●リプレイ本文
●疑問の浮上
コリウールの海岸に、静かに波が寄せては返す。
集った者達は波の音を聞きながら、沖合いで行われているサルベージ作業を心配そうに見守っていた。
「正体不明って言うのが、一番厄介よね‥‥」
胸の下で両腕を組んだケイ・リヒャルト(
ga0598)が、潮風に吹かれるまま黒髪を遊ばせている。
『そうそう。カナート女史の関連報告書は、読ませて貰ったんだよー』
警戒の為、上空で待機するシュテルンから獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)の声が振ってきて、額に手をかざしながら空閑 ハバキ(
ga5172)が顔を上げた。
「それで、どうだった?」
直接関わった訳ではない者の見解が気になってハバキが尋ねれば、若干の間を置いてから獄門は返答をする。
『何と言うか、「一定の状況を作り出す」事自体が目的の様にも思えるよねェー‥‥』
「そっか。獄門も、そんな風に思えたんだ」
彼女の答えにハバキは一つ頷いて、考え込む表情を浮かべた。
「出所が判らない情報に、正体不明のカプセル‥‥考えても判らない事だらけだけど、動けば何か出てくるよな。きっと」
『考えても分からない、ドコカの誰かの狙いはともかく! 「赤ちゃんは何処から来るの?」ならぬ、「キメラは何処から来るの?」って訳だねェー。実に興味深い!』
『はい。中身不明でちょっと怖い気もしますけど、無事にトゥールーズまで届けるのが私たちの今回の任務。気を引き締めていきましょう』
獄門に続き、少し離れた位置で情報を介するウーフーから里見・さやか(
ga0153)が凛とした言葉を返す。
「でも、キメラはあの赤い月から来るものと、思っていたんですけれど‥‥違うのです、か?」
岸壁に立つハバキから距離を取っているなつき(
ga5710)が、ふと疑問を口にして空を見上げた。
夜でも昼でも見える圏内に入れば、赤い月は空に禍々しい姿を現す。
「アレがどの程度の高度にあるかは判りませんが、狙った地点に落とすなら、そのコストと技術は相当なものでしょうね」
輸送の道中、彼女とチームを組むフォル=アヴィン(
ga6258)も同様に空を仰ぎ、陽光に目を細めた。
「それじゃあ‥‥」
沖に沈んでいる事を考えれば、それなりに強度を持っていると思われる物体は、何処から来たのか。
尽きぬ疑問でいっぱいのなつきが、フォルへ小首を傾げる。
「カプセル、だから。その容器を作る場所もある、という事‥‥?」
「‥‥まさか、ね」
船が浮かぶ東の水平線の先をじっと見つめ、あえてフォルは否定を口にした。そして問いと答えがいまいち繋がらず、目を瞬かせているなつきに気付き、申し訳なさげな表情を向ける。
「いえ、少し思いついた事があって」
口にはしないが、彼を見るなつきの視線は話の続きを聞いていた。
「ここからずっと東に、コルシカ島があるんですよ。何となく、関連性があるかもと思ったんですが‥‥我ながら奇妙な着想ですよね」
打ち明けて苦笑するフォルに、彼女はふるりと短い髪を左右に揺らす。
「海‥‥」
船が浮かぶ波間を、じっとなつきは見つめ。
「今のところ、引き上げ作業は順調みたいだね‥‥大丈夫?」
振り返ったハバキは、やや顔色の優れないなつきの顔を心配そうに覗き込む。
「底が見えないのは‥‥苦手、で」
「それなら、向こうでクロとトレーラーの準備を手伝ってくる?」
ハバキが問いを重ねれば、今度は緩やかに首を振って否定の意思を示した。
「じゃあ、一緒に待ってようか」
傍らへ立ち位置を変えたハバキと共に、なつきは再び視線を船へと向ける。
