タイトル:赤い月の下に踊るはマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/13 02:23

●オープニング本文


●置き土産
 トゥデーラの周辺には、襲撃と戦闘の痕跡と共に巨大な『残骸』が残っていた。
「これが、例のアースクエイクって奴か」
「噂には聞いていたが、近くで目にするのは始めてだな」
「こうして見ると、気味が悪ぃぜ」
 動かないと判りつつも、長い胴体から複数の金属刃が突き出す『ミミズ』から距離を置きながら、珍しそうに数人の男達が囲む。
 遠くの様子を眺めて、リヌ・カナートはやれやれと短い髪を掻いた。
「まったく。ミミズ見物の為に呼んだんじゃないってのに、あいつらは」
「気持ちは判るがなぁ。日頃からワームやキメラの目を避け、逃げ回る事はあっても、こうして見る機会なんぞ滅多にねぇ」
 コンテナの縁でしゃがみ込んでいた年配の『ドライバー仲間』が、煙草を片手にカラカラと笑う。
 トゥデーラを脅かしていたアースクエイクが撃退されて数日を待たず、町には数台のトレーラーが列を成して現れた。
 どのトレーラーのコンテナも、食料や水、衣料品、医薬品といった支援物資を積み。到着してすぐ、長い『幽閉』状態にあった住民へと配布される。
 緊急性があるケースは別として、怪我人や病人が町から出るための支援は、人々が落ち着いてからという段取りになっていた。
「で、あれは運ぶのか?」
 再度、顎で遠くに転がるワームの残骸を示す男に、腕組みをしてリヌが考え込む。
「そうだな。丸ごとのワームにお目にかかるなんてのは、まずないし‥‥」
 そこまで口にして、自分の言葉にジャンク屋は奇妙な引っ掛かりを覚えた。
 UPCの兵器の残骸ならともかく、バグアのワームのジャンクを回収する機会は少ない。回収できたとしても細かな機体の破片や、機械の壊れたパーツだったりと、用途が判らず役に立つのかどうか怪しい物が多かった。
 自分達の技術流出を危惧しているのか、あるいはそれが彼らのポリシーなのか。
 大抵は機体が撃墜されると、ご丁寧にも――。
「‥‥まずい」
「どうした?」
 強張った表情の友人を、煙草をふかす男が見上げる。
「あいつらを、ワームから離れさせないと」
 慌てて、リヌが行動に出ようとした直後。
 耳をつんざくような爆発音が、町を震わせた。

●閉鎖病棟
『にしても、電話で連絡をしてくるのも珍しいな。随分と音沙汰がないから、また何かトラブルにでも巻き込まれたかと思ったぞ』
「まぁ、トラブルと言えばトラブルかねぇ」
 受話器の向こうで怪訝な言葉を返したコール・ウォーロックに、リヌは手短に状況を説明した。
「幸い、死者はなかったけどね。ただ町の連中はパニックになるし、事態が落ち着くまで動けなくて。入院してる連中を見舞ったら、このまま東回りで戻る予定だけど、その前に一つ聞いておきたくて‥‥誰かがこっちの行動を妨害しようとしている情報とか、入ってないかな」
『妨害工作か?』
「うん。心当たりがないなら、いいけどね」
 リヌは溜め息をつき、公衆電話を指でコツコツと叩く。
『むしろ心当たりがないのも、おかしいかもしれんがな。お前だってUPCとの関わりはあるし、元から未来科研は「お得意様」だろう?』
「それはそうだけど‥‥つまり仕事か『ブクリエ』絡みか、あるいは全く別の方面から誰かが敵視しているって事に?」
『そうなるな』
 コールからの答えに、喉の奥でリヌは呻いた。
「そういう見えない粘着質なのは、苦手なんだがねぇ。更にそれで、知り合いが巻き込まれるってのは‥‥」
『確かにな。UPCから面倒そうな情報も入ってきているから、出来るなら‥‥』
 そこで、何の前触れもなく声が途絶えた。
「‥‥コール? もしもし?」
 呼びかけても、返事はなく。
 いったん受話器を置いて硬貨を入れて直し、ガチャガチャと何度もフックを押してみるが、何の音も聞こえてこない。
 そして突然、全ての電気が消えた。
 あちこちの病室から驚きの声や悲鳴が上がり、看護師達が患者を落ち着かせようと慌ててナースセンターから飛び出してくる。
「停電か?」
 公衆電話から離れたリヌは、看護師の邪魔にならぬよう壁際に寄った。
 やがて電源が自家発電機へ切り替わったのか、数分もたたずに院内には再び明かりが戻ってくる。
 ほっとしたのも、つかの間。
 上の階から窓ガラスの割れる音と、恐怖に引きつった叫び声が落ち着きかけた空気を裂いた。
「一体、何が‥‥」
「リヌ、窓には近寄るなっ。キメラだ!」
 病室から飛び出してきた友人の言葉に、顔をしかめるリヌ。
「院内放送もないが、病院の連中から何か指示は? 避難誘導は出ているのか?」
「何も。この様子だと、病院中がパニくってるぞ」
 小さくリヌが舌打ちをし、肩に提げた鞄の底にある銃を確かめた。
「とにかく、皆を避難させよう。誘導のできる、医者と看護師を見つけないと」
 助けを求める声と駆け回る足音、窓の割れる音が飛び交う中、彼女は友人と駆け出す。

