●リプレイ本文
●初夏の南仏
フランス南部の街カルカッソンヌ郊外。
ブラッスリ『アルシェ』では、一足先に来た鏑木 硯(
ga0280)が厨房に立っていた。
店の主コール・ウォーロックはサイフォンで珈琲を淹れ、カウンターではリヌ・カナートが面白そうに見物している。
「いないと思ったら‥‥何してるの、硯?」
驚くシャロン・エイヴァリー(
ga1843)に、エプロン姿の硯が顔を上げた。
「あ、シャロンさん。ケガしてるんですから、今日は大人しくしてて下さいね」
気遣いながら硯は蓋を取り、鍋を覗き込む。
「全くだ‥‥無理するんじゃあないよ、とも言えないし」
煙草を指で挟んだリヌが前と同じような事をぼやけば、シャロンは苦笑を返した。
「今回は、ゆっくりさせてもらうわよ」
「そうしとくれ」
リヌは紫煙の息を吐き、どこか慣れぬ気配の者達へ目を向ける。
「変わってるだろ、ここが反バグア支援の民間組織『ブクリエ』の拠点だ。適当に座って、楽にね」
促されたリチャード・ガーランド(
ga1631)は、肩を竦めた。
「風変わりというか。プロジェクト自体も、少し‥‥変わっているみたいだけど」
「ロシアが電子戦機、か」
しみじみとルクシーレ(
ga2830)が呟き、夢守 ルキア(
gb9436)はリヌへ進み出る。
「凛々しい瞳のレディ、お名前を伺っても?」
「リヌ・カナート、『聞き役』さ。本来はジャンク屋だけど、あんた達が頑張ってバグアをスペインから追っ払ったせいか、商売上がったりでね」
冗談めかすリヌへ、困ったような笑みをクラリッサ・メディスン(
ga0853)が返した。
「それは、申し訳ない事をしましたわ」
「ああ、気に障ったらごめんよ。感謝してるんだ、私の仕事なんざ暇な方がいいからね」
くつりとリヌは笑って煙草を咥え、店内を見回した大河・剣(
ga5065)が切り出す。
「ここって、飲める店? 話し合いが終ったら、プロジェクトの成功を祈って一杯やりたいトコだけど」
「ああ、飲めるよ。請求は、ULT宛でいいかい?」
軽い返事に、カラカラと剣は明るく笑った。
「どうせなら、話しながら和やかにやりません? ロシアのイメージを広げるために、コールさんとビーフストロガノフやボルシチを作ってみたんです。給仕は起太、よろしく」
「相変わらずだなぁ、すずりんは」
何年経っても愛称で呼ばない友人へ、何気なく鯨井起太(
ga0984)は要求するが。
「よろしく、起太」
再び硯が繰り返せば、目に見えて凹む。
「すまないね、気遣わせて」
「いえ。この前は無理させちゃって、すいませんでした。今日はゆっくり‥‥っていうのも変ですけど、よろしくお願いしますね」
リヌが詫びれば、改めて硯はぺこりと頭を下げた。
「でもロシアが一部解放されたとはいえ、いまプチロフって‥‥ねぇ、同種かな。金の為に動く、そう思っていい?」
猫の如く紫の目を細めたルキアが、不意に尋ねる。
「何が同種で、何をもって金の為ってな印象に捉えたかは、知らないが。ま、フランス人の私がロシアのKVの設計案をって辺りで、既におかしな話だけどね」
煙草の煙を吐くリヌに、何故か剣が驚いた顔をし。
「え‥‥リヌって、ロシア人じゃないんだ?」
「残念だけど、ツンドラで木を数える趣味はないよ」
確認した相手へ、フランス人のジャンク屋は笑った。
●NewWay/1
ジュースとワインと軽い料理が並べば、場の空気も砕けた感になった。
軽く自己紹介をし、まずは新しいKVのプロジェクトの為にグラスを掲げる。
「新しい電子戦機の参戦は、正直有り難いですわね」
少しグラスを傾けて口を湿らせてから、クラリッサはくすりと笑んだ。
