タイトル:Corsica−螺旋の鎖金マスター:風華弓弦

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2009/12/01 01:24

●オープニング本文


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●懺悔か悔恨か

「 O barbara furtuna, sorte ingrata
  A tutti ci ammollisce il cor in pettu
  Pensendu a quella liberta passata. 」

 人気のない石造りの空間に、低い微かな声が響いていた。
 古い教会のバラ窓からは、円形を成した鮮やかな光の模様が身廊へと降り注ぐ。
 床へ落ちた色の破片を、コツリと音を立てて無骨な軍用ブーツが踏んだ。
「それは、ラテン語か?」
 かけられた言葉に、淡々とした歌が途切れる。
「コルシカ語だ」
 気が重そうな返事をして、コール・ウォーロックは正面の十字架を見上げた。
「表題は『O Barbara furtuna』。なんという、過酷な運命なのだろう‥‥という意味らしい」
「皮肉だな」
 苦笑交じりに感想を述べたレナルド・ヴェンデルが、ベンチの端へ腰を下ろす。
 それから手にした茶封筒を傍らに置くと、友人の方へ押しやる様に、磨きこまれた板の上を滑らせた。
「民間からの『要望』を鑑みた上での、こちらからの『提案』だ」
 足に当たって止まった茶封筒を一瞥したコールは、少し考えてから手に取り、中の書類を確認する。だが幾らも読み進めるまでもなく、すぐさま眉をひそめた。
「これを、ドイツにも送ったのか」
「ああ。あくまで、人道的な見地を重視した内容だろう?」
「何が人道的見地だ‥‥下手をすると卒倒するぞ、あのお人好し」
「だが、じきに冬がくる。あまり時間がないのを忘れるな‥‥ある専門家は、冬を越せない住民の数が一気に増加するという試算を出している」
 前席の背もたれへ手をかけ、UPCフランス軍の士官は立ち上がり。
「教会にいるもんだから、珍しく先に贖罪の祈りをしていたのかと思ったよ」
「‥‥言っておくが、敬礼はせんぞ」
 苦笑するレナルドは黙って肩を竦め、靴音も高らかに場を後にする。
 当てつけのような音が遠ざかってから、書類を封筒へ戻したコールが重い溜め息を落とした。

●友好的提案
「なぁんぢゃこりゃーーーーーぁっ!?」
 毎度ではあるが、騒々しい声が研究施設を震わせる。
 慣れた風にドナートとチェザーレは自分の仕事を続け、アイネイアスだけが「あらあら」と困った顔で『発声源』を見やった。
「どうかしたんですか? UPCから『親展』が届いてましたけど」
「どうもこうも‥‥どうすべきなのだ、これは」
 ティラン・フリーデンは書類を放り出し、盛大にテーブルへ頭を突っ伏した。
 散らばった書類の一枚をアイネイアスが手に取り、タイプされた文章を読み上げる。
「えぇと、少数の傭兵部隊にてコルシカ島北西部カルヴィを急襲、早期の指揮系統制圧を試みる。同時に同島北東部パスティアにUPCフランス軍の救出部隊を揚陸、一部住民の避難を行う。水棲キメラおよび水中型ワームを警戒し、可能ならば数名の傭兵による護衛を求める‥‥」
 書類を読むアイネイアスに、椅子を鳴らしながらドナートが首を傾げた。
「情報が聞ける住民をバスティアで確保しながら、カルヴィを叩いてバグア軍の動きを止めるって事かな? アジャクシオは後回しになるけど‥‥確か、島民の兵士は北部から列車で派遣されたって話、なかったっけ?」
「もし島民が北部で洗脳されているなら、カルヴィを制圧する事によって何か判るかもしれないが‥‥」
 言葉を切ると、チェザーレは突っ伏したままのティランを見やる。
「飲むのか? このプラン」
「先方の弁によれば、あくまでも『友好的な提案』なのであるよ。もし当方にプランがないなら、実行しろという圧力でもあろう」
「提案は判らなくもないが、島民に被害が出るな」
「それでは、本末転倒であると思うのだがなぁ‥‥」
 頭を抱えてティランは呻くが、代案となる良案はおろか、『提案』への答えも出せなかった。


