タイトル:Corsica−交錯点マスター:風華弓弦

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/31 03:31

●オープニング本文


●フランス南部トゥールーズ
 暑い風が、アスファルトを吹き抜ける。
 かざした手で日差しを避けながら、コール・ウォーロックはシュテルンを見上げた。
「やれやれ。話を聞くのに、KVまで持ち出す必要があるのか?」
「一種のパフォーマンスだよ。話を円滑に進める為、第一印象は大事だろ」
 答えるレナルド・ヴェンデルは、膨れた大型封筒を差し出す。
「それに、先方はKVに興味があるらしい。前に話した、航空写真を撮った空飛ぶ風船。アレを飛ばした張本人で、最近コルシカに色々とアプローチしている」
 説明するレナルドの言葉には、微妙に呆れたようなニュアンスが混ざっていた。
 民間人が下手に首を突っ込んで、何を突付き回しているのかという心境だろう。
「言っておくが、俺も民間人だからな」
 封筒を受け取ったコールが言い含めれば、相手は肩を竦める。
「勿論。ただ今回は仏軍の意向を背負ってる事を、忘れないでくれ」
 返事代わりに軽く片手を挙げ、コールはシュテルンへ向かった。

●ドイツ南部リンダウ
「それで、協力の方は?」
「うむ。軍に助力を求める事は、気が進まぬのだが‥‥背に腹は変えられぬ」
 肩を落とし、背中を丸め、盛大な溜め息をついて、ティラン・フリーデンはアイネイアスへ答えた。
「先方からの協力者が、到着する頃だ。オブザーバーとなっているが、代行者と考えて間違いなかろう」
「ティランは、軍とか苦手だからなぁ」
「な、なにを言うっ!」
 からかう様なドナートの一言に、ショックを受けたティランは白目で後退る。
「軍や警察の類が苦手というのは、一般的ではないのか‥‥ドナート君、恐ろしい子っ!」
「世話になる心当たりがなければ、怖くないと思うが」
 おもむろに、ぼそりとチェザーレが付け加えた。
 そこへ突然、独特なジェットの音が空気を振るわせる。
「あ。フランス軍の人、きたかな?」
「ぬがぁぁぁぁうっ!?」
 窓の外を窺うドナートの一言に、奇声をあげてティランがうろたえた。

●第三次接近遭遇
「で、アレが代表者なのか」
「おかしいのはいつもだから、気にしないで」
 戸惑いというより呆れた風なコールの反応に、ドナートが解説を入れる。
 研究施設にコールが訪れてからずっと、ティランはソファの背に隠れ、顔だけ出してぐるぐる唸っていた。
「なんか、仏軍の人が怖いらしい」
「俺は軍人じゃないぞ。むしろ立場的には、あんた達に協力する能力者達と変わらん」
「むむ。本当であるか?」
「というか、生粋のフランス人でもなくイギリス人だ。ソレがUPC仏軍名義で来た理由は、面倒だから省略な」
「了解なのだよ」
 やっと納得したか、のそのそと乗り越えたソファへティランは腰を落ち着ける。
「ただ今後の相談をするには、今まで助力をくれた能力者諸氏の意思と意見も、尊重したいのだよ」
「そこは了解している。先に、頼まれた分析データだ」
 コールから封筒を受け取ったティランは、中を見てからチェザーレへ渡した。
「聞いた話では、ウォーロック氏はコルシカ島の滞在歴があるとか?」
「長期間ではないが、カルヴィの仏軍施設にいた事がある」
「あ〜、ケピ・ブランだ。そっか、それで‥‥」
 何やら納得したドナートが頷き、ティランは首を捻ったものの突っ込んだ質問をせず。コールもまた答える気がないという風に、アイネイアスの淹れた紅茶を口に運ぶ。
「ともあれ、僅かでも現地に明るい者がいるのならば、助かる。色々と、よろしくお願いする事になるであろうが」
「こちらこそ。そもそも、コルシカは仏領。出来る限りの協力はすると、仏軍も言っている」
「それは、有難く心強い言葉なのだよ」
 心なしかほっとした様子で、ティランはコーヒーを啜った。


●参照:コルシカ島・主要な町の概要
【北部】
・カルヴィ
 北西の玄関口。空港と港がある。
 空港は滑走路が破壊されているが、市内には大規模な破壊の痕跡は見られない。
 港には、ほとんど船舶が停留していない。
 重要な施設は新市街地に建つ市庁舎と、海へ突き出した岬に立つ城砦(シタデル)。城砦内にはUPC仏軍の施設があるが、現在も無事かは不明。
 町は警備する兵士の数が多く、特にコルシカ鉄道駅、市庁舎、新市街と城砦の間にあるコロンブス広場およびスピンコーネ門の三箇所に集中している(城砦内部は未踏の為、除外)。
 北西の海に面した側で、城砦を囲む城壁と建造物の一部破壊が確認されている。

 海中からの調査で、西にある岬付近の海底に白いカプセルが多数沈んでいる事を確認。コリウールで発見された物と同種と考えられるが、いずれも破損が激しい。何らかの理由で海へ廃棄された物が、漂着したと考えられる。
 港に近い海中では水中型ワームによる定期的な哨戒と、機雷を確認。

・リール=ルッス
 カルヴィの東にある港町。コルシカ鉄道駅あり。
 港の海底は船の残骸が山積し、船舶での接近は容易ではない。
 水中型ワームによる、定期的な哨戒を確認。

・サンフロラン
 昔は軍港として機能していたが、現在は漁港。
 町の郊外に救援物資を投下。その後は観測データがなく、不明。
 港の入り口付近に、機雷が設置を確認。

