タイトル:【魂鎮/妖幻】肝試し!マスター:きっこ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/25 23:35

●オープニング本文


 ラスト・ホープ内、UPC本部。
 以来斡旋所を訪れた八丈部 十夜(gz0219)を、十夜の昔馴染みであり今はオペレーターを務めている小野路 綾音が迎えた。
「十夜くん、いらっしゃいです〜。今、十夜くん向きの依頼って、来てましたかねぇ‥‥」
「あ、いえ‥‥僕は別に、普通の依頼でいいんですけど」
 返事を返すよりも早く、綾音は端末を叩いている。
 十夜は今年の春、高校卒業と同時に傭兵となった。実家は、日本で小さな神社を守りながら心霊相談所をしている。その長男に生まれた十夜は家を継ぐべき立場にあるのだが、当人がそれを望まなかった。
 というのも、家族の中にあって唯一自分だけ霊感を持たずに生まれた自分が跡を取るのが、家のためになるとは思えなかったからだ。能力に長けた妹に跡を任せることを希望しながら、自分はエミタへの適性から能力者として歩む道を選んだ。
 それなのに、傭兵として関わる依頼は全て心霊現象を思わせる事象や妖怪をモチーフとしたキメラを扱った依頼ばかり。それが綾音の言う『十夜向きの依頼』である。
 ‥‥というか、綾音がいつもどこかしらから見つけて勧めてくるから、そういう依頼に当たる確立も高くなっているのではないだろうか。
「あ、えぇと‥‥そうではなくて。今日は、僕が依頼を持ち込む方なんでした」
 言って、十夜はある雑誌を開いて綾音に手渡した。綾音が受け取ったそれはオカルト雑誌だ。開かれたページには『霊魂彷徨う廃墟』の見出しが躍り、廃墟の写真が何枚か載せられている。本物か否か、おぼろげな人の姿や人魂と思しきものが写った写真もあった。
 雑誌をまじまじと見つめる綾音に、十夜が説明した。
「実はそれ、妹から送られてきたものでして‥‥」

 数日前、十夜の元に掛かってきた電話は中学生の妹からのものだった。
『お兄ちゃん! 夏休みには帰って来てって言ったのに、夏休みになってからどれだけ経つと思ってるの!?』
 開口一番叱責の声を受けた十夜は、離れて暮らしていても変わらぬ妹の様子に安堵しながら口を開いた。
「聖(せい)は夏休みかもしれないけど、傭兵には夏休みは無いんだよ」
「だって、この間電話した時に『夏休みには帰ってくる』って言ったよ?」
「『夏休みには帰ってきてね』って、聖はそう言ってたよ。でも、僕が返事をする前に聖は電話を切ってしまったからね」
「嘘っ!? そうだったっけ? ‥‥まぁいいや。夏休みは無くても帰っておいでよ」
「まぁ‥‥帰れないことは無いんだろうけど、ここに寄せられる依頼は後を絶たないしね。傭兵になったからには少しでも多くの依頼を解決したいから」
 そうすることで、一人でも多くの人を危険や困難から守ることができる。
 十夜の言葉で、二人の間に沈黙が訪れた。
「聖?」
「そうか、依頼か‥‥じゃあ依頼でこっちに帰ってくればいいんじゃない!」
 やけに嬉しそうな妹の声に嫌な予感が過ぎる。そんな十夜の心を知らず、聖は閃いた名案を披露する。
「夏と言えば肝試しでしょう! 丁度行ってみたい心霊スポットがあったんだ」
「肝試しって‥‥」
「あっ、今『普段から霊を見たり霊と話したりしているくせに今更』って思ったでしょう!? 肝試しをするなら夏が一番。することに意義があるの! それに私が見るのは霊じゃなくて、怖がっている人の方なんだから」
「‥‥」
「じゃあ決まりね! 依頼料は私のお小遣いからちゃんと出すから。お兄ちゃんから綾音ちゃんにお願いしておいてね」
 そして聖はまた一方的に電話を切り、後日十夜の元にその廃墟が載った雑誌が届けられたのである。

