タイトル:一通の手紙〜小さな小包マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/12 00:07

●オープニング本文


●小さな依頼
 UPC本部の斡旋所にあるモニターには、今日も世界で起きる数々の『事件』内容が表示される。
 そのモニターの一つに、新着の『事件』が表示された。
 ‥‥重要ではないが、火急の案件として。
『イタリアのシエナに住むイレーネ・ファンファーニなる相手へ、とある小包の搬送を願う。
 なお詳細については、依頼者より直接説明を行うとの事−−』

●遠い友達へ
「えっとね。イレーネちゃんに、これを届けて欲しいんです。ママが、『のーりょくしゃ』のお兄ちゃんやお姉ちゃんに頼んだら、きっと大丈夫だって言ってたから‥‥」
 そう言って小さな梱包箱を大事そうにテーブルへ置いた依頼者は、まだ6つか7つの少女だった。少女の名前は、ジェシカ・セラート。親がUPCで働いており、『ラスト・ホープ』に異動となった際に、こちらへ引っ越してきたという。
「お隣に住んでいたおさななじみのイレーネちゃんに、誕生日プレゼントを届けて欲しいの。イレーネちゃんは私と同い歳の女の子で、もうすぐ誕生日なんだけど、パパは行けないって‥‥イレーネちゃんが住んでいるところは危ないんだって。私の誕生日には、おじいちゃんとおばあちゃんの所へ遊びに行った時、買ってきたきれいなベネチアンビーズでこのネックレスを作ってくれたんだよ。だから私も、お礼にプレゼントをしたいなって。だけど、パパは手紙も届かないかもしれないって言うから‥‥それでね、ママに聞いてみたら、『のーりょくしゃ』の人たちなら、きっとお願いを聞いてくれるよって。危ないところでも、大丈夫な人たちだからって‥‥あの、イレーネちゃんに会えたら、私は元気だって‥‥言ってもらえますか?」
 おぼつかないながらも一生懸命説明したジェシカは、期待と不安の入り混じった瞳で『能力者』達を見上げた。

●参加者一覧

井上・セレスタ(ga0186
20歳・♀・ST
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ラン 桐生(ga0382
25歳・♀・SN
藍乃 澪(ga0653
21歳・♀・SN
藤川 翔(ga0937
18歳・♀・ST
スケアクロウ(ga1218
27歳・♂・GP
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
近伊 蒔(ga3161
18歳・♀・FT

●リプレイ本文

●確認事項
「依頼の主旨は、了解しました。少し確認したい事があるんですが、いいですか?」
 緊張気味に口を開く流 星之丞(ga1928)へ、依頼主のジェシカ・セラートに付き添っていた母親が頷いた。
「私どもで、判る事でしたら」
「はい。届け先の、イレーネちゃんのご両親の名前を教えてもらえたらと思いまして」
「住所は‥‥箱に書いてありますね。良ければ、シエナのセラートさんの住所も教えてもらえます?」
 宛名書きを見て取った藤川 翔(ga0937)が、星之丞に続いて質問を重ねれば、セラート夫人は快諾する。
「では、お届け物を預かりますね」
 ちゃんと視線を合わせる様に鏑木 硯(ga0280)は腰を落とし、少女へ両手を差し出した。
「えっと‥‥お願いします、お姉ちゃん! これ、イレーネの写真なの。お顔が判った方がいいって、ママが言ってたから」
「はい、お預かりします」
 間違いはあえて訂正せず、小包と渡す相手‥‥イレーネ・ファンファーニの写真を受け取った硯は笑顔で彼女の頭を撫でる。
「ちゃんと、お届けしますからね」
 前かがみで少女の顔を覗き込む藍乃 澪(ga0653)もまた、託す少女へ笑顔で答えた。それから人差し指を頬に当て、記憶を辿る。
「イタリアは‥‥中部が、競合地域なんですよね。シエナも含んで」
 母子に聞こえぬよう離れて小声で呟く澪に、硯も同意した。
「はい。いつ、バグアとの戦闘に巻き込まれるか判らない地域‥‥イレーネはジェシカと同い歳だそうですし、親御さんが子供の安全を第一に考えて、避難している可能性もありますよ。それならアフリカに近い南部よりも、北部へ避難する可能性が高いかと。さっき、祖父母の所へ遊びに行ったお土産がヴェネチアンビーズだって、言ってましたよね」
 二人の言葉を聞いていた井上・セレスタ(ga0186)が、切り揃えた黒髪を揺らし、依頼者親子へと振り返る。
「セラートさん。ぶしつけですみませんが、ファンファーニさんの御祖父母が住んでいらっしゃる場所は、ご存知ありませんか? 例えばベネチアのどこか、とか」
「詳しい場所までは‥‥ただ、ベネチアにいらっしゃるという話を聞いた覚えは、あります」
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げて、セレスタは礼を述べた。
「あ〜、細かい話の途中ですまないが、ちっと先に段取りつけてくるよ。誕生日プレゼントなら、早く渡した方がいいんだよね?」
 席を外そうとするラン 桐生(ga0382)が確認するように目をやれば、ジェシカは「うん!」と元気よく答える。
「了解、後は任せとけ」
 親指を立ててウインクをし、ランは退室した。
「ドコ行くんだろ‥‥?」
 不思議そうに見送った近伊 蒔(ga3161)に、「さぁて」とスケアクロウ(ga1218)が肩を竦める。
「何やら、彼女なりの考えがあるようですけどねぇ」
 ランが去った扉からスケアクロウが視線を戻せば、硯がカメラを取り出していた。
「よかったら、写真を撮りません? 荷物と一緒に届ければ、イレーネもきっと喜びますよ」

