タイトル:【AW】10 yearsマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/06/01 19:46

●オープニング本文


●廻る時間
「神父さま、神父さま〜っ。あたしの人形、マウロが取ったぁ!」
「取ってねぇよ、隠しただけだ。カリナの泣き虫ぃ〜っ」
 泣きながら訴えてくる幼い少女に、泥だらけの少年が口を尖らせた。
「黙って持っていって隠したなら、それはマウロがいけないな。カリナの大事な友達なんだから、ちゃんと返してあげないと」
「はぁ〜い」
 ふてくされた風に返事をした少年は、それでも大人しく外へ向かい、彼の後を少女が追いかける。
 入れ違いで子供達を見送ったニコラは、苦笑混じりで友人を見やった。
「また、あの二人は喧嘩かい。リック」
「あの年頃の子は、なぁ。それよりどうだった、村の方は?」
「ああ。車の調子が悪いとか言ってたけど、簡単な修理だったよ。部品みて、締め直して、油さして‥‥調子みて、終わり? で、これが修理代」
 修理代にもらったパンや野菜を詰めた紙袋を、ニコラはテーブルに置く。
「助かるよ」
「修理なんかは、俺よりリックの方が器用なんだけどなぁ」
「この足で車を運転するのは、心配だから」
 傍らに置いた杖で、リックは引きずる癖がある足をコツコツと叩いた。
 10年以上前に、バグアの襲撃を伝える為にピレネー山脈を越える道中、滑落して折った足だ。後遺症の残らない治療を受けられたかもしれないが、孤児だった彼らには手が届かず、また身の丈に余るものを望まなかった。
「じゃあ、エルナンド神父に挨拶してくるよ」
『修理代』を仕舞うと、軽く片手を挙げたニコラは孤児院も兼ねた教会の裏にある墓地へ足を向ける。
 8年ほど前、リックとニコラは自分達が育ったスペインの寒村へ戻った。
 彼らが村を離れていた間も、残された老人や流れてくる戦災孤児の面倒を見ていたエルナンド神父は喜んで彼らの帰還を迎えたが、3年ばかり前に病気でこの世を去った。
 エルナンド神父の後を継いだ二人は、それ以降ずっと孤児の面倒を見ながら、年寄りの多い村の生活を助けている。
「もうすぐ、春だなぁ。皆、どーしてんだろ」
 神父の墓の前で、ニコラは空を仰いだ。
 兄弟のように育った友人達とも、久しく顔を合わせていない。
 バグアとの終戦を迎えてから――赤い月が空から消えてから、10年。
 世界は忙しなく動いているようだが、片田舎では時の流れもゆるやかだった。


 彼らの夢は、叶わなかった。
 彼らの約束は、果たされなかった。
 いざ大人になってみれば、そんな『夢の残滓』はどこにでも転がっていた。
 それでも彼らは、空を仰ぐ。
 多くの者が様々な理由で、時に命を賭し、掴み取った青い空を。星空を。

 Catch The Sky
  After World − 10 years


●先の10年、後の10年
「参ったね。ペルピニャンの方じゃあ、またキメラが出たって話だ」
「例の白いカプセル? 海中に残ってたヤツが、流れ着いたとか」
 煙草をふかしながらリヌ・カナートがテーブルへ広げた新聞の傍らに、イブンは灰皿を置いた。
「そこまでは、行ってみないと分からないがね」
「『ブクリエ』の方でも、警戒を呼びかけておくか?」
「こっちまで来る前に、UPCが手を打つとは思うけど。念のため、警戒するに越した事はないか」
「じゃあ、伝えとく」
 答えながら、イブンはフロアの隅に置いた無線機へ向かう。

 10年経ってもなお、キメラやワームの存在は災害の如く、思い出したように人々の生活を脅かしていた。
 遺棄されたものの名残り、沈黙していたプラントの再起動、旧バグア派の暗躍など‥‥潜在的に撒かれた災いの種は尽きず、時に争いの形で世界に芽吹く。
 小規模な軍事衝突は希に発生し、UPCの対応は後手に回りがちだった。
 そのため能力者の存在も未だ人々から頼りにされ、エミタを持つ者達の全面的な引退もまた遠い。
 バグアの技術によって特定分野のテクノロジーは急速に進んだが、一般の人々には『宇宙人由来の、保証のない怪しげな技術』は受け入れがたく、日々の暮らしに劇的な変化は訪れなかった。
 近くへは歩いて移動し、車輪つきのガソリン車を運転し、都市間を列車が結び、空には飛行機が飛ぶ。
 ラジオからは人が演奏する曲や歌声が流れ、テレビは世界各地のニュースを報道し、「恒星間航行船がどうの」という話をしていた。
 それを聞きながら人々はワインやビールを片手に語り合い、家族や友人と食事を共にする。
 長距離の個人旅行も(キメラやワームの存在によって多少の危険は伴うが)安全な地域なら可能となり、一方では紛争地帯もまだ地上に残されていた。

「さぁて。それじゃあ、行くかね」
 煙草を灰皿へ押し付けたリヌが新聞をたたみ、席を立つ。
 相変わらず彼女はトレーラーを転がし、物資の運び屋兼ジャンク屋をやっていた。
 昔と比べればジャンクは少ないが、思い出したように現れる無人機のデータを取るためULTが買い取っているという。
 あまり連絡を寄越さないミシェルは、『ラストホープ』でKVの整備士として働いていた。
 年老いたチーフはまだまだ現役のようで、こっぴどく叱られながら一日中機械油にまみれているとか何とか。
 それぞれの道に分かれた5人の孤児の中で、一番宇宙に近い場所にいるのがエリコだ。
 なんでもティラン・フリーデンが「バグア由来の技術に頼らない、地球技術による民間の宇宙ロケットを開発するのだ」とか何とか言いだし、ティランの下でロケットの開発に携わっているらしい。
「なんで、地球技術だけにこだわるんだろうな? あの人」
「職人の意地じゃないかい。それにバグアの技術は、『戦争』の結果で得たものだからねぇ」
 そんなモンかなぁと、リヌの答えにイブンは思う。
『自分の翼で巣穴から飛び立つ事にこそ、真なる宇宙開拓時代への意義とロマンがあるのだよ!』
 ‥‥そんな夢想とも理想ともつかぬ言葉に、エリコは共感したようだが。
「それにしても、あんたのカスレはまだまだだね」
 ブラッスリの後を継いだ彼に、リヌは辛辣な評価を投げた。
「教わったとおりに、やってるつもりなんだけどなぁ‥‥リヌが戻るまでに、また工夫してみるよ。それで、今度はどこまで?」
「キメラの話が気になるから、地中海まで出て、ペルピニャン辺りを回ってみるさ。スペインまで行って、リックやニコラ達の顔を見てくるのもいいかねぇ」
「そっか。行くなら、二人によろしく。気をつけて」
 ひらと手を振ってブラッスリを後にするリヌの背を、イブンが見送る。
 ――かつての主人が幾度となく、そうしてきたように。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
聖 海音(ga4759
24歳・♀・BM
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