「電子戦機は激戦に向かないイメージがありますけれど、堅剛な機体を作るプチロフならば、きっと良いものが出来ると期待しております。良き機体の完成の為に微力を尽くさせていただきますわ」
「機体を1からか‥‥なんか、ドキドキするな。いい機体、作り上げようぜ!」
意気込む剣は、友人である秋月 祐介がまとめた資料をテーブルへ置く。
この場に参席する事は出来なかったが、祐介のプランは剣へ託されていた。
「あ〜。でもあんま事前に話せず、皆すまねえ‥‥だが、よろしくな。カナートさんも」
わざわざ律儀にルクシーレが詫び、それから改めて挨拶をする。
「こちらこそ。今回は新型機に対するアイデア出しだから、そう気にする事もないさ」
手にしたグラスを掲げた起太は、全く気にする素振りもなく。
「ちょっと苦手な話題なんだけど、『ラスト・ホープ』に縁のある整備部があって‥‥差し入れを持っていく代わりに、相談に乗ってもらってきたわ」
「それは、楽しみだね」
小さくシャロンは肩を竦め、指を組んだリヌは揃った者達を目で促した。
「あ、じゃあ、最初に話していいかな?」
口火を切ったのは、ルキア。
美味そうにボルシチを食べていたが、フォークを置いて手を挙げる。
「でも難しいコトは、先輩に任せるね。私自身はまだ、ULT傭兵のキャリアも浅いし」
話すだけ話したら、後は聞く側に集中する‥‥そんな心積もりらしかった。
「気兼ねなく、だ。まだ、デザインからの段階だからな」
コールが視線を投げれば、リヌは首を縦に振る。
「それじゃあ、遠慮なく。目指すところは、長く戦場にいられるKVだよね」
言葉を切って、ルキアはグラスの水を少し口に含んだ。
「アクセサリを多くして、カスタマイズ性を重視。代わりに、副兵装は少なくてもいいかも。
性能的には、操縦者がカバー出来るトコはあんまりいらないよ。
長くいて有利な状況を作れるのが、電子戦機だと思う。なるべく戦場にいれるよーに、耐久性が高くて、生存性も高くて、逆に回避性能とかその辺は低くてもいい‥‥かな?
陸戦とかは、オミットしちゃってもいいや。飛行機みたいに、命中精度を上げてー、銃器ぶっ放せば! 砲撃のイメージ、なんだよね!」
「砲撃が出来る支援特化機体、それは俺も目指したいところだぜ!」
勢いよく銀髪を揺らし、剣もルキアの提案に賛同する。
「機体の基礎的な性能も、同じ感じかな。防御の面を重視して‥‥ただ、コレだけは外せない。プチロフの実弾兵器を積めるだけの、キャパシティ!」
びしっと、ナイフの先を剣はリヌへ向けた。
「武器やアイテムのスロットは並でいいから、後は機動力のあるヤツに付いていけるだけの足も重要だね。
後は、変形機構を出来るだけ省略、簡略化して‥‥例えば、腕を折りたたむのみにする、離着陸用の車輪パーツを大きくして、そのまま脚とするってな感じで、変形に手間取る隙をなくすと同時に、装甲の継ぎ目を少なくする事で、装甲を強固にする。
更に各パーツが分かりやすく作れるから、整備面やコスト面でも期待できるだろ。イメージとしては変形ロボじゃあなく、『兵器』への先祖返りってトコかな」
一気に説明をした剣は、グラスを取るとひと息で中身を干す。
それを見て、コールがワインを注ぎ足した。
「秋月の希望も『重装甲電子戦機で並の機動力があるヤツ』って事、加えとくぜ」
「コストを抑えるなら、既存のKVフレームを使うのも手だと思うんだけどね」
リチャードはパンを小さく割ってボルシチへ浸し、口へ運ぶ。
それを飲み込んでから、視線を向ける者達へアイデアを話し始めた。
「基本的には、ロジーナがプチロフの誇りだと思うんだ。で、考えたのが、ロジーナを改造した随伴可能な電子支援機さ。