●準備は周到に
 複写機が、複製した少女の写真を次々と排出する。それを手に取り、枚数を数えた星之丞は、原版である預かり物の写真を回収した。
「写真のコピー、できました。後はジェシカちゃんの母親からの情報を元にシエナへ飛んで、もしイレーネちゃんが別の場所へ避難しているようなら、そちらへ飛んで‥‥」
 段取りを確認する彼へ脇から手が伸び、ぴらりとコピーの一枚を抜き取った。
「よもや、全部一人でやる訳じゃあないだろ? かといって、全員でゾロゾロと動き回るのも、なぁ。せっかく、人が揃ってるんだから」
 顔を上げた星之丞へ、ランがにっと白い歯をみせて笑う。
「イレーネちゃんの祖父母が、ベネチアに住んでいるとなると‥‥やっぱり、そっちが有力かしら」
「『ヴェネチアンビーズ』はムラーノ島で作られた物しかそう呼びませんから、その近くかもしれませんね」
 意見を交わしながら、澪と硯が推理の続きをまとめる。
「コピー、ありがとうございます。硯さんは、良くご存知なんですね‥‥となると、後は実際にシエナへ行って、推測の裏付けを取る事になるのでしょうか」
 星之丞へ礼を言いつつ、セレスタは推理に提案を重ね、翔もまた彼女の意見に同意を示した。
「そうですね。シエナもベネチアも広いですから、当てもなく探すのは大変そうです」
「つまり! 早い話がシエナとベネチアの、二手に分かれて行動するのかな?」
 勢いよく挙手して質問した蒔が、その手をブンブンと左右に振る。
「そうなりますかぁ。プレゼントの宅配という御題目もあって、何とも呑気でゆるゆるとしてますがぁ。仮にも競合地域‥‥危険な所も程度によってはサックリ死にますから、気をつけねばなりませんが」
 最年長のスケアクロウが、どこかアッサリした口調でズッパリ現実を告げた。 それから案山子も意味する名を持つ男は、ひょろりとした体躯を傾げ、腕を組み。
「ただそれ以外にも、お役所なんかへ調べものに行く事になると、状況によっては取り合ってくれない可能性もありますからねぇ。アァ、私はその辺り、経験上慣れていますから」
「そりゃあ助かる、有難い」
 彼の次に年長者となるランが、頼もしそうにスケアクロウを見やる。メンバーの中で20歳を越えているのは、この二人だけだった。
「ランさんは、どうされます? プレゼント‥‥預かって下さるんですよね」
 気遣うように翔が尋ねれば、小さな小包の『預かり役』を申し出たランは「ふむ」と思案顔で考え込み。
「この顔ぶれだと、ベネチア行き‥‥かな。シエナの方は、任せても大丈夫そうだし。イレーネがシエナにいるってんなら、待ってもらう事になるけど」
「依頼を受けた以上、見届けたいですもんね。ちゃんと、プレゼントを渡せたかどうか」
 受け取り主の反応が楽しみなのか、期待に満ちた表情の澪が胸の前で両手を合わせる。
 集った誰もが、幼い少女の小さな願いを叶えてやろうとしていた。
「この力で、誰かが笑顔になってくれるのなら‥‥」
 何事かの思いを込め、拳を握ったそんな星之丞の呟きに、セレスタがにっこりと微笑む。
「離れ離れになってしまった、お友達への贈り物。遠く離れていても、お友達の誕生日を祝ってあげたい‥‥必ずプレゼントを届けて、その純粋な気持ちを伝えてあげたいですね」
「ああ。やっぱり誕生日を祝うって、大事な事だと思うから」
 セレスタへ笑顔で頷いた星之丞は、手にした写真−−無邪気で明るい表情の少女−−をじっと見つめた。