●参照:コルシカ島・主要な町の概要
【北部】
・カルヴィ
 北西の玄関口。空港と港がある。
 空港は滑走路が破壊されているが、市内には大規模な破壊の痕跡は見られない。
 港には、ほとんど船舶が停留していない。
 重要な施設は新市街地に建つ市庁舎と、海へ突き出した岬に立つ城砦(シタデル)。城砦内にはUPC仏軍の施設があるが、現在も無事かは不明。
 町は警備する兵士の数が多く、特にコルシカ鉄道駅、市庁舎、新市街と城砦の間にあるコロンブス広場およびスピンコーネ門の三箇所に集中している(城砦内部は未踏の為、除外)。
 北西の海に面した側で、城砦を囲む城壁と建造物の一部破壊が確認されている。

 海中からの調査で、西にある岬付近の海底に白いカプセルが多数沈んでいる事を確認。コリウールで発見された物と同種と考えられるが、いずれも破損が激しい。何らかの理由で海へ廃棄された物が、漂着したと考えられる。
 港に近い海中では水中型ワームによる定期的な哨戒と、機雷を確認。

・リール=ルッス
 カルヴィの東にある港町。コルシカ鉄道駅あり。
 港の海底は船の残骸が山積し、船舶での接近は容易ではない。
 水中型ワームによる、定期的な哨戒を確認。

・サンフロラン
 昔は軍港として機能していたが、現在は漁港。
 町の郊外に救援物資を投下。その後は観測データがなく、不明。
 港の入り口付近に、機雷が設置を確認。

・パスティア
 北東の玄関口で、港町。コルシカ鉄道駅あり。
 ルート上の関係で、海中調査に至らず。

 なお海棲キメラだが、北岸での海中調査では遭遇がなかった。
 その為、生息の有無や具体的な個体数などは不明。

【中部】
・コルテ
 周囲を山に囲まれた、中部の中心。コルシカ鉄道駅あり。
 車両はほば使われず、長期に渡るガソリン不足が発生していると推測される。
 KVが飛来した際、島民への外出規制が行われた。
 物資が不足気味にも関わらず、住民はバグアに対する反抗意識が低い。原因は不明。
 町の郊外に救援物資を投下。その後は観測データがなく、不明。
 接触した大学講師は、バグア側に拘束され消息不明。

・ヴィヴァリオ
 コルシカの中心に位置する。コルシカ鉄道駅あり。
 未調査。
 最初のコルテ降下の際、バグア側兵士は鉄道でここへ移動。北上してKVを捜索した。

【南部】
・アジャクシオ
 首府。南西の玄関口で、空港、港、コルシカ鉄道駅がある。
 大作戦時か、それ以後に大規模な攻撃を受け、街の各所に多数の破壊跡がみられる。
 特に新市街の被害状況は酷く、高層ビルなどは随所で崩壊。復興作業は行われず、破損倒壊した建築物の多くが現在も放置される。
 上空でのバグア側の迎撃は激しいが、現在も街が首府として機能しているかは疑わしい。
 町の郊外に、救援物資を投下済み。追跡調査の結果、物資コンテナの開封を確認。
 周囲は広範囲に渡って散乱した紙片の形跡があり、戦闘の痕跡がない事から、おそらく住民が回収した事が期待される。
 なお港には、停留する船舶がほとんどない。

・ポニファシオ
 南端の港町。北西にフィガリ空港。南にサルディニア島を臨む。
 未調査。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
霧島 亜夜(ga3511
19歳・♂・FC
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN

●リプレイ本文

●Return to Base

 風圧がキャノピーを微かに振動させ、既に耳慣れた低く唸る音がコクピットを埋める。

 身体にかかる重力加速度は、時おり意識をも一緒に吹き飛ばしそうで。
 呼吸するだけで全身に走る痛みが、皮肉にも拡散する思考を辛うじて繋ぎ止めていた。
 操縦桿を握り直し、先を飛ぶ仲間の後を追う事に、集中する。

