タイトル:梟は二度、舞い上がるマスター:風華弓弦

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/12 21:50

●オープニング本文


●代理人の代理役
「サヴァーのバージョンアップ、であるか?」
「頼まれた縁もあって、そんな話をね。こっちにしてみりゃあKVなんて、壊されてジャンクになって、金になるモノって感じだったんだけど」
 苦く笑いながらリヌ・カナートは煙草を咥え、不思議そうにティラン・フリーデンが小首を傾げた。
 南仏、カルカッソンヌの郊外にあるブラッスリをティランが訪れたのは、ある3月の日の午後。
「プチロフとしては、出来れば多くの傭兵から意見聴取を行いたい‥‥ってトコロらしい。傭兵達の手間を考えて、それを『ラスト・ホープ』でやるのが一番って話になったんだけどね」
「だがリヌ君には『ラスト・ホープ』への入島許可が下りないため、困窮しているのであるな。むむぅ‥‥」
 事情を聞きながら、ティランはカラになったカップへポットの紅茶を注ぎ足す。
 許可が出ないのはリヌが「一般人」なのも一因だが、他にもいろいろと複雑な事情があるらしい。だがそこはまた別の話と、リヌはそれを脇へ置いた。
「あんたなら、以前にクルメタル社がシュテルン改良案を募った時にも関わっていただろう? 意見書だけを集めるってのも味気ないものだし、代わりに聞いてもらえれば有難いと思ってね。妙に顔だけは、広いようだし」
「とっ、当方の顔は、さして広くないのであるよ!?」
 ナニヤラ動揺しながら、ぎゅむぎゅむとティランは自分の両頬を手で押さえる。
「いや。顔がでっかいとか、そういった話じゃなく‥‥コネ的な意味でさ」
 呆れ半分、苦笑半分で、とりあえずリヌが修正しておく。
 南独で独自に無線中継局のプロジェクトを主催しているティランもまた、しがない「一般人」だ。しかし独特の変人っぷりのせいか、何故か『ラスト・ホープ』の主要関係者とつながりを持っていたりする‥‥例えば某C伯爵とか、某くず鉄博士とか。
 そのためリヌとは逆に、『ラスト・ホープ』への入島も許可されていた。
「あくまで、聞くしか出来ぬのであるよ?」
「直の反応をみてくれるだけでも、助かるからね」
「了解なのである。当方も『ラスト・ホープ』を訪れるのは久し振り故、楽しみなのであるよ〜」
 二年ほど前、『ラスト・ホープ』を訪れた際には「潜入した不審者」として能力者達に追っかけられたティランではあるが、真実を知らぬ本人は割と楽しかったらしい。
 もふもふな狐の尻尾アクセサリーを揺らしながら、わくわくとクッキーをほおばるドイツ人青年の姿に、リヌは少しばかり不安を覚えた。

●参加者一覧

/ 鏑木 硯(ga0280) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / エマ・フリーデン(ga3078) / UNKNOWN(ga4276) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 禍神 滅(gb9271) / 佐賀繁紀(gc0126) / リック・オルコット(gc4548

●リプレイ本文

●不審な不審者
「あの‥‥今日、開かれるKVサヴァーの打ち合わせに参加される方、ですよね?」
 何気なく本部の受付へ顔を出した鏑木 硯(ga0280)は、オペレーターから声をかけられて首を傾げた。
「えっと、そうですけど。何かあったんですか?」
「それがその、ですね‥‥」
 ちょいちょいと、指の先でオペレーターが手招きをする。
 その表情に疑問符を浮かべながらも、手招きする相手の後ろを硯はついていった。
「不審物というか、不審人物というか、その‥‥届けられたのですが。本人曰くはサヴァーの話をする為に『ラスト・ホープ』へ来たのだと主張しているので、身元確認といいますか。「ブレスト博士と知り合いだ」と主張するので確認していただこうと思ったんですけど、博士は博士で御多忙なものでして」
 説明を聞く間にもオペレーターは廊下を先導し、警備員の詰める一室の扉を開ける。
 ひょこと軽く一礼をしてから、硯は開かれた扉をくぐり。
「おぉ、硯君であるよ〜! 助かったのだ!」
 目にした光景‥‥何故か捕縛されたティラン・フリーデンが椅子の上でぴょんこぴょんこと嬉しそうに跳ねる姿に、軽い眩暈と頭痛を覚えた。
 あと、出来れば他人のフリをしたいかもという願望も、少々。
 かといって放置する訳にもいかず、半ば呆れて観念しながら硯はティランを開放してやる。
「何があったんですか、ティランさん」
「こちらへ到着してから、なにやら非常に微妙にずっと落ち着かなかったのだよ。どうにも‥‥既視感とでも表現すればよいのか、そんな奇妙な居心地の悪い感覚があって、故に出来るだけ人目につかぬようにと行動をしていたのである。そうしたら、いつの間にやらよく分からないうちに前後不覚となって、当方が気が付いた時には何故かココにいたのであるよ」
 経緯を説明するティランは、何故か最後に胸を張った。
「それで逆に『不審者』だと思われたんですね、きっと。不審者は秘密裏に、どうのこうのと言っていたと‥‥警備員から聞いています」
「かもしれませんね。あるいは身柄を保護して、迷子を本部へ届けたのか‥‥」
 やれやれとオペレーターが首を横に振り、とりあえず硯はティランの素行を誤解されぬようにフォローっぽいものを入れておく。
「そうですね。ともあれ御手数をお掛け致しました。後の方はお願いします‥‥では」
 案内をしてきたオペレーターはほっとして仕事へ戻りかけるが、ふと足を止めた。
「ああ。あとこれが一緒に届いていたそうなので、お渡ししておきますね」
 ふと思い出して、オペレーターが一通の封書を手渡す。硯が中を確認すればUNKNOWN(ga4276)の署名がされた紙と共に、数枚の書類が入っていた。

