●リプレイ本文
●接近遭遇
「この手配は、何の冗談でしょうか?」
それは、フォル=アヴィン(
ga6258)が怪訝な顔でぼやくのも当然の依頼だった。
不審人物の情報を元に聞き込みをすれば、不審者とやらは『銀狐の耳がついたパーカーのフードを被り、銀狐の尻尾風アクセサリーを腰からぶら下げた青年』で、『奇声を発しながら逃げている』らしい。
怪しい、怪し過ぎる。
そんなあからさまな風体で、この島を逃げ回る不審者など、いる訳が――。
「ちょわのひょおぉぉ〜っ!?」
「‥‥いましたね」
しかも、聞き覚えのある声な気がする。
「というか、変わった方なのは知ってますが‥‥何してるんでしょう」
呆れながら奇声の発生源へ行くと彼同様に声を聞きとめたのか、知った顔がちらほらしていた。
軽い頭痛と目眩を覚えたが、断じて風邪などではない。
「尻尾生えてるが、あの奇声は間違いねぇよな‥‥なーにやってんだ、アイツ」
最初に捕まえた顔見知り――アンドレアス・ラーセン(
ga6523)の反応は、フォルと同じだった。
彼の指す「アイツ」とは、他でもないティラン・フリーデンの事である。
「でも、ティランさんがココにいる訳ないし‥‥でも、よく似てるなって‥‥あれっ?」
知り合いの会話に、考え中の潮彩 ろまん(
ga3425)がぽむと手を打った。
「やっぱり、間違いなかったんだね。あれ、ティランさんなんだー!」
「まぁ、待て待て」
慌てて探しに行く少女の首根っこを、ひょいとホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が掴む。
「何か、トラブルを起こしたみたいだからな」
「だけど、ちょっと面白変わってるけどいい人だもん、ティランさん。スパイだなんて、絶対ないから」
弁解しながら、むしろ変わっている部分を肯定するろまん。
「追っているのは、カンパネラの生徒のようですから、先にこちらがティランさんを確保しないと」
「カンパネラ‥‥ねぇ」
フォルの言葉に嫌な予感を覚えて、アンドレアスは苦笑いを濃くした。
「ともあれ! ほんのりカオスな香りを嗅ぎつけて、ファンキーなオッサンも登★場!」
何故か無性に楽しげに、大泰司 慈海(
ga0173)がずびしっと親指を立てて自己主張。
「‥‥心なしか、本人がカオスな気がするが気のせいでしょうか」
「気のせい気のせい! でも、何で学園の生徒が追っかけて?」
「‥‥もふ」
フォルの指摘を軽く流した大泰司の疑問に、シンプルな答えっぽいものをアグレアーブル(
ga0095)が呟く。
「もふ?」
「狐さんみたいに、もふもふしてるからだよ。きっと!」
思わず大泰司は聞き返すが、ろまんには通じたらしい。
親しいせいか別の理由かは、オッサンにはちょっと分からない。これが、ジェネレーションギャップというものか。たぶんきっと絶対に違うけど。
「狐ならば、任せて下さい。田舎育ちですから、獣を追うのは超・得意です」
拳を握ったベラルーシ・リャホフ(
gc0049)が、黒曜の瞳をきらりと輝かせた。
「いや、獣ぽいけど、獣じゃないから。一応は人間で一般人だから、手加減してくれ」
脱力するアンドレアスが、意欲満々なベラルーシの肩をぽむと叩いた。
「でも、どうせもふもふするなら女の子がいいな、野郎をもふもふしてもねぇ。‥‥ねぇ?」
オッサン‥‥もとい、ポセエロンな男の性への賛同者を求めて大泰司が見やれば、口元に浮かんだ笑みをホアキンはそれとなく手で隠す。
「聞いた格好では、もふもふされても仕方ないだろう。それに、意外と楽しそうだ‥‥狐狩り」
若人のぽそりとこぼした呟きに、何となく大泰司は納得し、認識した‥‥相手はどうやら、すこぶる弄られタイプだと。