(字数を大きく超過しておりますが、遅延状況と依頼の内容的に特例として許可しております。
 ご了承くださいませ)

●時は春
「行って来るよ。あたしが居ない間、羽根を伸ばすのもいいけど。帰った時に弛んでたら‥‥訓練メニュー、五割増だからね?」
「えぇーッ!」
「そんなぁ!?」
 言い渡した赤崎羽矢子(gb2140)は踵を返し、部下達の阿鼻叫喚な悲鳴を背中で聞き流す。
 部屋から上官が出ていくと、残る男達は額を寄せた。
「ほんっと厳しいよな」
「面倒見はいいし、見た目いい女なんだけどなぁ」
「まだ独身なんだろ?」
「噂だと戦場で男勝りの奮闘で評価を得た代わりに、誰も近寄れなくなったって」
「けどあの人の隊は、帰還率が高いんだよな。知ってるか、他所の連中がなんて呼んでるか‥‥」
「あんた達。羽根を伸ばすのはいいとは言ったけど、無駄口を許可した覚えはないよ?」
「「「ギャーッ!!」」」
 不意打ちで顔を出した羽矢子に、油断していた部下達が一斉に狼狽する。
「全く。男の士官連中に負けないよう、やってきたのは事実だけどさ」
 ぼやきながら髪を掻き、改めて彼女は空港を目指した。

 今日も格納庫には油や鉄の匂いが漂い、真剣な表情の整備スタッフが鋼鉄の翼と向き合っていた。
「こんにちは」
「ああ、あんたか! ピュアホワイトの整備なら完了したところだから、調子を確認してやってくれ!」
 格納庫を訪れたハンナ・ルーベンス(ga5138)に気づき、整備班を率いるチーフが大声を張る。
「いつも、我侭を聞いて頂いて‥‥有難うございます。チーフさんも、ミシェルさんも」
「こうして年代モノの機体が現役なのは有難いし、整備のし甲斐もあるってもんだ」
「チーフも、白髪が増えていらっしゃいますが‥‥お元気さは変わりないようで」
「髪は白くなっても、儂の目が黒いうちはな。だが何年経とうと、あんたもあの機体と変わらんな」
 愛想笑いの一つもないまま、老チーフは特殊なパールホワイト加工が施された白磁のような機体を見上げる。
「あら、そうです、か? 有難うございます」
 くすりと微笑んでハンナは礼を告げ、近付く二人に工具を片付けたミシェルが帽子を取って軽く会釈をした。
「南仏の地中海沿岸に、キメラが出たらしい。気をつけて」
「はい。整備班の皆様に、主の祝福と御加護を‥‥では、行って参ります」
 十字を切って祈りを捧げたパイロットスーツ姿の修道女は、愛機に乗り込む。
 ブクリエを訪れる時、彼女はいつもKVで欧州まで飛ぶ事にしていた。
 ――空を愛した、ブクリエの主に敬意を表し。
 手にしっくりとくる操縦桿を握り、耳慣れたジェットの音は変わりなく。
 そうしてまた一機のKVが、『ラスト・ホープ』より青い空へと飛び立った。
「さて、今日はお前も早上がりだ。イギリスから、手紙が届いていただろう」
 腰の辺りで手を組み、見送った老チーフがミシェルを促す。
「でも、俺は別に‥‥」
「お前がよくても、だ。あいつも心配しておるからな、安心させてやれ」
 弁解は聞く耳を持たないといった風の老人は、事務所へ戻りかけ。
「そら、お迎えが来たぞ」
 顎で示す先から、ひょろりと背の高い男が歩いてきた。
「よ、じーさん元気か? ミシェルはなに、微妙そうな顔してんだ」
 二人の姿にアンドレアス・ラーセン(ga6523)は片手を挙げ、気安い口調で挨拶をする。
「お前さんも、元気そうだな。ああ、こいつの仕事なら終わっとる」
「そうか。じゃあ、引っ張り出しても問題ねぇな」
 アンドレアスがもたれるようにミシェルの肩に手を置き、若い整備士は目玉をくるりと動かして天を仰いだ。
「やっぱ、その話?」
「たまには里帰りしろよ。ってか俺が同行者がいなくて暇なだけなんだが。付き合え」
「おっさんの暇つぶし相手か?」
「若者をからかうのは、おっさんの特権だからな」
『上司』の許可もあって、有無を言わせずアンドレアスはミシェルを引きずっていく。
 二人の後姿に老チーフは一瞬だけ安堵を顔に浮かべ、仕事へ戻った。

「おや? そっちも、この飛行機だったんだ」
 中継で乗り換えた飛行機に羽矢子は見知った顔を見つけ、通路を挟んだ隣に座った。
「奇遇‥‥って程でも、ないか」
 先に寛いでいたアンドレアスが同じ目的だろうと察し、肩を竦める。
「たぶん。ミシェルも来る気になったんだ」
「俺は、アスの暇つぶし相手だぜ」
「その様子だと、羽矢子ともワリと顔を合わせてんのな」
「乗り換えろとか上から言われるけど、機体は今でも現役でさ。お陰でおやっさんには世話になってるし、ミシェルとも『ちょくちょく』ね」
 話している間に、シートベルト着用を促すランプとアナウンスが流れた。

