●リプレイ本文
●森の中
雲南の山の中、傭兵たち一行は、デルカルロ軍曹を中心にし、僅かな雑談を交えながら進軍していた。
「師匠ですか‥‥私も自分の師を思い出しますねえ」
幼少時に拾われた経験がある抹竹(
gb1405)は、今回の任務に際して‥自分の師匠の事をも思い出していた。
「‥ち、ちなみに、お師匠様は、ど、どんな人なんでしょうか」
おどおどしながら鈴木 一成(
gb3878)が、軍曹に聞く。
「‥ああ、なんつーか、とにかく動じねぇ。落ち着きがあるっつーか年の功っつーか‥」
何となく集中力を欠いている軍曹。返事にも何時もの豪快さはない。
「なぁ、軍曹はん。何があったか知らへんし興味も無いねんけど、軍曹はんには、通さなあかん筋や貫かなあかん正義があるんちゃうん?そんな状態でお師はんに会うのん?‥ウチには、関係ないねんけどな‥」
さり気なく、ツンデレとも取れるキツい台詞を言った冴木氷狩(
gb6236)の台詞にも、軍曹の返答はイマイチキレが悪かった。
「‥ある事にゃあるんだがな。流石に今回の相手は‥」
前回の作戦に参加しており、ある程度軍曹の悩みの原因を把握していた御沙霧 茉静(
gb4448)と抹竹はお互い顔を見合わせ――
「‥前回の作戦での突入の際のあの強化人間‥軍曹とは、知り合いだったのですか?」
抹竹が、先に、軍曹に聞いた。
「‥あいつはフェルナンデス=グローリア。俺の幼馴染ってヤツだ。妹のフィアンセでも『あった』がな」
「『あった』‥?それにそもそも軍曹に妹がいたと言う話は聞きませんでしたが」
そう言った茉静に、軍曹が胸ポケットから1枚の写真が差し出される。そこに写っていたのはロングヘアーの金髪の女性。年齢は18くらいだろうか。
「アリス=デルカルロ。俺の妹だ。3年前に―――」
「お話し中のところすみませんが敵襲のようで」
かくして、会話はキメラの來襲により中断されたのだった。
●障害排除
キメラ戦は、始終傭兵たち有利で進んでいた。
抹竹と茉静は護衛も兼ねて軍曹の近くで戦闘し、
「ヒィーハァー!ひゃはははぅはははっひーっひっひっひ!!」
覚醒した一成が大笑いしながら小銃「S−01」でキメラを迎撃、撃ち漏らしを霧雨仙人(
ga8696)が更に拾い、氷狩はソニックブームで辰巳 空(
ga4698)の切り込みを援護しながら、空と交代して切り込んだりもした。
(「行動で、軍曹に道を示せればいいのですが‥」)
そう考えていた空は、敢えて無理をせず、少し攻めてダメージを受けたら引く、と言う戦術を取っていた。
しばらく後、キメラは全て撃退されるか、その場で倒された。撃退された物は‥茉静が敢えて殺害せず、峰打ちで殴り飛ばした物である。
●師の庵
もう2時間ほど歩いた所で、木製の小屋が見えてくる。
その前では、一人の老人が掃除をしていた。
「‥お久しぶりです。文老師」
両手の拳を合わせ、老人に挨拶する軍曹。
傭兵たちもそれぞれ挨拶し、老人――デルカルロ軍曹の師、文 影飛(ウェン インフェイ)に来意を説明する。
それを聞いた老師は――
「不肖の弟子をここまで護衛してもらって感謝しますじゃ。とりあえず、こちらで休憩してくだされ」
と、傭兵たちを中に招いた。
その夜―――
晩飯の席にて、霧雨は軍曹に酒を勧めていた。
「悩んでも答えなど出んが悩みまくるのじゃ。気落ちするなら酒でも飲んで愚痴って吐いて寝て起きてまだ気になるようならまた悩め。逃げれんから悩むんじゃからのう。戦っている証拠じゃ。勝てー、勝つんじゃ。何をもって勝ちかはしらん」
半分(以上)酔っていると思われる霧雨の薦めた酒を、軍曹は苦笑いしながら飲み干した。
●それぞれの思い
「この歳になるといろんなことが『よくあること』であまり気にもしなくなりますからな。憤り、悩みは若者の特許ですわぃ」
「それでも、弟子や子供を持つと、心配事は絶えませぬよ」
晩飯の後も、霧雨は文老師と共に酒を飲んでいた。
お互い年齢が近い事もあってか、意外と話ははずんだ。
一方、抹竹と茉静の二名は、昼の話の続きをデルカルロ軍曹から聞いていた。
「アリスは3年前に死んだ。軍の演習中に、爆弾を落とされてな。調査じゃ事故って話だが、フェルは何者かが仕組んだって信じ込んだ。それから暫くして失踪した。‥まさかバクアに下るったぁなぁ‥」
