●リプレイ本文
●戦場の鋼と花
広い空間は、独特の油と金属の匂いに満ちている。
整備スタッフが忙しく立ち動き、エミタと並んで能力者の『相棒』とも言えるKVは、静かに出撃の時を待っていた。
「こうして見ると、KVもいろんな機体が増えましたね」
ハンガーに並ぶ機体を眺める里見・さやか(
ga0153)に、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)は大きく頷く。
「ええ。どの子も、とても魅力的です」
そんな言葉を交わしながら、彼女らは事務所の扉へ手をかけた。
「こんにちは、初めまして!」
「皆さん、お疲れさまでーす」
ぴょこんと不知火真琴(
ga7201)が頭を下げ、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)が手を振れば、事務所にいたスタッフ達が慌てて会釈をする。
「ども」
「お疲れ様ですー」
口々に返す整備スタッフ達に混ざり、少年達が一斉に声を上げた。
「あ、シャロンだ! それと‥‥」
「ロジーだよ、病院に迎えに来てくれた」
「あら、珍しい場所で会ったわね」
予期せぬ顔ぶれにシャロンは驚き、自分の名を覚えていた少年達にロジー・ビィ(
ga1031)が微笑む。
「本当に‥‥噂には聞いてましたけれど、皆も『ラスト・ホープ』に? 如何でして、此方は」
「ん〜と、もの凄く都会って感じ?」
「何だか、全然別の世界に来たみたいだよね」
ニコラとエリコの感想にロジーはころころと笑い、それから一本の松葉杖をつくリックを見つめた。
「リック、足の具合は? 大丈夫ですの?」
「うん。もうすぐ骨の固定金具を取る手術をするって、医者が言ってた」
「そうでしたの。完全に治るまで、もう少しですわね」
「順調に良くなってるみたいね。よかった」
元気に答えるリックにロジーがほっとし、シャロンもまた安堵の息をつく。
「そうそう、少し前にリヌさんと会ったわ。相変わらず元気そうよ」
「ホント?」
「オッサン、相変わらず煙草吸い過ぎてない?」
シャロンの『報告』に、少年達は次々と質問を重ねる。
「こんな所で立ち話をせず、話すなら中に入れ。それから先に来たお仲間は、もう機体を見とるぞ」
背後からのしわがれた声に振り返れば、最年長らしきスタッフが入り口に近くに立つ者達へ嘆息した。
「チーフさん、お久し振りです」
「今日は、お世話になるわ。これは手土産代わりに‥‥今回集まった、女性メンバー一同から」
挨拶をするシャロンに続き、鯨井昼寝(
ga0488)が一抱えもある大きな白い紙袋を近くのテーブルへ置く。
「もしかすると、アレ?」
「やばい、チーフが睨んでるっす」
若いスタッフ達は色めき立つが、上司の視線に口を閉じた。
「ちょうどバレンタインだから、日頃のお礼も兼ねてね」
「気遣い、すまんのう。若い連中は、外の騒動が気になるようでな」
渋い口調の老チーフに、レーゲンはくすりと笑い。
「疲れた時には、甘い物が欲しくなりますしね」
「そっちなんです?」
反射的に、真琴がレーゲンへ突っ込む。
「よければ、休憩時間にお茶にするわね」
提案するシャロンへ、責任者は「好きにするがいい」と頷いた。
「気を取られて下手な仕事をされては、あんたらに迷惑がかかるからな」
●狂想曲の内と外
「あ、来た来た。皆、遅いよ〜! 何してたの?」
格納庫を横切ってくる仲間達を見つけて、イリス(
gb1877)が大きく手を振る。
「人間関係を円滑に動かすには、多少の潤滑油も必要なのよ」
腰に手を当てて胸を張り、ふふりと昼寝はイリスへ意味深に笑った。
「協力し合う部署同士、お付き合いは大切ですよね」
「ふ〜ん?」