「あら‥‥ではアンドレアスさま達とは、入れ違いになったんですね」
 温かい茶を手にした川畑海音(聖 海音(ga4759))は老チーフから話を聞き、少し残念そうな表情を浮かべる。
「ああ。昼の便で向かったようだ」
「その時間でしたら、バーで行われたライブに出演していましたから‥‥」
 どう頑張ってもスケジュールが合わなかったのは、致し方ない事だ。
 彼女の父が経営するバー『la petite lumiere』は今までずっと歌い続けてきた場所であり、きっとこれから先も変わらぬ大切な場所だった。
 最近は音楽に興味を持ち始めた子供達が、バックヤードで見学するようになった事もあり。ライブの時間も夜を避け、休日の昼に合わせるよう工夫している。
 この日はライブが終わってから、手作りの和菓子を手土産に、子供達と老夫婦に会いに来ていた。
「お仕事が終わるまで、大人しゅう待ってるんやね。ほんま、ええ子らやよねぇ」
 孫を相手にするような優しい目で、老婦人は座卓を囲んだ子供らを見守る。既に老夫婦の元へ何度も遊びに来ている子供達は、仲良く折り紙を教わっていた。
「出来たぁ」
「見て見て〜!」
 やがて折り上がった兜や鶴を、子供らは嬉しそうに海音へ見せに来る。『聖 海音』としては公表していないが子宝にも恵まれ、子沢山の母となっていた。傭兵は引退して久しく、今では芸能活動と育児を上手く両立させながら、忙しくも幸せな日々を過ごしている。
「よかったですね。遅くまでお邪魔するのも悪いですし、そろそろお暇しましょうか」
「もう、帰らはるん? 残念やけど、またおいでね」
 土産にと、老夫人は折り紙を子供らへ渡し。
「では、失礼します」
「またね〜!」
「おやすみなさい」
 別れ際にも手を振る母子を、玄関まで出た老夫婦が見送った。

   ○

「ペルピニャンの近くにキメラが? 白いカプセルの目撃情報も‥‥」
 近々行うライブに向け、多忙な日々を過ごしていたケイ・リヒャルト(ga0598)の目を捉えたのは、UPCから出された警戒情報だった。
 未だフリーの傭兵としてLHを拠点に活動している彼女は、その一方で歌う事へも本格的に取り組んでいた。今では戦災孤児を中心とした、バグアとの戦闘で被害を受けた人々への支援ライブを各地で行っている。
 今回は欧州に足を運んでいたケイだったが、キメラ出現の報を聞いては、居ても立っても居られなくなり。
 彼女が不在でも滞りない段階まで準備が進んでいる事を確認すると、後をスタッフに任せて急ぎ現地へ飛んだ。

 長年、使い慣れた刀を鞘より抜き払えば、発動するSESがエアインテークより吸気を開始する。
 対するのはイカやタコといった頭足類のような下半身に、人型の上半身を乗せた『スキュラ』を思わせるキメラだ。
 10本を越える吸盤付の腕を振り回しながら、人に似たソレは人ならぬ声で吠え。
 同時に、凍りつく冷気がキメラより放たれた。
 押し戻すように吹き付ける氷風を、逆らって駆け。
 自ら懐へ飛び込んでくる『獲物』を絡め取ろうと、『スキュラ』は軟体の腕を振り回す。
 だが、吸盤のついた腕は響く銃声に吹き飛んだ。
 銃声は二発三発と続き、そのたびに軟体には風穴が開き、うねる腕を弾丸が砕き。
 それでも『スキュラ』は、残った腕を槍のように眼前の相手へ繰り出す。
 退く気配のない刃が、かすめる鋭い突きをかいくぐり、
 一気に距離を詰め、銀の軌跡が赤い障壁を裂いた。
 耳障りな苦痛の悲鳴が、辺りに轟く。
 それをものともせず、更に刀を振るい。
 何発もの銃弾と斬撃を浴びた『スキュラ』は尾を引く断末魔をあげ、動かなくなった。
 エアダクトより空気を排気したSESが戦闘状態を解除し、刀を納めた鏑木 硯(ga0280)は覚醒を解いてキメラを見下ろす。
「人のいる場所へは、近付けさせません‥‥絶対に」
 既にUPCや地元警察が封鎖と避難を行ったため、ある一定範囲に民間人の姿はない。
 だが封鎖を維持する者達もまた、多くはエミタを持っていなかった。
「‥‥仕留めたかしら」
「おそらく。ケイさんもお疲れさまです」
 近付くケイに硯は頭を下げ、その間にも凍気や槍のような腕の攻撃で出来た浅い傷が、見る間に塞がる。
「ありがとうございます。かすり傷だったのに‥‥何だか、申し訳ありません」
 恐縮する硯へ、緩やかにハンナが髪を左右に揺らした。
「当然の事ですし、どうかお気になさらず。鏑木さんには、心配される方々がいらっしゃいますしね」
「あ‥‥はい。気をつけます」
 殊勝に頷く姿は、何年経っても変わりなく。
 待機するUPC軍へキメラの排除完了を伝えたケイが、小さく笑む。
「そう言えば、こっちに来るのも何だか久し振りね」
 感慨に浸りながら波打ち際を眺めていれば、重量感のあるエンジンの唸りが波の音に混ざった。
「カプセルの回収かな。トレーラーも‥‥って、あれ?」
 路肩に停止する数台の車に硯が首を傾げ、つられてケイも振り返り。
「‥‥リヌ?」
 見覚えのある古びた大型トレーラーに、思わず駆け出す。
 コンテナのウィングボディを開いた運転手は、キメラの処分とカプセルの回収作業を行う軍人達を眺めていたが。
「なっ!?」
 予期せぬ背後からの衝撃に、咥えかけた煙草を落としそうになる。
「誰だい、いきなり‥‥」
「リヌ‥‥っ!」
 今度は迷わず友人の名を呼び、思わぬ再会の感慨を腕に込め、ぎゅっと抱きしめた。
「こらこらっ。ギブだよ、ギブアーップ!」
 ぺしぺしと軽く腕を叩くリヌ・カナートの訴えに、ようやくケイは力を緩め。
「ごめんなさい、つい‥‥何だか、10年前に戻った気がして」
 随分と伸びて邪魔になってきた長い黒髪を彼女は払い除け、顔をあげて苦笑した。
「気にしちゃいないさ。あんた達が来てたんだね‥‥元気そうで、何よりだ」
「お久し振りです」
 笑うリヌに硯が折り目正しく一礼し、ハンナも会釈をする。
「でも何年振りかしら、こうして直接会うのは」
 リヌとは年に2〜3回ほど手紙のやり取りをしているケイだが、顔を見るのは久し振りだ。
「さぁて。ああ、手紙の返事が遅れがちになるのは、すまないね。イブンに預かりを頼んでいるせいで、戻った時しか受け取れなくて」
「アチコチ飛び回ってるんだもの、仕方ないわ。でも、元気そうで‥‥良かった」
「ブラッスリにも顔を出してみようかな‥‥居るんでしょ? イブン」
「まだまだ、ひよっ子の域だけどね」
 改めてリヌが煙草を咥え直し、ケイはジッポライターの火を貸した。
 二人が再会を喜ぶ間に、硯は彼に『依頼』を寄越してきた相手へ連絡をつける。
『お疲れ、硯。キメラ退治は終わった?』
「はい。これから、カルカッソンヌに向かう予定です」
『了解、こっちも無事に到着した。先に硯が現地にいてくれて、助かったよ』
「こちらこそ、連絡もらって助かりました。ブラッスリで羽矢子さん達に会えるのを、楽しみにしていますね」
 キメラの出現情報を回してきた羽矢子へ礼を告げ、硯は通信を切った。
「相変わらず、あんたも忙しそうだねぇ」
「ここまでバグアが『働き者』だとは、思いませんでしたから」
 紫煙を吐きつつ労うリヌに、苦笑いで硯も冗談を返す。
 『終戦』から10年を過ぎた今でも世界各地で思い出した様に起きるバグアの被害に、硯はエミタを外す選択をしなかった。
 かといって、羽矢子のように完全な軍人にもなりきれず。
 結果、各地で能力者が必要な事態になるたび火消しに飛び回っていた。
「兼業傭兵というか、何でも屋というか。そんな感じですけどね」
「けど、お陰でイブンも助かってるよ。頼り切る訳にもいかないけど、やっぱ能力者がいるとね」
 ブクリエの手伝いや、小回りの利かない軍では後手に回りそうなトラブル。他にも羽矢子から『裏事情的なオシゴト』の情報を回してもらいながら、何とかやっている。
 今回のキメラも、自分は移動中で動けないからと彼に流してきた情報だった。
「相変わらず、妙に律儀な上に勤勉ときた。くれぐれも、それで家族をほったらかしにするんじゃあないよ?」
「それは‥‥はい。肝に銘じています」
 釘を差すリヌに硯が頭を下げ、くすりと小さくケイも笑む。
「じゃあ、後でブラッスリでね」
 先に引き上げる友人達を、苦笑しながらリヌは見送った。