「‥それだけでバクアに下ると言うのも信じられない話ですねぇ」
抹竹が不審そうな表情を浮かべる。
「あいつらぁ、本気でラブラブだったからな‥」
●拳を交えると言う事
次の日の朝、一部傭兵からのリクエストがあり‥また、文老師も護衛の礼をしたい、と言う事で、傭兵たちとの手合わせの予定が組まれた。
場所は小屋の裏側にある草むら。普段から文老師が鍛錬に使っている場所だそうだが‥
「確かにここならば、投げ飛ばされても痛くなさそうじゃな」
地面の草を見て、霧雨が呟く。最も、彼と茉静は、手合わせに参加せずに見学なのだが。
残りの4人のうち、先ずは一成が前に踏み出す。
「よ、よろしくお願いします‥」
おどおどしながら一礼すると、構えを取る。
それに対して、文老師は‥
「‥基本的な構え、じゃな。 経験だけが足りぬといった所かのう」
構えは取らずに、自然体で待ち受ける。そして‥
「そ、それでは‥失礼します!」
前に一歩踏み込み、正拳を胸に向かって撃つ。老師はそのまま拳の前で仰け反るようにして回避し‥‥その勢いのまま片足を上に振り上げ、一成の顎の下で寸止めした。
「っ!」
横に体を捻り、そのまま老師の足を掴もうとした一成の手が空気を切り‥そのまま顔の右側に、手刀が寸止めされる事となる。
「さすが‥です‥ねぇ」
そう言うと、構えを解く一成。
「戦っている間に遠慮は禁物じゃな。 全力を出さねば、相手にも失礼と言うものじゃ。戦意の篭らぬ拳では、勝利は得られぬじゃろうな」
覚醒状態の一成なら戦意も十分だったのだろうが、如何せん非覚醒では弱気。その遠慮が災いして攻撃の速度も落ちていたのだろう。
●柔対柔
「実は、ボクも多少武術を嗜んでおりまして、今日は、老師にご教授を兼ねてお手合わせ願いたく思います」
次に場に出たのは氷狩。彼は剣術も嗜んでいたが‥今回は練習用の武器が見当たらなかったため、素手の武術で勝負する事となった。
同様に構えを取らなかった二人。先に動いたのは氷狩。柔道特有の滑るような歩き方で、低姿勢で文の左側の死角に滑り込もうとする。だが、文は左後方に一歩踏み出し、正面に氷狩を捉える。
「っ‥そう簡単に潜り込ませてはくれんようやな」
そのまま前進し、文老師の右側に回り足払いを放つ。流石に老いて反応が鈍ったのか、文は足払いをまともに受ける。無論、バランスを崩す事になるが‥文老師はそのまま手を地につき、横に回転し、バランスを崩す前そのままの姿勢で地面に立ったのだ。
「やりますね‥」
そのまま倒れたならば、追撃を入れる予定だった氷狩であったが、予測外の事態にも動じず更に足を取ろうと低姿勢で腕を伸ばす。手が文の足に届いた瞬間、氷狩はそのまま上に引き上げ、投げ飛ばそうとする。‥次の瞬間、腹部に重い一撃を感じるまでは。
「ぐっ‥」
足を引きあげられた文老師は、そのまま振り子のように体を振り、両拳を頭上で合わせ氷狩の腹部に叩き込んだのだ。
「やっぱり凄いや。勝てる気がしません。けど、また一層強くなれた気がします」
「いや、お前さんも中々のものだったぞい。この年でそれだけの鍛錬を積んでるのはのう。」
「お手合わせ、ありがとうございました」
一礼し、氷狩が退場する。
●円の極み
「私の番、でしょうか」
文老師が暫し休憩した後また練習場に立つと、その前に歩み出たのは空。
彼は二度ほど軍曹と拳を交えてその強さを確認しており、故にその軍曹の師と手合わせする事を非常に楽しみにしていたのだ。
霧雨が放った「始めぃ!」の合図と共に、弧の軌跡を描き、ステップを踏んだ空が文に走り寄る。その動きを確認した文老師の表情に僅かに驚きの色が見て取れ、直後、今までは受けに徹していた文老師が、自ら動く。
「同じ太極拳か。面白そうじゃな」
常に円の動きで弧を描き、軌道を読まれないように大きく動く空に対し、文老師はその弧の内側に入るようにして動く。次第に両者の距離が近づき――
「隙ありっ!」
移動した直後の文老師が背後を見せた瞬間、空が当て身を仕掛ける。だが、文は後ろをも見ずに体を横にずらし、打点をずらして力を利用、体を捻って手刀を空の脇腹に向かって振る。
それを空も後ろに下がって同様に打点をずらし、そのまま伸ばされた手を掴み回転の勢いで投げる――!
