●リプレイ本文
●Meeting together
日頃、武装した者達が出入りする開店休業状態のブラッスリは、いつもとはまた別のベクトルの物々しさに包まれていた。
「『義勇プチロフ同志技師会』所属の身としては、この話、見逃せないのぅ」
まだ冷たい風にさらりと銀の髪に指を滑らせた煌 輝龍(
gc6601)が、重々しく頷きながら呟く。
「全く同感だね。プチロフは、新型をほとんど開発して無いから‥‥こういう機会があるのは良い事だ。後は、無事に販売されると良いんだが」
輝龍と共に足を運んだリック・オルコット(
gc4548)も、澄んだ空にふっと白い息を吐いた。
「それで‥‥ソレなのかい?」
案内をしたリヌ・カナートが二人の腕に付けられた腕章を示し、苦笑混じりに聞く。
腕章にはロシア語と英語とフランス語の三ヶ国語で、『義勇プチロフ同志技師会』の文字が書かれていた。
「義勇プチロフ同志技師会主任、リック・オルコットだ。で、これは要するにプチロフの非公式ファンクラブの証って奴だな」
「そりゃあ‥‥逆に申し訳なかったね。ロシアの技術者達に直接じゃあなく、フランスのジャンク拾いが仲介に立ってさ」
冗談めかしてリヌは肩を竦め、ブラッスリの扉を開ける。
「確かに、直接熱意を伝えられない事は残念ではあるのぅ。それでも結果として、プチロフの新型がロールアウトされれば問題ないのじゃよ。勿論、我らの意見が生きたものであれば、至上じゃな」
そんな期待を込めて、輝龍は意見聴取の場へ足を踏み入れた。
「開発依頼‥‥か。関わるのは、俺も初めてだ‥‥」
どこか緊張気味な國盛(
gc4513)に、こくりとリズレット・ベイヤール(
gc4816)も頷く。
「リゼも‥‥このような場に参加するのは初めてですね‥‥。少しでも‥‥お役に立てれば、良いのですけど‥‥」
「どんな機体を作っても、乗り込むのは最前線で戦う能力者達‥‥その意見を取り込むのは、大事だからな。意見がどこまで取り入れられ、取捨選択されるかは俺も分からないが、希望があった事自体は蓄積されると思うしな」
紅茶を出すコール・ウォーロックに、じっと國盛は湯気の立つカップに視線を落としていた。
「皆の案はどんなモノになっているのだろう、な‥‥ところで、珈琲はないのか?」
「残念ながら、今は切れてるな。軍との繋がりがあっても、嗜好品まではなかなかだ」
「そうか‥‥」
言葉を切った國盛が何やら思案し、その間にリズレットは静かにカップを口へ運ぶ。
「あら、いい香り‥‥」
「シレットティーが手に入ったんです。せっかくなので、皆さんにも楽しんでもらおうと思って」
紅茶の中でも最高級品とされる茶葉を惜しみなく提供した鏑木 硯(
ga0280)が、次の紅茶を入れながら返事をした。
「硯も、紅茶の入れ方が手馴れてきたよな」
「いえ。まだまだ勉強中ですよ」
褒めるコールに硯は照れながら、砂時計をひっくり返した。
カウンターに頬杖をついたシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が、そんな手つきを楽しげに眺めている。
「こちらのお嬢‥‥さん、でいいのか? ま、ともあれ、温まってくれ」
「ありがとうございます」
カウンターの隅に座り、化粧崩れと肌の状態をチェックしていたレガシー・ドリーム(
gc6514)は、鏡をしまうとメイクセットの蓋をパチンと閉めた。
スコーンを置くコールの問いにはどちらか言及せず、ソーサーに手を取るとカップから立ち上る香りを楽しむ。
だが『本題』に入る前の、穏やかなひと時‥‥という訳でもなく。
「合言葉はアンチドローム! R−01Eなんて錬力喰らいすぎの欠陥機、いらねー!」
少々過激な気炎を吐いたりもしているリチャード・ガーランド(
ga1631)に、やれやれと首を左右に振ったUNKNOWN(
ga4276)が紅茶へブランデーを加える。
「前回の意見徴集から、時間が空きましたからね。前回に述べた意見が、機体開発に反映されていると宜しいのですけれど」
ふ、と短く嘆息しながら、以前のプラン立てに参加した再度クラリッサ・メディスン(
