タイトル:願いは只高く跳びたいとマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/15 23:17

●オープニング本文


●奪われた空
 病院の窓辺から紙飛行機が一つ、ふわりと外へ飛んだ。
 頼りなく飛ぶそれは、大して風もない空間をふわふわと漂い。
 やがて舗装路の上へ、音もなく落ちた。
 落下地点の周囲には既に幾つかの紙飛行機が『着陸』していて、足を止めた看護師がそれらを拾い上げる。
「また、例の患者さん?」
「あ、はい。目を覚まされてから、ずっとですよね」
 紙飛行機を拾い集めた看護師は、同僚の問いに答えながら開いた窓を見上げた。
「何でもパラグライダーの選手だそうで、練習中にキメラから襲われたって話ですけど。怖いですよね、こんな近くにも出るなんて」
「そういえば今日、警察が話を聞きに来るらしいわ。詳しい事が判ったら、すぐULTがキメラ退治に来るわよ」
「でも、それまではやっぱり不安で‥‥あ、噂をすれば、あの人達じゃないですか?」
 スーツ姿の男が三人、硬い表情で病院の正面玄関へ歩いていくのを見つけて、紙飛行機を抱いた看護師が顎で示す。
「他に被害が出る前に、早く退治されるといいわねぇ」
 男達を見送る二人の間に、また紙飛行機が落ちてきた。

「じゃあ、アヌシー湖のランディング場で襲われたのは、間違いないですね」
「ええ。遠目に見た時は、鷲か何かだと思ったんだけど‥‥」
 紙を折る手を休めず、被害者であるパイロットの女性は起きた事を淡々と答える。
 滑空中に現れたソレは、鳥のような翼のある蛇だった。
 鳥のソレのような二本の足でキャノピー(翼)を切り裂き、操縦索を引きちぎり、ハーネス(操縦席)へ絡みつかれながら、なんとか彼女は緊急パラシュートを開いたという。
 彼女の記憶はそこまでで、一緒に練習していた仲間が駆けつけた時、鳥蛇は既に空へ飛び去った後で、後には大怪我をした女性が残されていた。
「まだ、キメラはそのまま?」
「詳しい話を伺わねばならなかったので、これからになります。現在は厳戒体勢をしいて、全ランディング場の封鎖を続けている為か、新たな被害は出ていません。後は、能力者の到着を待つのみです。必ずあなたを襲ったキメラを発見し、仇を取ってくれますよ」
 残った片手で紙を折り続ける女性に、男の一人が慰めの言葉をかける。
「じゃあ、その能力者の人達に伝えてくれる?」
 折り上げた飛行機を、開いた窓の外へ飛ばし。
 それから彼女は、射る様な瞳で男達を見上げた。
「キメラは私から空を奪ったわ。そのキメラから、今度は空を奪って。仇の羽根の一枚でも、持ってきて‥‥てね」

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
ティルヒローゼ(ga8256
25歳・♀・DF
蓮角(ga9810
21歳・♂・AA
エルサ・バレンティン(gb3413
24歳・♀・BM
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG

