タイトル:Corsica−黎明の海マスター:風華弓弦

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2009/12/24 22:02

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


●数字の重さ
 その日。能力者達のKVは、地中海に面した仏軍基地から、空と海よりコルシカへ向かった。
「常に見送るしかできぬのも、辛いものであるなぁ」
 基地に残ったティラン・フリーデンは、ひとり嘆息する。
 その後、軍人達の邪魔にならぬよう、基地の一室で所在なげに待つ事、約半日。
 にわかに基地内が慌ただしくなって、ティランは窓へ張り付いた。
 整備兵達が駐機場を駆け回り、消防車両の様なものが待機している。
 やがて空の一点に、シルエットが浮かび。
 二機のKVが、ぐんぐんと近付いてきた。
 先を飛ぶ機体は、誘導役だったのか。
 高度を下げたものの、滑走路へは降りずに再び舞い上がり。
 その後に続いていた方が、着陸した。
 無事に地上へ帰ったKVは、減速して誘導路へ入り、駐機場へと滑る。
 動きが完全に止まった途端、担架を抱えた整備兵達が一斉に機体へ駆け寄った。
 その光景に湧き上がった不安は、数瞬の後に現実となる。
 キャノピーが開くと、コクピットからぐったりとしたパイロットが引っ張り出され。
 担架に乗せられて、すぐに施設の中へ運ばれて行った。
 その繰り返しが、あと二回続き。
 最後に海から、無残に損傷した機体が帰り着く。
 ごつんと、ガラス窓に額をぶつけた。
 ごつん、ごつんと、何度もそれを繰り返し。
 やがて額を押しつけたまま、立ち尽くす。
「戦争事に関わるべきではない」という祖父の『家訓』の意味を、今更ながらに思い知った。
 迷いながらも一存で通し、人に頼った我が侭の、その結果がこれなのだと。
 自分に資格がないと知りながらも、ティランは泣いた。
 声を殺し、ただ泣いていた。


『コルシカ島北部攻略に関する報告』(抜粋)
  損害
  重傷者4名
  未帰還KV1機
  フリゲート1隻轟沈

  救出に成功した住民は、1437名。
  洗脳の危険を考慮し、UPC仏軍の収容施設にて無期限の監視体制を取る――。


●民間人なれど
「軍の人、戻らなかったんですか」
 一部始終を聞いたアイネイアスが、沈んだ表情でカップを置いた。
「でもカルヴィが古巣って事は、元第二外人空挺連隊所属。言わば、仏軍外人部隊でもプロ中のプロだよ。能力者だし、簡単に死なないって」
「未帰還なだけで、誰も死んだとは言ってないのである」
 ドナートの言葉に、口を尖らせたティランは人差し指を振った。
「能力者諸氏の装備を確認したところ、未使用の打上式無線中継局が一基、消えていたそうなのだ。何らかの連絡を取るべく持って行った可能性も、考えられなくはないのだよ」
「ここへも、来ていたからな」
 腕組みしたチェザーレが、記憶を辿る。
「うむ。故にドナート君、君の特技を生かす時が来たと、そう思わんかね?」
「う〜ん‥‥軍の無線は、暗号化されてるだろうからなぁ。例え傍受できても、解読に時間がかかるよ」
「いや、そっちではない」
 にっと口角を上げたティランは、ドナートの脇に並んだ機器類を指差した。
「それでも、おそらく大丈夫なのだよ。アレを持っていったという事は、島内の無線施設を使う可能性が低い。携帯機程度の無線では、高度かつ複雑な暗号化は無理であろうから」
「そっか。島からの連絡を、捕まえればいいんだ」
「では、コルシカ方面の天候予測を優先しますね。一基だけなら、悪天候での無線局の打ち上げは避けるでしょうし」
 紅茶のカップを手に、アイネイアスが自分の机へ戻る。
「となると‥‥救出された住民の方を、少し調べるか」
「頼むのであるよ」
『仕事』を始める三人を、頼もしそうにティランは眺め。
 ‥‥自分は『仕事』がない事に、気付く。
「む。菓子でも、出すか?」
「大人しく、地図とにらめっこでもしててよ。どっかのことわざでも言うだろ。『果報は寝て育つ』とか、何とか」
「それは‥‥つまり、今から寝ろと!」
「そこまで、言ってないから」
 結局、当面やる事のないティランはちんまりとソファへ座り、コーヒーのカップを手に、貼りっぱなしのコルシカ地図を眺めた。