 ‥‥帰るのだ。
 必ず、帰り着くのだ。
『作戦』は完了した。成功した。迷路を抜ける糸口を掴んだ。細く細い蜘蛛の糸の様な頼りなく切れそうな糸だが確かに捉えた。それを逃さず切らさず引き寄せ手繰り寄せればきっと状況を打開し解決し全てを本来あるべき姿に望ましい形に収める事が出来る筈なのだ。

 ただ島を離れる直前、眼下に見えたカルヴィの城砦は――。


 ――黒い煙を吐いていた。


●Time to Back
「コルシカ語たって、AIが仲介してくれんだろ? 後は法則とか判れば、何とかなる気がするが」
「じゃあ聞くが。ライブで即興演奏する時、法則とか考えてるか?」
「ああ、考えねぇな」
 ウォーヂェを『分析』していたアンドレアス・ラーセン(ga6523)は、コール・ウォーロックの問いに思いっきり即答する。
「逆に意味が通じれば、歌は正確じゃなくても問題ない?」
 フォル=アヴィン(ga6258)が問いの形を変えれば、コールは一つ頷いた。
「状況をみて急に歌えるかは、別問題だがな」
「それこそ『頭でなく、魂で歌う』か」
 考え込む霧島 亜夜(ga3511)に、飯島 修司(ga7951)が顎鬚を撫でる。
「故に、洗脳の見分けに有効という事ですな」
「ああ。ちなみに、コルシカの『国家』もウォーヂェだ。『O Barbara furtuna』は、島を離れる辛さを歌ったものだが」
 やがて、低い歌声が聞こえてきて。
「アグ、フォルやシューが歌って‥‥!」
 驚いて声をかけた空閑 ハバキをアグレアーブル(ga0095)は無言で鋭く睨み、睨まれた側は目に見えて凹んだ。
「にしても‥‥久々過ぎて、状況が読めなくなりつつあります。はは」
「それは、大変申し訳ないのである」
 苦笑する稲葉 徹二(ga0163)に、珍しく基地へ同行したティラン・フリーデンが肩を落とす。
「簡単だよ。悪い宇宙人と宇宙怪獣をやっつけて、島を取り戻すんだよね!」
 にぱっと笑顔でVサインを作る潮彩 ろまん(ga3425)の髪を、後ろからわしゃわしゃとソード(ga6675)が乱した。
「ちょ、ソードさーん!?」
「ある意味で究極の答えに、少し褒めたくなったんですよ」
「そういえばベルナールって、コルシカと縁があったりしない?」
 尋ねる赤崎羽矢子に、浮かぬ顔のティランは首を横に振る。
「覚えはない。バグアと通じていたようであるが、行方も生死も知れぬ今では」
 そこへアナウンスが作戦の開始時刻を告げ、11人は時計を合わせた。

●Count−3
 カルヴィ上空へ展開したHWを、8機のKVは速やかに排除する。
『人手、足りてねェでしょう。増援は任しといて下さい。HW相手なら、簡単にゃ墜ちませんよ』
 束の間落ち着いた空で、回避に突出したナイチンゲールから徹二が促した。
『ダンスのお誘いで引っ張りだこになる前に、戻ります』
『よろしく』
 冗談めかすソードに、徹二は笑い声を返し。
 シュテルンの編隊は、カルヴィのほぼ中央で垂直着陸に入る。
 四連バーニアをフル稼動させた機体は、連なるオレンジ屋根の波へ沈み。
『では、こちらも降下します』
 修司もまた、空へ残る者へ声をかけた。

 ソードがコールと市庁舎へ踏み込めば、待っていたのは激しい銃撃での歓迎だった。
 ウォーヂェで呼びかけても、手が緩む様子はなく。
「さて、どうする?」
 コールの問いに、ソードは眉を寄せて考え込む。
「島の住人は、なるべく傷つけたくないのですが」
「戦争で綺麗事を並べたって、生き残れねぇぞ」
 入り口の壁に背を付けたコールは苦笑し、ストライクシールドを掲げたシュテルンへ手を振った。
「正面は硬い。上から攻める」
『了解、乗って』
 膝をついたKVの手の平へ登り、それを足場に二人は上階から市庁舎へ侵入する。

