タイトル:Midsummer Air Fest−海マスター:風華弓弦

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/21 01:02

●オープニング本文


●ささやかな恩返しを
「エア・フェス?」
 怪訝な表情を浮かべる成層圏プラットフォーム・プロジェクトのスタッフ達に、ティラン・フリーデンは大きく「うむ」と首を縦に振った。
「我が社でも、協賛することとなってな」
「KV開発各社は、絡んでるんですか?」
 ティランの説明に、心配そうなアイネイアスが質問する。
 成層圏プラットフォーム・プロジェクトのスポンサーでもあり、ティランの家族が経営するフリーデン社は、積極的に軍需産業と関与しないという姿勢を取っていた。それから考えると、KVを用いての大々的なパフォーマンスや、商談目的が強いエア・ショーのようなイベントに協力する事自体が珍しい。
「いいや。フェスといっても、あくまでも能力者諸氏への慰労といった感の強いものらしいのだよ」
「慰労で、エア・フェスなのか?」
「まぁ、能力者の人にも、戦闘とかと関係なく空を飛びたいって人がいるもんなぁ。アクロバット飛行とか、純粋に腕を披露したいケースってのもあると思うし」
 いまいちピンとこないらしいチェザーレに、ドナートは何度かプロジェクトに協力した能力者達の顔を思い出していた。
「それで、具体的には何をするんです?」
「うむ。パフォーマンス飛行と、ライブだそうだ。特にライブに関しては、現在稼動中の成層圏プラットフォーム試験機を用いて、イギリス南部やフランス北部へ中継を行う予定である」
「それは、楽しそうですね」
 本国でのイベントという事もあってか、アイネイアスは心持ち嬉しそうだ。
「能力者の諸氏には、実に様々な事柄を協力してもらっているのもある。この祭典が彼らにとって休息となり、いささかの気晴らしとなって恩返しになるのであれば、それに越した事はないのだよ」
 しみじみとティランは珍しく真っ当な事を言いながら、アイネイアスの淹れたコーヒーを飲む。
「その為、現地へ赴く事となるが、留守の間はよろしくなのだよ」
「俺は調整係で同行するとして、アイネイアスかチェザーレが残るだろうから、ここは大丈夫だろうけどさ。でも能力者がくるって事は、こないだ来たフランス軍の人も来るんじゃない?」
「‥‥ぬあぁっ!?」
 ドナートの指摘に、ティランは今更ながら取り乱し。
 やれやれと、チェザーレは溜め息をついた。

●真夏の空と海へ
 数日後、ULTの依頼案内にエア・フェスの情報が掲載される。
 UPCが主催となり、アトラクションとしてKVによるアクロバット飛行や、能力者有志のライブも計画された祭典は、パフォーマンスを行う側にも、純粋に楽しむ側に回る事も出来るという。
 会場はイギリス南部に位置するリゾートタウン、ブライトン。
 もちろんイギリス海峡に面したビーチも能力者達に解放され、残り僅かな夏のひと時を楽しんで欲しいとの事だ。

●参加者一覧

/ 柚井 ソラ(ga0187) / 鏑木 硯(ga0280) / 鯨井昼寝(ga0488) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / 叢雲(ga2494) / 潮彩 ろまん(ga3425) / 三島玲奈(ga3848) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 百地・悠季(ga8270) / 黒桐白夜(gb1936) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 千早・K・ラムゼイ(gb5872) / アリステア・ラムゼイ(gb6304

●リプレイ本文

●11:30/腹が減っては
 昼を前に特設ステージからリハーサルが聞こえ、上空を横切ってKVの編隊が到着すれば、否が応でも人々の期待が高まる。
「さーて、売るわよー!」
 ビーチにある売店で、ポニーテールを揺らして鯨井昼寝が伸びをした。
 意欲十分の彼女を、店先のベンチに腰掛けた百地・悠季が見上げる。
「あら、張り切ってるわね」
「ふふっ‥‥ただ客を待つだけじゃあ、つまらないもの。攻めるのも、戦略の一つよ」
 水着の上にランニングを着たラフな格好の昼寝は、目深に被ったキャップのつばを人差し指で軽く押し上げた。
 その背には、携行型のビールサーバーを担いでいる。
「売り子に出るの?」
「誰かさんが、お昼のついでに店番してくれそうだしね。そのお昼も、うちの売り物じゃないけどー」
「気のせいよ。それに、お手製弁当は妻のたしなみだから」
 膝の上で持参した弁当を広げる悠季は、適当に笑って誤魔化した。
「あ、くず鉄ガールさんだ! 焼きそば一つ、ちょーだい!」
 そこへ元気な声が弾けて、麦藁帽子を被った潮彩 ろまんが駆けてくる。
「残念ね。今から、売り子に出るところなのよ」
「え〜っ。何件か回って、やっと焼きそば売ってそうなとこ見つけたのにぃ」
 残念そうにろまんが肩を落とすと、昼寝はちらりと悠季を見やり。
「わ・た・し・は、ビーチを回ってくるけど‥‥誰かさんはここにいるみたいだから、作ってくれるんじゃない?」
「焼きそば、食べたいな〜」
「えっと‥‥あたし、お客さんよね? 一応」
 赤い瞳を瞬かせて悠季が聞き返せば、腰に手を当てた昼寝がにこやかな笑顔を返した。
「ええ。でも、遠慮なく手伝ってくれていいのよ。お弁当を作ってくるくらいだから、料理の腕は悪くないと思うけど」
「焼きそば〜」
「そりゃあまぁ、ねぇ。でも大規模が一息ついて、気持ちの一休めな感じで来た訳だし‥‥」
「息抜きに、料理とかもいいんじゃないかしら。材料なんかは、好きに使ってもいいわよ」
「焼〜き〜そ〜ば〜」
 二人の間で上目遣いのろまんが青い瞳をうるうるさせ、ぐぅと腹の虫が主張する。
「‥‥仕方ないわね、少し時間かかるわよ。それまで、おにぎり食べる? 鮭とオカカと、タラコに昆布があるけど」
「鮭っ!」
 途端に表情を輝かせたろまんへ、悠季は鮭おにぎりを手渡した。
「じゃあ、後はよろしくねー!」
 ビールサーバーだけでなく、首からはドリンク類やアイスを詰めたクーラーボックスを提げた昼寝が、二人へひらひら手を振る。
「元気というか、現金というか‥‥パワフルね」
 感心しながら悠季は昼寝の背を見送り、ベンチで美味しそうに鮭おにぎりを頬張るろまんが何度も頷いた。