「同じ円の動きならば、小円を以って大円を破る事ができるのじゃよ」
投げられる前に、文老師は一歩、空の前方へ踏み出して‥そして、空の投げる力をそのまま片足を軸にした回転で引っ張られるようにして利用し‥回転の勢いが付いた裏拳が、空の胸の中心に吸い込まれた。
「‥流石です」
「太極における円の動きは、相手の力を最大限に利用するための物じゃ。故に、最小限の動作で行うべきじゃな。」
「ありがとうございます」
●計算
「私が最後‥でしょうか。」
抹竹が、空手の構えを取る。
(「文老師の戦法は相手の力をフルに利用したカウンターのようですねぇ。 ‥破るのは難しそうです。 ‥あれしかありませんねぇ」)
そこまで考えると、動く気配の無い文老師に対し、抹竹は右足で上段蹴りを放つ。肩に当たろうとしたその攻撃に対し文老師はまた軸をずらして受けるが‥
(「力が篭っておらん。フェイントじゃと!?」)
直後、顔面を狙った裏拳が飛来する。抹竹は上段蹴りを寸止めの要領で放って先に受け流させ、直後に本命の裏拳を放ったのだ。だが―――
「考えたものじゃな」
顔面に吸い込まれたかと思われた裏拳は、然し文の手で受け止められていた。
僅かに右回転し、裏拳の力を受け流した文は、そのまま回し蹴りで抹竹の肩を蹴り、着地する。
「だが、誰も一度受け流した後はもう受け流せないとは決めておらぬ。 観察した物が全てだとは思わないことじゃな。 誰にだって、隠し手の一つや二つはあるじゃろうしのう」
●誓う物は何か
傭兵たちが午後の帰還に向けて準備している間、茉静はまた文老師の元を訪れていた。
「文老師。少しご相談があるのですが‥」
そして、茉静は文に己の悩みを話す。自らを命を守る盾とし、不殺を誓った事。
とある人物に、「その甘さで自分の大切な人が傷つき、倒れようとも、あなたはその信念を持ち続けられるのか?」と問われた事。
「私は‥間違っていたのでしょうか?」
文は暫し目を瞑ると、こう答えた。
「その答えは、お前さん自身にしか出せない物じゃな。わしが例え答えを出しても、お前さんは納得せぬじゃろう」
振り向き、両目を開ける。
「じゃが、その答えは二択であるとは限らぬぞ。例えば‥圧倒的な力を持っている、と自負しているのならば、その力で全ての争いを誰も傷つけずに鎮圧する‥という事もできるじゃろう。 ‥わしは、それを成し遂げた者を見たことはないのじゃがな」
●得られた物
その午後、傭兵たちは小屋を出て、帰途についた。
それぞれ自らが得られた物を自省する中、デルカルロ軍曹の顔は僅かに晴れやかになっていた。
(「アリス‥‥おめぇなら、きっと俺のやり方に賛成してくれるだろうな‥誰よりも人の命を大切にしてたおめぇなら‥‥天国で祈れよ、きっとフェルを止めてやるぜ‥‥!!」)
ぐっと、拳を握り締めた。