タイトル:掩蔽壕閉鎖マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/11 22:08

●オープニング本文


●『事故』
「やれやれ‥‥なんでまた、こんな事になったんだか」
 大きく溜め息をついて、コール・ウォーロックは独り言ちた。
 そもそもここへ来たのは下見の為であり、ろくに対キメラ用の装備らしい装備を持ち込んではいない。
 装備を確かめるが、SESを搭載しているのは小銃一丁程度で、後は『レトロ』な拳銃とナイフが数本。
 顔を上げれば、三人の若い兵士と目が合った。可能な限り平静を装ってはいるが、落ち着きのない視線に不安の色が滲んでいる。
「で、どうするんだ?」
「どうもこうも、助けがくるまで時間を稼ぐしかねぇだろ。キメラの腹に、さっさと納まりたいなら別だが」
 尋ねる友人へコールが苦笑し、一部が強化ガラス張りになった部屋の壁へ目をやった。
 そこからは扉の開いたコンテナと死体の残骸が二つ見えたが、襲撃者の姿はない。
「それはちょっと、遠慮したいものだな」
 大げさに頭を振るレナルド・ヴェンデルは、若い兵士達とは対照的に状況を面白がっているようにも見えた。
「しかし、一概に時間を稼ぐと言っても、手段は限られていそうだが」
「そうだな。とりあえずコッチで時間を稼いでみるから、ソッチはここで篭城していてくれ。通気孔とか侵入されそうな箇所を見つけて、塞ぐとかしてな。もしここにまで侵入されたら、別の部屋へ全力で逃げるしかない」
「穴を塞いで、どうにかなるものか? 相手はどうやら、スライム‥‥の様だが」
 考え込む相手にコールは背を向け、扉のノブへ手をかける。
「やらないよりは、マシだろ。じゃあ、ちっと『デート』に行ってくるよ」
「包容力のある『彼女』に、よろしく」
 冗談めかしたレナルドにひらりと手を振り、コールは操作室の重い扉を閉めた。

   ○

 トゥールーズの南に位置する、UPC仏軍の空軍基地。
 その一角にある建造物に、コリウール沖より引き上げられた正体不明のカプセルは収容された。
 中身も判らぬ不審なカプセルは、護衛にあたった能力者達の働きによってキメラの襲撃をかいくぐり、無事にトゥールーズまで輸送されたという。
「あのカプセルを開ける時は、やっぱり能力者の立会いで行うみたいだな」
「何があるか、判らないからなぁ」
 警備にあたる二人の兵士が、そんな会話を交わしながら建物を見上げた。
 格納庫のような無骨な建物は強化コンクリートで作られ、多少の砲撃などには耐えられる様に出来ている。もっとも、あくまでそれは人が作った兵器に関する話で、ワームの攻撃などに対しては全く保障は出来ない。それでも、一般的な倉庫や格納庫で保管するよりは、たとえ気休めでも「ないよりはマシ」と言えた。
「それにしても、よく競合地域からここまで運んできたものだな」
「全く。能力者というものは、実に仕事熱心なものだ」
 背後からの聞き慣れぬ声に、二人の兵士は慌てて銃を構え‥‥。

 交代の兵士が不審に思って様子を見に来た時には、掩蔽壕(えんぺいごう)の前で二人の兵士が倒れていた。
 彼らは意識を失っていただけで、何の外傷もなく。話に寄れば、不審者を発見したものの、その直後に意識を失ったという。
 掩蔽壕の中も確認されたが、なんら異常は発見されず。
 この原因不明の『事故』によって、カプセルの『開封』はしばし見送られた。
 ‥‥四月初旬の事である。

   ○

「文字通り、袋のネズミだなぁ‥‥」
 紫煙を吐きながら、壁を背に腰を落としたコールがぼやいた。
 時計を確かめれば、夜の十時を示している。
 異常を感じた外部の者がUPCへ連絡し、そこから能力者へ要請が行くとしても、何時間後に彼らが到着するか予測はつかない。
 回線まわりが破壊されているのか、電気も点かなければ、外部との連絡もつけられず、扉を封鎖したシャッターの操作もできなかった。内部から扉やシャッターを開けることが出来ない以上、持ち堪えて待つしか当面の策はなく。
 床に押し付けて煙草を消すと、屈んだ姿勢でコールは階段を降り始めた。

