●リプレイ本文
●ビギンヒル
ロンドンから南へ、約25km。名の通り田園風景が連なる丘の上に、北北東へ向けて伸びた一本の滑走路を持つビギンヒルの空港はあった。
第二次大戦中、ドイツの侵攻から母国イギリスを守るため、多くのパイロットが戦闘機へ乗り込み、この空港より飛び立った。それらの中には再びここへ帰ってきた機もあれば、永久に戻ってくる事のなかった未帰還機もある。
−−かつて、戦う為に飛ぶ者達を、大空へと送り出した地。
そんな過去の歴史を知ってか知らずか、『能力者』達はフェアの会場に入っていた。
「『能力者』と一般の人達が交流できる良い機会だけに、気を引き締めて頑張らないとな!」
拳を握って脇を締め、ガッツポーズで白鴉(
ga1240)が気合を入れる。
「『背に腹は変えられない』っつーし、タマにはこんなんも良いか。バッチシ、広告塔になってやるぜ」
ノビル・ラグ(
ga3704)もまたフェアへの心構えを新たにする一方、ジーラ(
ga0077)は困惑気味の表情で考え込んでいた。
「でも、ボクそういう説明とか苦手なんだよね‥‥照れくさいし」
「あんま難しい事考えんと、適当にやったらええんとちゃうか? どーせ俺ら、正式には『軍人』やないし。なんぞ失敗したら、偉い人に押し付けたらええねん」
軽い口調の無双刻(
ga4361)が、からからと笑い飛ばす。そんな無双刻を、ヒカル・スローター(
ga0535)は顎を上げ、切れ長の目の端で見やった。
「さしずめ、子供に悪事を吹き込む大人の図だの」
彼女はジーラとノビル、そして白鴉の三人と年は変わらないのだが、口調や年齢に不釣合いな落ち着いた雰囲気から、妙に大人びてみえる。だが悪びれもせず、無双刻はひらひら手を振った。
「ひどいなぁ。世渡りのコツ、教えてるだけやで?」
「物は言いよう、ですね」
一連の会話に藤川 翔(
ga0937)がくすくす笑い、呆れた風のヒカルは長い黒髪をさらりと左右に振った。
「まったく、度し難い」
言葉はキツいがニュアンスは柔らかい。緊張をほぐすための、ちょっとした『言葉のキャッチボール』‥‥といった感じだろう。
集まったメンバーの中で唯一人、齢30を越えた『いっぱしの大人』の立場にある真壁健二(
ga1786)は、そんなメンバーから準備の進む会場へと視線を向けた。
「命がけで戦って、平和になったところで手のひらを返されるような扱いは、嫌ですからねぇ。直接戦災に遭遇する事のない人にこそ、人類を守るという大義を示して、その為に戦う傭兵へのイメージアップに尽力しなければ」
「随分、難しい事を考えてるのね」
背中で指を組んだシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が、彼の脇からひょっこり顔を出す。
「ええ。大人同士がいがみ合うのも嫌ですが、年端もいかない者が責められる事はもっと遠慮したいですしね」
豊かな腹を突き出して背を伸ばす健二に、シャロンは笑顔をみせ。それから、何もない草原の上で両手を広げ、ダンスの様に回った。
「イギリスは、まだ被害も少ないみたいね‥‥こうしてると、バグアと『戦争』やってるのが嘘みたい。皆、元気にしてるかしら」
久しぶりに母国の土を踏んだ彼女は、小さく呟く。
長い金糸の様な髪を、吹き抜ける秋の風が撫でていった。
平和で穏やかな秋の風景は、丘から見渡せる限りの地平まで続き。
その果てで、遠く高い青空と合流する。
ただ、澄んだ青い空の一角では。
禍々しい赤い球体が、彼らを見下ろしていた。
●プランと補完
「飛行実演は、バーティカル・キューピットとローリング・コンバット・ピッチのみですか。随分、あっさりした内容ですね」
