●リプレイ本文
○嘘も方便? 仮病作戦
「なんですって!?」
ただでさえ狭い前線指揮所内にベアトリス・クラヴェリ少尉の叫び声が響いた。
「な、なんでフィ‥‥軍曹が怪我なんて‥‥そんな‥‥」
完全に取り乱し、今にも飛び出していきそうな彼女を傭兵達が制する。
「少尉が指揮を執っていれば彼がこの程度の相手に遅れをとることなんか無かったかもしれませんよ?」
大神 直人(
gb1865)が諭すように呟き、その背後から少尉とは顔見知りの ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)がゆっくりと少尉に歩み寄る。
「陸生なのに海岸に布陣した以上、ウミウシ達の目的は海岸線の封鎖だろう。無害を装って繁殖し、海から人を遠ざけ、陸上に閉じ込める気だ」
「少尉の持つ力は何のための物なの?」
ホアキンに続き米田一機(
gb2352)が問いかけると少尉が愛用の対人狙撃銃を抱きしめる、ホアキンはその上に手を重ねた。
「あなたが戦士なら、誇りには誇りで応えるべきだ。ベアトリス少尉」
うつむいていた少尉が顔を上げるとそこには戦士の目があった。
○灼熱の包囲網 決戦、血のオハマ
「それでいい、このまま傭兵と協力し包囲を狭め殲滅しろ」
軍曹の指示に各分隊長も続き部隊がゆっくりと前進を開始する。
「ほぅ、これは興味深いねェ〜」
最前線に座り込んだ獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が絶縁体の手袋をつけ、ツンツンとウミウシを突っついてはその反応を記録していく。
‥‥部屋の水槽に入れて、時々ぷにぷにしたら楽しそうだよねェー。ふと、そんな考えが脳裏に浮かび、じーっとウミウシを見つめていたが突然目の前のウミウシが激しい光を放つと共に体液を噴出し絶命した。
「な、なにごと?」
うっすらと天使のような光の片羽をまとったフィオナ・フレーバー(
gb0176)が全身から、私不機嫌なんです。というオーラを発散しつつ 超機械αを構える。
「私の‥‥私のぉ‥‥私の夏休みをかえせぇぇぇっ!」
電波増幅を受けた一撃が人類側の攻勢に対抗する為、ラッキーらしき固体の触覚の動きによる指示(?)で集合、反撃を画策していた一群を吹き飛ばした。
「あー‥‥凄く張り切ってるね」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が手近なウミウシにスコーピオンを叩き込みながら苦笑いを浮かべる。
「そういえば、うまくいったのかねェ?」
獄門が付近にいた榎木津礼二(
gb1953)に問いかけたが、礼二も「さぁ?」と返す。
作戦は全て順調にすすんでおり海岸線には見渡す限りのウミウシの死体が転がっている、彼等は勝利を確信した、だが‥‥
「こ、こいつらどこからっ!」
指揮を執るために完全に包囲の外にいた軍曹の悲鳴に近い声が隊員のトランシーバーから響いた。
「なんてことだ、嘘が真に‥‥」
比較的後方にいたアナイス・クルーガー(
gb2380)が呟き救援のために駆け寄るが、あまりの数にリンドヴルムをもってしても対処しきれない。
『下だッ! こいつ等、砂の中から沸いてくる』
他の地区の制圧を行っていた部隊の通信を聞く限り、どの隊も同じような状況に陥っているようである。
「シャイセッ! メディコォーっ!」
突然の背撃に包囲網を形成していた兵士達の負傷者数も跳ね上がる。
「今行くよー! 気分はDデイって所かねェー。連合側と言うのが業腹だけどー」
突然の事態、傭兵達や場数を踏んでいる古株はともかく補充兵などの経験の浅い隊員に冷静さを求めるのも酷と言うものだった。
「っ! 包囲を狭めてるつもりが逆に包囲されてた‥‥これもラッキーの戦術だって言うわけ? 冗談じゃないわ!」
フィオナは一人ごちながらも孤立しかけている分隊を確実に支援していくが、やはり手が足りない。
錯綜する通信、怒号と悲鳴、海岸はまさに二度目の大戦で連合軍が反撃の狼煙を上げた作戦を髣髴とさせるものであった。
違うのは押し寄せてくる敵は海から来ているのではなく砂の中、まさに生きた対人地雷のように這い出してくることと、防衛側は海岸線に布陣しているわけではなく、乱戦に巻き込まれているということだろう。
『迫撃砲による支援砲撃を行うっ! 座標を送信せよ、送れ』
