タイトル:町角に響かせよ歌声マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/02 00:27

●オープニング本文


●爪跡を辿り
 手動式のリフトを押し、鉄塊の乗ったパレットをコンテナの中に押し込む。
 ワイヤーでパレットを固定し、固定具合を確認すると、コンテナから降りたリヌ・カナートは後部の扉を閉めた。
 それから道端の岩に腰を下ろし、煙草を咥えて火を点ける。
 一つ大きく息を吐けば、紫煙がゆらゆらとスペインの冬空へ登っていった。
「にしても、バグアって奴らはとことん秘密主義なのかねぇ。これだけの戦闘があっても、マトモなジャンク一つ落っこちてないとは」
 そもそも、ジャンクにマトモな物やそうでない物があるかどうかはさて置いて、ぼやきながらリヌは煙を吐く。
「戦闘のガラクタを、集めているのかね?」
「‥‥っ、げふんげほっ」
 何気ない独り言に予期せぬ返事を投げられ、思わず煙を飲んでむせた。
「ああ、すまない。驚かせるつもりはなかったんだがね」
 片手を挙げて問題ないと身振りで示しながら、ジャンク屋は顔を上げて声の主を振り返る。
 夏のそれほどではないが、直視した日差しは視界を覆い、反射的に目を細めた。
 目深に帽子を被り、ちょうど太陽を背にした相手の顔はよく見えないが、背格好や声から相手が中年から壮年あたりの男だとは判別がつく。
「ガラクタを探すなら、ここから南東へ進めばいい。小さな町があるが先日の大きな戦闘の余波か、随分と派手にやりあったような痕跡がある。何か、『掘り出し物』も見つかるかもしれないな」
「ふぅ、ん? この先なら、バグアの勢力下あたりになるか‥‥それなら確かに、大きな戦闘もあったかもしれないけど」
 上着のポケットから折りたたんだ地図を引っ張り出すと、リヌはたたみ皺を手で伸ばして道を確かめた。
 現在、彼女がいる場所はスペインの北東部にあるカラオーラの東。そこから更に男の言う方向へ進めば、人類とバグアとの戦力境界線に近いトゥデーラだ。バグアと遭遇する可能性が高くなるだろう。
「せっかくだから、行くだけ行ってみるのも手か。にしても、あんたは‥‥?」
 地図から顔を上げたリヌは周囲を見回し、喉の奥で唸る。
 声をかけてきた男の姿は、もうどこにもなかった。