「ローリング‥‥何?」
聞き慣れない言葉に、ノビルがイベント担当官へ首を捻る。
「バーティカル・キューピットとローリング・コンバット・ピッチは、曲技飛行の『技』の名前で、前者が皆さんのおっしゃっているハートマークを描くスモークアート。後者は斜め横並び陣形を組んだ編隊が、編隊を解散しながらロール‥‥つまり旋回を行って、順次着陸体勢に入ります」
「へぇ。そういうのにも、名前があるんだ」
出されたジュースを片手に、白鴉が感心した。
「でも、これだと‥‥開始から終了まで、5分か10分で終わりますね」
担当官の表情は、すこぶる微妙だ。
飛行実演に漠然と機を飛ばすのではなく、曲技飛行を行なう事は願ってもない。だが『演目』が実質二つでは、メインイベントとしてのインパクトに欠けるのだろう。更に、決定事項ですら実現には不足要素があった。
「で、スモークアートの組み合わせは決まってるんですか? 編隊飛行のポジションは? 編隊名も決まっているなら、紹介の際にアナウンスへ盛り込みますが」
「えーっと‥‥」
困った表情でシャロンが口ごもって、『仲間』を見やった。無双刻は明後日の方向を見、健二は苦笑を浮かべている。
「あの、決めてないです‥‥何も」
気まずい沈黙の後、言い辛そうに翔が口を開いた。
「う〜ん、いっそ適当に組み合わせ決めちゃえば? くじ引きして、番号順とか」
ジーラが苦肉の策を提案するが担当官の反応は芳しくなく、ヒカルが唸って考え込む。
「抜かったな。形にこだわって、そこへ至る肝心の実を練れていないとは」
「あと、連続してバーティカル・キューピットを四連で行なうというのも‥‥どうでしょうか」
「もしかして、難しい?」
不安そうに、ノビルが首を傾げた。
「そうですね。機体の動きを、もう一度考えてみて下さい」
バーティカル・キューピットは、三つの『パート』で構成される。
ハートの右半分と左半分を担当する機体が、揃って中央から真っ直ぐ上昇し。
スモークを吐きながら、それぞれの半円を描いて急降下する。
ロールを行なった右と左のスモークは、地上近くで交差して結ばれ。
最後の機体が、左下から右上に向かって、ハートを射抜く『矢』を加えるのだ。
八人のプランでは、『矢』を描いた機体が次のハートの片方を担当するのだが。
「『矢』は斜めに上昇で‥‥その後すぐ急降下で高度を下げ、また真っ直ぐ急上昇して‥‥う〜ん」
手順を踏まえて指で軌跡を描けば、かなり無理な動きを想定していた事が判る。
「では、無理でしょうか‥‥バーティカル・キューピットは」
肩を落として翔が呟けば、担当官は嘆息した。
「残念ですけど、四連は。八人で三・三・二に分かれ、各パートを担当してはどうです? 右ハートと左ハートが三機づつで、矢を二機で描くんです。一つのパートのスモークが多くなる分、多少は風に散ってもハートがハッキリ見えると思いますよ。編隊は、例えば安定性のあるS−01が先導という形もあります。あるいは機体比較のカラーを出すなら、S−01三機が右で、R−01が左三機。矢はS−01二機で構成するとか」
担当官の『修正案』に八人は互いに顔を見合わせて悩んだ末、首を縦に振って承諾する。
プラン自体が没になるより、あるいは無理を強行して『失敗』するよりも、来場する人々へ八人からの『メッセージ』を伝えたい‥‥そんな思いがあった。
「ああ、一つ『演目』に加えてもよいか?」
一つの問題が落ち着いたところで、ヒカルが小さく手を挙げる。
「せっかくだから機体変形をしようと思うのだがの。変形だけならば危険も少なかろう」
