タイトル:異国の聖夜、故国の聖夜マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2010/01/03 21:41

●オープニング本文


●要観察
 病室というものは、大抵は飾り気がなく殺風景だ。
 人類の英知を集めた『ラスト・ホープ』にある病院もまた、例に漏れず。
 無味乾燥な部屋で、ベッドを囲む機械類が規則正しい音を立てている。
「エミタが勝手に活性化して、覚醒する?」
 簡単な問診を行っていた中年の医者が、やや怪訝そうな顔をした。
「頻繁って程じゃあなく、1日に2〜3回てところだ。起きる前兆もなく、困っている」
 腕に刺さった針や、固定されたコード類をうっとうしそうに見ながら、コール・ウォーロックが不機嫌顔で答える。
「直前に置かれていた環境を考えれば‥‥長期間、極度の緊張状態下で活動していたストレスが、引き金かもしれません。急にどうしようもなく不安を感じたり、不眠なんかは?」
「いや、ない。もしかすると逆に、気が昂(たか)ぶっているのかもしれんが」
「その可能性も、考えられますね。後は、エミタのメンテナンスもした方がいいでしょう」
 カルテに何やら書き込む医者の表情から、じっとコールは目を離さず。
「で、いつになったら、開放されるんだ?」
「メンテは2〜3日中に。それが終わる頃には、各種検査結果も出るでしょう。それで問題なければ、退院ですが‥‥異常活性化がエミタ自体の問題ではなくメンタル的なものなら、症状は少し続くかもしれません」
「どの程度?」
 憮然としたまま睨み上げる患者に、困った風な医者はペンの尻側でぽしぽしと頭を掻いた。
「それは‥‥何とも。ただ少し休養された方が、改善は早いと思います。もう、クリスマスですしね」
「そういえば、もうそんな時期か‥‥」
 嘆息し、コールは窓の外を見やる。
 洋上を移動する『ラスト・ホープ』では、つくづく風景に季節が感じられない。
 その分、住む人々がせめてもの季節感を出そうと、イベントを開いたり、街を彩ったりしていた。
「では今日の回診は、これで」
 用件を終わらせた医者は、病室を出て行く。
 やる事もなく、変わり映えのしない窓の風景をぼんやり眺めていれば、軽いノックの直後に扉が開き。
「やっぱり、シューだー!」
「入院とか、なにやってんだよ」
 返事も待たず、やいやいとやかましく五人の少年達が姿を現した。
 一気に人口密度が増して騒々しくなった病室に、ベッドのコールは呆気に取られ。
 数秒遅れて状況を把握し、我に返る。
「‥‥待て。なんでお前達が、ここにいる」
「だって、この島に住んでるんだし?」
 今更という顔で最年少のエリコが答えれば、コールは大きく嘆息した。
「そうじゃなく。ここで入院している事とかは、一切連絡してないだろう?」
 顔ぶれに目を走らせれば、リーダー格のイヴンの傍らで、老婦人が丁寧に会釈をする。
「お久しゅう。なんや、えらい災難に遭われて、難儀しはったそうですねぇ」
 コールとは縁のある整備スタッフ老チーフの夫人が、やんわりと笑んだ。
「じゃあ、チーフから‥‥」
 老チーフ夫妻は、島での少年達の『保護者』にも当たる。
 おそらく夫妻のいずれかが伝えたのだろうと聞いてみれば、夫人は「いいえ」と首を横に振った。
「この子らには何も話してまへんし、聞いてはりまへん。自分らで、コールはんが入院してはるて気付いたみたいで、どないしてもお見舞いに行くんやーって。ほやけど、子供らだけでは無理や、怒られるーて言いはるもんで、うちがついてきたんです」
「自分でって‥‥お前達じゃあ、本部で依頼の報告書は見れないよな」
 驚くコールの反応に、杖をつくリックとニコラは意味ありげに、悪戯っぽく顔を見合わせる。
「当然だよ」
「あそこ、入るのさえ怒られるし」
「なら、どうやって‥‥」
「教えてやらねーよ」
 重ねた問いをミシェルが一蹴し、ニッと笑った。
「シューも入院してるの、教えてくれなかったしな」
「お前ら、なぁ」
 頭痛を覚えて額に手をやり、がくりとコールは肩を落とす。
「どうやって知りはったんかは、うちも判らへんけど‥‥ほやけどこの子ら皆、えろう心配してはったんですよ。何かあったんと違うやろうか、って」
 子供達を庇う夫人の言葉に、改めて彼は少年一人一人の顔を見た。
 年少組三人は照れくさそうにし、年長組二人は明後日の方へ視線を泳がせる。
「そうか‥‥心配させて、すまなかったな」
 詫びる保護者と満足げな少年達の様子を、夫人は微笑ましげに見守った。