 赤い月が輝く下では、複数匹のガーゴイル型のキメラがギーギーと軋む様な奇声を上げながら、狩猟場と化した病院の周りを飛び回っていた。

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ルシフェル・ヴァティス(ga5140
23歳・♂・EL
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
ファーリア・黒金(gb4059
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

●緊急急行
 砂の雑音に、パリパリとノイズが混ざる。
「まだ、繋がりませんか」
「病院でも密閉された場所だと、電波が届かないのかも」
 ハンドルを握るルシフェル・ヴァティス(ga5140)が問えば、隣で無線機を握る鏑木 硯(ga0280)が呻く様に答えた。
「カラオーラの病院で、何かが起こったのは確かですね。仔細が判らない以上、最悪の事態‥‥襲撃か何かがあったと考えるべきですか」
 硬い表情で、ルシフェルはアクセルを踏む。
 ルームミラーへ目をやれば、後ろに続くケイ・リヒャルト(ga0598)が運転するジーザリオのヘッドランプが見えた。更に後方を、ファーリア・黒金(gb4059)がリンドヴルムで追走する。
『病院で、何かが起こっているんですよね!』
 通信機越しのファーリアに、助手席で双眼鏡を手にした空閑 ハバキ(ga5172)は「うん」と短く答えた。
「すずりん、まだリヌと連絡取れてないから、詳しくは判らないけど」
「いずれにせよ、万全を期して行かなくちゃ!」
 緊張した面持ちのケイは、前を進む車のテールランプを見据える。
 張り詰めた空気の中、小さくハバキの袖が引かれた。
「なっちゃん?」
 身を乗り出すように振り返れば、後部座席のなつき(ga5710)が彼を見つめている。
「アースクエイクの、残骸‥‥見ました?」
「特に気にしなかったけど、何かあった?」
 聞き返すハバキへ、彼女は不安げにうな垂れた。
「いえ‥‥なかったん、です。移動艇から、見てたんですけど」
「見えなかったじゃなく、なかったんだ」
 頷くなつきの指は、小さく震えている。
「‥‥リヌさん、大丈夫でしょうか」
「今は無事を祈るしかないけど、きっと無事だよ」
 励ます様に、細い指へハバキはそっと手を添えた。
『皆、聞こえる? リヌさんと連絡が取れたわ。無事だって』
 前の車から、シャロン・エイヴァリー(ga1843)が仲間へ一報を伝える。その言葉に安堵の空気が漂うが、次の知らせにそれは掻き消えた。
『でも、キメラが病院を襲撃中だそうよ。具体的な数は判らないけど、外部と連絡が取れず孤立状態。窓の外から、入院患者を襲っているらしいわ』
「なんて事を‥‥っ」
 通信機で連絡を中継していた里見・さやか(ga0153)が、息を飲んで憤る。
「到着を急ぎましょう。皆にも伝えて」
「判りました」
 ケイの言葉にさやかは頷き、仲間へ伝言を伝えた。