   ○

「エマ君、エマ君〜!」
 なにやら楽しげかつ大騒ぎで呼ぶ声に、エマ・フリーデン(朧 幸乃(ga3078))は編み物の手を止めた。
 彼が賑やかなのは今に始まった事ではないが、少し前に何やら大型車のエンジン音が聞こえていた事から、何か‥‥『格別な非常事態』が起きたらしい。
「どうか、しまし‥‥た?」
 扉を開けたエマは外の光景に思わず言葉を失い、ぱちくりと目を瞬かせる。
 ボーデン湖の湖畔に面し、リンダウの街を対岸に眺められる場所に建つ、倉庫のような『宇宙ロケット・プロジェクト』の施設。その傍に彼女らは居を構えているのだが、家の前には一台の巨大なコンテナトレーラーが止まっていた。
「ティランさん、お久しぶりです。幸乃さんも‥‥って、『エマさん』と呼んだ方が、いいんでしたっけ」
 運転席から降りたフォル=アヴィン(ga6258)が、子供のようにトレーラーの周りをぐるぐる回るティラン・フリーデンと、エマへ挨拶をする。
「はい‥‥もう、能力者の『朧 幸乃』では、ないですから‥‥」
 久し振りに顔を合わせた友人へ、エマは小さく笑む。
 長いバグアとの戦いが終わった翌年の末に彼女は能力者を辞め、一人の民間人として、生きる事を選んだ。
 ――『エマ』として‥‥彼と同じ視線で、生きていきたいから。
『エマ』は彼女が能力者になる以前、故郷であるロサンジェルスのスラムで生きていた頃の名だ。
 破壊された故郷も戦災からの復興を遂げつつあり、彼女は自分を育て、自分を自分たらしめてくれた敬愛する女性の墓を改めて作った。そして今でも毎年、近況報告を兼ねた墓参りに訪れている。
「すみません。つい、抜けなくて」
 申し訳なさげに謝るフォルへ、彼女は頭を振った。
『幸乃』もまた彼女の名前で、『幸乃』がいなければ今の彼女もいなかっただろうから。
「それで、ご依頼の『ブツ』を持ってきましたが‥‥あれで、大丈夫ですか?」
「大丈夫どころか、大丈夫以上なのだよ!」
 ティランに確認するフォルは、エマから見ても10年前とさして変わらない印象だ。
 今は復興のために、世界各地を転々と飛び回っているらしい。そのせいか幾らか日に焼け、少し色黒になったような気がする‥‥が、風貌は相変わらずの年齢不詳だった。
 まぁ、身近にも一人、似たようなのがいるが。
「軍がよく許可してくれたものですが‥‥ま、産廃でしょうしね」
「役立たずのゴミ扱いでなければ、個人が確保する事も難しいと思われるのだよ」
「そういえば、中身は何です?」
「ええ。実はロシアで発見された‥‥」
 説明しかけたフォルの言葉を、高らかに鳴るクラクションが遮った。
「やっほー! ティランさーん、また来たよ!」
 小麦色の肌に緑の髪を風になびかせ、運転席の窓から顔を出したのは潮彩 ろまん(ga3425)だ。
「おぉっ? いいところに来たのだよ〜!」
 両手を大きく振ってティランが応じ、車はトレーラーと距離を取って止まる。
「このおっきいコンテナ、何?」
「今まさに、それを説明するところだったのである。主に、フォル君が!」
「‥‥俺がですか」
 話を振られたフォルは、ウィングボディを動かした。
 コンテナの側板と天井の一部が持ち上がって『積荷』が姿を現せば、ろまんやティランはもちろん、エマも緑の瞳を丸くする。
 物体の半分は複数本の管が身を寄せ合うように複雑に絡み、結合し、表現の難しい奇妙な造詣を成していた。
 逆に半分は、鉄の板を筒状にした直円錐の形というシンプルな形状をしている。先のすぼまった側が管と連結し、スカートのように広がった裾側は蓋をせず、開放されていた。
「これは、一体?」
「ティランさんに頼まれたので、俺もブツの詳細までは知らないんですけど‥‥どうやら『エンジン』らしいです」
 首を傾げるエマにフォルは律儀に答え、それからティランを見やる。
「ロシアの古い工場から見つかった、スクラップ寸前の骨董品だとか。別件の依頼に便乗して、KVを使って近くの空港まで搬送して。そこからは、こうしてトレーラーで」
「そんな面白そうなお仕事、ボクの会社にも回してくれたらよかったのにー!」
「そ、それは引き取るための交渉や、タイミング的な問題が‥‥あががっ!?」
 背中からろまんに飛びつかれたティランが、徐々に締まる腕に両手を振り回した。
「あの。ティランさんの首、締まってます、ので」
「あ、ごめんなさい!」
 エマの指摘に、急いでろまんは手をほどく。
「でも、どうやって使うんですかね?」
