●リプレイ本文
●木々の壁
「この森全体が、キメラ‥‥!?」
緑豊かな‥‥と一概には言えない光景に、木々を見上げたシクル・ハーツ(
gc1986)は銀の瞳を丸くした。
石畳や舗装路が見えぬ程に木の根が這い回り、建物の間から木々が天へ伸びている。
「何と言うか、これは‥‥見た目だけは、森そのものですね」
立花 零次(
gc6227)もまた、どう表現すべきか言葉に迷う。
「でも森が収縮するっていうのは、どういう事なんでしょう?」
「その辺まで、よく分からないんだよな。コレっていう、前触れがあった訳でもなかったし」
過去に似たキメラと遭遇した経験のある空閑 ハバキ(
ga5172)は、一緒に依頼へ当たった二人に目をやった。別行動ではあったが、それ故に何か気付いていないか視線で尋ねる。
「また、こいつですか‥‥確かあの時は聞こえる声を追って、森の奥へ進んだんでしたっけ」
記憶を辿る鏑木 硯(
ga0280)に続き、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)もまた首を傾げた。
「そうね。森の中心部を目指す間、特に何かしたという覚えはないのよね」
「それで、リヌは‥‥リヌは無事なの?!」
不安げにケイ・リヒャルト(
ga0598)が問えば、笑顔でシャロンはウィンクをしてみせる。
「大丈夫みたいよ。リヌだもの」
「そう、ね。そうよね‥‥」
自分へ言い聞かせるようにケイが呟いて、乱れた黒髪を耳にかけ。
「リヌさん、相変わらず‥‥大変みたいですね」
見上げる硯へ倣うように、改めてケイも広がる『森』に目を向けた。
「森の形をしたキメラ‥‥ね。友人に聞いた事があるわ。今回も、カプセル絡みなのかしら‥‥」
「それは調べてみないと、だね。誰かの意図した結果なのか、偶然の産物なのか」
ハバキの言葉に、ケイは森から目を離さず首を縦に振る。
「でも何故、今回はリング状なのかしら‥‥。リングに囲まれた街の中に何かキーがあるの? 少し気になるわ」
「これは、以前に報告されたキメラと少し形状が違うようだね〜。リングの内側に、キメラは広がっていないのかね〜」
『森』の縁ではドクター・ウェスト(
ga0241)がしゃがみ込み、事前に確認した報告書を思い出しながら興味深げに絡み合った根を観察していた。
「以前のものは中心に向かって巻き込んでいったようだが、いわゆる『ハエトリグサ』のようなものだったのかね〜」
「原理は分かりませんが、前は危うく森ごと畳まれそうになったんで‥‥また、危険な相手ですね」
「でもどうして、この場所なのか‥‥」
警戒する硯にハバキは円の中心‥‥カルカッソンヌの中心部に、何かバグアの興味を引く物でもあるのかと悩み。
「ダメージを与えることが目的じゃないから、とかはどう?」
仮説を立てるシャロンへ、頷いた。
「それもあるか。リングの内側へ行ってみなきゃ、わからないよね!」
「だが森の中では、車も使えそうにないな。徒歩か」
「歩いていくつもりだったから、問題ないよ。後は報告に在った竜が出て来ないと良いけど、ね」
呟くシクルに、黒瀬 レオ(
gb9668)は道の上を這う根を爪先で軽くつついてみる。硬い感触は、多少の力を加えた程度ではビクともしないが。
「これ、地に根付いている訳じゃないんだな」
「地中で繋がっていないのか? 核のような物があるという事は、全てが繋がっていると思ったが」
訝しむシクルに、繁る緑を零次が仰いだ。
「敵の目的は不明なまま‥‥。ですが、今はキメラの排除が優先、ですね。キメラとはいえ、木や森を傷付けるのには少々抵抗がありますが‥‥」
