●リプレイ本文
●閑散たる避暑地
バニュルス・シェル・メールの海は、水平線まで青が広がっていた。
海辺に人影はないが、数件のホテルはまだ営業を続けている。
「ここからなら、コリウールよりスペインに渡る方が近いくらいですって。まさに、玄関口ね」
「そうね。部屋からは、海が見えるのかしら」
「見えなかったら、勿論チェンジよ」
はしゃぐシャロン・エイヴァリー(
ga1843)とケイ・リヒャルト(
ga0598)の会話に、思わず水上・未早(
ga0049)はくすりと笑った。
遊ぶ時は遊ぶという主張は解るが、未早にはどうしても依頼の方が気になる。
まぁ、それも彼女らしいといえば彼女らしい、かもしれないが。
「皆さん‥‥遊ぶ気、満々ですね」
賑やかな仲間達に呟き、振り返ったなつき(
ga5710)は数秒固まった。
「どうかした?」
笑顔で小首を傾げた空閑 ハバキ(
ga5172)には麦藁帽子を被り、ラフにパーカーへ袖を通し、ビーチサンダルでぺたぺた歩いてくる。
考え事で頭が一杯だった彼女は気付く余裕もなかったが、思い返せば確かに何かゴソゴソ準備していた、ような気がする。
「えっと、一応このラフな服装は、バカンスの気配に心が浮かれてるせいじゃないから‥‥そう。木を隠すなら、森の中ってヤツだ! ね、すずりんっ?」
「え、ええ‥‥?」
微妙ななつきの表情と間に説明するハバキは、鏑木 硯(
ga0280)へ同意を求め。別の事に気を取られていた彼は、とりあえず首を縦に振る。
なつきの方も咎める気など最初からなくて、僅かに苦笑した。
「まぁ、ピリピリしているよりは‥‥これくらい余裕のあった方が、良いのかもしれませんけれど」
ここを訪れた名目は、あくまでも「休暇」だ。
急がねば何かを失う訳でもなく、張り詰めた緊張も今はない。手放しで遊ぶ気にはなれないが、少しだけ気は楽だ。
ふっと肩の力を抜けば藤村 瑠亥(
ga3862)と目が合い、小さくなつきは会釈をする。
「木を隠すなら森の中、ね。何を考えて、ここから連絡してきたのか。パンドラの箱、送り主の顔は拝める‥‥かな?」
ハバキの言葉を繰り返した黒桐白夜(
gb1936)は、ぽしぽしと髪を掻いた。
「お久し振り! ケイよ‥‥覚えていて?」
「命の恩人を、忘れる訳ないだろ」
部屋に入ると、改めてケイは再会を喜び、リヌ・カナートはひらと手を振る。
「それとも、感動的な抱擁でもするかい?」
冗談めかすジャンク屋に、彼女はくすくす笑った
「でも、私達はともかくリヌさんまで。助かってるけど‥‥大変よね」
外の表情と一変し、申し訳なさげにシャロンは表情を曇らせる。
「そうでもないさ。こっちも、気になってね」
嘆息したリヌは煙草を咥え、火を点けた。
「で、この後は住宅を直接捜索する班と、周辺で聞き込みを行う班に分かれて行動だよな」
「はい。異論がなければ」
リヌへの説明代わりに確認する白夜へ、未早は頷いた。
「カプセルの件から、時間も経っています。特に問題の住宅については、現在進行形の陰謀というよりも単純な拠点放棄、我々の対応の観察や残留物によるミスリード、設置型の罠といった可能性の方が濃厚とは思いますが」
「それでも、何も動きがないよりはマシだな」
深く椅子へ腰掛けて一服する瑠亥が、紫煙を吐く。
「どのくらい痕跡が残ってるか判らないけれど、ちょっとでも手掛かりを掴みたいですね。少なくとも、無駄足にはしたくないかな」
考え込む硯に、ケイも黒髪を揺らして首肯した。
「気合い入れて行かないと。どんな小さな点も、逃さないようにするわ!」
「でも今更だけど、すっごっく面倒な事になってるよね。遣り方に手が込んでて‥‥もしかすると、話の規模は小さくないんだろうな」
