●リプレイ本文
●準備と報酬
「へぇ‥‥墜落してたんだああああぁぁぁ〜〜っ!?」
六機のKVが並ぶ湖畔の研究施設から、奇声らしいモノが響いた。
「ぎゃああああ、ティランが一人増えたあああ!?」
「ドナート君、それは失礼であろうっ」
一連の話を聞いて某奇声を真似た潮彩 ろまん(
ga3425)を、ドナートが指差して慄く。
その彼へ、更に『元祖』なティラン・フリーデンがびしっと指を突きつけた。
「あの‥‥遊んでる時間は、あまりないと思うのですが」
困り顔のアイネイアスがティランへ先を促し、顔を揃えた能力者のうち数人は慣れた風に状況を聞いている。
「ところで、携帯型の受信機は‥‥?」
「これになる」
尋ねたアグレアーブル(
ga0095)へ、部屋の隅で作業していたチェザーレが『荷物』を持ってきた。
携帯といっても、ソレはちょっとした登山装備並みの体積がある。手元にある機材を使って用意した為、これでも精一杯『小型化』した結果らしい。
「担いでいくのか?」
心配そうに見下ろす相手へ、アグレアーブルはゆるく赤毛を左右に揺らした。
「簡易の補助シートへ積みます。使い方、教えてもらえますか?」
「じゃあ、俺が説明するよ」
はいはいとドナートが手を振り、アグレアーブルの傍らへ移動する。
「コルシカか、懐かしいな。欧州解放戦の時は隣のサルディニアで戦ったよ」
ホワイトボードに貼ったコルシカの地図を眺める三島玲奈(
ga3848)の呑気な言葉に、陽気なイタリア人青年の手が一瞬強張り。仲間の肩を、スペイン人の髭面男が軽く叩いた。
その様子に気付いた月神陽子(
ga5549)は小さく嘆息し、長い黒髪へ指を滑らせる。
「早朝、日の出の時間に北西からコルシカ島へ進入しますわ。準備は、間に合わせていただけますわよね?」
「うむ、それは当然である。で、当方からも諸君へ一つ、確認事項があるのだよ」
大層な前フリをして、ティランは高さ1m半ほどの物体をテーブルへ置き。
同時に、陽子の瞳が鋭く輝く。
「『特別報酬』は、これで良いかね?」
「ええ‥‥嬉しいですわ。機体ぬいぐるみはコンプリートを目指しておりましたのに、手に入る機会がなかなか無くて、困っておりましたの」
答える陽子の微笑みはティランではなく、卓上の『あしゅらのぬいぐるみ』に向けられていた。
「うわーっ、格好いいぬいぐるみだね!」
ろまんも嬉しそうに机をぐるぐる回り、ぬいぐるみを様々な角度から観察している。一方で、ツァディ・クラモト(
ga6649)は微妙な表情で『報酬』とティランを見比べた。
「どうせなら、1/48スケールシリーズのKV模型はある?」
「残念ながら、あれは入手が難しいのだ。機体と同じ素材で作られていると聞く故、そういうモノが面倒な所へ渡ると、何かと面倒であるのかもしれぬ」
「そりゃあ、残念」
模型の方が値が張るのだが、それは言わずにおく。
「にしても、北西から侵入するという事は、ある程度は山の稜線に沿って飛ぶという事となるのだな」
「先方に探知されないよう、低速で飛ぶ予定だ。何か、問題でもあるか?」
UNKNOWN(
ga4276)が聞き返せば、ぽしぽしとティランは髪を掻いて地図を見やる。島の地図の真ん中あたり、赤いマグネットが置かれていた近辺が、落下点と思しき場所だ。
「アイネイアス君の予測では現地は曇天、雪は降らぬそうだ。山岳地帯となれば、気流や天候は変わりやすい。ヘルメットワームですら、過去に雷の直撃で少なからぬダメージを負ったという噂も聞くのだよ。バグアの脅威以上に自然現象は気まぐれで威力は計り知れず、不測の事態となれば無線局の回収よりも、諸君らの身の安全第一で臨んでくれたまえ」
返事代わりにUNKNOWNは被った黒いソフトハットを僅かに持ち上げ、『技術者』の懸念に答えた。
「では、時計を合わせておくとしようか。電波障害があれば、決められた時間に然るべき行動を取るより他ない故にな」
ティランが時計を取り出し、念のために漸 王零(
ga2930)もSASウォッチを手にする。
「通信が繋がれば、受信の用意が整った時点で緊急用信号発信指示を要請します。もし通信が繋がらない場合は、日の出3分後の時限式でお願いします」
「了解。日の出3分後だね」
段取りを確認するアグレアーブルに、PCの時計を合わせてドナートが頷いた。
●アプローチ
青紫の空の下、眼下に連なる雲は暗い海原のように見える。
