タイトル:生存への飛跡マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/24 00:49

●オープニング本文


●冬の獣
 破壊され、廃墟と化した地下施設には、命を繋ぐ術などほどんど残されていなかった。
 稼動する培養設備や生命維持装置の類もなく、仮に残っていたとしても操作が出来る者もいない。瓦礫の間から滴る水で渇きを癒し、幾らか生き残ったネズミ型キメラなどを喰らって空腹を埋める。
 瓦礫に埋もれた白いカプセル内で不正規に再覚醒した為か、『彼』に記憶や感情の大半は残っていなかった。
(ただ、かすかに覚えている事はある)
 自分を殺す、男の夢を見た。
 自分を殺そうとする女の夢も、見た。
 世話係の男は、そいつらを殺すのだと告げた。
 だから、『彼』は世話係の男を殺した。
 残る者も黙らせるべく、暗い地下施設から這い出そうとしたものの、『彼』は動けなかった。
 高温下の状態では、身体の一部分を構成する機械類が上手く動作しなくなっていた。
 そんな中、『赤い月』が空から消えた。
 それはバグアの敗北を意味していたが、使い捨ての『彼』が知る訳もなく。
 知っていたとしても、与えられた知識や思考に他の選択肢はなかった。
(この地域の戦力は壊滅的だ。キメラの開発や量産出来る施設も破壊され、野生化しうるものに頼るしかない。だがヨーロッパ圏内にも、まだ兵力の残っている場所がある)
 そこに行けば、何があるのか。
 万が一にも辿り着いたとして何になるのか、それは『彼』自身にも分からない。ただ役目に従い、疑問もなく漠然とした優先事項を実行するのみだった。
(キメラを用いて人類を脅かすとしても、まず兵力の回復が優先。その後、可能ならキメラや強化人間となる材料や、ヨリシロとなりうる優秀な素体を得る事)
 再び潤滑に身体が動くようになると、強化人間ジャン・デュポンは咆哮をあげた。
 広く山野に散ったモノを、彼の元へ集める呼び声を。

●死出の飛翔
『ピレネー山腹から、極小の飛翔体が確認された。低高度を低速で北東方向へ移動中だが、ワームではないようだ。だが、KVでも民間の飛行物体でもない』
 受話器越しのUPC仏軍レナルド・ヴェンデル大佐の言葉に、ブラッスリ『アルシュ』のフロアで電話を受けたリヌ・カナートは眉根を寄せた。
「つまり、キメラが?」
『消去法でいけば、その確率が高い。飛翔体の正体と目的を掴んでおくためにKVの使用許可つきで傭兵に出動要請を出したが、低速かつ低高度で飛行する物体の追跡はKVでは難しい。目標が小さければ、撃墜もまず無理だ』
「それに『ブクリエ』にも協力しろって事だね」
『可能な限りのバックアップで構わない。地上から追うのも、限度があるからな。ところで、コールはどうした?』
 やや怪訝そうな相手の声に、小さくリヌは肩を竦める。もっとも、そんな仕草は『大佐殿』には見えないが。
「コールなら調子が悪いんで、休んでいるよ。でも『ブクリエ』の役目はキッチリ指示をしておくから、安心しとくれ」
 目標の情報を確認してから、静かにリヌは受話器を置いた。
 用件を控えたメモをちぎり取ると、心配そうに話を見守っていた孤児の少年達と目が合う。もっとも、年長組は既に20歳を越えているが。
「コールの見舞いに行くんだろ? 後は任せて、行っておいで。ただし、くれぐれもコールには気付かれないように」
「分かった‥‥リヌも、気をつけて。行こう」
 車の鍵を取ったイヴンはリックを促し、着替えの入った紙袋を抱えたニコラも外へ出た。
 留守番をするエリコが友人達を見送るために外へ出て、フロアに残ったミシェルはじっとリヌを見やる。
「知らせないにしても‥‥手伝わなくて、いいのか?」
「ここに残っての連絡役くらいなら、頼むかもしれないね」
 むっすりとした表情のままでミシェルは頷き、『ブクリエ』のメンバーと連絡を取るべく無線機の前に座った。
「早く、退院できるといいな」
「たぶん風邪を引いてるのに無理をして、倒れた程度だよ。あんた達は心配しなさんなって」
 わざと明るく笑い、ひらりとリヌは手を振る。
 三日ほど前、『アルシュ』の主で『ブクリエ』のリーダーでもあるコール・ウォーロックは自室で倒れた。
 気付いた少年達がカルカッソンヌの病院へ運んだものの倒れた原因は不明で、容態も思わしくない。
(この厄介な時に、全く‥‥)
 毒づく先がコールなのか正体不明の飛翔体なのか、それはリヌ自身にも分からない。
 コールの容態は気がかりだが、それ以前にやらなければならない事があった。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD

●リプレイ本文

●平行監視
『そろそろ欧州のバグアも大人しくなって良い頃合いと思うんだけど‥‥こう不穏な状況が起るのは、どうかと思うのよね』
 アルスター・アサルト・カスタム、ピュアホワイトXmasのコクピットで、百地・悠季(ga8270)が表示される数値を確かめる。
『そう?』
『ええ。まずは目に見える部分でも対処して、その根元を探る事により原因を取り除けたら良いのよね』
 ふぅんとソーニャ(gb5824)はさして興味もなさそうな返事をし、ロビンのコクピットより広がる地上をちらりと窺った。
 両機は互いに交信可能な距離を保ちながら、別の空域を飛んでいる。
 UPC側でも飛翔体の行動から予測された飛行ルートを出しているが、己の目に勝る正確さはない。
『目標は、低速低空の小型飛翔体? KVは追跡に不向き? でも‥‥空からの観測や管制があった方が、ロスト率はずっと減るでしょう』
 UPCに確認するまでもなく、そのためのKVの使用許可だった。カードの使い方を最も知っているのは、能力者なのだから。
『まぁ、その辺は頑張るしかないわね。頼られた以上』
『やり方はいくらでもあるよ。まず、目標を発見しないといけないけれど』
『そうね‥‥あら、噂をすれば』
 目標と思われる飛行物体を捕捉した悠季が、その方角を確認する。
『最初の確認ポイントから見て、北北東‥‥いえ、もっと北東寄りね』
『この先には山脈もあるけど、飛び越える気かな。山林じゃぁ、地上班もそう簡単にはいかないよね』
 ソーニャの推論に、しばしの沈黙で悠季が応じ。
『地上班に連絡するわ。対象が目標かどうか確認しないと』
 相手がどこまで飛ぶ気なのかは分からないが、地理的な読みが甘かった事を歯痒く思いながら悠季は無線を繋げた。

『相手も、馬鹿じゃないって事かな?』
「本能的なものか、追跡される事を考慮していたのか。どっちにしても何かに呼ばれてるみてぇな動きだな、あいつら‥‥」
 連絡役をするエリコの疑問に、ジーザリオの助手席で長い手足を窮屈そうに曲げたアンドレアス・ラーセン(ga6523)が唸る。
「せめて、早いうちに正体くらい掴んでおきたいですね。『白いカプセル』を運んでいるかどうかも」
 ハンドルを握る鏑木 硯(ga0280)が前を見据えたまま応じ、苦々しくアンドレアスは咥えた煙草のフィルターを噛んだ。
「‥‥ったく、冬に雪山とか洒落にならねぇぜ」
 過去の計測ポイントと現在位置から仮のルートは幾つか想定できるが、その中で最も厄介なのがアルプス越えだ。地上からの追跡はもちろん、状況次第ではKVでも目標をロストしかねない。
「出来る事なら‥‥」
『ええ。フランス国内で抑えたいわね』
 アンドレアスの言いかけた先を、無線機越しにケイ・リヒャルト(ga0598)が継いだ。隣の車線を見れば、多少前後する位置でシャロン・エイヴァリー(ga1843)の運転するジーザリオが併走している。
「だよ、な」
『ここは何とか先回りしたいわ‥‥シャロンも、同意見』
 手が離せないシャロンに確かめたのか、少しの沈黙を置いてからケイが続けた。
『正体不明の飛来物‥‥しかも、恐らくキメラ。正体は‥‥また「あの」翼竜かしら?』
「謎の飛翔体‥‥やっぱり翼竜キメラと、それが落とす森キメラを連想しちゃいますね。まだまだ、バグアの爪痕は消えそうにないというか。早くブクリエが解散できるような、平和な世界になるといいんですけど‥‥」
 やや前を行くジーザリオを硯は横目に見ながら、少しずつアクセルを踏み込む。
「ガキの頃は好きだったけどなぁ、恐竜」
 若干、少年っぽい複雑さを混ぜて、アンドレアスは頭の後ろで腕を組み。
「‥‥で。硯はケツ追っかけるんじゃあなく、並ぶ気になったのか」
「なっ、なにをッ!?」
 ぎゅいっ、と。
 咄嗟の動揺を隠した分だけジーザリオは尻を振り、けらけらとアンドレアスが笑う。
「んじゃ、愉快なチェイスといくかね」