●12:05/恋人達の光景
「ん〜‥‥最近色々ありましたから、こうしてゆっくりするのも久々ですね、ふふっ」
 指を組み、身体を伸ばした神代千早が、肩にこぼれた黒髪をかき上げる。
「うん。そういえば、ロンドンから南はあまり来た事、ないんだよね‥‥」
 久々の『里帰り』となったアリステア・ラムゼイは、隣のビーチチェアに座った千早の仕草を見つめていた。
「そうなんですか? 街や、食事なんかの案内を、お願いしようと思ってたんですけど」
「一応ブライトンも観光地ではあるけど、ロンドンほどメジャーな場所はないからなぁ‥‥どっちかというと、大学みたいな研究関係や学校系が多い感じかな」
 昔、教わった記憶を辿りながら、アリステアが説明し。
 それを聞く千早は、時おり暑そうに手で顔を扇ぐ。
「大丈夫? 何か、冷たい物でも買ってこようか」
 心配するアリステアへ急いで千早は首を横に振り、肩から覆うようにかけた大き目のビーチタオルの端を恥ずかしそうにぎゅっと握った。
「あ、あの、す、少し、あちらを向いていて‥‥下さいね‥‥」
 言葉の間にも千早は頬を染め、耳まで真っ赤になった様子に笑んだアリステアはすぐに背を向けた。
「解った。いいと思ったら、呼んで」
「はい‥‥」
 青いハーフパンツタイプの水着に、半袖のパーカーを羽織ったアリステアの背中を見、それからタオルを少し開いて控えめな胸元に視線を下ろす。
 そのまま、じーっと悩んだ末、ようやく彼女はビーチタオルを肩から取り、思い切って口を開いた。
「え、えっと‥‥いい、ですよ‥‥」
 それは賑やかなビーチの喧騒に消えそうな細い声だったが、一つ咳払いをしてからアリステアが振り返る。
 ビーチチェアでは、アクセントに白いリボンが付いた赤の水玉ビキニ姿の千早が、恥ずかしそうに膝の上でタオルを両手でぎゅっと握っていた。
「ビキニ、みたいな水着を着るのは、初めてなので‥‥変かも、ですけど‥‥」
 一瞬、見惚れたアリステアだが、まじまじと見つめるのも気恥ずかしくなって、視線をそらす。
「似合ってるよ‥‥うん、可愛い」
 やや照れたように頬をかいて告げる横顔に、千早が笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。でも、やっぱりこの水着、かなり恥ずかしいですね‥‥ぁぅ」
「そうかな。本当によく似合ってるよ、千早さん」
 普段は楚々とした彼女が思い切ってビキニを選んだ事と、まだ思い切れてない仕草がまた愛しく思えて、アリステアは微笑む。
「せっかく海まで来たんだし、よかったら後で少し泳ごうか」
「はい」
 恋人からの誘いに、頬を朱に染めながら千早は頷いた。

   ○

「うふふ、海ーっ!」
 バシャバシャと跳ね上げた水飛沫が、陽光を反射して煌めいた。
 サンダルを脱ぎ捨てたクラウディア・マリウスは、足元が砂ではない事も気にせず、波と戯れる。
 寄せる波を避ける様にくるくると回れば、裾を持ち上げたスカートが花の如くふわりと広がった。
「ん〜っ。水が冷たくて、気持ちいいね」
 半ズボンの柚井 ソラもまた、向かってくる波を爪先で蹴り返す。
 昼を過ぎ、リハーサルを終えてライブが始まるまでフリーになった『仔犬』と『仔猫』は、仲良く波打ち際で遊んでいた。
 波の下に何かを見つけたのか、不意にクラウディアが「あっ」と声を上げる。
「どうかしました?」
 水へ手を差し込む様子にソラが問えば、くるりと振り返った彼女は見つけた物を差し出した。
「ほら、綺麗な貝殻っ」
「本当です‥‥流れてくるんですね」
「まだ、あるかもしれないね」
 薄い二枚貝の貝殻を手の平にのせたクラウディアは水底へ目を凝らし、ソラもまた注意深く小石の間を観察する。
「ありました! 巻貝ですけど」
「ホント。小さくって、可愛いかも。あ、あそこにも」
 波と遊ぶ二人は、いつの間にか無邪気な貝探しを始めていた。

