに履き替えた港だった。
「これでもくらいなっ!」
綺麗に頭上まで振り上げた脚を炎獣の延髄に落とす。ブーツの踵に備わった爪が、急所を的確に突いていた。
●続いていく想い
一足先に炎獣を仕留めたA班が広場に駆けつけたのは、B班が炎獣を倒すのとほぼ同時だった。
覚醒を解いたレベッカが、無線で連絡を取る。
「キメラの討伐は終わったぞ。じーさんはまだ生きてるか?」
『はい‥‥!』
無線から聞こえて来る少女の嬉しそうな声に、全員が安堵する。
「ならばじーさんを広場に連れて来るのダー。我々も迎えに行く」
少女は、最初にいた南側の入口からこちらへ向かってくる。曲がりくねった遊歩道を、車椅子を押しながら歩いてくる少女の足どりは遅い。入口から1/3程の位置で彼女と合流した。
「遊歩道沿いに進んだのでは、時間がかかってしまうな。直線距離ならば、さほどかからないのだが‥‥」
かといって、芝生を横切る道は平坦ではない。無理に進めば老人の身体への負担は大きい。
宵藍の言葉に、桜が提案する。
「それならば、我々で車椅子を持ち上げて運びましょう。揺れないように留意すれば問題ないかと。よろしいですか?」
少女の了承を得て桜が後ろから座席の後部を、ヤナギと宵藍が座席の前部を左右から持ち上げて、直線距離を広場へ向かう。
その間中、麻耶は少女と共に老人に声を掛け続ける。少しでも、その意識を保ってもらうために。
到着した広場は、夜の静寂に包まれている。さっきまで戦闘が繰り広げられていたとは思えない。
(「チェリーブロッサム‥‥桜、か‥‥」)
シルヴァは見事な桜の樹を見上げた。港の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。
「さっきはゆっくり見られなかったけど、見事なもんだね」
夜空に悠々と枝を広げる桜の大木は、夜空に白く浮かび上がっている。
薄紅に咲き誇る園内の桜の中で、この桜だけが唯一白い花をつけているのだ。
樹齢を感じさせる幹の周りに、緩やかに舞い落ちる白い花びら。花が一番美しく見える位置に車椅子を下ろす。
麻耶と少女は老人の側に膝をつき、語りかける。
「貴方の見たかった桜の下に今、来ているのが判りますか?」
「おじいさん!」
二人の声に、老人は微かに眼を開けた。次の瞬間、驚きに眼が見開かれる。
「お、お‥‥ゆき、の‥‥」
少女は思わず口元を両手で覆う。雪乃は、祖母の名前だった。
ヤナギは樹の幹に寄りかかって、愛用のブルースハープを取り出し口元に当てる。奏でるのは少女から聞き出した曲だ。老人が亡き妻と愛したという、思い出の旋律。
それに後押しされたのか、老人は力を振り絞って震える両手を天へ伸ばす。彼の上に惜しみなく降り注ぐ白を、全身で受け止めるように。
「ああ‥‥行こう。ふた、り‥‥で――」
ゆっくりと、老人の手は降ろされ。完全に力を失った時、彼の瞳も閉ざされていた。
桜は静かに黙祷を捧げる。宵藍は、広場でキメラの炎弾に折れた薄紅の桜の枝を彼の膝に捧げて呟いた。
「晩安、和平(おやすみなさい、安らかに)‥‥」
「積み重ねられた時と想いか‥‥」
レベッカがぽつりと言う。
老人の願望が見せた幻影か。科学的ではないが、亡き妻が使徒として夫を迎えに来たのか。
真相は誰にもわからない。
ただ老人にだけは、紛れもなく最愛の人の姿が見えていたのだろう。
「皆さん、本当にありがとうございました! おじいさんも、悔いなく旅立てたと思います」
少女は泣きはらした眼で、しかし清々しいとすら思える笑顔を浮かべて皆にお礼を述べた。
「あと、公園を守ってくださった事も‥‥私にとってもこの桜は、おじいさんとの大切な『思い出の桜』ですから」
少女につられるように、全員が桜の樹を見上げる。
吹く風に鳴る木々の枝が、皆を白と薄紅の乱舞で包む。
時が流れ、街が姿を変えようとも。この白桜だけは変わらずこの場所で、変わらぬ姿を保ってきた。
沢山の人々の人生を見守り、様々な想いを受け止めながら。受け止めた想いに対し、人々の心に残していく。
自らの姿と、それにまつわる大切な思い出を。
今また一つ。一人の老人の人生の終焉を見送り、少女の心に思い出を残す。
老人と少女を優しく包む白桜の姿は、傭兵達の心にも深く刻まれたのだった。