 残る4機は、海へ突き出た城砦付近へ降下した。
 迫撃砲の一つでも撃ってくるかと思いきや、視界に入る兵士の武装は小火器ばかりで。
『何だコレは。守る気がねぇのか?』
『妙ですな。KVでの強襲を予測しなかったのか、守らせる気がないのか』
 訝しむアンドレアスに、不審げな声で修司が答える。
 黙したアグレアーブルは、胃の辺りに不快感を覚えていた。
 気分が悪い。体調云々ではなく、ただどうしようもなく、気分が悪い。
『惜しみながらこの地を離れた友人より 再会の挨拶を送る
  今一度 共に歌い‥‥撃ってくるんじゃねぇっ!』
 ウォーヂェを歌っても状況は変わらず、アンドレアスは毒づいた。
『コールさんも歌は洗脳を見分ける方法で、洗脳を解くと言ってませんでしたな』
『だが「心」がありゃあ、揺らぐ位はするだろっ』
『その、応える心が‥‥恐らく、縛られているから‥‥』
『くそ!』
 ぽつりとこぼしたアグレアーブルの言葉に、ぶつける先のない怒りをアンドレアスが吐く。
『ここまで、惨い状況かよ』
『ええ。ですから、有効な一手が見出せずにいたのですが。では、総督府へ向かいます』
 修司に続いてアグレアーブルがキャノピーを開き、地上へ降りた。
 追従するK−111改はアンドレアスのディアブロと並び、銃弾を防ぐ壁の様に立つ。
『一人でも殺したら俺らの負け‥‥キツイけど、やるしかねぇ』
『アス‥‥気になるなら、行っていいよ』
 気遣う友人に、アンドレアスは口唇を噛み。
 上空では徹二機ナイチンゲールが、大きく旋回していた。

●Count−2
 爆散した衝撃波が機体を揺らし、洋上では海面が一瞬膨らんだ。
『機雷の撤去、完了した』
 亜夜機アルバトロスからの報告に、船尾を海面へ沈めたドック型揚陸艦より小型揚陸艇が波を分け、次々と陸へ向かう。
『自動感知式魚雷なんかは、ないみたいだね』
 テンタクルスからろまんが伝えれば、亜夜は一つ息を吐いた。
『港が使えないなら、近くの浜辺から揚陸する‥‥か。確かに東海岸の地形は、切り立った西海岸とは真逆だからな』
 彼らの調査を踏まえ、バスティアへの接岸を避けた仏軍の揚陸艇をテンタクルスが護衛し、フォル機雷電が哨戒に当たっている。
 時計は既に、カルヴィでの作戦開始時刻を過ぎていた。
 海も空も動きはなく、上手く陽動として機能しているようだ。
『やっと、軍も動いたんだ‥‥無駄にさせるかよ』
 助けられるなら、一人でも多く。だが状況によって、避難の見切りも辞さず。
 腹に決めた心積もりを確認し、亜夜は青い風景へ目を凝らした。

『俺はULTの傭兵です、助けに来ました。UPCの揚陸艇が待っていますから、避難する方は安心して誘導に従って下さい』
 雷電を地上へ降ろしたフォルは、スピーカー越しに住民へ訴えていた。
 以前空から見た風景と比べれば、4万を越す住民を抱える筈のバスティアは生気を失って見える。
 島民兵すら現れる様子はなく、反応のない風景にキャノピーを開けば、強い潮風が吹き付けてきた。
『島を離れる事は 家族と引き離される事と同じく 辛い
  でも今は悲しみに耐えて下さい あなた達の母を取り戻すために 』
 ウォーヂェでの呼びかけに、不安げな表情がちらほらと窓辺に見える。
 その時、熱源の接近警報が響いた。
 すぐ西に広がる山から、急速に飛来物が迫り。
 雷電からそう遠くない場所へ、着弾した。
 連なるオレンジ屋根が吹き飛び、頭の芯が真っ白になる。
『フォルさん、大丈夫!?』
『大丈夫です‥‥俺は』
 爆発を感知したろまんへ答えた声は、我ながら妙に冷えて聞こえ。
『西の山岳地に、武装した超大型キメラを確認。排除します』
『判った、ボクも行くね!』
 青い瞳でフォルは標的を見据え、粉々に吹き飛んだ住宅地を背に置いて、雷電は山へ疾走った。