「それで、迎えに行っていたのね。お疲れさま、硯。ティランは災難だったわね」
 事の次第を聞いたシャロン・エイヴァリー(ga1843)は笑いながら『保護』した硯をねぎらい、おもむろに赤崎羽矢子(gb2140)が肩を落として嘆息する。
「連絡の一つでもくれたら、拾いに行ったのに」
「お、驚かそうとか、思った訳ではないのだぞっ。かといって、ついつい美味しい匂いに釣られた訳でもなく‥‥!」
「はいはい」
 驚かそうとして、釣られたんだろうなぁと想像しながら、羽矢子はティランの主張に軽く頷いた。
「まぁ、無事で何よりだ。迷子が元でバージョンアップの件が流れる‥‥なんて話だと、困るところだったよ。ところで、ピロシキ食べるか?」
 一部始終を聞いていたリック・オルコット(gc4548)が、お土産代わりにと持参した大量のピロシキをティランへも勧める。
「好意は有難く遠慮なく、いただくのであるっ。そして当方も託された以上、その程度でお流れにしたりはしないのだよ」
「それなら一安心だ。そちらは、プチロフの関係者でもないようだからね」
 受け取ったピロシキを、美味そうにティランは瞬く間に平らげ。物欲しそうな目に、次の一個をひょいひょいと左右に振ってやれば、うずうずと視線がソレを追いかける。
「‥‥ほら」
「感謝なのである〜っ」
 前に置けば、嬉しそうにはむはむと二個目をかじり始め。それをサングラス越しに眺めるリックは、心なしか小動物を餌付けしているような感覚を覚えた。
 ‥‥相手が、もふもふした狐耳付のパーカーなぞ着ているせいかもしれないが。
「相変わらず‥‥」
 そんな様子を眺めながら小さく笑む朧 幸乃(ga3078)だったが、淹れてきた茶をティランに渡す羽矢子の複雑な表情に気付いた。気付いて気にはなったものの、今この場で理由を確かめる事など出来ず。
「腹が減ったら戦にならんってのは分かるが、落ち着いたら本題に入るで」
 引っかかりに幸乃が悩む間にも、肝心の『仕事』を進めようと佐賀繁紀(gc0126)が切り出した。一緒に参加した禍神 滅(gb9271)も、人数分の飲み物をそれとなく用意しながら頷く。
「そうなのであったよ。能力者諸氏の時間は、大変に貴重なものであるからな」
 こくりとティランも同意して、UPC本部の一室へ集まった本来の目的へと話は移った。

