●リプレイ本文
●いざ出陣
「Hi,イブン、ミシェル、他の三人も元気そうね♪」
両手を広げたシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が、久し振りな五人の少年を容赦なくハグした。
「うん、シャロン達も」
「ふふっ。チーフ達も皆、無事よ」
「よかった‥‥ありがと」
笑顔の返事に少年達だけでなく、見守るリヌ・カナートやコール・ウォーロックも安堵する。
「トマト投げ祭り、楽しそうですね」
そこへ鏑木 硯(
ga0280)が頭を下げ、煙草片手でリヌがからりと笑う。
「今日は思いっきり、発散しなよ」
「はい」
「トマト‥‥トマト、投げ‥‥」
応える硯の後ろでは、鯨井起太(
ga0984)が微妙に真剣顔だった。
「‥‥起太さん、どうしたんでしょうか」
「うん。まぁ、大丈夫だよ」
気付いたガーネット=クロウ(
gb1717)から小声で聞かれ、硯は笑って誤魔化す。
「ところで、ここはレストラン‥‥? 皆さん、お知り合いの方なのですね」
打ち解けたブラッスリの雰囲気にも、ガーネットは小首を傾げ。
「色々と、世話になってな」
「なのであるよー!」
紫煙に苦笑を混ぜたコールの言葉に、ぶんぶんと手や狐の付け尻尾を振ってティラン・フリーデンが主張する。子供のような反応に妙な微笑ましさを覚えるのか、朧 幸乃(
ga3078)がくすりと笑い。
「はいはい。赤い狐になりたくなかったら、ソレはさっさと脱いどく!」
「うぴょ〜っ!?
もふもふの上着や尻尾を引っ剥がそうとする赤崎羽矢子(
gb2140)に、ティランが逃げ出した。
「狐狩りダーっ!」
初対面ながら、嬉しげにラサ・ジェネシス(
gc2273)も狐尻尾を追いかける。
「何故にー!?」
「楽しそうだかラ!」
ごくシンプルかつ、明瞭な理由だった。
和ましいやり取りに、エイミー・H・メイヤー(
gb5994)も目を輝かせる。
「楽しそうだね。手伝うよ、ラサ嬢」
青い瞳に獲物を狙う鋭さが宿っているのは、猫っぽい目つきのせい‥‥としておく。
「にょあぁぁ〜っ!?」
「始まる前から楽しそうね」
ゆったりとソファへ腰掛けた百地・悠季(ga8270)が、笑いながら賑やかな光景を眺める。臨月を迎えた彼女は大事を取り、見物側での参加だ。
「体調が万全なら、飛び込んで浮かれるんだけど‥‥あら。この子も参加したいって」
ぽこりと蹴られる感覚に悠季がお腹へ手をやり、友人を見守っていた幸乃の表情も知らずとほころぶ。
「いつかスペインで、皆と出来ればいい‥‥ね」
未来と平和への願いを込め、そっと幸乃は二人へ語りかけた。
「ところでティランさんやイブン達は参加として、コールさん達は?」
にっこり笑むシャロンが『最年長組』へ振り返る‥‥にこやかな笑顔の反面、どこか「当然参加するわよね」的な有無を言わせぬ空気をまとわせて。
「ま、考えておこう」
「そういえば、トマティーナの準備‥‥何か、できる事はないかな?」
ラサが訊ねれば、リヌは五人の少年を眺めた。
「あの子達みたいに、スペインからの避難民も多いからね。祭りを聞いた連中が懐かしんで集まって、準備を進めてるよ」
「そっか」
「シートかけとか、手伝うつもりだったのに」
肩を落とすラサと同じく、羽矢子も少し残念そうで。
「代わりに、後片付けの掃除は全力で手伝おう」
「だねっ」
ぐっと拳を握るエイミーの案に、満面の笑みでラサも頷いた‥‥その時。
「成程。そういう事だったのか!」
何やら思い当たったらしい起太が、突然に大声をあげる。
「どうかしたんです、か?」