●リプレイ本文

●飛ぶものなき空の下
 薄く澄んだ青い空の下にはアヌシー湖が静かに蒼く横たわり、その狭間に冬枯れの野が近付く春を待って広がっている。
「綺麗な風景、ですね」
 眩い陽の光に手をかざした浅川 聖次(gb4658)は、遠くにあるランディング場を眺めた。
「春になって若葉が芽吹けば、もっと鮮やかな光景になりますよ」
 『現場』が見える位置まで彼らを案内した青年が、誇らしげに説明を加える。
「大自然の中、若葉萌える山を飛ぶ‥‥か。パラグライダー、一度はやってみたいかもね」
 アルマーニーニコートのポケットへ両手を突っ込んだ今給黎 伽織(gb5215)も、まだ冷たい風に吹かれながら山々を見渡した。
「確か被害にあったのは、パラグライダーの選手なんだよね」
「はい。実力のある選手、でした」
『仕事』の詳細を思い出しながら尋ねる夢姫(gb5094)に、案内役の青年が目を伏せる。
 被害者のパラグライダー仲間だという彼は、襲撃を目撃者した一人でもあり、到着した能力者達へ進んで案内役を買って出た。仲間として、せめて何か自分に出来る事をしたかったのだろう。
「翼を絶たれた女性の仇討ちに、空を飛ぶ蛇キメラ退治か‥‥」
 黒い瞳を夢姫は凝らしてみるが、広い空にはキメラどころか鳥の姿すらなく。
「彼女にとって‥‥空はどれ程、大事な居場所だったのか‥‥。もし俺が同じ立場でも‥‥許せないだろう、な‥‥」
 静かな憤りを含んで幡多野 克(ga0444)が呟き、風で乱れた白糸の様な長い髪をエルサ・バレンティン(gb3413)は指で軽く梳いて、背中へ流した。
「大事なものを奪われるのは、悲しいわね。その奪った相手がキメラであろうと、なかろうと」
 どこか寂しげに佇むエルサの後ろ姿に、煙草を咥えたヤナギ・エリューナク(gb5107)が天を仰いで深く目を閉じる。
「空を奪われた、か」
 ――もし、自分が音楽を奪われたなら‥‥。
 こよなく愛するものの一つを、理不尽に奪われる事を想像すると、胸の底から怒りがこみ上げてくる。
「絶対ェ、仇は取ってやるゼ」
 瞼を開くと、険しい表情でヤナギは紫煙を空へ吐いた。
「そうですね。こんな綺麗な湖の傍で、空を奪うなんて‥‥とにかく、最善を尽くしますよ」
「よろしくお願いします」
 聖次の言葉に、案内役の青年は託すように彼らへ一礼する。
「でも、空を飛んでるのは‥‥やはり厄介ですね」
 唸りながら、がしがしと蓮角(ga9810)が黒い髪を無造作に掻いた。
 細い腰に手を置いたティルヒローゼ(ga8256)は、遠くのランディング場を『景色』ではなく、『戦場』として意識しながら改めて見やる。
「ここは罠を仕掛けて、待ち伏せすべきか」
「その方がいいでしょう。キメラに襲われた周辺は封鎖されていますから、行動範囲に獲物がいなければ餓えていると思いますし。何か、肉でも用意して‥‥」
「それでもダメなら、活きのいい誰かさんが囮になるんですね」
 手順をまとめる蓮角に、にっこりと笑顔で伽織が付け加えた。
「‥‥旨そうに見えるかなぁ」
 いざという場合には、蓮角が囮役を担当する事になっている。
 心配そうに上着の袖をまくる彼の仕草に、思わずエルサはくすりと小さく笑い。
「では、準備にかかりましょうか。あまりの空腹で、キメラが狩り場を変えては困りますから」
 キメラを警戒させないよう、十分に距離を置いて『現場』を確認した者達は、策を実行する為にその場を離れた。

