タイトル:残す形、残される思いマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/05 22:39

●オープニング本文


●一つの提案
 フランス南部の街。カルカッソンヌ郊外に位置するブラッスリの前には、のどかな風景と馴染まぬ黒塗りの車が止まっている。
「先日、カルカッソンヌに現われた『翼竜キメラ』だが。軍の追跡調査でピレネー山脈の東側、特に北東付近の山腹に潜伏しているとの結論が出た」
 カウンターに座ったUPC仏軍のレナルド・ヴェンデル大佐はコーヒーカップより立ち上る香りを確かめ、世間話でもするような口調で明かした。
 友人にコーヒーを出したブラッスリの主人――コール・ウォーロックは煙草を取り、吸い込んだ紫煙を天井へ向けて吐く。
「キメララットに、森のようなキメラが出たり‥‥前々から、胡散臭い事が多い地区だな」
「ああ。だがアフリカを押さえる兼ね合いと今後の作戦を考えれば、確証のないまま戦力は投入できない。そこで、『ブクリエ』に協力を頼みたい」
「調査、か。上の方じゃあ、バグア本星攻略の話も具体化し始めているらしいな」
 宇宙用KVの開発や、大型慣性装置の駆動によるカンパネラ学園の宇宙ステーション化‥‥バグア脅威の象徴の一つでもあったブライトン博士を退けたUPCでは、遂に本星へと攻め上がる計画が現実となり始めていた。
 1990年、空に突如として赤い星が現われ。1999年、ヘルメットワームが空にひしめいた時に覚えた絶望感は、今でも鮮明に思い出す事が出来る。
 なんのジョークだ、ハリウッドの映画撮影なのか。これが審判の時か、人は滅びるしかないのか、と。
 一様に天を仰いだ友人や仲間の間で、茫然とかわされた会話。
 それ以来、人類に空は閉ざされた‥‥だが。
「‥‥20年、か」
「そう思うと、歳をとったものだな。だが俺達が生きている間に片を付けられるのは、実に喜ばしい」
 ぽつと呟きを落としたコールに、カップを傾けるヴェンデルが苦く笑う。その苦い表情は、コーヒーの味によるものではないだろう。
「そうだ、忘れぬうちに頼まれた書類を渡しておこう。養子縁組‥‥ようやく、あの子達を引き取る気になったのか」
「とうに成人年齢に達しているのもいるし、彼らは納得しないかもしれんがな」
「まだ、当人達に説明していないのか」
 呆れた風なヴェンデルに、咥え煙草のコールはおどけた風に両手を広げる。
「タイミングをはかりかねてるだけだ。説明する時間がどれだけ残ってるか、わからないのもあってな。ただ、いきなり俺がいなくなっても、困らないようにはしてやりたくてな」
「‥‥もう一つ、その糞ったれたエミタの点検時期がきてるだろう。待っていてやるから、俺と一緒にトゥールーズまで来い。早く終わるよう手配してやる」
 病院を嫌がる子供へ言い聞かせるようにヴェンデルはむっすり渋い顔で腕組みをし、大きく肩を落としたコールが嘆息した。
「『ブクリエ』のメンバーに、調査の指示をしてからな」

●孤児らの戸惑い
「養子って‥‥もしかして、俺らの事かな」
 二階への階段では、声を潜めたエリコがニコラへ振り返る。
 自転車で街から戻ってみれば、時おりブラッスリに来るコールの友人が使う車が止まっていて。裏手からこっそりと中に入れば、何やら『仕事』の話をしていたのだが‥‥話の終わりに出た言葉が、二人の足を止めさせた。
「イヴンやミシェルが帰ってから、話してみよう」
 声を潜めた二人は、フロアのコール達に気付かれぬよう階段をそっと上がる。
 そして地元の有志で構成される反バグアの支援組織、『ブクリエ』のメンバーと周辺警備に出た友人の帰りを待った。

