●リプレイ本文
●舞台裏
午前中にリハを終えた出演者達は残る時間を自由に過ごし、バックヤードへ戻ってきた。
「先にひと仕事終えた『ワルキューレ』から、激励の差し入れだぜ」
控えのテントへ現れたアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が、紙コップのトレーを掲げる。
「わざわざ、お疲れんこーん」
ヘッドホンを着けた佐竹 優理(
ga4607)は、指で拍を取りながら顔も上げずに答えた。
「だからナンだよ、れんこんって」
緊張の欠片すらない友人へ突っ込み、アンドレアスはトレーをテーブルへ置く。
「あ。ラーセン、紅茶はあるか?」
「自分で確認、ヨロシク」
「うわ、人でなし」
冗談を交わす二人の会話に、クスクスと笑い声が混じった。
見やれば、ケイ・リヒャルト(
ga0598)が小さく笑っている。
「仲がいいわね」
彼女の言葉にアンドレアスが肩を竦め、優理は明後日の方向へ視線を投げ。
子供じみた二人の反応に、再びケイはくすりと笑った。
「今年は、趣向の違った夏フェスになりそうね! 楽しみだわ」
「うん。夏を盛り上げて、皆で楽しい時間にしようっ♪」
弦を弾く手を止めて諫早 清見(
ga4915)が応え、彼のサポートを務めるメンバーへ改めて会釈する。
「皆さんも自分の演奏があるのに、今日は有難う御座います」
「気にするなよ。滅多にないセッションの機会だしな」
アンドレアスへ賛同する様に、優理も頷いた。
「祭りなんで。盛り上がっていこう」
「一番手、頑張れよ」
ぐっと拳を握って励ます夏目 リョウ(
gb2267)に、清見が「勿論」と笑顔で返す。
「オープニングで、がっちりお客さんを引き込みますから」
膝上のギターを抱え直し、彼は何度も繰り返したコードを再び確認し始めた。
「外、すっごい賑やかね!」
シャロン・エイヴァリー(
ga1843)が声を弾ませ、一緒に現れた鏑木 硯(
ga0280)がひょこんと軽く会釈する。
「テレビ局っぽい人とか、見ましたよ」
「ライブ中継、ありますしね。来れなかった人にも、楽しんでもらえるといいけど」
平然とした清見の答えも、硯には逆効果だったようだ。
「そうでしたね‥‥何だか、急にドキドキしてきました」
「今から緊張してると、本番までもたないわよ!」
不安げな『友人』へウィンクしたシャロンに、ケイも笑む。
「シャロンは、気合が入ってるわね」
「もちろん! ロンドンへ中継されるなら、家族や友人に元気な姿を見せられるもの」
「あれだけテレビ局とか来てますし、きっと中継されますよ。楽しいフェスになると、いいですね」
具体的な確証はないが、硯の肯定に「ええ」とシャロンは金髪を揺らした。
「こんな機会は二度とないかもしれないし、気合い入れなきゃね!」
「ふふ、私達も負けずに盛り上げなきゃね」
印象的な緑の瞳を挑戦的に輝かせたケイは、ライブでの『相方』に声をかけ。
「え? あ〜‥‥ああ、そうだな」
何故か少し心配そうに二人の会話を見守っていたアンドレアスが、『いつもの会話』にどこかほっと息を吐く。
「‥‥大丈夫?」
「もちろんだぜ!」
気遣うケイに今度は親指を立て、自信たっぷりな笑みを返した。
そして一番最後に、少年と少女がぱたぱたと仲良く走ってきた。
「遅くなりましたー!」
「えっと、なんて言うのかな。おはようございます?」
息を整えながら柚井 ソラ(
ga0187)が謝り、クラウディア・マリウス(
ga6559)は『業界』っぽく倣ってみる。
「大丈夫だ、遅れてないよ。ライトの設置、お疲れんこーん」
「‥‥れん、こぉん‥‥?」
軽く返す優理に、不思議そうなソラはクラウディアと顔を見合わせ、揃って首を捻り。