●罠と方策
 必要な物を揃えた八人は案内役の青年と別れ、ライディング場へ来ていた。
「日が暮れる前に、仕留めたいところだね」
 肩から保冷箱を提げた伽織が時間を確認し、思案をめぐらせる様に克は腕を組む。
「その為にも‥‥気付かれないよう‥‥手早く、罠を仕掛けなければ‥‥」
「こちらが隠れる場所も決めないと、だよね。真ん中に木立はないから、ダンボールかテントなんかを用意して身を隠す場所を作った方がいいのかな? 屋根に、草とかを散らして」
「問題は、木や草の緑がまだ茂っていない点ですね」
 それなりに距離のある木の間を歩く夢姫にエルサが答え、緑が芽吹く寸前の枝を見上げた。
 ランディング場、つまりテイクオフに使われる山腹の斜面は、木が生えておらず見通しがいい。相手が近付けばすぐに判るが、同時に自分の姿も見つかりやすいという環境だ。
「木々に隠れる形で、いいかもしれません。スナイパーの方はいませんが、弓なら私も念の為に持って来ていますから」
 携えた洋弓「リセル」を聖次が示し、銃や弓を用意した者達も頷く。
「じゃあ、その辺りにカモフラした隠れ場所を適当に作っとくか。どれだけキメラの目がいいかは判らないが、似た色で誤魔化せばパッと見、判んねェだろ」
「そうだね」
 ひらとヤナギが手を振り、答えた伽織は保冷箱のベルトを肩から外した。
「こちらの準備が終わったら、餌を仕掛けよう。よろしく頼むよ」
 言葉と共に、生肉の入った保冷箱を伽織は蓮角へ手渡し。
「ああ、任せて‥‥って、もしかして、置きに行くのも俺っ!?」
 反射的に受け取った蓮角が保冷箱と渡した相手を見比べれば、当の伽織はにっこりと笑みを返した。
「一応、囮役だし」
「‥‥了解」
 容赦のない笑顔に蓮角はそれ以上反論する気も起きず、がっくりと肩を落とす。
「それにしても、翼の生えた蛇という事は‥‥もしかして、鳥目だったりするんでしょうか。蛇なら、熱で相手の存在を感知してそうな気もしますが」
「どうかしらね。何せ、蛇といってもキメラだから」
 素朴な聖次の疑問に、ティルヒローゼは小さく笑った。

 木の陰に隠れた仲間が準備する間、蓮角は保冷箱の蓋を開いて中を確認する。
 ビニール袋に詰められ、保冷材と一緒に箱に入っているのは、町で調達した大きめのブロック肉だ。
「準備、いいかな‥‥そろそろ、始めようか‥‥」
「じゃあ、置いてきます」
 切り出す克へ蓮角は片手を上げ、重い肉の袋を取り出した。
「気をつけてね!」
 双眼鏡を手にした夢姫が、ランディング場の真ん中へと歩く後ろ姿を見守る。空にはまだ飛ぶ影もなく、木々へ目を移せば武器を構えた仲間が様子を窺っている。
 一方、蓮角はビニール袋を逆さまにして、生肉の塊を地面へ転がし。
 上空へ注意を払いながら、木立へと引き返した。

 そうして、草の上に転がった生肉を静かに見守る事、数十分。

「やっぱり、活きのいい囮じゃないとダメかね〜」
 割と真剣な目で、小銃「S−01」を手にしたヤナギも蓮角を見やった。
「必要なら囮になりますけど、ホントに俺で喰い付きますかね」
「物は試し、でしょうか。とりあえず、肉と揃って転がってみます?」
 聖次もおもむろに、広い草原でぽつんと置かれた肉の塊を指差してみる。
「判った。じゃあちょっと、行ってみる」
「どっちが先に狙われるか、競争ですか? 頑張って下さい」
 立ち上がる蓮角の背中に、くすりと笑ってエルサが励ましの言葉をかけた。
 苦笑しながら振り返り、会釈か礼か判別がつかないまま軽く頭を下げる蓮角は、キメラの『餌』へと歩み寄り。
 その上を一瞬、黒い影が過ぎった。
 見守る者達は鳥かと思って空を仰ぐが、陽光を遮るものは何もなく。
「‥‥気をつけて、下さい」
「ええ。何か、来たようね」
 注意を促す克にティルヒローゼもまた緊張を帯びて身構え、聖次は武器を忍刀「鳴鶴」へ持ち替えた。
 それに気づいているのか、いないのか。
 遮蔽物のない草の原を進む蓮角は、歩きながら呼笛を取り出す。
 やがて『餌』の近くで足を止め、息を吸って笛を口へ運び。
 時に300m先にまで届く笛の音が響き渡るより先に、複数の銃声が静寂を裂いた。