・パスティア
 北東の玄関口で、港町。コルシカ鉄道駅あり。
 ルート上の関係で、海中調査に至らず。

 なお海棲キメラだが、北岸での海中調査では遭遇がなかった。
 その為、生息の有無や具体的な個体数などは不明。

【中部】
・コルテ
 周囲を山に囲まれた、中部の中心。コルシカ鉄道駅あり。
 車両はほば使われず、長期に渡るガソリン不足が発生していると推測される。
 KVが飛来した際、島民への外出規制が行われた。
 物資が不足気味にも関わらず、住民はバグアに対する反抗意識が低い。原因は不明。
 町の郊外に救援物資を投下。その後は観測データがなく、不明。
 接触した大学講師は、バグア側に拘束され消息不明。

・ヴィヴァリオ
 コルシカの中心に位置する。コルシカ鉄道駅あり。
 未調査。
 最初のコルテ降下の際、バグア側兵士は鉄道でここへ移動。北上してKVを捜索した。

【南部】
・アジャクシオ
 首府。南西の玄関口で、空港、港、コルシカ鉄道駅がある。
 大作戦時か、それ以後に大規模な攻撃を受け、街の各所に多数の破壊跡がみられる。
 特に新市街の被害状況は酷く、高層ビルなどは随所で崩壊。復興作業は行われず、破損倒壊した建築物の多くが現在も放置される。
 上空でのバグア側の迎撃は激しいが、現在も街が首府として機能しているかは疑わしい。
 町の郊外に、救援物資を投下済み。追跡調査の結果、物資コンテナの開封を確認。
 周囲は広範囲に渡って散乱した紙片の形跡があり、戦闘の痕跡がない事から、おそらく住民が回収した事が期待される。
 なお港には、停留する船舶がほとんどない。

・ポニファシオ
 南端の港町。北西にフィガリ空港。南にサルディニア島を臨む。
 未調査。

●参加者一覧

/ アグレアーブル(ga0095) / 国谷 真彼(ga2331) / 潮彩 ろまん(ga3425) / 霧島 亜夜(ga3511) / フォル=アヴィン(ga6258) / ソード(ga6675) / 飯島 修司(ga7951) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 結城悠璃(gb6689) / フォルテ・レーン(gb7364

●リプレイ本文

●切り拓く道筋を求めて
 ボーデン湖畔の研究施設は、いつにないちょっと変わった空気に包まれていた。
 どこか緊張した面持ちの成層圏プラットフォーム・プロジェクトのメンバーは勿論の事、アグレアーブル(ga0095)や飯島 修司(ga7951)は真剣というか、どちらかといえば深刻な顔つきをしている。
 緊張した風の霧島 亜夜(ga3511)は珍しくUPCオーダーメイド軍服に身を包んで『正装』しており、どこか浮かない思案顔のソード(ga6675)が茶を入れるアイネイアスを手伝う。
 そこへ、ドンドンとドアを叩く音がして。
「俺が、出ますよ」
 コルシカの地図を眺めていたフォル=アヴィン(ga6258)が、メンバーの代わりにドアを開ければ、真っ先に大きな真ん丸いスイカがデンと目に飛び込んだ。
「こんにちは! これ、ティランさんにお土産。やっぱり夏っていったら、これだよね!」
 抱えたスイカの横から、ひょいと緑の髪を揺らして潮彩 ろまん(ga3425)が顔を出す。
「あはは‥‥一瞬、頭がスイカの人かと思いましたよ。持ちますね」
「ありがとう。でもそれだと、ハロウィンの、ジャック・オー・ランタンみたいだね」
 冗談を交わしながら、フォルは少女の手から重そうなスイカを預かった。
 能力者にとっては重いスイカも覚醒すれば実は大した重さではなくなるのだが、それでもやっぱり気分的なものがある。
「ティランさん、潮彩さんからお土産です」
 スイカを抱えてフォルがティラン・フリーデンへ声をかければ、資料の山からティランが顔を出す。
「おぉ? これは、立派であるなぁ。ありがたく、皆で食べるとしよう。感謝なのだよ、ろまん君」
 受け取ろうと手を伸ばしたティランだが、フォルが手を離せば、やっぱり腕っ節の弱い細腕に大きなスイカは重かったらしい。
「ぬおぉあ!?」
「‥‥大丈夫ですか?」
 一気に床近くにまで高度を下げたスイカを、苦笑しながらフォルは再び支えた。
 彼ら彼女らは、ティランからの要請を受け、幾度となくコルシカへ飛んだ者達だ。
 そしてこの日は、初めて研究施設に顔を見せる者達もいた。
「ん〜、お茶のいい匂い。あたしからも差し入れだよ。ドイツ的に、ビールとフランクフルトの方がよかったかもしれないけど」
 訪れた赤崎羽矢子(gb2140)が、冗談めかしながらクッキーやキャンディバーといった菓子を詰めた袋をテーブルへ置けば、真っ先にドナートが物色に来る。
「ビール飲んだら、たぶん話になんないよ。色々と」
「そうなの?」
 尋ねる羽矢子に、けらけら笑ってドナートは頷いた。
「で、これが問題のコルシカ島‥‥か」
 両手をジーンズのポケットに突っ込んで、フォルテ・レーン(gb7364)はしげしげと地図を眺める。
「真下の島が、サルディニア島。もう少し南にあるのが、シチリア島。これら二島はいずれもイタリア領だけど、コルシカ島はフランス領になっているんだよ」
 最初はフォルと共に地図を眺めて国谷 真彼(ga2331)の説明に、フォルテと一緒に覗き込む結城悠璃(gb6689)が「へぇ」と純粋に感心の声をあげた。
「それで、フランス軍の人が来ているんですね」
 顔を上げて振り返った悠璃に、ティランから微妙に距離を置いているコール・ウォーロックが首肯する。
「俺自身は軍人じゃあないが‥‥細かい話をしても、時間がもったいないからな。ブレインストーミングになるか、具体的な戦略の指針とするかは別として、フランス軍相手と考えてもらっていい。気が済むまで話を聞くつもりできているから、心置きなく、忌憚ない話を存分にしてくれ」
「それは有難いです。どうか、よろしくお願いします」
 右手を差し出してフォルが握手を求めれば、「こちらこそな」と快くコールはそれに応じた。
 がっしりした手を握り返しながら、フォルはどこかで相手と会った事がある気がして、記憶を辿る‥‥が、思い出す前に明るい声がそれを遮った。
「あ、そうだ! ボク、説明の短縮になればと思って、今までの出来事をまとめてきたんだ」
 思い出したろまんが、ごそごそと鞄から数枚の紙束を取り出すと、コールを手始めに真彼や羽矢子、そして悠璃やフォルテといった、初めてコルシカに関わる者達へ手渡した。
「今までの体験や調査結果を、分かり易くイラスト入りでまとめた報告書だよ」
 胸を張る少女に、手製の『報告書』をめくった者達は、申し合わせたようにしばし手を止めて。
「これ‥‥もしかして、夏休みの宿題と間違えたとか?」
「えぇーっ! ちゃんとした報告書だもんっ」
 ページ毎にクレヨンで描かれた絵が添えられた『報告書』を開いてみせる羽矢子へ、口を尖らせてろまんが訴える。
「まぁ、顔ぶれが揃ったなら、本題に入ろうか。聞ける話は全て聞くつもりで来たが、時間は有限だからな」
「それに関しては、異論ないのであるよ」
 一通り目を通すのがスジと判断したのか、ぱらぱらと『報告書』をめくりながら促すコールにティランが同意した。