●療養
 それから、数日後。
 無事にコールの退院は決定したが、厄介な事にエミタの異常活性化は続いていた。
 エミタ自体に問題はなく、意識すればすぐに覚醒解除が可能なため、日常生活自体には支障はないだろうと判断されたのだが。
「やはり、ストレスの影響が強いんでしょうね。数日か数週間、ゆっくり療養してみる事を勧めますよ」
 医者の言葉に、当然コールは渋い顔をした。

「フランスへ帰らず、イギリスで療養?」
 きょとんとした顔で、テーブルに頬杖を付いたイヴンが聞く。
「カルカッソンヌの連中には、俺が『能力者』だって教えてないからな。いつ覚醒するか判らない状態で、戻る訳にもいくまい」
「あ〜」
「そういえば、そうだっけ」
 キッチンで料理をするコールの言葉に、少年達は顔を見合わせた。
「お前達も、ちょうど学校がクリスマス休暇だ。予定がないなら、来るか?」
「療養なのに、騒がしくしていいんだ?」
 入院経験のあるリックが遠慮がちに尋ねれば、鶏肉と野菜のオーブン焼きが前に置かれる。
「医者曰く『リラックスできる環境』が、いいそうだ。一人でいるよりは、ずっと気が紛れる」
「そりゃあ‥‥クリスマスだし、シューやリヌと一緒なら嬉しいけど」
 スープをよそったニコラが、カップをそれぞれの席に運んだ。
「リヌは‥‥すまん。来るかどうかは、判らん」
「そっか。忙しいんだ」
 残念そうなエリコに、ただコールは苦笑し。
「クリスマスのロンドンは、面白いぞ。25日になると、バスも電車も全部止まっちまう。ほとんどの店が休業になって、まるで街ごと休暇を取ったような状態だ」
「へ〜ぇ?」
「そんな、何もないところ‥‥ああ、療養だから別にいいのか」
 ぽつと呟くミシェルに、ぽむとエリコが手を打った。
「賑やかな方がいいなら、能力者の人にも声をかけたらいいんだよ。シューも、動いてる方がいいんだよね?」
「そうだな。で、なんで入院を知ってたかは‥‥まだ、教えてくれる気にならないか」
「そりゃあ、当然だろ?」
 尋ねるコールに、イヴンが代表して答える。
 退院しても、少年達は相変わらず「タネ」を明かしてくれる様子はなく。
「仕方ない。じゃあ、飯にするぞ」
 そして六人は、久し振りに一つのテーブルで食事を取った。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
小田切レオン(ga4730
20歳・♂・ST
聖 海音(ga4759
24歳・♀・BM
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP

●リプレイ本文

●Telephone Line
『クリスマスなんで、ぜひ一緒に。イヴン達も来ますから』
『それにリヌさんが居ないと、足りないって感じだし‥‥お願いっ』
 鏑木 硯(ga0280)に続いて、シャロン・エイヴァリー(ga1843)が受話器越しに訴えた。
「あんた達、ねぇ」
 溜め息混じりでリヌ・カナートが渋れば、何やら相談をする気配が漂う。
 そして、三人目が受話器に出た。
『約束通り、クリスマスに間に合わせたんです。割と苦労したんだから、見に来て下さいよ』
「徹二にまで頼まれたら、断れないじゃないか。遅れるけどいいかい?」
 苦笑して承諾するリヌとは逆に、受話器の向こうで『歓声』があがった。