基本フレームは、ロジーナベースで頑丈。パーツの共有化で整備効率、生産性はアップする。しかもロジーナと同じ様に戦えるから、正規軍でも採用の可能性が出てくる。
まぁ、電子戦用のユニット乗せるために、拡張性を犠牲にしないとダメかもしれないけどね」
それからリチャードはフォークを取ると、ビーフストロガノフへ手をつける。
「電子戦という分類に分かれる機体は、最後の最後まで生き残ってナンボなんだ。
でも現状は安物の岩龍、まだまともな斉天大聖、価格の高めなウーフー、紙装甲な骸龍ってトコロかな。
ここで電子戦装備を持ったロジーナシリーズが出てくれば、最前線でガチで殴りあえるタイプの電子戦機が生まれるだろうね。
例えば、強襲降下作戦で橋頭堡確保するみたいな作戦でも、最前線で支援機として参加できるんじゃないかな」
「確かに、現行の電子戦機は岩龍は足が遅く、脆くて戦闘力も付け足しでしかありません。骸龍、斉天大聖は足は速くとも脆く、兵装スロットの不足で継戦能力に乏しい。辛うじて、ウーフーが主力機と帯同出来る機体‥‥となっています」
リチャードの言葉に同意したクラリッサは、口元を膝のナプキンで拭い、後を続けた。
●NewWay/2
「プチロフらしい頑丈さを生かし、主力機に帯同出来た上で、最前線にて生き残る事が出来る電子戦機。ウーフーはどちらかと言えば知覚よりの機体ですから、物理攻撃を重視する事で差別化が図れるのではないでしょうか。
性能面は先の意見に同意しますが、現行の主力機の機動性を考えれば、そこは確保して欲しいですね」
「皆、いろいろ考えてるのね」
クラリッサの案にシャロンが感心し、どんっとルクシーレはテーブルへ手を置いた。
「俺は、ジャンク屋のあんたにだからこそ、提案したい機体がある!」
「‥‥へ?」
思わぬ方向からのアプローチに、リヌが片眉を上げる。
「『PT−034 ナーシャ』の電子戦機化だ。こいつがたぶん、ロジーナ系の機体に置き換えが進んでるみたいで、第一線を引き始めてると思うんだ。
いわば、『壊れずしてジャンク』になりつつある機体。どうだ? これを復活させたいってな感じで、ジャンク屋の血が疼いてこないか!?」
挑むように尋ねるルクシーレに、リヌは眉を寄せ、考え込む。
「既存機体の流用って事かい? ただ、私はジャンクのリサイクルには手を回してないからねぇ。機体の世代交代も、あって然るべきだろうし」
「そっかぁ。そういやテストケースらしいけど、この企画そのものは単独で完結してるん?」
「ああ。集めた案から、設計プランを引いて。ドレにするかはまた、意見を聞く事になるだろうけど」
「で、新型の電子戦KV誕生ってトコ?」
「だね。テストケースてのは、相手をする先と機体の方向性が決まってるからさ。本格的にチームが立てば、ソコの根っこから検討する事になる」
「なるほど‥‥本っ当に、ゼロからなんだな!」
納得したように、ルクシーレは勢いよく背もたれに背中を預けた。
「う〜ん‥‥電子機って事で、フレームは新規でもいいかも。機能自体が違うので、通常機のフレームに無理に詰め込むより、そっちの方が逆に効率的かなと」
皆の手が進む様子に安堵した硯が、また別の方向を提案する。
「基本性能としてはロジーナ同様に知覚の面は捨てて、IRSTと物理砲撃をメインにして。あとは、やはり頑丈さですかね」
語る友人の隣で、起太はくつくつと不敵に笑い。
「甘いぞ、すずりん。新フレームならば、いっそ掲げるのは『世界最大のKV』! 西王母を超えるバカでかいKVを作り上げ、傭兵連中の度肝を抜くのさ!」
思い切った力説に、場が一瞬、静寂に包まれた。