 ――どれだけ悔いても、後戻りは出来ない。
『手を引ける時期』は、とっくに通り過ぎているのだ。
 自身がそこに赴く事も、事態を好転させる奇跡のジョーカーも持っていないが。
 ここで目をそむけ、耳を塞ぎ、背を向けて投げ出す事だけは、最も許されない行為だろうと‥‥。

●Hello,Over
『よう、「魔法使い」。生きてたか?』
「ああ『DJ』、馬鹿みたいに寒いがナンとかな。リクエストしてもいいか? 熱くなれるヤツを一発、頼みたい」
 時計を見ながら、ノイズ混じりの無線機を介して言葉を交わす。
 総督府にあった白いカプセルは、あの爆発で『処分』できただろう。少なくとも、トゥールーズで行ったカプセルの『耐久実験』以上の威力があったはずだ。
 当然、KVを『爆弾』にした事は暗に非難されたが、時間がなかった上、手近に高火力の破壊方法がなかっただけの話。
 それよりも深刻なのは、住民の洗脳だ。
 市庁舎の放送施設を破壊した事を踏まえ、数回の接触を試みたが、全て『残念な結果』に終わった。
 島を取り戻しても肝心の住民がそれでは、緩やかにコルシカは死んでいく。
 音による洗脳なら時間と共に『症状』も緩和し、元に戻るだろうが‥‥どちらが早いかは、判らない。
 このままでは、アジャクシオでもカルヴィと同様、島民兵に手を焼くだろう。
 そのアジャクシオは、過去に行われた上空からの調査報告そのままだった。
 カルヴィ制圧の後からコルシカ鉄道は動いておらず。幹線道路も車両の往来はなく。
 島での人や物の流れは、何もかも完全に止まっていた。

 15分程度の暗語による報告を終えて通信を切り、紫煙を吐く。
 知りうる限りの事は、全て伝えた。
 ‥‥後は、動きを待つだけだ。
 周囲は闇が濃く、少し遠い場所からはキメラと思しき耳慣れぬ遠吠えが聞こえる。
 遠くに見えるアジャクシオの暗いビル群は、まるで墓場のようだった。

●発令

 ――傭兵諸氏へ、依頼する。
 アジャクシオを攻略し、おそらく現地に駐留する『現コルシカ統括者』を排除。コルシカ全域を、バグア勢力より開放願いたい。
 ワームや洗脳された島民兵の抵抗が危惧され、身と命の危険を伴う行為ではある反面、依頼する当方は民間組織であり、戦闘面での補助は出来ず。
 故に手段・方法は一任し、またそれにより生じた責は当方が負うものとする。
 依頼が成功したとしても、褒章や勲章なぞ出ぬが――。

『例のプロジェクトから、ULTへ『現コルシカ統括者の排除』の依頼が届きました』
 知らせを受けたレナルド・ヴェンデルは内容に目を通し、苦笑した。
「補足事項として、加えてやれ。アジャクシオ攻略、必要ならUPC仏軍もサポートとして動く用意があると」
 部下へ指示を出すと、窓の外へ目を向ける。
「やれやれ。こちらより早く動いたのは、意地か?」
 青い空にぽつりと、呟き。
 上層部へ説明する為に、彼は卓上の受話器を取った。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
霧島 亜夜(ga3511
19歳・♂・FC
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN

●リプレイ本文

●見送る者

 冬空の下、弱い陽光を浴びて鋼鉄の翼が佇んでいた。

 アグレアーブル(ga0095)機ウーフー。
 稲葉 徹二(ga0163)機ナイチンゲール。
 潮彩 ろまん(ga3425)機雷電。
 霧島 亜夜(ga3511)機ウーフー。
 フォル=アヴィン(ga6258)機雷電。
 アンドレアス・ラーセン(ga6523)機ディアブロ。
 ソード(ga6675)機シュテルン。
 飯島 修司(ga7951)機ディアブロ。