●抱く希望と辿る道
「話を始める前に‥‥お礼を言っておきたいんです。ティランさん、無理を言ってすみません。そして、ありがとうございます。この機会を設けてくれて」
『会議』の進行役を申し出たフォルが、まず最初にティランへ礼を告げた。
 ちょっと驚いたように目を瞬かせたティランは、照れたのか頭をぽしぽしと掻く。
「礼には及ばないのだよ。戦略やそっち方面の専門的な事項は、我々では手の打ち様のない事も多い故にな」
「でも‥‥おそらく、軍では出来ない切っ掛けを、くれました」
 ぽつりと言葉を口にしたアグレアーブルは、一通の手紙のコピーをぎゅっと握った。今は茶色く汚れた手紙の実物は、今も大切にこの研究施設で保管されている。
 普通ならば、『不幸な事故』で処理されたかもしれない。それを『依頼』という自分達に関わる機会にしたティランに対して、少なからずアグレアーブルは感謝の念を抱いていた。
 そんな彼女の様子を、傍らの真彼は何も言わず、ただ見守る。
 そしてまた別の意味で、修司もアグレアーブルが手にした手紙のコピーを見つめていた。
「コルシカを巡る、ここ数ヶ月の動き。その全ての始まりは、あの手紙でしょう。故に、全てを終わらせるのもまた、あの手紙。何をもってコルシカの皆を『助ける』事になるか‥‥今はまだ、手探りでしょうけれど」
 言葉を切ると、一つ息を吐いて指を組む。
 その仕種は、まるで祈る様にも見えて。
「遠くない将来、真の解放を彼の島に‥‥」
 重い修司の言葉に、フォルもまたゆっくりと頷いた。
「そうですね。最終的には、全島の解放。若しくは、制圧を目標にしたいところです」
「だけど‥‥何が、コルシカの『助け』になるのか。闇雲に、解放を目指しても‥‥戦火を広げるだけで、終わらないでしょうか‥‥。そもそも‥‥ただの能力者である私に、他に、何が‥‥できるのか」
 沈痛な面持ちのアグレアーブルの告白は、ある意味で集った能力者達が胸に抱く共通の澱(おり)だ。
 人類の希望と謳われ、常人を遥かに凌ぐ力を振るう事が出来ても、期待と力の結果が招く全てが『幸い』とは限らない。
「どうしたら、コルシカを開放できるのか‥‥とても難しいですね。俺も色々と考えてみましたが、なかなかアイデアが浮びません」
 いつもは明るいソードも、今日ばかりは浮かべる笑みに覇気がなく。
 だが、仲間に任せっぱなしで傍観はしたくないという意気は、はっきりと表われていた。
 真摯な表情で、亜夜がぎゅっとテーブルに置いた拳を握る。
「とりあえず、今は状況を好転させる方向に進展させたい。これまでやってきた事を無駄にしない為にも、コルシカの情勢を好転させ、住民の為になる事をしたい。それには軍の協力を仰ぐ必要があると、考えたんだ」
 青い瞳が向けられた先、軍側の聞き手であるコールは、彼らの言葉の一つ一つに黙って耳を傾けていた。
「ほんとはフォルさん達の言う通り、島ごと取り返せるのが一番いいとは思うんだけど‥‥それが無理なら、せめて島の人の避難も視野に入れた、島民の解放、とか。何とかして、コルシカ島の人達を助けたいなぁ」
 やや足をぶらぶらさせながら、俯きがちにろまんが呟く。
 例え島の奪還が軍から見て現実的でなくても、最低限それだけは‥‥という気持ちがあるのだろう。
「少しでも‥‥味方や住民に被害の及ばない方法があるなら、そちらを選択したいですよね‥‥」
 一連の会話を聞いていた悠璃も、我が事の様に考え込んだ。
「そして、どうすれば実現できるかを話し合う為の、今日だな。コルシカの現状は‥‥過去の調査に関する報告書もUPCにあるが、改めて俺達から説明するか?」
 亜夜がコールへ確認すれば、すぐに相手は首を振った。
「UPCに上がっている報告書の内容なら、確認済だ。別途で、こちらのプロジェクトの方からもな。報告書にないオフレコがあれば、別だが」
「大丈夫です。それなら、話も早いですね」
 ややほっとした様子でフォルは『本題』に入るべく、貼り出されたコルシカの地図を振り返った。
 コルシカの中部と北部に関しては、過去の実績である程度は『外側』からの調査が進んでいる。
 だが、それでは足りなく思えるのだ。
 例えばコルシカの現状を揺るがすような、何か決定的な楔(くさび)。あるいは、狼煙となるような何かを‥‥。