水面の下では、藤田あやこ(
ga0204)がビーストソウルで警戒を続けていた。
ライトに照らされ、暗い海底にカプセルが白く浮かび上がっている。
周りから立ち上る気泡はダイバー達が吐き出すものばかりで、ワイヤーに固定された細長い金属物は静かなものだ。
(「海に浮かんでいた物がここに沈んでいるって事は、何らかの理由で浮力を失ったっんだろうけど‥‥」)
そんな考えがちらとあやこの頭の隅を過ぎったが、特に気になる事項でもないので、深く考えずに外の様子へ注意を戻す。
『キメラの源を探るらしい』という噂に関心を持ち、作戦に加わった『科学者』を名乗る彼女だった。しかし地上の面々と違い、カプセルがどこから現れ、どういう状態にあるのかといった事には、特に興味もないらしく。
襲撃を警戒しながら、ぴこぴこハンマーで自分の肩を叩いていたりする。
(「襲ってくるならきっと、かく乱戦術でくるわよね! 異常があったら総員避難を勧告して、無駄に現場から動かず、周回して防戦か‥‥中からキメラが出てくるようなら、威嚇発砲した後にブーストで退避して‥‥」)
対処法を幾つか彼女は頭の中で組み立てるが、その範疇ではサルベージ船や作業する者達の安全に関する優先度は全体的に低いようで。
あやこの期待に反して何事もなくカプセルの引上げ作業が終わった事は、作業者達にとって人生最大の幸運だったかもしれない。
「しっかし、何が入ってるか解らない‥‥ねぇ。何か、パンドラの箱を思い出すな」
トレーラーヘッドの助手席で、ぽしぽしと黒桐白夜(
gb1936)は黒い髪をかく。
「アレは確か、開けさせるように仕向けられて贈られた物だったか。そう考えると、嫌な感じだね」
隣席の呟きに、運転席で待機するリヌ・カナートが苦笑を浮かべた。
「どこから入ってきた情報なのかも不明だって話、でしたっけ」
彼が言葉を改めれば、ジャンク屋は気にするなという風に軽くひらと手を振る。
「話も、物も出所不明。中身も不明。そんなモンを、競合地域を横断する危険を冒してまでしてトゥールーズへ運ぶ。いくら軍に頼まれたからって、どうにも胡散臭い話だよな」
「キメラ、爆発物、可燃物、産廃、その他危険物、機密物‥‥あらゆる可能性を考慮して、運搬前の事前チェックは徹底した方が良さそうか」
ざっと考えられる可能性を、指折り数えながら白夜は連ねてみた。
「いっそ、開けてみるかい? 運ぶ前に」
「無事に運ぶのが、今回の『仕事』だろ? いや、俺も中身に興味はあるけどさ」
冗談めかすリヌへ白夜も正直なところを明かしながら、モニターの位置を調整する。
「荷物のコンテナ格納、終わりました。今、傭兵の方が機材の準備をしてます」
「判った。車をそっちへ回してもらうよ」
知らせに来た作業員へ白夜がウィンドウを下げて片手を挙げ、応え終わらぬうちにリヌはエンジンをかけた。
●不審物体
コンテナとトレーラーヘッドを接続し、監視カメラなどの調整を行う間、護衛につく者達は海中から引き上げられた『荷物』を囲んでいた。
『錆びの類は見られませんが、感じは金属ですね。のぞき窓のようなものでもあれば、中身も判ったんでしょうけれど』
ウーフーのコクピットから見守るさやかが、固定された物体から受けた印象を述べる。
両端が丸い円筒形の白いソレは、確かに『カプセル』だった。大きさは大柄な男性一人が軽く入る程度で、おそらく漂着するまでと引き上げ時に付いた傷が多少あるものの、それ以外に目立った凹凸はない。
海中から引き上げられてすぐ、何か爆発物などないか外回りを目視でチェックしてから洗浄し、台座とワイヤーでコンテナへ固定されていた。