数回、目を瞬かせたガーネットが、おもむろに聞いてみれば。
「なぁに、簡単な事さ。スペインには豆がないから、トマトを使うんだ!」
何やら盛大な勘違いをしているらしい起太に、辺りには疑問符が飛び交っていた。
「起、太‥‥もしかして、節分と‥‥?」
ようやく硯は友人の勘違いに思い当たり、どう訂正すべきか悩む。
「鏑木さん。これって‥‥トマトのお祭りですか?」
その間、じーっと起太の様子を見ていたガーネットが硯へ訊ね。
「うん。始まれば、すぐ分かるよ」
「始まれば‥‥」
小隊の先輩達についてきた彼女は、まだ状況を把握していなかった。
●真っ赤な祭り
「お祭りだ! 盛り上がらなくっちゃ、損だよなっ」
「トマトもキメラも、投げちゃうゾ!」
中心部の広場には沢山の人が集まり、エイミーとラサも仲良く気勢をあげる。
エイミーは下にマリンブルービキニ、上着にはレインコートを着用し、更にゴーグルとレインブーツなどで完全防備といった様相。対するラサは、ワンピース水着を着込む程度と『軽装』だった。
「エイミーお姉様、見てヨ。トラックにトマトがいっぱい!」
シートで覆われた建物の前にトラックが止まっている。手馴れた風な数人がその荷台に上り、山盛り生積み状態のトマトを周囲の人へ配り始めた。
「取ってきたよ。ほら、君も!」
少年の一人ニコラが両手いっぱいトマトを抱えて戻り、ガーネットにも渡す。
「‥‥トマト? ああ、これがさっき伺ったお祭り‥‥。これを投げ返す、ですか」
小さな手にも収まるトマトは、皮が硬く。
「う。水っぽ‥‥くて、酸っぱいー!」
好奇心から齧ったラサがぶんぶんと手を振り、酸っぱさに身悶えした。
小さく笑っていた幸乃も、思い切ってトマトを軽く潰す。
「さあティランさんを盾にして人だかりに突っ込むわよ、幸乃っ」
「ティランさんを、ですか‥‥」
気合を入れるシャロンに見やれば、ティランは強張った顔をしたが。
「とっ、当方のナニヤラを、乗り越えて行けばいいのであるよっ」
女性らに頼られては致し方なしと、胸を張る。
通りに集まった人々へ建物の窓から次々と水がかけられ、高揚感や熱気が漂う中。
トマティーナ開始の花火が、あがった。
「一番は貰ったーッ!!」
真っ先に、かつ見境なく羽矢子が潰したトマトをブン投げる。
「ふごぉっ!?」
至近距離で悲鳴がしたが、気にしない。
「くっ‥‥誰も気付いていないのか、この異常事態をッ!」
盛り上がる中、予想と違う光景に起太は動揺していた。何やら沈痛な面持ちで思案していたが、決意の目でキッと前方を睨むと懐から取り出した『鬼のお面』を被る。
「鬼がいなくては、折角のトマティーナも台無し‥‥ここは自分が、『鬼』となる!」
「お、起太!?」
「止めてくれるな、すずりんっ。リヌやティランに恥をかかせる訳にはいかない!」
「むしろ‥‥それは止めないけどっ」
面がある分、心置きなくと。マシンガンの如く、持てるだけ持ったトマトを硯がぶつけ始めた。
「ちょ、あだだだだだーーっ?!」
「なるほど‥‥先輩方は、こうして競い合って‥‥」
戯れる男二人にガーネットが納得していると、ぐちゃっと背中に衝撃が伝わる。
「ほら、ガーネット! ボーっとしてると身体中、真っ赤にするわよ!」
振り返れば後ろでシャロンがトマトを潰しているが、次の瞬間には別方向から飛んだトマトが彼女を襲った。
「へへーん、隙ありっ」
「よくもやったわね、ミシェル!」
からかう少年へ、シャロンはTシャツの袖をまくる。水着の上にホットパンツとTシャツと、スタンダードな格好で挑む彼女だが、珍しく青いヘアバンドは外していた。
「と、その前に‥‥」
べちょっ!