ga0853)は事前に準備された資料へ目を通していた。
そこに記載されたデータには、果たして思う形があったかどうか。
「ただ。優秀な機体ができればいいという訳ではなく、買えない機体ならあっても意味がありません。そこを、如何に理解して貰うか‥‥ですな」
話し合いの場に直接参加は出来なかった秋月 祐介(
ga6378)も、今回は足を運んでいる。
「後は、価格を下げる為には多少の性能低下もやむなし、と」
「その辺りのバランスは、プチロフ次第でしょうが」
「プチロフと言えば、コイツをプチロフの設計者に届けてくれないか」
リヌへ声をかけながらリックはテーブルへダンボールを置き、それをウラキ(
gb4922)が覗き込む。
「これは、ウォッカ‥‥?」
「当たりだ。一本はここで飲もうと思ってね」
箱から一本を引き抜くと、リックは瓶を友人へ掲げてみせた。
「ウラキ、久し振りだね? お互い、プチロフ製の愛好者ならこれには参加しないとな?」
「ああ。せっかくの機会、ゆっくり話せたらと思っている」
戦友の言葉に、ウラキも静かに頷いてみせた。
「ともあれ、だ。待ちに待ったぜ‥‥早く実物に乗りてえな!」
既に待ちきれない状態な大河・剣(
ga5065)がうずうずと椅子に腰掛け、夢守 ルキア(
gb9436)もまた紫の瞳をいつになく輝かせている。
「私もだよ、剣センセ。プチロフのタフさを活かした、管制機としてのKV‥‥出来るといいね」
思いは既に窓の外、遥か空の先へ。
肩を張らずに話しやすい雰囲気でという事もあり、意見聴取に応じた顔ぶれが揃うと形式ばった挨拶や紹介を飛ばし、話は『本題』へと入った。
●Directionality
「じゃあ手始めに、機体のスペック案から確認していいかい?」
この場へ参加した者達へ事前に渡された資料を手に、リヌは揃った個性的な顔ぶれを見回した。
「前回の希望聴取を元にプチロフから出てきたのが、添付した資料にある三つのスペック案。でまぁ、個々の希望や意見を聞く前に、オーソドックスに決を取りたいんだけど」
「それなら、取るまでもないと思うぜ」
ニッと笑った剣が、揃った顔ぶれに意味ありげな視線を向ける。
「そうなのかい? じゃあ簡潔に聞くよ。三つのスペックのうち、A案を推薦」
ひょいと手を挙げる仕草をリヌがすると、場に集った能力者全員が賛同の意思を示した。その申し合わせたような反応に、『まとめ役』はちょっと驚いた顔をする。
「全員、A案の『生命・防御特化型』で異論ナシか」
「そうだな」
方向性に異論はないと、リックはウォッカで唇を湿らせ‥‥視線を覚える。
「酒は話が終わってからな。後で、コーヒーを淹れてやるから」
ウォッカの瓶をじーっと見つめる剣へ、ウラキが釘を刺し。
「頑丈さで進めるなら‥‥プチロフの頑強さは魅力、だ」
「いざとなれば、無茶も出来るしな」
お預けをくらったせいか、どこかがっくりと肩を落とした剣が彼に付け加えた。
「無茶の方は、ともかくとして。電子戦機は戦場でも狙われやすい機体ですし、第一に生存性が優先されます」
小さく手を挙げたクラリッサが、推した案への見解を述べる。
「A案は生存性で優先される生命・防御に重点が置かれており、また抵抗も重視されています。他の案に比べて装備が重視されているのも、アクセサリスロットの多い機体である事から考えると推奨する要因ですね。
回避も知覚も、今までのプチロフの機体がどちらかと云えば苦手としていたジャンルですから‥‥短所を補うよりも、長所を伸ばす方が建設的だと思いますわね」
「ああ。とにかく生き延びる形で、装備力が高いのもいい」
煙草を指に挟んだUNKNOWNが、紫煙混じりで自身の私見を加え。輝龍もまた「そうじゃな」とスペックを見直した。
「そうじゃな。アクセサリスロットも多く、燃料タンクが沢山積めるので、錬力はある程度確保できるものとして考えておる。後は空戦でも盾受けのできる、珍しい機体になればと思うのじゃが」
「ああ。ま、これでも良いが‥‥攻撃と受防が反対でも、構わんな‥‥」