思案する表情のハバキに、知らずとなつきは首から提げた呼笛をぎゅっと握り。
「ま、最後まで付き合うけどさ。なっちゃんも、気になってるみたいだし」
「ふぇっ!?」
一転して彼は明るく告げ、急にぐいと引き寄せられたなつきが驚いて、目を瞬かせる。
「困ったね。長い付き合いにならないよう祈った方がいいのか、これからもよろしくと言うべきか」
肩を竦めるリヌに、能力者達は声をあげて笑った。
●聞き込み
「物件、ですか?」
戸惑った様子で尋ねる相手に、白夜は鷹揚に頷いてみせた。
「今なら、相場も下がっているでしょう? 情勢が落ち着いているなら、しばらく滞在するのも悪くないと思ったんですが。いい町ですしね」
応対する不動産屋の事務員は、戸惑いながらも白夜の作り話を傾聴する。
黒一色のシックなダークスーツに伊達の眼鏡をかけた白夜は、柔らかな口調を心がけ、ちょっとした小金持ちを装っていた。
住所を手がかりに空き物件の管理会社をあたり、辿り着いたのがこの不動産屋である。
「でもその前に、どんな人物が住んでいたか気になったんです。出来れば入居時期や売却理由、生活スタイル、住んでいた頃に何か変わった事がなかったか判ると、有難いのですが」
質問を連ねながら、彼はロッドにかけた指で握りを叩いた。
「ですがプライバシーの問題もありますので、前所有者の仔細な個人情報はちょっと」
「ええ、出来る限りで構いませんよ。気になると、どうしてもはっきりさせたくなるんです。友人からは、神経質だとよく言われるんですけどね」
笑顔を作る白夜につられ、愛想笑いをする事務員は少ない客を逃したくないのか、忙しく書類をめくる。
彼らの目には、物件に興味を示す彼の姿が事業家や投資家、あるいは酔狂な金持ちの御曹司に映っていたかもしれない。
「契約者に関する詳しいお話は無理ですが、購入も売却も確か同じ方が手続きに来られました。中年くらいの男性で‥‥急に町を離れる事になった為に、売却したいと。契約期間は一ヶ月程度でしたから、内装も損傷や日焼けなどなく、綺麗な状態で‥‥」
面倒な話は早々に切り上げたい白夜だったが、売り込みを混ぜた事務員の説明に辛抱強く耳を傾けていた。
「うちでは、配達の記録はないねぇ。最近は、車のお客さんも珍しくないから」
「そうですか。ありがとうございます」
配達伝票を調べる店の夫人に、頭を下げて硯は礼を言う。
「力になれず、ごめんなさい。でもきっと、お父さんと会えるわよ。こんな可愛い娘さんだもの、心配して探しているに違いないわ」
「え、と‥‥あの?」
「元気出して、諦めないでね」
何かを絶賛勘違い中の夫人に、硯は答えに迷う。が、一瞬真っ白になった頭で言葉を選ぶ間にパンや菓子を渡され、激励と共に外へ送り出されていた。
父親を探すという名目で話を聞いて回ったのだが、地元の人からは硯が少女に見えるのか、妙に同情されやすく。
「何か、久し振りな感覚というか‥‥どうしよう、これ」
色々抱えたまま途方に暮れる硯だったが、とりあえず情報を集める為に市場を歩き始めた。
「ジャン・デュポン?」
聞き返すシャロンに、マリーナの管理人は台帳を開いた。
「ああ。契約のサインは、そうなってる」
「ふぅん。このご時勢にリゾートなんて、どこから‥‥あ。こういう場所で過ごすセレブに興味があって、つい」
ひとしきり感心してから、シャロンはおどけて誤魔化す。
「セレブかどうかは知らないが、頻繁にプレジャーボートで出港していたよ。一ヶ月足らずで、契約は切れたが」
「何か大きな荷物とか、積んでなかった?」
用心深くシャロンが質問を重ねれば、管理人は肩を竦め。