「‥‥というわけでして。まぁ、肝試しを楽しみたいのも本音なのでしょうが、きっと行った先で迷える霊を解放したりもするつもりなんだろうな、と」
 端整な顔立ちが冷たい印象を与える十夜だが、微笑むと彼の人柄が滲む。特に今は、離れて暮らす妹への思いやりに満ちていた。
 綾音はしばらく会っていない聖の姿を思い浮かべた。
 肩を過ぎるくらいのさらさらの黒髪に、溌溂とした可愛らしい印象の女の子である。彼女はまだ中学生だ。幼い頃から何かと面倒を見てくれていた兄と突然離れて暮らすことになったのは、やはり寂しいのだろう。
「なるほど〜、かしこまりです〜。この廃墟、北九州にあるんですねぇ。ここは外れとはいえ競合地域ですから、表向きは『除霊に向かう聖ちゃんの護衛』という事にでもしておきましょうかぁ。で、依頼に向かう皆さんにはちょっとした夏休みを楽しんでいただくという事で〜」
「すみません。よろしくお願いします」
 こうして、ちょっと毛色の変わった依頼が斡旋所に掲示されることとなった。

●参加者一覧

聖・綾乃(ga7770
16歳・♀・EL
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
秋津玲司(gb5395
19歳・♂・HD
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
結城 有珠(gb7842
17歳・♀・ST
鳳凰 天子(gb8131
16歳・♀・PN

●リプレイ本文


 妹を迎えに行った十夜とは北九州・伊万里市での合流となった。
「よ、八丈部さん。今回はご苦労さんだね。そちらが妹さん?」
 何度か依頼を共にしている長谷川京一(gb5804)が声を掛けると、十夜より先に聖が頭を下げた。
「八丈部聖です。お兄ちゃんがお世話になってます」
「私、綾乃。よろしくネ♪」
 聖・綾乃(ga7770)は嬉しそうに挨拶を交わす。同じ歳で名前に同じ字が含まれているという事もあって、会うのを楽しみにしていたのだ。
 依神 隼瀬(gb2747)は大規模で追った深手が治りきっておらず、廃墟を目指す道程も少し辛そうだ。
「ごめん‥‥何かあっても、足手まといにだけはならないようにするよ」
 キメラ討伐の依頼ではないが、この場所が競合地域である以上不測の事態が起こらないとも限らない。自分の身は自分で何とかしなくては。
 件の廃墟は伊万里市の郊外にある。元は病院だったが、ずいぶん前に戦争により半壊してから放置されているらしい。
「ふむ‥‥心霊スポットとしても紹介されてるらしいですし、本物の幽霊と会えるといいのですが」
「‥‥幽霊? 存在は否定せんが、あまり興味がない」
 秋津玲司(gb5395)に反し心から興味の無さそうな声で言うのは夜十字・信人(ga8235)だ。寺の子に生まれ現在は神父をしている彼はもちろん霊を見ることができる。
「霊か‥‥形ない物を斬るという機械剣。これを極めるために始めたこの生活。最初の相手にふさわしい。もし出てきたら本物であろうがなかろうがどこまで通用するか試してやろうじゃないか」
 鳳凰 天子(gb8131)の言葉に驚いた聖が言う。
「ダメだよ、変に刺激したら」
「相手によっては大変な事になるからね」
 隼瀬も聖に同意するが、霊を信じていない天子は全く意に介さない様子だった。
 到着した三階建ての廃墟は所々崩れ落ちた外壁に蔦の類が絡みつき、いかにもそれらしい雰囲気を醸し出している。
「こ‥‥ここが、今回のお仕事場です‥‥かぁ? なンか、ホントに出そぉですぅ〜」
 心細そうな声を出す綾乃の横で、結城 有珠(gb7842)も廃墟を見上げる。
「‥‥ふ、雰囲気、でてますね‥‥。き、肝試しには丁度いいかもしれませんね‥‥」
「幽霊苦手?」
 有珠に聖が訪ねるが、彼女は首を横に振った。
「ゆ、幽霊さんとかは怖くないんですよ‥‥。毎日見てますし‥‥。よ、よっぽど‥‥普通の人のほうが‥‥」
 声は次第に小さくなり最後には聞こえなくなった。おどおど落ち着かない様子なのは、別に原因があるらしい。
 何故かこちらにもそわそわ落ち着かない様子になっているのが一人。ドッグ・ラブラード(gb2486)はこっそり十夜に訪ねる。
「この任務って『肝試しに偽装した護衛』ですよね?」
「あ‥‥えぇと、正確には『護衛に偽装した肝試し』です」
 やっぱり。皆の会話から自分の勘違いに薄々気づいてはいたのだが。
「‥‥や、どっちにしろ仕事です、頑張りますとも!」
 ドッグが気を取り直している間に、信人は半壊した入口の隅にそっとラムネを供えている。と、突然十夜をじっと見つめぼそりと言った。
「なんか知らんが、親近感が沸く。名前で」
「え‥‥あ、なるほど」
 綾乃と聖と同じように、十夜の名も信人と同じ字が含まれているのだ。
 廃墟内は二班に分かれて探索する事となった。聖がふと疑問を口にする。
「私が1班に入ったら、2班の人はどうするの?」
「これでも神社の子だからな。お祓いもしっかり修行済みだから任せてくれ」
 そう言った隼瀬は前日から精進決済も済ませてあるのだ。


