タイトル:Where is the miracle?マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2011/02/01 23:05

●オープニング本文


●空見る少年達
 彼らの元には、それぞれ二通づつのクリスマスカードが届けられていた。
 送ってきたのは、フランスから。
 差出人の名はリヌ・カナートとコール・ウォーロック。
「忙しい、のかな?」
 ぽつりと、最年少のエリコが呟く。
 毎年クリスマスには、二人のどちらかと何らかの形で一緒に過ごしていた五人の少年達だが、先日のクリスマスは五人きりで過ごした。正確にはラストホープでの監督者であるKV整備部の老チーフ夫妻が気遣い、家へ招待してくれたのだ。
「向こうの状況とか、俺らには分からねぇもんな。チーフだったら、知ってるかもしれねぇけどさ」
「まぁ、俺達はあくまでも『一般人』だからな」
 最年長でリーダー格のイヴンが、不機嫌そうなミシェルを宥める。
「戦況とか知らされないし、外との連絡だって自由に取れないし、『ラスト・ホープ』に出入りするのだって一苦労だもんなぁ」
「バイトしてても、別に軍の関係者じゃないし」
 仲のいいニコラとリックは、言葉を交わしながらトランプで遊んでいた。

   ○

 五人の少年達に血の繋がりはなく、スペイン北部の片田舎にある同じ教会で育った孤児だった。
 イヴンとミシェルが年長組なら、ニコラとリック、エリコの三人は年少組になる。
 保護する戦災孤児が増える事に伴い、揃って教会を出て、バグアとの戦闘の後に生じるジャンクを拾って生活をし。やはりジャンク屋だったリヌ・カナートと知り合い、能力者達と出会った後、彼らと「ロケットを作る」という約束を交わした。
 そしてロケットを作る下地としての勉強から始める為に、五人は能力者のコール・ウォーロックを保護者として『ラスト・ホープ』に住む事になり‥‥今に至る。
 読み書きと簡単な計算程度は孤児を養っていた教会でも習ったが、学校なぞ通った事などない。小学校レベルの基礎から始めて、年少組はようやく中学校・高校レベルにまで何とか学力がついてきた‥‥といった感じだった。
 一方で年長組は、既に追いつけない勉強よりも、社会的な手続きや交渉事など生きていくにあたって付きまとう『面倒くさい』部分を担当し、年少組三人が学ぶ事に集中できるよう配慮している。
 生まれた正確な日付が分からない為に、五人とも正しい自分の歳を知らない。
 それでも書類上は最年長のイヴンが今年で20歳、最年少のエリコは17歳になろうとしていた。

   ○

「でも俺らも、いつまでもこうしている訳にはいかねぇよな。俺とお前は‥‥もう勉強より、そろそろ働く方法とかアテとか考えた方がいいんじゃねぇか?」
 トランプで遊ぶ年少組の三人に聞こえぬ声で、ミシェルはイヴンに思うところを打ち明ける。
「俺が能力者になるのが、手っ取り早いと思うがな」
「それは‥‥駄目だろ。難しい話だけど、コールやリヌにも相談しないと。資格やスキルがある訳じゃあないから、ここでの仕事を探すの難しいと思うけどさ」
 庇護はされているが、気持ちとしてはいつまでも子供ではいられない。
 そのもどかしさに、年長組の二人は重い息を吐いた。

●遅い正月
「大規模作戦も終わったところだ。子供らを、新年会にでも呼んでやるか」
 食後の温かい茶でひと息ついた老チーフが、不意にぽつと言葉を落とす。
「本当なら、保護者も招いてやった方が喜ぶだろうが‥‥リヌ、とやらは、事情があって島へ入れんらしいからな」
「ほやけど、あの子らも心細いやろうにねぇ‥‥口にこそ出して、寂しいーとは言わはらへんけど」
 やんわりと応じる夫人は、小首を傾げて考え込んだ。
「連れて行ってあげられへんのやろか」
「儂が、か」
「やっぱり、難しおすか?」
「寒冷地での戦闘の後だ。調子を見てやらねばならん機体が、多い」
 私事より、仕事。
 そんな仕事一辺倒な夫の考えを曲げる事は難しいと、長年連れ添った夫人も承知している。
「ほなやっぱり、新年会でコールはんを呼びはるのが一番やねぇ」
 ふむと唸って老チーフは考え込み、夫の表情に老婦人は頭の中で御馳走の算段を始めた。