●羽根持つ蛇
 木陰からの伽織の合図が目に入り、とっさに蓮角は身を捨てるように地面を転がる。
 克のスナイパーライフル、夢姫の長弓「天華」、ティルヒローゼのデヴァステイター、伽織の真デヴァステイターが、キメラの翼を狙って一斉に矢弾を放った。
 銃声に蓮角が空を振り仰げば、頭上では音もなく空を滑ってきた鳥蛇が身をくねらせている。
 灰色の羽根が飛び散るが、キメラはまだ地には落ちず、何度も翼をばたつかせ。
 体勢を整えようとする鳥蛇へ、一拍テンポを遅らせたエルサが前に出てフォルトゥナ・マヨールーを撃った。
 牽制の弾丸に弾かれる虚を突き、リンドヴルムをまとった聖次が飛び出す。
 AU−KVの機動力を生かし、『竜の翼』で一気に距離を詰め。
「逃がしたりはしませんよっ!」
 回り込んで、鳥蛇の頭へガードを叩きつけた。
 盾を打ち付けた衝撃に、鈍い音がして。
 僅かな瞬間だが、動きの鈍った蛇体が地面でバウンドする。
 仲間が攻撃を仕掛ける隙に、蓮角は肩付近にまで伸びた白い髪を翻して距離を取り、蛍火とエンジェルシールドを構えた。
「蛇の身体に鳥の翼と手足とは‥‥どこぞの、神の様な姿だな」
 狙いをつけたまま、ティルヒローゼが眉根を寄せる。
「俺としては蛇に足で、正に『蛇足』って感じだが」
 白い歯を見せて蓮角が冗談めかせば、揺らめく陰影の如き漆黒と濃紺のオーラに身を包んだダークファイターは、口角を上げて笑んだ。
 そんな、他愛のないやり取りも束の間。
 銀色の弧を描いた剣が、鱗を削るような音を立てながら、長い体表を滑った。
「チッ、往生際の悪いッ」
 イアリスに伝わる手ごたえの浅さに、舌打ちをするヤナギ。
 決定的な一撃を仕掛ける前に、鳥蛇は無造作に口から酸を吐く。
「危ないっ!」
 ザフキエルの盾をかざした夢姫が、ヤナギのカバーに入った。
 遮る盾の表面に、鳥蛇が鉤爪を立てる嫌な音が響き。
 キメラの注意が二人のフェンサーへ向けられている間に、二振りの刀を手にした克が『流し斬り』で側面を突く。
 苦痛にのたうつ鳥蛇は、尾を振り回して強かに克を打つが、刃は引かず。
 連続して繰り出される月詠と菖蒲が、翼の片方を斬り飛ばした。
 キメラは片羽根を失ってバランスを崩しながら、残る羽根をばたつかせ。
 残る翼に照準を合わせたエルサが、息を凝らして慎重に引き金を引く。
 先の一発とは違い、『紅蓮衝撃』によって攻撃力を上乗せされた弾丸に、羽根が弾ける。
「てめぇの空、奪わしてもらうぜぇ?」
 辛うじて、皮一枚でぶら下がっているような翼へ、蓮角が蛍火を振り下ろした。
「飛べなくなったからといって、油断しないでね」
 額に白く長い角を戴いたエルサはフォルトゥナ・マヨールーを納め、代わりにイアリスを抜きながら仲間へ注意を促す。
 現に身体をぐるぐると捻じる蛇は、翼を失ってなお鉤爪を向けて威嚇し、酸を吐き散らし。
 それをガードで防ぎながら、聖次が押さえにかかった。
 もがく爪は、『竜の鱗』によって強化された装甲を破るに至らず。
「長くは押さえられません、今のうちに!」
「恩に着るぜッ!」
 長い身体で聖次へ巻き付き、締め上げようとする蛇に、ヤナギがイアリスを突き立てた。
 続いて夢姫、克も、それぞれの刃を振るう。
 抵抗をする様に、最後までばたばたと地面を叩いていた尾が、動かなくなり。
 それを見届けた伽織は、ずっと狙いをつけていた真デヴァステイターの銃口を下ろした。
 深く息を吐く間に、銀色の髪が墨を落としたように黒く色を変え。
「お疲れ様です。もっとも、まだ『仕事』は残ってますが」
「そう、ですね‥‥」
 労いの言葉をかける伽織に克は首肯し、能力者達はキメラの死体を見下ろした。