 最初に1班が1階を回る。倒壊の激しい西側を避け、東階段からスタートする。
 建物の中はおどろおどろしい気配に包まれ、どこか空気が重く感じる気さえする。先頭を行くのは聖と綾乃。聖を挟んで綾乃の反対側、いつでも護衛に入れる位置をドッグが行く。その後ろに有珠、京一と続く。
「聖ちゃんの家族、皆霊感強いんだぁ」
 綾乃はしきりに聖に話しかける。おしゃべりを楽しみたいというのはもちろん、話している方が気が紛れるからだ。
「うん。お兄ちゃんだけ、何故か全然ダメなんだけどね。綾乃ちゃんは?」
「私は霊感無いの。変なの見た事はあるけど‥‥」
 その時の事を思い出したのか、聖の腕に絡めていた両腕に更に力を込めてしがみつく。
「京一さん、もっとしっかり照らしてください〜」
「この方が雰囲気出るだろ?」
 後方警戒と照明係を買って出た京一だが、照射半径の狭いランタンで足元を照らし、前方へ向けた懐中電灯はあえて見えにくく巧みに恐怖を演出する。
「み、見えてもあまりいいことは無いですよね‥‥。さ、流石に血まみれだったりすると驚きますし‥‥」
 有珠がぼそりと言う。
「な、中でぎっしりだったらちょっと嫌だな、と思ったんですけど‥‥そうでもなくて、安心しました‥‥」
「おい、あそこに妙な影が見えないか?」
「ひっ」
 横に伸びる廊下で立ち止まり言う京一に、綾乃は身をすくませた。と、ドッグがそちらに足を踏み出す。
「‥‥今、何か‥‥先に行っててください」
 ドッグと離れ、再び奥へ向かって歩き出す。しばらく行った所で、綾乃が大きな悲鳴を上げた。
「きゃあぁぁ! い、今何かっ!」
「ああ、白い手のような物が‥‥」
 京一が言うと、綾乃は掴まれた感触の残る足首を必死で払う。
「きゃあぁぁぁ!」
「わあぁぁ! す、すみませんっ」
 有珠とドッグの悲鳴が重なり、全員の心臓が跳ね上がる。灯りを消したまま戻ってきた女性恐怖症のドッグが、人を怖がる傾向のある有珠にぶつかってしまったのが悪かった。
「‥‥あ、す、すみません‥‥急に触られると‥‥びっくりします‥‥」
 赤面しながら謝る有珠と何度も頭を下げるドッグを見ながら、勘の良い聖は内心呟く。
(「今の、ドッグさんかなぁ?」)
 種を明かせば、虚闇黒衣を纏い闇に紛れて先行し病室に身を潜めていたドッグが、レイ・バックルの発動により仄白い光を放つ腕で仕掛けた恐怖トラップだったのだ。
(「面白かったし、黙っておこうっと」)
 もし聖がバラしていたら、怒りを双刀に込める綾乃と壮絶に土下座するドッグによる別の恐怖シーンが展開されていただろう。


