タイトル:【AC】星図マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/12 00:09

●オープニング本文


●彼らの戦い
「希望者の、『ラスト・ホープ』からの退去‥‥?」
 その言葉を繰り返したエリコが、きょとりとして小首を傾げた。
 『ラスト・ホープ』に無数にあるKV関連施設の一つ、格納庫。そこのこじんまりとした事務所では老チーフが整備スタッフを集め、UPCからの通達を伝えていた。
 かつて太平洋上にあった『ラスト・ホープ』だが、現在は太平洋から北周りで大西洋へ向かっている。時間と共に、島全体の空気も少しずつピリピリとした緊迫感を帯び始めていた。
 そんな折に届いたのが、『希望者の島外退去』に関する通達だ。「希望する非戦闘員は、今の間に島から退去せよ」という内容は、この先『ラスト・ホープ』が安全ではなくなるという事を意味している。
「今の間に退去しないと、後で出るに出れなくなる可能性もある。残るなら、相応の覚悟をしておけということだな」
「非戦闘員つっても、俺らにはここが毎日の戦場だけどな」
 茶化す一人に、他の整備スタッフ達も笑う。
「お前らの心意気は大いに結構だが、今まで戦火に曝されなかった島が動いてんだ。家族の事も考えて、結果を出せ。なぁに、多少の人手が減ったところで、大して変わりはない。その辺りは気にするな」
「それ、俺らが働いてないってコトっすかー?」
「だいたい、手より口の方がよく動いてるだろうが。お前らは」
 軽口の応酬に、また狭い事務所で笑いが起きた。
 ひとしきり笑いが収まったところで、老チーフは一つ咳払いをする。
「情勢がどうなるかは分からんが、ここだけが整備士の仕事場じゃあない。それに培ってきた腕を後に残すのも、お前らの仕事だって事を忘れるな。引き止めはしないし、後ろめたい事でもない。戦いの先行きが見えた訳ではなく、生き残って万が一に備えるのも大事だ。能力者は大概、KVを壊せても修理はできんからな」
 以上だと話を終わらせ、老チーフは場の解散を促した。
 仕事を終わる者、シフトを交代してこれから仕事にかかる者と、整備スタッフ達は三々五々に分かれ、事務所から出て行く。
 そんな部下達の様子を眺めていた老チーフだが、バイトの少年五人を呼び止めた。

●今は、サヨナラ。
「俺達も、島から退去?」
「そりゃあ、そうなるだろうな」
 驚くニコラとは対照的に、ミシェルは面倒そうに頭を掻いた。
「安全に勉強できるからって、コール達が融通してくれたのにさ」
「それが、安全でなくなったって話だよ」
 嘆息するリックへイヴンが苦笑し、四人のやり取りをニコラはハラハラと見守る。

   ○

 五人の少年達に血の繋がりはなく、スペイン北部の片田舎にある同じ教会で育った孤児だ。
 イヴンとミシェルが年長組なら、ニコラとリック、エリコの三人は年少組。
 生まれた正確な日付が分からない為に、五人とも正しい自分の歳を知らないが、書類の上では最年長のイヴンが今年で20歳、最年少のエリコは17歳になる。
 保護する戦災孤児が増える事に伴い、揃って教会を出て、バグアとの戦闘の後に生じるジャンクを拾って生活をし。やはりジャンク屋だったリヌ・カナートと知り合い、能力者達と出会った後、彼らと「ロケットを作る」という約束を交わした。
 そしてロケットを作る下地としての勉強から始める為に、五人は能力者のコール・ウォーロックを保護者として『ラスト・ホープ』で住む事になり‥‥今に至る。
 読み書きと簡単な計算程度は孤児を養っていた教会でも習ったが、学校なぞ通った事などない。小学校レベルの基礎から始めて、年少組はようやく中学校・高校レベルにまで何とか学力がついてきた‥‥といった感じだった。
 一方で年長組は、既に追いつけない勉強よりも、社会的な手続きや交渉事など生きていくにあたって付きまとう『面倒くさい』部分を担当し、年少組三人が学ぶ事に集中できるよう配慮していた。
『ラスト・ホープ』での保護者は、ULT整備部にて日本人の多いチームをまとめる整備士だ。コールとは面識がある老チーフの下、もともと自立心の強い少年達は整備のバイトをして、自分達が自由に使う金くらいは自分で稼ごうとしていた。