●議題
 今回この場へ能力者達が集ったのは、昨年にロールアウトされたプチロフの電子戦KV『PT−058E サヴァー』のヴァージョンアップに関する意見を聴取するためだ。
「では、一人一人の見解を伺う形で良いであろうか?」
「そしたら、早速」
 確認するティランに、待ちかねていた佐賀が口を開く。
「わしは、サヴァーのコンセプトである「硬い」と言う事を前面に出したのがいいと思うな」
 彼が提案した強化すべき性能傾向の希望は「防御」「抵抗」、そして「練力」だ。
「『1分1秒でも戦場に留まる』から『10分10秒でも戦場に留まる』ぐらいになれば、それでいい‥‥といった感じやな。
 後は【可動シールド】の強化と改良か。複数の大型プロトン砲の攻撃でも、耐えられるぐらいであればいいなーという事で」
「なにやら、おっかないのであるな‥‥」
 当然、直接HWが飛び交うような戦場にティランは足を踏み入れた事はなく、案を書き取りながら不安げな顔をする。
「最前線やとな。敵からの集中砲火を受けても、『それがどうした』と言う感じで存在する‥‥と。敵には驚愕を、味方には驚異を与えるKVであると言うのは、面白いと思うけどな。
 後は索敵装備に、偵察用カメラを組み込んでもらいたい。組み込む事で重装甲強行偵察機としても運用する事が出来るし、偵察用カメラを組み込む事で録画も可能になるだろう。後の名称は‥‥単純に、『サヴァーbis』てところやな」
「激戦地区においての、精密機器の搭載であるか‥‥情報は確かに大事ではあるが、バグアが踏んでも壊れぬ機体が前提であれば、精密機器への負荷がネックになると思われるのだよ」
「なんだか‥‥ティランさんが珍しく、真っ当な事を言ってる気がします」
 ふむふむと考えながらペンを走らせるティランに、何となく硯が感心する。
「ま、あくまでも希望。それでも構わんという話だったからな」
「うむ。忌たんのない意見、自由なる発想は、時に不可能を可能にするのだっ」
「では僕も、遠慮なく意見をさせてもらうよ」
 続いて、佐賀と同じ小隊の滅が手を挙げた。

「性能傾向は「防御」「抵抗」、そして「生命」を。機体特殊能力の見直しには【ジャミング中和装置】の強化を頼みたい。出力強化と、後はジャミング源の探知、つまり逆探知が出来るようになれば、いいと思うんだ」
 滅の意見は佐賀と同じく、「硬くて立派で頼れるKV」であるという。
「その為にも、後は【可動シールド】の可動域向上と可動部分の強化‥‥既にある【索敵装備】と連動する形で、【可動シールド】が最適な展開を行うシステムがあれば」
 ひと通りを聞いたティランは、唸りながらゆらゆらと首を左右に動かした。
「それは、どうかといった感であるのだよ。結果としてそのシステムは、搭載されている機体の能力を見直すという一環である故に」
 希望として聞きはするが、要望は機体が持つ能力の見直しの一案として判断する旨、念のためにとティランは断りを入れる。

「そういえば‥‥オペレーターから預かった資料のプランは、どんな感じだ?」
 先の意見を聞いていたリックが興味を持ったのか、ティランの脇に置かれている封筒を指差した。
「UNKNOWN君の意見であるな。えぇと‥‥」
 指摘されたティランは、がさがさとUNKNOWNの署名がある書面を取り出す。
 機体の性能傾向の強化に関する意見は、ない。
 機体が有する特殊能力の見直しへの意見も、特にない。
 そこには『重力波ステルス塗料』のような代物を開発できないのかという要望のみが、記載されていた。
 ファームライドのような光学迷彩ではなく、波形的迷彩。パッシブな重力データ観測的には、存在しない。
 堅牢であると同時に、隠密性があれば。そういう形でのステルス性能を有する事が出来れば、機体としては面白いだろう――というのが、彼の意見だった。
「確かに撃墜されぬ事は、大事ではある故になぁ。ただ、バグアさんちの技術を流用し、転用し、応用する案にあたっては、ソレが実現可能かつ現実的な話なのであるか、残念ながら当方では判断が出来ないのであるよ」
 はてさてとティランは残念そうにしながら、UNKNOWNの意見書を書き取った書類に加える。

「しかしステルスという技術を用いれば、自分が他の人には見えなくなるのであるよな。なんだか、楽しそうなのだ」
「はいはい。コッソリ隠れて変な事したいとか、言い出さないようにね」
 ほわほわと想像で何処かへ旅立ちそうなティランに、先手を打って羽矢子が釘を差した。
「でもステルスなサンタクロースなど、楽しそうだと思うのであるよ!」
「サンタはむしろ、見られる事に意義がある気もするんだけど‥‥子供の夢って意味で」
「ならば、トナカイにステルス!」
「何でそうなるんだか」
 どこかズレつつある二人の会話に、笑いながら硯が間へ入る。
「俺はサヴァー乗りではないですけど、一緒に飛ぶとしたら‥‥っていう意見でも、いいですよね?」
「それは勿論なのである」
 本題へ戻す彼へ、ぶんぶんとティランが首を縦に振った。
「まず性能面ですけど。基本コンセプトをそのまま伸ばす方向で、防御、抵抗、生命の三点の強化を提案します」
 指を折って挙げた硯は、その手をぽむと拝むように合わせる。
「ただ戦場に留まってるだけじゃあ、あまり意味がないので‥‥ジャミング中和の強化を。とはいえ技術的な問題もあるでしょうし、大きな改変はプラン的にも難しいだろうから、単純に効果の出力をアップする強化を目指す形ですね」
「出力の上げ幅という名の可能性が幾らほどあるか、そこの余裕は当方にも分からないのであるが。純粋に拡大効果を求めるのであれば、そう難しくはなさそうな気もするのだよ」
「ええ。そういう機体が一緒に居てくれると助かる人が多いかなって思って、ですね。俺の案は」
 そう締め括った硯は、ちらと傍らのシャロンを見た。
「そうね。サヴァーのバージョンアップ‥‥私は、こんなトコかな?」
 じっと意見を聞いていたシャロンが、続いて口を開く。