●琴線揺れて
 イブのコヴェント・ガーデン・マーケットは、買い物客でごった返していた。
 建物の両壁、一階二階に店舗が並び、真ん中は高いアーチ型の吹き抜け天井。クリスマス飾りがされたマーケットの随所では、大道芸人が人々を楽しませている。
 足を止めたシャロンは金髪を揺らし、踵を軸にくるりと180度振り返った。
「ようこそ、ロンドンへ。歓迎するわ♪」
「ああ。シャロンさん、地元なんですね!」
 ぽむと手を打った不知火真琴(ga7201)へ、シャロンはウィンクを一つ。
「ここはすっごい混むわよ。はぐれると大変なんだから」
 自信たっぷりなロンドンっ子に、アンドレアス・ラーセン(ga6523)が意味深な顔をした。
「はぐれて迷った、経験者か」
「じ、実体験を基にした忠告なら、皆も気をつけるでしょっ?」
 明後日の方向を見ながら、誤魔化すシャロン。そんな彼女の様子に、自然と硯の表情もほころぶ。
「硯、何かいい事あった?」
「えっ!? あ、えっと‥‥別に?」
 気付いたリックに質問されて、焦った硯はしどろもどろで答えた。
「まぁ、目印にアスがいるから、大丈夫だろ?」
 ミシェルは長身痩躯のデンマーク人を見やり、何となくニコラやエリコも納得する。
「どういう認識だ、ソレ」
「だって‥‥派手だし?」
 問うアンドレアスに、少年達はカラカラ笑い。
「まぁ、いいか。じゃあ、ツリー飾りを探しに行くぞ」
「目印が率先して?」
「クリスマスに命懸けてんだよ、俺の地元は。はぐれるなよ?」
 先頭を歩く『目印』を少年達が追い、一行は人ごみへ足を踏み入れた。

「ロンドンでクリスマスか〜。日本とは大分違うけど、なかなか雰囲気あって良いよな♪」
「はい。『ラスト・ホープ』とも違って、新鮮な感じです」
 大道芸人を横目に見ながら、小田切レオン(ga4730)は連れ立って歩く聖 海音(ga4759)の手を、不意にぎゅっと掴む。
「あの‥‥」
「はぐれたら、確実に迷子だからな!」
 驚いた表情の海音へ、レオンはニッと笑い。
「はい、レオン様」
 はにかむ様に微笑んだ海音は、包み込む大きく暖かい手を握り返した。
「凄い活気ですね」
 普段は荒れた町や廃墟を目にする事が多い硯もまた、熱気に目を輝かせている。
「クリスマスには、人を笑顔にする魔法がかかってるのよ。さて、ツリーはアンドレアスだから、クリスマスクラッカーは‥‥」
 くすとシャロンは笑いながら、人でごった返すマーケットを見回し。
「あ、シャロンさんっ」
 通り過ぎる人の波が、そんな彼女と硯の間を隔てた。
 見失う前に彼は手を伸ばし、はぐれそうな手を掴む。
「冗談じゃなく、ホントに迷子になりますよ」
「そ、そうね。迷子歴を更新するのも、ちょっと」
 頷きながら戻ってきた二人に、レオンが自由な方の手をひらと振った。
「はぐれるから、手は放さない方がいいぜ」
 しっかり手を繋いだ恋人達を見、互いに顔を見合わせる。
 そして揃って、ぼふんと二人は赤くなった。