「えへへ‥‥楽しかったー」
 貝殻を宝物の様にクラウディアが空へかざし、ソラも並んで見上げる。
「ふふ。楽しかったですねっ」
 波打ち際で遊んだ後、ビーチを散策する二人だったが、ソラが潮風に翻る漢字一文字の旗を見つけた。
「クラウさん、カキ氷売ってるみたいですよ。食べます?」
 尋ねれば、返事を聞くまでもなくクラウディアの瞳はきらきらと輝いていて。
「うんっ」
 二人で駆け寄っていけば、三島玲奈が氷柱を鋸で切り、手動式の鉄製氷削機でカキ氷を作っている‥‥のだが。
「あの、大丈夫ですか?」
 注文より先に、思わずソラが聞く。
 先の依頼で重傷を負ったばかりな為か、突っ伏す様にヘタっていた玲奈だが、額に赤い痕をつけながら氷削機のハンドルを掴んで身を起こした。
「何の、これしき‥‥で、注文は? スイカもあるけど」
「えっと‥‥カキ氷を二つ、お願いします。宇治金時と‥‥」
 返事をしながらソラが見やれば、並んだシロップのボトルを前に迷っていたクラウディアが、顔を上げる。
「イチゴで!」
「はい。それで、お願いします」
「はいよ〜」
 返事をしながらブロック氷を台座にセットし、玲奈はハンドルを回した。
 すると氷が回転し、台座のカンナがシャリシャリとそれを削る。
 雪が積もる様に空のカップへカキ氷が落ちる様子を、ソラとクラウディアは仲良く覗き込んでいた。

「毎度〜。気が向いたら、スイカも食べに来てよ」
「はい。でも、あまり無理しないで下さいね」
 手を振って玲奈と分かれると、ソラはクラウディアと向かい合ってビーチチェアに腰掛ける。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
 揃ってカキ氷を食べて間もなく、勢いよく氷を頬張っていたソラがぎゅっと目をつむった。
「はう。キーン、って。キーンってっ」
「あはは、大丈夫? 慌てるからぁ」
 額を手の甲で叩き、足をじたじたと踏む仕草に、クラウディアはころころ笑う。
「融けないうちに食べないとって、思ったら‥‥」
「うん。このカキ氷、フワフワした感じで、美味しいね‥‥って」
 笑いながら、ぱくっとカキ氷を食べた彼女もまた、急に眉根を寄せ。
「はわわっ、頭がっ、キーンって」
 スプーンを持った手をぶんぶん振るクラウディアに、まだキーンとした独特の頭痛を抱えながら、今度はソラが屈託なく笑った。

●12:35/気になる二人
「行ってきまーす」
「気をつけてな」「潮に流されるなよー」
 声をかける最年長の少年へ、整備スタッフ達が言葉を返した。
 彼らに混ざって不知火真琴も五人の少年を見送り、『おめかし』したナイチンゲールを見上げる。
「暇だったら見に来てね」と幼馴染に声を掛け、「行く」という返事は聞いた。
 それ以外、特に待ち合わせを決めた訳でもなく、そもそもショーが終わるまでは構う余裕もなくて。
「きっと、来てますよね。アスさん達のライブもあるし‥‥負けてられないのですよっ」
 あえて口に出し、軽く両手で頬を叩いて真琴は気合を入れた。

   ○

「さーて。後は『本番』まで、まったりできるか」
 時計を見たアンドレアス・ラーセンは、煙草に火を点ける。
「ガキども、もう着いてるだろうな」
 整備班に同行する筈の少年達を思い出して、後の予定を思案し。
 思案しながら視線を泳がせた先に、知り合い達を見つけた。
「ちょうどいいな、声をかけておくか」
 彼と同じく少年達とは縁のある二人に、咥え煙草で歩み寄ろうとするが。
「硯、少しだけ付き合ってくれる? この後、練習があるとは思うけど‥‥」
 明るいながらも、どこか張り詰めたシャロン・エイヴァリーの声に、足が止まった。
「あ、はい。解りました」
 快く、だが緊張気味に答える鏑木 硯の言葉もまた、奇妙な既視感をアンドレアスに抱かせる。
 それは去年の自分を思い出させ、知らずと苦笑いが浮かぶような光景だった。
 気付かれる前に引くか否か、少しだけ悩んでから紫煙を吐き。
 余計な考えを断ち切るように回れ右すると、アンドレアスは灰皿へ煙草を押し付け、大股でその場を後にした。
 気にならない。といえば、嘘になるが。
「あいつらの問題、だしな」
 雑然としたバックヤードを離れると、急に暑い日差しが照りつける。
 足を止めて薮睨みに太陽を見上げ、アンドレアスは再び歩き出した。