「今まで出ている案は性能強化の面で三箇所を挙げているけど、私は「抵抗」のみの一点集中強化を推すわ」
 立てた人差し指をシャロンは左右に振ってみせ、次いで【可動シールド】の強化を提案した。
「バグアの兵器は人間側に比べて、フェザー砲やプロトン砲と知覚系の兵装が豊富で、威力・射程ともに優れている点を指摘、また機体に搭載できるアクセサリでも抵抗は防御と比べて、補強しにくいのよね。
 以上から『防御=抵抗』、もしくは『防御<抵抗』ぐらいまで強化したとしても、装備を整えたサヴァーならバランスが取れると思う」
 後の要望は特にないと提案を締め括りながら、頬杖をついたシャロンは忙しなく動くティランのペンを目で追う。
「複数の大型プロトン砲の攻撃を耐える‥‥とまでは、言わないけれど。HWの砲撃ぐらいなら、ドヤ顔してくれるのを期待したいわね」
 ひと通りを書ききったところを見計らい、そう付け加えて彼女はウインクをした。

「じゃあ、私の方からも‥‥しっかりと意見を出さないと、ね」
 シャロンとティランの表情を見比べてから、幸乃も意見を述べる。
 ティランが『ラスト・ホープ』に来ている。また、会える‥‥そんな思いで足を運んだ幸乃だが、もちろん仕事は仕事だ。
 戦局は宇宙へ移りつつあるが、地上からワームやキメラが一掃された訳ではない。また宇宙用フレームが開発され、地上用の機体が宇宙でも活動可能になった今、サヴァーが果たしてくれる役目は今後も多くの局面で沢山の傭兵を助けてくれるだろう。
 ここで出す自分の意見がそこへ繋がる重さに緊張しながら、幸乃は真剣な表情で言葉を選んだ。
「現在、カテゴリCの中和装置を保有する機体は‥‥骸龍と、サヴァー。前線で留まるサヴァーには‥‥他の方が言うように、耐久性の向上は当然の声、です‥‥」
 でも、と幸乃は言葉を紡ぐ。
 せっかくの機会。同じ意見ばかりだしても開発側も嬉しくないだろうし、そこであえて別の意見を、と。
「まず、【ジャミング中和装置】の強化‥‥。そうなると‥‥おそらく、練力消費が増大するでしょうから‥‥それに併せて、機体の性能での練力スペックの向上を。前線でのサポート強化と、継戦能力の維持・強化を‥‥期待、します」
「確かに打ち落とされぬことも重要ではあるが、長く前線で支援する存在がガス欠になっては大変なのである」
 ふむふむと相槌を打ちながら、幸乃の案をティランはまとめていく。
 その様子を、苦笑しながら羽矢子も眺めていた。
「軍に関わりたがらない癖に、また巻き込まれてるとかね‥‥この『不審者』は」
 呆れながら密かに嘆息するが、彼女の知らぬうちに表情は自然と緩む。
 そんな様子に気付いたのか、顔をあげたティランは何やらわくわくとした視線を羽矢子へ向け。
「おぉ、次は羽矢子の案であるなっ」
「‥‥ほんっとに、どニブ」
 誰にも聞こえない程の小声で、溜め息まじりに羽矢子がぼやいた。