●狩猟場へ
『キメラがいるのは判るが、不用意に窓へ近付けないんでね。助けにならず悪い』
 連絡が取れたリヌは周波数を彼らに合わせ、『戦況』を手短に伝えた。
「シャロンよ。トゥデーラに続いて、災難続きね」
『全くだ。ついてないと言うか‥‥』
『ついてない、だけならいいんだけど』
 嘆息するリヌに、ふとハバキが不安を口にする。
「もしかして、キメラの卵を持ち帰ったりとかしてないでしょうね?」
『どこぞの恐竜映画の、物好きじゃああるまいし』
 シャロンの冗談を相手は笑い飛ばし、その様子に彼女は胸を撫で下ろした。
「俺達が到着するまで、避難誘導をお願いできますか。院内放送で混乱を防いで、地下と二階の窓のない手術室なんかを避難場所にして。あと屋上に出たり、誰かが残っていないよう」
『ああ、やってみるよ』
 硯からの要請に、緊張感を帯びた声でリヌが応じる。
「この前、無茶はほどほどにって言っといてなんですが‥‥お願いします」
『お安い御用さ。そっちも気をつけて。頼んだよ、騎兵隊』
 神妙な表情で硯が重ねて頼めば、一転してジャンク屋は明るく笑った。

「あれは‥‥悪、魔?」
 双眼鏡で外を見るなつきが、小さく呟いた。
 赤い月の下、窓から漏れる光に飛び回る人型の影が見える。
 湾曲した背から生える、コウモリのような翼。
 捩れた腕に、鉤爪のある手。
 人のそれとは全く違う、歪んだ醜悪な顔つき。
 確か、彫刻とかで、見た事がある‥‥そんな思案を巡らせている間に、ケイが車を加速した。
「このまま一気に、エントランスまで突っ込むわ。用意して」
「突入後、各チーム単位で行動ですね。了解です」
 衝撃に備えながら、さやかが答える。
 移動の間、病院の構造やキメラの様子などリヌから可能な限りの情報を得、それを元に可能な限りの打合せを行い、役割を分担した。
 後は、実行するのみ。
 情報不足で生じる差分は、臨機応変に対処するだけだ。
『私は非常階段から回りますね。患者さんのパニックに拍車をかけては、マズいですから』
「了解。用心してね!」
 二台の車から離れるファーリアへ、ハバキが注意を促す。
『はい、自分の力が助けになるなら‥‥微力ですが、頑張ります! これ以上、被害は出させません!』
 決意と共に、AU−KVのテールランプが裏手へ走った。
 光を見送ったハバキは、『幸運』の願をかける。
 その時、ヘッドランプがエントランスへのアプローチに転がる『障害物』を照らした。
「くっ!」
 とっさにルシフェルは急ハンドルを切り、タイヤが軋む。
 続くケイも、避けたモノが何であるかに気付き、眉をひそめた。
「酷い‥‥!」
 後部座席のさやかとなつきが振り返れば、遠ざかるソレは人間だった。
 動かぬ姿に二人は許し難い所業を察し、眉根を寄せる。
 車が病院正面で停止すると同時に、能力者達は一斉に外へ飛び出した。
 シャロンが空を仰げば、頭上では複数のキメラが飛び交っている。
「頭数で負けてる以上、あまり悠長に戦ってられないわね‥‥行くわよ!」
「そちらはお願いします」
「任せて下さいっ」
 上階へ向かう者と残る者は声を掛け合い、院内へ駆け込んだ。

『間もなく、ULTから救援が到着します。医師と看護師が誘導しますので、窓や非常口から離れ、廊下でお待ち下さい。間もなく‥‥』
 スピーカーからやや震えた声が、繰り返し呼びかけていた。
 病院内は騒然とし、上階からは泣き声や内容の判らない叫び声、そして時おり銃声が聞こえてくる。
「ULTの傭兵よ。なるべく、下の階を目指すよう伝えて。五階に残された人間は?」
 受付の看護師達へシャロンが問えば、引きつった表情が返ってきた。
「避難は始めてますが、人数までは」
「混乱しているんでしょうか」
 硯が表情を曇らせ、チームを組む友人へシャロンは振り返る。
「硯、ケイ、一気に五階まで駆け上がるわよ!」
「ええ、急ぎましょう」
 身を翻し、四階と五階を受け持つ三人は階段へと向かった。
 階段は既に、二階と三階を担当するルシフェルとなつきが先行している。
「キメラは俺達が何とかするから、外に放り出された患者さんを頼める、ね?」
 残ったハバキが落ち着いた口調で助力を請えば、不安げな看護師達は互いに顔を見合わせた。