●参加者一覧

水上・未早(ga0049
20歳・♀・JG
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
タリア・エフティング(gb0834
16歳・♀・EP
小野塚 勇 (gb6414
17歳・♀・FC

●リプレイ本文

●沈黙の壕
 ライトに照らされた掩蔽壕(えんぺいごう)は、不気味に佇んでいた。
 外に通じる窓や扉は全てシャッターで閉ざされ、壁の破壊を試みた痕跡もシャッターの変形もない。
「静か過ぎるよな‥‥」
 内部からは物音一つ聞こえてこない建物を、小野塚 勇 (gb6414)が見上げる。
「中の人達は、無事かな」
「それを確かめる為にも、『入口』が必要です。どこを壊しても同じなら、正面のシャッターを破るのが一番手っ取り早いですね」
 淡々とした口調で、タリア・エフティング(gb0834)は準備を始めた。
「お願いします。その間に、建物の周りを見てきますね」
「私も行くわ。実際の広さを見ておきたいし」
 既に見取り図を覚えた水上・未早(ga0049)は、時間を惜しんで歩き出し、アズメリア・カンス(ga8233)も後に続く。
 二人を見送ったタリアの背に、闇が濃縮され。
 金属の軋む音が、夜闇を切り裂いた。

「頼まれていたライトと、それに有線の通信機だ」
「ありがとう、リヌさん」
 必要な物資を持ってきたリヌ・カナートに、鏑木 硯(ga0280)が頭を下げる。
「あとは、援兵壕に閉じ込められた者の一覧だね。大急ぎで作らせたから、細かい経歴はないが」
「うん、助かる。名前と顔が判れば十分だよ」
 リヌの差し出すファイルを空閑 ハバキ(ga5172)が受け取り、すぐにファイルを開いた。一覧を指でなぞって首を傾げ、おもむろにリヌの背をつつく。
「一人、足りなくない?」
「ああ。シューは一般人扱いだからな」
「‥‥シュー?」
 聞き返すハバキの隣で、なつき(ga5710)もリストを覗き込む。六人の名前と写真が並んでいるが、なつきの記憶にある顔はなかった。
「コールさんの事よ。整備部のお花見に来てた、子供達の『保護者』」
「あの時にいた人なんだ。えーっと‥‥」
 説明するシャロン・エイヴァリー(ga1843)に、ハバキは記憶を辿る。だが、宴席には軽く30人を越える者達がいた上、『ちょっとした懸念』もあって微妙に思い出せない。
「顔を見れば、判る?」
「かもね。状況が状況だから、間違えないようにね」
 笑ってシャロンはウィンクをし、踵を返してライトを受け取りに行く。
「‥‥クガさん」
 花見の話題に思い出したなつきが、遠慮がちにハバキの袖を引いた。
 あの時は、いろいろ『いっぱいいっぱい』で。その『いっぱい』の何%かは、自分の事も占められていて‥‥。
 言葉にしないが見え隠れするなつきの揺らぎに、にっこりとハバキは笑顔を返し、掴む手をぎゅっと握る。
「大丈夫だと思うけど、なっちゃんも気をつけて。もし、間違えたら後で俺も謝るし‥‥俺が間違えたら、一緒に謝ってくれる?」
「‥‥はい」
 おどけた風に尋ねるハバキへ、小さくなつきは首を縦に振った。

 兵士達が見守る中、黒い翼は淡く消える。
「出来ましたよ、『入口』。よろしいです?」
 長い髪を揺らしてタリアが振り返れば、準備を終えた仲間達が揃っていた。
「外から見た限り、脱出を試みた形跡はありませんでした。能力者のコールさんがいて脱出して来ない所を見ると、内部の状況はかなり悪いとも推測できます」
 油断しないようにと未早が念を押し、シャッターを切り開いたタリアはスカートをぽんと手で払う。
「あの方も、ほとほとこういう事に巻き込まれ易い人ですね。何にせよ、相当時間も経ってますし、割と切羽詰った状況ですけど」
「そうですね。コールさん、無事だといいんですけど」
 微妙に苦笑して呟く硯へ、シャロンも一つ頷き。
「じゃあ入るわよ、油断せずにいきましょう」
「ええ。外でも何かあったら、通信お願いね」
 振り返ったアズメリアに、待機するリヌが軽く片手を挙げて答えた。

