タイトル:Corsica−救いの手をマスター:風華弓弦

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2009/03/07 23:42

●オープニング本文


●その、裏側で
 警報が鳴り、聞き覚えのあるエンジン音が冷たい空気を震わせる。
 爆発音、あるいは何かが粉砕される音。
 初夏の『悪夢』を思い出しながら、人々は家族や友人と不安げに身を寄せ合った。

「ジゼル、早く来なさい!」
「すぐ行く!」
 急かす母親に答えながら、少女はペンを走らせていた。
 朝の静寂を破る警報が鳴ってすぐ、村の人々は避難を始めている。
 だが少女は机に向かい、便箋を出してペンを取った。
 厩舎からは、不安げな羊達の鳴き声が聞こえてくる。
 あの日と、同じ様に。

 初夏のあの日を境に、空は気味の悪いUFOが飛ぶようになった。
 ガソリンの供給が減ってバスがこなくなり、鉄道も滅多に動かなくなり。ヴィヴァリオに近い村へ人が訪れる事は、めっきり少なくなる。
 時おり両親と車で町へ出ても、店頭に並ぶ品物の数は目に見えて減った。そして町の人々の態度にも、会うごとに奇妙な違和感を覚えてくる。
 変化する島の空気へ不安を覚えた少女に、父親は節くれ立った大きな手で彼女の頭を撫でた。
 ――大丈夫。コルシの者は皆、家族だからな。
 そのうち島の各所にキメラが出没して、村から離れる事も難しくなり。
 町で感じた不安の波は、彼女の住む村にも押し寄せるようになった。

「急いでジゼル!」
「先に行ってて! 羊の様子を見たら、すぐに行く!」
 待ち切れなくなったのか、弟や妹の安全を考えたのか、家族が家を出る気配がする。
 その方がむしろ、好都合だ。彼女の行動を知れば、絶対に止めるだろうから。
 焦るあまりに言葉が上手く浮かばなかったり、文字の綴りを間違えながらも、少女は短いメッセージを書き上げた。
 折った便箋を封筒に入れて封をし、更に表へ短いメッセージを書き込む。
「どうか、読んでもらえます様に」
 短く祈ってから少女はコートを急いで羽織り、ポケットへ手紙を突っ込んだ。

 夜が明けて間もない曇った空では、初夏に見たそれと似た光景が繰り広げられていた。
 ヘルメットワームが不規則に飛び交う中、囲まれながら応戦するのは能力者達が乗ったナイトフォーゲルだ。
「やっぱり、戻ってきてくれたんだ!」
 少女は白い息を吐きながら、雪の積もった山道を登る。
 羊の世話をしているお陰で道は知っているし、山歩きも慣れていた。
 雪を踏む足を急がせるのは、焦りだ。
(「早く、早く‥‥この機会を逃したら、次はいつか判らないもの」)
 何の為に島に来たのか知らないが、バグアのUFOと戦う戦闘機は『味方』のはず。
 ならばきっと、彼女のメッセージを受け取ってくれるだろう。
 無我夢中で進むうち、白い丘の先に見慣れぬ三つのシルエットが浮かび上がる。
(「間に合った!」)
 少女の顔に、笑みが浮かんだのも束の間。
 二つの人型と一つの犬のような機体のうち、犬の方が加速して山を下り始めた。
「待って、待‥‥っ」
 積もった雪が、風圧で舞い上がる。
 風にあおられながらも、少女は懸命で前に進んだ。
(「神様、どうか‥‥どうか‥‥」)
 とにかく大声を上げ、力の限り手を振り、残る二つの影に一歩でもと近付く。
 応戦していた二機のうち一機が攻撃の手を止め、膝を折った。
 地面に手をつき、前屈みになる。
 腹の辺りにあるカバーが開き、人の姿が見えた。
(「気付いてくれた!」)
 表情を輝かせ、少女は力を振り絞って足を動かし、必死に手紙を握った手を伸ばす。
「お願い、これを‥‥これをっ!」
 向こうの空から、煙を吐いたUFOが落ちてくる。
 屈んだ機体を背に庇って、赤い機体が立ち。
 それが持つ銃のようなモノが、何度も火を吹く。
 直後、眩い光が少女の目を焼き、爆風が痩せた細い身体を吹き飛ばした。