びっと人差し指を向ける輝龍に國盛が同意し、リズレットもまた銀髪を揺らす。
「‥‥そうですね‥‥既存の電子戦機に劣らない物を、というのであれば‥A案がいいですね‥‥。万能な機体に仕上げるよりも‥‥プチロフ社のノウハウを生かした機体にした方が安定するでしょう‥‥。ただ、極端に言えば‥‥回避・知覚の二項目は、完全に切り捨てても大丈夫ですね‥‥。‥‥その分を、装備・練力に回す感じでしょうか‥‥」
「あ、それは私もそう思った。二つが無理なら、回避の分を練力に回すとか」
リズレットの意見にすかさず賛同したのは、ルキア。
「確かに、燃料タンクを積めるのもいいけど、汎用性は欲しいっていうか。骸龍と被っちゃうからね、オロチとは陸と海で離れるし。後は、特殊能力で練力を使う事も多い。万が一を考えて、ブーストの余力も欲しい」
そして託すように、今はデータとしてのみ存在する機体へルキアが目を細めた。
「長くいてこその、電子戦機‥‥この子は防御や生命力がある」
「それなら、攻撃力を落として錬力に回すべきじゃないかな? まぁ、装備力があるなら燃料タンク積むってのは、俺もそうすると思うけど」
「それは、どうでしょう‥‥」
「祐介君も、何か引っかかる?」
紫の瞳を向けたルキアがきょとりと問えば、祐介は腕組みをした。
「スロットが多くても錬力増強に割かれるなら、防御・生命を削ってマイルドにして、アクセサリ等の拡張性は搭乗者の好みに合わせられる方が良いでしょう。そうでないと、購入者を絞り過ぎるのではないのですか? また盾が有用でも、受けられなければ意味が無いのでは?」
祐介の質問にリヌは困り顔で唸り、短く切った髪をがしがしと掻く。
「今から『防御優先から練力優先に方向修正』という形に修正をするのは‥‥正直なところ、難しいねぇ。最初の意見聴取から随分と時間が開いて、要求が変わったとしたなら申し訳ないところだけど」
「しかしながら、やはり使用者としては自分のスタイルに合わせたいという部分があります。誰もが同じとはいかないでしょう。特に燃料問題は厳しいもので、自分の骸龍も何とかする為に、かなりの無茶が必要でした」
「うん、無茶してるよね。それに祐介君は、管制としても凄いって思うよ」
骸龍トモダチであるところのルキアも、付け加えて目を輝かせた。
二人の様子を見ながら、リヌは灰皿へ煙草の灰を落とす。
「わかった。特化傾向まで変わるかは不明だけど、練力の見直し希望が多い件は伝えておくよ。なにせあんた達の命を預かる機体だ、使い物にならなけりゃあ意味がない。でも、かといって全ての要望を詰め込む事も出来ない。今回の意見聴取は、実現化への最終調整みたいなモンだ。それ以外の有意義な意見もあったという事自体は伝えておくけど、どうしてもより多数が望む方向での取捨選択になると考えとくれ」
念のためにと断りを入れて、リヌはスペック案の意見をまとめる。
「‥‥皆、暖かい珈琲でも如何かな? まだ寒い時期だ、体も暖まるぞ」
「そうだな」
ひと区切りついたところで國盛が席を立ち、ウラキも続いた。
「カップも空になっただろうし、少し休憩するか。鏑木さんが紅茶をご馳走してくれたから、俺もコーヒーを淹れよう」
「ああ、自前のコーヒーミルで挽いた珈琲をご馳走するぞ? そこのサイフォンを借りてもいいか」
「ご自由に、だ」
國盛が空いたカップを下げるコールへ断りを入れると、カウンターに回るとサイフォンを確かめ。一方のウラキは、ドリップ用のフィルタを用意する。
「二人とも随分と手馴れたモンだね」
「これでも、珈琲店を営んでいる身だ‥‥」
「俺も『ラスト・ホープ』では、兵舎喫茶もやってるからな。人並み以上の味は出せるよ」
感心するリヌに國盛は言葉少なく、ウラキもまた友人らへちらと目をやった。
「話の方は、進めてくれて構わない。コーヒーは、その合間に配っておこう」
「了解したよ。にしても、軍の連中に淹れ方のコツを教えてやってほしいね。連中は豆じゃなく、頭が煮えてるよ。全く」
相変わらず口さがないリヌに思わずくすと硯が笑い、小さなプレートにクッキーを追加してシャロンの傍らへ置く。