   ○

 一つ、大きく深呼吸する。
 何故か急に心許なくなり、意味もなく金髪を整えたくなる手を、我慢して握り。
 言葉の続きを待つ硯を、シャロンは正面から見つめた。
「この間は、ありがとう。私を好きって言ってくれて」
 向き合った硯の顔が少し赤くなり、神妙な顔つきになる。
 彼の表情を見る自分の気持ちと、出した答えに、改めて彼女は偽りはないと『確信』した。
「私は、硯のこと、好きよ。大好き‥‥でも、ね。この戦争が終わるまでは、あまり女性として接する事は出来ないかなって、思う」
 モヤモヤした感情に、決着をつけるべく、今の正直な思いをシャロンは隠さず明かす。
 また遠慮なく肩を並べ、背中を預ける、信頼できる関係でいたい。
 それは、随分と虫のいい頼みなのかもしれないけれど。
「全部が終わって、まだ想ってくれるなら。その時は‥‥未来のこと、考えましょ」
 ――できれば、一緒に。
 その言葉は口にせず、あえて胸の奥へ飲み込んだ。
 身動き一つせず、一言一句にじっと耳を傾けていた硯は、束ねた黒髪を揺らして彼女の『返事』へこくりと首を振る。
「解りました」
 普段と変わらぬ口調で応えてから、今度は彼の方が大きく息を吐いた。
「あ、すみません。なんだか物凄く、緊張しちゃって‥‥」
 張り詰めた糸が切れたのか、硯が少し困った風な笑顔を浮かべながら、無意識に手の平をシャツで拭う。
「あはは‥‥そうね」
 視線を外しても、二人の間に漂う、奇妙な空気までは拭えず。
「あの」
「えっと」
 同時に話を切り出して、顔を見合わせた。
「いいわよ。硯が先に、言って」
 シャロンが譲れば、硯は一つ軽く咳払いをする。
「その、鯨井がビーチで屋台をやってるらしいんです。もう少ししたら航空ショーも始まりますし、一緒に見に行きません?」
 変わらない笑顔と、変わらない言葉。
 口にはしないが安堵し、感謝しながら、飛び切りの笑顔でシャロンは片目を瞑ってみせた。
「OK! でもショーを見るなら、いい場所を取らないとね。ナイチンゲールで真琴が飛ぶって、聞いたもの。行くわよ!」
 踵を返し、駆け出そうとした彼女だが。
 ふと何かを思い出したのか、急に足を止める。
「そうそう、忘れるところだったわ」
 髪を翻して振り返ったシャロンは、硯へ立てた人差し指を向け。
「言っておくけど、私は理想が高いんだから。これで安心なんて、思わないことねっ」
「あ‥‥はい。頑張りますっ!」
 何をどう頑張るかは判らないが、とっさに姿勢を正して硯が応えを返した。
 それでも満足したのか、再び彼女は笑って駆け出す。
「ほら、早く早く!」
「あのっ、待って下さいっ」
 急かすシャロンに、慌てて硯は彼女の後を追った。

   ○

「よ。元気にやって‥‥聞くまでもねぇか。見りゃ判る」
 久し振りに会ったスペイン出身の少年達へ、アンドレアスは軽く手を挙げた。
 今は『ラスト・ホープ』で暮らす五人の少年は、リハビリ中のリック以外みな日焼けしている。
「アンドレアスも、相変わらず元気そうだね」
「まぁな」
 悪戯っぽく返すニコラの髪を、笑いながらアンドレアスががしがし撫でた。
「そうだ。いい加減、呼び方はアスでいいぞ」
「‥‥へぇ?」
 微妙にミシェルが含みのある顔をし、今度は頭を掴んでぐりぐりするアンドレアス。
「つまんねぇネタ、連想してんじゃねぇよ」
「あ、忘れてた。コールとチーフが、よろしく言ってたよ」
「そっか。了解、よろしくされた」
 軽く手を振り、イブンが告げる伝言を受け取る。
「さて、ライブの時間まで『保護者』してやっから、思う存分遊べ。まぁ、リックはまだ無理かもしれんが‥‥あと、泳いで沖に行ったりはするなよ?」
「それは大丈夫かも。俺ら、海で遊んだ事ないんだよね。島じゃあ、嫌ってほど見てるけど」
 波打ち際で、寄せる波に合わせて行ったり来たりするエリコを見ながら、リックが苦笑した。

●13:32/数奇な縁
 時計を確認すれば、ショーが始まるまで幾らか時間があった。
 にもかかわらず、ビーチや海岸通りは人でいっぱいになっている。
「‥‥元気だな〜」
 ビーチで寛ぐ人々の姿に、ぽしぽしと黒髪を掻きながら叢雲が呟いた。
 遊ぶ人々の間を抜けて、どこかで見たようなピンク髪の売り子がうろうろしていたり。
 売店の前のベンチに腰掛けて、妙にくつろぐ人々がいたり。
 イギリスのビーチなのに、何故か鉢巻で目隠しをして、スイカ割りに興じる人だかりがあったり。
 数人の少年達に混じって、波打ち際で遊んでいるのがいたり。
 夏の日差しと潮風を楽しむ人々の間で、ぐるりと周囲を見回した叢雲は、なんだか見覚えのある顔に気付く。
 どこで見た顔なのか、考えているうちに向こうも気付いたのか。
 叢雲の顔を見ると相手はひょいと片手を挙げ、人々を避けて近付いて来た。
「よ、戦友」
「えーっと‥‥あぁ、そうそう。もしかして、この間の焼き肉の時の‥‥」
「そ。あの時の」
 記憶を辿る叢雲に、ニッと白い歯を覗かせて、歳の近そうな青年が笑う。
「それで見覚えが‥‥あの時はお互い、大変でしたね。でも、『戦友』ですか」
「そりゃあ、仮にも一緒に『死線』を潜り抜けた仲だからな」
「まぁ、確かに」
 思い起こすのもはばかれるといった表情で、華奢な男二人は明後日の方向へ揃って溜め息をついた。
 ‥‥アレからしばらくの間、『焼き肉』の『や』の字すら見れなかったのは、言うまでもない。
「ところで、あなたもエア・ショーやライブを見に?」
 叢雲が話題を変えれば、暑そうに相手は空を仰ぐ。
「なんていうか、祭りだって聞いてさ。そういや、そんなの随分遊んでなかったっけなーと思って、一人でぶらっと来てみただけだよ。あんたは?」
「私は、真琴さんが航空ショーとやらに出ると聞いて。ああ、真琴さんというのは、焼き肉の時に一緒にいた方なんですけどね。でも、特に待ち合わせをしている訳でもないので、一人で来た様なものです」
 苦笑混じりで話す叢雲だったが、ふと何かに気付いて真顔になった。
「そういえば‥‥お互いに名前、知らないですよね」
「あ? そういえば、そうだったか。名前とかそんな細かい事、すっかり忘れてたな」
 同じような死地を越えた連帯感のようなものが先に立ってか、相手も気にしていなかったらしい。
「叢雲です。よろしく」
「俺は黒桐白夜だ。白夜でいいからな」
 改めて叢雲は、黒桐白夜と友情の固い握手を交わし。
「とりあえず、適当に日陰へ行かないか? このままだと、日干しになる」
「そうですね。俺も、全面的に賛成です」
 早々に二人は、後ろ向きな方向での意気投合っぷりを発揮した。