ふと何かを思いついたシャロンは一行を送った軍の車へ歩み寄り、通信機を借りる。
連絡がついていたのか、呼び出す相手はすぐに通信に応じた。
「これだけの事が出来るなら、街の全壊だって出来そうなのに。コールさん、今回みたいな事例、他になかったか調べられる?」
これもまた、実験めいた何かのテストだったのではないか‥‥応じたコール・ウォーロックへ、そうシャロンは推測を添える。
「あ、俺も俺も。皆の注意が『森』に向いている間、周囲で何が起こるかはわからない。そこのとこ、よろしくね。シュー!」
話し相手が知り合いだと分かって、ハバキが用件を付け加え。
『心配はしてないが、気をつけろよ』
「えーっ。してよ、心配!」
冗談めかして笑いながら、短い通信を終わらせた。
「OK、後は眺めていても始まらないわ。行きましょう!」
「そうだね。人に被害が出る前に、種を見つけなきゃ」
気合を入れるシャロンにハバキも森を見上げ、ケイはアラスカ454の回転式弾倉を確かめる。
「何にせよ、リヌを刺激するような事、放って置く訳にはいかない‥‥!」
向こう側に閉じ込められた友人の身を案じ、緑の瞳で彼女は森を見つめた。
●蠢く森
風もないのに木々は時おり枝を震わせ、ざわりと音を立てた。それに混じって遠くからは、奇怪な叫び声や鳴き声のようなものが聞こえてくる。
『森』に覆われた街では、幾つもの不安げな視線が横断する八人を見守っていた。
「街の人、残っているんだ。逃げ遅れたのかな?」
視線に気付いたレオがやや戸惑い、それらを断ち切るようにシクルは真っ直ぐ進む先だけに注意を払う。
「様子見をしたか、逃げるかどうか迷ったか。そうこうしている間に道が森に覆われ、避難しようにも身動きが取れなくなった‥‥そんなところだろう」
「ああ、確かにそうかも」
予想にレオは納得し、口元へ手を当てたシクルは大きく息を吸い込む。
「今、私達の仲間が森の対処をしている。今回の事と似た事例が過去にもあって対処法も分かっている。もし、何かがあっても必ず私達が守るから落ち着いて行動してほしい!」
「俺達は外から来たし、ちゃんと連絡は取れてる。大丈夫だよっ!」
シクルに続いて、ハバキもまた届く限りの声をかけ。
「やはり違和感、ありますね。この『森』は普通の森とは違う‥‥このままで、あの人達は大丈夫でしょうか」
仲間の背へ零次も尋ねてみるが、困った風にハバキは緑の瞳を揺らした。
「正直言うと、俺にも分からない。今のところ森に動きはないし、まだ動く様子もないから大丈夫‥‥だと、思いたいね」
「森が『巻き込む』という現象は、こちらの攻撃に対する防衛反応だったという可能性はないのかね〜?」
確認するウェストに、悩む硯も首を横に振る。
「明確には、俺も分かりません。森の中心を目指している間に戦闘があったり、何らかの攻撃を行った覚えは、特にないんです」
あの時の記憶を硯は幾度も手繰り寄せてみるが、戦闘は『森』の核と思しき人型『ドライアド』を見つけてから‥‥だった気がする。
「では住民は当面このままで、問題なさそうだね〜」
「いえ。時間経過によって起きる可能性も、残っていますから」
「ほほぅ。つまりは、不確定要素ばかりという訳だね〜」
慌てて硯が付け加え、ウェストも考え込んだ。
「中心部の状況を確認したら、すぐ森の排除にかかりましょう。それできっと、街の人も安心出来ると思います」
助けたくともできない己を納得させるような零次の言葉に、他の者達も異論はない。
「じゃあ、障害物はガシガシ排除して、ちゃっちゃと突破しようか」
ブンブンと天剣「ウラノス」をハバキが振り回し、怯える表情やすがる様な視線を背に受けながら八人は最短の経路を進んだ。
森を抜けた先には、静寂が満ちていた。