 それが、切っ掛けとなったのか。
 キメラを排除した地上では、町の北部に住む住民が避難を始めた。
 2機のKVが警戒に当たる中、次々と揚陸艇が沖の揚陸艦へ住民を運ぶ。
 その間に、ろまんはテンタクルスからコンテナを切り離した。
『テンちゃんに積んできた補給物資、置いてくね。色々届けておけば、今助けられなかった人も、冬を無事に越せるようになるかも知れないから‥‥ボク、皆を助けたいもん!』
 その気持ちは、誰もが同じで。
 遥か頭上で往復する揚陸艇を見守る亜夜の耳に、警報が届いた。
『ワームの接近を確認。数は‥‥』
 だが示す光点を確認しきる前に、ジャミングが存在を隠蔽する。
『正確に判らないが、迎撃する』
『援護に行く?』
『いや。他に敵に備えて、揚陸艇を守ってくれ。船団は沈めさせない、絶対に』
 ――この身に代えても。
 答えるアルバトロスの操縦桿を握った亜夜の瞳と髪が、真紅に変貌した。

●Count−1
 血だまりと呻き声が、廊下や部屋のそこここに点在する。
 それらを撒き散らし、乗り越えた二人は、市庁舎の一室に踏み込んでいた。
「何でしょう、これ」
 最も硬く守られていた部屋を、ぐるりとソードが見回す。
 壁一面に波形が揺れるモニタ群や見慣れぬ機器がひしめき、制御卓には無数のスイッチやレバーの並び。
「放送施設のようだな」
「それが何故、市庁舎に?」
「判らん」
 答えたコールは、少し迷ってスイッチの幾つかに触れた。
 瞬間、極端に早送りされた言葉のような『音』が部屋を満たす。
 胸が悪くなる感覚と、それに反発するかの如く右腕へ宿った青い光に、ソードは顔をしかめ。
 すぐにコールがスイッチを戻し、『音』は止まった。
「今のが、もしかして洗脳の‥‥コルテ、パスティア、ルヴィ、アジャクシオ‥‥全部、ここから制御している?」
 波形モニタの下にある地名を幾つかソードが読み上げれば、顔色の良くないコールは「おそらく」と返す。
「ブッ壊すか」
「そうですね。徹底的に」
 短く、結論を交わし。
 鈍い爆発音が、市庁舎を震わせた。

『用は終わりました。空港制圧へ向かいます』
 脱出したソードが仲間へ知らせる間、コールはじっと『古巣』を見ていた。
「気になりますか?」
「ああ、どうも嫌な感じがする」
 その時、空を轟音が横切る。
 見上げれば、5機のKVが白い機体を追っていた。
「カバーに回ります」
「行ってくれ。俺では、ケツを追っかけられるだけだ」
 KVに関しては、作戦に参加した誰よりも劣る腕だから、と。
 僚機へ空に上がるよう促し、コールは城砦へ向かった。

   ○

 鈍い振動が、身体を震わせる。
 強化変形機構を駆使して航行形態と人型形態を使い分け、亜夜は複数機の水中ワームと交戦していた。
 マンタの様なワームを、レーザークローで粉砕し。
 だがその間に、別のワームが護衛のフリゲートを1隻沈めた。
「こいつだけは、沈めさせない‥‥!」
 揚陸艦へ迫るワームを集中的に攻撃すれば、彼の行動の意味に気付いたのか。
 プロトン砲の乱射に加え、ろくに鼻の利かぬ探知機器が魚雷発射を探知し。
 進路が揚陸艦と知った亜夜は決意通りに身を挺して、それらを排除した。
 だが洋上の動揺を思えば、如何ほどか。
 これ以上の作戦続行は危険と判断した船団から、撤退の指示が飛ぶ。
 収容できた住民の数は、限界の2000人に満たず。
 陸に残された人々は、茫然と遠ざかる船を見送っていた。