●音の絶えた町
 南東にあるトゥデーラの町へ近付くに連れて、道路の両側に広がる風景は一変する。
「こりゃあ、戦闘の跡じゃないな」
 ハンドルを握りながら、リヌは眉をひそめた。
 耕された畑のあちこちで、大きく土が盛り上がっている。爆発の影響で土がえぐれ、削り取られ、あるいはクレーターのようになる事はあっても、『盛り土』のようになる事はない。また土の色や草の一本も生えていない辺りからすると、土の盛り上がりは比較的新しいようにも思えた。
 やがてトレーラーが町へ入ると、建物から血相を変えた人々が進路へ飛び出してくる。
「ちょっと、危な‥‥っ」
 とっさにブレーキを踏んで減速すれば、次々と現れた人々がトレーラーを囲んでついてきた。
「食料はないか!?」
「あいつに襲われなかったのか?」
「助けてくれ! この町から出してくれ!」
 すがりつく様に訴える人々の様子に困惑しながら、注意深くリヌはブレーキを踏んでエンジンを切る。そして護身用の銃やナイフを確認してから、ゆっくりと窓を下げた。
「必要なら、手助けする用意はあるがね。よければ、状況を詳しく説明してくれる相手を‥‥」
「オラーノが車で逃げたぞっ!」
 遅れて道へ走ってきた男が彼女の言葉を遮って叫ぶと、人々は一斉に西へ視線を向ける。
 直後、回転を上げたエンジン音とタイヤがスリップする音が響き。
 飛び出した一台の車が、トレーラーの後方から西へと走る。
 騒がしかった空気が、凍りついていた。
 人々は固唾を飲んで、遠ざかる車を凝視する。
 あっという間に車が見えなくなれば、トレーラーを囲んでいた者は車の後を追いかけるように走り出し、またある者は建物の影へ引き返し、もしくはその場で立ち尽くしていた。
「ところで、誰か話の判るのは‥‥」
 背を向けた人々へ、リヌが声をかけたその時。
 どぉん! と、重い振動が空気を震わせる。
 急いで窓から身を乗り出して音の方を見れば、車が消えた道の先から黒い煙と炎が立ち上っていた。
 車を追った人々は茫然と立ち竦み、魂が抜けたかの如くその場へ座り込み。
 立ち上る煙と一緒に、身体のあちこちから金属が突き出た巨大なミミズのような物体が鎌首をもたげ、そして再び地中へ潜っていく。
「あれは、アースクエイク‥‥にしては、少し小さいか」
 最初にフランスに現れ、それ以後も地中から現れる脅威として知られるワームだが、いま目にしたそれはフランスに現れたモノより小さく思えた。
「アイツがずっと町の周りにいるせいで、誰もここから出る事が出来ないのさ」
 黒髪を後ろで束ねた中年の女が、深い息を吐きながら首を横に振る。
「誰も? ずっと?」
「ああ。車で逃げようとした者は、大抵ああなる。助けを求めようにも電話は繋がらないし、ここから他の町へはキメラに怯えながら10km以上も歩かないといけない。男ならともかく、女子供や年寄りには辛い話さ」
 重い口調の言葉に、リヌはまだ立ち上る煙へ目を向けた。
「数は何体いるんだ? もし一体なら、同時に別の方向へ一斉に走り出せば、逃げる事が出来るかもしれないだろう」
「その代わり、誰かが死ぬかもしれない。だから町の者は皆、息を潜めてアイツが諦めるのを待っているのさ」
 不安を抑えるように、女は肩にかけたストールを何度も撫で付け、そして沈んだ瞳でリヌを見上げる。
「あんたも、ここから出られない」
「歩いてなら、問題ないんだろう?」
 車内へ首を引っ込めたリヌは、手早くグローブボックスから必要な物を鞄に詰め、車の鍵を抜いて外へ出た。
「後ろのコンテナに幾らか水や食料があるから、分けるといい。それ以外の積んでるガラクタは、危ないから触らないように頼むよ」
「どういうつもり?」
 鞄を肩へかけ直したリヌへ、怪訝な顔で女が尋ねる。
「助けを呼んでくる。幸い、ここへくるまでキメラは見なかったんでね。急いで引き返せば、何とかなるかもしれない」
 死んだように静まり返り、生気のないやつれた人々が路傍に座り込んだ町を背に、リヌは来た道を引き返し始めた。

   ○

『ラスト・ホープ』UPC本部。
 世界各地で発生中の『事件』が表示されたモニターへ、新たな『案件』が加わる。
 ――スペイン北東部、バグアとの勢力境界線にあるトゥデーラ近辺で、小型ながらアースクエイクの出現が確認された。
 正確な出現期間は不明だが、ワームによって住民は長期間に渡って町からの移動や外部との連絡を封じられ、心身ともに激しく消耗している。
 早急にこれを排除し、住民の安全を確保する事――。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