「にょぉぉっ!?」
「うん、コレくらいなら大丈夫ね。覚悟はいいっ?」
力加減を手近なティランで確認してから、シャロンはミシェルへやり返す。
(今なら‥‥)
ガーネットが身を低くして、そっと壁際を進めば。
「鬼はー外、福はーうごっ、痛ッ! 痛い痛い痛い!!」
近くにいた起太を狙った流れトマトが、べちべちと彼女にもぶつかり。
ならば待ち伏せと、トラックの近くで様子を窺えば。
「同じ阿呆なら、何とやらってねっ?」
まだ赤く染まってなっていない辺りを狙って、嬉々とした羽矢子がトマトを無差別に投げてくる。
何が何やらといった状態に、ガーネットは自分の格好にふと気付く。
「もう真っ赤、ですね‥‥はぁ」
どこもかしこも長く赤い髪と同じくらい赤くなった姿に、何かが吹っ切れたのか。
思い切って、彼女はトラックの荷台へ登った。
「それ‥‥!」
そこからは存分に両手でトマトを潰しては投げ、潰しては投げ。
「わぁっ!? このー!」
依頼仲間からは全力で避ける気でいた羽矢子は、思いがけず逆襲を喰らい。ならばと、手持ちのトマトをぶんぶんガーネットへ投げ返す。
「なかなか、楽しそうじゃない!」
それを見てシャロンも荷台へ上がると、一緒にトマトを投げ始めた。
「くっ。シャロンさんもガーネットさんも、やるな‥‥!」
身軽に避けていた硯も、反撃に出る。
「ひあ!?」
べちゃりと髪に付いたトマトを、シャロンは振るい落とした。
「やったわね、硯! 頭からトマトジュース被らせるから!」
場所的に有利な彼女は潰したトマトを抱え、一気に放る。
「え‥‥わわっ!」
荷台の仲間を見上げた硯が何故か急に赤面し、直後にだぼだぼと赤い塊が降り注いだ。
「フフフ、結構楽しいです」
馬鹿騒ぎのうちに、いつしかガーネットの表情にも微かな笑みが浮かび。
「そうね。いい顔してるわよ、ガーネット」
隣で気付いたシャロンが片目を瞑れば、はっとガーネットは笑みを強張らせる。
だがそれ以上は素知らぬ顔でシャロンはトマトを握っては潰し、ガーネットも楽しげに顔見知りやそうでない者達へも遠慮なくトマトを投げた。
「いっくぞー、必殺超スローボール!」
必殺だが必ず殺さないアンダースローな投法で、エイミーがトマトを適度に緩く投げる。混戦故に女性に当たってしまう事もあるが、主に狙いは男相手だ。
「お姉様が見ている‥‥無様な姿は見せられないナ」
そんな緊張感でトマトを投げ始めたラサだが、半時間も経てば雰囲気にすっかり馴染み。
「イェーガーの実力を見せてヤルゼ。狙い撃ちダ!」
「いたたたたたたた、たぁ!」
標的となった起太がトマトの海に沈み、満足げなラサがフッとドヤ顔で決める。
「これぞ、緋色の射撃手【クリムゾン・フライシュッツ】‥‥ッ!」
『緋色の射撃手』――それは両手に潰れたトマトを持ち、ひたすら投げまくる技だ。喰らえば、相手は‥‥別に死ななかったりするが。
「やったよ、お姉さ‥‥まぁ!?」
つるっ。
嬉しそうに振り返ったラサだが、落ちたトマトを踏んで足を滑らせる。
「ラサ嬢!」
気付いたエイミーが、二つに分けた黒髪を翻した。
尻餅をつくかとラサは身を強張らせるも、柔らかく受け止められ。
「大丈夫かい?」
「うんっ。でも今日は我輩、お姉様を庇おうと思ったのに‥‥!」
「庇うのは、あたしの役目だぞ」
ギリギリで彼女を支えたエイミーは、残念がるラサの思いに微笑んだ。
「ともあれ、よかっ‥‥」
「お姉様、危なイ!」
ずるんっ、べちょ。
支えたとはいえ、とっさの体勢に無理があったのか。
立ち上がろうとしたエイミーも足を滑らせ、今度は二人仲良くすっ転ぶ。
その拍子に、ラサの水着(パッド付)の下からトマトがポロリと転がり落ちた。
「ラサ嬢‥‥?」
何やら問いたげなエイミーに、ふっと遠い目をするラサ。
「お姉様‥‥コレも定めか‥‥いざ勝負!」