『不可能だ! 味方もかなり広範囲に広がっている、危険すぎる!』
『こいつら生意気に連携してきてやがる、指揮官を潰せっ』
『指揮官ってどれのことだ!』
野外無線から大音量でもれ聞こえる無線に耳を傾けていた傭兵達が一斉に付近に視線を走らせるが、指揮官‥‥ラッキーの姿が見えない。
「ラッキー‥‥ってどれ?」
「よく考えれば、少尉しかラッキーの識別はできないんだよねェ」
周辺の敵をとにかく掃討していたラウルと獄門が背中を合わせて呟く。
「とにかく、こいつ等の連携が崩れていないと言うことはラッキーがまだ無事だということでしょう」
クルーガーが文字通り跳ね飛ばしながら二人に駆け寄ってきた。
その時、途切れない銃声の中で、一発の銃声が響いた。
○フランス軍人の誇り
「ま、まさか‥‥こんな‥‥」
ベアトリスが海岸線を見下ろすとそこに広がっていたのは、優位は動かないと思われていた人類側の包囲網が、敵の大攻勢の前に破られるどころか、逆包囲されているという信じられない光景だった。
「くそっ! 大丈夫ですか!?」
リンドヴルムを着込んだ大神が飛び降り、負傷者を後送しようとしているものにまとわりつくウミウシを蹴散らす。
「これも、ラッキーが‥‥」
「少尉」
打ちのめされたように立ち尽くす、ベアトリスにホアキンが呟き、米田が「ここは任せた」と目配せして戦線に加わる。
二人ともしばらく無言だったがベアトリスはゆっくりとブローン(伏せ)の体制をとりライフルスコープを覗き込んだ。
「誇りには誇りで‥‥だ。ベアトリス少尉」
観測手よろしく、隣にひざをつき双眼鏡を覗き込むとホアキンが再びささやいた。
戦前からフランスの戦士達の誇りとして君臨してきたFR−F2、そしてその銃身を支えるのは士官学校の歴代卒業生でも1〜2を争うといわれ、父をしてクラヴェリの誇りとまで言わせた狙撃手。
狙うのは彼女が彼を気に入った理由、他には無いハートマークの模様‥‥
「ごめんね‥‥」
最後の一言は、彼女の愛銃が発した銃声と周囲の喧騒にかき消されホアキン以外に聞こえることは無かった。
○攻勢ニ転ゼヨ オルレアンの旗印
一匹のウミウシが銃弾に貫かれ絶命した。
それはすでにこの海岸では珍しくもなんともない光景だったが、残るウミウシの運命を決するには充分であったといえる。
「動きが急に乱れた?」
フィオナが周囲を見渡すと、あれだけ統制された動きを見せていたウミウシが再び砂に潜ることも無く、右往左往を始めていた。
「よくわからないけどチャンス‥‥だよね?」
少なくなってきた残弾を確認しながらラウルが確実に倒していく。
『みんな聞いて!』
突然トランシーバーから響き渡った小隊長の声に全員はとが豆鉄砲を食らったような顔をしたが、軍曹だけが生傷とやけどだらけの体で微笑んだ。
『指揮官は倒したわ、敵は烏合の衆よ!』
そう自分の送信機に向かって叫んだ彼女の背後には、偶然‥‥本当に偶然なのだが三色旗が翻っていた。
そこから先はもはや戦いと呼べるものは起こらなかった。
電撃を発することも無く、ただうごめくだけのウミウシは一箇所に集められ、容赦のない掃射で壊滅、大量にでた死体は回収されトラックに積み込まれていく。
「おどろいたねェー、まさかあの状態で一人が鼓舞しただけで戦意が回復するなんて」
獄門がラッキーの遺体を調べながら誰にとも無く呟いた。
「まぁ、もう完全に勝利を確信できる状態でしたし‥‥彼女一人の力というわけではないですよ」
近くを通りかかったアイナスらドラグーン組みが事後処理の為に担いでいた死体を入れた袋を地面に置き少女のひとり言に答える。
「そういえば知ってました、彼女の出身地?」
獄門が首を振ると今度は榎木津がさもおかしそうに笑い、大神が微笑みながら口を開いた。
「ロレーヌはドンレミだそうです、歴史は繰り返す‥‥面白いでしょう?」
「全ての事象は正確なデータとして数値化されるべき‥‥とはいえ、魂は専門外だからねェ」
四人が見つめる先には傷だらけの軍曹にタックルのような勢いで飛び込むベアトリスと、その光景を暖かく見守るホアキンやラウル、それに彼女の部下たちの姿があった。
そのころ‥‥
「きゅ、休暇が駄目ならせめてこの海岸でバカンスをと思ったのに‥‥」
フィオナが落胆した表情で生臭い海岸から海を見つめる。
「まぁ、作戦は成功したしよかったですよ」
米田も苦笑いを浮かべながら同じく海を眺めていた。