それなりに社会経験を積んでいそうなさやかの言葉に、イリスが小首を傾げる。
六人がイリスより遅れた理由は、協力して差し入れのチョコレートケーキを作っていた為だ。
シャロンが発案し、真琴が話を膨らませたプランは、レーゲンが現場の指揮を取り。さやかと昼寝も協力して五人で作り上げたケーキへ、ロジーが最終的なデコレーションを施すという、ある種の壮大な『共同作品』となった。
そして、最も安全に運べそうな昼寝がケーキを持つ事になったという、些細な裏話。
「じゃあ、私は食べる係だね」
役割分担を聞き、ほんのり呟くイリス。
そんな彼女の傍らに止められたバイクを、シャロンは興味津々で覗き込む。
「これが、ミカエルかぁ‥‥私、初めて見るわ」
アーマー形態では騎士の甲冑のようなフォルムを持つAU−KVは、かのカプロイア社が開発したものだ。
「こうして見ると、バイクとしても素敵よね。イリスが大事にしてるの、凄く判るわ」
「うん。一緒に戦ってる、『相棒』だしね」
得意げに、イリスは座席シートをぽんと軽く叩き。
「準備、出来ましたよーっ」
「ありがとうございます!」
整備スタッフの呼びかけに、さやかが答える。
「また後で、変形した姿とか見せてもらっていいかしら」
「もちろん!」
遠慮がちにシャロンが尋ねれば、嬉しそうにイリスは大きく首を縦に振った。
「騒がしいな‥‥何か、あったのか?」
格納庫の微妙な空気の変化に気付いた武藤 煉(
gb1042)は手を止め、近くを通りがかった整備スタッフへ声をかけた。
「ええ。いま残りの能力者の方が来て、何でも差し入れを持ってきてくれたとかで。休憩時間に振舞ってくれるそうです。それで皆、張り切ってるんですよ」
「あ〜‥‥なるほど。俺はまた、中止だのナンだのの連中でも乱入して来たのかと思ったぜ。ありがとな、邪魔した」
呼び止めた事を詫びればスタッフは軽く頭を下げ、自分の仕事へ向かう。
残った煉は、やれやれと左右に首を振った。
彼自身は、大々的にやっている『バレンタイン騒動』にあまり興味がない。
単に面倒だからか、それともある種の『余裕』なのかはさて置いて。彼にとってはお祭り騒ぎ以上の大きな課題を抱えているのが、その最たる理由だ。
「小隊長、か‥‥」
何となく呟き、シュテルンを見上げる。
自然と目に、機体へ描かれた小隊エンブレムが飛び込んできた。
白と黒、二頭の獣の足元には、Arc−Turusと綴られている。
それが、彼の率いる小隊の名。
「‥‥よし、やるか」
ぱんと軽く両頬を手で叩き、煉は自分に気合を入れた。
●翼の休息
「ロジーのと真琴のと、三機並ぶと壮観ねー♪」
「こんな機会、あまりないですしね」
「ナイチンゲール三機‥‥ふふッ、なかなか無い光景ですわね☆」
シャロンと真琴、そしてロジーの三人は、仲良く肩を並べて満足そうだった。
三人の前には、搭乗者達と同じ様に三機のナイチンゲールが並んでいる。
奇しくも、同じ機体に乗る三人が揃ったこのチャンスに、ちょっとした『野望』を達成したのだ
「ナイチンゲール乗りって、何気に見かけないですけど‥‥ナイチンゲール、可愛いし、バランスも良くて、いい機体だと思うんですけどねぇ」
青い瞳をくるくると動かし、真琴は嬉しそうに様々な角度から三機のナイチンゲールを眺めて回り。
「あ、多少、装備スペースが少ないという『か弱い点』については、愛でカバーです」
振り返ってウィンクする真琴に、シャロンはくすりと微笑む。
「では、頑張って‥‥私達のナイチンゲールを、磨きましょうか」
「負けませんわよ。ピッカピカにしましょうね、エトワール!」
ロジーもまた愛機へ呼びかけ、三人は自分の機体の整備に取り掛かった。
「ふんふふ〜ん♪」