●変わった光景
 カラオーラにある病院の駐車場に止められた七機のKVを、通りがかった人や通院患者がしげしげと眺めていた。
 だが院内へ足を踏み入れた者は、更に驚く事になる。
「‥‥ぬぅわぁんっ! バグアって、ほんと何考えてんのかわかんないっ」
 頭を抱えた空閑 ハバキ(ga5172)を、ちょっと心配そうになつき(ga5710)が見上げていた。
「ただ息を潜め、災禍が過ぎ去るのを待つだけの街か‥‥耳にするだけでも、あまり愉快ではないな。一刻も早く解放せねばなるまい。その為にも、目撃者の証言を得なくてはな」
 壁にもたれて腕を組んだ榊兵衛(ga0388)が、受付と話す鏑木 硯(ga0280)の背中を見やる。少し視線を動かせば、待合室の一角に集まった彼らを、離れて窺う患者や看護士の姿。
「お待たせしました。カナートさんの病室は、503号室になります」
「ありがとうございました」
 軽く頭を下げてから、硯は仲間に病室の番号を知らせに戻った。
「急がば回れ。ちゃっちゃとお話聞いて、トゥデーラにミミズ退治に行きましょう」
 緩くウェーブした長い金髪を揺らし、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)がエレベータへと歩き出す。
 七人の姿を、人々は半ば茫然としながら見送った。

●Informant
「お見舞いっぽいのに来ました。お加減、どうですか?」
「加減も何も、さっさとここを出たいね」
 容態を尋ねる硯へ溜め息をつくリヌは、すこぶる元気そうだった。
「少しばかり長い距離を歩いただけで、大層なんだよ」
「でもアースクエイクとの熾烈なカーチェイスの末、生還したって‥‥あれ?」
「どこの誰だい、そんなホラ吹いてるのは」
 小首を傾げるシャロン・エイヴァリー(ga1843)に、ベッドの上でリヌはからからと笑い。一しきり笑ってから、鋭い目で七人を見上げた。
「社交辞令は置いといて。巨大ミミズは、どうなった?」
「その件で、お話を伺いに来たんです。申し遅れました、私はヴェロニク・ヴァルタンです」
 ヴェロニクを始めとして顔を合わせる者達が、まず次々と簡単に自己紹介をし、それから本題に入る。
「ワームと一戦交えるにあたって、街や敵の情報が不足していると判断しました。何故街を襲わず、周辺の閉鎖のような事をしているのか、今ひとつ理解しかねるのです。何か、心当たりはありませんか?」
「他にも、おおよそで良いので実際にワームが出た場所とか、外界から隔絶された街の情報をどのように仕入れたのか、とか気になるんだが」
 正直に切り出すヴェロニクに続き、時枝・悠(ga8810)も問いを重ねた。
「任務とはいえ、街を救いたいと思う気持ちに間違いはない。協力して貰えれば、助かるのだが」
 改めて兵衛が助力を請えば、眉根を寄せたリヌは腕を組んで考え込む。
「あのミミズが、どんな経緯で何時からいるか、私も判らない。トゥデーラ自体、胡散臭い奴が声をかけてこなきゃ、通る気もなかったからな」
「胡散臭い奴? どんな奴だ」
 怪訝そうな表情で詰め寄る悠に、リヌがかいつまんで男の風体と町へ向かうに至った経緯を説明した。
 カラオーラ郊外でジャンクを回収していた時、見知らぬ男から「トゥデーラに大きな戦闘の痕跡がある」という話を聞いた事。
 真偽の確証もなく、試みに足を伸ばしたところ、町が『面倒な状況』になっていた事。
 車での移動は危険と判断してトレーラーを残し、近くの町まで徒歩で移動してUPCと連絡を取った事。
「顔を覚えてないのが、悔やまれるんだよな。英語にほとんど訛りがなかったくらいで、後は年恰好ぐらいしか特徴が伝えられない」
「つまり、その男がリヌさんにわざと目撃させたって可能性も、あるわけね‥‥」
 口元へ手をやり、シャロンは思案を巡らせる。
「不思議なおっちゃん‥‥! 敵か味方か、何だかとても気になるよねっ」
 首を傾げたハバキは、彼の後ろへ半分隠れているなつきに振り返った。
「あの‥‥ジャンク屋って、何ですか?」
 じーっとベットの人物から目を離さず話を聞いていたなつきはハバキを見上げ、とりあえず基本的な疑問から聞いてみる。
「えっと‥‥ジャンク屋さんだから、ジャンクを売ったり買ったり、かな?」
 少し悩んでまんまな答えを返すハバキに、今度はなつきが首を傾げ。
「競合地域にまで入って、ジャンクを集めるなんて‥‥何か大きなメリット、あるのかな‥‥?」
「ULTなり未来技研なりに、売りつけるんだよ。使えるもんなら廃品利用、使えなくてもまぁ、いろいろ使い道はあるらしくてね。ヘルメットワームやゴーレムのジャンクなんかは値が張るんだが、なかなか‥‥ミミズは売れるようなジャンクになるかすら、判らないが」
 二人の会話を聞き止めたのか、簡単に説明してリヌは肩を竦めた。
「あの‥‥アースクエイクが付近にいると、地響きが発生するんです。トゥデーラで、それを聞いた覚えは?」
 思い切って質問するなつきにリヌは目を閉じて指を組み、記憶を辿る。
「少なくとも町中では感じなかった、と思う。車を走らせてる間は、大きな振動でないと判らないし‥‥歩いて町から戻る時は、静かだったね」
「本当、無茶もほどほどにして下さいね」
 困った風に苦笑して忠言する硯の隣で、シャロンがくすりと笑った。
「でも失敗続きの車で逃走を試みるより、徒歩のが試す価値は‥‥ってのは、能力者の考え方かなぁ?」
 ぽしぽしと癖のある金髪を掻き、ハバキは疑問を口にする。
「競合地域なら、キメラが徘徊する可能性は高いだろ。若い連中だけならともかく子供や年配者を連れて歩くのは、難しいと思ったのかもな。常時近くにミミズがいて、いつ襲われるか判らず、精神的に参っていたのもあったかもしれない」
「そっか‥‥それで、町に男は残ってなかったの?」
「私が見た限りは、いなかった。いれば、文句の一つでもつけたかったんだが」
 ぱきぱき指を鳴らすリヌに、こっくりとハバキが頷いた。
「じゃあ、見つけたら代わりに文句を言っておくよ。もし敵なら、俺等の動きを見に来るかも‥‥だし」
「あと、もし何か伝手があれば、ワーム撃退後すぐに町への食糧輸送ができませんか?」
 住民の様子が気にかかるのか、遠慮がちに硯は後の支援をリヌへ頼む。
「トレーラーにも多少は積んであったが、足らないだろうね。何とか、手を回してみるか」
「お願いします」
 やや安堵した様に硯は頭を下げ、病室の時計へ悠が目を走らせた。
「もう行かないと。現地で、須佐が待ってます」
「そうですね。早く病室から開放されるよう、祈ってます。では」
 一礼してヴェロニクが退室を告げ、ハバキは明るく手を振る。
「リヌの10km。無駄にしないように、行って来るね」
「ああ、頼んだよ。本当なら乗せろって言いたい所だが、あんたらの『足』は少々ハードなんでね」
 冗談めかすリヌに笑顔で頷き、仲間達に続いてハバキはなつきと病室を出た。

