●リプレイ本文
●ドクターズ・オフィス
通報を聞き、先ずは診療所に駆けつけた傭兵たちの前で、男が一人土下座していた。
「お願いです!呉先生は‥‥この街で唯一のお医者様なんです! だから‥‥」
「大丈夫、やれますよ」
「安心なさいな。すぐに終わらせる。‥‥すぐにね」
石田 陽兵(
gb5628)や白雪(
gb2228)が男をなだめる。男は、装備精良であった傭兵たちと、後ろに止めてあった3台の車を見て、表情が僅かに緩んだように見えた。
周囲の地形を男や看護婦から聞いたシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)は、
「この荒れた地形では僕のランドクラウンは使えませんね。白雪さんのジーザリオを使いましょう」
との決断を下す。こちらの車両にはドライバーの白雪を初めとして、シン、そして小笠原 恋(
gb4844)と比企岩十郎(
ga4886)が乗り込んだ。
一方、
「やれやれ、いくら妊婦さんが心配でも一人で飛び出すとは‥‥妊婦さんもその方も助けて見せましょう。そのために呼ばれた私達ですからね」
と自信満々にもう一台のジーザリオを運転するのは、綾野 断真(
ga6621)。彼と同乗したのは陽兵と高村・綺羅(
ga2052)
そして、前の二台の大型車が出発した後、小回りの効くAU−KV『ミカエル』で、浅川 聖次(
gb4658)は最後尾に付いた。
●ロードブロック
5分ほど運転した後、傭兵たちは道を塞ぐキメラの群れを発見する。
ここまでに呉医師らしき車は見えていない。既に突破したのか、或いは―――
「事前のプラン通りにお願いします」
トランシーバーに向かい、シンが呼びかける。白雪はそのままドアを開け、まだ完全には止まっていないジーザリオから飛び降りる。同様に、後部座席に座っていた岩十郎も飛び降りる。代わりに、助手席に座っていたシンが運転席へ滑り込んだ。恋はそのまま、後部座席から動かない。
そのままシンはアクセルを踏み、突破しようとする。無論、それをキメラが許すはずは無く、一頭の象キメラと、四頭ほどの犬キメラがそのジーザリオに群がったが―――
「‥‥忌わしい雑種ども。全て薙ぎ払ってあげる」
「先に一つ、やらせていただこうか」
白雪の二刀がそれぞれ一体の犬キメラの首を切り落とし、岩十郎の獣突を乗せた棍棒の一撃が象キメラの巨体を揺らす。
残りの二体は尚もシンが運転しているジーザリオを追おうとするが、
「しつこいですね」
後部座席から乗り出した恋の手に持ったS−01から銃声が2回。当りはしなかった物の、それはキメラに回避行動を促し、その追撃を阻んだ。
無事脱出した二人の乗ったジーザリオを遠目で見ながら、後ろから到着した断真の車から降りた陽兵は、二丁拳銃を構え、回避行動を取った直後のキメラに向けて撃ち放った。
●ランナウェイドクター
「チッ‥こいつは強引に突破をしすぎたかね」
自らの車の外装に付いた傷を見て、呉 方正は舌打ちする。
彼は一刻も環の家に到着するため、殆どキメラを無視して突っ切ったのである。だが、お陰で車は著しく損傷を受けた。
そして、車のバックミラーは、後ろから高速で接近してくる影を映していた。
「ッ!」
咄嗟に腰の二丁拳銃に手を掛ける。だが、近づく影がジーザリオ―――『車』であると、息を吐き出した。
「呉先生、ULTの傭兵です。迎えに来ました」
「傭兵!? ‥そうか、胡はULTに連絡したのか。‥‥心配するなと言っているのに」
「乗ってください呉先生。今から環さんを迎えに行きます」
「悪いが、それは無理だな。こっちの車には機材もそれなりに積んである。いざと言う時に使うかも知れんから、棄てる訳には行かない」
どうしてもこのまま運転していく、と言う呉方正に、恋とシンは顔を見合わせる。
「‥分かりました。それでは僕たちが前で警戒しますので、ついてきてください」
「ああ、分かった」
前を進むジーザリオに、方正の車も続いた―――
●スワーム
「なんて数だ‥まるで蟻の群れみたいだな」