げらげら笑う友人の足を、とりあえず優理が蹴っ飛ばしたのは、言うまでもない。
海岸では大空を彩ったKVの周囲は勿論、数台の大型モニタが立つライブ会場にも人が集まっていた。
鉄材の骨組みにライトが固定され、背景に大黒幕が降り。
古の神殿の如く両袖にKVが控えた特設ステージは、『主役達』が現れる時を待っていた。
●Viento〜『Bout』
彼らが足を踏み出せば、それだけで客席がわいた。
中央付近のドラムセットへ優理は腰を下ろし、彼を挟んでリョウはエレキベース、アンドレアスはエレキギターのストラップを肩にかける。
軽く音を確かめ、視線を交わし。
カツカツと、優理がスティックで二度、拍を打てば。
スピーカーから、一気に音が弾けた。
同時に大黒幕が落ち、現れた青の機体にワッと声が上がる。
ミドルテンポの軽快な旋律と共に、佇む歩行形態のビーストソウルが動き出した。
ステージ奥から一歩を踏み出すようにして、KVが身を屈めて跪き。
キャノピーが開いて、オレンジのTシャツに白いジャケット姿の清見が手を振れば、再び歓声が起きる。
刻み続けるリズムにエレキギターを提げた彼は、強めにストロークを一つ。
ソレをきっかけに、前奏が弾ける。
曲調は、どこかはしゃいだ感じのラブ・ポップス。
ヘッドセットを介した清見の歌声を、起動したソニックフォン・ブラスターが広いビーチへ行き渡らせる。
「 一歩踏み込んでいい? ゲームみたいな攻防
チップは気づけば全身全霊 後はない
やっぱ振り回されてる? ポーズも見抜かれてる
言葉で言うと「困る」だけど‥‥むしろ「好き」 」
優理の叩く拍は切れ味のいい軽快なステップから、ファストテンポへとアップし。
駆け出すリズムを、清見が追いかける。
「 君にしたら勝手なのは 僕の方かもね
からまわる想いの だけど推進力も君
こんなにも夢中だから こっちの分が悪いけど
いたずらな笑顔の一瞬 揺れる瞳の色を
総員(誰)見逃すな、刮目セヨ! 」
狭いコクピットながら、時に清見は演奏の手を止めて。
オーディエンスと一緒に、頭上で大きく何度も手を打つ。
華やかで明るい旋律にのって、一度限りのライブは幕を開けた。
●カンパリオン〜『輝け! 学園特風カンパリオン』
ボンッ! と炸裂音がして、ステージ前から白いスモークが立ち上る。
白い煙が海風に散らされると、中央に駐機した一台のAU−KVが姿を現わした。
『騎煌』と名付けたミカエルの傍らで、リョウはエレキギターの形状をした超機械「ST−505」のネックを握り。
「メタルヒーローバンド『カンパリオン』、一度限りの誕生だ!」
天へ拳を振り上げれば、優理がひときわ力強くスティックを振り下ろす。
先ほどの軽妙なリズムとはまた違う、賑やかでメリハリのあるドラムワークに合わせ。
弦を弾きながら、リョウはスタンドマイクの前に立つ。
「 真紅の月が昇る時 世界に悪魔が迫り来る
竜騎の力を身に纏い 今誕生の時‥‥ 」
ヒーロー・ソングのお約束的に、イントロ直後は抑えつつ。
心得た風な優理もまた、内にたぎる熱を膨らませるかの如く、徐々にテンションを上げていく。
「 燃え上がれ烈火 炎を纏いし真紅のヨロイ
輝け騎煌 光を放つ白銀(しろがね)のヨロイ 」
「行くぜ騎煌、武装変!」
勇ましいリョウの掛け声へ応える様に、傍らのAU−KVがバイク形態から変形した。
シャープなラインが一瞬で分解し、リョウを包んで各パーツが集束する。
独特の形状をした剣と盾をそれぞれ手に取って、『騎煌』はアーマー形態へ変化を遂げ。
最後に背部へ格納された真紅の豪奢なマントが出現し、ばさりと風になびいた。
目の前で変形したAU−KVに聴衆は驚いてどよめき、拍手をし、口笛を吹き鳴らす。
「 正義の力が 悪を断つ
戦え僕らの 学園特風カンパリオン! 」