 あまり珍しくもない災難に苦笑していたフォルが、古びたブツをしげしげと眺めた。
「エンジンはエンジンでも、ジェットエンジンやガソリンエンジンではなく。これは、液体燃料を使うロケットエンジンなのであるよ」
 けふんと咳をして息を整えたティランに、再びろまんが目を輝かせ。
「ロケット? これって、ロケットの一部なんだ!」
「だから‥‥ぴょおぉぉ〜〜〜!?」
 興奮のあまり、ろまんは肩をぶんぶん揺さぶり、がっくんがっくんとティランの頭が振られる。
 ある意味では毎度の『微笑ましい光景』を、再びクラクションの音が中断した。
「ティランさんエマさん、戻りまし‥‥わぁっ、これロケットのエンジンじゃないですか。よく、原形を留めたまま残ってましたね!」
 キータ(保育施設)まで子供を迎えに行っていたエリコが、コンテナの中身に歓声をあげる。
「フォルさんのお手柄、だそうです」
「それ程の事でも、ないですけどね。ちょっとロケットのエンジンにしては、前世代的というか‥‥」
 説明したエマに「使い物になるのやら」とフォルが付け加え、そこへ後部座席から降りた4〜5歳ほどの子が駆け寄った。
「ママー!」
「はい、おかえりなさい」
 しゃがんで迎えたエマは、ぽふんと腕に納まった子供を抱え上げ。はしゃいでいたろまんが、微妙な複雑さを混ぜた表情で母子を微笑ましく眺める。
「そういえば、懐かしの面々がカルカッソンヌに集まるという話を耳にしたんですけど。ティランさんも行きますか? よければ一緒に」
「なんと。構わないのであるか、フォル君?」
「ボクも車で行くから、エマさんもエリコさんも一緒に乗せていけるよ!」
「えっ、いいんですか?」
 一転してろまんが明るく提案し、思わずエリコも聞き返すが。
「あ〜。でも、エマ君の店は大丈夫であろうか」
 ちょっと心配そうなティランが、小首を傾げる。
 能力者だった頃の報酬を元に、エマはリンダウで小さな店を開いていた。扱っているのはアメリカで出会った同じ名前・似た境遇の人が扱う花や、ティランが試作した玩具、自分で編んだ手作りの――兎や狐のワンポイントが入った子供服や小物など、本人曰く「とりとめのない品」だ。
 そんな謙遜とは逆に店の評判はなかなか好評で、
「数日休業の札なら、昨日のうちに‥‥シャロンさんから連絡は来ていましたし、ね」
「ややっ。いつの間に、用意周到!?」
「というか、またスケジュールのチェックを忘れてますね。何かに熱中すると、すぐコレだから」
 うろたえるティランにエリコが呆れ、くすりとエマは微笑む‥‥本当に、いつまで経っても子供のようで。
「では、用意をしてきますね」
「慌てなくても、大丈夫だからねー!」
 子供と手を繋いで家に入るエマへ、ろまんは手を振り。
 改めて『骨董品』を見上げるティランが、フォルの隣で感嘆の息を吐いた。
「ロケットで腹は膨れぬが、夢もなくては人は本来のあるがままでいられないと思うのだ。こちらの手は届かぬ分、フォル君達が伸ばしてくれる手は有難いのだよ」
 屈託のない、感謝の笑顔と共にティランが差し出す手をフォルは見つめ、握手するように握り返す。
 今でも全ての手を掴む事は叶わないが、天を仰いで悲嘆する事もない。
 この空は地上にも宇宙にも、繋がっているのだと――。

   ○

「うんと‥‥町並みが変わってるけど‥‥確かこっちよね」
 記憶を頼りに歩いていたシャロン・エイヴァリー(ga1843)は新市街の通りを振り返り、建物の間から遠くに見え隠れする城砦の位置を確かめる。
「大丈夫。合ってるわね‥‥って、あら?」
 さっきまで隣にいた『連れ』の姿が消えている事に気付いて見回せば、小さな影が橋の欄干へかじり付くようにしがみついていた。
「コール!」
 急いで駆け寄り、危なっかしい首根っこを掴まえれば。8歳前後の少年は母の心配も気付かず、大きな青い瞳を返す。
「お母さん、あれ! 宇宙に行く飛行機?」
 指差す先では数機の護衛を従えた軍の輸送機が機首を上げ、空へ駆け上ろうとしていた。南仏カルカッソンヌにも仏軍の駐屯地があり、郊外の空港から離陸したのだろう。
「残念だけど、あれは宇宙まで行かないわよ。空の高いところを飛んで、地球の反対側くらいなら行けるかも知れないけど」
「なぁんだ‥‥」
 にわかに落胆する息子の、父親譲りの黒髪を、微笑むシャロンは軽く撫でてやり。
 遠くから聞こえてきた教会の鐘に、はたと気付いて時計を確かめる。
「うわ、もう約束の時間。コール、街の探検は後よっ」
 まだ名残惜しそうな息子を急かし、先を急いだ。