●届け先捜索
「へ〜ぇ、随分と古い街なんだな」
 一角に噴水がある扇形の美しいカンポ(広場)に立ち、蒔がぐるりと周囲を見回す。
 糸杉と葡萄畑に囲まれた古い街は、ところどころに破壊の痕跡が見られた。何もなければ観光客で賑わっていたであろうカンポも、今は住民が足を止めて立ち話をし、あるいは行きかう程度だ。
「イレーネさんの住所も聞けた事ですし、とにかくそこへ行ってみましょうか」
 メモを手に、翔が仲間達へ確認する。
 そこには結局、六人の顔ぶれが揃っていた。「『保護者』もいる事だし、調査は皆にお任せするよ」と告げたランは、結果として単身でベネチアへ飛んでいる。
「住所もありますし、これだけの人数がいれば‥‥家はすぐ判りますね。引越しをされていた場合は、そこからが大変ですけど」
 セレスタが苦笑で答え、蒔はこっくりと首を縦に振った。
「アァ、では私は役所の方へ行ってきますかぁ」
「あら。一緒に行かないんです?」
 別方向へ足を向けたスケアクロウへ、不思議そうに澪が尋ねる。
「もし転居しているなら、役所で転居先が判るかもしれません。それに、ラン君が『根回し』をしてくれていますので、私が行く分には問題ないでしょう」
 小さな身分証のようなものを、スケアクロウは澪へ示した。
 −−『配達』の請負仕事なら、『本業』の力も借りた方が、何かとスムーズだろ。
 ジェシカとその母親との話の間に中座したランは、『ラスト・ホープ』内で仕事をしている貨物などの配送業者を尋ね、『協力』を依頼したのだ。住所などを調べる際、『能力者』とはいえ単なる一個人が聞いて回るより、業者委託という確かな後ろ盾があった方が、何かと都合がいいだろう、と。そう考えての行動であった。
「それなら、時間を決めて落ち合うか‥‥場所は、このカンポで問題ないかな?」
 時計を見ながら、星之丞が提案する。
「そうですねぇ。市庁舎は、すぐそこですし」
 スケアクロウは、空へ突き出したマンジャの塔の隣にある宮殿を示した。

「では、気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
 硯は制服姿の男に礼を言うと、足早に仲間達へ合流する。
「道、このままでいいそうです」
 聞いた結果を伝えた硯は、警らの警官の後姿を振り返った。競合地域にあり、暗い不安の気配が漂うシエナだが、地元警察はまだ機能しているらしい。不穏な空気に便乗したトラブルが起きぬよう、警官達が時おり街中を巡回し、市民へ声をかけていた。
 住所と地図に、警官の案内を頼りに石畳の路地を抜けていくと、幾つかのアパートメントの一つへ辿り着く。
「‥‥ここ?」
 落ち着いた佇まいだが子供の声一つ聞こえない様子に、蒔は怪訝な表情で辺りの建物を見回した。
「窓は開いていますから、誰かが住んでいらっしゃるのは確実みたいです。とにかく、行ってみましょう」
 鎧戸の開かれた窓の一つを指差したセレスタが、扉のノブに手をかける。
 階段を登り、部屋の番号をチェックし、教えられた住所と間違いない部屋を見つけ出し、呼び鈴を押して待つことしばし。
 訪れた部屋から現れたのは、セラート夫人と変わらぬ年齢の男性だった。

「という事は、既にシエナから一時避難されている訳ですかぁ」
「そうですね。現在は、ご主人のみが残られている‥‥という形になっています」
「では、夫人と娘さんの避難先の方は?」
「待って下さい。書き出しますので」
 ランが手配した『委託証』を示したスケアクロウは、応対した窓口の若い女性がパソコンを操作し、結果をメモに書き出すのを待つ。手持ち無沙汰に市庁舎の中を見回すと、その一角にある大小様々な手紙や小包で作られた二つの山に目が留まった。
 ペンを置いた女性は丁寧にメモ用紙をちぎると、カウンターへ置く。
「出ております届けですと、こちらになっています」
「ありがとう。ところで、あれは?」
 礼を述べながらメモを受け取ったスケアクロウは、視線で二つの山を示した。山を振り返ると、困った表情で女性は肩を竦める。
「あれは一時避難で配達が難しいものと、収集を待つ発送済の郵便や荷物です。ローマも競合地域に巻き込まれてから、どうにも集配関係が滞って‥‥貨物車や集配車が戦闘に巻き込まれたりもしますから」
 少しの間、配送物の山を眺めるスケアクロウは女性に軽く頭を下げ、市庁舎を後にした。