●14:15/『虹』の下で
 能力者達にとって、ある程度は耳慣れた音が縦断する。
 どこまでも高く青いキャンバスに、複数の白い軌跡が鮮やかなラインを描いた。
「わぁ、飛行機雲だぁ‥‥すごい、すごい!」
 ポップコーンの大きなカップを抱えながら、ビーチチェアに座ったろまんが足をばたばた振って喜ぶ。
「あ。航空ショーっ。クラウさん、行きましょ! とっても楽しみだったんですよ、俺!」
 大空で列を組んで優雅に旋回する編隊を見て、ソラがクラウディアの手を引いた。
「ほわ、航空ショー? うん、いこっ」
 手を繋いだ少年と少女が、揃って日陰の店先から外へ飛び出す。
「八機編隊か。ダイナミックね」
 二人の後から日差しの下へ出た悠季も、また空を眺めた。
 編隊飛行中のKV八機は、綺麗に三角形の陣を取り、揃って大きく宙返りをする。
「一度、下からの中継役はやった事があるけど‥‥そんなに時間は、取らなかったものね。今回は随分と本格的で、色々趣向を凝らしてるわ」
「そうなんですか?」
 サワリに近いそれだけの動きでも、どれだけの技術と訓練が必要かを知る悠季の言葉に、ひと時も目を放すのが惜しそうなソラが聞き返す。
「ええ。でもやってる人も、楽しんでいるのが判るわね‥‥この演技」
「はい! みんな、凄いなぁ‥‥あっ、クラウさん、ナイチンゲールですよ。ウーフーも!」
 知り合いの機体を見つけると、思わず繋いでいない側の手で指差し、ソラは手を振った。
「ほわぁ、凄い。こんな風に見るの、初めてかも‥‥これ、花火みたいで綺麗ーっ!」
 一斉に空を駆け上って散開するKVに、クラウディアもただただ魅入る。
「俺、最近空飛んでなくって。また、飛びたいな‥‥」
 楽しげに大空で飛び交うKVに、ぽつりとソラが呟いた。
「ええ。KV乗りとしても、こういう航空機動は憧れるわね。目標として‥‥出来る様にしたいものよ」
 時おり吹き付ける強い風に紺色のネクタイが揺れ、水色のブラウスや桃色のキュロットスカートは旗のようにはためき。
 乱れる髪を手で押さえた悠季は、ひと時だけ軌跡を残しては風に散らされるスモークアートをじっと見つめていた。

   ○

 空を仰ぐ人々が歓声をあげ、拍手を送る中、能力者達は思い思いに仲間の『演技』を見守る。
「KVが操縦できるようになって、判ったけど‥‥エミタとAIのお陰とはいえ、あれだけの動きをするのって、やっぱり凄いよね‥‥」
「はい。でも、綺麗ですよね」
 最初はビキニ姿に照れていた千早も、だいぶ人目に慣れたのか。
 陽光を遮る様に空へ腕を伸ばし、手で隠れてしまうKVの後を追って、宙に線を描いた。
「夏が終わる前に、千早さんとゆっくり出来てよかった‥‥」
 不意の言葉に千早は手を止め、隣のビーチチェアを見やる。
 彼女の仕草を笑んで眺めていたアリステアは、僅かに小首を傾げて尋ねた。
「また来年一緒に‥‥だね。今度は、日本の海がいいかな?」
「はい、ぜひ」
 空に描かれたハートマークの下で、恋人達は小さく大事な約束を交わした。