「リヌさん、元気そうでよかったわね」
「はい」
こそりと囁くシャロンへ、硯もほっとして頷く。
一方でレガシーの傍らに置かれたスコーンは、そのままで。
「口に合わなかったか?」
「‥‥ボク、間食は控えてるんです」
コールの問いに、砂糖もミルクも抜きの紅茶をレガシーは口へ運んだ。
「ちょっとした油断って、後で体型に響くんですよね‥‥」
笑顔でレガシーが答える傍らで、クッキーへ伸ばしかけたシャロンの手が止まる。
「あっ、後でシテへ行くからね、硯」
「分かりました、シャロンさん」
言ってクッキーをかじるシャロンに、硯は明るく返事をした。
●Extendibility
「プチロフから出てる機体特殊能力案は『ジャミング中和装置』と『巨大盾』‥‥垂直離陸能力は、外したのかあ」
再び話の流れは新型機の検討へと戻り、機体特殊能力案にリチャードが小さく唸る。
「グロームやノーヴィ・ロジーナとの連携戦闘で強襲降下するというプランを思い浮かんだから、提案したんだけど。まあ、大楯なんて趣味な武装あるからいいか」
「そうだな‥‥俺としてはスキルは砲撃支援。次点で索敵装備が好ましいところだ」
ウラキからコーヒーカップを受け取ったリックが、香りを確かめる短い間だけ言葉を切った。
「個人的な意見だが、コイツとグロームが組んで対地攻撃とか良いなと思う。施設攻撃は、大規模作戦時に実行する機会が多いからな」
「そうですね。砲撃支援は、プチロフの主力機であるグロームの特性を最大限に活用出来るでしょう。また、今後対地攻撃や対空攻撃を行う機会も増えてくる可能性があります‥‥が、私はこれを第二候補として、第一候補は索敵装備に票を投じますわね」
紫の瞳をクラリッサはリヌへ向け、リチャードも頭の後ろで腕を組んで足をぶらぶらさせる。
「俺も、スキルについては索敵を押しておくよ。第二案としては砲撃支援かな。グロームとの連携での爆撃。空挺降下支援機としては最高だと思うけど‥‥生産ラインが大丈夫なら偵察機メインとしてのタイプと、グローム随伴可能な運用機としてのタイプ、二種生産を提案したいね」
「機体の価格が手頃なら、乗り換えによる使い分けは容易になるでしょうね」
どこか含みのある語調の祐介に、意図は汲みながらもリヌが微妙な苦笑で煙草を咥えた。
「ただし自分としては、無理に戦うより後の先を取り、友軍の支援となる方が良い。もし例え戦うにしても、先の先を取れる方が有利なのは変わりありません」
「イニシアチブは、重要ですから」
クラリッサもまたカップを手に取り、新型機の需要予測について別のアプローチを示唆する。
「現在、アンチジャミングのカテゴリCを有するのは骸龍のみですし、その特徴としては逆探知能力があります。今回、機体を購入するメインターゲットは、脆い骸龍からの乗り換え組とも考えられますし、まったく同じでなくとも偵察機として使えるよう、索敵装備を搭載しておく事は有益と考えますわ」
コーヒーミルのハンドルを回しながら、國盛も「そうだな」と思案する。
「ジャミング性能は最初から付いている‥‥ならば策敵機能を追加すれば、更に利便性は増すのではないか?」
「索敵装備をもってる機体って、意外と少なかったからなー」
事前にひと通り下調べをしてきた剣が、ぽいと無造作にクッキーを口へ放り込んだ。
「出来れば早期発見だけじゃなくて、接触するまで有利な状況を維持する事が出来れば、普通の空戦でも使いやすくなると思う」
もぎゅもぎゅと口を動かしながら喋り、そして飲み込む剣。
「私も索敵装備を‥‥と言いたい所だが、これは英国王立兵器工廠の方が得意そうだ。ここはプチロフらしく、斜め四十五度系を推そう」
紫煙をくゆらせながら、UNKNOWNが書面の文字を指でなぞる。
「これこそプチロフらしい。可能なら足で蹴飛ばしたらとかで、既存の50%復活も加えてくれたら。より、しぶとい機体になるだろうね」
「ボクも機体能力は斜め四五度系がいい、かな。次点で省エネモードって、感じです」
こくりと頷くレガシーはコーヒーを遠慮し、代わりに硯が紅茶を置いた。