 ‥‥かみサマ、どうか‥‥。
 真っ暗で何も見えず、静かで何も聞こえないが、誰かが近付く気配がする。
 ‥‥どう、カ‥‥。
 近くで、何かが動いた気がした。
 辛うじて、指の間から何かが抜き取られる感触が伝わり。
 それが握っていた手紙だと、遠のく意識で思い出す。
 ‥‥あァ、よかっ‥‥。
 安堵した少女は、深く深く最期の息を吐いた。

●託された願い
 Aidez−nous!
 能力者がコルシカ島で回収した封筒には、そう走り書きがされていた。
 フランス語のそれを英語に訳せば、「Help us!(私達を助けて!)」という言葉になる。
「このまま、UPCへ渡します?」
 所々が血で汚れている封筒に、アイネイアスは成層圏プラットフォーム・プロジェクトの中心人物へ視線を向けた。
「可及的速やかな内容であれば困る故、確認だけでも行うのが妥当であろう」
 ティラン・フリーデンは机の封筒を手に取り、ペーパーナイフで封を切る。
 中から出てきたのは、折りたたまれた白い便箋。
 紙を開いたティランは、少し考えてからそれをチェザーレへ回す。
「フランス語のようだ。読んでくれまいか?」
「判った」
 封筒から染み込んだ汚れがついた便箋には、走り書きの文字が綴られていた。
 急いで書かれたのか筆跡は乱れ、たまに綴り間違いや書き直しが見受けられる。
 それらを読み砕く為に内容に軽く目を通してから、事務担当者は口を開いた。

『 どうか、私達を助けて下さい。

  UPCの人がいなくなってバグアが来てから、島はおかしくなりました。
  島へ物が入らなくなり、町を結んでいたバスも鉄道もほとんど動きません。
  あちこちにキメラが現れ、島の人も何だか少しずつ変わってきている気がします。
  私の村でも品物が手に入り辛くなり、食物も薬も残り少なくなってしまいました。
  このままでは皆、いずれ病気か飢えで倒れてしまいます。

  島と家族の皆には、あなた方の救いが必要です。
  どうか、私達を助けて。
  見捨てないで下さい。

                ジゼル・チベリ 』

「すぐさま、UPCへ連絡せねばなるまい。回収した無線局の解析が済み次第と思っていたのであるが。可能なら局地仕様の小型無線局なども、検討せねばならん」
「でも、動くのかな?」
 疑わしげなドナートへ、ティランは意味もなく胸を張る。
「UPCが動かぬなら、能力者諸氏を動かすのだよ。そうなれば、UPCも動かぬ訳にはいくまい」
「それ、今後UPCに協力してもらえなくなるよ。たぶん」
 道理が通らぬなら無理を通せと言わんばかりのティランに、無線局を解体するドナートが頭を振った。

   ○

『ラスト・ホープ』UPC本部。
 世界各地で発生中の事件が表示されたモニターへ、新たな『依頼』が加わった。
 内容は、コルシカ島の調査。
 現在バグアの勢力下にある島の情報を、UPCは全く掴んでいない。
 その為、潜入から調査まで、目的に至るあらゆる方法を能力者の判断に任せる形だ。
 ただし、と依頼には一文が添えられている。
『傭兵および島民の安全に危機が及ぶと判じた場合、即座に作戦を中断し、帰投する事』
 それが唯一の、指示だった。