 頭上から、鐘の音が降り注ぐ。
 指を組んで祈るアンドレアスは顔を上げ、石造りの空間を仰いだ。
「10年、か」
 ブラッスリへ行く前に羽矢子達と別れた彼は、古い教会へ足を運んでいだ。
 ‥‥あれから、10年。
 思い返して浮かぶのは、去って行った沢山の人の顔と名。
 10年の間に助けられた者と、助けられなかった者は更に増えて。
 覚えてるのは、助けられなかった事ばかりだ。
 ‥‥俺は忘れない、大丈夫だ。全部、最期まで持って行く。
「だから、安心してくれよ」
 小さく呟き、彼は城砦の教会を後にする。
 鮮やかな光の模様を形作る円形のバラ窓の下を、頭を垂れながら。

「少しくらい流儀が違っても、コールなら細かい事とか気にしないよな」
 一方、ミシェルから場所を聞いた羽矢子は一人、墓の前で静かに手を合わせていた。
 託された『生き残る』という約束は、今もこうして果たし続けている。ただ自分だけに留まらず、味方を生かす事は難しく‥‥未だ試行錯誤しているが。
「ちゃんと訓練、してるかな」
 墓前に報告をしたせいか、預かった部下達の事をふっと思い出す。
 時計を確かめてから待ち合わせの場所へ向かえば、別れた時と同じようにミシェルが待っていた。
「コールに挨拶しなくて、よかったのかい?」
「後で、イブン達と行くから」
 彼らなりに思うところがあるのだろうと羽矢子もそれ以上は促さず、最後にアンドレアスが合流する。
「待たせたな」
「遅ぇよ。飛行機で寝てた癖に、まだ足りないのかと思ったぜ」
「お前と一緒にするな」
「いいから二人とも、口と一緒に足を動かす!」
 文句の尽きない男達を、いつもの様に羽矢子は車へと追い立てた。