「うん。傭兵の中の知名度じゃ、やっぱり斜め四十五度系は外せないかな。逆斜め四十五度キックとか?」
「やはり‥‥プチロフ社の代名詞とも言える、斜め四十五度系を希望したい所ですね‥‥」
静かにコーヒーの香りを楽しんでいたリズレットもプチロフの特徴的な特殊能力を推すが、表情はどこか不確かで。
「‥‥しかし、現状のプランに上がっている‥‥ジャミング性能への博打は些か不満がありますね‥‥。プチロフの神秘といえる斜め四十五度ですが‥‥これはやはり、機体の生き死にを左右するスキルであって欲しい‥‥というのがリゼの願望ですね‥‥」
支援機ならば、性能の安定性は第一というのもあるだろうが。
斜め四十五度という特殊な『荒療治』に対する、彼女のなりのこだわりだろう。
「若しくは‥‥偵察機として特化させる為に、索敵装備の選択も有りでしょう‥‥」
「確かに、斜め四十五度はプチロフ独自‥‥じゃが」
金の瞳の片方を閉じ、銀の髪に指を通しながら輝龍は思考する。
「斜め四十五度が瞬間ブースト、後は半壊‥‥精密機器の脆さを押していて、『頑丈』と言う『プチロフらしさ』が無いと思うのじゃ、それなら安定感のある方がプチロフらしいではないか?」
そうして候補に上がったプランの一つずつを指折り数えながら、彼女なりの所見を加えた。
「二重回路の『通常では壊れているはず、でも動く!』と言うのは、やはりプチロフらしさがあるからのぅ。
砲撃支援は、実弾のみと言うのが過去のプチロフ機の踏襲を感じるところじゃの。弾幕ミサイル、ロケット、ガトリング、キャノン等、今まで牽制用だったものが主力並に活躍するとなれば推すしかないのう。
「電子戦機なら、索敵装備は必須かの、砲撃支援のスキルにもIRSTが組み込まれていて流用のできる辺りも強みかのぅ‥‥少ない部品で、と言う意味もあるが」
「でも売り物である以上、使用者に愛着を感じさせる『可愛さ』は必要だし、ブランドの定番があるのなら、それは外すべきでない‥‥とは思うわね。プチロフなら、斜め四十五度系みたいに」
二重回路の案を出したシャロンは、硯の紅茶に目を細め。
「『最前線で味方の援護を継続できる機体』をコンセプトに、『電子戦機は貧弱』というイメージの払拭を考えた機体‥‥一種の保険よ、二重回路は。より攻撃的な支援、能力者のクラスに例えるのなら。これまでの電子戦機はサイエンティスト、今回の電子戦機はキャバルリーと言えるような強固なイメージを前面に出して欲しいわね」
目を伏せて一拍置いたシャロンは、ころりと明るい笑顔を向ける。
「‥‥と、ここまで言って何だけど。私はあんまり難しい比較は苦手だし、後は任せるわ」
「二重回路は言わば、長く戦場に留まるようにする為の手段だよね。頑丈さ、タフさを表せる特徴の一つだと思う。まだ続けられるって思ったら、まだ戦おうって思うもん」
ふっと湯気を吹いてから、ルキアは両手で持ったコーヒーカップを傾けた。
「その次に、索敵装備かな。電子戦機として使いたいから、私だったら‥‥今までにない新しい試みだし、敵の位置を把握する事はある程度の命中を確保出来ると思うんだ。実際は相手も動くワケだケド、間接的なフォローになるもん」
「僕も、機体特殊能力は索敵装備を推すよ‥‥これについては、考えがあって」
コーヒーのお代わりはいつでも受け付けるからと身振りで付け加えてから、ウラキが口を開く。
「この装備、付近にこの新型電子戦機が複数存在する時、索敵精度や周辺KVの精度を更に高める効果を持たせられないか? 簡単に言えば、地殻変化計測器と同じ効果。単体の計測よりも、複数・多角度から計測した方が精度は上がるという話だ」
「過去の電子戦機は、同一機が複数居ても支援効果は高まらず‥‥一部隊での運用機数も、制限されていた訳だが。こいつは違う、となれば」
ひとつ呼吸を置いてから、ウラキはリヌを見やった。
「これは軍向けの営業から見ても、『大量発注の利点が一つ増える』事になるね」
「ああ、それは確かに売り込みがしやすくなるだろうよ」
コーヒーを片手に、リヌもまた彼へ頷き返す。