長い黒髪を後ろで束ねたさやかは、歌を口ずさみながら熱心にウーフーをクロスで磨いていた。
「世界でも類を見ないほど綺麗好きな海軍、海上自衛隊の元隊員として、ぴっかぴかに磨き上げちゃいますよ」
「そうなの?」
ふつふつと楽しそうなさやかに、昼寝が素朴な疑問を投げる。
「はい。でも‥‥その前に、金属磨き用の液が欲しいところですね。あれ使うと、ホントぴっかぴかになるんですよ、金属が。海上自衛官の必需品です」
「それはさすがに、どうかしらね。日本のUPCになら、あるかもしれないけど」
「ですよね。さすがに取りに行く事はできませんし」
少し残念そうにさやかは笑って肩を竦め、昼寝の機体へ目を向けた。
「その機体は、KF−14でしたっけ? 水中機、ですよね」
「ええ。バージョンアップして、改になってるけど」
青と白のカラーリングがされた特徴ある機体は、幸運な者が手にできた非量産機だ。
「空陸用のKVは、まだ良いわ。水中用は油やなんやらで、すぐに汚くなるのが難点なのよね」
昼寝は機体磨きに専念する気らしく、ヘルメットにジャージというやる気まんまんのスタイルで臨んでいた。
「そうですね。整備の人達は、万全を尽くしてくれますけど」
「その辺りは、本当に有難いわ。リスクがあって手間がかかるけど、その分こういう機会になると、手をかける意欲も湧くのよね」
専用のワックスやコーティング剤を手に、昼寝は不敵に腕まくりをする。
「ウーフーは電子戦機だからソフトの面でも大変そうだけど、お互い頑張りましょう」
「はい。特にジャミング装置の整備は、電子戦機たるウーフーの要ですしね。調整にはスタッフの手が必要ですけど、磨きでは負けませんよ」
昼寝の意気込みへ対抗意識を燃やすかの如く、さやかもまた機体を磨く作業に再び意識を集中した。
「AU−KVはその形状からバイクと同等と考えがちですが、技術的にはKVと変わりません。それを忘れると、面倒な事になります」
「つまり、どゆ事?」
愛機の隣で話を聞いていたイリスが、きょとんとして紫の瞳を瞬かせる。
「あのKVが圧縮されたモノと言えば、判りますかね? 大きく複雑な機械を小型化するには、物凄い精密さと技術が必要な事は?」
「何も知らずに分解したりすると、後が大変って事?」
「簡単に言えば、そういう事になります」
「ふ〜ん‥‥じゃあ私でも出来るメンテナンス、詳しく教えてくれる?」
単刀直入に聞くイリスに、若いスタッフは一も二もなく頷く。
「もちろん。状況によっては、専門家がいない場合もありますからね」
「ありがと! じゃあ、何から始める?」
ドライバーやオイルを手に、わきわきしながらイリスが尋ねた。
「何か、足らないものとかねぇか? 作業用の、手袋とか」
ぶっきらぼうな問いに、レーゲンは手を止める。
ディアブロから落ちないように下を覗けば、口の悪い年長の少年が作業用の資材を積んだワゴンを止めて、機体を見上げていた。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「‥‥指、怪我しても知らねぇから」
言われて、自分の手にレーゲンは視線を移す。
コクピット内を掃除する時も、機体を磨く時も、彼女はあえて手袋などせず素手で作業に勤しんでいた。
「大丈夫です。気合と、愛を込めてますので」
「じゃあ、いいけどさ」
「ミシェル! あっちはオイルとか、足りてるって!」
レーゲンへ少年が答えていると、最年少の少年が友人へ走ってくる。
「あっ。もし手が空いていたらライヒアルトの点検のお手伝い、頼んでもいいですかっ?」
「ライ、ヒ‥‥?」
「ライヒアルト、この子の名前です☆ これから関節稼動部などのデリケートな箇所を、整備の方と点検するんですよ。私も整備士の資格が欲しいので、勉強も兼ねて」