   ○

「チーフの奥さんは、どうするの?
 何かと世話を焼いてくれる老夫人の事を思い出すニコラに、老チーフは特に改まる様子もなく。
「あいつは、一人で行けと言っても行かんだろうからな。好きにさせてやるさ」
 短く言って老チーフは軽く服をはたき、改めて五人の顔をまじまじと見た。
「お前達の場合は、また話が違う。『ラスト・ホープ』の現在地から、コール達がいる南フランスは遠くない。今ならバグアのUFOどもと顔を合わせる確率も、低い」
「だけど‥‥」
「何分にも、急な事だからな。退去の準備は、あいつが手伝ってくれるだろうし‥‥トゥールーズの基地には、リヌが出迎えに来てくれるそうだ」
「コールは?」
「何でも、『ブクリエ』はピレネー方面への警戒を強めているとかでな。リヌは島へ入れん身だから、出迎えで精一杯だろう」
「そっか」
 それでも久し振りに会えるのは嬉しいのか、彼らの表情は複雑だ。
 ようやく『ラスト・ホープ』での暮らしに慣れ、親しくなった整備スタッフ達と別れて、再び南仏のカルカッソンヌに戻る。それも、自分達の意思に関係なく。
「相変わらず、人の都合で振り回されるのな」
「しょうがないさ。事情が事情だから」
 ぼそりと呟いた言葉へイヴンが諭すが、ミシェルは不機嫌さを隠さなかった。
「ま、しょーがなく捨てられて、しょーがなく拾われて、しょーがなく育てられたんだもんな。育てられた先が一杯になったからしょーがなく教会を出て、戦況が危ういってんでしょーがなくスペインから出て。勉強が十分に出来る環境じゃないからって、しょーがなくこの島に来て。で、今度はまたしょーがなく、島から追い出されるって訳だ」
「ミシェル、そんな風に言っちゃダメだって。少なくとも、俺達は恵まれてると思うしさ」
 エリコも宥めようとするが、気性の激しい相手はふぃとソッポを向く。
「じゃあ、俺らは帰るよ。明日は引越しの準備だし‥‥今日と明日で、冷蔵庫の残り物とか片付けて‥‥」
「課題、学校に出さなくて良いかなぁ」
 場を取り繕ったリックが片足を微妙に引きずって歩き、残った用を思い出しつつニコラが事務所の扉を開けた。無言のままミシェルが二人に続き、心配そうなエリコが後をついていく。
「明日また、改めて挨拶に来ます」
「貴重な時間だ、気を遣うな。大した事もしてやれず、すまんな」
「いえ。そんな事、ないですから」
 『日本流』に軽く頭を下げてから、イヴンは他の四人を追いかけていった。
 静かになった事務所で、老チーフはしみじみと溜め息を落とす。
 それからせめて自分にしてやれる事をと、電話の受話器を取った。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