そんな会話の傍らで、どんっと器がテーブルに置かれる。
「ご馳走様でした。これで、あと12ラウンドは戦えそうです」
完食した丼の器x3を前に、クイック(
gc0731)はずずーっとお茶を飲み干した。
三杯分の中身が、長身ながらほっそりとした身体の、ドコに入ったかは分からない。
「話を聞いて、何となく状況は分かりました。捕まった時のためにも、身分証くらいは必要ですね」
そして先に銀狐を確保すべく、八人はチームを組んでショッピングモール内へ散った。
●銀狐を捕獲せよ
「オープンカフェに二人、玩具屋さんに二人か。こっちは、軽く聞き込みでもしてみる?」
指折り数えた大泰司が、同行する二人を見やる。
勘定的に一人足りないが、ベラルーシは『GooDLuck』に『探査の眼』という名の野生の勘で、独自の捜索に向かった。
何だか狩人の瞳でくつくつと素敵な笑みを浮かべていた辺り、きっと捜索意欲に燃えているのであろう。そう考えた方が、平和な気がする。
「カンパネラ組は、ウィリアムくんを中心に捕獲班が動いているようだから、客のフリして違う場所を教えようか」
「そうですね」
大泰司のプランに、フォルが一つ頷いた。
これまでの情報をまとめると、カンパネラ学園の文化部連合長ウィリアム・シュナイプを中心とする数人が、ティランを追っているらしい。
「で、目撃情報を集めると、探している相手はこういう感じか」
メモした特徴を元にクイックは似顔絵を作り、二人へ見せるが。
「象形文字ですか?」
「ちが‥‥ッ!」
壊滅的な絵心による怪作にフォルが尋ね、何だかクイックの脳裏で試合終了のゴングが聞こえた気がした。
「さて、獲物はドコでしょうか」
鋭い視線を走らせて、ベラルーシは『違和感』を探していた。
足跡を探すように廊下でしゃがみ、視界を確保する為に手すりへひょいと上る。
そんな捜索を続けていた彼女は、自分への怪訝そうな視線や避けて歩く人々といった『違和感』に気付いた。
「‥‥はッ! コレではむしろ、私が不審者!?」
自分へ向けられる『違和感』の理由が分からぬまま、ベラルーシはあわあわと場所を変える。
「迷子を探しています。捜索を気付かれると逃げてしまうので、偽装に協力願えませんか?」
ビラを分けてほしいとホアキンが頼めば、突然の『協力要請』に店員は戸惑いながらも奥から紙束を持ってきた。
展示ケージの仔犬や仔猫の姿に癒されながらペットショップを出ると、アンドレアスが買い物客に聞き込みをしている。
「狐の耳と尻尾が生えてて、奇声あげながら走ってる中背の若い男。見なかったか?」
「そういえば」「何か、変な人がいたよねー」と、学生らしい少女達が顔を見合わせ。
テンションの高い会話に付き合ってから、げんなり顔で『相方』の元へ戻ってきた。
「なぁ。説明してたら、やっぱ不審者な気がしてきたんだが」
冗談か本気か、真剣な表情のアンドレアスに、ホアキンはくつくつと笑う。
「その不審者が、興味を引かれるとすれば‥‥玩具屋が本命だろうな。ただ、逃げ回れば喉が渇くから、珈琲店の可能性もあるか」
「甘い物の匂いに、釣られてるかもな。なんでココにいるのか知らねぇが、困ってるなら助けてやらねぇと」
ちぃとばかし借りもあると独り言ちながら、アンドレアスはホアキンと共にオープンカフェへ向かった。
ポップな音楽に、カラフルな色彩。
視界一面にひしめく如何にも愛らしい造形の物体の群れに、耳に障る高い声。
いつもは絶対に近付かない玩具屋で、アグレアーブルは苛立ちを隠さずにいた。
――小さな子供も、その親も、自分が与えられる事のなかった玩具達も、何もかも苛立ちの元でしかなく。