「住所が判った?」
 シエナからの電話を受けたランは、すぐに手元へメモを引き寄せ、受話器越しに伝えられる言葉を書き取っていく。それから書いた内容を読み上げて、書き間違いがない事を確かめた。
「二手に分かれた結果が同じ内容なら、信憑性は高いかな。後は、調べてみる。住所とファミリーネームが判っているなら、フルネームがなくても大丈夫だと思うよ。じゃあ‥‥」
 電話を切ろうとすれば、慌てて『向こう』が呼び止める。
 急いで、そして申し訳なさげな声が頼む用件に、ランは苦笑して頷き、了解の意を伝えた。
「判った、待ってるから。その代わり、途中でキメラ見つけてもさっさと殴り飛ばして、早く来んだよ」
 通話を終えて受話器を置いたランは、部屋の窓へ目をやった。
 眼下では、水に浮かぶ街を賑やかに観光客がそぞろ歩き、あるいはゴンドラに乗って運河からの観光を楽しんでいる。
 それはまるで、バグアの侵略が嘘のような、どこにでも転がっていた平和な光景で。
 深い息を吐くと椅子の背に引っ掛けたジャケットを取り、ランは部屋を後にした。

 住所と名前が判っても、迷路のような街は辿り着くまでがまた大変だった。家を発見した後は、当人達には気付かれぬよう近隣住人に『事実確認』を行い。
 シエナから仲間が到着する頃、ランはベネチアでの『裏付け』作業をほぼ完了していた。

●小さな友情
 来客を告げる呼び鈴に、ファンファーニ夫人はエプロンで手を拭い、リビングからの娘と祖父母の会話を聞きながら、玄関へと向かう。
 扉を開ければ、若い一組の男女が立っていた。
「お届け物に上がりました」
 配送業者らしくない風体の男性が会釈し、女性は手にした小さな箱を夫人へ示す。
「『ラスト・ホープ』から、イレーネ・ファンファーニさん宛です。ご本人、いらっしゃいます?」
「ちょっと待ってね」
 不思議そうに首を傾げながらも、母親は娘の名を呼ぶ。すぐ、奥から駆けてくる小さな足音が聞こえて。
「はぁい?」
「あなたに、お届け物よ」
 きょとんとした少女へ、女性は『荷物』を差し出した。
「はい。『ラスト・ホープ』から、お届けもの」
 きょとんとして箱を受け取り、表面に書かれた差出人の名前を見つけたジェシカの顔が、見る間にほころんでいく。
「ママ、これ、ジェシカちゃんからだよ!」
「まぁ、ホントに?」
 嬉しそうな娘の言葉に、母親もまた差出人と宛名を確認する。そして何か思い当たったように、『配達人』の二人を改めて見た。
「『ラスト・ホープ』から、もしかしてシエナへ? そこからここへ? わざわざ? あなた達‥‥」
 驚いて投げかけられる質問の連続に、男性の方が笑顔を返す。
「皆さんの笑顔を守るのが、『能力者』の‥‥仕事ですから」
 それから星之丞は、少し離れてやり取りを見守っていた『仲間』達を振り返った。

 辿り着いた者達は、夫人とイレーネから二人が一時避難している祖父母の家での食事を勧められた。迷ったものの好意に甘え、ジェシカが嬉しそうに箱を開くのを見守る。中から現れたのは手紙と、磁器のキャンディボックス。白い地に、子供らしいタッチでシエナの街並や友人の似顔絵などが描かれていた。
 嬉しそうな少女の様子に、セレスタと翔は視線を交わして微笑む。
「ジェシカが、『私は元気です』だってさ」
「はい。そのうち、会えるといいですねぇ。アァ、後半のはぁ‥‥サービスです」
 伝言を伝える蒔にスケアクロウが頷き、硯が出発前に撮ったジェシカの写真を手渡した。
「手紙の返事、書くなら待ってますよ」
「あと、写真も撮ります? ジェシカちゃんも、イレーネちゃんの元気な様子、知りたいと思いますし」
 澪がカメラを取り出せば、少女は明るく「うん!」と頷く。
「‥‥こんな笑顔が見えるなら、『能力者』も捨てたものじゃないかな」
 呟く星之丞の頭を、ランは乱暴にがしがしと撫でた。