転がったトマトをラサは握って潰し、誤魔化すようにエイミーへ投げる。
だがいち早く相手は体勢を立て直すと、間一髪でトマトを避けた。
「なん‥‥ダト‥‥、かわされたッ?」
「やったなー、お返しだっ」
くすくすと笑って、エイミーも反撃に出る‥‥勿論、当たっても痛くない辺りを狙って。
そうして二人の少女は楽しげに、思う存分トマトを投げあった。
●終焉と、その後
大人も大騒ぎな中では、祭りに取り残される者もいる。
「はぐれたの? 大丈夫‥‥」
迷子になったのか、一人泣きそうな顔を見つけた幸乃が小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
胸の鼓動を聞かせてあげたら、落ち着くか。あるいは一面真っ赤な光景に、嫌な記憶を思い出したのかもと思案し。
「ほら、ただのトマトだよ。痛くないし、私はちゃんと生きてるよ」
わざと自分の服をトマトで汚し、にっこりと微笑んだ。
「幸乃君は、優しいのであるなぁ‥‥おぶっ!?」
ほんわりと和んだティランが、また力いっぱいトマトの襲撃を喰らう。心なしか幸乃を守る壁状態なのは、気遣いなのか偶然か。
「ラストスパート、行くわよ。トマトが足りないから、車ごと持って来てー!」
残り少ない時間に、羽矢子の元気な声が響き渡った。
終了の花火が鳴れば、わっと労いの歓声があがる。
「こうしてトマト塗れになったら、変わりませんね」
ちょっとガッカリするガーネットに、羽矢子がにんまり笑う。
「ここまでみたいね。決着は来年まで取っとこうか?」
「いいわよ。あーあ、これはちょっと本格的に洗わないと匂い、落ちないかも」
お互い真っ赤な全身にシャロンが苦笑し、ちっちとエイミーは指を振った。
「まだまだ。お掃除までがお祭りです! だぞ」
「‥‥清掃、手伝います」
肩の力が抜けた感のガーネットに、用意したバトルデッキブラシをラサが掲げる。
「皆で競争だよ!」
「豆が、魔滅に繋がるのであれば‥‥トマトは倒魔踏か」
わいわいと掃除を始める女性陣とは対照的に、腕組みをした起太が深く頷き。
「僕は、立派な鬼役を務め上げられただろうか」
「かな?」
硯は誤解を訂正せず、トマトを喰らい続けた末に赤鬼状態な友人に答えた。
本人が納得し、満足しているなら、それでいいかと。
「よし。締めに、年の数だけトマトを食べるか!」
「それだけは見るのも勘弁‥‥!」
「ホントに街中真っ赤で、トマトの匂いも凄かったね」
ホテルの二階から見た光景を思い出し、悠季がくすくす笑う。
「でも、楽しかった‥‥皆で一緒に、色んな事を忘れて。終わった後には、楽しんだ記憶を共有できる新しい縁ができたり、絆が深まったり‥‥」
「ええ。戻ったら色々、トマト料理を作りたいところよね」
夕食を終えたブラッスリのフロアでは、少女達は昼間の話で盛り上がり。羽矢子は遊び疲れたティランを捕まえたまま、一緒にソファで眠りこけていた。
それは、幸乃にも分かる気がする。
この祭りに参加したのは、ティランがいたからだ。
彼に会うと落ち着くというか、和むというか‥‥どこか、懐かしくも感じられるから。
――彼のことは、好き。
だが、幸乃自身は『好き』の意味と理由を計り兼ねている。
(以前、好意を寄せていた人に似ているから、かもしれない)
でなければ、こんな穏やかでいられない‥‥とも思う。
(もっと、どぎまぎしちゃっているんでしょうね。彼女みたいに)
あの人に似ている彼が、笑顔で、幸せでいてくれる‥‥勝手だが、それが幸乃にとっては幸せな事で。
だから、願わずにはいられない。
彼と、いずれ彼の隣に立つ誰か、彼の周りに集まる皆に笑顔がありますように‥‥と。
「God bless you‥‥」
思いの末、ロザリオへ小さく祈る幸乃の前に、悠季はコールから受け取った珈琲を置いた。