「サヴァーは生存性重視の機体だし、性能を上げるなら「生命」「防御」「抵抗」が妥当ってとこだろうね」
 複雑な心境を一時的に押しやって、気を取り直した羽矢子は機体のデータを再度確認する。
「ただ、ジェレゾでの受けに影響する命中がもう少し欲しいかな。防御は一線級で、生命も低くはないから、抵抗と命中に振った方が『伸びしろ』はあるだろうし‥‥という訳で、推すのは「抵抗」「命中」で」
 それから、と一呼吸を置いてから、数字の列を彼女は指でとんとんと叩きながら辿った。
「特殊能力の方だけど。【可動シールド】の効果が不確実な割に、抵抗の上昇が物足りないんだよね。それに効果が一瞬なのも、集中攻撃されると厳しい気がする」
 数値とにらめっこをした羽矢子が、窺うようにティランへ視線を上げる。
「消費練力を増やす換わりに抵抗の上昇幅をアップさせ、かつ持続時間自体も延ばすってのは出来ないかな? 電子戦機は集中攻撃を受ける事が多いし、その方が生存性と練力効率、つまり可動時間は良くなると思うんだけど」
「ふむ‥‥何度もスイッチを入れたり切ったりするより、ある程度は入れっぱなしにする事で逆に効率を良くする、という感じであるな」
 自分なりにティランが解釈を噛み砕き、話を聞いていたシャロンはくすと笑った。
「なんだか、家電製品か何かみたいね」
「言えてるかな。何でもかんでも、こまめに切ればいいモンじゃない。頻繁にスイッチのオンオフを繰り返して、そのたびに維持するよりも大きな負荷がかかるものに関しては、特に‥‥あとティラン、ごめん!」
 こくりと頷いた羽矢子が、何故か申し訳なさそうな顔で急に謝った。
「へ?」
「バージョンアップした名前までは、考えてこなかったんだ‥‥ちょっと思い付かなくてね。それに、ロシア語は明るくなくて」
「それは、致し方ないのであるよ。むしろ当方としては、機体の性能向上に関するこれらの意見を預けてもらえるだけで、十分に有難いのだ」
 かたや、人類の行く末を背負って最前線に立つ傭兵。
 かたや、キメラ一匹にすら太刀打ちの出来ない非力な一般民間人。
 肩書きもあるが、それでも信用し、彼らの生死を繋ぐ機体の案を託される事は有難いと、『プチロフから委託された代理人の代理役』は礼を告げる。
「まぁ‥‥サヴァーはプチロフ製だから、俺は参加したのだけどね」
 サヴァー乗りと、サヴァーを頼りとする者。それぞれの意見をじっと聞いていたリックは咥えた煙草をつまみ、灰皿へ灰を落とした。

「ところで。最後となってお待たせしたのだが、リック君の案はどのようなものであろうか?」
 腰からぶら下がるアクセサリーの狐尻尾を揺らしながら、わくわくとティランが聞く。彼より年上なはずだが強請る子供のような視線に、もう一度リックは天井へ紫煙を吐いた。煙は室内へ拡散するより先に、排煙用のダクトへ吸い込まれていく。
「まず戦場で長く留まる事優先なら、防御性能関係の上昇は必須だろうね。優先順位としては最初に「抵抗」、次に「防御」で「生命」といったところか。可動盾に関しては、抵抗値のさらなら上昇かね」
「ふむふむ‥‥」
 相槌を打ちながら書き取っていくティランのペンをリックが眺め、追いついたところで話を続けた。
「後は、索敵装置の強化‥‥かな? 距離の延長とか。さっきの話の様子だと、索敵装置に何か別の機能を持たせるってのは難しいだろ?」
「そうであるなぁ‥‥出来る限り諸氏の希望に沿いたいとは、思うところなのであるが。この場で可否の即答が不可能な辺り、もどかしくもあるのだ」
「まぁ、何にせよ。より良い機体になる事を願っているよ」
「受け取る以上、そこは当方も出来る最善を尽くすのである」
 リックが託す言葉に、ティランはこくこくぶんぶんと力いっぱい首を縦に振った。

「以上で、ひと通りの意見聴取を終わりなのだよ。今日は大変助かったのだ、お疲れさまなのである」
 まとめた書類を揃えながらティランが礼を言い、労うようにリックがチタン製スキットルを軽く掲げた。
「まぁ、一応使ってる機体だしね‥‥というか、プチロフ製の機体なら参加しないとね」
「ほほぅ。リック君は、プチロフ贔屓なのであるな」
 何やらわくわくと楽しげに、ティランはウォッカで唇を湿らせるリックを見やる。
「プチロフ製の機体関係にはイロイロ携わってきたからね」
 スキットルの蓋を閉めながら、彼は小さく肩を竦めた。
「‥‥出来るなら、戦後はプチロフで雇って欲しいくらいだ」
「ふぅむ? それも、要望書に併記した方が良いのであるか?」
 冗談か本気かは判別は付かないが、小首を傾げてティランが訊ねる。
「もし推薦してくれるなら、有難いというべきかな。まぁ、無理だろうけど」
 スキットルをポケットに突っ込んだリックはサングラスの位置を整えると、思い出したように土産のピロシキを指差した。
「よかったら、リヌにも届けてくれると。さすがにプチロフへは無理だろうが」
「了解したのであるよ」
 即答に納得したようにリックは頷き、先に退室した佐賀や滅に続いて部屋を後にした。