●別れの前に
「ここも、安全と言えなくなっちゃったんですね」
 テーブルの上で指を組む鏑木 硯(ga0280)が、へふりと溜め息をついた。
「そうよね‥‥危険域に入るんだもの、仕方ないわ」
 頬杖をついたケイ・リヒャルト(ga0598)もまた、とんとんと指で頬を叩く。
「せめて皆が気持ち良く、それぞれの決断に沿えるように‥‥何かしたいわね」
「それに彼らを安心して勉強できる場所に戻す為にも、能力者として精一杯頑張らないと」
 思案するケイと硯の肩に、ぽんとシャロン・エイヴァリー(ga1843)が触れた。
「今から、浮かない顔?」
 組んだ指を解き、隣へ座るシャロンへ硯が苦笑を向ける。
「なんていうか、色んな事を実感した‥‥みたいな?」
「分からないでもないけどね。島に残る人には、各自の『戦場』での奮戦を。島を去る人には、それぞれの行き先での奮闘を期待して‥‥励ましの場を作りたいわよね」
 頬へ人差し指を当て、シャロンが思案する。
 そんなテーブルへ加わる者が、もう一人。
「お邪魔しても、平気かな?」
「あら、羽矢子」
 声をかけた赤崎羽矢子(gb2140)へ、ひらひらシャロンが手を振った。
「コールと揉めた時の子達か‥‥と、思ってね」
 当時を思い返せば、羽矢子の表情には苦笑いが浮かぶが‥‥それはそれ。
「何をするかは、もう決まってるとか?」
 それなりに縁のありそうな様子の三人に、首を傾げた羽矢子が尋ねる。
「まだ考えている段階ですが‥‥壮行会とか、どうかなって」
「とはいえ、当日も勤務があるわよね」
 迷いながらの硯の意見へ、シャロンが更に付け加えた。
「はい。だから店を借りるより、格納庫の片隅とかを借りて出来ればいいのですが」
「それなら当番の整備スタッフも顔を出して、料理をつつくとかできるね」
 こくりと頷く羽矢子にケイは頬杖をやめ、細い手を挙げた。
「壮行会が行えるよう、私がチーフに提案と交渉をしてみるわ。チーフの奥さんも呼んで貰えるよう、頼み込んでみようかしら」
「奥さん?」
「チーフと奥さんが、こっちでの少年ズの保護者なんです」
「それなら、呼ばないとね!」
 硯の説明に納得した羽矢子も、ケイに賛成する。
「日頃、世話になりっぱなしでもあるし、退去する整備スタッフのお別れも兼ねてるなら、尚更ね。あたしで説得に協力できるなら‥‥って言っても、怒られる方が先かも、しれないけど‥‥」
 見る間に勢いが尻すぼみな羽矢子に、今度はシャロンが首を傾げた。
「どうかしたの?」
「あ〜‥‥うん。実はさ。この間も、アルバトロスを全壊‥‥させてたり‥‥」
 強張った笑顔で羽矢子は視線を泳がせ、顔を見合わせたケイとシャロンがくすくす笑う。
「それは、まず怒られるわね」
「そうそう。チーフのところの整備スタッフに聞いたけど、希望退去の知らせを伝えた時にも『能力者はKVを壊せても、修理はできん』とか何とか、言ってたそうよ」
「あぁぁぁぁ〜‥‥!」
 そう言われては立つ瀬もないと羽矢子はうろたえ、止めるべきかと悩みがらも硯は女性三人の会話を見守った。
「ともあれ、説得は任せて。その間に、シャロンと硯は買出しをお願いできる?」
「分かったわ。ケイの方も、上手くいく事を祈ってるわね」
「老チーフのチームは日本人が多いので、日本食にします?」
 メニューを考える硯に、落ち着きを取り戻した羽矢子も腕組みをする。
「あたしは日本酒を用意しようかな。未成年もいるなら、他にジュースも‥‥飲み物系は揃えとくよ」
「助かります」
 そして段取りを決めた四人は、準備の為にそこで分かれた。