●作戦の前に
『結局、アースクェイクが何故、町を潰さないかは判らないのか。やろうと思えばすぐにできる事だろうに、何か思惑があるのか‥‥?』
 トゥデーラに近い町で待機していた須佐 武流(ga1461)は、仲間達が得た情報を聞き、答えが得られない疑問をコクピットで呟く。
『逃げ出す住民を襲ったり、電話が通じなくなったり‥‥確かに、町に閉じ込めるようなワームの行動はちょっと気に掛かりますね。敵は一体だと思い込まずに罠も警戒して、とにかく油断しない様にしましょう』
 仲間の会話、そして通信機越しに硯が注意を促す間も、ずっとなつきは一人で考え込んでいた。
 町の地盤は、外の地盤よりも硬いのか。そもそも、町にEQが入らない理由は何か。
(「車の音とか‥‥大きな音や振動に反応しているとしても、町が殆ど攻撃されてないのは‥‥妙、ですよね」)
 答えを探すように顔を上げれば、キャノピー越しにK−111改が見える。
『町へ入らないのか、入れないのか。どちらかは判らないけど、少なくとも俺達が刺激したせいで、町に被害が出ないようにしないと』
 なつきの視線に気付いたのか、開いたコクピットからハバキが彼女の方を見、大丈夫という風に笑んでみせた。