 そして友人の力となるべく、駆けつけた三機。

 アルヴァイム機ディスタン。
 クラウディア・マリウス機ウーフー。
 赤崎羽矢子機シュテルン。

 これから飛ぶ翼を、記憶へ刻む。
 結果に関わらず、これがコルシカを託す最後と決めた。
「私‥‥達は、自分の意思で此処に居る。それを、誰かのせいにするつもりは無いけれど‥‥」
 有難う、と。
 口数の少ない赤い髪の少女は、礼を告げた。礼を言うのはこちらの方なのに、それでも言いたいのだ、と。
「‥‥ったく、最後の最後で酷い忘れモンだ。とっとと取って帰らんと、クリスマスに間に合いませんな」
 祖父が零戦乗りだったという『かつての同盟国』出身の少年は、憮然として言う。
 その好ましい義理堅さは血なのか、お国柄なのか。
 ああ、義理堅いといえば、彼もそうだ。
 機体ごとズタズタになっても、彼の闘志は揺るがない。
「これで、全てを終わらせるぜ! 絶対に成功させる‥‥失敗して撤退するくらいなら、死んでやる」
「えーっ。死んじゃダメなんだよ、亜夜さん!」
 いつも賑やかな緑の髪の少女は、ぷぅと頬を膨らませる。
「絶対、みんな無事で帰ってくるからね!」
 自分が辛そうに見えたという彼女は、手を握って約束してくれた。
 そんな二人の会話を、細い目を更に細めて聞く青年。
 彼がいなければ、重傷者達の帰還は格段に困難だったろうと小耳に挟んだ。そんな気配も窺わせず、今は武装の調整を何度も確認する。
「いよいよ、ですな」
「上手くいくと、いいんですけどね」
 顎鬚へ手をやって物思う男へ、いつも穏やかに笑う青年が頷く。
 都度プランを出しながら仲間の意図を汲み、まとめ上げてきた二人は、今回も最後まで地図を前に策を講じていた。
 自分が疎い分、彼らがいなければ、そもそもがどうなっていたか判らない。
 だがそのせいで、随分と重荷を押し付けた気がする。いや、実際に背負わせてしまったと、思う。
「にしても、なんで毎度深入りせざるを得ない事態になんのかね。死なれちゃ、あいつらに顔向けできねぇっての」
『同種』氏が、ボヤいた。何がどうかは判らないが、彼は自分と似ているそうだ。
 他者の手を借りての「ひとごろし」を望んだ自分と、あくまで「殺さない」と主張する彼とは、天地の差があると思うのだが。
 深入りして抱え込むと点では、ハチドリの彼女もだ。
 何か言いたそうな顔をしていたので、問えば。
「ティランて、ただの奇人変人じゃ無かったんだね」
 しみじみと、言われた。どういう認識なのか、全くもってよく判らない。
 そして見知らぬ青年と、夏に一度だけ見た少女。
 友の急を助ける、その為だけに危険を冒して飛ぶという‥‥友情と信頼とは、実に何にも勝る宝だ。

 やがて、11の爆音は空高く遠ざかる。奇しくも、前に見送ったのと同じ機数。
 無上の感謝と共に無事の帰還をただ願い、ポケットに11の『葉っぱ』を突っ込んで。
 天を仰げば青い空に白い雲、そして赤い月が見えた。