●壮行会
「未成年と仕事が残ってる者は、ジュースにする事!」
 ビッと指差す羽矢子の厳命で、そのあたりは粛々と。
「それでは皆の無事と、できれば臨時ボーナスを期待して乾杯!」
「「「乾杯ー!」」」
 シャロンが音頭をとれば、一斉に日本酒やジュースの紙コップが掲げられる。
 老チーフへケイが交渉したお陰もあり、格納庫では賑やかな壮行会が始まっていた。
「うちまで、よしてもろうて‥‥おおきに」
「折角ですもの、お会いしたかったわ」
 頭を下げる老チーフの夫人に、ケイは笑顔を返す。素敵な思い出創りをしたいと、熱心にケイが老チーフへ頼み込んだ結果だった。
「こんな綺麗な薔薇も。あの子らのええ思い出になると、ええねぇ」
「ええ」
 ケイが友人から分けてもらった薔薇は見頃の時期なのも、華やかに場を飾っている。ここが別れの場でも、湿っぽさは似合わない。
 簡易テーブルには、硯がシャロンを誘って作った握り寿司や巻き寿司が並んでいる。
 それ以外にもチキンやサラダ、ちらし寿司に餃子やシュウマイなど、和洋折衷で並んでいるのは、終夜・無月(ga3084)が用意した料理だ。
「お久し振りです‥‥皆、お元気でしたか‥‥?」
 整備スタッフ達に挨拶をしながら、無月はチュロスやポルボロンやブリオッシュやマドレーヌなど、以前に振舞ったスペインとフランスの菓子もテーブルへ加えた。
「さてと‥‥俺のシラヌイ改が、きちんと整備されているか見に来てみたが‥‥賑やかだな?」
 整備スタッフの一人へ、須佐 武流(ga1461)が声をかけた。何気なく格納庫へ足を運んだのだが、いつにない光景に興味を持ったらしい。
「希望退去者の壮行会っすよ」
「そんな話も、あったか‥‥ところで、どうだ俺のKVは? 他の連中と違って無駄な装飾が少ないから、メンテが楽だろ。ほとんど、どノーマルと変わらねぇからな」
「それ、チーフの耳に入ったら怒られますから」
 冗談めかした整備スタッフ達は、揃って首を竦める。
「そうか?」
「どんな機体も、唯一。搭乗者によっては、癖がありますから」
「全力で整備して、ベストな状態にするってのが、整備屋の心意気っすよ」
「ま、俺達が戦えるのも‥‥アンタらのおかげだからな。ありがとな。残ってくれると、ありがたいが‥‥ま、無理するモンじゃねぇよな?」
「ああ‥‥折角ですから、あなたも食べていきますか‥‥? これから、目玉のアイスケーキを出すところなんです‥‥」
 武流に気付いた無月が、アイスボックスを開けながら誘った。
「口の中に広がる‥‥冷と温の甘さが奏でるハーモニーが、絶品なんですよ‥‥」
「断るのもなんだし、貰ってくかな」
 切ったスコーンを皿代わりにして色んなアイスを幾層も重ね、その上にフルーツをデコレートしたアイスケーキに、温めたチョコやジャムソースを仕上げに無月は垂らし、皆に振舞う。
 温かくも冷たい食感を楽しみながら、武流は整備スタッフ達と話しを続けた。
「お前らはどうするんだ? ここからは離れた方がいいってのは、俺も同意だ。俺だって逃げてぇな、こんなところ。ま、いままで狙われなかったのが奇跡といえるが‥‥」
「整備チームの大半は、残るみたいっすね。ココは狙われなかったってより、狙われないようにしてたというか。今回はあえて島ごと攻勢に出る‥‥という、前代未聞の事態っすから」
「そうだったか。どっちにしても今、この世界に‥‥安全なところなんてどこにもない。そんな中で、生き残りたかったら‥‥何かを守ろうと思うなら‥‥生き抜いてやるって意思があるんだったら‥‥あとはわかるだろ?」
「大丈夫‥‥たとえこの島が戦場になろうとも、必ず此処で皆が再び会える様にしてみせます‥‥。こう見えて結構、腕利きなんですよ‥‥」
 武流に続き、無月が整備スタッフ達へ微笑する。
「島ごと戦場になるという事は近いうちに島外からの補給が切れ、機材などの物資が枯渇する可能性もあるって事ですよね。部品不足で飛べないなんて事にならないよう万全は尽くすトコですけど、そちらも機体は大事に乗ってやって下さい」
「そうですね、気をつけておきます‥‥」
 頷いた無月は、ふと『場違い』な少年達へ目をやった。
「しかし、この島は‥‥少年達にとって、『家』ではないのでしょうか‥‥?」
「ああ、ここは違うな。あいつらの為には、むしろ戻ってこん方がいい」
 話を聞いていたらしい老チーフへ不思議そうに無月は首を傾げるが、言葉の真意は語られず。
「じゃあ、俺はそろそろ」
 格納庫へ立ち寄っただけの武流は適当なところで辞去し、まだ怪我が癒えぬ身へ「お大事に」と無月が短く労わった。