「いい香りね。ダージリン?」
 翔幻の傍らで持参した紅茶を飲むヴェロニクに、シャロンが目を細める。
「ええ、飲みますか? 脳の働きを助ける為にも、少し糖分高めですけど」
「いいの? それなら、喜んでいただくわ」
 ヴェロニクから予備のカップを受け取ったシャロンは、香りを楽しんでから紅茶を口へ含み。
 暖かい紅茶に、ほぅと深く息を吐いた。
「ありがと、リラックスできたわ。じゃあ、頑張ってくるわね」
「‥‥地殻変化計測器の方も、お願いしますね」
「任せて」
 片目を瞑り、シャロンはシュテルンへ向かう。
 後ろ姿を見送ったヴェロニクは、空になったカップを眺め。
「甘さ、大丈夫だったかしら?」
 自分用に、砂糖を多めに入れた紅茶を飲み干した。
 やがて短い情報交換と休息の時間を終え、八機のKVが動き出す。

●Trap or Surprisal
『全員が地殻変化計測器を持っていますので、探査範囲が広がって助かりますね。効果的な配置を計算しましたので、よろしくお願いします』
『了解。じゃあ、始めるか』
 ヴェロニクへ答えた兵衛は操縦桿を傾け、人型に変形した雷電を前に進めた。
 シュテルンの降下音でEQが町中へ侵入する可能性を考慮し、まず硯機ディアブロ、兵衛機雷電、武流機ハヤブサの三機で地殻変化計測器を設置しつつ、囮役にあたる。
 ハバキ機K−111改、なつき機バイパー、ヴェロニク機翔幻が囮役の援護とフォローにあたり、同時にこちらも地殻変化計測器を設置。
 その間にシャロン機、悠機の二機のシュテルンが町の中央部分へ降下し、住人へ助けがきた事を知らせ、出来るだけ町の中央への避難を促す予定だ。
『こちらも、行くか』
『そうね』
 装輪走行で遠ざかる六機のKVを見送り、悠とシャロンもまた行動に移った。

 三機のKVは幾つもの『盛り土』の間を抜け、町の手前でUターンする。
 少し間を置き、設置した地殻変化計測器の一つが地中の振動を探知した。
『奴さん、来たぞ』
『引っかかってくれたか』
 兵衛の言葉に武流はほっとしながらも、操縦桿を握り直す。
 本番は、これからなのだ。
『止まったら、飲み込まれる‥‥足を止めるな』
 ――少なくとも、俺は丸呑みにされたくはないぞ。
 心の内でそんなボヤキを溢しながら、武流は振動を感知したポイントからハヤブサを遠ざけた。

 突然空から降下したKVに人々は呆然とし、遠巻きに囲む。
『聞いてくれ! 何があっても町の外周には近付かず、町の中心に集まっていてくれ!』
 町の中央付近に降りた悠は、呆けた人々へ呼びかけた。
 一方の町の外周では、やはりシャロンが避難を促して回る。
『戦闘に備えて、外周部の住人は中心部へ避難をお願いします』
 最初は何事かと顔を見合わせていた人々だが、やがて彼女らの呼びかけに応じ。
 ふらふらとすがる様に、移動を始めた。

