●リプレイ本文
●冬山
「雪の中に、青々とした森‥‥キメラと分かっていても、不気味ですね」
尾根に近付くほど白く凍てつく山脈と、その一部分だけ場違いに広がった不気味な緑に、知らずとリゼット・ランドルフ(
ga5171)は腕をさすった。
「寒いですか?」
「いえ、大丈夫です。コールさんの話では、山の上まで行かないようですしね」
仕草をみて気遣うフォル=アヴィン(
ga6258)に、ふるりとリゼットは金の髪を左右に揺らす。
「コールさんもお久しぶりですね。宜しくお願いします」
「そちらも生きていて何よりだ。また面倒をかける事になるが、頼む」
挨拶代わりの視線を軽くかわし、コール・ウォーロックは一見すると何の変哲もない小型の鞄を鏑木 硯(
ga0280)へ渡した。
「内部が不明っていうのがちょっと心配ですけど、できる限りの事はやってきますね」
中身のハードケースをちらと確認し、注意深く硯は肩に下げる。
「ああ、無理をしないようにな。撤退のタイミングは、中に入るそっちに任せるが‥‥」
「でもこれが成功すれば、南フランスの治安もいくらか良くなるわよね。それにイブン達の無茶も、『お手柄』になるかしら?」
意味深にシャロン・エイヴァリー(
ga1843)がウインクし、少し困ったような表情をコールが返した。
「勝手に飛び出して心配をかけたのは、また別の話だがな」
「まだ子供だから‥‥って感じの歳でも、ないわね。それにしてもまた、あの森キメラ‥‥そして、キメラ・プラント‥‥?」
ふっと重ねた年月を覚えながらケイ・リヒャルト(
ga0598)は不穏な気配しかない状況と言葉を繰り返し、ほっそりとした身体を抱くように両腕を組んだ。
「元凶は其処(そこ)に在るのかしら。それならばリヌ達の住む街の為にも、あたしは全力を尽くすのみ‥‥」
待っていて、リヌ‥‥ブラッスリで待機している友人へ、ケイは胸の奥で呼びかける。
「いろいろと、複雑な事情がありそう‥‥ですね」
話の流れを見守っていた御法川 沙雪華(
gb5322)が呟けば、苦笑しながら赤崎羽矢子(
gb2140)はぽしぽしと鼻の頭を軽く掻いた。
「なんだか、そうみたいだね。能力者でもそうでなくても、みんな思うところがあって。守りたい人がいて、命を張ってる‥‥ってトコかな」
「ええ。判ります‥‥」
沙雪華が頷けば、艶やかな黒髪が肩からさらりと流れ落ちる。
「どのような風景や町にも、そこに住む人々がいて‥‥それぞれの生活を、送っています。だから、私は私にしかできないことを‥‥人々と、その暮らしを。この風景を、守りたい。そう思います」
「そうだね」
同じ気持ちだと羽矢子も沙雪華へ笑んで、地平線まで広がる畑や森、遠くに望む村や町へ目を向けた。
「街が呑み込まれるような、そんなキメラを作り出すようなプラント。ほっとく訳にはいかない」
二人の会話を耳にしたロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)も、そんな羽矢子を倣うように無言で冬の景色へ目をやった。
「まだ駆け出しの身で、普通のキメラ相手でも、一人では満足に戦えませんが‥‥それでも、私は能力者です。キメラと戦う事ができる力を、授かったのです‥‥一人では敵わずとも、頼れる仲間がいます」
指を組み、ほぅと白い息を吐いた沙雪華は二人を見やる。
「どうか‥‥よろしく、お願いします」
「こっちこそ。しかし、相手の姿が見えないのも薄気味悪いね。バグアなんて頼まれてもないのに顔見せてくるのが多いのに。そういうの倒して、全部終わりなら楽なんだけど」
苦笑する羽矢子に、ロゼアは二人の顔を見比べた。
「そういえば、お二人とも内部へ突入されるのでしたね‥‥お気をつけて‥‥」