 ツリー飾りやクリスマス・アイテムなど、かさ張る物をアンドレアスが抱え。
「よっと! 力仕事は任せときな」
「俺も、持ちますよ」
 レオンと硯は、シャンパンや料理の材料などを分担する。
「アスさん、潰さないで下さいよ?」
 くすくすと笑う真琴だが、荷物の間からアンドレアスがチラと様子を窺えば、横顔に物憂げな陰が揺れていた。
「おかえり。ツリーが来てるぞ」
 荷物を抱えて帰った者達へ、コール・ウォーロックがリビングを指差す。
「よし、飾るかガキ共。真琴もな」
 誘ってリビングへ直行すれば、叢雲と稲葉 徹二がそこにいた。
「ああ、それから『客』もだ」
 付け加えたコールへ、遅せぇよとアンドレアスは苦笑する。
「叢雲君、来てくれたんだ」
「遅くなりましたが、折角のイブですから」
 笑顔を浮かべた真琴へ、紅茶のカップを片手に叢雲が頷き。
「先日振りでありますな」
「徹二、久し振り!」
「元気でやってた?」
 仲間に挨拶した徹二へは、少年達が口々に声をかけた。
「ん。エースって訳にゃいかないけど、当分はしぶとくやれるよ。心配すんな」
「よし。丁度いいから、徹二も叢雲も飾れ」
 天井まで届く本物のモミの木を前に、アンドレアスは荷物からキャンドルやクリスマス・オーナメントを次々と取り出す。
「料理は大丈夫そうだから、こっちを手伝いますよ」
 硯も加わって、賑やかなリビングの声を、キッチンに立つ者達は面白そうに聞いていた。

●結ぶ糸
 ライトアップされたテムズ川の河畔は、静かだった。
 人々は賑やかな場所へ繰り出したか、家族や友人との時を過ごすのだろう。
 歩く通りの先に、大きな光の輪が垂直に立っている。
「あれがロンドン・アイ?」
 その巨大さに、硯が目を丸くした。
 直径135mのフレームに、約25人乗りのカプセルが32個、くっついている。
「1周、どれくらいかかるんでしょうか」
「30分程度ね。頂上近くの見晴らしが、最高なのよ」
 感心する海音へシャロンが説明し、近づいた者達に『臨時営業』を聞いていた係員はカプセルの扉を開けた。

「こういうのも、たまにはいいですよね」
 楕円形のカプセルの真ん中に、楕円形のベンチがある。
 物珍しげに中を一回りした硯はベンチへ腰掛け、二人っきりのささやかな『贅沢』を楽しんでいた。
「まさか去年、何気なく口にした事がホントになるなんてね」
 すとんと彼の隣へ座ったシャロンも、手足を伸ばす。
 カルカッソンヌのシテで、約束して一年。
 座っていても視界を遮る物はなく、夜の闇に暖かい光の絨毯が広がっていた。
「シャロンさんの言っていた通り、とても綺麗ですね」
「でしょ。そこが国会議事堂で、ビッグベン。あっちの公園にあるのが、バッキンガム宮殿よ。それから‥‥」
 示す指の先を追う硯は、隣で説明するシャロンをちらりと見る。
 楽しげな横顔は、イルミネーションに彩られていて。
 ‥‥テムズ川からの景色も綺麗だけど、シャロンさんの方がもっと‥‥。
 膝の上で両手を握れば、不意にシャロンが笑顔を向けた。
「私の故郷を見てもらえて、嬉しいわ」
「あ、はいっ。俺も嬉しいです!」
 心の内側に浮かんだ言葉を慌てて引っ込め、力いっぱい硯は首を縦に振る。
(「まだまだ、修行不足かなぁ‥‥」)
 こっそりと硯は嘆息するが、でも、いいや、と。
 二人は並んで、夜景を眺めていた。

「観てみろよ、海音! 凄い絶景だぞ〜」
 全面の『窓』に張り付いていたレオンが、振り返って手招きをする。
 その少年のように無邪気な表情と仕草に海音は微笑み、傍らへ寄り添うと一面の夜景を見下ろした。
「綺麗、ですね‥‥」
「だろ?」
 まるで宝物でも見つけた様に、レオンは誇らしげに笑い。
「こうやって海音と二人きりでデートすんのって、凄い久し振り‥‥だよな?」
 改めて、そう呟く。
「とても、嬉しいです。二人で過ごす時間もですが、こうして一緒に居られるだけで‥‥」
 いま、この場では二人きり。
 控え目な答えに、レオンは照れくさそうな顔をして。
 手すりへ置いた華奢な手に、手を重ねた。
「‥‥何だか、時間が止まっちまったみたいに静かだな。自分の心臓の音が、スゲー聞こえてくるぜっ」
 くすと笑い、隣に立つ恋人へ、少しだけ海音は寄りかかる。
「明日は、二人でトラファルガー広場へ行くか。ギター一本で、デュエットしたりして」
「はい。楽しみにしていますね」
 明日の約束を、二人っきりで交わして。
 穏やかな時間と風景が、静かに流れていった。