「そうですね。ナイトフォーゲルという機体がどんなものかをアピールするには、いいプランだと思います‥‥それなら、タッチ・アンド・ゴーを行ないますか?」
タッチ・アンド・ゴーとは、機を一度滑走路に着陸させた後、停止せずにそのまま再び離陸する事だ。
「つまり減速後に変形して着陸を行い、そのまま再加速して変形、離脱‥‥の流れでいいかの」
確認するヒカルに、担当官が頷く。
「では少々短いですけど、飛行実演はその三つで‥‥お願いします。あと、皆さん側で企画プランなんか、あります?」
「適合者を把握する一環で、SES搭載武器にエミタの代わりとなるモノを装着し、命中精度比較を行なう事で、判別はできんかの?」
担当官の問いに、引き続いてヒカルが質問を投げた。
「つかないですね」
首を横に振った担当官は、自分の手の甲を‥‥大抵、『能力者』達がエミタを埋め込む場所を‥‥もう片方の手で指す。
「エミタは、皆さん個人に合わせて調整されてます。そしてSES搭載武器は、エミタと連動します。適合者‥‥エミタを埋め込めるか否かは、エミタへの拒絶反応が出るか否か、なんですよ。判りやすく表現するなら、花粉症のようなアレルギー反応でしょうか」
「では、あくまで『能力者』という存在に興味を持ってもらい、適合検査に自ら足を運んでもらう‥‥というしか、ないかの」
「なんだか、献血みたいだね」
思案するヒカルに、白鴉が肩を竦めた。
「気軽に『能力者』への質疑応答を行なうようなコーナーは、設営したりできます? 普段行なっている事や任務での体験を、話したいんですけど」
翔の提案に担当官はぐるりと目を回し、天井を見上げながら考え込む。
「でしたら、ナイトフォーゲルの展示の際、機体の側で待機して下さい。直接触れ合うならその方が自然ですし、観客との写真撮影といった『サービス』もできますしね」
「でもそれ、自由参加でええよな?」
念のためにと無双刻が聞けば、担当官は首肯した。
●フェア
ぽんぽんと、空で音と煙の花火が弾けた。
フェアには近郊の家族連れや航空ファンなど、様々な人々がやってくる。
特にナイトフォーゲルの展示スペースには、多くの人々が集まっていた。楽団の演奏を聞きながら、普段は遠目ですら見る機会のない機体を間近で見物する。
「私達が戦えるのは、皆さんがUPCを支援して下さるからです」
それなりに年齢を経た『年長者』を相手に、健二が『能力者』の活動について説明していた。機体付近では、若い見物客は面白そうに機体を眺め、写真を−−機体と一緒に、女性陣を撮っている。またコックピットへ登るタラップでは、ポーズを取る我が子の姿を親がカメラに収めていた。
「お兄ちゃん達が、これ操縦してるの? 怖くない?」
親に連れられた子供達の質問に、少し照れくさそうにノビルが笑顔を返す。
「まぁな、でも自分の力を試したかった‥‥つーか、やっぱ一番は身近な人達を守りたいから、かな?」
「じゃあ『能力者』になると、君みたいな年齢でもコレに乗るんだ?」
子供の父親が尋ねれば、緊張した面持ちで白鴉は顎を引く。
「はい。そして、戦ってます。こうやって平和な暮らしを皆ができるよう‥‥『能力者』もそうでない人達も皆、思いは同じ。ただ平和な世界を取り戻す為。その事を、今日改めて考えていただけばと思います」
白鴉の言葉に、子を持つ親達は複雑な表情で機体を見つめていた。
そんな展示スペースに、明るい声といい匂いを伴ってシャロンが顔を出したす。
「お疲れ様〜! 皆、お腹が空いてない?」
手にしたトレーには、ドリンク類とフィッシュ&チップスやスコーンなどがのっている。
「『補給』ですか。有難い」