「ありがと。外の守りは、任せたよ」
明るく羽矢子から託され、ロゼアも頷き返す。
「準備OK。じゃあいつも通り、張り切っていきましょう!」
元気よく声をかけたシャロンが、『ブクリエ』の用意した車へ乗り込んだ。
「慎重に行きましょうか」
「ええ。久々の生身での任務ですが‥‥ま、出来る限りのことを、ですかね。リゼットさん、フォロー宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、頼りにしていますから」
改まるフォルに、リゼットも笑みを返す。
能力者は麓に残るコール達と別れ、ピレネー山脈の緑を目指した。
●突入
‥‥アーァァ‥‥ヒァヒッーキィ‥‥。
中心部より奇怪な声を発しながら、メリメリと音を立てて『森』自体が丸ごと軋んだ。
地に根付いていない木の根は、踏み入った者ごとを飲み込もうと蠢き。蛇の様に動くそれをパリィングダガーでフォルが受け流し、リゼットの獅子牡丹が斬り飛ばす。
「『森』の中心付近にある、人型の核を狙って。まさかと思うけど、施設ごと『たたまれる』とかゴメンだしね」
以前に相手をしたシャロンがアドバイスを残し、うねる根を飛び越えて地下への入り口に走った。その後に沙雪華とケイが続き、羽矢子が後方をカバーする。
「森全体がキメラ‥‥というのも、広大なものですね」
聞いてはいたが、目の当たりにした不気味さに沙雪華が眉根を寄せた。
「一個の個体ではなく、数体が集まっていると思うけど。それでも単体で、最大規模が約5kmのものも確認されているわ」
「それ、砂漠のど真ん中にでも、放り出してやりたいよね」
ケイの説明に、ぞっとしながらも羽矢子は軽口を飛ばす。事前に聞いたコールの話では、以前にカルカッソンヌへ現れた翼竜キメラの行方についてUPC仏軍が追跡、情報を集めた結果、羽矢子らが現在いる近辺に潜伏場所が絞られたという。
「見つけたわ!」
シャロンの声が、彼女らの注意を引き戻す。
目指す核‥‥逆さまに吊るされた者のようなソレが、蔓(つる)を思わせる髪を騒がせていた。
枯れた枝や根を粉砕しながら、翼竜キメラが空より降下する。
「侵入する、A班の方へ‥‥向かっています‥‥っ」
周囲を警戒していたロゼアがいち早く気付き、SMG「ターミネーター」が火を吹いた。
翼竜の翼は見た目より硬質なのか、核を潰されて枯死する森キメラの『残骸』を物ともせず。
「くっ、行かせません!」
ロゼアの警告にリゼットも小銃「クリムゾンローズ」で応戦する。
吹き飛ばされた木片が銃弾に砕かれ、飛び散った。
交錯する銃声と破壊音との狭間で、A班からの連絡を伝える無線機にフォルが気付く。
「入り口を確保したようです。鏑木さん、ここは任せて行って下さい!」
「ですが、翼竜が‥‥」
別の場所にもキメラがいるのか、木が裂けるバキバキという音が聞こえてきた。数体のキメラ相手に手を焼く仲間ではないものの、何があるか分からない‥‥だが。
「退路の確保なら、御心配なく。ちゃんと掃除しておきますから」
「それに、硯さんの足なら‥‥キメラより、早いです‥‥」
リゼットとロゼアからも促され、硯は託して頷いた。
「お願いします。皆さんも気をつけて」
森キメラの根が覆い隠していた四角い縦穴の一辺は1.5m程度で、打ち込まれて固定された簡易の梯子が地下へと伸びていた。
穴の底は陽の光も届かず、ランタンを提げた沙雪華が停止したリフトに足を下ろす。
光の輪に見出した扉を開ければ、中からカビ臭い腐敗した空気が流れ出し、無機質な廊下を蛍光灯が照らしていた。
「‥‥動力、生きて‥‥ますね」
「助かるけど、プラントの管理者がいるかもしれないわ。気をつけて」