   ○

 強烈な閃光と音が、島民兵の動きを奪う。
 その間に防衛網を破り、修司とアグレアーブルは総督府――元UPC仏軍施設へ突入した。
 だが内部の抵抗もまた、激しく。
「聞いて‥‥『私達は、貴方達からコルシカを奪わない』‥‥!」
 アグレアーブルがコルシカ語で訴えるも、返ってくるのは銃声のみだった。
 追ってきたアンドレアスと合流した二人は、交戦を避け、守りの薄い方へ進む。
 行き着いた先で待っていたのは、アグレアーブルが海中で目にした物体の列だった。
 海底のそれと違っていたのは、何かの卵の様に、あるいは墓標の如く並ぶ白いカプセルのどれも、傷一つない点か。
「‥‥声が、しますな」
 足音すら立てぬよう歩く仲間に、林立するカプセルの奥を修司が示した。

「研究はまだ途中だが、成果は出ている! それに現条件下での洗脳が持続する期間は、まだ未知だ。」
『いずれにしろ、計画は速やかに破棄。北部は一時、切り離す。キメラなら残っているだろう。助かりたければ、それで凌ぐんだな』
「そんな。ここにあるキメラは、まだ培養中で‥‥!」
『責任者ならば、潔く責任を取りたまえ。わざわざ、客人も来てくれたろう?』
 淡々と告げる声と話していた壮年の男がテーブルの向こうで顔を上げ、能力者達を見た。
「‥‥ここの、責任者?」
 眉をひそめてアグレアーブルが問えば、男はすがる様に両手を伸ばした。
「待て‥‥俺、は‥‥丸腰だから‥‥」
 手を伸ばしたまま、よたよたと男はぎこちなく三人へ近付く。
 その動きを警戒しながら、能力者達は身構え。
「まだ、だ。『実験場コルシカ』は、ま、だ‥‥」
「実験、場?」
 攻撃するか否か、逡巡する修司が引っかかった言葉を繰り返す。
「ま、ぁが、だぁぁだ、あああ‥‥ッ!」
 男は痙攣し、くるりと白目を剥き、身体が中から膨れ上がり。
 そして、轟音が全ての感覚を奪った。

●Fall Down
 歌が、聞こえた。
 抑揚のある音律なのに、どこか平坦な歌。
 そしてリズムを取るような、銃声、銃声、銃声。
 手を伸ばし、小銃「S−01」を握る――フルール・ド・リスが浮かぶ左手を、掴む。
 だが力は弱いせいか、虐殺は止まらない。
 また一つ、断末魔があがる。
「殺す、な‥‥ッ!」
「ガキは黙ってろ」
 淡々と返された言葉の意味も、漠として思考をすり抜ける。
 ただ視線を動かせば、がっくりと首を垂れたアグレアーブルを修司が背負っていた。
 足元が危うい。皆、傷だらけだ。手当てをしなければ‥‥。
「無理するな。お前はもう、十分に手当てした。これ以上は飛べなくなるぞ」
 ‥‥嘘だろ?
 言葉は喉に引っかかり、記憶が上手く繋がらない。
 その間にも肩に担がれていた身体が反転し、座り慣れた座席へ突っ込まれた。
 ベルトで身体を固定される間に、吸い掛けた煙草の箱を相手のポケットへ捻じ込む。
 ‥‥何故か、そうした。
「すまんな。お前達は、無用な血を流したくなかっただろうが‥‥」
 大きな手に頭を撫でられ、気配が遠ざかり、透明な壁が外界と彼を隔てる。
「そちらは?」
 同様に、アグレアーブルをウーフーへ乗せた修司が短く問えば、相手は首を横に振った。
「カプセルを始末してくる。アレがそのままだと、後で必ず面倒事になる。帰り道は、ソードや徹二達が斬り開いてくれるだろう。遅れるなよ」
 応えるように、頭上ではミサイルが乱舞し、爆発が空を覆った。

   ○

 そして、カルヴィの街が遠ざかる。
 見下ろす城砦では、総督府に突き刺さったKVが爆発し。

 ――黒煙を吹き上げた。