獣突で象キメラの一体を押し飛ばした岩十郎が悪態をつく。彼は獣突でキメラ同士をぶつける打算もしていたのだが、フォースフィールドがあるためにお互いぶつかってもキメラは全くダメージを受けないらしい。
だが、ペアを組む綺羅は、体勢を崩したキメラの前足を狙い、更に機械剣で切りつける。
「これでは起き上がれまい」
無表情のまま、次のターゲットを探す。まるで感情のないマシーンのように、綺羅は象キメラの動きを止めていった。
一方、断真は車のドアを障害物とし、確実に近寄る犬型キメラを狙撃していく。単発のライフルでは、この大量のキメラを相手にするには少々不利だったが―――
「こっちだ!」
聖次がワザと目立つようなランス突きを繰り出す。それを回避するキメラの背後に‥
「またキメラ‥。忌々しいわね。」
(「‥お願い。お母さんとお子さんの生命を護って」)
「八葉流参の型‥乱夏草」
己の人格間で会話ながら繰り出した白雪――いや、人格は『真白』か――の五連の剣閃は、キメラを文字通り「解体」していた。
その背後に向け、二体の犬キメラが飛び掛るが、それはまたもや陽兵の銃撃に阻まれる。その一瞬の間に振り向いた白雪は――
「八葉流五の型‥狂紅葉」
反す3つの剣閃でキメラを打ち上げ、
「その隙、もらいますよ!」
聖次が竜の翼で詰め寄り背後を捉え、そのまま脇下を通して槍でキメラを貫通し、落下の勢いで地面に縫いつけた。
●リターニングロード
「環さん、居る?」
呉方正は、家に飛び込むなり環の姿を探す。
「どうしたんです呉先生‥あら、お客様でしょうか?」
大きなお腹を揺らしながら、環は部屋の中から出てくる。
方正は、急いでその傍に付き手を持ち、転ばないように支えた。
「ちょいとキメラが途中の道を塞いでしまってね。ここだと何時来られるか分からない」
「キメラ‥ですか?」
「‥‥‥‥」
来る車の中でシンは、方正に「キメラの事は環には黙っておいた方がいいのではないか」と意見したのだが、方正は「外を大量のキメラがうろついているのだ。突然見えてショックを受けるよりは、今心の準備をさせた方が安全だ」と返したのだった。
「私たちも環さんを病院までお送りするため、呉先生のお手伝いに来たんですよ」
にっこりと笑って、恋が話しかける。
「そうでしたか‥分かりました。ありがとうございます」
環も、事態の深刻さが分かったようだ。特に夫をキメラに殺された者には、その怖さは理解できているのだろう。
方正は、そんな環に、シンや恋の車へ乗るように促した。
「先生はどうするんですか?」
疑問に思うシンに、
「ああ、俺はさっき車の中でタバコ吸ったからな。環さんが乗るべきではない。後ろについていくから、何かあったら車を止めてくれ。そうしたらそちらへ移る」
「その必要はありません。これを渡しておきます。何か有ったら連絡しますよ」
シンは、自分のトランシーバーを方正に渡した。恋がもう一つトランシーバーを持っているので、万一の時はこれで連絡が取れる寸法である。
そして、恋の車を先頭として、方正の車が後に付く形で、2台の車は出発した。
「安全運転、安全運転。でもできるだけ急いで」
念じながら、恋は出来るだけ揺れないように車を運転した。
●泥沼に道を
「まったく‥」
「一向に‥」
「減りませんね‥ッ!」
キメラはまるで無尽であるかのように、次々と襲い掛かってくる。
象型の数はそれほど増えなかった物の、犬型の数は全く減ったように見えない。既に地面はキメラの死体で埋め尽くされていると言うのに。
突如、後方の車の死角から、3体のキメラが車を遮蔽として狙撃を行っていた断真に襲い掛かる。周囲を警戒し接近されないようにしていた断真であるが、車と言う遮蔽物がある以上、どうしても死角は生まれる物である。
2体までは狙撃で撃ち落したものの、ここで銃からカチッと言う音がする。
「弾切れですか‥」
リロードしようとする断真にキメラの爪が襲い掛かるが―――
「やらせませんよ!」
聖次がその間に竜の翼を使い割って入り、竜の鱗を起動し、ランスでキメラの爪を受け止める。
衝撃で後ろへ倒れそうになるが、
「感謝いたしますよ」