●Bad move/Good move
「最終目標は、コルシカの解放。相手がバグアだろうがUPCだろうが、彼らは『支配』される事を嫌うと思います故。さりとて、バグア支配下のまま、というのは癪に障ります。
 少なくとも『人類側』の地域としたい。まずは足がかりとして北部地域の再解放、確保出来ればと思うのですが」
 地図に目を細めながら修司が整えた髭に手をやり、思案するフォルは話を聞く者達を見やった。
「まず、最新の北部についてコールさんはどう見るか、聞かせてもらえませんか。警戒の強い三地点及び、砦の海に面した側の破壊の意味を、どう分析するか」
 机の資料を手に取ったコールは、言葉を選ぶ様に少し考えてから口を開く。
「察しているだろうが、大掛かりな攻略や救助活動、もしくは島から住民が逃亡する事を阻止する為に、港を封鎖している可能性は高いな。かなり早い段階で船舶の廃棄と空港の破壊が行われているようだし、特に島の者が外へ逃げる事は避けたかった。
 つまり、何らかの理由で島民の数が必要で、現状もそれを維持している‥‥とは考えられるな」
 言葉を区切ると何気なくポケットを探るが、喫煙者が少ない為かテーブルに灰皿がない事に気付き、持て余し気味に腕を組んだ。
「だが北部にHWの基地がある訳でもなく、南部ですら怪しい。むしろサルディニア島がHWの前哨基地になっているなら、コルシカ島内で人を確保し、兵士として徴用している理由は何か。UPCや傭兵が来た時に前線に立たせる為か、島民が暴動を起こさぬよう制圧する為か」
「しかしコルシカ島の人達は、同族意識がとても強いと聞きますが」
 コールの言葉に違和感を感じた修司の言葉に、じっと静観していた真彼も一つ頷く。
「『コルシは皆、家族』だと、どこかで聞いた事があるね」
「その通りだ。歴史と地域柄からくるのか、住民間での団結力はかなり強い。制圧されたとはいえ、島の者に銃を向ける事を強要され、大人しくそれに応じるとは考えにくいんだが」
「でも、コールさん。ボク見たよ‥‥講師のおじさんを連れて行く時、おじさんに銃を向けてたのを」
 唯一、話を聞けた相手が眼下で連行された光景を、ろまんは思い出していた。
 島を離れる直前の事で長々と観察できた訳ではないが、簡易席で外を見ていたので、記憶は間違いではない‥‥と思う。
 それに講師と名乗った男は、武装して『侵入者』を探す島の人々から、ろまんとアグレアーブルを逃がしてくれたのだ。
「島を封鎖する理由は、ともかくとして。軍の戦力が加われば、これまで少人数でしか動けなかった為に、出来なかった大規模な行動‥‥例えば、北部と南部の同時侵入調査なんかが、出来るんじゃないか?」
 今ひとつ停滞する空気に、別方面からのアプローチを亜夜が切り出した。