   ○

「おー‥‥やっぱ、ナイチンゲールで出るんだな」
 ビーチパラソルの下から、アンドレアスは優雅に飛ぶ鋼鉄の翼を仰ぐ。
「お前らもKV見る機会は増えてるだろうけど、ショーは初めてだろ」
「練習してるのは、空港で見たよ。皆、すっごい真剣に練習してた」
 小石のビーチへ直接座ったエリコが、スイカを齧りながら答えた。
「なんだ。特等席で見てんじゃねぇか」
 わざとらしくアンドレアスが唇を尖らせると、ケラケラとニコラやリックが笑う。
「ってか、俺もショー自体を見るのは、初めてだけどな!」
 苦笑しながら、彼は空を飛ぶKVへ視線を戻した。
「‥‥KV出す時は殆ど、生死が懸かってる時ばっかだからなぁ」
 口寂しさを紛らわせるのを兼ねて、火の点いていない煙草を咥え、小さくこぼす。
 地上からはっきり確認はできないが、大空を謳歌するKVの何機かに目立つ武装がないのは、ただ飛ぶ事に特化した結果だろう。
「戦争、終わったら。こういうのが盛んになるといいな」
 自衛の為とはいえ、KVは本来『兵器』だ。
 兵器が兵器でなくなる時が‥‥いつか、くるのか。
 ある意味では自身も『兵器』であるが故に、その時がくるのをより切望しているのかもしれない。
「‥‥あんまり眉間にシワ寄せてっと、シワが浮きっぱなしになるぜ。オッサン」
「うるせぇよ、くそガキ」
 口の減らないミシェルに眉間を指で弾く仕草をし、アンドレアスは苦い笑いを浮かべる。
「ショーのお供に、ビールやジュースはいかがっすかー。口開けっ放しで見てる人には、スポーツドリンクもあるわよー!」
 そこへ、どこかで見た覚えのある売り子が、声を張り上げながら歩いてきた。
 演技が行われている間は足を止めてそれを眺め、視界からKVが姿を消すと立ち売りを再開している。
「お? 鯨井じゃねぇか。わざわざ、売り歩いてるのか」
 アンドレアスが声をかければ、野球キャップのツバに手をやって、昼寝が振り返った。
「毎度ありー!」
「まだ、何も買ってないだろ」
 アンドレアスの反応に、先回りした昼寝はカラカラと声をあげて笑う。
「だって売り子を呼び止めたからには、もちろん何か買うわよね? それが顔見知りなら、尚の事」
 ビールサーバーを背負い、クーラーボックスを提げながら、昼寝は胸を張ってアンドレアスを見下ろした。
「ま‥‥頼むつもりだったから、いいが。お前らも何か飲むか? おごってやるぞ」
「あら、気前いいわね。ジュースと一緒に、アイスクリームもあるわよ?」
「‥‥そこでさりげなく、売り込むなよ」
 その商魂の逞しさに、思わずアンドレアスが突っ込む。
「ところで、だ。この後ライブやるから、見に来いよ?」
「顔を出したいとは思ってるけど‥‥確か、鏑木やシャロンも何かやるのよね?」
 少年達にクーラーボックスのジュースを選ばせながら、昼寝が聞き返した。
「あー‥‥何をやるかは言えねぇけどな。ま、絶対損させねぇから」
 バックヤードでの光景が脳裏をかすめたが、それを人に明かすほど彼もヤボではない。
「はい丁度ね、ありがと」
 金を受け取ってボックスの蓋を閉じると彼女はカップへビールを注ぎ、にこやかな営業用の笑顔と共に『客』へ突き出した。
「お客さんお待たせー、ビールで良かったっけ?」
「ちょ‥‥ワンサイズ、でけぇぞ」
「ほんのサービスよ。ビール、いかがっすかー!」
 アンドレアスがカップを受け取ると昼寝はひらと手を振って、立ち売りへ戻る。
「ライブやるのに、飲むんだ。酔払い運転?」
「人間も、KVと同じでな」
 少し心配そうなエリコを前に、アンドレアスはぐいとカップをあおり。
「ココに、ガソリンが必要なワケよ」
 泡の髭をつけたまま、やや肌蹴たシャツから覗く自身の胸を、親指で示した。

●16:18/ダメな大人の正しいグダり方と、英国人流英国名物紹介
 相対的なものか、KVの航空展示が終わると、急にビーチが静かになったような気がする。
 人々が戯れる賑やかな声を聞きながら本を読んでいた叢雲は、キリのいい所で付属の栞を挟み、大きく伸びをした。
「随分と、静かになったな」
「そうですね。にしても、皆若いですねぇ‥‥」
 隣のビーチチェアで、同じように寝そべって本を読んでいた白夜が声をかけ、海と戯れる人が絶えないビーチへ叢雲は目を細める。
「海水浴とかは、なんだ、ほら、若さの特権って奴? 俺、もう若くないし。日焼けするとシミとかな。気になるお年頃だからな、うん」
 誰に弁解するでもなく、白夜はビーチパラソルの日陰から出ない理由を語り。
「ええ、解りますよ。あれです。海水で髪が濡れると、手入れなんかも大変ですから」
 襟足から長い尻尾が垂れる叢雲も、口裏(?)を合わせる。
「時節柄、夏だ海だといいますが、基本的にモヤシで引きこもり思考の私には、辛いモノがあるんですよね‥‥」
「あー、確かに。夏で海で、色々楽しそうな奴は沢山いるけど、俺としてはビーチチェアで日光浴でもしながら、本を読む方が合ってるなぁ」
「全く、同感です」
 ぼやきながら叢雲が傍らの缶ビールへ手を伸ばせば、既にカラだった。
 白夜を見れば彼もビールが切れたのか、面倒そうにのそりと身体を起こす。
「食い物、調達してくるか。あと、ビールも」
「飲み足りませんか」
「あんたもだろ? 昼間っからだが、せっかくの休暇だしな」
「全く、同感です」
 先ほどと同じ言葉を叢雲が繰り返し、にんまりと白夜が笑みを作った。
「こういう息抜きって、いいなぁ」
「ええ、いいですよねぇ。こんな息抜きも」
 似た者同士は仲良くグダりながら、『物資』の補給に繰り出した。

   ○

「千早さん。少し早いけど、よかったら海だけでなく街並みも見ていくかい? せっかく遊びに来たんだし‥‥ちょっとした案内なら、出来ると思うよ」
 不意にアリステアが誘えば、一も二もなく千早は頷く。
「ぜひ、お願いします。こうして一緒にいられるだけでも、私は嬉しいですけど」
 微笑む千早だったが、控え目にくぅと腹が鳴り、彼女は一気にぼんっと赤面した。
「も、もしかして、聞こえました?」
 真っ赤になりながらうろたえる千早に、アリステアはくすくすと笑う。
「とりあえず、何か食べてからにした方がいいかもね。といっても、名物はフィッシュ&チップスってオチだけど」
 笑いながら差し出された手に、千早はそっと自分の手を重ねた。
「私は、紅茶にスコーンも好きですよ?」
「よかった。これで少し、食事の選択肢が広がるね」
 顔を見合わせた二人は笑みを交わし、手を繋いでビーチを後にする。
「そのうち‥‥千早さんを、ロンドンとウェールズにも案内したいな‥‥なんてね」
「はい。楽しみにしています」
 応える千早は、繋いだ手へ僅かに力を込め。
 その手を、ぎゅっとアリステアが握り返した。