最後に連絡先を聞けば、返ってきたのは見覚えのある住所だった。
「これって、どうなのかな?」
離れて待っていたリヌへ、彼女は判った事を伝える。
「胡散臭いね。ジャン・デュポンは、ジョン・ドゥみたいなモンだ」
「偽名、か。住所も例の空き家だし」
「行ってみるかい?」
何気なくリヌが尋ねるが、苦笑してシャロンは首を振った。
「地下室を開けたら、例のカプセルがダース詰めとか、やでしょ」
「ははっ。確かにそりゃあ、夢見が悪い」
真剣な顔のシャロンにリヌは笑い、仲間と合流する為に二人は海沿いの道を歩く。
その頃、問題の家には残る仲間が踏み込んでいた。
●遺留物
注意深く扉を開け放ち、素早く左右へ視線を走らせる。
暗い室内の安全を確かめた瑠亥は、後ろに控えたスナイパー達へ身振りで合図する。
緊張を解かず小銃「S−01」を構えた未早は、エネルギーガンを手にしたケイと共に後へ続いた。
「何も、ないですね」
閉じた鎧戸の隙間から漏れる光に、未早は目を細める。
小さなリゾート住宅は調度の類もなく、閉め切った空気も埃っぽい臭いがする。
壁から天井へ視線と銃口を向けたケイが、超機械を下ろした。
「キッチンもだけど、随分と使ってないわね」
「はい。それなりに、埃も積もってそうです」
部屋で最も明るい入口側へ未早が目をやれば、移動の際に浮いた埃が差し込む光に漂っている。
「藤村だ。一階と二階は異常なし。人が住む気配もない」
『こっちも異常ないよ』
無線機で呼びかける瑠亥に、外で警戒にあたるハバキが返事をした。
『何かあるなら、やっぱり地下かな』
「そうだな。これから、入口を探す」
『了解。気をつけて』
短い報告の後、一通り部屋を調べた三人は、音も立てずに階段を降りる。
目的の扉を見つけ出すのは、そう難しい事ではなかった。
二階へ上がる階段下、物置にも思える場所の扉を開けば、地下への階段が現れる。
リビング程度の広さの地下室は、扉を介してガレージと繋がっていた。雨が降っても問題ないようにとの、配慮だろうか。
「仰々しい隠し部屋を想像したが、案外普通だな」
拍子抜けした様に、瑠亥は息を深く吐いた。
壁のスイッチを操作しても電気は止まっていて、仕方なく明るいガレージ側の扉を開け放って光を入れる。
地下室には、明らかに人の気配が残っていた。
飲料や食料、あるいは様々なレジャー用品の一時置き場となる部屋は、壁沿いに棚が作られ、部屋の真ん中には質素なテーブルと椅子が置かれている。そしてコート掛けには、季節外れの冬物コートとつば広の帽子がかけられていた。
棚に置かれた幾つかの箱には油差しやウエスが無造作に突っ込まれ、爆弾や薬品の様な危険物は見当たらない。
それら全てを未早は慎重に調べ、回収すべきか判断する。
その間に知らせを受けたハバキとなつきが合流し、入れ替わりでケイと瑠亥が外へ見張りに向かった。
「カプセル‥‥ない、ですね」
ハバキの後ろから、心配そうななつきが恐る恐る部屋を覗き込む。
「うん。大丈夫だよ」
袖を握る細い手に軽く触れてから、彼は部屋へ足を踏み入れた。
「実は情報提供者って、訳アリの味方かもしれないね」
「どうでしょう‥‥あ、それはまだ取らないで下さい」
コート掛けへ近付くハバキに、未早が注意を促す。
「写真を撮ってから、回収します。まとめて、リヌさんを通じて軍へ上げて貰うつもりですので」
「じゃあ、終わったら運ぶのを手伝うよ。すずりん達も、待ってるだろうしね」
振り返ったハバキに、なつきも小さく頷いた。
●僅かな休息
「ん〜‥‥! 気持ち良いわね」
蝶形にラインストーンが入った黒いホルターネックのビキニを着たケイが、大きく伸びをした。