「南部はコンテナが回収されているから、住民の協力を得やすいだろうし、俺は北部よりも住民救出作戦に向いているんじゃないかと思う。住民救出時は船を使う事になるだろうけど、アジャクシオの海域はまだ敵戦力が不明だから、ちゃんとした事前調査が必要になるが」
 亜夜の提案に誰もが思考を巡らせているのか、しばし沈黙が降り。
 やがてうめく様に、コールが重い溜め息をつく。
「残念ながら、物資回収の形跡があるからといって、住民が協力的だと判断するのは早いな。危険物扱いで回収した可能性もあれば、水や食料さえ手に入れば『送った相手』に関心を持たないケースもある。
 厄介な事に、回収した相手と直接顔を合わせなければ、実際のところは判らない」
「じゃあ支援物資の投下は、無駄だったという事か?」
「いや、決してそれ自体は無駄ではない。結果が見え辛く、効果が判り辛いというだけでな。今だって食料は潤沢と言えないだろうし、薬も底を尽いたかもしれない。それに対して手を差し伸べた事は、決して無駄でも間違いでもない」
 その答えを聞き、どこか険しい表情をしていた亜夜は、やや安堵したのか肩の力を抜いた。
「それで肝心の軍は、イタリアの情勢が悪化する中で、どの程度の戦力を提供できるんだ。コルシカを含めて、過去の大規模でも主戦場になった三島への軍の今後の展開などは、考えているのか?」
 改めて彼が質問すれば、今度はコールの方が難しい表情で唸った。
「残念ながら、フランス軍が率先し、大作戦やグラナダでの一件の様な規模で動く事は難しい。大局では冬場にロシアで大きな動きがあった後だし、フランス国内もピレネーから目を放せない状況だからな」
「まさか、実は何も出来ないとか言うんじゃないよね?」
 怪訝そうに眉をひそめる羽矢子に、コールは肩を竦めた。
「そうは言わない。住民の避難や海からの侵攻を行うなら船か揚陸艦を出すし、偵察支援も可能だろう。支援や補給など物資面での支援、港湾や空港の復旧作業、そして島を維持出来る状態ならば国内の駐屯地から兵力を割く用意もある。
 ただそういったプランはあるが、『大掛かりな戦力と百人単位以上の傭兵を投入し、圧倒的な戦力で一気に制圧する』のは無理だ。能力者一人に十人か二十人の正規兵を預けて、指揮を任せるという方法はあるがな。だが君達は、同じ危地へ突入するにしても『十人の兵を指揮する上官』を務めるより、『十人の能力者仲間の一人』である方が得意だと思うが?」
「まぁ、そうだけどさ」
 苦笑して羽矢子は髪をかき上げ、やはり戸惑う仲間と顔を見合わせる。
「それに無人機のHWなんかはともかく、地上でのバグア側の兵士が島の住民なら尚更、直接的な地上戦闘は避けたいですよね‥‥もし本当に島の人の連携が強いなら、後で禍根になりそうですし」
 沈痛な面持ちで「う〜ん」と考え込みながら、悠璃が頭を抱えていた。
「何はともあれ、住民の意思は確認したいですね。方法は、再度潜入して直接確認するか‥‥軍の方では、レジスタンスの情報など掴んでません?」
 確認するフォルに、コールは首を横に振る。
「残念ながら、軍レベルでも民間レベルでも聞かないな」
「そうですか。でも軍側が積極的な支援を検討していると判って、ほっとしました」
 ほんの少しだが肩の荷が降りた気がして、フォルはやっと笑みを浮かべた。

「やっぱり、イタリア南部が落ちた事が影響したのかな」
「‥‥」
 羽矢子の言葉に黙ったままアグレアーブルは僅かに眉をひそめ、ぎゅっと拳を握った。
 傷が痛む訳ではない。重傷を負った身体なら、既に完治していた。
 力及ばなかった事や、取り戻す為に失う物。それらを思えば、胸が疼く。
 だがその結果、フランス軍がコルシカの存在を重視し、本格的な協力に乗り出したのであれば‥‥複雑な胸中の思いを殺して、これが好機だと言えた。
「‥‥島の解放を目指すなら、戦力的、それ以上に維持に軍の協力は必須‥‥それらの見通しが、立たない状態では‥‥多くの命がかかる戦闘は、始められませんから‥‥」
 語るアグレアーブルは、何かを決意するようにいったん言葉を切ると、彼女の話へ耳を傾ける仲間達の顔をぐるりと見回す。
「島民の意思を、調べましょう‥‥何度かの潜入で、警戒は厳しくなる一方ですが、まだ余地はあります‥‥。
 軍の協力が、約束されたのなら‥‥今まで躊躇していた行動も選べる‥‥例えば、コルシカの島民を‥‥連れて帰る事も」
「島民の意思、ですか」
 じっと聞いていたソードは、アグレアーブルの言葉を繰り返した。
「出せる意見は少ないですが‥‥確かに、まだ情報が全然足りないと、俺は思います。住民を避難させるにせよ、敵の戦力や配置が十分判らないままというのは危険です。軍に協力してもらって、詳しく調査できないでしょうか?」
「ですが、この状況を長引かせるのも良くはないですな」
 改めて修司は地図を見やり、テーブルの上で指を組む。
「イタリア南部が競合地域となった今、イタリア北部に対する圧力は二方向から掛かっている、と見て間違いありますまい。
 特にコルシカはジェノバに近い。ここを抑えられたまま、イタリア南部のバグア勢力に対抗するのは、UPC欧州軍にとっても不利なのでは」
「そうですね。南イタリアの状況を見ると、コルシカをバグア側に持たれているのは非常に危険です」
 修司の意見にフォルが賛同し、地図へ手を伸ばして想定される侵攻コースをなぞる。
「足がかりにされると北イタリアは挟撃の危険をはらみ、南フランスも迂闊に動けなくなる。敵の戦力が少ないであろう、今のうちがチャンスです。サルディニアへの睨みとなり、イタリアの助けにもなるはず。取られる前に、取ってしまうのが良い」
「そう、なりますか‥‥」
 困った風に答えたソードが陥るのは、また思案の迷宮。
「さてと‥‥話も一区切りついたようですし、少し、休憩にしますか」
 降りた沈黙に悠璃が切り出し、ずっと会話を見守っていたフォルテが椅子の上で伸びをする。
「そうだな。なんか、意識が遠のいてるのもいるしな」
 揃った者達でも特に静かな方を見やれば、理解の範疇を超えたのか、ティランが真っ白になって燃え尽きていた。

●その時の先
「ここってジャスミンティー、ある? アレ飲むと元気が出るんだよネ、俺」
「はい、ちょっと待ってて下さいね」
 尋ねるフォルテに、人数分のカップを並べていたアイネイアスが笑顔で応じた。
「パンケーキ、作ってきたんですよ。みんなで食べましょう」
 お手製のパンケーキを持ってきた悠璃は、場所を聞きながら皿を人数分用意する。
「じゃあ、飲み物はホットの方がいいですね。ろまんさんのスイカと、羽矢子さんのお菓子もありますし‥‥パンケーキのトッピングに、蜂蜜やジャムもありますよ」
「ホント? ありがとう!」
 やがて紅茶やコーヒーの香りが漂うと、それまでの緊迫していた空気はほんのりと和らいだ。