●行く道のあとさき
「ん〜、デスクワークは肩が凝っちゃうね。お疲れさまっ」
 両手を思いっきり天井へ突き上げて、羽矢子が身体を伸ばす。
「ティランはこの後、時間ある? 大丈夫なら、皆でのんびり過ごそうかなって思ってるんだけど‥‥もちろん、紅茶とお菓子付きでね」
 ウインクをしてシャロンが誘えば、途端にティランの目が子供のように輝いた。
「それは勿論なのであるよ!」
「よかった、久し振りにスコーンを焼いてきたのよね。幸乃や羽矢子もどう?」
 ほっと安堵したシャロンは、残った女性二人へも声をかける。
「え、いいの?」
「‥‥喜んで」
 目を丸くして聞き返す羽矢子に幸乃もこっくりと首を縦に振り、硯がちょっと心配そうな顔をした。
「えぇと‥‥」
「もちろん、硯は最初から数に入れてるわよ?」
 口ごもる彼が切り出すより先にシャロンが笑みを向け、こっそりと硯は胸を撫で下ろす。
「荷物、あるなら俺が持ちますから」
「ふふっ、ありがと」
 気遣う申し出に、遠慮なくシャロンは笑んだ。
「すーはー‥‥よし。この際、はっきりさせとこう‥‥」
 いい機会だと羽矢子は何度か大きく深呼吸し、意を決して場所を移す者達についていく。