勢いに任せ、熱を解き放つように最後まで一気に歌い切り。
茜色に燃える天へギターを高々と突き上げて、リョウはポーズを決めた。
●Chiot et chaton〜『無題』
「みんな、凄いですね!」
賑やかで熱い演奏にステージ袖で目を輝かせるソラだが、自分の出番が近付くと、急にソワソワし始めた。
「ソラ君?」
クラウディアが声をかければ、珍しく不安げな表情を返す。
「何だかドキドキして‥‥人前で何かするのも、久々だし」
そんな彼の手を、クラウディアは両手でぎゅっと包み込んだ。
「大丈夫大丈夫、練習通りがんばろっ」
「そうですね、頑張りましょうっ」
手の温もりと励ます笑顔に力付けられ、ソラも大きく頷く。
「ホントは私も、ドキドキしてるよ。何だか、ピアノの発表会の時みたい」
打ち明けた小さな呟きに笑みを返すと、彼女の細い手を握り直し。
クラウディアをエスコートして、熱気の中へと彼は歩き出した。
『子犬と子猫』のユニット名に合わせ、ダークスーツ姿のソラの頭には猫耳、ドレスを纏ったクラウディアは犬耳が、ぴょこんと立っていた。
ピアノまでエスコートされたクラウディアは、静かに鍵盤へ指を置き。
ソラは深呼吸すると、そっとオカリナへ口をつける。
ゆったりとした穏やかな笛の旋律が、茜色の空に響いた。
イメージするのは、深い夜の色から白む空。
まどろみの低音から、徐々にテンポを上げて高音域へと移行し。
朝を告げる小鳥の様に、ピアノがさえずる。
柔らい二つの音は次第に膨らみながら、希望の朝を描き。
次の風景へと、移り変わる。
弾むピアノの演奏に身体でリズムを取りながら、ソラは明るい情景を紡ぐ。
例えば爽やかに晴れ渡った夏空の下、外へ飛び出し、駆けて行く子供達。
アップテンポで元気いっぱいなオカリナは、跳ねる水飛沫か、はずむ笑い声か。
軽快なピアノと素朴なオカリナの音色が、伸びやかに広がっていく。
突然、ピアノの音が跳ねた。
唸るような低音のフレーズが繰り返され、時おり高音が閃く。
その狭間で、鍵盤を叩く白い指が翻り。
息を潜めた笛が、不安げに揺れた。
吹き付ける風の様に、絡まる旋律は強く弱く揺れて。
スタッカートの和音が、コードを変えながら次々と降り注ぐ。
最後には、一斉に音が落ちて。
不協和音の残響の中、緩やかに笛のメロディが戻ってきた。
大らかに歌うオカリナは、次第にテンポを落とし。
ピアノの高音が、短く愛らしいフレーズを煌めかせた。
じきに旋律は、止まりかけたオルゴールの様に途切れがちになって。
眠たげに、ぱたりと途絶える。
子守唄の様な笛の旋律も、潮が引くように遠ざかり。
小さく、最初のフレーズを繰り返してから。
全ての音が、消えた。
ステージのライトも落ち、夜に包まれていた事に気付いた聴衆が、拍手を送る。
演奏を終えた二人は、目が合うと微笑を交わし。
手を繋いで、深々とお辞儀をした。
●Titania〜『heat』+『Brunnhilde』
「さーて。真夏の夜に、妖精女王の降臨だぜ!」
アンドレアスのエレキギターが唸り、銀色の紙吹雪が弾けて夜空へ舞い上がった。
眼鏡を外した優理が、ひときわ強くクラッシュシンバルを打ち。
リズムの効いたテクニカルなロック調のサウンドが、スピーカーを震わせる。
「 咲き誇る熱帯夜
こんな夜は頭がイカれちまうんだ
さぁ、ハイになって皆で堕ちていこうぜ
blue sky 」
振り注ぐ銀光の中、黒尽くめのゴシックな衣装に身を包んだケイが悠然と歌う。
衣装の所々を、黒薔薇と黒い蝶のモチーフが彩り。
黒薔薇の造花をあしらったマイクを掲げ。
「 咲き乱れる熱帯夜
こんな夜はキスで溺れたくなるのさ
さぁ、淫らに酔って堕ちていこうぜ
blue sea 」
間奏に入ると、ケイはキーボードから離れ。