「‥‥国谷さん」
 二つのカップを手にしたアグレアーブルは、すっかり長くなった赤毛を揺らし、すとんと真彼の傍へ腰を下ろす。
「国谷さんなら‥‥どう、見ますか? 今の事態を‥‥」
 信頼を寄せている真彼ならではの意見を聞きたくて、彼女はこの場への同席を頼み込んでいた。
 片方のカップを差し出しながら、じっと緑の瞳をそらさず投げかける真摯な問いに、彼は自分をこの場へ呼んだ、アグレアーブルからの手紙へ視線を落とす。
「君が思うようにしたらいい。約束通り、僕は君を護るだけだよ。そして君を還す」
 それは予想と違った答えだったのか、問いを重ねるように彼女は真彼へ小首を傾げた。
「ただ、自分の大切な人達の平穏の為に、戦う事ができればいい、自分は優秀なコマの一つであればいい‥‥かつてそう言った君が感じている、今回の戸惑いはきっと」
 僅かに言葉を切ると、差し出されたカップを静かに真彼は受け取る。
「あの場所で君は、『君自身』に会ったんだ」
「私‥‥に?」
 どういう反応をしていいのか判らないのか、呟きを返すアグレアーブルはどことなく無表情に近かった。
「家族の平穏の為、命を惜しまなかった少女。彼女が何を願ったのか、君になら判る。そして、見てきたらいい。『ジゼル・チベリ』が護りたかったものを」
 そして、いい香りの湯気が立つカップを真彼が口へ運び。一方、まるでそこに言葉の真意が沈んでいるかの様に、アグレアーブルはじっと小さな水面を見つめている。
「彼女の家族になら、何かを訊けるはずだ。そして‥‥アグレアーブル君にも、遺された家族を見て欲しい。あの時も、君は不思議そうに首を傾げたけれど、彼女の家族に会えば‥‥僕が君を還すといった理由、きっと少しは判ってもらえるんじゃないかな?」
「理由‥‥」
 再びアグレアーブルが真彼へ目を向ければ、今度は彼が頷き、カップの紅茶を飲むよう促した。
「それにしても、少し奇妙な話だね」
 一息おいたところで、ふとした『引っかかり』を真彼が明かす。
「君が預かった手紙の内容。さっきも話題に上がった『コルシは皆、家族』だという言葉。命を投げ出してまで救いを求めた少女と、報告書にある、未だ沈黙を守る住民達の姿が上手く一致しない‥‥いや、そんなものかな?」
 複雑な表情を浮かべる相手に、アグレアーブルもかける言葉を迷い。
「‥‥手紙と現状から、コルシカの状況が悪く傾いているのは確か‥‥です。そしてそれは、バグアの意図するところである事も‥‥」
 その末にアグレアーブルが出した返答に、彼は地図へ目を向けた。
「他の理由か。グラナダであったレンズの洗脳や‥‥そうでなくとも、人間側からもバグアに通じる者が出てくる頃合だからね」
「近海の海底で積まれたカプセルも、気になります。その調査も、進めたいところですね‥‥」
 懸念を呟きながら、アグレアーブルも同じように地図を見つめる。
 今回の話し合いで、今後への迷いを全て拭い去る事が出来れば‥‥そう願ってはいたが、真彼の言葉は重く彼女の胸へ沈んだ。

「ところでさ。女の子の手紙の件を、軍の宣伝に使えないかな」
 ふと思い出したように、羽矢子がコールへ話を持ちかける。
「『命と引き替えに島の窮状を訴えた少女と、それに応えたフランス軍』‥‥それでコルシカを奪還したら、いい宣伝になるんじゃない? 故人を道具にするみたいで、気持ちは良くないだろうけど‥‥」
「それは‥‥どうだろうな」
 言葉を濁したコールが苦笑気味に視線を移動させ、不思議そうに羽矢子がそれを追えば、やや離れた位置でプロジェクトの中心的人物は激しく訴える目で彼女を凝視していた。
「それは‥‥嫌って顔?」
 おもむろに尋ねれば、がくがくとティランは首を何度も縦に振る。
「やっぱりどうしても、必要でも嫌?」
 意地悪く羽矢子が更に繰り返せば、答えに困窮した相手は机にへばりつきながら、うーうー唸り声をあげた。
 ‥‥それが抗議の声なのか、一種の威嚇なのかは、よく判らない。
「話に軍が絡むのは、どうも苦手らしいな」
「ああ、何となくボクも分かるよ‥‥風紀委員とか、朝に校門前で立ってる先生とは、出来れば目を合わせたくないのと同じ感じだよね」
 コールの見解に重々しく頷いて同意したろまんは、にっこりと笑顔でティランを励まし、それぞれの反応に思わず羽矢子はカラカラと声をあげて笑う。
「と、ところでアイネイアス君っ。悠璃君のパンケーキは、まだ余分があったり遠慮が固まっていたりしないかね?」
「あ、まだこっちにありますよー」
「しかし、玩具メーカーがコルシカの島民支援なんて、よくやるもんだ。いや、支援じゃなく救助‥‥かな?」
 半分、逃げる様に悠璃へ『お代わり』を貰いに行くティランの後ろ姿に、感心しながら羽矢子もパンケーキを頬張った。