●静寂の闇
 壕内部は真っ暗で、背後から差し込む光が唯一の光源だった。
 足を踏み入れた者は入口の左右へ移動し、目が慣れるのを待つ。
「外では、何も聞こえなかったけど‥‥中も静かだな。それがまた、怖いけど」
 広い空間を見回す勇は、自然と声を潜めた。内部の様子を窺う間も、ライトの向きに注意する。
「まずはコンテナ周辺を調査、か」
 最初に目を入ったのは、中央に置かれたコンテナと傍に転がる『何か』だ。
 澱んだ空気の匂いに、思わず勇は眉をひそめる。
「これ‥‥」
「死体、ですね。それにこの匂いは、血と、何か薬品のような‥‥とにかく嫌な匂いです」
 床に転がったモノの正体を示した未早も、口元にハンカチを当てていた。
 女性達より先に硯が死体へ近付き、胸の奥がむかむかするのを堪えながら被害者を調べる。
「服とかベルトが、ボロボロですね。外傷も刃物や爪で出来たような鋭い傷でもなく、槍の様な棒で突き刺した感じです」
「こっちでも一人、亡くなってるわ」
 コンテナの扉の傍でも、シャロンが別の死体を見つけていた。
 膝をついた彼女は胸の前で十字を切り、短いながらも黙祷を捧げる。
「見た印象は、硯の方と変わらないわね。とにかく‥‥」
 検分するシャロンは言葉を切ると、天井を仰いだ。
「コールさんじゃない、か」
「こっちの人もです」
 硯からの『報告』にほっと安心してから、そんな自分にシャロンは苦笑する。
 彼女の気配に気付いた硯が、少し怪訝そうに首を傾げた。
「どうかしました?」
「ん、ちょっと。人が亡くなった事に変わりないのに‥‥安堵しちゃう自分が嫌かも。ってね」
「それは‥‥」
 小さな返事に、一瞬硯も言葉に詰まる。それから自分の手の平に視線を落とし、拳を強く握り締めた。
「シャロンさんだけじゃ、ないですよ。誰でも、知っている人の亡骸は見たくないです。勿論、誰も死なないのが一番だけど‥‥コールさんは、大丈夫です」
 励ます言葉にシャロンは大きく息を吐き、勢いよく立ち上がる。
「そうね。ありがと、硯」
 礼を言われた硯は、「いえ」と照れを隠す風にぽしぽし髪を掻いた。
「相手は‥‥スライムのようなキメラ、でしょうか‥‥」
 状況からぽつりとなつきが私見を述べれば、仲間も同意見らしく反論はない。
「おおっ。予想はしてたけど、マジで開いてるな‥‥っ」
 コンテナの開いた扉から中を照らしたハバキが、どこか感慨深げな声をあげた。
 彼の後ろからなつきも覗き込むと、懐中電灯に浮かぶ白いカプセルの一部が持ち上がっている。
「どうやって‥‥」
「判らないけど‥‥また、連絡が取れない閉鎖空間での危機的状況、か。何だろ、これ?」
「‥‥嫌な符合、ですよね」
 腕組みをしてハバキが考え込み、首から提げた呼笛をなつきはぎゅっと握った。
『ラスト・ホープ』に来て最初に貰った支給品は、お守りとして肌身離さず、ずっと持っている。
 今まで一度も吹かなかった小さな笛を、初めて彼女は口唇に当てて大きく息を吸い。
 暗く静かな空間に、鋭い音が響いた。
 助けに来た事を、知らせる為に。
「脱出した形跡がないから、襲った相手も中にいる可能性が高いわね」
 適度な緊張を全身に行き渡らせたアズメリアが、改めて空間を見回す。
 その時、高い場所から光る何かが彼女の注意を引いた。
 ちょうど操作室の付近で、チカチカと光が明滅している。
「何かしら、あの光」
 指差すアズメリアに、勇も双眼鏡を覗き込んだ。
 暗いのではっきりしないが、人の影が見える。
「生存者かな」
「そのようです。あの点灯パターンは‥‥SOS、ですね」
 光をモールス信号と読み取った未早が懐中電灯を高く掲げ、相手に見えるよう円を描いた。
「生存確認は、取れました。救出に行きましょう」
「のんびりしている暇は、ないわね」
 促すタリアにアズメリアはケーブルのリールを掴み、勇と三人で左翼の階段へ走る。
「未早、ハバキ、ココは任せたわ。お願いね」
「任せられた。そっちも、気をつけて」
 右翼へ急ぐシャロンの背に、ハバキが声をかけた。
「何かあったら、連絡お願いしますね!」
 リールを持つ硯の後を、緊張した表情のなつきがついて行く。
「三階まで届くよう、サーチライトを固定した方がいいですね」
「了解。リヌさんに運ぶの、頼むよ」
 現状では光量が足りないと読んだ未早の提案に、ハバキは通信機で外と連絡を取った。