 最年長でリーダー格のイヴン、気が強く粗暴な行動の多いミシェル、面倒見がいいニコラ、以前に足を折って能力者に助けられたリック、最年少の気弱なエリコ。
 スペインの小村で育った孤児の少年五人は、前線の北上に合わせてフランスへ脱出し、紆余曲折を経て今はコールとブラッスリで暮らしている。
 ロケットを作りたいという夢はあったが学力の問題もあり、一時期はコールの縁者として『ラスト・ホープ』で暮らしていたが、先にあった『アフリカ奪還作戦(AC)』での避難指示によりフランスへ戻ってきた。
 少年‥‥といっても、『年長組』になるイヴンとミシェルは20歳前後。既に自分の道を考えられる歳だが、スペインにいた頃から五人と親しいリヌ・カナートやコールの勧めもあって、今も一応は勉強を続けている。
 続けながらも、イヴンとミシェルは『ブクリエ』の活動を手伝うなど、自分達の生きる先を彼らなりに模索していた。

 夜になって『ブクリエ』のメンバーが警備の見回りから戻り、ピレネー方面を巡回する打ち合わせを行った。それに同席した年長組が戻ってくると、ニコラとエリコが話をする。
「養子‥‥?」
「なんで急に、そんな事?」
 予想していなかったのか、当然の如くイヴンもミシェルも二人を問い詰めた。
「時間がどれだけ残ってるか分からないとか、いきなりいなくなっても大丈夫なようにとか‥‥言ってた、けど」
「なんだよ、ソレ」
「もしかして、コールも宇宙に行っちゃうのかな? 能力者の人って、いつも‥‥一番危ない場所に行くみたいだから」
 不機嫌さを顕わにするミシェルに、横からリックがフォローする。
「ブラッスリを放り出して、かよ?」
「でもコルシカじゃあ未帰還になった事もあったし、一応はコールも軍人みたいだしさ」
「今はコールが話してくれるのを待つのが、いいと思う。『ラスト・ホープ』に行く時じゃなく、今になって養子を考えてるんなら‥‥コールも、俺らに思うところがあるんだろうしさ」
 言い合う二人の間にイヴンが入り、ひとまずその場を治めた。だが不満げなミシェルは彼に目配せをし、年長の二人は部屋を出る。
「なんていうか‥‥ミシェルって、相変わらずだよな」
「分からないでもないけどさ。コールもリヌも俺らを引き取らない形で、ずっとやってきたんだし」
 不満そうなリックを、仲の良いニコラがなだめた。
「今だって、家族みたいなもんだよ。今更‥‥養子になるとかならないとか、別に気にしないけどなぁ」
 心配顔のエリコは、兄弟同然の友人達の間でおろおろする。
 そこへ、イヴンが扉を開けて顔を出し。
「ミシェルと俺で、少し出てくるよ」
「こんな時間に、どこ行くんだ。コールはトゥールーズに行っちゃって、留守だろ?」
「ピレネーの方でバグアの怪しい動きがあるらしいから、先に二人で様子を見てくるよ。お前らは、留守番な」
「なんで!」
「夕方には帰ってくるから、コールにもリヌにも内緒な。戸締り、しっかりしとけよ?」
 そう言い残して、イヴンは扉を閉めた。

 だが翌日、言い残した時間になっても二人は戻ってこず。
 三人はカルカッソンヌにいるリヌへ、連絡を取った。
「何で止めなかったんだい! もう少し早く、連絡をくれれば‥‥」
 知らせを受けたリヌは、唇を噛み。
 ピレネーの警戒地区へ向かった少年達を保護するため、UPCへ助力を求めた。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD

●リプレイ本文

●思いと迷い
「探すのは、先日送り届けた少年達ね?」
 一番大きなテーブルに広げた、ピレネー山脈を含む南仏の地図。そこに置かれた2個のマーカー――現状の位置と、捜索範囲を確かめたケイ・リヒャルト(ga0598)は緑の視線をテーブル越しの相手へ向けた。
「ああ、その年長組2人だよ。全く」
 煙草のフィルターを噛み千切りそうなリヌ・カナートは、短い髪を乱暴に掻く。
「大丈夫ですよ。なんとしても、無事に連れて帰ってきますから」
 地図を囲んだ鏑木 硯(ga0280)も真剣な表情で約束し、ふと探索範囲とは逆方向の西側を指で辿った。
「あれから‥‥3年以上、経ったんですね。リックを探しに行った時は雨に降られちゃったけど、今度は荒れないといいなぁ」
 最新の予報は晴天だが、山の天候は変わりやすい。万が一を考え、何か持っていく物をとブラッスリのキッチンへ足を運べば、階段で残った年少組と話しをするシャロン・エイヴァリー(ga1843)の声が聞こえてきた。
「浮かない顔ね。大丈夫、イヴン達は必ず連れて帰ってくるから」
 ニコラとリック、そしてエリコの顔をそれぞれ覗き込み、消沈する3人を励ます。
「でもあの2人が、こんな心配をかけるような事をするって‥‥何かあったの?」
 迷うように顔を見合わせる3人の耳に、優しい音色が届いた。少しでも不安を和らげようとする気遣いか、窓辺で朧 幸乃(ga3078)がそっとフルートを奏でている。
「俺らも‥‥コールから直接は、聞いてないけど」
 うな垂れるニコラがぽつと養子話を口にし、耳を傾けていたシャロンは彼らの肩を軽く叩いた。
「それが本当なら、きっとコールさんには必要な事なのよ」
「でもさ‥‥」
「確かに今更かもしれないけど‥‥踏ん切りが着かない事もあるわ。家族みたいなもの、と思っていてもね。口に出すには、躊躇いが残るっていうか」
 そうやってきた関係を、一歩進めようとしたんじゃないかと‥‥シャロンは自分の考えを明かす。
「私も、戦争が終わるまで待たせちゃってる側だから‥‥ね」
 階段に腰掛けた彼女は膝の上で指を組み、天井を仰いだ。
「それってアレ? 式には呼んでくれるとか」
「待ちなさい。勝手に話を飛ばさないの!」
 小声のリックに、シャロンは口を尖らせ。
「とにかくっ。私達に任せて、どんと構えてなさい」
 少し明るさを取り戻した3人へ、胸をトンと叩く。
 黙って硯はキッチンから出ると、問う視線の比良坂 和泉(ga6549)に頷いた。
「落ち着いたみたいです」
「そうですか」
 答えに、ひとまず和泉も安堵する。兄弟同然に育った間柄なら、残された側も心配だろう。
「現状は、把握できましたし‥‥行動に移りましょうか」
「俺は、ここに残ってバックアップを行いますよ‥‥」
 ぐぃとレザーハンチングを被った和泉が立ち上がり、椅子に座った終夜・無月(ga3084)は地図を見ていた。
「そうだね。その身体じゃあ、その方がいい」
 バンッと力いっぱいリヌに背を叩かれ、反射的に無月は顔をしかめる。
「どう誤魔化しても、苦手な匂いは気になるモンだ。例えば、消毒薬とかね」
「まぁ‥‥皆と共に行くと足手纏いでしょうから、俺の出来る事で力になります‥‥。車両などは‥‥足りてるんですか?」
「足らなきゃ出すさ。コールは不在だけど、その程度の融通なら問題ない」
 無月の問いに返事をし、リヌは煙草を灰皿へ押し付けた。
「ピレネーへ向かった2人が無線を持っているなら、その周波数は‥‥コールさんが知って‥‥?」
「それは問題ないよ。問題はあんた達のKVに積んであるような、『お高いモノ』じゃないってトコか。とりあえず」
 車の鍵を取ったリヌは、年少組へ目を向ける。
「留守番の3人が抜け出して無茶をしないよう、せいぜい目を離せない『重傷人』を演じといておくれ」
「‥‥わかりました」
 正に先の依頼で傷が完治しきらぬ『重傷人』の無月が苦笑い、6人はブラッスリを出た。
「ついてくるの、リヌ?」
 心配顔のケイへ、ジャンク屋はカラリと笑う。
「捜索には同行しないよ。個人が携帯するレベルの無線機じゃあ、山からここまで無線は届かない。幸い『留守番』も来てくれた事だし、麓で『中継役』をやるさ」
「そう。早く見付けなきゃ、ね。どうか無事で居て‥‥」
 指を組んでケイが祈り、シャロンも南の空を見つめ。
「何を相手にしてでも、絶対に連れ帰るわ。見つけたら、手加減抜きで抱き締めてやるんだから‥‥!」
「何であれ、お二人を見つけない事には始まりませんか。それにしても、無茶な真似ですけど‥‥」
 気がかりなのか、和泉が小さな溜め息を落とした。
「養子話が原因、なのでしょうか?」
「戦局が進む中で、戦争に翻弄されて‥‥皆さん、色々と思うところもあるんでしょうね‥‥なんであれ、家族は素敵なもの‥‥」
 静かに幸乃は目を閉じ、何度か顔を合わせた少年達の記憶を辿る。
「孤児にだって、家族を作って幸せになる権利はあるはずだもの‥‥ね」
 幸乃の言葉に、和泉もまた小さく頷いた。