●Joker
「ところで、今のコルシカの状況ですが。先程も少し、話題に上りました住民について‥‥戦時下の街、と言う状況そのものではありますが、噂に聞くバグアの支配方法と、少々違うような気がしてなりません。
 確か、親バグア政権を作らせ、市民に過度の負担を掛けぬ統治を行う、と聞いた事がありますが‥‥まぁ、連中の思考なぞ理解出来るものではありませんし、私の認識が違っているのなら聞き流して頂ければ」
 再開した『会議』で、一つの懸念を修司が持ち出した。
「飴とムチで、言う事を聞かせるとか? だとしたら、嫌な手だなー」
 どこか憤りの色を含んだフォルテの『仮説』に、表情は判り辛いものの、こくんとアグレアーブルが首を縦に振る。
「『洗脳』か、それとも『通じて』いるのか‥‥」
 休憩の間に真彼との話で出た単語を、彼女は思い返し。
「おそらくだけど、やむなくバグアに下った者もいるだろうね。そういった人には、『降伏するなら処罰を軽くする』等の確約があれば、白旗も振りやすいと思うし、解放や避難の障害を減らすためにも‥‥そういった類の約束は、軍に取り付けられるかい?」
 提案する羽矢子に、思うところがあるのかじっとコールは考え込んでいた。
「何か、気になる事でも? それとも、そういった『取引』は難しいんでしょうか」
 言葉を待つ者達に代わって、フォルが沈黙の理由を問う。
 それでも腕を組み、しばし思考に沈んでいた『オブザーバー』は、逆に奇妙な質問をした。
「コルテかカルヴィ‥‥あるいは、どこか違う場所でも構わないが。歌を聞かなかったか?」
「歌、ですか?」
 それでは脈絡がないような質問の意図が判らず、思わずフォルは問い返す。それから地上へ降りた事のある者達へ目をやるが、アグレアーブルとろまん、そしてソードは互いに顔を見合わせ、一様に首を横に振った。
「ないみたい、ですね」
「そうか。じゃあ、ついでに男連中へ聞きたいんだが‥‥歌は得意か?」
 漂う疑問の空気はいっそう濃くなり、訳もわからずフォルはソードや修司、そして亜夜と顔を見合わせる。
「それは、ちょっとな。それで歌や歌う事とバグアの支配に、どういう関係があるんだ?」
 もどかしげな亜夜が単刀直入に理由を聞けば、ようやくコールは腕組みを解いた。
「奇妙な質問をして、すまんな。実は、コルシカには『ウォーヂェ』という習慣があってな。コルシカの男達の多くは、歌を歌うんだ」
「男の人だけが、歌うんですか?」
 不思議そうに悠璃が目を瞬かせると、真剣な表情でコールは首肯する。
「一種の伝統音楽というか‥‥基本的に口伝で、親から子供へと伝えられた伝統なんだ。何代にも渡って歌われる有名な歌もあれば、その場で即興的に作って交わす挨拶代わりの歌もある。
 ウォーヂェは教会で歌を教わり、練習する事が多い。だが会話が弾むような状況なら、いつでもどこででも自然と島の男達は声を合わせて歌う。一人が歌い始めると他の者は別の声部を歌い、互いの声が響き合うような『ポリフォニー』を形作る。まるで彼らの団結そのもののを示すような、コーラスをな」
「それが、どこからも全く聞こえないと言う事は‥‥?」
 やや探るようにフォルが黒い瞳を細めれば、大きくコールは溜め息をついた。
「古いウォーヂェは、束縛された魂の解放を望む歌が多い。あるいは、コルシカを離れる辛さを嘆く歌。愛する存在を失った悲しみの歌。
 歌わないのでも、歌えないのでもなく、ウォーヂェそのものが『彼ら』の中から消えてしまっているのなら、それは『彼らの魂そのものが、縛られている』という事だな」
「確かに‥‥洗脳されているのなら、『家族』を謳うコルシカの人々の沈黙も、飯島君の疑問も頷けます。しかし、島全体を洗脳‥‥ですか。日本の県一つ程の大きさの島ですが、それでもそれなりの広さ‥‥継続的に、どうやって‥‥」
 小さな真彼の声に、ふと思い出してアグレアーブルは持っていた手紙のコピーを広げる。
 何度も読み返した文字の綴りを辿る指が、ある文面でぴたりと止まった。

 ――UPCの人がいなくなってバグアが来てから、島はおかしくなりました。
 あちこちにキメラが現れ、島の人も何だか少しずつ変わってきている気がします――

 バグアの支配下となった事で生活環境が変わり、人々の態度が不安で変化していった可能性もあるが、もしもそれらが洗脳による変化なら‥‥。
「じゃあ、正体を隠して様々な地域の住民にアプローチをして‥‥まとめ役となっている人物を見つけ出すような作戦は、逆に危なかったりします?」
「もし島民全体の自由意志が縛られているのなら、逆にこちらが罠にかかる危険もあるな」
 心配そうな悠璃へコールが答え、フォルテが思いついたように手を打った。
「でも、相手がウォーヂェに反応するなら、こっちの味方って可能性もありうる?」
「洗脳という線が正しいなら、そうなるな」
「おー‥‥」
 感心した風に、何故かぱちぱちと一人拍手をするフォルテ。
 だが事態に直面してきた者達へ与えた衝撃は、それなりに深刻で。
「その方法なら、俺達がまずウォーヂェを歌いかけて‥‥という事になりますか?」
 念を押してみるソードに、残る男達の表情がやや強張り。
「そうなるな」
 即答を聞いて、強張った表情は複雑な物に変わる。
「まぁ、ある程度は現地の言葉を判っている必要はあるが」
「コルシカで暮らしていたという事は、もしかしてウォーロック氏も歌えるのであるか?」
 相変わらず一定の距離を保ちながら、何故か妙に期待した表情でティランがコールへ確認する。
「ああ。親しくなった機会に‥‥簡単だがな。だから歌う気があるなら、教える事は可能だ」
「なるほどなのだよ」
 納得した様子のティランは、微妙にどこか楽しそうだった。