●参加者一覧

篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
霧島 亜夜(ga3511
19歳・♂・FC
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●かつての首都
 早朝の町は、閑散としていた。
 島の中部に位置し、コルシカで第4番目に人が多い町コルテは、新市街と旧市街に二分される。コルシカ鉄道駅がある盆地が新市街、城砦を頂上に持つ山側が旧市街だ。
 山間の為か車の保有率は高く、駐車場に空きがない。
 足を止めた潮彩 ろまん(ga3425)は、車をじっと見つめ。
「雪積もってる。埃も」
 車の上には雪が残り、窓は汚れ、長い間動いた形跡がなかった。
「燃料不足が考えられるな。せめて、電車かバスが機能していればいいんだが」
 歩調を緩めながら、レティ・クリムゾン(ga8679)が眉根を寄せる。隣を歩く篠原 悠(ga1826)は鞄の肩紐をかけ直し、山に建つ家々を見上げた。
「北も南も、行くのは大変そうだよね。夕方までに、戻らなきゃいけないし」
「ああ。それにしても‥‥」
 言葉を切り、ぐいとレティは帽子のツバを引き下げた。
「嫌な感じだな。人の気配はするが、猫の子一匹現れない」
「うん。様子、窺ってる感じだね」
 声のトーンを下げたレティに、悠が声をひそめる。
 周囲の建物からは確かに複数の気配が感じられるが、姿を見せる様子がない。
「もう少し時間が経てば、誰か出てくるかなぁ。この間の事で、悪い宇宙人が警戒しているのは判るけど」
 必要以上に周囲を見回す事もはばかられ、ろまんは緊張で肩を強張らせた。
「予定通り、ここからは分かれよう。定時連絡は忘れずにな」
 促すレティに二人は頷き、別方向へ歩き出す。
 刻限は16時。
 送り届けてくれた仲間の為にも、可能な限り『生きた情報』を集めなければならなかった。

●成功の為に
「亜夜とフォル、ソード、修司の四人が陽動班として敵を引きつけ、その間にわたくし達回収班が潜入班を降ろします。生身で島内へ潜入し、住民との接触を試みるのが、レティと悠、ろまんの三人。以上で、よろしいですね?」
 各自の役割をまとめた月神陽子(ga5549)に、要請を受けて集った仲間が首肯した。
「で、『フライト・プラン』の確認ですが‥‥」
 ルートを書き込んだコルシカの地図を、飯島 修司(ga7951)がテーブルへ広げる。
「行きは、イタリア沿岸からコルシカ北東部のフォレッリへ侵入し、コルテの南南西の渓谷にある道路で降下。潜入班を降ろした後、各機西進して、コルシカ上空から一時離脱します。
 その後、潜入班の回収時刻にあわせ、陽動班は北西部のカルヴィから、東のサンフロランとパスティアへ進んで上空から情報を集めつつ、イタリア方面へ抜けます。
 回収班は同じくカルヴィから侵入し、コルテで潜入班を回収。東へ飛んで、アレリアからイタリア方面に帰還ですな。これで、問題はないでしょうか」
 南部の偵察は出来ないが、隣島のサルディニアとの距離や時間を考えれば、手を広げ過ぎるのは得策とも言えず。
 仲間から、異論の声はなかった。
「降下するのが、だいたい朝の4時。回収時刻は16時、ですよね」
 フォル=アヴィン(ga6258)が時計をちらりと見やり、レティは広げた地図を前に腕組みをする。
「ああ。間に合わなければ置いていかれる、という訳だな」
「そうなります。くれぐれも、時間厳守でお願いしますね。それから‥‥十分に、気をつけて下さい。逆に言えば、何があってもその時間まで迎えは出せませんので」
「仮にも、『敵地』の真ん中な訳だからな。危険な任務だが、必要な事だ。三人で、しっかりと任務をこなすさ」
 やや心配そうなフォルに、彼女は共に行動する二人の少女へ視線を移した。
 彼女の隣に座る悠とろまんは作戦を聞きつつ、揃って持ち込む荷物を再チェックしている。
「随分と、『大荷物』ですね」
 小さく声をかけるソード(ga6675)に、ろまんは「うんっ」と元気よく首を縦に振った。
「島の人からお話し聞く事になるかは判らないけど、食べ物少なくて困ってたら、交換に何か聞けるかもしれないかなって‥‥それに何かあった時、ボク達がお腹減って調べられないなんて事になったら、大変だもんね」
 彼女らの向かう先はコルシカの真ん中で、山岳地だ。距離と地理的状況、そしてバグアのジャミングによって、KVと連絡を取る事は出来ない。
「12時間、か」
 限られた時間で何をすべきか、レティは頭の中で段取りを繰り返す。
「しかし、何とも妙な経緯ですな‥‥」
 再び地図を見ながら、修司が呟く。
「そうですね。血で濡れた手紙。命を懸けて、助けを求めた少女‥‥彼女の命を懸けた行動には、報いますよ。必ず」
 じっと作戦を聞いていたソードもまた、静かに決意を口にした。
 潜入先に決めたコルテは、例の手紙が回収されたヴィヴァリオの北に位置するのだが。
「手紙の件は、気にかかるが‥‥気負い過ぎてないだろうな」
 抱いていた一つの懸念を、あえて霧島 亜夜(ga3511)は問いかける。
「過ぎちまった事はしょうがねぇ。俺達がいま出来る事を、全力でやればいいんじゃね?」
「もちろん、回収班はしっかり務めさせていただきますわ」
 即座に言葉を返す陽子は、笑顔の影で拳をきつく握り締めた。
「ああ、頼む。それから、もし気を悪くしたなら‥‥」
「問題ありません。事の重大さと重要さは、十分に存じておりますから」
 亜夜が謝罪を告げる前に、挑むような笑みで陽子が言葉を遮る。
「そこは、信頼していますよ。潜入班の方を、くれぐれもお願いします」
 笑顔で託すソードに、回収班の少女達は力強く頷いた。