乗り捨てられた何台かの車が道を塞ぎ、一時は騒然としていた状況が窺える。
「この辺りの人は、避難したんでしょうか?」
並ぶ建物や路地を零次は窺うが、人の気配はない。
「何故、この辺りには森を広げない‥‥? 人間を一箇所に集めようとしている‥‥? なんの為に‥‥捕まえて餌‥‥? だとすれば。その内、必ず現れるはずだが‥‥」
誰に問うでもなく、シクルは自問自答する。
「リヌが軍の施設にいるはずだし、呼びかけて避難したかしら?」
人差し指を頬に当てて考え込むケイは、腕の時計を確かめた。
「確かに、『森』が現れてから結構な時間が経ってるものね」
文字盤に黒い蝶があしらわれた時計を、脇からシャロンも覗く。
「ひとまず軍の施設まで行って、リヌさんの無事を確認してみる?」
「しかし、『森』を放置するのも‥‥どうかな」
気になるのか、シクルは抜けてきたばかりの『森』を振り返った。
「‥‥待て、あれは」
直後、メキリと木の軋むような音が、その場にいる全員の耳に届いた。
大きく木が揺れたかと思うと、将棋倒しでも起こしたかの如く、同じ方向に向かって傾き始める。
「本当に、森が動いてる‥‥?」
呆然として呟いたレオに、零次もまた戸惑いの色を隠せずにいた。
「信じていなかった訳ではありませんが、こんな状態でも動くとは」
「うん、面白いもの見れた‥‥とか、言ってる場合じゃない! ハバキさん、ケイさん!」
紅炎を確かめ、拳銃「ケルベロス」を手にレオが一足先に来た道を引き返す。
「うん、急ごう!」
レオの呼びかけに、すかさずハバキもケイと駆け出た。
「これがめくれ上がるというか、『森が巻き込む』とかいう現象ですか?」
「どうやら、そのようだね〜」
零次の問いに、一瞬だけ呆気に取られたウェストも伊達眼鏡の位置を修正する。
「幸い、建物を基礎から巻き込む程の力はないと思われるけど、架線や街灯は問題だね〜。それから土台は無事でも、上から木に潰される可能性は考慮しなければならないかな〜?」
「とにかく、『ドライアド』を見つけて止めないと!」
進行しつつある状況に被害を分析しながらも、零次とウェスト、そして硯が先の三人とは別の方向へ走った。
「内側の状況確認は、任せてね。気をつけて!」
仲間達の背に呼びかけたシャロンは、Cチームとして、シクルと共に残る。
「それにしても、街を囲まれるまで誰も気付かなかったのかしら」
「私も、何らかの前兆があったと思うのだが‥‥聞いてみなければ、分からないな。目撃された『翼竜』の存在も、気にかかる」
「そうね。使えそうな足を探して、軍の施設へ向かいましょう」
キーを差したままの車やバイクがないか、探すシャロンにシクルは少し眉を潜め。
「勝手に、乗っていくのか?」
「か、借りるだけよ? 非常事態だもの!」
「非常事態か。なら、仕方がないな」
納得した風に車を確かめるシクルに、目を丸くしたシャロンはにっこり笑んだ。
●緑の混乱
ウェスト、硯、零次のAチームが時計回り。ケイ、ハバキ、レオのBチームは反時計回りで、街を囲むリング状の『森』を進んでいた。
だが『ドライアド』を見つける手がかりとなるであろう『声』は、住人の悲鳴や怒声、そして物が壊れる音に混ざって聞き取り辛い。
倒れた街頭のポールは飴細工さながらにへしゃげ、火花を散らしながら根に巻き込まれた。
混乱の中を駆ける者達の足元をすくい上げるかの如く、根は更にうねり。
「邪魔です‥‥!」
行く手を阻む相手に、先行する硯がショットガン20を叩き込んだ。
揺れる木の枝は獲物を掴もうと、間を抜ける者達の身をかすめ。
黒耀を振るった零次が、すかさずそれを薙ぎ払う。