●17:16/温かい氷
「売りに回らなくても、そこそこ好評だったなー」
 ほぼ空になった冷凍庫の扉を閉めた玲奈は、満足げだった。
 和風なカキ氷が珍しかったのだろうが、負傷したばかりの重い身体には有難い。
「すみませーん」
 声をかけられて振り返れば、見覚えの顔が目を輝かせている。
「カキ氷、まだやってる?」
「ん。あと一つか二つは、出来るかな」
「やったー! じゃあ、二個っ」
 玲奈の答えにろまんは飛び跳ねて喜び、指でVサインを作った。
「シロップは、ドレにする?」
「イチゴで!」
 ごりごりと氷が削れて小さくなる様子を、面白そうに彼女は観察し。
「はい、お待たせ」
 二人分のカキ氷を置くと、ろまんは「はい」と白い手提げビニール袋を差し出した。
 受け取れば、中の発泡スチロール製の皿がほの暖かい。
「ナニコレ?」
「悠季さんが作った焼きそばだよ。一緒に持ってると熱くて氷が溶けそうだし、もし玲奈さんがお腹空いてたら、食べて。ボクも食べたけど、美味しいよ。あと、氷ありがと!」
 礼を告げたろまんは、跳ねる様に駆けて行った。
「じゃあ、冷めないうちにいただこうかな」
 袋から出して包み紙を解き、蓋代わりの皿を外せば、微かに湯気が立ち上る。
「ん。なかなか、美味し」
 一口食べれば急に空腹を思い出し、ズルズルと玲奈は焼きそばをすすった。

   ○

「こんにちは、ティランさ〜ん‥‥あれ、どこ〜?」
 慌しいイベント本部のテントで、中を見回しながらろまんが呼ぶと、モニタや様々な機器が並ぶ奥からティラン・フリーデンが顔を出す。
「やや、ろまん君ではないか。遊びに来ていたのであるか?」
「うん、ティランさんからの案内に、凄く楽しそうな事書いてあったから。格好いいKVのショーやライブを見たり、美味しい物が一杯食べれるって!」
「それで、どうであった?」
「凄かったよ。もう、色々!」
 凝縮しまくった答えでも、ティランは満足したのか何度も頷いた。
「それでね。美味しそうなカキ氷を見つけたから、お仕事大変そうなティランさんに差し入れ。お仕事、お疲れさま!」
 労いの言葉と共に差し出したカップは、暑さで既に半分近くの氷が溶けていたが、ティランは嬉しそうに受け取る。
「これは、有難いのであるよ。早速いただいても良いかな?」
「うん。一緒に食べよっ」
 手近な椅子に腰掛けて、ろまんは赤い氷をすくい、ティランも氷をスプーンで山盛りに寄せ、かぷっと一口で食べた。
「‥‥むっ」
 急に呻いて眉を寄せ、顔をしかめる様子に、ろまんが不思議そうな顔で首を傾げる。
「どしたの?」
「あーたーまーがーっ、のはーっ!」
「キーンときたんだ! やっぱり、カキ氷にはソレがないとねー」
「そうなのか? そういうものであるのか!?」
 独特の頭痛にティランは悶絶し、からからとろまんが笑った。

   ○

「アスさーんっ!」
 バックヤードで見つけた長身に、名を呼んで真琴が駆け寄った。
「お、見に来たか」
「はい、応援に来たのですよっ。これ、陣中見舞いの差し入れです」
 足を止めたアンドレアスへ、真琴は出演者分の紙コップが並んだ紙トレーを差し出す。
「サンキュー。そうそう、ビーチで曲技飛行を見たが、凄かったな。ライブも負けてられねぇって、思ったぜ」
 褒められた真琴は、嬉しそうに満面の笑顔を返した。
「ライブ、今年もまたアスさんとケイさんのユニットが出るんですよね。他にも、柚井さんやクラウディアさんのペアとか、シャロンさんも歌で参加されるそうですし‥‥それに佐竹さんも、ですよね。どなたの演目も、とてもとても楽しみでっ」
 興奮を隠さずに語る真琴はぎゅっと拳を握り、アンドレアスへ突き出す。
「皆、頑張って下さいなのですよ‥‥!」
「おぅ。しっかり、聴いててくれ」
 小さな拳に、彼は自分の拳をこつんと当て。
「期待してますから!」
 大きく手を振って、真琴は友人の背を見送った。

●21:21/真夏の夜の夢
『乾杯ー!』
 揃えた声と共に、夜空へ紙コップが掲げられる。
 趣向を凝らした熱狂的なライブも、盛況に終わり。
 すっかり人も少なくなったビーチに能力者達が集って、打ち上げをしていた。
「おっすー、お疲れ様! 適当に持ってきたから、良かったら飲んで」
 売店の前に寄せたテーブルへ、昼寝がジュースの缶を並べる。
「これって、代金の請求先は‥‥勿論、成層圏アクアリウムの責任者宛よねっ」
「OK、その弟にツケとくわ」
 すかさず突っ込むシャロンに、昼寝はすかさず回避策を取り。
「ホント、昼寝は人使いが荒いんだから。もう」
 横目で見やる悠季に、やや強張った笑いを返す。
「ごめん。でも助かったわ。それにこの場所、ショーを見る位置的には『一等地』だったでしょ?」
「まぁ、確かにね」
 まんざらでもないという風に、悠季はウインクした。
「でも、ライブでのKV兵装を用いたアイデアは流石よね。こういう閃きは、あたしも真似たい処だわ。ともあれ、皆お疲れ様ね」
 缶ジュースを掲げる悠季に、シャロンや硯も軽く缶を掲げて返礼する。
「ライブ、凄かったねっ! 男の娘とか、変身する人とかいて!」
「評価するのはソコかよ」
 興奮が抜けずはしゃぐろまんに、思わずアンドレアスが突っ込んだ。