『ちゃっちゃらーちゃーらー、ちゃっちゃらーちゃーちゃー‥‥』
『‥‥それ、何の呪文?』
 微妙に音程のずれたヴェロニクの鼻歌に、ハバキが率直な疑問を投げた。
『え? ワーグナーの『ワルキューレ騎行』ですよ?』
『‥‥判りませんでした‥‥あ、こちらの設置、終わりました』
 その答えに衝撃を受けたのか。なつきがぽろりと言葉を落してから、慌てて報告を付け加える。
 囮が地中の敵を引きつける間に、ヴェロニクが示すポイントに合わせてハバキとなつきが各々の計測器を設置していた。
『こっち、終わったよ。地殻変化計測器を作ってくれた人達には、頭が下がるね』
『こちらもです。では、加勢に向かいましょう』
 自分の計測器を設置した三機は、囮の三機の元へ走った。

『計測器設置、OKだよ』
『住民の避難も、ほぼ完了した』
『じゃあ、仕上げといくか』
 他の二班からの知らせに、兵衛が機槍「ロンゴミニアト」を構えた。
『引っ張り出す餌は‥‥俺が、行きますね』
 話を振った硯だが、僅かな沈黙に反応がなく。
 成り行き的に、自ら役を買って出る。
『来るぞ!』
 武流が警告し、計測器が伝える敵の動きに合わせてディアブロが動いた。
 振動する地面に、KVが足を取られる。
 警告音が煩く鳴る中、硯は地表を目視でも警戒しながら、速度を殺さず機体をターンさせ。
 その時、土の中から鋼鉄の刃が突き出した。
『くっ‥‥!』
 足元からの襲撃を、ディアブロはブーストジャンプで回避する。
『出たな!』
 その機を見逃さず兵衛は強化型ホールディングミサイルを、武流はMSIバルカンRを叩き込み、3.2cm高分子レーザー砲を放った。
『レーザーとバルカンの弾幕だ。釣りは要らん、全部持っていけ!』
 体表に弾痕を残しながら、斉射の衝撃で巨大なミミズが頭をもたげ。
『‥‥地面に潜られては、厄介です、ね』
『うん。足元にも、気をつけて』
 なつきへ注意しながら、ハバキがスパークワイヤーで相手の動きを封じにかかる。
 だが小型と言えど、EQは脅威的な力でのた打ち。
 ワームの勢いに、K−111改が引きずられた。
 ブーストを効かせて踏ん張るK−111改を助けたのは、刃の突き出した胴体へ撃ち込まれた135mm対戦車砲とMSIバルカンRの雨。
『間に合ったか』
『ええ、遅れてきたけど‥‥まだ元気一杯って感じね』
 悠へシャロンが頷き、町から急行した二機のシュテルンもまた戦列に加わった。
 浴びせられる弾薬に、口に並んだ『牙』をEQは蠢かす。
 そこへ、超伝導アクチュエータを起動した雷電がブースターで間合いを詰めた。
『【槍の兵衛】の槍捌き、とくと味わうがいい!』
 気合いと共に、機槍の穂先が風を斬り。
 仲間も、タイミングを合わせて兵衛に続く。
 硬質な衝撃が、機体に伝わった。
 特殊加工された刃はフォースフィールドを突き抜け、ワームの胴を裂き。
 加えて、火器で更なるダメージを容赦なく惜しみなく叩き込む。

   ○

 八機のKVに囲まれたEQが破壊されるのは、時間の問題だった。
「『奇襲』は相手の不意を打ってこそ。手の内を知られては、効果も半減か。一般市民の心理状況を操作するのは、存外に容易だったが、さて‥‥」
 やがてワームが完全に沈黙すると、帽子を被った男は傍らの携帯型ビデオカメラを止め。
 カメラを手に傍らの車へ乗り込み、アクセルを踏んだ。

   ○

『‥‥ワームも、ジャンクになるのでしょうか』
『リヌさんのコンテナに積めてあげたら、喜ぶかしら』
 動かなくなったEQを前に、なつきとヴェロニクがそんな言葉を交わす。
『じゃあ、町の人に知らせてくるわね。もう静けさに怯える心配は、ないって』
『そうですね。俺も行きます』
 シャロンの後に硯が続き、仲間達も住民を安堵させる為に次々と町へ向かった。