●神、空にしろしめす
 賑やかな雰囲気に懐かしい扉を開けば、見知った顔が来訪者を迎えた。
「あら、遅かったわね」
「皆さん、お久し振りです」
 明るい笑顔でシャロンが声をかけ、花瓶に花を飾っていた幸乃も会釈をする。
「先に来てたのね!」
 友人の姿にケイはぱっと表情を綻ばせ、修道服姿のハンナが一礼した。
「お誘い、ありがとうございます。シャロンさん」
 再会の発端は、シャロンが送った『久し振りに集まらない?』という旨の手紙だった。
 仕事上の繋がりや縁があって、日頃から顔を合わせる者達もいたが、それはそれ。
「そういえばここでパーティとか開く機会って、数える程でしたね」
 ふと硯がそんな感慨にひたり、しんみりと思い返す。
「ティランさんのところは、よく遊びに行ったよね!」
「いつでも今でも、ウェルカムなのであるよ」
 ろまんの言葉にティランは両手を広げ、くすりと幸乃が微笑んだ。
 そこへ再び扉が開き、子供らを連れた海音が顔を覗かせる。
「遅くなりました」
「海音、皆で来てくれたのね。こんにちは」
 笑顔で迎えたシャロンに、海音の子供達も遠慮がちに挨拶をする。
「シャロンさま、朧さま、お久しぶりです。もう、皆さま揃って‥‥?」
「いえ、まだ来てないのがいますから。大丈夫です」
 遠慮がちに訊ねる海音へフォルは広めのテーブルを示し、奥からエリコが子供用の椅子を運んできた。
「なにか手伝おうか?」
「客なんだ。ゆっくり座っておけよ」
 奥の席に座ったニコラが声をかければ、キッチンのイブンが逆に気遣う。子供達を残す訳にもいかず、神父のリックは欠席していた。
「私が手伝うわよ、イブン。これだけ居るんじゃ大変だわ」
「え?」
 邪魔になってきた長い黒髪をケイは手早く束ね、止める間もなくブラッスリの主が恐縮する。
「ケイも『お客』なのに、ごめん」
「気にしないで。でもこうして見ると、少しコールに似てきたかしら」
「どうかな? リヌには、カスレの味でダメ出しされてるけど」
「それはきっと、リヌなりの激励よ」
 手伝うケイはイブンをフォローしながら、上手くやっている様子に心の内で胸を撫で下ろした。
「あ、ニコラ。前に言ってた養子の話だけど、資料持ってきたわ」
 お祭り騒ぎになるより先にとシャロンは代理のニコラへ声をかけ、手持ち無沙汰な息子を硯が構ってやる。
 コール・ウォーロックの死後、間もなくして硯はシャロンと挙式を上げた。
 二人はイギリスのロンドン郊外に居を構え、エミタを残したままの硯はフリーランサーとして各地を飛び回り。能力者を引退したシャロンは間もなく子供を授かる一方で、孤児を支援するボランティア団体を立ち上げた。
 戦場の兵士として子を失った老夫婦と孤児を引き合わせたり、孤児院への寄付を募る活動のリーダーとして働いている。その活動の一環として、ニコラやリックとも連絡を取っていた。
「いつも、ありがとう。リックにも伝えておくよ」
「シャロンさん‥‥どうか、お体には気をつけて下さいね」
 自身も孤児であり、また教会に関わる者でもあり、日頃から顔を合わせる機会の多いハンナは何かとシャロンを気にかけている。
 孤児達への支援が大変な事はハンナも熟知し、更にシャロンが二人の子供を抱えている母だからこそ、彼女の身を案じずには居られなかった。
「そういえば、下の女の子は?」
「今回は、シャロンさんの実家で預かってもらいました。まだ6歳ですし、大人しいので」
「お留守番、ですね」
「寂しいであろうが、感心なのだ」
 同じくらいの歳の子を持つ幸乃は少し残念そうで、しみじみとティランが頷く。
「今度、遊びにきて下さいよ。あ、俺達がロケットを見に行くのでも、いいかも」
「ホント!?」
「あ〜‥‥今度の話、だから」
「今度って、いつ?」
 目を輝かせた息子の質問攻めに優しい『父親』は困り顔で、小さく『母親』が肩を竦めた。
「全く、これだもの。KVやロケットの話を聞きたいって、聞かなくて」
「成層圏プラットフォームから、今度はロケットの開発‥‥ティランさんの夢、いつも凄い事追いかけてるよねっ。ボク、ずっと応援してるからね!」
「そういえば、ろまんさんも傭兵は辞めたんでしたっけ」
「うんっ。実家の漁業が戦争の影響で続けられなくなったから、ピュアホワイトXmasのメリーさんを払い下げてもらって、『こちら宇宙の何でも屋 潮彩ゼネラルカンパニー』を設立したんだよ!」
 近況を訊ねる硯へ、彼女は大きく首を縦に振る。
「UPCやティランさんからお仕事回してもらって、家族と一緒に頑張ってるよ!」
「今のろまん君は社長でありパイロットでもある、多忙の身なのだ!」
 Vサインのろまんと一緒に何故かティランも胸を張り、堪えきれずに硯が吹き。
 そこへまた、ドアが開いた。
「ごめん、遅くなっちゃって!」
「よう、久しぶり」
 両手を合わせた羽矢子が詫び、アンドレアスは数日振りといった体で声をかける。
「‥‥! 千客万来ね」
「やあ、アスさん。お久しぶりです、お元気ですか?」
 懐かしげにケイは目を細め、時間を感じさせない友人へフォルも気安く片手を挙げた。
「こちらより早く出発されたとチーフさんからお聞きしたので、先に着いていると思っていましたが‥‥」
「全くだよ。おっさんが、のんびりしてっから」
 途中で何かトラブルでもあったのかと海音が気遣えば、ミシェルは憎まれ口を叩く。だが口調に憤慨はなく、老チーフとのやり取りを連想した海音はくすりと笑んだ。
「おっさん、ですか」
「確かに、アンドレアスは老けたかしら。でも、ケイに羽矢子も元気そうでよかった」
 安堵するシャロンに海音も頷き、物言いたげな友人の視線にアンドレアスが気付く。
「なんだよ、フォルまで」
「アスさんが『おっさん』なら、俺もかな、と」
「全然! 変わってねぇだろ、フォルはっ」
「アスさんも変わってない感じがしたんですが、もしかして‥‥」
「中身が成長してねぇとか、却下だからな!」
 友との変わらぬやり取りにフォルはくすりと笑い、イブンが料理を運んでくる。
「顔ぶれが揃ってないけど、冷めないうちに」
「そういえば、リヌは?」
 気になったのか小声で羽矢子が袖を引き、やはり硯も声を落として首肯した。
「羽矢子さんが連絡してくれた、キメラの件です。近くで不審なカプセルも見つかったので、UPCの基地まで運ぶ事に‥‥コルシカのカプセルは前から因縁がありますから」
「あ〜、それは確かに。リヌも災難だね」
 苦笑して羽矢子がワイングラスを傾けていると、トレーラーの低いエンジン音が外から響き、間もなく止まる。
「噂をすれば、ですね」
「何事もなく終わったようで、何よりです」
 くすりと微笑む海音に幸乃も安堵し、遅れたリヌがやっと顔を出した。
「なんだい。あんた達、先に始めてたんじゃないのかい?」
「お疲れさまです、リヌさん」
「ささ、座って。料理が冷めちゃうわよ」
 戸惑うリヌをハンナがねぎらい、シャロンは席を勧める。
「ふふっ。皆が揃った事だし、乾杯しましょうか」
 グラスを手にしたケイの提案に、異を唱える者はなく。
「それじゃあ、乾杯。久し振りの再会と‥‥コールに」
「「「乾杯!」」」
 小さく付け加えた言葉に、一同はグラスを掲げた。