「現状で、そちらから出た案は三つか。
 一つは、『北部を制圧し、住民を避難させる』案。
 二番目が、『南部のアジャクシオ付近から、住民の避難を始める』案。
 最後は、『更に偵察を重ね、詳細な情報を集める』案‥‥だな。
 実際にどの案を行うかはともかく、軍としてはいずれの案が選択されても対応できるようにしておこう。もし俺が現地へ同行する必要があるなら、その用意も聞いている。まぁ、戦闘面での期待はしないで貰いたいが‥‥あくまでも現地での案内と、行動のサポートになるな」
「心得たのであるよ」
 ひとまずの区切りでコールが現状での方向性をまとめて地図の横に書き出し、ティランは納得したように大きく頷いた。
「大きな点については以上だが、まだ気になる事があるようだな」
 集まった能力者達の顔を見回してコールが尋ねれば、真っ先に亜夜が手を挙げる。
「鉄道がなぜ動いているのか気になるので、一度は調査したいな」
「ボクもボクも。沢山捨てられてたカプセルが、宇宙怪獣を島に上陸させた跡なら、思わぬ戦力に邪魔されちゃうんじゃないかって思うから、海の調査もしたいかも!」
 主張するろまんにアグレアーブルが黙って頷き、ソードも少女二人に同意した。
「俺も海に投棄されていたカプセルは、気になります」
「そのどっちも合わせた感じになるが、できれば敵物資の輸送ルートの情報も調べたいかな? カプセルの中身とか搬入された物とは、今後戦う可能性が高いと思うしな。たぶん、キメラや戦闘機っぽい気はするが」
 二つの意見をある意味でフォルテは総括し、コールは火のついていない煙草を手の内で遊ぶ。
「そうだな。既に聞き及んでいるかもしれないが、カプセルについてはフランスの沿岸でも同様の物が一つ発見されて、中からキメラが現れている。同じキメラが現れるかどうかは判らないが、注意は必要だろう。
 海側の城壁が破壊されたカルヴィの城砦だが、キメラのカプセルを搬入しようとしたのか、逆にあそこから廃棄したのか、もっと別の理由があったのかもしれないが‥‥港が封鎖され、城砦も町側の守りが厳重なら、あそこは一つの侵入路になるかもしれないな。接近する事自体は、厄介だろうが」
「そういう手もありますか‥‥」
 呟きながら、フォルは地図の横に書き出された『案』を読み返し。
 そのまま三つの案とコルシカの地図を、じっと見比べる。
「北部の避難だけでも、と考えてましたが‥‥南イタリアの再競合地域化を考えれば、俺はやっぱり最悪でも、北部は制圧下に置きたいですね。最終目的は、もちろん全島の解放もしくは制圧ですが。
 仮に、北部から制圧すると仮定して。住民の避難には、やはり軍の協力が不可欠になるでしょう。傭兵が南部若しくは中部に陽動をかけ、その間に別働の傭兵及び軍が海上から接近、避難でしょうか。できれば、傭兵も二小隊か三小隊は欲しいですが」
 仮定して策を考えるフォルへならう様に、悠璃もまた地図を見ながら考え込んだ。
 聞いてきた話を頭の中で反復し、右へ、そして左に頭を傾げる。
「住民に被害が及ばない様に気をつけながら、中部に陽動をしかけるのはダメでしょうか。その隙に他地域の住民を救助、あるいは保護。最後に中部を攻略して‥‥少しずつ、確実に。住民に被害が少なくてすむ方法で、ね」
「そうだなぁ。被害が少なくというのには同意するけど、できるだけピンポイントで攻めたいか」
 座っていた椅子からひょいと腰をあげてフォルテは地図へ歩み寄り、島の北側に突き出た岬を指でつついた。
「こっちから上陸するってのはどう? 各港は、ガード固そうだからね。事前に野営地を築くならコルシカ岬半島の最北端からステッロ山に向けて上陸した方がいいかなー、と。船がダメなら、高速移動艇なんかで行くしかないっかなぁ‥‥。
 あ。もちろん攻撃目標になりうる各地の敵拠点の洗い出しと、規模の確認をした上でだからな。陽動も本命もこれは絶対必要だし、作戦開始の際にはやっぱり上陸地点が重要になると思うしな」
 地図をつついた指を構えたまま、ぐるりと身体をティランの方へ向ける。
「あと解放作戦の決行日時にしたって、できれば早めにして欲しいトコだ。時間が経てば、それだけこっちが不利になるからさ」
「そ、そこは、善処するのであるよ」
 ぐぅの音を出しながら、既に許容量いっぱいいっぱいになっているっぽいティランがうぐうぐと答えた。

「音楽はいいですよ。こんな状況でも、多少は気が静まりますから」
 それぞれの意見をほぼ出し切った、何時間にも及ぶ長い話し合いが終わった後。
 疲れの漂う者達を励ますため、明るい笑顔で悠璃はフルートの形をした超機械『フラウト・トラヴェルソ』を手に取った。
 現在あるフルートの前身となったバロック・フルートの名をつけた特注の超機械へ、彼は静かに口唇を当て。
 やがて、やんわりとした澄んだ音が広がる。
 ‥‥その胸の内で、作戦の成功と関わる者達の無事を祈りつつ。
 清水の如く、心へ染み込んでくる美しい旋律は、耳を傾ける者達にひと時の戦いを忘れさせ。
 雑然とした研究施設から、滑るように夏の夕暮れに輝くボーデン湖へと流れていった。