確かめる沙雪華にケイがアラスカ454に装填した弾丸をチェックし、シリンダーを戻す。
全員が無事に降りると、五人は人気のない通路を駆け出した。
状況は面倒だが、やる事はシンプルだ。キメラや強化人間と遭遇すれば、排除する。白いカプセルや装置類は発見次第、破壊する。記憶装置や書類など、紙や磁気、シリコンデバイスといった媒体を問わず、情報を記録していそうな物は持ち帰る。
侵入した五人は、それらを速やかに実行し始めた。
「ハンマーが欲しいところだけど。皆どいて、せーの!!」
警告したシャロンは金髪を翻し、青白い放電の光を帯びた手が握る戦斧「デルフィニウム」をガラス製の培養機に叩きつけた。
ひと息で派手にガラス管が割れ、培養液と共に形のない肉塊が床へ流れ落ち、ぐずぐずと崩れていく。派手な破壊音を聞きながら沙雪華は資料を探し、羽矢子はレンズの向こうに誰がいるのか分からない監視カメラへエナジーガンをぶち込んだ。
警備用に放たれたか、それとも壊れたカプセルから溢れたのか。時おり十数匹のキメララットやマグナムキャットのような動物型キメラが襲ってくるも、ケイが弾丸で沈黙させる。
そして重要と思われる施設には硯が持ち込んだプラスチック爆弾を設置し、再利用が出来ぬよう破壊した。爆弾に部屋全体を吹き飛ばす威力はなく、要所を確実に破壊できるよう、コールに頼んで指向性を高める方向へ特別に調整したものだ。
「ここにいたバグアは、ダイエットでもしていたのかしら」
「ダイエット‥‥?」
冗談めかすシャロンの言葉に、沙雪華が首を傾げる。
「食料品のパッケージみたいなゴミとか、保存食そのものがほとんどないでしょ。食料品のゴミがあれば、調達場所や製造月日で時期がわかるのに」
「確かに‥‥」
一理あった。兵器といえどキメラも生物、何かを食べなければ餓死する。
「この施設が廃棄されたものなら、残されたキメラ同士で共食いとかしてるのかな」
憐れみを覚え、羽矢子が眉をひそめた。同情は出来ないが、弄ばれた命は哀しい存在だ。
それを止める為、能力者達は施設を破壊しながら奥を目指す。
●遺物
轟音が、静寂を打ち破る。
「何でしょう‥‥ここ」
残り少なくなった閉鎖扉を破り、中を窺う沙雪華の唇が知らずと言葉を零す。
無機質な施設の中で、そこだけ明らかに特異だった。
広くない空間に白いカプセルが一つ、囲む機器類とケーブルによって連結されている。断続的な信号音がそれらの間から聞こえ、桁数の多いデジタル数字のタイマーが刻々と表示を変えていた。
「えぇと、1、10、100、1000‥‥な、ななおく、ななせんまん‥‥!?」
タイマーの桁を数えた硯が、素っ頓狂な声をあげる。
777542379‥‥そう表示されたデジタル数字は、桁に呆れて見つめる間も猛烈な勢いで減っていた。億にあたる桁の左にもパネルがある事から、最初は『兆』に届く数字だったのかもしれない。
「何かのカウントダウン、でしょうか」
「自爆までの秒読みなら、ぞっとするわね。今すぐ0になる桁ではないけど」
硯が唸り、改めてシャロンは再び部屋の中をぐるりと見回した。
この部屋には明らかに他の部屋と違った、何らかの『目的』が存在する。
「こっちには、何か文字が刻まれてるよ‥‥えぇと、J、e、a、n、D、u‥‥」
白いカプセルの傍らにある、はめ込み式のプレートに気付いた羽矢子が一文字ずつ読み上げ、聞いていた沙雪華は、その意味に首を捻った。
「何かのコードか‥‥名称、でしょうか?」
「ドイツ語ではなさそうね。他に可能性があるとしたら、順当に英語かフランス語‥‥」
腕組みをしてケイが思案する間も、鞄から硯はプラスチック爆弾を取り出す。