「これ、触ってもダイジョーブ?」
すぐ傍まで近付いてから、ハバキが仲間へ確認する。
「引き上げと洗浄、固定作業の時に誰かが触っているでしょうから、大丈夫じゃないかしら?」
メガホンを手にしたケイも、僅かに光沢のある表面を観察していた。
その脇から、ためらいがちに細い手が伸ばされ。
「‥‥冷たい。コンテナの大きさから、ワームが入っている可能性は‥‥ない、かな」
ぴたりと手の平を当てたなつきが、小さく呟く。
「な、なっちゃんっ?」
「大丈夫、みたいです‥‥」
慌てるハバキに、手を置いたまま彼女はこくりと頷いた。
逆さにしたメガホンを当ててケイが耳をすますが、特に何かの音が聞こえてくる事はなく。
「あんまり叩いて、振動でナンかあったらどうすんだよ」
『果敢』にアプローチを試みる仲間へ、白夜が口を尖らせた。
「でも、訳の判らない物を運ぶっていうのも‥‥やっぱり、気になるわよ」
僅かに小首を傾げるように主張するケイに、手にした配線の束を白夜は左右に振る。
「そりゃあ、俺も気になるけどさ。証拠隠滅なんかで、爆発物等が仕掛けられてる可能性もあるから、重々警戒するに越した事はないだろ? それからハバキ、こっちも手伝えっ!」
機材の手配を申請した友人を、ビシッと彼は指差す。
「のんびりしてたら、日が暮れちまうだろ」
「ごめん、クロ。つい、気になって」
笑って謝りながら、ハバキはカプセルの傍から離れた。
「さぁて。トゥールーズまでのコウノトリ役、受けて立とうかねェー」
出発準備が整い、各々がそれぞれの足へ乗り込む中、獄門はシュテルンのコクピットへ腰を落ち着けた。
『ところで、カプセルに熱源の反応はなかったんですよね』
『はい。中の物にもよると、思いますが』
地上から確認するフォルに、さやかが監視していた結果を告げる。
「となると、『キメラの卵』の様な物である可能性は、低いという事でしょうか‥‥」
ジーザリオの運転席に座ったフォルは、考えながらシートベルトを締めた。
フォルの車には、なつきが。ケイのジーザリオにはハバキが同乗し、白夜はリヌのトラックの助手席で『輸送物』の監視に当たる。
その三台の車を挟んで、前にはさやか機ウーフー、あやこ機ビーストソウルが先行し、後方で獄門機シュテルンが殿(しんがり)を務める陣形だ。
選択した運搬ルートは、コリウールからペルピニャンを通過してナルボンヌまで北上し、A61でトゥールーズまで西進するコース。何らかの事情でA61を直進できなくても当該ポイントを迂回し、あくまでA61上を走るか、それに沿って進む予定となっている。
「競合地域さえ抜けてしまえば、襲撃の危険は減るだろうから‥‥そこまでが正念場かねぇ」
「まぁ、油断は出来ないからな」
見送る者達へホーンを一つ鳴らすリヌに、モニタから目を離さず白夜が答えた。
●不穏なる道程
迫る唸り声の群れを、銃弾が駆逐する。
ナルボンヌへ北進する途上で進路に現れたのは、大小を問わぬキメラの姿。
『目標を確認。敵はキメラで、数は小型5、中型1。方位0−4−5、距離600』
先行するウーフーより、さやかが敵の接近を伝えた。
『小型が主体なら、牽制して抜けるわ。それでも追いすがるなら‥‥お仕置きの時間ね』
さやかからの報告に、瞳を細めたケイがちらと口唇を舐める。
『了解』
前を進むビーストソウルで、あやこが肯定の意を返した。
海岸側に見えた影へ向け、ヘビーガトリング砲が砲弾を放つ。
それらが命中しているかどうかは、関係ない。
あくまでキメラが襲撃する機会を削ぐ事を目的とした、威圧的な攻撃だ。
その間に、車列はスピードを上げた。