「まるで、貸し切りですね」
広々とした砂浜へ打ち寄せる波に、硯が目を輝かせる。
その隣を、ふわりと金色の風が駆け抜けた。
「それじゃ、お先にっ」
走るシャロンは、途中でぽいぽいと上着や靴やワンピースを脱ぎ捨て。
「一番乗りは、譲らないわよっ」
ケイもまた、黒髪を揺らして後を追う。
一瞬、目のやり場に困った硯だが。
「俺だって、負けませんから!」
色々と個人的な意地を賭けて、熱い砂を蹴った。
一仕事を終えた者達は、本来の『目的』に戻っていた。
潮風を受けながら、最年長の白夜が波と戯れる三人に目を細める。
「若人は、元気だなぁ」
「まだ、年寄りじみた事をいう歳でもない癖に」
ビーチに設置されたテーブルで名産のワインを傾けながら、瑠亥が苦笑した。
「そっちは、手酌で一杯か」
「ああ。考え事をするのに波の音がちょうどいいし、何よりワインが美味い。それに、俺一人でもないからな」
彼が視線をやれば、別のテーブルで未早も一人、物思いにふけっている。
「なら、邪魔をするのも悪いか。ハバキはなつきと出かけたようだし、散歩してくるよ」
「そうか。気をつけてな」
ひらと瑠亥へ手を振った白夜は海に背を向け、遊歩道へ歩き始めた。
暑い日ざしが、急に少し翳る。
顔を上げれば、ハバキが麦藁帽子を彼女へ被せていた。
「帽子‥‥」
「日射病にならないようにね」
どうしようか一瞬迷ったなつきだが、有難く彼の好意に甘える。
それから、何となく足の向くまま辿り着いた一面の緑を、しげしげと眺めた。
「‥‥ブドウ畑。初めて見ました」
「うん。でも、此処で迷子は辛い‥‥ね?」
笑いかけたハバキは、緩く指を絡めて彼女と手を繋ぐ。
引っ張る訳でも、その逆でもなく。
揺らぐなつきの心が趣くまま、ただ見失わず、一緒に歩けるようにと。
「教えてくれたシャロンには、お礼にワインでも買う?」
彼の提案に、こくりとなつきは首を縦に振った。
夕刻近くにハバキとなつきが浜辺へ戻ると、涼しい海風が吹いていた。
風は潮の香りと共に、透明な歌を運んでくる。
誘われる様に声を辿れば、波打ち際で心地よさそうにケイが歌っていた。
手を繋いで耳を傾けた二人は、誘われる様に砂浜へ降り。
ハバキが海側に立って波と戯れながら、波打ち際を歩く。
「あの、シャロンさん。これ」
友人の歌を聞きながら、ひと泳ぎした身体を休めるシャロンへ、硯が火照った顔で小さな箱を差し出した。
「どうしたの、急に?」
不思議そうにしながらも、箱を受け取るシャロン。
蓋を開いて中を覗けば、三匹のイルカが仲良く並んでいた。
取り出せばそれはオルゴールで、ハンドルを回すとイルカ達が交互に動く。
「あはっ、可愛いわね。これ、私に?」
「はい。誕生日、おめでとうございます。これからも、よろしく‥‥って事で」
ぴょこと頭を下げる硯に、一足遅れて意味を理解した彼女は顔を綻ばせ。
「ありがと、硯!」
腕を回して抱きつくと、シャロンは硯の赤い頬へ軽くキスをした。
ひとしきり歌い終えたケイは、不意の拍手に驚き、振り返る。
好きに歌っていただけだが、いつの間にか見知った顔が並んでいた。
「素敵な歌でした」
ハバキの言葉になつきが頷き、照れた様にケイは髪をかき上げる。
「ありがとう。お仕事じゃなく、皆でこんな風に遊べる日が来れば良いのに‥‥ね」
どこか寂しげな彼女に、ごほんとリヌが咳払いをして、小さなケースを彼女らに寄越した。
「折角の『休暇』だ。土産の一つも、なきゃあね」
受け取ったケースには、ハーモニカが収められていて。
人気のない静かな海岸で、歌声とハーモニカと波の音が、束の間のセッションを繰り広げた。