●命を救うべく
「手術室に限らず窓のない部屋は避難場所にしますので、どんどん場所を作って下さい」
「わ、わかりましたっ」
 二階ではルシフェルの指示を受けて、医師や看護師が精密機器や器具が置かれたワゴンを動かす。
「あの、動かせる人は手術室などに‥‥動けない人は、ベッドを出来るだけ窓から離して‥‥」
 同じフロアの集中治療室では、なつきが患者の安全を確保すべく、緊張気味に避難の誘導をしていた。
 そこへファーリアから連絡が入る。
『非常階段、誰も出ていないみたいですね。これから三階に回ります』
「あ、はい。よろしくお願い‥‥」
 ガシャンッ! と。
 なつきが答え終わらないうちに、近くの窓ガラスが割れた。
 驚いた患者と看護師が、悲鳴をあげる。
 冷たい空気が吹き込む窓で、異形のキメラがしゃがみ込み。
 大きな目を、ぎょろりと動かした。
「なつきさん、どうしました!?」
 異常を察したルシフェルが駆けつければ、看護師の一人がキメラに引きずられ。
 それを助けようと、なつきがしがみついていた。
 看護師の安全を考え、アーミーナイフを彼女はキメラへ振り下ろす。
 が、チタンの刃は硬質な手ごたえと共に弾かれた。
「硬い‥‥?」
「そのまま、しっかり掴んでいて下さいっ」
 エリシオンを持つ手が、白から小麦色に染まる。
 一振りした槍を逆に構えると、ルシフェルは勢いをつけてキメラへ突っ込んだ。
 激突の瞬間、重い衝撃が走り。
 岩を打つような鈍い振動は、なつきの身体も震わせる。
 だが、同時に掴む手が緩んだのを見逃さず。
 獲物を捉えた相手の急所を狙い、もう一度ナイフを突き立てる。
 そして看護師を庇いながら床を蹴り、距離を確保した。
「動けます、か‥‥?」
 遠慮がちに聞けば、蒼白な顔の看護師は無言で何度も首を縦に振る。
 駆け寄る他の看護師に後を任せて顔を上げれば、ルシフェルが更に槍を振るい、ガーゴイルを外へ追い出していた。
 邪魔をされたキメラは、機を窺うように翼を打って窓から離れ。
 攻撃に転じようとする動きを、飛来した矢やエネルギーの塊が遮る。
「今の間に、避難を進めて下さい!」
 相手が怯んだ隙に、小銃「S−01」へ持ち替えたルシフェルが看護師達を促した。
「ここは狭くて患者さん達もいますので、ファング・バックルで叩き落しますね。後の事は、クガさん達が」
「判りました。タイミングは任せます」
 淡い黒の瞳で告げるなつきにルシフェルが首肯し、二人は窓の外で増えつつあるキメラと対峙する。

 広い廊下は、ごった返していた。
 両脇には、自力で動けない患者のベットが、路上駐車の車の如く並んでエレベータを待ち。動ける患者は看護師に付き添われ、地下へ避難を始めている。
「落ち着いて、慌てず階段を降りて下さい!」
 大声を上げるファーリアは、三階で避難に使われる階段を重点的に守っていた。
 誰もが始めは見慣れぬアーマー形態のAU−KVに怯んだが、助けに来た能力者と判ると安心感を与える存在になったのか。
 特に10歳前後の子供は、『ロボットを着たおねーさん』へ嬉しそうに手を振る。
 だがドアが倒れる音に、無邪気な表情が強張った。
 患者が避難した無人の部屋から現れた猫背のガーゴイルは、逃げる人々と逃げられぬ人々をぐるりと見回し。
「避けて下さいっ!」
 叫ぶファーリアは、車輪を利用して急接近する。
 猛進する相手に驚いたのか、キメラは背中の翼を動かしながら二、三歩下がり。
 躊躇なく、リンドブルムはガーゴイルへ突っ込んだ。
「病院を狙うなんて」
 そのまま相手を抱える様に捕まえて、一気に廊下を駆け抜け。
「どういう了見ですか!」
 スピードを緩めず、反対の壁にガーゴイルを叩きつける。
 キメラは鉤爪でAU−KVを引っ掻くが、『竜の鱗』で守られた装甲を破る事は出来ず。
 ファーリアは小太刀「小竜」を逆手に持ち、大きな目玉へ振り下ろした。
 もがいた後、動かなくなった敵に深く息を吐くのも束の間。
 後方の悲鳴に振り返れば、別の窓からキメラが患者へ襲い掛かっていた。