「多くのKVがリリースされている現状、売れるためには何かしらのインパクトが必要。そもそもプチロフファンは、使い勝手の良いマシンには期待していないだろう。
なら、でかくて何が悪い! と開き直った巨大KVこそが今、必要なんだよ!」
「な、なんだって‥‥とか、言った方がいい?」
突っ込みを硯が確認するも、軽快に起太はぶっ千切っていく。
「まず、大きくすれば『頑丈さ』を実現しやすい。コンパクトを目指せば相応の技術とコストが必要になるから、あえて逆転の発想さ。
巨大化によって、新技術ナシで頑健さを獲得。イメージはとにかく堅くて落ちない、護衛いらずの空飛ぶ要塞的なモノ。重量級であるが故に消費練力は通常KVの倍というデメリットを有するのも、アリじゃないかな」
「‥‥標的になるのが早いか、制圧が早いかって感じね。でも単純な重装甲じゃ限界もあるし、品質や技術も必要でしょ?」
起太へ挑戦するように、シャロンはウィンクを一つ。
「そこで特殊能力の出番。私が考えたのは‥‥耐久面の、回復よ」
●NewWay/3
「プチロフ社って、複数の生産ラインを使った短期間での大量生産を得意にしてて、品質はイマイチでも確実に動くのが強みって聞いたわ。
で、考えたのは1機の機体に1機分以上の部品を組み込んだ機体。破損を受けることを前提にして、バイパスを用意しておくの」
つまり‥‥とシャロンは紙を取り出し、二重の丸を書いた。
円の中央にKVと書き、外からの衝撃が最初の円を破っても、内側の円で止まるイメージを書き加える。
「普段、バイパスの回路は使用しないんだけど、メイン回路が機能不全になるような損傷を受けた時、機能を代替して持ち直させる。
人に例えるなら、生きるのに必要な臓器のスペアを先に用意する訳ね。技術的に可能かとかは、自信ないんだけど」
「それは、コストがかかるだろうね」
低価格を目指すリチャードが指摘すれば、頷いたシャロンは目を伏せた。
「ただ‥‥ロシアで、一緒に戦った岩龍のパイロットを失ったことがあるの。電子戦機は敵に狙われやすい機体だし‥‥最高の生存性を目指して、ね」
沈黙が、降りた。
死者を悼むような無言の空隙に、ふぅとリヌは深く息を吐く。
「ま、パイロットが乗りたいと思う機体でなきゃあ、意味がない。そこは重要なトコさ」
そして彼女は、中間意見をまとめる。
性能のバランス傾向を確認し、IRSTの積極的な活用、アンチジャミング技術に関してはカテゴリCを強く要望する事が決まった。
「特殊能力は一つがジャミング中和装置になるから、残りは一つだね。シャロンのは、さっきのサブ構造として‥‥」
促すように、リヌが次の段階を切り出す。
「傭兵には何故か、ドリル好きが多い! こいつの駆動方式を取り入れれば絶対に受けるし、ロシアらしい機体になると思うぜ! 電子戦まったく関係ないとか、細けえこたぁいいんだよっ!」
先の起太に負けじとルクシーレが力説すれば、フロアへ和やかな空気が戻ってきた。
ロジーナの『斜め45度』や、それに類するジンクス系にちなんだもの。
あるいは敵の探知や、命中支援を行うシステム。
既存技術である、垂直離着陸‥‥など。
忌憚のない数々の能力案が、傭兵達の間から上がった。
「この意見を叩き台に、設計プランがおそらく2〜3案ほど出来上がるだろう。あんた達のプロジェクト・ネーミングは、それに使う事になりそうだね」
全ての意見をまとめ終えたリヌは、「お疲れ様」と能力者達をねぎらう。
「じゃあここからは、本格的に飲むぜ!」
気炎を上げる剣に仲間達は笑い、ウォッカやバリザムがテーブルに並べられて。
「プチロフの新機体に!」
賑やかな音頭に、またグラスが高々と掲げられた。