   ○

「ふぅん。新年会、ねぇ」
 話を聞いたリヌは、カウンター越しにキッチンに立つブラッスリの店主を見やった。
「日本人の付き合いというか‥‥まぁ、ついでに子供達の様子も見てくるさ」
「心配せずに行けば? その間の留守番は、しておいてあげるから」
 先に言い出すリヌへ、コールは微妙な表情を返す。
 去年の今頃、二人の間にはちょっとした『トラブル』があり、その結果リヌは少年達を巻き込んでの『不慮の事故』を起こした。
 現在、リヌの精神状態は良好だ。
 コールや少年達へ発砲したキッカケである後催眠の影響が、軽減されているかどうかは分からない。それを確認する事もコールが避けている為、不安要素を抱えた彼女が『ラスト・ホープ』へ行く事は出来なかった。
「その代わり、土産話を楽しみにしてるよ」
 あえて笑って促しながら、ぷかりとリヌは紫煙を吐く。
 顔を合わせない事が、彼らの身の安全を守るには最も有効と、考えているかもしれなかったが。
「そうだな。お前がいるなら、『ブクリエ』も安心だが‥‥無理はするなよ。異常があれば、トゥールーズのヴェンデル大佐に連絡を取れ」
「了解した」
 友人であり、UPC仏軍トゥールーズ駐留陸軍連隊の司令の名をコールが出し、灰皿へ灰を落とてリヌは頷いた。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
聖 海音(ga4759
24歳・♀・BM
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
秋姫・フローズン(gc5849
16歳・♀・JG

●リプレイ本文

●新しき年に集う
「これ‥‥ちょっと窮屈じゃない?」
「そうですか?」
「よく似合ってますよ、シャロンさん。勧めてよかったです‥‥」
 気遣う聖 海音(ga4759)にハンナ・ルーベンス(ga5138)が微笑み、戸惑い気味でシャロン・エイヴァリー(ga1843)は帯へ手をやった。
「後で、具合をみましょうか」
「お願いしていい? その、お腹が苦しいとかじゃないからね」
 訴える目でシャロンが付け加えれば、くすりと笑んで海音も頷く。
 ハンナに勧められ、海音に着付けてもらったシャロンは、青を基本とした華やかな着物に身を包んでいた。海音もまた着物姿で、立ち居振る舞いは慣れたものだ。
「日本人に生まれて、よかったなぁ」
 新しい年にはやはり着物が似合うと、改めて新条 拓那(ga1294)は感慨にふける。
「今日は‥‥よろしく‥‥お願いします‥‥」
 会釈をする秋姫・フローズン(gc5849)もまた、着物で花を添える一人。
 襟へ控えめにフリルが使われた青い花柄の着物に、鈴と鈴蘭を模した髪飾りで銀髪をまとめている。そして唇には赤い紅をさし、どこか艶めいた印象を醸し出していた。
「今日は皆、本当に華やかよね」
「新年会‥‥楽しみ、でしたから‥‥」
 控えめに秋姫が首を縦に振り、「そうよね」とケイ・リヒャルト(ga0598)も片目を瞑る。
「整備部の面々に、コールや子供達も含めての新年会! ‥‥素敵」
 そこにリヌ・カナートがいないのは残念だが、近況はコール・ウォーロックから聞けるだろう。
「久々に老チーフ夫妻とお会い出来るのも、楽しみだわ」
「そうですね。お元気だと、いいのですが」
 今から待ちきれないという風なケイに、海音も黒髪を揺らす。
「綺麗な空‥‥今日は、楽しい事になりそうな予感ね」
 雲の少ない青空をケイが仰ぎ、陽光に緑の瞳を細めた。

「思ったより、時間がかかりますね‥‥間に合うといいのですが‥‥」
 時計を確認した終夜・無月(ga3084)は、視界の隅にちらと見えた黒い影に気付く。
「あなたもここへ‥‥?」
「おや、これは」
 無月が声をかければ、帽子のつばに手をやってUNKNOWN(ga4276)も応じた。
「南仏へ連絡を?」
「そんなところです‥‥。出来れば、現地へ足を運びたかったのですが‥‥時間的に難しく‥‥」
 それならとUPC本部へ足を運んだが、用件のある相手リヌ・カナートがいるのは南仏の地方都市郊外にある、個人経営の飲食店。一番近いカルカッソンヌの軍施設へ連絡し、傭兵だと明かした上で仲介を頼み、リヌを軍施設まで呼び出してもらい‥‥今は、彼女の到着を待っていた。
「一般的な手順を踏むと‥‥こうも、面倒なんですね‥‥」
「ああ、困ったものだ。先に呼び出してくれた事に、感謝しなければ」
 手間が省けたと礼を告げるUNKNOWNへ、無月は首を横に振った。この通信自体も能力者故の『特権』で、一般人なら特別な許可が必要だろう。
「この島での暮らしにも‥‥不自由があるんですね‥‥」
「こちらの役回りも、島の生活改善ではないからな」
 そんな事を再認識しつつ、リヌの到着を二人は待った。