●痕跡を探して
「警戒区域、ですか」
 広がる山の風景に、双眼鏡を和泉が覗き込んだ。
 麓にリヌを残した2台の車は別方面に分かれ、少年達を探す場所の手がかりを探す。
「以前から、ピレネー山脈の北側はたまにキメラが出るんですよね。それと先日、カルカッソンヌが植物型キメラに襲われた時に目撃された、翼竜のようなキメラが‥‥この付近まで追跡したものの、見失ったとか」
「それで、警戒区域なんですね」
 簡単な硯の説明に、何気なく和泉は空を仰いだ。
 多少の雲は出ているが、晴れた空を横切る翼はなかった‥‥鳥も、キメラも。
「性格的に、二人は何か目印とか残しそうなタイプです?」
 詳しそうな様子に和泉は疑問を投げ、無線機で応答を求めていた硯が記憶を辿る。
「どうかな‥‥山歩きなんかは、慣れてないかも?」
「だとしたら、あまり無理はしそうにないですね。残った三人にも、帰ると言ったそうですから」
「でも、なんでこんなに無茶するかな‥‥気持ちは解らなくもないけど」
 複雑な心境でぼやく硯に、つられて和泉も苦笑する。
「とにかく、バグアの施設を見つけるつもりで動いていけば、2人の動きを追えるんじゃないかな」
「彼らも、それを探しに来た筈です。まず二人の車を探すのも、いいかもしれません」
 硯の見方に同意し、和泉も再び捜索に戻った。
 手がかりが見つからなければ別班と合流し、捜索範囲を変更する。
 捜索にかけられる時間は限られていて、五人は連絡を取り合いながら警戒区域を少しずつ潰していった。

「随分と、静か‥‥」
 車を降りたケイは、山の風景に微妙な違和感を覚えていた。
 一番近い村からもそれなりに離れているため、家畜の鳴き声や車の音なども届かない。
 梢を揺らす風はなく、鳥のさえずりも聞こえてこなかった。
「キメラがいる影響かしら?」
「そうかもしれないわね。でも目的はあくまでイヴン、ミシェルの保護。忘れないで」
「大丈夫よ、シャロン。忘れてないわ」
 少年達の前では明るく振る舞っていたが、やはり心配なのだろう。少し緊張した表情のシャロンに、ケイがウインクしてみせる。
「でも例の翼竜とバグア施設は、気になるわね」
「以前の『森』のような‥‥自然に見えるキメラや罠も考えられます‥‥」
 ケイに続いて幸乃も、一見すると何の変哲もない光景を注意深く見回した。
「それにしても、無線‥‥ノイズが多いですね‥‥」
「連絡、取れないの?」
「リヌさんから教えてもらった、ブクリエの連絡用周波数にも合わせてますが‥‥近くにバグアの施設がある影響、でしょうか‥‥」
「かもしれないわね」
 重く答えたシャロンは、「どうする?」と視線で二人へ問う。
「一度、戻るのがいいと思います‥‥一方的ですが別班にもその旨を伝えて、合流を‥‥」
「何か、手がかりを掴んだかもしれないものね。向こうからこちらへ、連絡がつけられないだけで」
 仲間に異論がない事を確認すると幸乃はパーカーのフードを深く被り直し、両脇のもふもふしたうさ耳が前へ垂れた。そうして服で隠した肌‥‥左手から左の頬へと、緑の光を放つ紋様が現われ。超機械「ミスティックT」を装着して佇むエレクトロリンカーは、じっと意識を凝らす。
 待つ間もケイとシャロンは不意の襲撃がないか周囲を警戒し、やがて幸乃は顔を上げた。
「終わりました‥‥」
「OK。一度、引きましょう」
 構えていた小銃「ルナ」をケイが下ろし、三人は車へと引き返す。