 1班に続き2班が1階を巡り、互いにワンフロア巡り終えた所で揃って二階へ。今度は2班が先に2階を探索する。
 玲司は懐中電灯片手に周囲を照らしてみる。ひび割れた壁、カルテや資料が散乱したままのナースステーション。至る所にある瓦礫と蜘蛛の巣。
「ほんとうに、何か出ても不思議ではない雰囲気ですねぇ。1階では1班がずいぶん盛り上がっていたようですし」
 知的好奇心から霊と遭遇したい希望はあるが、残念ながら一度もその機会に恵まれていない。
 天子も玲司と同じく廊下の端や柱の影など霊が居そうな所を狙って見つめている。が、こちらは隠れた存在を逸早く見つけて斬りかかるのが目的だ。
「んー、でも幽霊がいるという事は、成仏出来なかった人がいるという事になるんでしょうか‥‥。だとしたら、いない方が良いんですよね‥‥」
 玲司の言葉に十夜が頷く。
「そうですね。僕は彼らの力になる事はできませんが‥‥その時は依神さんが頼りですね」
 隼瀬は神棚に供えておいたお神酒に魔除けの鈴を結んだ榊を持参し、その身にも虎目石の勾玉のペンダントと鈴の髪飾りと魔除けになるアクセサリを身につけ準備万端整えてある。
 死者の領域となっているこの場所を尊重し黙したまま廊下を進む信人は、形になっている霊や、明確な姿を持たない霊等が信人にも寄って来るが特に害がない以上自分から構う事はしない。
 本人もゲシュペンスト(独語で幽霊の意)という二つ名を持つくらいだ。害があってもと本職が何とかするだろうくらいに思っている。
「あ、ちょっとまずいかな‥‥」
 隼瀬が言うが早いか、突如弾けるような音が鳴り響く。小さな瓦礫が宙へ浮き、空中で次々弾けていく。まるで弾丸のような勢いのそれに、玲司はレイシールドを構え隼瀬を背後に庇う。
「これは、霊の仕業なのですか?」
「ああ、その入口の所に‥‥」
 しまった、と思った時には遅かった。駆け寄った天子が機械剣αのレーザーを斜に振り下ろす。手に残る手ごたえは、病室の入口を削ったもののみ。
「機械剣といえど霊は切れんか。なるほどよい経験をした」
 一人納得する天子だが、霊はパニック状態になり霊障は激しくなっていく。礫弾に加え地震のような振動が起こり始めた。
「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給う 天清浄とは 天の七曜九曜‥‥」
 隼瀬が榊をお神酒に浸し祝詞を奏上すると、十夜も声を合わせる。次第に霊は落ち着きを取り戻し、隼瀬の手により浄化された。
「手を貸してくれて助かったよ」
 隼瀬が言うと、十夜は苦笑して答える。
「僕のは気持ちだけで‥‥聖が念を送ってくれていたのでしょう?」
「こういうのは気持ちも重要だから。『除霊』せずに済んでよかったよ」
 力ずくで始末するというのは、なるべく避けたいと思っていたのだ。後で聖にも礼を言わなくては。
(「もし、次が有るのなら、そのときは悔いの無い幸せな生を」)
 自ら見ることはできなかったが、玲司は霊がいたという病室の入口に無言で手を合わせた後、皆を追ってその場を離れた。


 三階は特に建物の損傷が激しく、崩落した天井の一部が床に転がっている。
「この辺は危ないな。待ってくれ、も一つ明かりをつける」
 京一が輝度の高い小型フラッシュライトで照らし1班が出発する。彼らが戻るまでの間、2班は階段で待機となる。十分くらい経った頃だろうか。
「ひゃぁ〜〜〜っ?!」
 聞こえたのが綾乃の悲鳴だったので、またか、と思った矢先にキメラとの遭遇を知らせる無線が入った。
 頭を抱えうずくまる綾乃を聖が揺さぶる。
「綾乃ちゃん、あれキメラなんだって!」
「ふぇ? キ、キメラ? お化け‥‥じゃないンです、かぁ?」
 恐る恐る見上げた無数のそれは、どうみても青白い炎を上げる人魂にしか見えない。
「え、えと‥‥聖さんは後ろへ‥‥」
 超機械「ミルトス」を手に、有珠が庇うように前へ出る。ドッグもプロテクトシールドで飛来する人魂をいなし、機械剣「莫邪宝剣」で斬って聖に言う。
「お体に異常は? 何かあれば直ぐに声を掛けてください。我々の仕事ですので」
「‥‥ふざけた真似を‥‥真の闇へと堕ちろ」
 恐怖を怒りに変じ覚醒した綾乃は、布斬逆刃の赤光纏う朱鳳と氷雨で人魂を切り刻んだ。
「ホント、あちらさんも飽きないね」
 京一は身辺を飛び交う人魂を和弓「夜雀」の影撃ちで確実に仕留める。その眼前に迅雷の如く天子が現れ機械剣を振るう。
「出たな。では斬る」
 人魂は中央の球体を切断され、炎を失い崩れ落ちた。
 ジャケットの各所に仕込んでおいた苦無を両手に、信人は両断剣を発動し人魂の核を貫く。立ち回りには建物への影響を考え細心の注意を払う。
「‥‥この廃墟に住まうものがいるのだろう? なら、土足で踏み込んだからには、気にかけてやらんとな」
 向かい来る人魂をその身を盾に受け止め、背後から子供の霊が駆け去るのを横目に見送りつつ活性化で傷を癒す。
「住人が、人か死者かの違いさ」
 隼瀬と玲司は十夜と共に聖を庇う位置に入る。
「全く、紛らわしいキメラだ。さっさとご退場願おう」
 玲司はエナジーガンを放ち、長弓「燈火」を射る十夜と共に前衛を狙う人魂を撃ち落としていく。
 数は多かった物の、一個体はさしたる強敵でもなく。程なく人魂は片付いた。戦闘により騒ぎ出した霊を隼瀬と聖が鎮め、いくつかの浄霊を果たして全員無事に外へと脱した。
「聖の様な霊を見つける力があれば自分で探して斬りかかれるんだがな。」
 天子は霊が斬れなかったのが残念でならないようだ。自身のせいで霊障が起きたとは全く思っていないらしい。
「もー、まだそんな事言ってるの? 少しそのまま反省していなさい」
 呆れ半分に言い放つ聖に、天子は首をかしげる。隼瀬は苦笑しつつ、天子の背後を見た。
「じゃあ、その人は俺が後で還しておくよ」
 京一は信人が供えたラムネが眼に止まった。嵩が減っているような気がするその横に、灯の点いた煙草を置く。
「ホントに居るのかどうかは知らんがね。これ位は手向けてやるさ」
 最後に一人、入口を振り返り信人は囁く。
「‥‥戦争が終わったら。祈りを捧げにまた此処に来る‥‥だから、憑いて来るな」
 そこに留まったのを確認し、信人は踵を返した。