「楽しそうね、向こうの二人」
 挙動不審な友人達の車にくすりとケイが微笑むが、運転席のシャロンは思案の海に沈んでいた。
「ピレネー山脈からの飛翔体‥‥か。あの時の翼竜だと思ってる、ケイ?」
「ええ、硯達も同意見みたいよ」
「『目的も行き先も不明』って情報だけど、野良のキメラならそれもおかしいわよね。手近な町も襲わずに、独自に行動してるのよ」
「そうね。手当たり次第に『森キメラ』をバラまく気配がないのは、幸いだけど‥‥」
 逆に言えば、それは『何らかの目的をキメラが持っている』可能性に言い換えられる。
「次に取る行動の予測が難しいわね」
「けれど、今の情勢でキメラに命令できる存在がある‥‥のかしら」
「アンドレアスも、さっき『何かに呼ばれてるみたいな動き』って言ってたわね。まず、相手を視認出来ればいいんだけど」
「ケイ、一応、双眼鏡とか持ってきたから、勝手に使ってね」
「ありがとう。でも私だって、その辺りは鈍ってないわよ?」
「既に準備万端、か。さすがね」
 くすくすと彼女らは笑い合い、再び空へ注意を向けた。
「コールさんの容態も気がかりだけど‥‥まずは、依頼の完遂ね。よろしくね、ミシェル、エリコ。頼りにしてるわ。アンドレアスと硯も、悠季達に負けてられないわよ!」
『相手の事はよく分かってねぇんだから、シャロン達も無理するなよ』
 無線機より、ぶっきらぼうにミシェルが気遣いの言葉を投げる。
 間もなく悠季が示したポイントが近付けば、アウトバーンを疾走する車からケイとアンドレアスは双眼鏡より飛翔体を探し。
 その頭上高く、冬の白っぽい空の中をKVが飛んでいた。

『地上班が飛翔体を目視で確認しました。数は5体、そのうち3体は白い‥‥カプセルのようなものを運んでいるみたい、です。追跡に気付かれたかどうかは、まだ分かりません』
『了解‥‥山岳地へ入る前に、追いつけたみたいだね』
 地上班と繋ぐニコラからの連絡に応え、ソーニャが残る燃料を確認する。
『まだ飛ぶ余裕はあるけど、今の間に補給した方がいいかな?』
『そうね、何があるか分からないし‥‥地上側が見失ったら、空からのフォローは重要だもの。ソーニャが戻ったら、こちらも交代で行くわ』
 鋼鉄の翼を傾け、旋回したソーニャ機ロビン改は近くの基地へ機首を向けた。