「次の案は技術的にどうか分からないが、その発展型として付近の高性能IRST機‥‥例えばロジーナやワイバーンといった機体を、さっき言った計測器のように使い、戦闘時命中系の恩恵を得るという物。火器管制システムの親機が新型電子戦機、子機が戦場に散るIRST機‥‥というイメージで」
「赴いた戦場で、即席の有機的なサポート型ネットワークを形成する‥‥臨機応変に動く傭兵らしいな。英国王立兵器工廠が乗ってきたら、面白くなるだろうが」
「あくまで素人意見だけどね。あったら良いな、程度の」
傍らで聞いていたコールの言葉へ、ウラキは小さく肩を竦めた。
そこへカウンターのタイマー音が鳴って、煙草を置いた國盛が立ち上がる。
「飲み比べ‥‥という程でもないが、よければ飲んでくれ」
勧める國盛に、ささやかな贅沢を楽しむ者達は興味深げな視線を注ぎ。
また違ったコーヒーの香りが、フロアへと広がった。
●Nickname
「こうして飲むのも、旨いな」
また違った風味に、ひとつ息をついたウラキが感想を口にする。
スペック案、機体能力と全員の意見が出揃ったところで、話は最後の機体愛称へと移っていた。
「ボクからは特に意見はありません。御任せします」
「そうですね。どの名になっても、自分も問題ありません」
レガシーと祐介は早々に『棄権』し、シャロンもまた片目を瞑ってみせる。
「どんな名前になるか、楽しませてもらうわね」
「そう言われると、妙に緊張するんだけど」
恐縮しながら、硯は軽く咳払いをした。
「俺は‥‥んー、イメージ的に『スローン』かな」
別に友人がって訳じゃないけどと、口ごもりながら、苦笑する。
「うん。盾を持って、強引に敵の中に飛び込んで偵察する様は『大きな象』って感じで、良いんじゃないかな」
剣もまた何度も頷きながら、リックのウォッカへ手を伸ばしかけて。
「剣センセ。終わったら、飲みに行こうね」
「う、うん‥‥だな。でも、ウォッカも捨てがたいんだよな‥‥」
ルキアの誘いにぐっと我慢する様子を見て、リックがグラスを掲げた。
「遠慮しなくてもいいが」
「ここで飲んで寝潰れたら、もったいないしっ」
「ああ、成る程ね」
納得しながら、じゃあ代わりにとUNKNOWNは遠慮なくウォッカをグラスへ注ぐ。
「候補以外の名称も構わないという事だから、私はФеникс‥‥『フェニクス』、不死鳥な電子戦機と名付けたいどころだ」
喉から胃に落ちる焼け付く感覚に、UNKNOWNが新たな候補を挙げた。
「‥‥そうですね‥‥生命、防御特化した機体にする事を前提として‥‥になりますが‥‥」
幾らかの砂糖とミルクを足したリズレットがコーヒーを一口飲み、彼女好みの味に僅かだが満足そうな表情を浮かべる。
「リゼは‥‥Кремль『クレムリ』を推します‥‥。ロシア語で、『要塞・城塞・城』を差す言葉ですね‥‥」
言ってから、周りの視線に気付いて視線を泳がせ。
「‥‥ベタですね」
カップの水面に向けて、ぽつと呟いた。
「そうだ。『Эв』って名前だけど、あれは形式番号の末尾につけてくれるだけでいいよ。ノーヴィ・ロジーナベースならPT−056Эвって感じで。アレは分類上の、仮の名前だし」
提案したリチャードが説明すれば、リヌが片手を挙げて了解している旨を示す。
「ただ、ロジーナのフレームを流用するとは決まってないからね。他の機体候補に似通った、あるいは同様の型番があると混乱しかねないからね。で、他の意見はどうだい?」
「俺は『サヴァー』へ、一票だな」
「そそ。夜の狩人だもん、梟って、ピッタリじゃない?」
ウラキにルキアが続き、國盛もまたリヌへコーヒーのお代わりをしながら頷いた。
「策敵機能が付くとすれば‥‥だが。梟の目のような、そんなイメージを」
「俺も同意見だ」
「ふふふ、さすが義勇プチロフ同志技師会の同志じゃ」
リックと意見の一致を見たらしく、袖の腕章を整える輝龍。
「我が推薦する愛称も、やはり『サヴァー』じゃな。森の賢者とも呼ばれる梟は今回の機体にマッチしておると思う、我の故郷では『不苦労』とも言うしのぅ」
「ええと‥‥?」
「苦労をしない、という意味じゃよ」