「通信障害、下山、合流‥‥?」
 言葉ではなく直接エミタが伝えてくる短い単語に、戸惑う和泉が眉根を寄せた。
「どうかしました?」
「いえ。幸乃さんから、『情報伝達』のようです‥‥」
 気遣う硯に和泉は軽く頭を振ってから、その内容を改めて伝える。
「確かにシャロンさん達三人と無線が繋がりませんし、何かあったのかもしれませんね」
 コンタクトが出来たという事は、だいたい3km以内という比較的近い位置に彼女達がいる計算だ。互いの距離が2km以上ならハンディ無線機の通信範囲からも外れてしまうが、警戒区域へ踏み込むにあたり、事前に通信が出来る事は確認している。
「じゃあ、戻りましょうか」
 車へ引き返すべく和泉が歩き始めたその時、視界の片隅でチラと何かが光を反射した。疑問に思った彼は足を止め、そのままの姿勢で一歩二歩と後退する。
「‥‥硯さん!」
 名を呼ばれた硯が振り返れば、双眼鏡を手にした和泉が腕をぐるぐる回していた。
 まばらな木々や岩の間を抜けて駆け寄れば、和泉は頂上側にある岩場の一角‥‥道から少し外れた、大き目の岩が目立つ付近を指差す。
「少し遠いですけど。あれって、車じゃないです?」
「‥‥ホントだ」
 急いで遠く離れた岩場へ駆けつけてみれば、大きな岩の陰に一台のジープが木の枝でカモフラージュされていた。