   ○

 先の『襲撃』の影響か、未明に出現したKVに対してバグア側の反応は早かった。
 迎撃に現れたHWを陽動班が引きつける間に、陽子機バイパーが先頭を切って町から少し離れた人気のない道路へ舞い降り、地上の安全を確保する。
「ありがとう、助かったよ!」
 簡易の補助シートから立ち上がり、ディアブロから降りた悠がコクピットの烏谷・小町へ礼を告げた。
「ウチらが手伝えるんは、ここまでや。後はがんばってな」
「うん! 風さんも来てくれて、ありがとう!」
 急を聞いて駆けつけたもう一人の友人にも、悠は大きく手を振る。
『ううん、気をつけて!』
 赤いバイパーと共に周囲を警戒するディアブロから、風が答えた。
「くれぐれも遅れないよう。収穫、期待しています」
「ああ。そちらも、時間厳守で頼んだ」
 ティーダと短い言葉を交わし、レティは急ぎ足でアンジェリカから離れる。
「お迎え、待ってるからー!」
 呼びかけるろまんへ、黙したままだが託す瞳でアグレアーブルは頷いた。
「少女の涙を受け取ったのです。戦う理由など、ただそれだけで十分です」
 硬く呟いた陽子は、HWの飛ぶ空を睨み上げる。
 三人が安全な場所まで離れると、五機のKVは加速し。
 着陸ポイントより距離を取ってから、次々に離陸していく。
 残った三人も、爆音を聞きながらすぐに歩き出した――。

●地上の風景
「地形の把握に軍施設の概要、住民の安全確認、物資の流通や備蓄量、敵の警戒レベルの確認、敵の配置、キメラの形やワームの数‥‥か」
 駅員すらおらず人の気配が皆無の駅で、ベンチに座ったレティは深く息を吐く。
 気になる事は多いが調査はなかなか進まず、太陽は徐々に南へ近付いていた。
 町を歩き回って判ったのは、二点。コルテは中部地域の中心だが、人や物の流れはほぼ停滞している。また彼女らを警戒してか、住民達が全く戸外へ現れない‥‥その程度だ。
「その割に、レールは錆びていないのが気になるな」
 単線の線路を観察するレティの耳に、微かな金属の振動が届いた。
 やがてレールの先に見えた点に気付き、慌ててホームの陰へ身を隠す。
 間もなく、北のポンテ・レッチャ方面から二両編成の列車が猛スピードで接近してきた。
 列車は減速せず、そのままコルテ駅を通り過ぎる。
 風圧の中、車窓に一瞬見えたのは、いずれも武装した『乗客』。
『満席』の列車が遠ざかり、再び静寂が訪れてからレティは忍び足で駅を離れた。