首を傾げるリヌへ輝龍は説明を付け加え、柔らかな金髪を揺らしたクラリッサがくすりと微笑む。
「ヨーロッパでは、英知の象徴である『梟』という存在。電子戦機の名として相応しいと、私も思うわ」
クラリッサもやはり『サヴァー』を推し、これで全ての意見が出揃った。
「時間は‥‥まだ、あるようだね。せっかくの機会だ、何かプチロフの方へ伝えておく事があれば一緒に聞いておくよ」
ICレコーダーを確認したリヌが、案を出し終えた者達へ確認し。
「そうですね‥‥」
指を口元へ当てたレガシーが、少し思案した。
「伝えるなら、後はロジーナ系、グロームとの操縦系統インターフェイスの単純化と更なるパーツの互換化による整備手順の合理化、簡略化を行い、整備性、稼働率の向上、兵站面での負担の軽減に努める‥‥という点でしょうか。ジャミング中和発生装置の形状は、背部折畳式が好ましいですね」
「うん。私も管制として、欲しいものを選んだつもり。タフさを前押しした、扱い易さ。管制に慣れてないヒトも、管制に慣れたヒトも使い易いと思う。装備力もあるから、前線に立とうと思えば出来るし‥‥」
ひとつひとつを指折り数えたルキアが、ぐっと拳を握る。
「電子戦機は狙われやすいから。敢えて囮を選んでも、生き残る‥‥冬を耐えしのぐように」
「前線での展開を主眼に置いてプチロフらしさを損なわず、継続戦闘力の確保ができる機体を目指したつもりじゃが‥‥そうなれば、よいのぅ」
しみじみとコーヒーを飲む輝龍に、祐介は最後にもう一押しと念を入れた。
「自分が一番期待しているのは、とにかく手に入れ易いという事です。売れた機体である岩龍も、その安さが売れた要因と思われますから。骸龍も換装費はそこまで高くはないし、ウーフーも価格は下がっていますので」
「要望も、いいだろうか?」
念のためにとリックが尋ねれば、黙ったままリヌは首を縦に振る。
「俺は、プチロフから対地ミサイルを出して欲しい。対地攻撃機のグロームの推奨装備になぜ対地攻撃兵装が無いのか、前々から疑問だったんだ。こいつの推奨装備でも良いから、販売される事を祈る」
「推奨装備なら、俺も」
すかさず挙手をしたリチャードも、出来れば通ればと付け加えた。
「自衛戦闘に向いた、銃剣機能付きアサルトライフルが欲しいかな? 最近、ガンスリンガー向けにでたノワール・デヴァステイターとか、カジノにある銃剣トリストラムとか、銃と剣が一体になった武装。銃と剣を別々にってなると、装備スロットを圧迫するから」
「良いモノに仕上がれば、良いが‥‥」
静かに、國盛もカップに残り僅かとなったコーヒーを口にする。
「関わったモノが、どんなスペックと機能を持ったKVに仕上がるのか‥‥何とも楽しみなものだ、な」
そして思い思いの伝言を終えると、意見聴取は終了となった。
●Way to the sky/Pray to the sky
「よーっし、前祝だ! 飲みに行こう、リヌ。それから‥‥」
ようやく飲めると喜んだ剣がちょっと悩み、カップを片付けるコールは肩を竦めた。
「ああ。コールでもシューでも、構わないさ」
「じゃあ、コールでいいや。どこか、いい酒場を紹介してくれるか? 新型機体の成功を祈って酒盛りでも‥‥代金はまあ、当然割り勘だけどなっ」
「行く行く、剣センセと飲みに行くっ!」
ぱたぱたと、ルキアも手を振って主張して。
「祐介君トカ、ウラキ君も行こう!」
「飲むなら、ビールは駄目なので白ワインでも‥‥しかしルキアさんは、確か‥‥」
「むー、もう大人だもん!」
言外に含んだ祐介の視線に抗議しながら、なおも笑顔を崩さないルキア。
「笑って誤魔化しは、効きませんからね」
そんな会話に微かに表情を緩めたウラキも、リックと軽く飲んでいたウォッカのグラスを掲げた。
「そうだな、皆で乾杯しようか‥‥新型の未来に」
「う〜ん。久々に来たんだから、コールさんの料理が食べたかったけど‥‥」
「すまなかったな」
残念そうなシャロンへ、片付けを終えたコールが申し訳なさげに苦笑する。
「彼らも、賑やかな街へ繰り出した方が楽しいだろう。それに、たまには‥‥ここ以外で過ごすのもいいかもしれないぞ」