●警戒区域
「車に異常はないですね。凹んでもないし、パンクもしていない。乗り捨てたんじゃなく、ここへ隠したんです」
 木の枝を取り払い、ざっと車の状態を確認した和泉が顔を上げる。
「でも、ここからどこへ行ったのかしら?」
 足跡や草の新しい踏み痕など人が通った跡がないか、注意深くケイが地面を観察した。
「血痕などは、ありませんでしたし‥‥ここでキメラに襲われたり、連れ去られたという可能性は低そうですね‥‥」
「あの2人は賢いし、危険の判断も出来る‥‥きっと無事よ」
 ひとまず胸を撫で下ろす幸乃に、ぎゅっとシャロンは拳を握る。
 覆う枝を元に戻すと電波障害の起きている方角へ向けて、五人は捜索にかかった。やがて近くにいる者同士の無線機ですらノイズが多くなり、顔を見合わせた一行は二手に分かれる。互いの連絡にはシグナルミラーなどを使い、無線の使用は控え、岩陰や木の生い茂っている辺りを重点的に捜索した。
 身を隠しながら慎重に進む者達の上を、サッと影が過ぎる。
 日暮れが迫る空を仰げば、一匹の翼竜キメラが上空を旋回していた。
 地上を進む『侵入者』に気付いたのか、数度の旋回の後に急降下し。
「来ます‥‥!」
 警戒する幸乃の左頬に再び緑のラインが浮かび、少し離れた仲間達へ警戒を伝える。
「俺が囮になります!」
 エミタを介してそれを受けた和泉がチンクエディアを抜いて立ち上がり、鋭い鉤爪のある足で掴みかかろうとする翼竜キメラの注意を引いた。
「バグアの施設が近いです。出来るだけ、音で気付かれないようにっ」
「ええ、分かってるわ!」
 ガキンッと、鋼のような爪と短剣がぶつかり、一瞬の火花が散る。
 いち早く『不動の盾』を発動した和泉は、犬歯の覗く歯をぎりと食い縛って体重の乗った一撃を受け流した。
 交差した一撃を足場に翼竜はその脚力でジャンプし、大きく翼を打って風を捉える。
 覚醒のそれと、キメラの羽ばたきが和泉の髪を乱すが、ガーディアンは一歩もその場からは退く事はなく。
 再び空へ戻った翼へ、二人の射手が弓を引き絞った。
 洋弓「Bウィング」を引くシャロンの矢は、翼竜の頭をかすめ。
 ワンテンポずらして、長弓「クロネリア」よりケイが『死点射』を放つ。
 四本同時に放たれた矢は、一矢も外れる事無く。最初の矢を避けようとしたキメラの翼へ、次々と突き立った。
 バランスを崩して高度を下げる翼竜へ、すかさず小柄な影が黒髪を翻し、岩を蹴って踊り上がる。
「ハァ‥‥ッ!!」
 炎拳「パイロープ」が、硬い皮を抉り。宙で体当たりを喰らわせた形の硯は、その勢いで諸共にキメラを地へ叩き落した。
 振り回す鉤爪に素早く硯が距離を開け、ヨタヨタと翼を打つキメラへケイが持ち替えたエネルギーガンを叩き込む。
 バタバタともがいていた翼は、じきに空しい努力を止め。
 辺りは、静寂を取り戻した。
「見回りは一体、でしょうか」
「確証はないから、油断しない方がいいわね」
 見届けて覚醒を解いた和泉に、シャロンの手からも帯びた青白い光が失せる。
「硯さん、怪我はありませんか‥‥?」
 幸乃に気遣われた硯は、肩の力を抜きながら「はい」と頷き。
「もしかして、硯とシャロン‥‥?」
 岩陰から、疲れた声が仲間の名を呼んだ。

「まず、優先でここを離れましょう。危険な行動を取った理由は、リヌさん達にも聞いて頂かないといけない事でしょうし‥‥あまり長居するわけにも行きませんし、ね?」
 岩場に身を隠していた二人の無事を確認した者達は、和泉の提案に異論もなく。
「戻ったら、怒られるのは確定ですしね」
 苦笑して促す硯へ、二人の擦り傷や軽い捻挫を手当てする幸乃が僅かに笑みを浮かべる。
「誰かに心配かけるのはよくないこと。けど、心配してくれる誰かがいる‥‥二人も、誰かのために、なにかしたかったのかな‥‥?」
 問うように首を傾げる幸乃に、俯くイヴンとミシェルは視線を交わす。
「その気持ちは、素敵なもの‥‥だから‥‥」
 傍らの幸乃が立ち上がり、イヴンは顔を上げた。
「山を降りる前に、確かめて欲しい事があるんだ」
 動けるようになった二人が示したのは、岩場と森の境界。
「これは‥‥植物のキメラ?」
 地に根を下ろさず、岩の上に張り付いただけという見覚えのある特徴に、シャロンが首を傾げた。ケイがジッポライターを点けてかざせば、地を這う根の隙間から影が落ちる。
「この根の下、空間があるみたいね」
 その言葉の意味は、改めて口にするまでもなく。確認するに留めた能力者達は、急いでその場を離れた。

 麓に下りると、宣言通りにシャロンは手加減抜きで二人を思いっきり抱き締めた。
「何が有ったかは聞かないわ‥‥ただ。貴方達には心配してくれる人達が、沢山居る。覚えておいて」
 戸惑う二人へケイが告げ、険しい表情でリヌが強く握った拳に幸乃がそっと触れる。
「子どもじゃないもの。頭ごなしは、ダーメ‥‥」
「‥‥全く、しょうがないね」
 苦笑しながらリヌは拳を解き、ひとまずの無事に安堵の息を吐いた。