●人と縁と
「ご無沙汰してます。お変わりはありませんか?」
「お陰さまで。ケイさんも、お元気そうで何よりやわぁ」
 頭を下げるケイへ、柔らかな笑みの老婦人も丁寧に会釈を返した。
 老チーフはといえば、まだ仕事が終わらない整備スタッフの尻を叩き、厄介な調整があれば手伝う。
「そちらさんも、まだ揃うてはらへんのやね。今の間に、うちらで準備しましょか」
「そうだな。手伝うか」
 コール・ウォーロックが見やれば、私服姿の少年達が揃っていた。
「皆様、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
「俺はともかく。こいつら、元気だけは能力者にも負けてないからな」
 苦笑するコールと久し振りに見る少年達に、挨拶をした海音もくすりと笑う。
「チーフ夫妻、整備スタッフの方々、コールさま達‥‥また皆様とご一緒出来て、嬉しいです」
 しげしげと少年達を眺めるシャロンも、ひらりと手を振った。
「Hi、イヴン、ミシェル達も元気にしてた?」
「シャロンも、元気そうだね」
「今日は一人? 喧嘩でもしたのか」
「少し見ない間に見違えた‥‥と思ったけど、口の減らなさは相変わらずね」
 むぅと軽く睨むシャロンへニヤニヤ笑いを年長組が返し、やり取りを見守る秋姫にニコラが気付く。
「えっと‥‥?」
「あ、始めまして‥‥」
 問うような視線に気付いて、ぺこりとお辞儀をする秋姫。
「料理の準備‥‥しますね‥‥」
「それ、俺も手伝っていい?」
「はい‥‥お願い、します‥‥」
 コールやエリコが簡易テーブルを出し、秋姫はニコラとそこへ広げたクロスをかけた。
「そっちは、手伝わなくても?」
 置いた荷物にリックが小首を傾げ、拓那は「ああ」と笑う。
「これは、後のお楽しみさ」

「お待たせしたッスー!」
「皆様、お疲れさまです」
 仕事を終えた整備士へ労いの言葉をハンナがかけ、急いで着替えに行く背を見送る。
「そうそう、今回は仏料理を作ってきてみたの。後でコールに批評して貰わなきゃね!」
「料理なら、私も気合いを入れてきたわよ」
「ほぅ。今日は豪勢だな」
 ケイに続いてシャロンもコールへウインクをし、そこへ事務所の電話が鳴った。受話器を取った老チーフから「電話だ」と呼ばれ、イヴンが走る。
「あれ、硯?」
 その言葉に、残る四人も次々と電話へ群がった。
『新年おめでとう。皆、元気にしてた?』
「うん、硯も。忙しいのにありがと」
『いいよ。人生経験豊富って訳じゃないんで、良い助言はできないけど‥‥頑張って。何かあったら、手を貸すから。それから、一つ頼みがあるんだけど‥‥いいかな』
 声を落とした鏑木 硯に、受話器を握るイヴンも息を潜める。
『実はシャロンさんの手料理とか和服姿なんて話を、ちらほら聞いたんだけど‥‥』
「着てるよ。青い着物で、すっごく綺麗でさ」
 正直な感想を伝えるイヴンに、回線の向こう側では微妙に凹んだ気配がして。
『せめて、写真だけでも頼んでいいかな?』
「ソレが本題?」
『違うから!』
 スピーカー越しに慌てる硯へ少年達は笑い、外ではシャロンが小首を傾げた。

「この島に、職業技術訓練校のような物は‥‥ありますか?」
 そっとハンナが尋ねれば、思案した老チーフは「ないな」と短く返した。
「そうですか。私も実の親をしらず、修道院で育った身ですから‥‥お力になれたらと探してみたのですが」
 楽しげな者達が気付かぬよう、そっとハンナはうな垂れる。
「ここは軍事要塞島だ。一般市民の為の、善意の島ではないからな」
 UPC軍人や能力者、研究者に技術者といった要人と、関係者のみが住む事を許された島なのだ、と。
 今は楽しげな少年達を、じっとハンナは見守った。