   ○

「リヌ、紹介するわ。コールよ。ほら挨拶なさい」
「随分と厄介な名前をと思ったけど、大きくなったねぇ」
 紹介するシャロンをリヌが皮肉り、よく状況が分かっていない顔の少年はとりあえずお辞儀をする。
「ほうほう。それで、どっち似‥‥って、痛ッ! こら、引っ張るな!」
 ひょいと脇から覗き込んだアンドレアスだが、前触れもなく髪を引っ張られ。
「こら、コール!」
「宇宙に行く人なのに、邪魔じゃない?」
「邪魔じゃねーよっ」
 苦笑いをしながら答えるアンドレアスへ、ぺこりと硯が頭を下げた。
「すみません。好奇心が強くて‥‥下の子は、大人しいんですけど」
「じゃあ、上はシャロン似って訳か」
「あら。それは、どういう意味かしら?」
「い、いや。深い意味は、な!」
 にこにこと笑顔でシャロンが訊ね、何やら不吉な予感に彼は首を横に振り。
「でも、大きくなったね。おねーさんのこと、覚えてるかなー?」
「えっと、お父さんの友達の、鳥のおぶ‥‥おねーひゃん」
「うんうん、おねーさん」
 少年の頬をつまんだ羽矢子は、言い直す言葉にニッコリ笑って手を放す。
「手厳しいね、羽矢子さん」
「なるほど。羽矢子君は、永遠のおねーさんであるか」
 ろまんの感想に重々しくティランが腕を組み、羽矢子は頭痛を覚えた。
「いや、何か違うから。変わらなさで言えば、ハンナには勝てないし」
「そう‥‥でしょうか?」
 きょとりとハンナが小首を傾げ、一同を見回す。
「朧さんや、シャロンさん、鏑木さん、赤崎さん‥‥。皆さん、お変わりない様で‥‥安心していたのですが」
「ええ。みんな変わってないわね、ある意味では」
 くすくすとケイが笑い、こっくりと幸乃も同意を示した。
「けど、幸乃も美人になったな。前は、ひょろっこいガキっぽかったのに」
「ありがとうございます‥‥アスさんは、お変わりなく」
「であるが、幸乃君は以前から大人なのだよっ」
『ガキ』の意味を取り違えたらしいティランが幸乃の隣で主張し、「あ〜、はいはい」とアンドレアスは適当に受け流す。
「でも、うん。『母』っぽくなったよね。エマには、もっと欲張っていいって言おうと思うんだけどな」
 しみじみと羽矢子がグラスを傾け、それから悪戯っぽくウインクした。
「けど二人目とか考えてるなら、早い内に産んどかないと後が大変だよー?」
「それを言うなら、羽矢子も‥‥いっ、痛いって!」
 脇から突っ込むミシェルの耳を、いい笑顔な羽矢子は容赦なく引っ張る。
 そんな賑やかな会話の中で、微妙に沈んだ雰囲気のろまんに気づき、海音が首を傾げた。
「どうかされました?」
「え? あ、ううん。なんだか、胸の棘がチクチク痛いなって。ボク、まだ子供なのかなぁ」
「あら‥‥そんな事は、ないですよ?」
 柔らかく微笑む海音に、ろまんは複雑な表情を返し。
「ボクも海音さんや、幸乃さんみたいだったら‥‥結局、言えなかったもん」
 ずっとずっと、気になってたけど。と、飲み込んだ言葉に、心中の何かを察した海音は呟きの由縁を問わず、ただそっとろまんの髪を撫でる。
「うん。ろまんさんは魅力的な女性だと‥‥俺も、思います。って、笑わないでよ、ニコラもイブンも!」
 真顔でフォローしたエリコはニヤニヤ顔の友人達に気付き、慌てて抗議した。
「それにしても、海音が子供達まで連れてコッチに来るのは珍しいわね」
「近々、フランスでの公演予定がありましたので‥‥下見がてら。日本を経由するつもりでしたが、お世話になった方々も丁度こちらへ来られているそうなので。いつか、この子達が活躍する様になったら、その成長をみて頂きたくて‥‥」
「ふふっ、忙しそうね」
「それを言うなら、ケイさまやアンドレアスさまも。お二人とも精力的に、音楽活動もされていて‥‥楽曲も、よく耳にしています」
「光栄だぜ、ありがとな。数年に一度、『趣味の偏ったの』を発表してる程度なんだが」
 照れくさそうに礼を言うアンドレアスは、2年前にLHから地元デンマークのロスキレに活動の拠点を移していた。音楽活動にも復帰しつつ傭兵も続け、ロスキレとLHを行ったり来たりの毎日を過ごしている。
 アンドレアスさんの曲はいいけど、胎教にはどうかなって思うんですよね――とは、硯のごく個人的な感想だが。
「さて、1曲やるか。ケイ嬢、どうだ? よければ海音も」
「もちろん、喜んで。いいわよね、海音」
「はい、是非お願いします」
 そしてアンドレアスが爪弾く12弦アコースティックギターの音色に合わせ、二人の歌姫が声を重ねる。
 違うタイプのシンガーながら、紡ぐ歌は耳に心地よく。
「硯、明日はフリー?」
「ええ、予定はないですけど‥‥?」
 そっと小声で聞くシャロンに、硯は不思議そうに返事をする。
「じゃあ、コールと三人で街歩きしましょ。アネットには、寂しい思いをさせるけど」
 リヌに名付けてもらった娘の名を、シャロンが口にし。
「今度は、四人で来ればいいですしね」
 硯もまた、カスレを頬張る息子に目を細めた。
「こうしていると‥‥子供達を見ていると、本当にこの平和が非常に尊く思えますね」
 ぽつりと言葉を落とすフォルに、指を組んだハンナは静かに頷く。
「お幸せそうな、皆さん‥‥ですが、この10年が平坦であったとは思えません。色々と紆余曲折があって‥‥でもきっと、是で良いのです」
 笑顔と笑い声が絶えないブクリエの空気は、何ら変わっていない風で。
 ふとハンナはイギリスでの航空ショーの事を思い出し、小さく故人の安息を祈り。
 10年前に撮った記念写真の前へ、リヌはウイスキーのグラスを2つ、並べて置いた。

「名残惜しいですが、すみません。この後、ちょっとコルシカの様子を見に行きたいので」
 曲が終わると、フォルが途中での辞去を友人達に詫びた。
 かなり復興は進んだが、島には未だバグア侵攻の傷跡が残っている。
「関わった者として、出来る限り力になりたいので」
「丁度いい、送って行くよ。あたしも明日があるからね」
 フォルを追うように、羽矢子も席を立ち。
「気をつけてな、二人とも」
「また今度、ゆっくり飲みましょう」
「感謝なのだよ〜!」
 気遣いと再会の約束に、笑顔で応え。
「では、みなさんお元気で‥‥また、会いましょう」
「それじゃあ、またどこかで!」
 手を振りながら、フォルと羽矢子はブラッスリを後にした。
「10年前と比べれば平和になったけど‥‥皆の話を聞く限り、まだまだ世界には難題が山積みって感じね」
 見送ったシャロンが頬杖をつき、ふっと嘆息する。
「元ガキどものロケットを作る夢も、まだ途上。今は直接関わってない奴もいて、でもそれでいいんだと思う‥‥きっと誰も後悔してない筈だしな」
 ギターを置いたアンドレアスは、ガス欠と言わんばかりにビールをあおり。
「居なくなった人間もどこかで繋がっていて、巡りながら続いていくんだろう。この先も、俺が居なくなった後も‥‥ずっと」
 どこかしんみりと友人の去った扉を、そして空のキッチンを見つめた。
「子供達が大きくなる頃には、能力者とか必要ない平和な世界にしたいですよね」
「まぁ‥‥『Tomorrow is another day』。なんとかなるわよ、きっと」
 しみじみとする硯に、シャロンがウインクし。
「Tomorrow is another day‥‥いい言葉、です」
 胸に刻むように目を伏せてから、ハンナは窓より夜空を見上げる。

 そして。
 なべて世は
こともなし――。