 伊万里湾の砂浜で『肝試しの打ち上げ』と称して綾乃の差し入れであるココアで一息入れ、皆で花火を楽しむ。綾乃、京一、聖の三人が用意しただけあって中々無くならず、思う存分色とりどりの光を愛でる。
「日本の風物ですね。これが見れただけでも良かった‥‥おや、この輪になっているのは?」
 火を噴きドッグの手元を離れたそれは、くるくる回りながら着火主を追いかけていく。
「た、助けてー!」
 その様子を愉しそうに眺める隼瀬は大事を取って見学である。
 京一も風下で皆の楽しむ姿を見つめながら、吸い込んだ煙草の煙をリング状に夜空へ放つ。
「平和だねぇ。ずっとこうならいいんだがね」
「あ〜あ、浴衣着てきたかったんだけどなぁ」
 綾乃のにとってそれだけが心残りだった。聖は新しい花火に火をつけながら言う。
「じゃあ、うちの神社の奉納祭りに浴衣着ておいでよ! 9月にあるんだよ。有珠さんも‥‥あれ?」
 有珠は皆から少し離れたところで、寂しそうに手元の線香花火を見つめている。
「‥‥お、大きな花火もいいですけど‥‥小さいほうも‥‥。どんな大きさのものでも‥‥消えるときは一緒‥‥ですね‥‥」
「有珠さんって、霊の声も聞こえるの?」
 近くに来た聖が訪ねると、有珠は首を振った。
「さ、流石に‥‥お話はできませんね‥‥。き、聞こえたら、夜、眠れなくなりそうです‥‥」
「聞こえるかもしれんぞ」
 いつからそこにいたのか、信人はくわえ煙草でテープレコーダーを再生した。実は廃墟内でずっと回していたのだ。
 2班が遭った礫弾の破裂音が立て続けに鳴り響く。その中に紛れている無数の――。
「いやぁああぁぁ!!」
 夜の浜辺に綾乃の涙混じりの悲鳴が響き渡った。

「お兄ちゃんはいいなぁ、キメラと戦えて」
「そうだね」
 妹に向けた十夜の笑みはどこか誇らしげだった。
 家族が危険な霊障と向き合う度に自らの無力さを思い知らされてきた。だが今は、この力で家族を守る事ができるのだから。
「でも僕は、聖の霊能力がうらやましいよ」
「力を交換できればいいのにね」
 そうなれば十夜は心置きなく跡目を継げるが、聖がキメラと戦う危険を思うと微妙な所だ。
「それにしても楽しかったなぁ。また皆で遊べる事考えなくっちゃ」
 キメラとの遭遇も楽しかった内に入るようだ。新学期はどうか妹が学業に専念してくれるようにと祈る十夜だった。