「遅くなりました‥‥賑やかですね‥‥?」
 何やら騒がしい格納庫の様子に、不思議顔の無月。
「待ちきれなかったかな?」
 入る前に一服してから、UNKNOWNは煙草を携帯灰皿へ押し付けた。
 格納庫内ではクロスをかけたテーブルを整備士や他の者達が囲み、コップや飲み物を用意している。
「揃ったようだな」
 最後に到着した二人を老チーフが見、整備士達がわいわいと手を振り。
「お誘い、感謝する。もう何皿か、テーブルを賑わせても構わないだろうか」
「俺も幾つか、作ってきた物を‥‥口に合えば、いいのですが‥‥」
 UNKNOWNは被った帽子を軽く持ち上げ、足を止めて無月は会釈をした。

●憂いあれど
 テーブルには、海音が準備した具材が並んでいた。
 サラダ菜やレタス、胡瓜といった野菜類に、海老、スモークサーモン、鮪などの海産物。そして玉子焼きやローストビーフ、ツナマヨに、たくあんや納豆と色とりどりだ。
「これ、どうするの?」
「手巻き寿司です。洋風アレンジも出来る様に、色々ご用意しました」
 不思議そうなリックに、海苔へ寿司飯をのせた海音が作り方を実演する。
 楽しく美味しく、食事が出来ればという、彼女ならではの心配りだった。
「日本の方が、殆どと聞いたので‥‥和食を中心に、作りました‥‥。それから料理ですが、これは『お年玉』に‥‥」
 遠慮がちに秋姫が電磁調理器で準備するのは、一見すると何の変哲もないホイル焼き。
 だが開けば中身はバリエーションに富んでいて、キノコと野菜の合わせ焼きや魚など、惣菜系を数種類に、サツマイモに黒糖とバターを加えた甘いお菓子系と様々だ。
「気に入って‥‥頂けると‥‥いいです」
「これ、開ける時にドキドキするね!」
 はしゃぐエリコに、「はい」と微笑む秋姫。
「さぁ、感想をよろしくね。コール」
 悪戯っぽく微笑みながらケイが用意したのはブロッコリーのポタージュに、スモークサーモンのミルフィユ仕立て、そして鴨のオレンジソース掛け。
「デザートは、フォンダンショコラよ」
「これは旨そうだな。感想を忘れるかもしれん」
 コールの反応に、黒髪を揺らしてケイが笑う。
「こちらには、スペイン料理を用意した。郷里の味もまた懐かしいだろう」
 着いてすぐ、腕を振るっていたUNKNOWNもテーブルへ料理を加えた。
 温かいソパ・デ・アホ(にんにくスープ)に、スペイン風オムレツのトルティージャ。そしてレンズ豆の煮込みと、蛸のマリネだ。
「飲み物には、サングリアとサングリア・ブランカを。チュロスとトゥロンのデザートもある」
 では食べ比べですねと、笑むのは無月。
「チュロスの他にポルボロンやブリオッシュ、それからマドレーヌなど‥‥スペインとフランスの菓子です‥‥召し上がって下さい‥‥」
 綺麗に並べた焼き菓子を無月が添えれば、腹ペコの整備士達も目を輝かせる。
「さぁ、出来たわよー!」
 威勢のいい声と共に、湯気の立つ鉄鍋をシャロンが持ってきた。
「ふふん、今日はコールさんもビックリな自信作を用意してきたわよ」
 スペイン風の山の幸を使ったパエリアをどんとテーブルに置けば、少年達はまたわいわいと騒ぐ。
「どれも美味しそう!」
「全部、食べ切れるかなぁ」
「ありがとうございます。俺らの事まで、気を遣ってもらって」
 礼を言うイヴンにハンナは首を振り、彼らを促した。
「気にしないで、どんどん食べて下さいね」
「お料理‥‥お取り‥‥しますね」
 着物の袖を押さえた秋姫が、楽しげに料理を取り分ける。
「あの‥‥」
 賑わう席で、そっとケイへケーキボックスが差し出された。きょとんとして顔を上げれば、海音がにっこり微笑む。
「個人的にですが。ケイさまに、お誕生日祝いのケーキをご用意しました」
「え‥‥?」
 蓋を外せば、中は5号サイズのガトーショコラ。
「おめでとうございます、ケイさまに」
「ありがとう、海音!」
 思わぬサプライズに、ケイはぎゅっと友人を抱きしめた。