『A61に上がってしまえば、多少のキメラならスピードを上げて振り切る事が出来るわ。もう少しの辛抱よ』
『路面が無事なら、だけどねェー』
アクセルを踏むケイへ答える獄門――後方のシュテルンもまた、ヘビーガトリング砲の狙いをキメラへ合わせている。
『ところで、「積荷」の方はどうですか?』
やはり気になるのか、フォルがトレーラーへ確認した。
振動や、あるいは他のキメラやワームの接近によって、何かの影響を受ける可能性は皆無と言えない。
『今のところ、特に変化はないなぁ。大人しく転がってるよ』
すぐさま彼の疑問に反応した白夜は、外の警戒よりもコンテナ内部の監視に専念している。
内部からのキメラの出現、あるいは発火や爆発の予兆など、輸送中に何かの異常を発見した場合、即座に連絡して対処に移る段取りになっていた。
その対処の中には、コンテナごとトレーラーを破棄する事も含まれている。
「あんた達には物足らないだろうが、こっちとしちゃあ何事もないままトゥールーズへ着きたいね」
『目標を確認。敵はキメラ、数は大型1。方位2−9−0、距離750』
リヌのぼやきに反して、さやかが次の『障害』の出現を告げた。
A61に入ると一行の移動速度は上がり、キメラと遭遇する回数も目に見えて減少する。
進路上で何らかの障害物と遭遇する事もなく、コースの前半と比べれば道程は順調だった。
ただ奇妙にモヤモヤする感じを、さやかは胸の底に覚える。
『少し気になったんですが‥‥キメラが現れるのは側面ばかりで、進路の正面はありませんでしたよね』
『覚えてないかな?』
『そう言われると、確かにそんな気はするねェー』
警戒体勢のまま首を捻るあやこに続き、獄門も確実と言えない反応した。
『‥‥そういえば、リヌさん。以前、トゥデーラ付近でお遭いしたという男性‥‥あれから、どうですか?』
KVの会話に何事かを考え込んでいたなつきが、思い出してトレーラーへ呼びかける。
『いいや。こっちは有力な情報もないし、そもそも会ったのだって私一人だからね‥‥雲を掴むような話だと、コールあたりには思われてるかもしれない』
『そう、ですか‥‥でも何だか、落ち着きませんね。行く先々、誰かに見られてるみたい、で‥‥』
寒さを感じた訳ではないが、何となくなつきは腕を軽くさすった。
『もうすぐトゥールーズです。最後まで、気を抜かずに行きましょう』
仲間の間に漂う澱(おり)の様な不安を、あえてフォルが明るい声で払拭する。
やがて、右手をカルカッソンヌの城砦が通り過ぎ。
トゥールーズまで来ると、郊外の基地を目指して一行はA61を降りた。
「任務、ご苦労様です」
コンテナを引き受けに来た兵士の一人が、能力者達へ敬礼する。
「これで『コウノトリ役』は、無事に完了だねェー」
キャノピーを開いた獄門が、コクピットで大きく伸びをした。
「あ〜。一応、慎重に扱ってくれよ。中が何か判らないから」
念のために白夜が釘を刺し、後ろのトレーラーを振り返る。
気になるのか、車を降りた者達も自然と彼の近くへ集まってきた。
「ここで、カプセルを開けるのかしらね」
「出来れば、それに立ち会えればいいんだけど‥‥」
「中身、気になるもんね」
「‥‥」
無事の到着に安堵しながらも気がかりなのか、互いにそんな言葉を交わす。
「では、帰投しましょう。次の任務が待っています」
あえて気持ちを切り替えるように、さやかは仲間を促した。
「毎度ありがと、お疲れさん。気をつけてな」
仕事を終えて一服するリヌが、別の『戦地』へ向かう者達へひらと片手を振る。
――数日後。
彼らの元に、カプセルを送り届けた基地で『事故』が発生したという知らせが届いた――。