●彼らの行く先
 やがて参加者達の腹が膨れた頃、静かにケイがギターを弾き始めた。
 透き通る声で歌うのは、フランスの童謡。
 控え目だが耳に残る演奏を聞きながら、シャロンはふっと溜め息をつく。
「しょーがなく、か。本当に、しょーがないことが多いわよね。でもミシェルが思ってるほど、しょーがないだけじゃ無いのよ」
 エリコからミシェルの機嫌が悪い話を聞いたシャロンは、彼と話をしていた。
「エルナンド神父が別れ際、貴方達を頼むって十字を切ったのも。コールさんが、貴方達をフランスからこの島に連れてきたのも。チーフが今日、ここに私達に参加する機会を作ってくれたのも。しょーがなく、なんかじゃないと思ってるわ」
「‥‥」
 無言のまま、複雑な表情で視線を落とすミシェルの様子に、ぽんとシャロンは突然に手を打って。
「あ、ひょっとして、この島で好きな女の子でも出来たとか!?」
「‥‥はぁっ!?」
「それなら不機嫌で仕方ないわ。さぁ、協力するわよっ。相手は誰? モールでバイトしてる子とか、それともカンパネラの子?」
「そ、そんなのいねーから!」
 別方面へ張り切るシャロンをミシェルが慌てて止め、気付いた者達が笑いながらやり取りを眺める。
「やっぱ、戸惑うよね」
「ミシェルは、さ。あんな性格だから分かってるけど、煮え切らないんだ」
 面倒見のいいニコラの『弁解』に、口は挟まずにいた羽矢子は強情っぱりの心境を思って苦笑する。
「一番、ここを離れたくないのは‥‥彼かもね」
「でも俺らは『約束』があるから。兄弟じゃないけど、五人で一緒にやってこうって」
 リックが肩を竦め、引きずる片足を軽くさすった。
「それなら、エリコは能力者になろうとか考えてない?」
「考えてないよ」
 羽矢子に聞かれたエリコは、首を横に振る。
「ミシェルも多分。一時期は悩んだみたいだけど、能力者の人達が心配してるの、知ってるから」
「そっか‥‥なら、よかったかな。まぁ、あたしだってそう偉そうな事とか言えないけどね」
 ぽしぽしと、羽矢子は頬を掻いた。成り行きで能力者になって、それで命を奪ったり、死ぬような事になるのは心苦しい話だ。このご時世、そんなケースは山ほどある『ありふれた話』だが、それでも。
「それにリヌも、ね」
「うん。きっと誰より一番、反対するだろうね」
 付け加えるケイにエリコが大きく頷いて、笑った。

「最後に、皆で島を回れたらって思ったけど‥‥」
「気持ちだけ、感謝するよ」
 残念そうな硯に、イヴンが礼を言う。
 彼らが退去する便が出るまでの時間はあまりなく、車で回ろうにも五人は定員オーバーだ。
「キップ切られるのは、硯が困るだろうし」
 ちらと一瞬だけ、シャロンへ視線を投げたイヴンに硯は慌てた。
「そ、それは別に、困ったりはしないんだけど」
「あれ? そうなんだ」
「いろいろ、あるから!」
 動揺を隠した硯は、不意にマジマジとイヴンを見る。
「お互い‥‥『少年』って年じゃ、なくなってきちゃったか」
「硯達には、随分と長いこと世話になってるよな」
 改まるイヴンに硯は首を横に振って、他の四人へ視線を向けた。
「南仏も厄介事の臭いがするし、また大変になるかもだけど‥‥皆で力を合わせて頑張って。あと、イヴンはなんでも抱え込みすぎないように。何かあったら、周りに頼るのも大事だよ」
「大丈夫だよ。最近は俺よりあいつらの方がしっかりしてる」
 倣うようにイヴンも四人へ目をやり、そんな二人をシャロンが呼んだ。
「硯もイヴンも、こっちへ来て。写真、撮るわよー!」