 今にして、ティラン・フリーデンは独り思う。


 ――全ては偶然だったのであろうか、と。


●廃墟の首府
『偶然、だったんでしょうか‥‥? 無線中継局が、この島へ落ちたのは‥‥それとも』
『洗脳電波、か』
 亜夜が問えば、『はい』とアグレアーブルは返事をした。
『本当の理由は判りません。でも今は、すべき事に集中しましょう』
 フォルの言葉に、空に浮かんだ曲線を思いながらも、彼女は意識を地上へ向ける。
『ティランさん、凄く辛そうだったよ。島の人も‥‥だから、だから何としても取り戻さなくちゃ。親切にしてくれた先生や、手紙を書いてくれた、あの女の子の為にも』
 意気込むろまんに、鈴の様なクラウディアの声が警告する。
『HW、確認したよ』
『こちらでも確認、エンゲージに備える』
『出迎えも、これで見納めにしましょう』
 続く亜夜に、重く修司が答えた。
 空へ残る者へ、今は気遣いをかけない‥‥飛んだ以上、覚悟は済んでいる筈だ。
『先手をかけます。一度きりですから、降りる機会を逃さないよう』
『了解』
 切り出すソードに同行するアルヴァイムが短く応え、女神の名を冠した機体が先行する。
 不規則な動きで、球状のフォルムを持つ飛翔体が展開し。
 最後の狼煙が上がった。

 破壊の痕跡が目立つアジャクシオへ、KVは二方向から降下する。
 空港付近で爆煙が上がり、傍のリカント道路へW班――修司、ソード、ろまん、アルヴァイムが降下した。
 海岸線に沿ってコルシカ鉄道駅まで移動し、これを制圧後、市庁舎へ向かう予定だ。
 街の東部が騒がしい間に、湾を挟んで西側、城砦近いゴール広場付近へE班――フォル、アグレアーブル、徹二、アンドレアスが降り立った。
 KVで城砦へ突入後、同施設を制圧。市庁舎でW班との合流を目指す。
 上空の亜夜は、他のウーフーと連携してアンチジャミングを保持。戦闘面は、残るシュテルンがサポートを行う事となっていた。

『こちら「DJ」、聞こえてますか?』
 何度かフォルは無線へ呼びかけるが、『リスナー』から返事はない。
 その間に海岸線を300mも走れば、城砦の鉄扉が見えた。
『軍用施設につき、立入禁止』と書かれた塀の向こうから、一斉に機銃が火を吹く。
 ‥‥カルヴィと同じだ。
 使い捨て、という単語が、アグレアーブルの脳裏を掠める。
 島民兵、も――アカイコウケイが、マブタにうかブ――城砦で、目の前で、死んだ男も。
 死んでいい、かえりみられない‥‥使い捨ての、者達。
『KVで正面から侵入するのは、無理がありますか』
 徹二がうめき、彼女も行く手へ視線を戻した。
 軍施設は目の前だが、入り口は建造物の真下。KVが通るには高さが足りず、ならば破壊すればいいのだろうが。
『ここで降りて突っ込むか、海側へ回ってみるか、だな』
 最も手っ取り早い選択を、真っ先にアンドレアスが外した。
『では建物を背に、正面の死角を取る形で。入り口をKVで塞げば、攻撃は市街地側に限定できますから』
 残るフォルが位置取りを決める間に、無線機にノイズ以外の音が混じる。
 やがて軋んだ音を立て、軟弱な黒い門が吹っ飛んだ。

●制圧行動
 既に半壊したビルを、プロトン砲が貫通した。
 倒壊するビルが起こす砂埃から、ゴーレムが現れる。
『邪魔するな、ボク達は行かなくちゃいけないんだからっ!』
 回避行動を取りながら、ろまん機雷電が突撃仕様ガドリング砲を叩き込んだ。
 休みなく射出される50発の弾幕が、粉塵を巻き上げる。
 それを突っ切ろうとする生体ワームを、機槍の穂先が捉えた。
 土煙が薄れる中、機槍「ロンゴミニアト」を構えた赤い『悪魔』が姿を見せ。
『待ち合わせがありますから、用件は手短で』
 修司が言い渡した直後、ゴーレムの内部から液体火薬が爆ぜる。
 急速後進して、ディアブロは倒れるゴーレムから離脱し。
 最後まで見届けるまでもなく、後方での爆発音を聞いた。
『それにしても、酷いですね』
 改めて見る荒れ様に、シュテルンのコクピットでソードが呟いた。
 陸ではオレンジ屋根が見る影もなく崩れ去り、海岸線には残骸が多数、打ち上げられている。
 街が原形を留めていたカルヴィとは、雲泥の差だ。
 幹線道路沿いに鉄道駅へ接近すれば、唯一『歓迎方法』だけはカルヴィと変わらず。
 小銃での弾幕が降り注ぐ中、人を巻き込まぬよう周囲を破壊し、また『障害物』を増やしてそれを凌ぎ、四機のKVは路地へ入る。
『では、駅を抑えます』
『解りました。機体隠蔽の方は、こちらで』
『電ちゃん、よろしくね!』
 残る者へ後を託したソードとろまん、修司の三人は、脇道から飛び出した。