「どうしよう、ミシェル?」
「俺達だと、大した手伝いにならねぇけど」
「そんな事ないですわ。ぜひ、お願いします。機械弄りがお好きなら」
レーゲンの誘いにミシェルは不承不承に頷き、エリコはスタッフを呼びに走っていった。
「随分ピーキーな調整になってるっすけど、いいっすか?」
「ああ。これでいいぜ」
煉の返答に整備スタッフは強く否定も肯定もせず、要望通りの調整を施す。
能力者にも各々の得意とする戦闘のスタイルがあり、整備はそれに合わせる形で行われた。度を越えて無謀でない限り、彼らから方針の強要は特になく。
煉の注文は、特攻と一撃の威力に重点を置いた攻撃手法だった。
「特攻っつっても、ホントに特攻しないで下さいっすよ」
苦笑して、調整を終えた整備スタッフはシュテルンから離れる。それを見送った煉は、興味深そうにKVを見る二人の少年と目があった。
「ん? どした。KVに興味があるなら、ちょっと乗ってみっか?」
突然の誘いに、松葉杖の少年ともう一人の少年は、戸惑ったように顔を見合せる。
「にひひ、遠慮するなって。こんな機会、あんまりねぇだろ。いいよな?」
声を張り上げて問いかければ、スタッフは「単に変形くらいなら」と返した。
「うわぁぁ‥‥」
高くなる視界に、補助座席でリックが歓声を上げる。
歩行形態でのコクピットの高さは人型の腰部に当たるが、未体験の者には新鮮な高さだ。
「どうだ?」
「うん、凄いなぁ‥‥あ、コールだ!」
感想を聞く煉にリックは興奮気味に答え、次いで保護者を見つけて声をあげた。
●甘い交流
「コール、お久し振りですわ!」
「もしかして、今日は機体整備に?」
再開を喜ぶロジーに続いて、シャロンが用向きを尋ねる。
「いや、今日は機体貸与の手続きだ。先日の『模擬戦』の結果も鑑みてな」
答えるコール・ウォーロックに、「ああ」とさやかが手を打った。
「ミュレの時の、アレですか」
「アレって、何です?」
「えぇとですね」
フォークを咥えて首を傾げる真琴に、彼女の隣でケーキを食べながらレーゲンは手短にミュレでの模擬戦を話す。
「参考になったなら、よかったです。可愛がって下さい」
「常にベストを維持しておくから、何かあったら声かけてね」
にっこりと笑むレーゲンに続いて、シャロンもまた片目を瞑ってみせた。
能力者と整備スタッフが囲む机には、昼寝とロジーが持参したピンクと赤いバラが飾られ、文字通り花を添えていた。
シャロンは煉と少年達もお茶に誘い、前衛芸術的なデコレーションの大きなケーキを切り分ける。
「美味いっすよ、コレ」
「うんうん」
「お口に合って、良かったです」
口々に喜ぶスタッフ達に、ほっとレーゲンは胸を撫で下ろした。
「そう、皆は試験が近いんだ。じゃあ、私から問題。いい?」
少年達と話をしていた昼寝からのいきなりなフリに、少年のみならず煉まで息を飲んで続きを待つ。
「ロケットは、何故飛ぶのか? ロケットを作る勉強をしているんだから、これくらい判るよね」
「そりゃあ、ロケットエンジンを積んでるからじゃね?」
「えっと、推進剤を燃やして、そのエネルギーで‥‥」
「違う、全っ然ちがーう!」
煉や少年達の答えを遮って、彼女は大きく首を横に振った。
「答えは、気合が入っているから。コレに尽きるわ」
「えーっ!」
回答者と聞いていた者達は呆気にとられ、イリスは笑いをかみ殺す。
「ちょっと待て、それは理不尽じゃね?」
「宇宙まで届くパワーの源は、『俺は飛んでやるぜ』という意志の力に他ならないわ。つまり気合さえあれば、何でも出来るのよっ!」
煉の反論を一蹴して、昼寝は持論を展開し。
少年達のような悪戯っぽい笑みと共に、得意げにチョコレートケーキを頬張った。