「何かは分かりませんが、動いたり何かあったりする前に破壊した方がいいかもしれません。資料だけ集めて‥‥」
「Jean、ジーン‥‥? フランス語なら、どこかで‥‥」
綴りを確かめたシャロンは、はっと何かに気付き。
「待って‥‥待って、硯。待って待ってッ!」
慌てて硯に駆け寄ると、爆弾を設置しようとする手を掴んで止めた。
「シ、シャロンさん!?」
思わぬ距離にドキドキしながら硯が聞き返せば、彼の瞳を覗き込むようにシャロンが真剣な眼差しを向ける。
「【Jean Dupont】、ジャン・デュポンよ! フランスで言う身元不明の死亡人、名もなきジョン・ドウ!」
「そういえば、聞き覚えが‥‥」
記憶の欠片に引っかかったような硯の反応を見て、大きくシャロンが金の髪を揺らした。
「以前に行ったバニュルス・シェル・メールを覚えてる? コリウールの沖に白いカプセルが沈んでるって、無名でリークされた情報の発信源の町。その町から何度もプレジャーボートで海へ出ていた男が、マリーナと契約する時にサインした名前なのよ」
「ええ‥‥確か、そんな名前だったわ。シャロンとリヌの二人で、調べたのよね」
続いてケイも思い出し、なにやら心当たりのあるらしい3人の反応に羽矢子は沙雪華と顔を見合わせる。
「つまり、どういう事? これらの装置とシャロンが言うジャン・デュポンとかいう奴が、何か関係してるって?」
「そういう事に‥‥なりますね。誰、なのでしょう‥‥?」
「誰かは私達も分からないわ。その時には、コートと帽子が見つかっただけ‥‥でももしかすると、この中にジャン・デュポンがいるのかもしれない」
ちらと視線を投げるケイに、カプセルを見つめていたシャロンもゆっくりと頷く。
7億7千万から休みなく高速で減っていくカウンターと、不規則なリズムで途切れ途切れに細々と発信されている信号と。それらを硯は写真に撮り、爆弾を設置する。
「施設を作った者の他の拠点や、手がかりがあるといいんだけど」
その間に、羽矢子が資料や記録装置のようなものがないか机や棚を探し。
沙雪華は信号を発信、あるいは受信している装置がないか、殺風景な部屋に隠し部屋がないか探した。
「タイマーと信号以外は‥‥他の部屋と、変わらないようですね‥‥」
「装置自体はまだ生きているけど、やっぱり廃棄されたのかしら」
自分の身長より大きな白いカプセルをケイが見上げ、その傍らに立ったシャロンは思案してからプレートに指をかけて外す。
「爆弾の設置、終わりました。行きましょう」
準備を終えた硯がカメラを仕舞い、仲間達へ合図を送った。
「時間ですね」
フォルが時計を確認し、『縦穴』をリゼットは青い瞳で見守る。侵入した時とは逆に梯子を登ってくるのか、それとも昇降装置が穴の終着点に存在するのか。
「‥‥」
倒したキメラを踏み越えたロゼアは新たなキメラが現れないか注意を払い、キメラが縦穴から飛び出しても対応できるよう銃を構えた。
やがて地の底から唸るモーター音が聞こえ、三人の間に緊張が走る。間もなくリフトがせり上がり、『戦果』を手にした五人の姿に安堵の表情を浮かべた。
「終わりましたか」
「出来るだけの事はしたわ。そちらも皆、無事ね」
訊ねるリゼットにケイが答え、ほっとする。
「急ぎましょう。日が暮れる前に撤退した方が安全です」
「そうだね」
先に立って促すフォルに羽矢子も同意し、シャロンは停止したリフトを振り返ってから仲間の後を追った。
暗い空間に、赤い非常灯がちかちかと緩く明滅する。
崩れた瓦礫の下、鈍い打撃音が何度も繰り返され、変形した白いカプセルの蓋が吹き飛んだ。
重い音と共に蓋が落ち、内部から這い出した人の形を、明滅を繰り返す非常灯は崩壊した暗闇に何度も浮かび上がらせていた。