 カツンと、硬い音が床に落ちた。
 炸裂音と同時に、白い煙が廊下一面を覆う。
 銃声の代わりに、咳き込む声が次々と聞こえた。
「煙を吸うなよ!」
 袖で口元を覆ったアンドレアスは階段を一段飛ばしで駆け上がり、続く徹二が眉をひそめる。
「全く、酷い『プレゼント』でありますな」
 城砦へ踏み込む直前、コール・ウォーロックは近くに隠し置いた警察用催涙弾の場所を伝えてきた。
 大量に吸えば意識障害に到るが、あくまでノンリーサル、死には至らない。強化人間ではなく、洗脳された島民兵を無力化するには十分だ。
「‥‥確かに、俺ぁガキだよ」
 投げられた言葉を思い返し、アンドレアスは歯噛みした。
 いや、選択によって自分だけでなく周りへかける負担も知りながら、見て見ぬ振りをする分、『無知なガキ』より悪質だろう。
 それでも、その悪質な偽善の上に、乗っかる。
 救えるなら、救う。救えないなら、内に刻む。その重さで自分が潰れるまで――否、自分が潰れても。
「‥‥コールさんは?」
 ちらとだけアンドレアスを横目に見たアグレアーブルは、無線機へ尋ねた。
『別方面から、アプローチしていると。それから‥‥W班から連絡、駅の制圧完了です』
「了解。こちらのスケジュールが、遅れ気味でありますか」
 仲間の手早い『仕事』に、苦笑する徹二。
 コールが城砦側で動いている事を考えると、為政者はここにいるのだろうが。
「上、は‥‥」
『HWと交戦中。増援が来ましたが、まだ持ち堪えられると‥‥』
 問いを重ねたアグレアーブルへ答える、フォルの言葉半ばで。
 不意に廊下の明かりが瞬き、次々と消え始める。
「何をやったんだ?」
「‥‥あれを」
 訝しむアンドレアスに、徹二が廊下を指差せば。
 その先の一角だけ、明かりが残っていた。

『中継は、こちらで維持する。向こうへは伝えられるのか?』
『館内放送に乗せよう。フォル、そっちは』
 上空の亜夜と城砦内のコールが無線回線を同期する間に、フォルは打上式無線中継局を用意する。
「打てます、回線はオープンで。中継局打ち上げ、3、2、1」
 鈍い音がして、ロケット花火の様に中継局は交戦中の空へ上り。
 それを確認してから、フォルは友人達の元へ駆け出した。

 鉄道駅周辺は、静かだった。
 彼らが駅舎へ踏み込めば、抵抗する島民兵は潮が引くように後退したのだ。
「もしカルヴィの『焼き直し』なら、島民に関わる事は市庁舎、バグアに関与する施設は城砦と考えられますか」
 その動きに疑問を感じて、修司は考え込む。
「でも、どうして同じなんだろう?」
 小首を傾げたろまんが、素朴な疑問を口にした。
「機械的に従わせるなら、命令はシンプルな方がいい?」
「ですな」
 外を警戒しながらソードが聞けば、修司は首肯する。
 それを速やかに実行した島民兵は、洗脳深度もそれなりに深いとも考えられる。
「こちらも次の段階へ進みましょう。E班が遅れるなら、市庁舎は最悪‥‥」
 気にかかるのか、ソードが空を仰ぎ。
 その時、通信機から『声』が届いた。