   ○

 走る影を追って、細い路地をろまんは駆け抜ける。
 軽やかに逃げる影は角を曲がり、更にひらりと屋根へ飛び上がった。
 屋根伝いに移動する影を見上げながら、なおも彼女は後を追う。
 人が住む気配あるものの、人の姿がない町で、鬼ごっこはしばし続けられ。
「さぁ、追い詰めたよ‥‥!」
 誰もいない広場の真ん中で、やっとろまんは追跡対象と対峙した。
 追われていた方は、狼狽したようにぐるぐるその場で回った末、毛を逆立て唸って威嚇する。
「いぢめないから、そんなに怒らない。ほらほら‥‥」
 腰を落としながら、じわじわとろまんは相手に近付き。
「えーっと、食べ物もあるよ?」
 目を離さないままポケットを探り、クッキーを取り出した。
 手の上の『獲物』に相手はじっと目を離さず、じわじわ間合いを詰めて、睨み合う事数秒。
 身を低くした獣は、跳躍して一気に距離を詰め。
 手からクッキーを奪うと痩身を翻し、一目散に逃げていく。
 町中を歩いてやっと見つけた野良猫は、ガリガリに痩せて腹も細く、毛並みも荒れていた。
「痩せていて、警戒心が強くて‥‥何だか、町の人みたいだね」
 猫の後ろ姿が見えなくなるとろまんは立ち上がり、手を打って軽く払う。
 広場を見回しても、やはり人の影はちらとも見えず。
 吹き抜けた寒風に、彼女は身を縮めた。

   ○

 町の中心部から外れると、そこはもう山の中の風景だ。
 岩場を小川が流れ、自然のままの木々が枝を風に震わせていた。
 川の水は冷たく、少しだけ空のフィルムケースへ汲んで、すぐに蓋をする。
「こうして見ると、普通の町‥‥なんだけど」
 振り返って町を仰ぎ、悠は小さく呟いた。
 不意にパキンと枝が折れる音がして、反射的に身構える。
 息を殺して周囲を窺っていると、枯葉を踏む音が近付き。
 間もなく、岩陰からぬっと影が現れた。
 ひょろりとした中年男は川原を見回し、不思議そうに首を傾げながら道へ戻っていく。
「あの、すみませんっ」
 別の岩陰で身を潜めていた悠が立ち上がって声をかければ、相手は驚いた顔で振り返り。
「う、うわ‥‥わぁあっ!?」
 足を滑らせて、ひっくり返った。

「大学の、講師?」
「ああ、コルシカ唯一の大学でコルシカの歴史学を教えている。にしても、久し振りの『お客さん』だな」
 ややおっとりとした印象の『講師』と肩を並べた悠は、答えに困って苦笑する。
「ああ、判ってる。今朝の戦闘機は君達だろう? うちはラジオもテレビも緊急放送のスピーカーもないが、あんな音を立てれば赤ん坊だって気付くさ」
「それで、町の人は外に出てこないのかな」
「外出禁止の指示が出てるか、厄介事に巻き込まれぬよう自主的に控えてるのかもな」
「厄介事‥‥」
 山小屋の様な家を前にポケットの鍵を探す男の後ろで、小さく悠が言葉を繰り返した。
「気付いたろうが、島は交通機関が止まって北と南に分断され、中部は孤立している。馬や徒歩で移動しようにも山間はキメラが出る噂もあり、現に戻らぬ者もいて、滅多な事では動けなくてな」
 話しながら男は鍵を見つけるが、今度はそれを鍵穴へ差し込むのに手間取る。
「孤立する前に聞いた話では、漁村の船が次々に壊されたそうだ。船がなくては漁師も漁に出れず、それを思えば山へ分け入って食べ物を探せるだけ、ここはマシかもしれん」
 やっと鍵を外すと、立て付けが悪く見えない扉をガタガタ揺らした。悠が手を貸そうとするが、男は首を横に振る。
「コルシの者には主体性や独立性を重んじる傾向があるものの、立ち上がる気配はコルテにも未だない。『制圧者』が人ではなく、姿も見えない為か。頭上を円盤が飛ぶせいか‥‥さて、開いたぞ。寒いだろうし、暖炉で暖まっていくかね?」
「うちは、ここで」
 扉を開いて尋ねる相手に、意図を思案していた彼女は慌てて辞退した。
「そうか。では君が誰で、どこから何の目的で来たかは、お互いの為に聞かずにおこう。気をつけて行きなさい」
「あの、良ければ町の人へこれを‥‥出来れば、子供に渡してもらえるかな」
 悠が鞄から取り出すチョコの箱を、収めるように身振りで示す。
「なら、教会へ寄進すればいい。知らぬ間に施された好意なら、拒む理由もないさ」
 不器用に片目を瞑って、男はすんなり小屋の扉を閉め。
 扉に一礼してから、悠は町へ駆け出した。