「気候も良くなってきてるし、せっかくだから見晴らしのいい場所がいいですよね」
 そんな硯の提案で、一行は能力者向けに開放された休憩用のテラスに足を運んでいた。
「割と空いてるかな。ここでいい?」
 テラスの一角にあるテーブルを羽矢子が確保し、始めて見る光景にわくわくとティランが目を輝かせる。
「眺めのいい場所であるなぁ‥‥感謝なのであるよ」
 その間にも硯はそれとなくシャロンの椅子を引き、彼女が腰を降ろすのに合わせて椅子の位置を整えた。
「あら‥‥ありがとう」
「いえ。あの、実は俺も御持て成しをしようと、お茶とお茶請けを用意したんですよ。こっちは、ちょっと早めの桜をイメージして緑茶と桜餅。そして紅茶とクッキーです」
「和風のもあるの? それは‥‥迷うわね」
 幾らか慣れた手つきでお茶の準備をする硯に、眉根を寄せて真剣にシャロンが思案する。それから、ふと自分が持ってきたものを思い出した。
「スコーンに合わせて、自家製のクロテッドクリームとイチゴジャムを持ってきたわ。硯も遠慮なく、食べてね」
『クロテッドクリーム』とは脂肪分の高い牛乳を弱火で煮詰め、それを一晩おいて表面に固まる脂肪分を集めて作ったものだ。これとジャム、スコーン、紅茶のセットはイギリスではポピュラーなティータイムメニューで、別名『クリームティー』と呼ばれている。
「せっかく硯が用意してくれたから、私はクッキーにしようかな? グリーン・ティも捨てがたいけど、香りが混ざっちゃうしね」
「わかりました」
 礼と希望の確認を兼ねて、にこやかな笑顔で硯が返事をした。
 皆が取りやすいよう大皿に分けてから別の小皿にもクッキーを盛り、自らシャロンの傍らへ置き。
「これは‥‥ちょっと遅めのホワイトデー、です」
「え? えっと‥‥」
 そっと耳元で彼が明かした囁きに、シャロンの頬が赤みを増す。
「‥‥ありがと、硯」
 そして彼にだけ聞こえるよう、言葉を返した。
 そんな小さなやり取りに残る三人は気付かず――あるいは、気付いても心の内でそっと見守り、爽やかな紅茶の香りを楽しむ。
「ふむふむ、実に良い香りであるな」
「‥‥そうです、ね」
 ほわほわと和むティランに、幸乃も目を細めた。
「う〜ん‥‥」
 一方で、何やら羽矢子は微妙な表情をしながら、身に着けた傭兵少尉階級章をぎゅっと隠すように握る。紅茶の香りも味わいも彼女の悩みを晴らしてくれないが、ほぅと息を吐いてから羽矢子はクロテッドクリームとイチゴジャムを塗ったスコーンを一口かじった。
「ん、美味し‥‥」
 カリッと焼けた表面に、中はほんわりと柔らかな食感のスコーン。それにさっぱりとした軽い風味のクリームと、ジャムの甘さや酸味が引き立てあう。
「お茶のお代わり、ありますよ」
「あ、うん。頼んでいいかな」
 ポットを手にした硯に聞かれ、こくりと羽矢子が首を縦に振った。何やら微妙に複雑な空気をまとったままの羽矢子に、幸乃もまた胸の奥が騒ぐ感覚を覚える。
 だがティランはそれに気付かず、ほくほくとお茶とお菓子を楽しんでいた。
「今年の2月や3月は、比較的こちらも平穏であったようであるし。何かと賑わったのではないか」
 毎年バレンタインやホワイトデーはなにかと騒がしい『ラスト・ホープ』だが、今年は大規模な作戦もなく比較的穏やかと言っていい。
「そういえば今年のホワイトデーは、大吟醸を送ってきた人が一番面白かったかな」
「え、そうなんですか?」
 ふっと記憶を辿るシャロンに、目を丸くした硯が思わず聞き返した。
「おかげで私の部屋の冷蔵庫、日本酒の小瓶がズラリなんだもの。料理で使いたいんだけど、日本料理はまだ苦手なのよね」
 悩ましげに、シャロンはスプーンで紅茶をかき混ぜる。
「ふむ。ワインの代わりに使うのは、どうであろうか?」
「それでも、ねぇ」
「ならば、硯君に日本料理の伝授を請うのはどうであろう」
「こ、請うってほど、俺も上手い訳じゃあ‥‥」
「そうそう、硯といえばね。この間の依頼で『竜をも投げ飛ばすシャロンさんでもパンチ一発で吹き飛ばすのは〜』って、真顔で依頼人に言うんだもの、ひどいと思わない?」
「ちょっ、シャロンさぁん!?」
 予想外の話題にあわあわと硯がうろたえ、幸乃や羽矢子もつられて笑った。
「あ、そ、そうだ、ティランさん。ティランさんのプロジェクトは、どうなんです!?」
「むむ?」
 苦し紛れか、話題をそらそうと硯がティランに話を振る。
「いろいろと宇宙技術が飛躍的に伸びてるみたいだけど、ティランさんのとこでは影響でてるのかなと」
「なるほど。それならば成層圏プラットフォームのプロジェクトは宇宙開発とはまた違っており、それ故に問題は特に無いのである。それに現状の大気圏外は交戦状態であり、軍需に関わらぬ民間企業や団体が関われる状態ではないと思うのであるよ」
「それって、つまり‥‥?」
 首を傾げる羽矢子に、まるで息継ぎ代わりな感じで食べていたスコーンをティランが飲み込んだ。
「例えば、仮に通信可能な人工衛星が打ち上がったとしても、民間団体が全て使えるとは限らない。また技術的、地形的理由などで衛星との交信が行えぬ地域も出よう。その為、仮に宇宙への再進出が進んでも、成層圏プラットフォームは必要なのであるよ」
「なるほどね」
 中間の細かい部分はともかく、話の最初と最後を羽矢子は頭の中で繋げて納得した。
「当方としてはむしろ、元は孤児だというリヌ君のところの少年らの方が心配ではある」
「そうなんです?」
 リヌの事も含めて気にかけていた硯が訊ね、シャロンも心配そうな顔で先を待つ。
「既にもう、子供という年齢ではないのもあるのだが。UPCが宇宙進出を果たした今、彼らが宇宙へ向けて飛び立つロケットへの意欲を失わねば良いなぁと‥‥思うのだよ」
「‥‥難しいの、ですね‥‥」
 元孤児という少年らの話に、自身もそうであった幸乃が浮かぬ顔をした。
「でも、きっと大丈夫よ。あの子達はしっかりしてるし、リヌ達もついてるから」