●不定の敵
 戦闘は唐突、かつ静かに始まった。
 警戒しながら機械室を調べる三人達の上から、音もなく質量の塊が落ちる。
「走って!」
 予感に似た気配を真っ先に感知し、短く叫んだのはタリアだ。
 反射的にアズメリアと勇は空調機やモーターの陰へ駆け込み、直後どんっと重い落下音を聞く。
「何だ‥‥」
 物陰で身構える二人だが、ライトで照らしても『敵』の姿はなく。
「いない?」
「いいえ。注意深く見ないと判りませんが、そこに『居ます』」
 アズメリアの言葉をタリアが否定し、思わず勇は目を擦った。
 だが視覚よりも先に、ざわりと総毛立つ様な感覚が理解する。
 彼女らを殺す意思を持った、『何か』の存在を。
 咄嗟にかざした刀が、鈍い振動に震え。
 刃で反らされた質量が、勇をかすめた。
 淡く朱に染まった刀身が、何かを切り裂く。
 血も出なければ叫び声もないが、切断された塊がべしゃりと床に落ち。
『襲撃者』が、身を捩って怯んだ。
「スライム、か?」
「そのようですね。こちらタリア、キメラと交戦中です」
 不動如山を一振りして勇が構え直し、その間にタリアは通信機で仲間へ状況を伝えていた。
 最初は見えないと思われたキメラも、配管や機械に囲まれた空間では『ズレ』が生じ、微妙に姿を捕捉出来る。
 そのまま勇がキメラから目を離さずにいると、表面の模様が徐々に変わり始めた。
「放っておくと、また見付け辛くなるぞ。こいつ」
「そうね。手早く片付けさせてもらうわよ」
 血桜を手に、アズメリアが間合いを詰める。
「異論ありません。でも、周りに気をつけて下さい」
 試作型機械剣を携えたタリアが、注意を促した。

「機械室で、左班がスライム型のキメラと交戦中です。そちらはどうですか?」
『何とか、倒しました。増えた時は焦りましたけど』
「えっ、増えたんだ」
 未早と硯の会話を聞いていたハバキが、驚いて言葉を繰り返す。
「分裂増殖するタイプとか?」
『少し違うかな。割れたというか、そんな感じです。説明し辛いんですけど』
 歯切れの悪い返事に、未早とハバキが顔を見合わせた。
「とにかく、増えた事には変わりはないんですね」
「左班にも知らせなきゃな」
 右左のチームが得た情報を二人はまとめ、分析して双方に伝える。
 間もなく、三階の操作室の窓に複数の光が差し込んだ。
『右班、操作室に着きました。生存者は三人、自力で移動できます』
「機械室は、どう?」
『復旧は無理ですね。機械そのものは問題ありませんが、配線が酸で焼けてしまって。機材と交換部品がないと、応急処置も出来ません』
 硯とタリアからの連絡を聞いた未早は、目を閉じて考えを巡らせる。
「では、操作室の人を避難させた方がいいですね。右班が護衛に‥‥」
 床に伸びた彼女の影が、不意にゆらりと揺れて。
「危ないっ!」
 いきなりハバキは未早を突き飛ばし、遅れて彼女がいた場所へライトのスタンドが倒れた。
 訝しむ暇もなく、倒れたスタンドは床を擦りながら独りでに持ち上がり。
 振り回されるそれを、光軌を描いた超濃縮レーザーの刃が難なく切断する。
「気をつけて下さい」
 小銃「シエルクライン」を構えて反撃の態勢を整える未早に、ハバキは首肯した。
「うん。絶対、外へは逃がさない」
 仲間から報告を聞いて、『相手を見るコツ』はほぼ判っている。
 キメラは体表の色を周囲に合わせて変化し、壁や天井に溶け込んでいた。
 故に動けば場所によって擬態は微妙にずれ、周囲が明るければそれは更に見つけやすくなり。
「そこです!」
 正確に、標的へ未早はトリガーを引く。
 間髪いれず、ハバキも機械剣αを振り下ろし。
(「――軽い!?」)
 断つ手ごたえに、眉をひそめる。
 次の瞬間、焼け付くような痛みが超機械を握る手に走った。
「く‥‥っ」
 一瞬、動きが止まったハバキをカバーする様に、銃弾が次々とスライムへ撃ち込まれる。
 援護に痛みを堪えながら、彼も再び機械剣αを振るい。
 動かなくなった二体のスライムは、どす黒く変色しながら床へ水溜りを残して消滅した。