●追跡行
「個体数5に対し、例のカプセルが3‥‥か。2つは既に、どこかへ投下したのかしら」
 飛ぶ影の方向と道路標識を確認しながら、シャロンはアクセルを踏んだ。
「だけど、それらしい連絡は入っていない‥‥最初からカプセルは3つだったのかもね」
『硯曰く、ピレネーの地下にあったキメラ・プラントは派手にブッ壊し済みらしいからな。「在庫」がなかったのかもしれねぇ、とさ』
「『在庫』、ね」
 無線機越しにアンドレアスが硯の見解を伝え、双眼鏡を覗き込んだままケイは言葉を繰り返した。
「観察していると、運んでいるあのカプセル自体も無傷とは言えなさそうよね。歪んでるというか」
 双眼鏡の倍率を上げていけば、カプセルが幾らか「くの字」に曲がり気味だったり、大小無数の擦り傷が見て取れる。まるで、瓦礫の中から使えそうなモノを引っ張り出したような有り様だ。
『キメラ・プラントを壊され、「お引越し」って可能性もあるか。まだ息をしているバグアの施設とか、この辺りにあるのかよ?』
「ここでは検索も出来ないから、『ブクリエ』経由でUPCに該当する情報を調べてもらいましょう」
『だな。こっちから、話をつけとくか』
「感謝するわ、アンドレアス」
『代わりにルートは任せた』
 信頼する友人へ礼を告げれば先導を託され、膝の上でたたんだ地図をケイが辿った。
「急に進路変更する気配がないって事は、まだ追跡されている事に気付いてないのかしら」
「KVはあまり接近していないし、車も距離を取っているせいかもしれないわ。変な動きに出るようなら、全力で阻止しないと」
 過去にあった森キメラの『成長速度』を考えれば、発生した時点で対応しなければ被害は一気に拡大する。そうなると、追跡を放棄しなければならないが。
「情報が不足している今は行けるところまで追及して、何らかの手がかりを得たいわよね」
 地上へ降りてこなければ叩く事も出来ず、ガソリンのメーターを気にしながらシャロンはケイの示すルートを維持し続けた。

『分かった。その件は調べてもらっとく』
「よろしく頼んだぜ、ガキども‥‥おっと。もうガキでもねぇか」
 調査の旨を頼んだアンドレアスが言い直せば、応答するミシェルは苦笑混じりに『どっちでもいいけど』と返す。
『あんた達からしたらガキと変わんねーだろうし、俺ら一人で何か出来た訳でもないしさ』
「気分の問題だ。それに、協力願うんだからな」
 そうでなくとも、色々あったようだし‥‥と口には出さず、胸の内で付け加えた。
「後は飛翔体の進行方向にある街とも、連絡を密にお願いします。パニックになられると困りますけど、何かあった時には早急に対応しますので」
「‥‥だとさ」
 運転しながら付け加える硯の言葉を、そのまま伝える。
『そっちもやっとく。でも先が分からない長丁場だから、あんた達も無理するなよな。腹減ったり何だり、あるだろうし』
「了解。心配、ありがとな」
『べっつに‥‥』
 憮然とした返事を残して交信が切れ、アンドレアスはくつくつ笑った。
「けど、飛んでるだけで‥‥本当に、どこへ行くつもりなのかね。今のところ街を襲うとか、そういった動きはねぇからいいが」
「降りてきてくれない事には、戦えませんしね。休む為に地上か何処かへ降りる機会を狙うか、このまま刺激しないまま追い続けるか」
「目的が分からない以上、俺は後者だな。カプセルを街に投下されそうになるとか、緊急を要する時のみ交戦を考える線でいいんじゃね? そっちはどう思う、ケイ」
『敵がカプセルを保有している状態だから、進行ルート上に街や何らかの重要施設などがあれば‥‥かしら。下手に刺激して手がかりを失った上、被害を増やす事になるのは避けたいわ』
「もどかしいが、目的は気になるよな。悪い癖かもしれねぇが」
 苦笑いながら新しい煙草に火を点け、窓の外へ紫煙を吐き出すついでにアンドレアスは再び双眼鏡を覗いた。

『向こうが攻勢に出るまでは刺激せず、あくまで静観。何らかの敵対行動を起した時‥‥それが、あの飛翔体に仕掛けるタイミング?』
 地上班の動向を伝えられた悠季が、首を傾げる。
『国境を越える可能性もあるのに、随分と悠長ね‥‥ソーニャはどう?』
『ボクも、それでいいよ。飛びたいなら、飛び続けたいなら‥‥精一杯に飛べばいい』
 それは幸運にもソーニャ自身の欲求と重なっていた。
 理由がなければ飛ぶ事が出来ない彼女には、飛び続ける理由が必要だった。
(‥‥ボクも飛べれば、それでいい)
 バグアとの戦いも、空への抗えない誘惑を満たすための理由と手段。
 それはきっと本能に近い思いなんだろうと、ソーニャは思う。
『もし国境を越えそうな危険があれば、撃墜した方がいいとは思うけど。飛んでいるのを邪魔しない方がいいって、地上班が言うなら』
 ――飛びたければ、彼女自身も飛び続けていい。
 なんとなく、誰にでもなく、そう認められた気がした。
 この先に飛ぶのは‥‥バグアが出現する以前のように、人同士が争った末の血塗られた空かもしれないが。
『それなら、突出して刺激しない方がいいわね』
 事務的に方針を確認した悠季は、監視に注意を戻す。
 赤い星の消えた空を5体のキメラは脇目も振らず、ひたすらに飛び続けていた――。