そして、心乱す要因がもう一つ。
「迷子の迷子の、ティランさんやーい」
ろまんが玩具箱などを開いては中を覗き、探す相手の名を呼んでいる。
手分けして、協力している訳ではない。
「彼なら、このファンシーな空間と物音に引き寄せられるだろう」と予想し、単独行動を取った結果が被っただけ。
それだけだが、募るイライラをアグレアーブルは持て余し。
手近なもふっとしたモノをぎゅっと掴むと、「むぎゃっ」と奇妙な声がした。
眉根を寄せ、声のした方を見やれば、もふもふとしたナニカがしゃがみ込んでいる。
「‥‥」
もふもふもふもふもふもf‥‥。
「ちょまっうぎゃふ〜っ!?」
無言で背後から力一杯もふれば、耳慣れた奇声が響いた。
●れっつ逃走劇
「ティランさん‥‥幾つ、でしたっけ」
「28なのだよ。永遠の」
じと。と目が据わったアグレアーブルは、後半を聞き流す。
「良い大人が、何をすればこんな事態に‥‥」
言いかけて、ティランとほぼ同年齢な長髪のギタリストを見、連鎖的に彼の親友が思い浮かび。
「実年齢と中身が、伴わない事は‥‥ままありますか」
「俺を見ながら、言うな」
生温い諦め顔なアグレアーブルへ、アンドレアスが抗議した。
「ところで、何故に狐なの?」
感触が気に入ったのか、尻尾をさわさわしながらホアキンが尋ねる。
「やや毛色の変わったモノを、狙ったのであるよ。だが何故か皆、当方を見ると追っかけてくるのである」
答えるティランは気付いていない様子ながら、もそもそ逃げる。
「そりゃ、災難だったな」
仕草にアンドレアスが苦笑して、ベラルーシは嘆息を一つ。
「やましい事はないのですから、堂々とされれば良いと思います。むしろ、コソコソするから怪しまれるのだと思いますが」
「うんうん。逃げると追いかけたくなるのが、人間ってもんだよ、ティランくん。堂々と、胸を張って歩くといいよ!」
にこやかに大泰司がアドバイスし、思案顔でフォルはティランを見た。
「とにかく、手配対象がアレですし、ティランさんのパーカーと尻尾風のアクセサリーを借りれば、誤魔化す事は簡単でしょう」
「これであるか?」
まだ不思議そうなティランに、呆れ顔のアンドレアスが額へ手をやる。
「そんな格好だから、追っかけられるんだよ」
「ならば、貸すまでもない。皆、『こんな格好』になってしまえばよいのだよ」
相変わらずの謎論法で、ティランは無邪気に笑み。
仲間達の意味ありげな視線が、フォルへ向けられた。
――間もなく。
「確かに、年や背格好はティランさんと同じくらいですが‥‥俺ですか」
人身御供もとい、囮の銀狐一号となったフォルが、狐尻尾を揺らして脱力する。
「‥‥お似合いですね」
微妙な距離を取ったアグレアーブルに、ティランもこくと頷いた。
「似合っているのだよ」
「感想はいいです。とにかく、一つ貸しですからね、ティランさん。それと‥‥」
ちらと友人が投げた視線に、アンドレアスは身の危険を感じたが。
逃げる前に、しっかとフォルは『道連れ』を確保する。
「‥‥て、俺も? なんでだ! 意味わかんねぇぞ!?」
「別に背格好が違っても、良いんじゃないですか? それに意味なんて、ねぇ」
抵抗する友人へ、フォルはとてもとても『いい笑顔』を返した。
作戦会議を終えた能力者達は、ホアキンが提供した補給物資(紙コップ入り珈琲)を打ち合わせて揃って飲み干し、一時的に接収したボールハウスをゴソゴソと出る。
「のへうひょへ〜!?」
そして最後に、ティランの奇声がした。
○
――かくして。
「そこの狐、待てー」
銀狐二号なアンドレアスを、声を張ってホアキンが追いかけていた。
何故かうふふあははという効果音が似合う気がするが、気のせい。きっと気のせい。