●刻限
『それにしても、酷い状況ですね。浜辺で放置されてるのは、船の残骸でしょうか?』
『カルヴィの空港も、使えないようですな。北側からの足がかりは、潰した形ですか』
 コクピットから見える地上の状況にソードが眉をひそめ、修司が重々しく頷いた。
 高度を下げ、失速しない程度に速度を落としながら、四機のKVは海岸線を飛ぶ。
 その彼らの頭上から接近するHWに、亜夜が気付いた。
『さすがに、出迎えが早いな』
『ち、もう見つかりましたか。Freyja、迎撃に入ります。皆さんは、引き続き撮影を』
 ソード機シュテルンが、僚機から離れない程度に高度を上げ。
『北側の空港が使えない事を考えれば、こいつらは南から飛んできている訳か』
 赤いウーフーを駆る亜夜は、可能な限り撮影と戦闘サポートの両立を試みる。
『まぁ、HWに普通の空港が必要かは判らないが』
『そうですね。おそらく空港を潰したのは、こちらの足掛かりとならないようにする為でしょう』
 雷電のコクピットでフォルが首肯し、光線が飛んでくるたび翼を振ってかわした。
『敵の数が多くなれば、山側で応戦しましょう。このままでは、下の町を巻き込みます』
『そうですな。住民に被害が及ぶのは、本意ではない』
 フォルの提案に同意し、修司はレーダーを確認する。
『撮影行程自体は、あと少しですが』
『進行速度を上げつつ、これ以上HWが増えないよう祈っておきましょう』
 ソードはスラスターライフルでHWを牽制し、引きつけて旋回する。
 最善を尽くそうとする中、亜夜の元へ通信が届いた。
『陽子達が無事に三人を回収し、洋上へ抜けたらしい』
 仲間からの吉報で、回線に安堵の息と口笛が混ざり合う。
『では、こちらも負けていられませんね』
 穏やかながら力強くフォルが微笑み、頼もしい仲間に修司は操縦桿を握り直す。
『機影確認、追加のお客さんだ。お嬢さん方にフラレて、コッチへきたか』
『往生際の悪い‥‥あと少しです』
 続く亜夜の報告に、フォルが地形を確認した。
 速度を上げた編隊はカップコルス半島の根元を横断し、バスティアを飛び越える。
『完了ですか?』
『出来には不安がありますが』
 短くソードが問えば、修司が即答し。
『煙幕装置を使います。皆さん、準備を』
 フォルの呼びかけに、各機はシュテルンのカバーへ移る。
 直後、砲弾が炸裂し、急速に周囲へ煙が広がった。
 いち早く煙幕から抜け出した四機は、翼に煙を引きながら加速し、東へ離脱する。
 しばしバスティア上空を飛んでいたHWは、KVが戦域から離れると追撃を諦め。
 次々に、南へ帰還していった。