リロードを終えた断真がその体を支えライフルの銃口を伸ばし、キメラの横顔に向けてトリガーを引いた。
一方、象キメラを相手にしていた綺羅のトランシーバーに連絡が入る。
「どうした」
相手はシンだった。
「もう直ぐまたそちらの居る地域を通ります。道を空けてください」
「了解した」
片手でトランシーバーを仕舞いながらエネルギーガンを象キメラに向け乱射する。
それに紛れ、岩十郎も照明銃を近距離から撃ち放った。近距離での閃光でキメラの目は眩んだが、暗闇に慣れていないのか、『大暴れしだした』のは予想外といえる。
「まずいなこりゃ」
「シンたちがもう直ぐ妊婦を乗せてくる。その前に仕留める」
岩十郎がまず棍棒をキメラにたたきつけ、自らの方向を知らせることにより誘導する。そして、暴れながら突進するキメラの背後に瞬天速を使った綺羅が飛び乗る。そしてそのまま機械剣を象キメラの後頭部に向かって―――
●炎の死線
「とりあえず前方はクリアみたいです」
環に付き添っているシンがトランシーバーを下ろし、運転席に座っている恋に告げる。
恋たちは、そのまま他の傭兵たちが切り開いてくれた道を通り、遠目に戦闘を見ながら通り抜けた。
だが‥
「後ろから着てるな。四体ほどか‥先に行け」
トランシーバーから方正の声が聞こえる。
「先生はどうするんです?」
「俺はちょいとこいつらを足止めする。大丈夫、直ぐに追いつく」
「しかし‥」
「いいから。環さんを病院に送り届けたら直ぐに看護婦の胡に『看護室と手術室を開ける』ように言うんだ」
その言葉から方正の自信を感じたシンは、「分かりました」と一言だけ返し、恋に目線で運転するよう促した。
恋たちの車の前進を確認した方正は、
「さて‥こういう手口を使うのも、久しぶりだな」
と、後ろの四体の犬型キメラを一視し、後部座席からポリタンクを取り出し投げつける。
それはキメラの一体の爪により引き裂かれるが‥中から液体が散布される。辺りに充満した匂いは『ガソリン』であった。
「予備の燃料、持ってて良かった。さて、さらばだ」
そのまま、口に銜えたタバコを窓から投げ捨てる。
火のついたタバコ。ガソリン。この二つが意味する物は一つしかなかった。
●生まれし者
シンと恋が病院に到着した時、既に環の陣痛は始まっていた。
シンは急いで看護婦の女性に方正の言葉を伝え、その女性はテキパキと部屋を整理していく。
暫くして、方正も車を運転して到着する。現状を聞くと、
「胡。急いで着替える。準備をしてくれ」
と言い、部屋の扉は閉じられた。
もう暫くして、キメラをとりあえずは退けた傭兵たちが到着する。
断真と綺羅などは、体に付いた返り血を気にして病院に入ろうとはしなかったが、最初に会った左と言う男に案内され、とりあえず風呂に入る事となる。
そして、傭兵たちが全員風呂に入り終わり、休憩していた頃、部屋内から産声が聞こえる。
更に約10分後、疲弊した様子の方正が中から出てきた。
「中々手間取ったが、元気な男の子だ。」
と、タバコとライターを手に、病院の外へと歩いていく。
その背中を見て、岩十郎は左と言う男に問う。
「無茶をする医者だな、戦場医者とかそんな感じか?」
「先生も昔は皆様と同じように傭兵だったらしいです。とある依頼の後、引退したと聞きましたが、今でもたまにULTには顔を出しますよ」
「ほう‥まぁ能力者なら出来ないことでもないだろうが。一人ぐらいそんなのが居てもいいだろう」
「手術中は先生の髪が青く変わるんですが‥そうなった時は、手術は必ず成功するらしいですよ」
(「覚醒して手術を行っているのか‥」)
一方、
「母子共に健康だって!よかったね」
「そう‥‥」
嬉しそうに笑う白雪の隣、綺羅は相変わらず無表情。
恋は、生まれたばかりの赤ちゃんと環の横でピースサイン。
それを、看護婦の胡は写真を撮った。
後日、恋の元に一枚の写真が届く。
そこには、嬉しそうに笑う2人と、真ん中に生まれたばかりの赤ちゃんが一人。
(「なぁ皆、俺は、俺はお前たちとの約束‥‥果たせているんだろうか」)
同じ写真を見た呉方正は、空を見上げた。