「大事に思うなら、相応の扱いってのがある筈だ。自分が平気だから相手も平気、そんな訳ないだろ」
 静かに荒げたアンドレアスの言葉に、驚きと戸惑いの色が友人達に過ぎった。
「いい加減にしろ。いつまで、真琴にあんな顔させとく気だ」
 どんな顔だろうと頭の隅で考えるが、確認する前に真琴は腕を引かれた。
「あの、アスさん?」
 呼びかけても答えはなく、引っ張られるままカプセルへ乗り込んで。
 振り返れば閉まる扉の向こう側で、幼馴染が一人、残されていた。
 表情を読み取る前に係員が前を遮り、アナウンスが『フライト』を告げる。
 残された相手の顔は、暗くてよく判らない。
「余計なお世話なのは、解ってる」
 唸るような声で、友人が打ち明けた。でも、もう見てられなかった、と。
「真琴、最近ずっとひでー顔してんぜ」
「‥‥え?」
 真琴は目を瞬かせ‥‥透明な障壁が反射する自分へ目をやるが、顔はよく見えない。
「不安なんだろ。辛いんだろ?」
「待って、アスさん。不安って、何が? 誰に?」
「気持ちに名前が必要か?」
 問いを投げれば、問いで返され。
 笑顔が、強張った。
 いつまでも、心の底に沈んだ棘。
 見つめる青い瞳に、その正体を見透かされた様な、気がして。
 言葉に詰まった真琴は、同時に表情が判らなかった理由を自覚した。
 ――判りたくなかったのだと。
「‥‥本当は、あの秋の日から、ずっと、解っていたんです」
 強張った笑顔が、歪む。
 自分は大事な友人だと思っていたのに、何も告げず消えた相手。
 彼にとって自分は、その程度の存在で‥‥自分には必要だったのに、彼は違った。
「ただその事が、悔しくて、寂しくて」
「生の想い、ぶつけてやったらいい。アイツはそれ位やらないと、解んねぇぞ」
 憮然と呟く間にも、指は煙草を探していた。
 が、禁煙だと思い出したのか、所在無げな手はポケットに突っ込まれる。
 優しい手は、もう差し出されない。夏の海で、迷いながらも断ったから。
 その選択の理由を、目を閉じて思い返す。
「アスさん」
「ん?」
「そんな事を、言わせてしまってごめんなさい」
「‥‥ん」
「それから今も、変わらず沢山の物を伝えようとしてくれて、有難う」
「ん」
 ‥‥だから。
「いつまでも逃げてちゃ、ダメですよ、ね」
 拳を握って真琴が顔を上げれば、くしゃりと頭を撫でられた。
 胸の奥底へ沈めて、見ないフリを決め込んだ棘を、拾い上げた手で。
「無駄にしたくないから、もう少しだけ、頑張る‥‥それで、やっぱり泣いちゃう事になったら。その時は、慰めて下さい、ね」
「ああ。いつでも泣き場所、貸してやる」
 小さな決意と我が侭に、友人は即答した。

「答え、か」
 キレた友人に残された叢雲は、大観覧車の下で一人考えていた。
 彼女の内に残る傷、帰る場所、居場所、いなくなる――。
「‥‥いなく、なる?」
 連想的に導き出した言葉を、ふと口にした。
 同時に浮かび上がったのは、2年前の秋の事。
 それが鍵であったかの如く、いろんな記憶のピースが次々と繋がっていく。
「‥‥ここから、ですか」
 顔を上げれば、友人達のカプセルは1周を終えようとしていた。