「どうやら、大丈夫みたいね」
 手を振るハバキの姿にキャットウォークで銃を構えたシャロンが息を吐き、なつきもほっとして銃口を下ろす。
「今の間に、下まで護衛します」
「ああ。よろしく頼む」
 最後尾についた硯へ、一番年齢の高い中年の男が気さくに答えた。

 四階に着いたアズメリアは、重い扉を開いて息を飲む。
「足元、気をつけて」
 注意を促した彼女は爪先立って『屋根裏』へ入り、後に続く者達はすぐ理由を悟った。
 床に血溜りができ、その先に三つ目の死体がある。
 下で見た死体と状況は似ていて、三人は短く視線を交わした。
「コールさん、いる!?」
 大声で、アズメリアは仕切られた空間へ呼びかけ。
「気をつけろ、そっちへ行くぞっ」
 部屋の奥から警告が返り、視界の隅を何かが過ぎった。
「あっちに!」
 ライトで示しながら、勇がソレを追う。
 赤い斑点の様なモノが壁を這い上がり、天井を伝い。
「扉、閉めて下さいっ」
 呼びかけながら、タリアがプロテクトシールドを掲げた。
 体当たりするように、勢いよく勇は扉を閉め。
 同時に、がんっと重い衝撃が激突して、覚醒したタリアの細い腕が痺れる。
 伸ばした軟体の一部を鞭の様に振るったスライムは、閉じられた扉を目指し。
「動かざる事山の如し。ここは、通せないなっ」
 扉に背をつけて譲らない勇が、スコーピオンの銃口を向ける。
 弾丸に表面の赤い斑点が弾け。
「これで、終わりよ!」
 血桜、月詠の二振りの刀を、渾身の力でアズメリアが同時に振り下ろした。

「助かった。弾切れで、手詰まりだったところだ」
 疲れた風ながらも無事なコール・ウォーロックの姿にタリアは軽く会釈をし、アズメリアが未早から預かった武器を差し出す。
「再会の挨拶は、ここを出てからでいいわね」
「そうだな」
 短く答えて、コールは武器を受け取った。

●不穏の風
 全ての生存者が救助されると、誰もが安堵の息を吐いた。
 キメラに襲われた者の遺体は、ハバキ達で建物内の再チェックを行ってから回収される予定だ。
「お。あんたが、シュー? ちゃんと話すの、初めてだよね。よろしく」
『最後の生存者』へハバキが声をかければ、コールは手を差し出す。
「噂はかねがね、リヌから聞いているよ。こちらこそ、よろしくな。そちらのお嬢さんも」
 声をかけられたなつきは、ハバキの後ろから小さくひょこりと会釈をした。

「また、同じ様な通信遮断された状況‥‥でしたね」
 呟く硯にシャロンは視線を巡らせ、夜明け前の闇に目を細める。
「ええ。トゥデーラにカラオーラ、それにココ‥‥か。閉じ込めてばかり、ね」
 壕から出た後も、頬を撫でる風はどこか澱んで感じられた。