「皆、並んで! ‥‥ミシェル、ちゃんとこっち向いて?」
 ファインダーを覗いたケイが、一番端っこのミシェルを注意する。
 格納庫を背景に、老チーフを始めとした整備チームの顔ぶれと少年達と、そして能力者達と。一人一人の写真もいいが、やはり皆一緒の写真がいいだろうという、ケイなりの気配りだった。
 無月は整備スタッフに混ざり、むっすりとしたミシェルが逃げないよう羽矢子は隣に立つ。
「そのまま、笑って‥‥いい?」
 シャッターのタイマーをかけると、急いでケイも移動した。
 早く早くと硯の隣でシャロンが両手で手招きをし、列へ加わったケイは軽く髪を整え。
 パシャリと、カメラはフィルムへ風景を刻んだ。

「じゃあ、ひとっ走りしてくるっすよ」
 ケイからフィルムを受け取った若い整備スタッフは、格納庫を飛び出していく。島を去る者達には時間がなく、少しでもゆっくりしてほしいという『同僚』からの気遣いだった。
「待ってる間、寄せ書きをお願いしてもいいかしら?」
 シャロンは食材のついでに買った手帳を、老チーフや整備スタッフへ回す。
「あたしもいい?」
「ええ、もちろん!」
 こっそり尋ねる羽矢子へ、シャロンは快くペンを渡した。
「じゃあ‥‥」
 ――アフリカのバグアをすぐ片付けるから、それまでの辛抱だよ!
「決戦に向けて、決意を新たに‥‥って感じですね」
「でも何処に居ても皆、気持ちは一緒よ」
 手帳を回すシャロンを見ながら硯は気を引き締め、そっとケイは目を伏せた。

   ○

 到着したトゥールーズでは、リヌ・カナートが一行を迎えた。
「お疲れ様。わざわざ、すまないね」
「リヌ‥‥リヌ‥‥! 無事で良かった‥‥」
「ちょっと、ケイ‥‥!?」
 顔を会わせた相手へ真っ先に駆け寄ったのは、少年達の誰でもなくケイだった。
「どうしたんだい。全く、しょうがないねぇ」
 相変わらず機械油と煙草の匂いがするジャンク屋は驚いた後に苦笑いして、抱きついたケイの背中をぽんぽんと叩いてやる。
「リヌさん、お土産です。日本のお菓子の、どら焼きですけど‥‥よければコールさん達と食べて下さい」
 壮行会に誘えなかった分、せめてと硯が紙袋を渡した。
「気を遣わせてすまないね、硯。にしても背が伸びたね、あんた達」
「リヌは変わんないな」
 しげしげと眺めるリヌに、五人の少年達はそれぞれ笑い。
「エリコ、これ」
 寄せ書きをした手帳へ急いで現像した写真を挟み、シャロンがエリコへ手渡す。
「きっと役に立つわ。渡すのは、エリコが一番良いと思ったから」
「ありがと、シャロン。皆で大事にするよ」
 手帳を受け取ったエリコは、しっかりとそれを鞄の中へ入れた。

『ラスト・ホープ』に戻る飛行機でとんぼ返りする三人を、リヌと少年達が見送った。
 能力者達にとっても、カルカッソンヌへ行く者達にとっても、不穏な空気は南にて澱む。
 だが今は‥‥どこまでも、空は澄んでいた。