劣情を煽る様に金属弦を鳴らすアンドレアスの傍らで、肩へ指を這わせる。
かと思えば、ドラムの優理へキスを投げる仕草をし。
誘い、挑発し、気紛れな猫の如くスカートの裾を翻して、ポジションへ戻る。
「 気をつけて‥‥
熱帯夜は全てを狂わせる
そう、キミも俺も熱帯夜の魔力にやられてる
だけど恐れず行こうゼ、堕ちるトコまで
Dive to blue night 」
情熱的なメロディを、彼女はエロティックに歌い上げ。
ロック調の曲想が、突如一転する。
軽やかなリズムを刻むシンバルは、鼓動の様な重いバスドラムへ変わり。
ハーモニクスの倍音を加えた、重厚なリフをアンドレアスが紡ぐ。
「 Through the starlight
Under the moonlight
I’m your dream guardian − Walkure 」
妖精女王ならぬ夜の女王の如く、ピアノを奏でるケイは朗々と歌声を響かせ。
どこか荘厳かつ美しい旋律が、幻想の世界を編み上げる。
「 The brave wings on my back
The noble spear in my hand 」
クラシカルなピアノへの反動の様に、電子音が唸りをあげる。
鮮やかなギタープレイを駆使し、アンドレアスがトリッキーに醸すソレはメタルそのものだ。
異なるジャンルの世界を融合させた、シンフォニックメタル。
その壮大な音の情景は、二転三転と変化する。
「 Don’t be afraid my sweet prince
I’ll be there for you forever...」
アンドレアスが様々なモノを得失した1年を凝縮した、濃密な10分。
目まぐるしいながらも、時を感じさせずに過ぎて。
全てを出し切った彼は汗で濡れた髪をかき上げ、『共演者』達に親指を立てた。
●Last Hope〜『Going My Way!』
終幕が近付くステージに、繰り返し拍手が響く。
「ラストはこのイギリス出身の私、シャロンがお届けよっ」
陽気にあおる前奏の中、青のチューブトップに、ジーンズ地のミニスカ姿のシャロンが、長い金髪を翻して飛び出した。
「ラスト・ホープへ旅立って2年、最高の仲間に恵まれて。
私は自分の選んだ道を、今日も歩いてるわ!」
高らかに母国の地へ報告するシャロンを、ひときわ大きな拍手が包み込み。
そして出演者全員での、ラスト・ナンバーが始まる。
『 Long and long way 歩き続けてく
先の見えない 果てしなき道を
Peak and valley way 足を止めた日も
数え切れず 乗り越えてきたよ
旅路の先に 道を示す標(しるべ)は無いけど
肩を叩いて 手を取り合って 笑う仲間がいるから 』
演奏の技巧やコーラスのパートも気にせず、ただ声を音を揃え。
軽快なポップソングを、それぞれが楽しみながら歌う。
『 We can keep walking この空の下を
We can keep smiling 貴方の側で
いつの日にか 夢見た場所へと
たどり着けると そう信じて 』
ライトに照らされた眩しい後姿に、硯は目を細めていた。
シャロンはソラやクラウディア、ケイ達に囲まれ、今更ながら前に出れないキーボードのポジションを硯が僅かに悔やむ。
それに気付いたのか、シャロンは踵を返すとキーボードとドラムの間へ駆け寄り、友人達と一緒に硯や優理を盛り上げた。
名残を惜しむ演奏も、終わりを迎える。
清見やリョウと共に、アンドレアスはシングルネックの12弦ギターを掲げてかき鳴らし。
苦手なタムを回し、シンバルを乱打しする優理が、高々とスティックを掲げ。
「ぃよっ!!」
掛け声を合図に、奏者達は全ての楽器を一斉に鳴らして、締めた。