「俺からは、料理の代わりにこれを。日本にはお年玉って言ってね、正月にもプレゼントをする習慣があるのさ。気に入ってもらえれば幸いだよ♪」
 拓那が大荷物の正体『お年玉』を取り出し、少年一人一人へ手渡す。
 大小様々な包みを、興味深げに解く少年達。
 イヴンにはロケット部品、ミシェルにはフライトジャケット。ニコラへはロケット製作過程を収録したDVDに、リックはロケットの模型。そしてエリコの包みからは、デフォルメしたロケットのぬいぐるみが現れた。
「もらっていいの?」
「ありがと、拓那!」
 嬉しそうな少年達に、拓那も笑って頷く。
「ふむ? ロケットを作りたいのかね?」
「出来るかどうか、分からないけどさ」
 何気なく問うUNKNOWNに、ぽつとミシェルが言葉を落とした。
「能力者になって戦いに出るかもしれないし」
「能力者って‥‥さ。殴られたらやっぱり痛いし、強い敵は山盛りだし、即英雄ってワケには行かないけど。でもまだ何かやれるなら、見ないフリは出来ないからね」
 ぽしと髪を掻く拓那に、コップを両手で包んだシャロンは天井を見上げる。
「でも、仕事‥‥夢や将来、か。他人事じゃないわね。能力者はあくまで善意のお節介、ボランティアだもの。私にとって」
「じゃあ、シャロンの将来は?」
「小さな頃はサッカー選手になりたかったかな。上手かったんだから」
 拓那の疑問に、シャロンは片目を瞑った。
 少年達が能力者になる事に彼女が賛成できないのは、危険だから、ではない。他に道がなく、仕方ないから選ぶ‥‥そんな理由が当たり前になるのが、哀しいからだ。
「今は‥‥新しい体験や出会いもあったし、また少し変わってきたかも。能力者になっても終わりじゃないし、楽しく悩んでるわ」
 そんな話をコールや老夫妻が見守り、ハンナは整備士へ酒をすすめる。
「何時も皆さんが整備して下さるお陰で、年末年始にかけて続いた作戦でも、何とか生きて帰って来れました。感謝しています‥‥」
「とんでもない。皆さんが無事なら、何よりッスよ」
 恐縮しながら、若い整備士達は酌を受けた。

「そうね。お年玉をあげなきゃ」
 思い出したように、ケイが匂い袋を取り出す。全て違う柄のカラフルな和布で、ハーブを包んだ袋を六つ。
「全て違う香りよ。リヌの分も、ね」
「私からは、御守をご用意しましたわ」
 海音からは着物をリサイクルして作った黒地に銀の小花菱の柄の袋に、小さな水晶が入っていた。
「リヌさま‥‥の事は、私は存じ上げないのですが。良かったらリヌさまへのお土産に、一緒に折ってみませんか?」
 持参した折り紙と折図を手に、海音は水仙の花を折ってみせる。
「出来るかな」
「はい、きっと」
「皆さんに。あまり、見栄えはしませんが‥‥これを」
 年少組の様子に微笑し、ハンナがイヴンへ差し出したのは各々の名前が刺繍されたツナギ。
「膝と肘に当て布をしましたから、長持ちする筈です‥‥」
「ありがとう」
 礼と共に受け取る様子に、ほっとしてハンナは頷いた。

(銀狐さん、今日はいらっしゃらない、か‥‥)
 賑わう格納庫をそっと窺う友人にケイが気付き、手招きする。
「こっちよ、幸乃!」
 呼ばれた朧 幸乃は、無意識に銀狐の耳を探していた事に気付いて吐息を一つ。
(あぁ、気になってるんだな、私‥‥)
「遅くなりました‥‥」
「ううん、ちっとも。じゃあ、始めましょうか」
 そうして幸乃のフルートを伴奏に始まるのは、歌。
 ケイと海音、そして秋姫が加わって、特別なこの一夜の為に、特別な歌を唄う。
「すみません‥‥リヌさんから彼らへ、メッセージをと思ったのですが‥‥今は伝える事はない、と‥‥」
 歌を聞きながら、無月はそっとコールへ明かした。子供達がガッカリするだろうからと、気遣ったのだ。
「すまないな。どうにも、無愛想な奴で」
「いえ‥‥」
 緩やかに首を振った無月は、ささやかな宴を眺める。
「子供が子供らしく、普通に夢を追いかけられる世界を作るのが、今の俺らの仕事かなって。クサすぎますかね」
 明かす拓那へ、老チーフは無言で酌をし。
 フルートに重ねた三人の暖かな歌声は、賑やかで静かな夜へ流れていった。