「やはり、分かりませんね。何のためにこんな『森』を‥‥ドクターは、何か分かりましたか?」
「残念ながら、分からないね〜」
後方のウェストは首を傾げる暇もなく、先を行く二人に遅れぬよう続いていた。
「いずれにしても、今は‥‥ありました!」
先を行く硯が、木の枝から逆さまにぶら下がっている人型のソレを見つける。
「ふむ‥‥興味は尽きないが、じっくりと観察している状況でもないのが残念だね〜」
ぼやきながら、『練成強化』をウェストは手早く同行者二人の武器へ施す。
「助かります」
「一気に、叩きますね!」
攻撃を遮ろうとうねる根や枝を排除しながら、二人は奇声をあげる人型の植物へ斬りかかった。
「ふふっ。鬼さん、こちら‥‥」
真紅の目を細め、追ってくる木の根を大口径の拳銃より発射された弾丸が吹き飛ばす。
いや、吹き飛ばすというよりも、砕き散らすという表現の方が正しいかもしれない。
ひらと蝶の如く身を躍らせるケイへ、尖った枝が木から由来した物とは思えぬ速さで迫り。
紅の軌跡が、それを切り払った。
紅炎を抜き払ったレオは覚醒により変化した銀髪の下から、紅の瞳で人型の果実を仰ぐ。
「何処まで効くかわからないけど、力比べ、させてもらうよ!」
舗装路を蹴ってレオは跳躍し、瞬間、紅炎が紅の輝きを増す。
その視界を覆うように、枝が脇から一斉に伸びた。
紅炎で斬り飛ばすか、拳銃「ケルベロス」でこじ開けるか、僅かに逡巡するが。
考えるより先に、唸る風と青い一閃が、彼の行く手を切り開く。
「がつーんと、行っちゃえー!」
太陽を思わせるハバキの明るい笑みに背を押され、構えた紅炎をレオが振り抜いた。
耳をつんざく叫び声をあげながら、幹と同じ色の胴がひと息に断ち落とされる。
それが地に落ちるより先に、ケイは容赦なくアラスカのトリガーを引いて、キメラを打ち砕いた。
「‥‥あれ?」
バキバキと枯れ始める周囲の木々を見回していたハバキが『それ』に気付き、ウラノスを手にしたまま、更に先を示す。
「あれって、もしかして別の‥‥かな?」
枯死する植物キメラの向こうには、同じような緑がまだ広がっていた。
「この森全体で一個のキメラじゃなく、幾つかの『ドライアド』が輪を作ってるって事?」
レオの言葉に、ケイも小首を傾げて思案し。
「そうみたいね。さながら‥‥『フェアリー・リング(妖精の輪)』ってところかしら」
「ファンタジックだけど、帰ってこれないのは困るね」
冗談めかすハバキに少し笑ってから、すぐさま三人は次の『標的』へ駆け出す。
「『森』は、一体ではないようだ。排除には少し時間がかかりそうだな」
通信機より仲間の動きを聞いたシクルが、状況を伝えた。
遠めに見ても緑の包囲網は一部が枯れ、一部はまだ青々としている。
「今は時間が惜しいから、カプセルは後で探索してもらっていいかしら?」
「そう、軍の連中に伝えておくよ」
振り返るシャロンに、リヌ・カナートがやや疲れた表情で苦笑した。混乱の中で仏軍と協力し、中心部に残された人々を出来る限り軍の駐屯地や建物内へ避難させたという。
「あれはずっと、ああして飛んでいるのか」
尋ねるシクルに、リヌは「ああ」と短く答える。混乱と避難の要因となった一匹の『翼竜』が、円を描くように空を飛んでいた。
「あの位置は、さすがのあんた達でも手が届かないよな」
「そうだな」
見上げるしかない相手がいつ降下しても射落とせるよう、シクルは雷上動を手に空を見据える。
やがて全ての『森』が枯死したのと同時に、翼竜はそのまま南へ飛び去った。
調査の結果、退治した『ドライアド』は四体、その後に発見された『カプセル』も四つ。
そして目撃情報を分析した末、『翼竜』は五体現れたらしいという結論に到った。