 ――答えも出さず、手を差し出して何の解決になるんです。
 彼にだけ聞こえる声で、叢雲はそう言った。
 ‥‥手を出してから、答えを探しても遅くはないってのに。
 地上で見上げる相手を、アンドレアスは睨み下ろす。
「じゃ、もう1周だな。折角の夜景、見てなかったんだろ?」
 扉が開くと、真琴の背中を置き去りにした相手へ押してやる。
「後でちゃんと、送ってくれよ。叢雲」
 脇を通り過ぎざま、後を託し。
 このままじゃあ俺の立つ瀬がないってのと、独り言ちた。

●Border Line
 25日は随分と朝寝坊をしてから、全員が揃ってクリスマス・ディナーを食べる。
 テーブルには骨付きターキーや鶏の竜田揚げなど、シャロンと海音が腕によりをかけた料理が並んでいた。
「あとで、クリスマスプディングあるからね♪」
「私はブッシュドノエルや、ガナッシュケーキも作ってみました。沢山食べて下さいね」
 遠慮なく、旨い料理に舌鼓を打ち。
「それで結局、理由は判ったのかい?」
 尋ねるリヌに、揃った者達は微妙な表情で首を横に振った。
「俺は降参です。リックが定期検診に来て、偶然知ったのかなって」
「そうですね。どなたかが教えてあげたくらいしか‥‥」
 硯に続いて海音が苦笑し、アンドレアスは少年達を見やる。
「お前ら、コールに発信機つけてんのか?」
「どれも違ーう」
 ほぼ『全滅』の状態にシャロンは考え込んだ後、ぽむと手を打った。
「もしかして、整備部でコールさんの機体情報から辿れる、とか?」
 指を差すシャロンに、少年達は顔を見合せる。
「一番近い、かな?」
「だね」
 相談してから、イヴンが答えを明かした。
「シュテルン、帰って来なかったろ。後は病院で、面会者に名前がないか調べた」
「あー‥‥」
「それでか」
 居合わせた者と、張本人が同時に呻く。
「ガキ共の為に死ぬなって、去年言ったろ。それであのザマだから」
「言っておくが、アレはカミカゼじゃあないぞ」
「知るかよ。ガキ共に二度と顔見せられない事態にならなくて、良かったけどさ。本当に」
 コールとボソボソもめるアンドレアスへ、封筒が差し出され。
「これ、アスに」
 それだけミシェルは告げて、席へ戻った。
「帰った二人にも渡してもらって、いいかな?」
 エリコが真琴やシャロンへ、言伝を頼む。
 封筒にはクリスマスカードと、KVの装甲から作ったリングが入っていた。

「さぁて、エイヴァリー家特製のプディングよ」
 食後には、明るい声でイギリスの伝統的なクリスマスケーキが登場した。
 海音も切ったケーキをそれぞれに配り、その間にアンドレアスはミシェルに声をかける。
「さっきの話、お前にだけは言っておきたいと思ってさ。コールを危険に曝したのは、俺の甘い判断のせいだ‥‥1/4位だけどな」
「じゃあ、残りは?」
「もう1/4は本人の責任で、残り半分は状況のせい。能力者でいるってのは、そういう事だ」
 何か言いかけたミシェルだが、結局は口をつぐんだ。

 食べて飲んで賑やかなリビングを、そっと出るシャロンに硯が気付く。
 少し待っても戻ってこず、気になって廊下へ出れば声が聞こえた。
「ゴメンなさい。せっかく帰ってきたのに、顔出さなくて。直に会っちゃうと、なんか戻り辛くなっちゃうし‥‥ね」
 電話をかけているのか話相手の言葉はなく、声も普段と違って聞こえる。
「お母さんに教わったプディング、仲間に好評だったわ。お父さんも、メリークリスマス。私は大丈夫、皆のおかげでね」
 知らない彼女の一面を聞いた硯は、目を伏せて。
 そっと、リビングへと戻った。