そんな、わざとらしい追跡行で注意を引く作戦に、学園の生徒が引っかかった。
「不審者です! 道を空けてください!」
生徒の一人が警告し、モールの一角は騒然となる。
「ちょうど良い、手伝ってくれ」
「勿論です!」
足を引っ張るつもりでホアキンが声をかければ、力の入った応えが返ってきた。
が、捕縛用ネットをブン投げる姿に、ちょっと後悔を覚える。
そしてネットを避けた拍子に、兄弟は互いの顔を認識し。
「アンディ!? 何やってんだ、恥ずかしすぎる‥‥!」
「やっべぇッのが来たッ!?」
慌ててアンドレアスが逃げ出せば、背後で響く発砲音。
「下手に誤魔化すと悪化するか、これは。にしても‥‥アンドレアス狐、意外と似合うね」
壮絶な兄弟喧嘩に、傍観を決め込んだホアキンが煙草へ火を点けた。
「時間稼ぎが、私達の仕事ですけれど‥‥結局の所、どうしましょうか?」
「騒ぎに乗じて、ここを出ましょう」
某所の凄い騒ぎにクイックが問えば、フォルがエスカレーターを示す。
「でも、ティランくんはメイド服も似合うね★ メイド服も十分、不審者だと思うけど!」
「木を隠すなら森、エロ本を隠すなら本棚‥‥ここでは、目立たないはずです」
共に逃げる大泰司がティランを見やれば、無駄に颯爽とベラルーシが胸を張った。
「なにせ、石を投げれば男の娘か芸人に当たるといっても、過言ではありません。大丈夫、絶対に気付かれませんよ。渾身の出来ですから!」
何だかよく判らないが、とにかく凄い自信で確約したベラルーシは、「幸運を」と言葉を残し、特定されぬうちに離脱する。
続いて、メイドさんなティランを姫抱っこしたろまんと、アグレアーブルの三人も、別行動を取り。
「よし。このまま、俺達も逃げ切れば‥‥ってっ!?」
「悪いけど、ティランは戴いてく、よ‥‥っ!?」
淡いフォルの希望は、猛ダッシュで急襲した顔見知りに打ち砕かれた。
‥‥女性に姫抱っこされるという、(さっき見たけど)類を見ない経験と共に。
「お姫様抱っこ♪ お姫様抱っこ♪」
嬉しそうにティランを抱いたろまんに、アグレアーブルは不機嫌顔で続いていた。
ろまんの行動は、先日コルシカ島に行った時の影響だろう。
でも14歳に姫抱っこされてる28歳の青年もどうだろうと、頭痛を覚える。
ともあれ尊い犠牲と騒ぎに乗じて、公園まで逃げたものの、そこで三人は威嚇射撃に出くわした。
「そこの不審者っ、止まりなさいっ!」
「そこのメイドさんっ、おとなしく捕まって下さいっ!」
「逃げるよ、ティランさん!」
「qあwせdrftgyふじこlp;@っ!?」
ドップラーぽい悲鳴を残し、覚醒した二人のグラップラーは瞬天速で一気に駆け抜ける。
そして後ろの方から、自爆っぽい騒ぎが聞こえてきた。
「これだけ引き離せば、もう追ってこないかな」
満足げなろまんが、やっとティランを降ろす。
スピードで目を回した相手の額に、アグレアーブルは人差し指をぐりぐりと押し当てた。
「‥‥この私が認めているのだから、堂々とすればいいのです‥‥それから、次、LHへ来る際は‥‥事前に連絡」
「わ、解ったのだよ。というか、ブレスト博士に連絡はしていたのであるが、不在であったのだ」
「そうですか‥‥また、お会いしたいですね」
その名を聞いた少女の表情が、ふっと柔らかになる。
「今日は、鬼ごっこみたいで楽しかったね!」
はしゃぐろまんが明るく笑えば、騒いでいたワリに本人も楽しかったのか。
「うむ。諸氏には礼をせねばならぬ故、合流するのだよ」
嬉しそうなティランは、ひょいひょいと待ち合わせの場所へと駆け出した。
‥‥おそらく、自分がメイドな格好をしている事を、まるっと忘れて。