「そういえば、もうお昼なんだ‥‥」
健二が頭を下げ、不承不承つきあっていたジーラは少し顔をほころばせた。
「せっかくイギリスに来てくれたんだもの。これは私のオゴリ♪ 健二はビネガー控え目よ?」
「それはそれは。では、ご遠慮なく馳走になります。ジーラさんも、如何ですか」
「じゃあ‥‥せっかくだから。ありがと」
告げられた礼にウインクで答えたシャロンは近くのテーブルへトレーを置くと、観客との『応対』を務める翔達の元へ向かう。
「翔、手伝うわ。同郷の人間がいた方が、皆も気軽に話せるだろうし。あと差し入れも持ってきたから、よかったら食べてね」
「お気遣い、ありがとうございます」
「やった、ちょうどハラ減ってたんだ。おっ先に〜っ」
「ちょっ、白鴉! ずりぃぞ!」
礼もそこそこに走っていく白鴉の後をノビルが追いかけ、二人を見送った翔は「ところで」と話題を変えた。
「ヒカル様と無双刻様、見ませんでした? お二人も、もうすぐお昼ですのに」
「自由行動中だしね。ヒカルなら、適当に展示を見て回っていたわ。無双刻は、売店で子供達と一緒だったけど」
その光景を思い出して笑いながら、シャロンは売店の方を見やった。
他愛もない話をしながら展示を見物する人々の間を抜け、ヒカルは会場をぶらぶら歩いていた。
「こら、本気で殴んなやっ!」
売店の近くでは、無双刻が子供達と遊んで(?)いる。
「このような時代、もう少し頻繁にこういう催しがあるとよいのかもしれんな」
誰の為、と問われたら。民衆より、『能力者』達が忘れてはならない事を再認識する為かもしれない。
子供達とフリッターを取り合う無双刻を見物しながら、ヒカルはそんな事を考えた。
やがて、メインイベントの時間が訪れる。
今回の一件で、八人は準備の『穴』を痛感した。もし実戦でフォローできない『穴』があれば、作戦の失敗に直結しかねない−−。
「ボクは‥‥飛べるだけで、嬉しいのにな」
複雑な表情のジーラへ、シャロンが微笑む。
「ハートマーク、受けると良いわね。行きましょう、Lynx」
単に『空を飛ぶ事』に高揚しがちな気分を引き締め、八人は緊張した表情で機体へ乗り込んだ。
フェアの会場に、ジェットの音が轟く。
人々の目の前で行なわれた機体変形モードでのタッチ・アンド・ゴーは、観客の目を驚きで釘付けにし。
そして、バーティカル・キューピットのフォーメーションに入った。
六機の機体が、左右に分かれ。
少々いびつながらも、空に大きな白いハートを描き出す。
メジャーな『曲技』に、地上の観客達は笑顔でそれを見上げ。
一直線に描かれる『矢』がハートを射抜くと、上空を飛ぶ者達にその声が届かないにもかかわらず、大きな歓声が上がった。
大きく旋回した八機は高度を合わせ、次の編隊を組む。
右手の僚機を把握しながら、慎重に位置を合わせ。
「さぁ、地上の皆に俺達の『虹』を見せようか」
「ええ」「いっちょ、やるか」「頑張ろう!」
気合を入れる白鴉の耳に、コードネームで呼び合う仲間達の声が次々と答えた。
白鴉“Eden(エデン)”が橙で、ノビル“Nova(ノヴァ)”は緑。
ジーラ“Caprice Lynx(カプリス リンクス)”が、白。
ヒカル“Nemesis(ネメシス)”は、赤。
翔“Submarine(サブマリン)”の黄に、健二が紫。
無双刻“Glaucophane(グローコフェン)”が、藍。
シャロン“Dolphin(ドルフィン)”は、青。
八つの色で出来た虹が、澄んだ秋空へ現れる。
‥‥平和な空への願いを込めた、その『虹』を描くチームに、名前はないけれど。
ロールする機体が描く鮮やかな曲線に、地上では歓声と拍手が響いていた。