●リプレイ本文
●流れに逆らう者
二体の「怪物」がにらみ合う中、混乱する葬儀会場に人の流れに逆らい、踏み込む8人の傭兵がいた。
「死しても愛するものを護る、ですか‥‥」
キメラと睨みあいを続けている、生夜に見える「何か」を見ながら、柊 沙雪(
gb4452)が呟く。その顔には、疑いの表情が浮かんでいる。それもそのはず。死んだ者が動き出すと言うのは、普通ありえないはずの事なのだ。そしてそれは、アーヴァス・レイン(
gb6961)や、火絵 楓(
gb0095)も同じだったようだ。
「死体が生き返るとはな‥‥理解ができん」
「記録を調べてみたけど、怪しい所は無かったわ。検死の方でも、依頼自体にも、ね」
そして、東條 夏彦(
ga8396)にとっては―――
「生前に王 生夜が持っていたあの剣‥‥ちぃっと欲しいぜ」
寧ろ、生夜の持っていた独特の武器の方が、気になるようだった。
だが、そんな傭兵たちの思惑も、キメラを退けてからでないと確かめようも行いようもない。事前のプランに沿い、傭兵たちはその場に残った三者―――黄 麗、キメラ、そして『王 生夜の姿をした何か』の周囲に展開した。
●平穏を望む者
今回の依頼が傭兵としての初依頼となる流離(
gb7501)は、敢えて武器を出さずに、横から黄麗に近づいた。無論、『何か』の様子を見ながら、である。
「‥‥立てそうでしょうか?」
と、静かに手を差し伸べる。少し驚きながらも、黄麗は「ええ」と答え、その手を取って立ち上がった。『何か』は、キッと鋭い目線を流離の方に向けたが、直ぐに前に向きなおし、改めて武器を構えた。
黄麗は立ち上がると、直ぐに流離の両手を握り、願うように話しかけた。
「お願い。あの人を傷つけないで。あたしはあの人が‥‥戻ってきただけでも、うれしいの。例え、あたしをあの世に連れて行く、死神として、でも‥‥」
「ご安心ください。あの者があなたに危害を加えない限り、私たちは攻撃を加えるつもりはありません。‥‥あの『何か』は、貴女をお守りしてるよう、お見受けします」
それを聞いた黄麗の表情が、心なしか少し明るくなったような気がした。
だが、口では落ち着いているようにそう言った物の、流離は一刻も警戒は緩めていない。それもそのはず。例え『何か』が黄麗を守っていても、キメラが居るのだ。何時高速移動で襲ってくるか分からないのである。懐の中のミルトスを握り締め、流離は唇を噛み締めた。
●静を以って動を待つ者
織部 ジェット(
gb3834)と井筒 珠美(
ga0090)、楓、そして夏彦は、キメラの左右に陣取った。
この4名は待ち伏せて最小限の動きでキメラの動作を牽制し、隙あらばその動きを止める一撃を叩き込む算段なのだ。
その中でも一際異彩を放っていたのが楓。来た時は黒の喪服だったのに、何時の間にか着替えたのか、『鳥のきぐるみ』を着ていたのである。黄麗含め、周囲が呆気に取られる中、楓の顔は真剣そのものである。それ故に、誰も突っ込めなかった―――
―――閑話休題。
キメラも4人の意図を察したのか、それほど大きな動きを見せる事は無い。ただ、片手で槍を回しているだけである。
「‥‥何時までぐずぐずしてんだ」
夏彦が軽く前に出ると同時に、忍刀「颯颯」を横に薙ぎ払う。だが、それは槍を縦にしたキメラに受け止められる。流石に軽いのか、キメラの防御を押し切れない。
だが、その1つの動きが、全局を動かす事となる。
「逃さん」
珠美が反対側からアサルトライフルを連射し、キメラに反対側の腕での防御を促し、その腕を封じる。
そして―――
「踊れ!! ハピネス・ラビリンス!! なんてね♪」
「お前にはレッドカードをくれてやる!!」
近距離から狼の頭に向け、「試作型超機械Red・Of・Papillon」のスイッチを入れた楓。
キメラの背後からジャンプし、人型の首に向け、レッドカード必至の猛烈な空中回し蹴りを入れたジェット。だが、その攻撃は両方共に空を切った。
―――キメラの姿が、その場から消えていたのである。
●動を以って動を制する者
「やはりか‥‥っ!」
キメラの瞬間移動を確認したアーヴァスは、沙雪と不知火 チコ(
gb4476)に合図する。三人は一斉に瞬天速、迅雷を発動させ、キメラの出現した場所―――黄麗の背後へと詰め寄る。
アーヴァスはキメラの右腕を狙い斬り下ろし、沙雪は狼の前足を狙って横に薙ぎ、そして背後からチコが、エクリュの爪でキメラの首を挟み込むように攻撃する。