 テーブルの上で祈るように指を組んだシャロンは、静かに青い瞳を伏せる。
 その表情を、じーっと硯は眺め。
「シャロンさん‥‥綺麗、だなぁ‥‥」
「‥‥えっ?」
 ぽろりと彼が口にした言葉に、開いた目を更に真ん丸くするシャロン。
 それに気付いた硯も、あわあわと話題を探し。
「あ、えっと、そういえば、桜の開花も始まったんですよねっ。今度ゆっくり、お花見に行きたいですねー!」
 誤魔化した。力いっぱい、誤魔化した。
「ふふっ、仲が良くて焼けるねぇ」
 からかうように羽矢子が笑い、それからおもむろに立ち上がった。
「羽矢子‥‥?」
「そろそろ、あたしは行くよ」
 問いかけるシャロンの視線に、小さく羽矢子は苦笑を返す。
 言いたい事はあったが‥‥気負ったせいか話に流されたせいか、結局は口にする事は出来なかった。
(考えや身を置く場所が違うし、ティランは軍とは関わりたがらないし‥‥ね)
 いろいろ能力者達とも関わりがあり、縁もそれなりにあり、時にはUPCに協力もするティランだが、あくまでも民間人である事を貫いている。その理由はティランの『実家』であるフリーデン社自体が『技術面でも資金面でも軍には協力せず、関わらない』というスタンスを取っているためだ。
 フリーデン社の現社長は、ティランの兄になる。弟のティランは専属のマイスターという立場はあっても家を継ぐ必要がないせいか、成層圏プラットフォームのプロジェクトを立ち上げた。そこから端を発し、なんだかんだでこうして軍と関わりを持っている。
(あたしは‥‥バグアとの戦いが終われば、正式にUPC軍に入って一般人と能力者の間に立てる様になりたいと考えてるし。きっとそうなれば、あなたの隣に居る事は出来ないよね)
「‥‥言えなかったな」
 ――好き、って。
 テラスの出入り口まで来た羽矢子が、ぽつりと呟きを落とした。
 何を考えてるのか、あるいは何も考えてないのか、いつもどこかふわふわした相手の心は分からず。
 戦いが激しくなれば、そんなのん気な顔にも会えなくなるかもしれないと思うと、羽矢子の足は止まった。
 ぎゅっと拳を握って、くるりと振り返り。
「ティラン、好きだよ!」
 思わず思いの丈を告げれば、見送っていたティランはきょとんとした顔をする。
 それからほにゃりと、緊張感皆無な笑みを浮かべ。
「当方も、羽矢子君らの事が好きなのであるよ〜っ」
 能天気に、ぶんぶんと手を振って応じた。
 ティランの事だから、そこに恋愛感情の意識はなく‥‥純粋に人として「好きか嫌いか」な返事だろう。
「身体に気をつけて、またなのだ〜」
「ほんっとに‥‥」
 子供のようにぱたぱたと大きく手を振る憎みきれない笑顔に、改めて羽矢子は呆れながら再びテラスに背を向けた。
「能力者諸氏は実に多忙であるなぁ‥‥今が正念場と聞く故、致し方ないのであろうが」
 去った羽矢子の秘めた思いに気付かぬまま、見送ったティランは心配そうに紅茶をすする。
「そう、だね‥‥」
 口を挟むのもためらわれ、こっそりと硯は深い息を吐いた。シャロンもまた、どうしたものかと考えるように視線をさ迷わせている。
「‥‥」
 一部始終を見ていた幸乃も、じっとカップの中で揺れる水面を見つめた。
(以前は‥‥彼へのなんらかの好意を自覚して、その上で彼と彼の隣に立つ誰かが幸せであればと‥‥願っていたけれど。けれど、今の私は‥‥)
 思い返せば、彼の事を何も知らないと幸乃は表情を曇らせる。
 自分は、ただの一傭兵だ。それもエミタがなければ、適合者でなければ、こんな所にくることもなかった‥‥ただのスラムの小娘。分不相応、それは当然。
(でも、そこで足を止めていた昔の自分が、今はそっと背中を押してくれるから‥‥)
 伝えた先がどうなるとか、そんな事、なにもわからないけれど。
 気持ちを持つのに、資格はいらないはず。
(‥‥そうだよね?)
 伏せた目を閉じて、大きく息をする。
 もっとも‥‥よほど鈍いのか、羽矢子の告白にも子供のような反応を返したが相手だが
「そろそろ、お開きかしらね。リヌへのお土産もあるし、ヨーロッパ方面の便も限られてるから」
 残念そうにしながら、シャロンが切り出した。
 能力者達が任務に赴く時と違い、要人でもなく、急ぐ用件でもない者達には高速移動艇の使用許可は出ない。それに、頻繁に何度も定期便が出る訳でもない。
「名残惜しいのであるなぁ」
「また何かあったら、いつでも呼んでいいわよ。プロジェクトの手伝いでもいいけど」
 ウインクをするシャロンに、幸乃もこっくりと頷く。
「うむ。諸氏らにそう言ってもらえると、実に頼もしいのである」
「あ、ティランさん‥‥」
 呼び止めた幸乃は、ためらいながらもザッハトルテの箱をティランへ手渡す。
「去年はコルシカ島で、パーカーのお返しにチョコ、渡せたけど‥‥今年はお会いできる機会、なかったから」
 何かのお礼、という口実ではなく‥‥気持ちと一緒に。
「よ、良いのであるか? 何やら、申し訳ないのであるが‥‥皆で有難く頂く事とするのだ」
 もっとも、受け取った側のティランがこんな調子なので、おそらく幸乃の気持ちにも気付いていないだろうが。
「‥‥送ります」
「そうですね。大事な書類もありますし、お土産もいっぱいですから俺が持ちますよ」
「な、なにやら、申し訳ないのであるよっ」
「ティランは気にしないの。私も持つわ、硯」
「じゃあ、書類の方を‥‥」
 なにやら仲良く分担する二人を、ほわほわとティランが見守る。
「いつか大気圏外も落ち着いたならば、どのような光景か教えてほしいものであるなぁ。だから、皆もくれぐれも気をつけるのだ。宇宙は地上と違って息も出来ぬから、大変なのだよ」
「‥‥そう、ですね」
 緊張感は無いが、気遣うティランに幸乃が頷いた。
 その後、三人に空港まで見送られたティランは無事に不審者扱いもされず。
 書類と土産を抱えて航空機に乗り込み、ヨーロッパへの帰路に着いた。