 幼い悲鳴が、空を裂いて落ちてくる。
「空閑さん!」
「間に合え‥‥っ」
 さやかが示す前に、ハバキは弾かれた様に駆け出していた。
 蛍火の様な、儚い光が舞う視界の中で、小さな身体は重力に従う。
 その落下点へ辛うじて滑り込むと、我が身を省みず彼は手を伸ばした。
 どん! と、鈍い振動が胸を叩き。
 反動でひっくり返って、腰や背中を舗装路で強打する。
 それでもハバキは、受け止めた命を離さなかった。
「空閑さん、大丈夫ですかっ」
 大きく息をしてから、彼は手を振る様に動かす。
「先に、この子を」
 託されたさやかは、気を失った子供をそっと抱き上げた。
「絶対に、患者さんから死者を出させたりしません!」
 子供の額に置いたさやかの左手に、うっすらと赤い文様が浮かび。鈍く痛む身体を起こたハバキが、洋弓「アルファル」へ矢を番えてカバーに入る。
「この子を看護師さんにお願いしたら、空閑さんも治療しますね」
「うん、よろしくね」
 視線は上げないが気遣うさやかへ、彼は一つ頷いた。
『その子、無事です!?』
 顔を上げれば、三階の窓からファーリアが顔を出している。
「うん。引き続き、三階は頼むね」
『はい!』
 無線機へハバキが答えると、ほっとしたファーリアが力強く返した。

 射出されたエネルギー塊が頭を直撃し、患者に迫るキメラが仰け反った。
「どうせ遊ぶなら‥‥蝶々と遊んで頂戴?」
 エネルギーガンを構えたケイが、真紅の瞳を細めてクスと笑む。
 ガーゴイルが体勢を立て直す前に、硯は懐へ飛び込み。
 手のした二刀小太刀「疾風迅雷」を、急所へ突き立てた。
 岩の様な皮膚の下から血を流しながら、キメラは倒れる。
 その間にも、他のガーゴイルが窓から現れていた。
 新たな侵入者の出鼻を挫く様に、鼻面へバックラーが叩き付けられる。
「行儀が悪いわね‥‥用があるなら、玄関から入ってきなさい!」
 盾で押し返しながら、シャロンは放電のような光を帯びた手でガラティーンを振るい。
 よろめいた動く石像に、追い討ちのトリガーが引かれる。
「お味は如何?」
 威嚇するかの如く、口を開いたガーゴイルは耳障りな音をケイへ発した。
「あら、お気に召したようね‥‥なら」
 ちらと口唇を舐めたケイは、照準を合わせて口角を上げ。
「華麗に散りなさい」
 容赦なく、次の『弾丸』を撃ち込んだ。
 三人が守る間に、患者達は医師や看護師の助けを借りて階段へ逃げる。
『これで、四階までの患者はほぼ避難完了。後は、三階の動けない患者だけだ』
「判りました。上は掃討にかかりますので、患者さんをお願いします。院内に入ってくるキメラに、気をつけて下さい」
 知らせを受けた硯は、リヌへ注意を促し。
 ケイとシャロンに頷いて、窓から侵入する新たなキメラへ、二振りの小太刀を構えた。

●澱(おり)
 赤い月は地平へ沈み、白々と夜が明ける。
「終わったわね。夜が」
 朝の光を受け、眩しそうにケイは手をかざした
 病院の周りには、石像の様に動かぬキメラが幾つも転がっている。
「あの。機械とか‥‥壊さないよう気をつけてましたけど、大丈夫、です?」
 尋ねるなつきに看護師が頷き、ほっと彼女は肩の力を抜いた。
「手当て、手伝いますね」
「あ、私も!」
「では、私はベッドを戻しましょう」
 さやかやファーリアに続いて、ルシフェルも助力を申し出る。
「ね。この付近、こんなに大量のキメラが良く出るの?」
 シャロンの問いに、院長は首を横に振った。
「近くにキメラが出たという話はありましたが、ここまでの事態は」
「前回同様、通信遮断しての襲撃ってのが気にはなりますね‥‥」
 話を聞いていた硯は、座り込んで煙草をふかすリヌを見やる。
「まさか、この間のトゥデーラと関係があるとか考えてるのかい?」
「無関係、とも思えないよね」
 眉根を寄せるリヌに、ハバキもまた心配そうな視線を向けた。
「2度ある事は3度。リヌ、この後はどうする?」
 喉の奥で唸って、彼女は煙草のフィルターを噛む。
 胸の底に言い様のないモヤモヤした感覚が残る者達を、冬の朝日は淡く照らしていた。