だが、僅かながら、沙雪の移動速度が他の二人より速い。キメラは狼の口で沙雪の小太刀に噛み付いてそれを防ぎ、そのまま振り回してアーヴァスにぶつけ、そしてチコの攻撃が届く前に再度瞬間移動した。
アーヴァスと沙雪はそれぞれ周囲の椅子や墓標を蹴り体制を立て直し、チコはそのまま前に一度転がり、再度武器を構える。
そして今度は沙雪が一歩遅れて、三人は再度キメラが移動したと思われる場所へスキルを利用し移動し、
今度は沙雪は後ろ足、アーヴァスは正面から肩向けて斬り下ろし、チコは背後から胸に向けて直突きで攻撃を仕掛ける、が―――
「「「ッ!?!?」」」
そこにあったのは、回転していた一本の槍だけであった。
キメラは槍だけを前に投げ、その風圧で自分もその方向に移動したように見せかけたのである。
そして、自分の槍の周りに集まった三人の傭兵に向かって、キメラの人の顔の部分は、にやり笑ったように見えた。
―――二つの口から放たれた咆哮が共鳴し、轟く。それは、三人の傭兵を吹き飛ばしていた。
●動く守護者
瞬速勝負を挑んできた三人の傭兵を吹き飛ばしたキメラは、本来の目的―――黄麗に、その顔を向けた。そして、一瞬にしてその姿は消える。
牽制に回っていた4人は一斉に武器を構えるが、傭兵たちが動くよりも早く、『何か』が、その手に持った大剣をキメラが向かってくる方向の正面から投げつける。
キメラはそれを槍で受け止めるが、流石に重い大剣の勢いは完全には殺しきれなかったのか、一瞬停止し、その姿が現れる事になる。
そしてその一瞬に、鉤のような大剣についた鎖はキメラの狼の四脚のうちの一つに巻きつき、その動きを止めた。
このチャンスを、傭兵たちが見逃すはずは無かった。
「皆さん、今です!」
流離が、先ほど咆哮を食らった三人に対し、練成治療を仕掛ける。だが、それでも、一番練力総量が低かったチコは連続で瞬天速を使った上に長時間戦闘を経たため、これ以上瞬天速は使えない状態となっていた。
それでも、通常の戦闘はこなせる。三人は、再度武器を構えなおし、アーヴァスと沙雪はスキルで‥‥チコは走って、キメラに向かっていった。
牽制をしていた四人は、キメラの動きが止まったのを見、再度一斉攻撃を仕掛ける。
「今度は外さないぜ!」
「お前には勿体ねぇが‥‥これでも食らいな!」
ジェットが、キメラの下にスライディングで滑り込み、狼の腹の部分を強烈に蹴り上げる。夏彦は黒刀を抜刀し、そのままキメラの背後から飛び掛り、袈裟斬りに振り抜く。
「逃がさない」
「しびれちゃえ!」
珠美がキメラの左目を打ち抜き、その直後楓がキメラの顔面に超機械の放電を叩き込む。
人の顔面部分を潰されたキメラは苦し紛れに狼の口から咆哮を放つが、それは『何か』が引き戻した大剣で防ぐ。
その直後、アーヴァスがキメラの左、沙雪がキメラの右にそれぞれ出現する。
「葬儀にまでキメラが出現するとはな。大人しくあの世にでも行っておけ」
「‥‥ストーカーは、趣味悪いですよっ!」
二つの閃光が、それぞれキメラの狼の前足と、人の腕を切り落とす。武器を落としたキメラの背後に、走り寄ったチコが現れる。
「これで、終わりにしましょう」
背後から両手に装着した爪を合わせ、心臓と思われる部位に突きこんだ。大量の血を胸から噴き出した後、キメラはそのまま、地に倒れ伏せた。
●束の間の平衡
キメラを撃破した後、傭兵たちは、改めて『何か』と対峙していた。
依然として構えを解かない『何か』に対し、傭兵たちも警戒せざるをえない状況であった。
「もう戦いは終わってるって、見りゃ分かるだろ!?」
「大丈夫です、黄さんは無事です、落ち着いてください! 王 生夜!」
チコとジェットは必死に『何か』に向かい、呼びかけるが、返事どころか、反応の様子すらない。
「惚れた女ぁ守ろうと三途の川から引き返す男気は買うが‥‥な」
だが、その女を斬らせる訳には行かない、と、夏彦は二刀小太刀を構え、『何か』を睨みつける。
「ねえ? どうするの? このまま彼を‥‥?」
と楓は黄麗に問いかけるが、黄麗は下を向いてうつむいたまま。
そんな黄麗に、珠美は拳銃をすっと差し出した。
「お前が、決めるんだ」
頭を上げ、珠美を見た黄麗の瞳には、大きくジャンプし、大剣を横に構えた『何か』の姿が映っていた。
●男の執念