「じゃあ先に行くから、シュー。カルカッソンヌはワインも作ってるからね。ビールよりは、むしろワインを薦めるよ」
そんな話をしながらリヌは車のキーの一つを取り、先に街へ戻る者達と外へ出る。
「リヌさんとは‥‥その後、どうですか? 変わらないのなら、それはそれで良い事なのかな‥‥」
どこか心配そうな硯が、そんな後ろ姿を見送って。
「まぁ、そうだな。ただ今回の話は、少し難しかったようだが」
「難しい、です?」
「イタリアのカプロイア、ドイツのクルメタル、ロシアのプチロフ、そしてイギリスの英国王立兵器工廠。この欧州だけで四つあるメガコーポに対し、枠にとらわれず機体プランを提示していけたらというのが、レナルドから受けたプロジェクトの主旨だったらしいが。機体に乗る側としては、メガコーポ各社と直接交渉した方がやり易いようだな。逆にこういった砕けた場での提案がし辛かったのなら、申し訳なかったというか」
一連の話の流れを見守っていたコールは、大きく紫煙を吐いた。
「まぁ、俺の私見だ。こちらも行くか」
「あ、その前に。イヴン達へ、以前のささやかなお礼の品を‥‥お願いしたいんです」
火が消えている事を確認したコールへ、硯が包みを差し出す。
「時期的に手作りクッキーですけど、リヌさんやコールさん達から、送ってもらえませんか?」
包みと硯を見比べたコールは、何かを得心して手を伸ばした。
「こないだのメモリの、礼か」
「その、俺が直接、持っていってもいいんですけど‥‥」
微妙に口篭る硯の肩を、ぽんと軽く男が叩き。
「もしロケットの子供達への預かり物なら、私が届けよう。他にも、手紙などあれば」
話が耳に届いたのか、UNKNOWNが伝達役を申し出る。
「いいや。心遣いだけ、有難く受け取っておこう。さて、こっちも行くか」
車の鍵を掴むと、コールは外套を取った。
扉を開いて外へ出れば、広がる畑と遠くの城砦(シテ)を國盛がじっと眺めながら煙草をくゆらせている。
「街まで、送るぞ。乗り心地は保障しないが」
後ろから声をかけるコールへ、握った幸運のメダルを國盛はポケットへ押し込んでから振り返った。
「ああ、頼む」
最前線とはまだ縁遠い、静謐な郊外の光景に國盛は踵を返し、幌付きの小さなトラックへ歩み寄る。
(この景色‥‥あいつにも見せてやりたかった、な‥‥)
ふと思いながら、彼は乗り込む前に煙草を消した。
車がカルカッソンヌの街へ着くと能力者達はコールと別れ、それぞれに街へ散る。
「せっかくの機会に、のんびりとさせてもらおう。観光と酒と、地酒や地元の料理を頂きたいところだ」
ぶらりと散策するようにUNKNOWNは街並みへ消え、他の者達も軍施設やカフェへと分かれた。
「シャロンさん、よかったら少し、散歩でもします?」
たまには、ゆったりとした時間を二人で過ごせたらと。
そんな思いで誘う硯に、シャロンは快く笑顔を返す。
「実は、シテのサン・ナゼール寺院に行きたかったのよね。硯、付き合ってくれる?」
「ええ、もちろん!」
問われた硯は、一も二もなく頷き返した。
「クッキー、リヌさんもコールさんも理由がないと連絡とってなさそうだから‥‥イヴン達に、連絡を取るきっかけになればと思って」
ぶらぶらと街の住民に混ざって歩きながら硯が明かせば、シャロンはくすと笑う。
「硯らしいわね」
「いえっ。シャロンさんは、教会へは‥‥何を?」
それとなく硯が尋ねると、隣を歩くシャロンは青い瞳を伏せた。
「お祈りを‥‥しようと思ってね。どんな機体が誕生するにせよ、乗り手を守る良い機体が誕生しますようにって。そしてブクリエの人達やコールさん、リヌさん達を守って下さい‥‥って」
「そうですね」
ぎゅっと祈るように指を組む彼女に、硯も真剣な顔をして呟く。
「俺も一緒に祈って、大丈夫かな?」
「ふふっ。私が大目に見てあげるわ」
悪戯っぽくウインクするシャロンに、ほっとした表情を硯が浮かべ。
(‥‥うん。彼らに降りかかる災いをいくらかでも、私が払えますように‥‥)
仰ぐ早春の空は晴れて、夕暮れを迎えようとしていた。