●『実験場』の主
「カルヴィでの『もてなし』は、気にいらなかったか」
 その淡々とした声は、記憶の中で何度も繰り返した。
 乗り越えた嫌悪感と共に、アグレアーブルの瞳へ色が混じる。
「あなたが、あの時の‥‥コルシカの‥‥」
「名義なら、実験場コルシカの最高責任者。実態は牢獄に押し込められ、まず最初に逃げる事を禁じられた者だ」
 椅子に座った中年の男は、肩を竦めた。揶揄する口調は面白がっている。
 いつでも動けるよう、徹二が蛍火の柄を握り直した。
 アンドレアスも、エネルギーガンのトリガーへ微かに金の光をまとった指を置く。
 最高責任者ならば強化人間か、最悪ヨリシロか。
「そっちの手札は、カルヴィでもう見せて貰ったぜ。出直したらどうだ?」
「残念だが、その選択はなくてな」
「その前に、聞きたい‥‥何を、と」
 見据える少女へ、中肉中背の男は促す様に手を向ける。
「此処(ここ)に住む人達の日常を壊してまで、何を求めたのか」
「日常、か‥‥固着しない概念だ。今では現状こそが彼らの日常。一度捨てさせた君達が、再びそれを壊す。実に‥‥滑稽じゃないか」
 くつくつと、男の嘲笑だけが部屋に響くが。
『そんなんじゃない! 実験とか‥‥人の命を、なんだと思ってるんだ。もうこれ以上、この島で好き勝手はさせないぞ‥‥!』
 突如スピーカーから割って入ったろまんの声に、始めて男は少し驚いた顔をする。
 が、すぐに消えた。
「そうだな。『英雄諸君』へ敬意を表し、実験場は明け渡そう。だがそもそも『彼ら』に、領土や線引きの必要性があるのか‥‥ぶら下げた餌に群がるのは、我々サルばかり。そう思わないか?」
 フォルが唯一明かりの残る先へ駆け込めば、椅子から男が立ち上がる。
 ちらと視線を投げた友人へ、フォルは頷き返した。
「投降する気はない、と」
「私にあるのは、死に方の選択権程度だ。友人は揃ったか? 一人で歓待できるのは、この程度が限度でな」

 そして言葉が切れて、ノイズが走る。
 聞く者達が耳をすませても、無線機から『最高責任者』の声は二度と届かなかった。

   ○

「‥‥返ったら、真っ先にシャワーを浴びたい、です」
 天を仰いで、アグレアーブルが呟く。
 彼女の仕草に、アンドレアスは遅れて空を見た。
 視線の先には、空を舞うKV。
『ヒトゴロシな兄貴』は、クラウに見せたくなかった、な‥‥と、喉の奥に言葉を落とす。
 その脇を、肩をいからせた徹二が猛然と通り過ぎ。
 誰が止める間もなく、遅れて現れた男を、力いっぱい殴り飛ばした。
「人が空で頑張ってる間に、なに勝手に突っ込んでんだこの馬鹿っ。生きた心地しなかったじゃねェか!」
 珍しく感情も顕わに怒鳴った少年を、驚いた風にコールは見下ろし。
「‥‥スマンな、心配かけた」
 ぽつりと謝って伸ばす手を払い除け、帽子を深く被り直しながら徹二は踵を返す。
 嘆息し、殴られた頬をさするコールへ、ぬっとアンドレアスが手を出した。
「煙草、切らしてんだよ。返して貰おうと思ってな」
 ごそとポケットを探った相手は、取り出した何かを指で弾く。
「煙草代にしておけ」
 とっさに掴んで手を開けば、それは小さな徽章だった。

 爆音を残し、全ての『任』を終えたKVはコルシカを飛び立つ。
『‥‥あの子の願いに、私達はどれだけ応えられたのでしょうね。被害の拡大は防げた、と考えたいですが』
 不意に修司が口にした言葉に、即答をする者はなかった。
 近いうちに仏軍の部隊が派遣され、原状回復を行うだろうが、爪痕は深い。
『空域クリア。さぁ、帰ろう』
 最後までレーダーを確認していた亜夜が、僚機へ伝えた。

 進路の先、地中海へ陽が沈む。
 彼方に消えゆく夕陽は、一つの舞台の『終幕』を告げていた。