『何か』は鎖を掴み、大きくブレードの部分を振り回す。まるで台風のようなその攻撃に、接近したアーヴァス、沙雪はスキルを使って回避することになり、夏彦、ジェットはそれぞれ武器で受けたが、その重さに吹き飛ばされる。
―――強い。
それが、傭兵たちが一致して感じた感覚だった。純粋なパワーだけならば先ほどのキメラを上回っており、スピードこそ極めて遅いものの、膨大なリーチと、剣の重厚さに任せた防御能力が、それを補っていた。
後方では、黄麗の横で、流離が珠美に練成治療を施している。どうやら拳銃を黄麗に手渡したのが、『何か』の怒りに触れたようだ。
「チッ‥‥!!」
「読まれている‥!?」
アーヴァスと沙雪はそれぞれは迅雷と瞬天速で『何か』の背後に回りこみ、急所や首、腕に向かい剣を突き刺すが、『何か』の背後に突き立てられた大剣により阻まれる。そしてチェーンに叩かれ、後退を迫られた。
「テメエ、まだその子を泣かしたいのかよ!!」
上空に飛び、そのままかかと落しを仕掛けるジェット。それを狙って、下段から大剣を振り上げようとする『何か』。その間に、黒い影が飛び込んだ。
一瞬にして、全ての動きが止まる。黒い影―――黄麗は、両手に一本ずつ銃を持ち、ジェットと『何か』に突きつけた。
「お願い、二人とも下がって」
その言葉に、ジェットはバク転してほかの傭兵たちの場所へ着地し、『何か』はそのままのポーズで固まったままである。
黄麗は、両手に銃を持ったまま、『何か』を抱きしめた。
「ちゃんと‥約束を、守ってたのね。命を、失ってからでも‥‥」
―――『何か』の顔に、僅かな微笑みが浮かんだかと思うと、その姿は段々透け、それにつれて黄麗の腕が段々「食い込んで」行き、ついには消えた。
後には、目に涙を浮かべた黄麗と、地に刺さった大剣のみが残されていた――
その後、傭兵たちは急いで、棺桶に駆け寄る。先ほどの激戦で気づいていなかったが、棺桶の蓋には傷一つついていない。
‥では、一体どうやって、『何か』が出てきたのか?
黄麗の許可を貰い、傭兵たちは棺桶の蓋を開ける。
―――中では、王 生夜が、何事も無かった様に、永遠の眠りについていた。
その手に、小さなペンダントを握り締め――
●後の祭り
後ほど、各種の調査が施されたが、何一つ疑うべき事は見つからず。傭兵たちが見たものは、『キメラの特殊能力が引き起こした幻覚』として扱われ、王 生夜の葬儀は再度、執り行われる事となった。
夏彦は、王 生夜の大剣を回収しようとしていたが‥‥
「あたしは、あんたの意思を受け継ぐ。あんたに守ってもらった分、戦う事の出来ない人々を守る。あんたの遺した、この『夜月』でね」
黄麗が、大剣を掲げる。どうやら夏彦は‥‥一足遅かったようだ。最も、これで良かったのかもしれないが‥
「死んでからも守られるなんて想われてるなオイ」
「死して尚、守る‥強い想いね」
「ええ、彼に愛された事を、幸せに思ってる。最後に守ってくれたのは、きっと彼の『執念』だった。そう思ってる」
珠美や流離は、彼女たちなりの方法で、黄麗を元気付けようとしていた。
(「果たして、先に逝ってる連中は私を守ってくれているのだろうか、な」)
と、珠美は自分の境遇をも今回の事件に重ねた。そして、自分の境遇を重ねていたのはアーヴァスも同じだった。
「死んでも守りたいもの‥か」
と自らの家族の事を思う。
葬式が終わり、客も散った後、墓場を出る直前にジェットは、墓の前で線香を付け、頭を下げた。
「お前の信念、最高にかっこよかったぜ」
●もう一つの真実
―――時は一週間ほど遡る。
王 生夜は、目の前にある狼と人間が合体したようなキメラと対峙していた。その後ろには、死体が5つ。
(「ぬかった‥ヤツの能力が高速移動だとはな。この森林内で奇襲を受けたのは運が悪すぎた」)
大剣の鎖の部分を握り締める。
(「だが、習性さえ分かってしまえば問題ない。ヤツの方から初見の相手に攻撃を仕掛ける時、必ず相手の背後に出現する。そこを狙って‥‥」)
首にかけた、麗から貰ったペンダントを見る。
「待ってろ、麗。俺は必ず‥戻る!」
その瞬間、キメラの姿が消える。
素早く首を横に傾け、疾風のように突き出された槍を間一髪でかわす。だが、槍はペンダントのチェーンを掠め、ペンダントが地に落ちてしまう。
(「‥‥っ!?」)
その一瞬が命取りだった。狼の爪は、生夜の首を切り裂いていた。
(「すまん、麗‥‥」)
倒れながらも這い、ペンダントを掴んだ生夜の背後に、槍が突き刺さった。