「叢雲君。今日、うちはとても頑張ったので、盛大に褒めるといいと思うよ!」
 腰に手を当てて胸を張った真琴の頭を、笑いながら叢雲が撫でる。
「はい。よく頑張りましたね」
「ん‥‥楽しかったです?」
「楽しかったですよ。ショーもライブも、それ以外も。友人と一緒でしたしね」
「お友達?」
 ハテと真琴が首を傾げれば、「ども」と白夜が手を挙げた。
「‥‥何、してたんです?」
「まぁ‥‥本を読んで、ビールを飲んで、だらだらと喋ってただけですけどね」
 ぎゅっと眉根を寄せた真琴は、ビッと叢雲を指差す。
「つまり、ダメな大人をしていたとっ」
「違う違う。息抜きだよ、息抜き」
「ええ。それに酒を飲む大人がダメなのではなく、酒に飲まれる大人がダメなんですよ」
 白夜の言葉に、すぐさま叢雲が同意し。
「男同士って‥‥!」
 妙に意気投合した二人に、真琴はがくりと肩を落とした。

「Hai、久し振り♪ 皆、元気そうでなによりだわ」
 顔を合わせた少年一人一人の肩を、シャロンがぽんと叩く。
「うん。シャロンも大変みたいだったけど、元気? それに、硯も!」
「勿論、元気だよ」
 笑顔で硯が答えれば、年少組は安心したように顔を見合わせた。
「さっきのライブ、見てたよ。凄かったし、シャロンも綺麗だった」
「うん。そういえば硯って、音楽出来たんだ」
「そ、そりゃあ出来るよ、少しくらい。それより、足の具合はどう?」
 意外そうなリックへ反論しつつも硯が容態を尋ねれば、少年は包帯を巻いた足をぶらぶらさせた。
「まだリハビリ中。でも、先生は良くなってるって」
「早く、自由に走れる様になるといいわね。きっと、硯やアンドレアスがサッカーの相手をしてくれるわよ。勿論、私もね」
 片目を瞑るシャロンに、リックは顔を輝かせる。
「ホント? あ、でも覚醒ナシだからね!」
「OK、判ったわ」
「せっかく持ってきたから、花火しようか。日本だと、夏といえば花火だからね」
「やる!」
 花火セットを取り出す硯に、少年達は頷き。
「そういや、ガキども。去年教えた花火のやり方、覚えてるか?」
「良い子は真似しちゃいけない、アレですよね」
 花火と聞き、ビール片手に『乱入』したアンドレアスは、含みのある硯の言葉に大きく頷いた。

 鮮やかな光と笑い声が交わされる中、少し離れてソラは星を見上げていた。
「今日は凄かったですね。色々とっ」
 ライブの高揚感が残る彼の様子に、クラウディアは何度も首を縦に振る。
「うん、ショーも、ライブも、凄かったし、楽しかったっ」
 二人ともまだ興奮冷めやらぬといった感じで、今日一日を振り返っていた。
「一緒に出れたライブも、一緒に過ごせた一日も‥‥とっても楽しかったです。ありがとうございました」
「えへ、私こそ、ありがとっ」
 満面の笑顔でソラが礼を言えば、彼女もまた眩しい笑顔を返す。
「また、こういう機会があるといいですね」
 名残惜しげなソラにクラウディアも「はい」と答え、二人は星と花火の光を並んで眺めた。

   ○

 照明も外され、翌日の撤去を待つ特設ステージに、赤崎羽矢子は腰掛けていた。
 祭の晴れやかさに誘われて来てみたものの、心にかかる霧までは晴れず。
 ショーやライブの間もどこか上の空で、彼女はぼーっと一日を過ごした。
 だから、かもしれない。
「何してんだ? こんな所で」
 通りがかり、声をかけてきた見知らぬ能力者相手に、羽矢子は何となく胸のわだかまりを打ち明けていた。
『敵』という言葉で誤魔化してみても、『決着』をつけた相手は同じ人間で、自分より年下の少女で。
 戦いの激情が過ぎた後に気付けば、心に残ったのは疑問と空虚さだった事。
 煙草を吸いながら相槌だけを打って話を聞く相手は、最後に溜め息のような紫煙を吐いた。
「戦争ってのは、一種の麻酔みたいなものでな。色々なモンを麻痺させる‥‥その麻痺した部分に戦いの中で気付くと死ぬし、戦いが終わって取り戻せなければ人じゃあなくなる。だから、今のうちに確かめておくんだな。自分が人間だって事を」
 人であるなら悩んで、迷ってこそだと告げて、ゴツい男はひらと手を振り、ステージを後にする。
 一人残った羽矢子は、街の灯りで遠い星空を見上げた。

「 傷ついて 傷つけて 手に入れたその先に‥‥
  あなたの望む世界は あるの‥‥? 」

 昔に聞いた歌を小さく口ずさむと静かに深く瞑目し、祈るように呟く。
「逃げる訳にはいかないよね。あたしは戦う。そして、あんたの分まで精一杯生きるから‥‥」

 祭りの後の寂寥感をまといながら、賑々しい夏の一日は過ぎていった。