●空への願い
 突然の『見舞い』に看護師達は騒然としたが、飛べなくなった女性はいつもの様に紙飛行機を折っていた。
「お望みの物を、持ってきました」
 堅い空気に聖次が口を開き、進み出たヤナギが紙が積まれたテーブルの隅に一枚の風切り羽を置く。
「土産だ。せめてもの‥‥」
 灰色の大きな羽根に、片手で紙を折っていた女性は動きを止めた。
 その女性の上着の片袖が肩からだらりと垂れている事に、ふと夢姫は気付き。
 知らずと滲む視界に慌ててコッソリ目元を拭うと、彼女の細い肩へそっとエルサが手を添えた。
「アンタの空は、戻っちゃ来ねェかもしんねェけど‥‥」
「ううん、そんな事ないよっ!」
 ヤナギの言葉を遮って、ふるりと夢姫は髪を左右に振る。
「今すぐには飛べないかもだけど、絶対また飛べるよ! 空を諦めないで‥‥きっと、空はあなたを待ってるから」
 女性は黙ったまま、残された手を羽根へ伸ばし。
「けれど‥‥憎いキメラの羽を、手元に置いておいて‥‥心休まるもの‥‥だろうか‥‥?」
 ぽつりと落とす克の呟きに、指が止まる。
「もし憎しみが‥‥心と体を蝕む程に、大きく感じるなら‥‥この羽は、手元に置いておくべきじゃ‥‥ない‥‥。良ければ‥‥俺達が処分する‥‥あなた次第‥‥だけど」
 だが彼の言葉に女性は表情を変えず、羽根を手に取った。
「自分の操作ミスとか力不足とかじゃなくて、第三者のせいで空から落とされるってのは、スポーツマンとしては悔しいところだろうね。だけど、鳥のように、自然の息吹を感じながら大空を滑空していたきみが、そう簡単に空を手放せるものなのかな?」
 伽織の問いに答えず女性は静かに羽根を見つめ、そんな相手へ静かにエルサが口を開く。
「仇はとったわ。もうあの空をキメラが我がもの顔で飛ぶ事は、二度とない。空を愛するものが阻まれる事は、もうないわ。あなたがその羽根を望んだのは、単純な復讐心ではないと思うの。自分の愛する空をキメラに奪われた事が嫌だった‥‥少なくとも私には、そう思えたわ」
「‥‥そう、ね。こうしてキメラの羽根を見ていても、あなた達に感謝こそすれ、嬉しくとも何ともないもの」
 掠れた声の女性は、それでも羽根から目を離さず。
「上を見れなくとも、前を見て欲しいですね。空を飛ぶ為の翼を奪われても、地を歩く為の足はあるのですから」
「うん。長期の治療やリハビリは辛いだろうけど‥‥のんびり空を飛んでいたような心持ちで、焦らずゆっくり治して」
 聖次と伽織が励ましの言葉をかける間に、エルサは先に病室を出た。
 ‥‥後の事は、依頼人が自分自身で決着をつけるべきだという様に。
「キメラは、空を奪った‥‥。けど‥‥あなた自身は‥‥奪えなかった‥‥。覚えておいて‥‥ね‥‥」
「もし、あんなのがまた出たら知らせて下さい。何度でも、あなたの空を取り返しますよ」
 克に続いて蓮角が頼もしく自分の胸を叩いてみせれば、始めて顔を上げて彼らを見た女性は小さく「ありがとう」と礼を告げる。
 ほっと安堵の息をつく者達の耳に、ハーモニカの音色が届いた。
 郷愁をまといながらも、伸びやかに大らかに奏でられる旋律に、誰もが空を思ってしばし耳を傾け。
(「俺にはこれしか無ェから、サ」)
 女性の病室の窓の下で、ヤナギはただブルースハープを吹く。

 ――案内役の青年より「女性がパラグライダー選手の指導者を志した」という知らせが届くのは、それからずっと後の事だった。