●見舞い報告
「で‥‥後を引き継いだUPCが追跡したけど、アルプスを抜ける前に見失ったそうだ」
「そうですか‥‥」
 リヌ・カナートから経過報告を聞いた硯が、溜め息と共に肩を落とす。
「被害が出なかったのは、良しとするさ」
「ほら、そんな顔をしてるとコールさんが心配するじゃない」
 丸めた背中をポンと叩き、脇に紙袋を抱えたシャロンが硯を励ました。
「見舞いに『朗報』を持ってこれなかったのは、残念だけど」
「見失ったのはUPCのせいさ。あんた達には、感謝してる」
 灰皿へリヌは煙草を押し付け、見舞いに来た者達を病室へ案内する。
 引き戸を開ければ、着替えを片付けていたニコラが「あっ」と小さな声を上げた。
「よう。元気にしてたか、ガキども」
「アンドレアス! ケイもシャロンも硯も、みんな久し振り!」
「なんだ、ガキに逆戻りしてるじゃあねぇか」
 リックに続いたミシェルの皮肉を、アンドレアスはしれっと聞き流し。
「で、コールはぶっ倒れたって?」
 ひょいと衝立の向こうのベッドを窺えば、不自由そうな顔が右手を挙げて答える。無造作に放り出された左腕には、点滴の針が固定されていた。
「お‥‥生きてんのか」
 口には出さないものの、不吉な予感を覚えていたアンドレアスは少し安堵する。
「風邪を引いて体調を崩されたとか。大丈夫です?」
「煙草が吸えず、困ってるがな」
「あら。ついでに禁煙でもする?」
 くすりと笑んで冗談めかしたケイもまた、ほっと胸を撫で下ろした。
「コール、早く良くなって頂戴ね? ‥‥リヌも心配してるわ、きっと」
「ああ。お前達にまで心配をかけたようで、すまん。バグア本星がいなくなっても、相変わらず忙しそうだが」
「キメラとか強化人間とか、世界のあちこちに残ってますしね。まだしばらくは傭兵継続かなぁ‥‥とか、そんな感じです」
 苦笑混じりで硯が説明し、ちらと横目でシャロンを見やる。
 出来れば彼女には、平和になってやりたかった事を、思う存分やってほしいなぁ、とか思ってたりするのだが。
「ところで、リンゴくらい食べられるのかしら。一日に一個のリンゴは医者を遠ざけるのよ?」
「そりゃあ、俺よりそいつらが喜ぶぞ」
 紙袋からリンゴを取り出したシャロンは、子供らを示すコールに笑った。

 賑やかに近況を語り合い、面会終了の時間が迫ると見舞いの四人は病室を後にする。
 待合所を通れば、ずっと病室にいなかったイヴンが一行を待っていた様に立ち上がった。
「コールの容態、詳しく聞きました?」
「風邪だって‥‥リヌは、そんな風に言ってたけど」
 小首を傾げるケイに、思いつめた表情で孤児5人組のリーダー格である青年が頷く。
「俺以外に話さないよう、医者に頼んだから‥‥でも、あんた達には知らせておこうと思って」
「何か、あるの?」
 只ならぬ雰囲気にシャロンが促すと、更に彼は項垂れ。
「コール‥‥もう、先が長くないそうです。長い間、自分が能力者なのをずっと隠してたのもあって、エミタのメンテナンスとか全然受けてなかったみたいで」
 搾り出すような強張った声に、四人は言葉を失った。

 ――その後、悠季やソーニャのデータより予測されたルート上で、再びUPCは飛翔体の存在を捉えた。
 個体数5と搬送物3という数字に、変わりはなく。
 東欧すら飛び越えた厳冬ロシアの地で、その飛跡は途絶えた。