列を成して飛ぶKVの一群は、雲の海へ静かに沈んでいった。
雲を抜けた先では、明かり一つ見えない島が黒く浮かんでいる。
『今のところ、敵影はありません』
『でもバグア勢力圏に墜落するなんて、場所が場所だけに陰謀を感じます。これ、あからさまな罠じゃないですかね』
レーダーをチェックしたアグレアーブル機ウーフーが状況を伝えれば、通信機越しで雷電に乗る玲奈が不満そうな声をあげた。
『故意に誘い込んで二度と近付かないよう痛めつける手で、成層圏プラットフォームを搾取する気とか』
「痛めつけるのは、逆効果な気もするが」
いささか懐疑的なUNKNOWNに、簡易補助シートへ座ったろまんも「う〜ん」と首を傾げる。無線局の回収役である彼女は身軽さを優先し、UNKNOWN機K−111改に同乗していた。
「バグアが一杯いるだろうって皆も判ってるから、ちゃんと準備していくよね。それに探しに行くのって、古い方の無線局だもん」
『まぁ、罠だろうと何だろうと、行けば分かるでしょうよ』
面倒そうな口調ながら、ツァディがもっともな意見を述べる。
『しかし、きゃっち・ざ・しぐなる‥‥』
なんとなく、ツァディが呟いた。そう、なんとなく‥‥。
『そろそろ、目的の空域だ』
注意深く雷電の高度を維持しながら、王零が仲間へ告げた。
『もうすぐ時間ですわね。向こうとの無線は、繋がりそうです?』
陽子が問うが、アグレアーブルの反応はかんばしくない。
『どうやら、通信は妨害されているようです。最後の信号に意味があるなら、相手も動き出している筈‥‥』
「場所が判って回収するだけなら、信号を発信させる必要はない。出来上がっている通信網を破壊するならともかく、無線局単体では軍事的な価値も少ない。裏返せば、向こうは無線局の場所が判らず、無線局に無線局以外の価値がある‥‥という事か」
「無線局が拾えたら、意味も判るよね。ボクが頑張って、探さなきゃ」
模索するUNKNOWNの後ろで、ろまんがぎゅっと拳を握った。
『ところで現状の戦力配分だが、空を抑えるのに一機では苦戦するだろう。UNKNOWNのフォローから、玲奈の方へ回るか?』
『あれ? 私が、UNKNOWNさんと組むんじゃなかったですか?』
王零の提案に、玲奈が今更な疑問を口にする。
『確か上空で、陽動と援護と‥‥』
「俺は無線局の信号探知と、潮彩を無事に降ろす仕事があるのだが」
何気なくUNKNOWNは口元へ手をやるがそこに煙草はなく、指を泳がせて嘆息した。
『えぇと、じゃあ私が上空で‥‥単機?』
『だから制空権を維持する為に、そちらへ我が回ろうと提案しているのだが』
ワンテンポ遅れて微妙に話が食い違う玲奈へ、もう一度王零は判りやすく説明する。
彼らの予定ではUNKNOWN機K−111改と王零機雷電、ツァディ機ワイバーン、そして陽子機バイパーとアグレアーブル機ウーフーの順番で着陸。必然的に玲奈機雷電が上空に残る計算になる。だが敵地において相手の出方や戦力がはっきりしていない以上、うかつに制空権を奪われる訳にいかない。
『ああ。それでそういう事、ですか』
『しっかりして下さい。敵地の真ん中で作戦不備など、命取りですわ』
手厳しい言葉を、陽子が投げた。一歩間違えれば仲間や自分の身すら危うい状況なら、当然だろう。
「では、よろしく漸。こちらは着陸可能なポイントを確認、着陸態勢に入る」
『気をつけてな』
高度を下げるK−111改へ王零が声をかけ、彼の代わりにツァディが続く。
『じゃあ、こっちも予定変更するか。王零が上なら、UNKNOWNのフォローが必要だろ』
『ああ。すまないが、任せた』
除雪された舗装道路に四機のKVは次々と降り、近付く日の出に備えて準備にかかった。
やがて、時計は打ち合わせた時間を示す。
だが無線局から所在を知らせる信号は届かず、ティラン達より連絡もなかった。
空の色が曇った鉛色へ変わり始めても、山に囲まれた一帯はまだ暗い。
「ドイツからの指示が、届いていないのかもしれません。こちらから、発信指示を出します」
キャノピーを開いたアグレアーブルは狭いコクピットから身を乗り出し、後ろにある受信機を操作した。
「UNKNOWNさん。準備、いいですか?」
『ああ、いつでも』
距離を取って待機するUNKNOWNの返事を聞き、彼女は細い指で四角いスイッチを押す。
しばらくの間を置いて、モニターに光点が浮かび上がった。
「反応、ありました。そっちはどうです?」
『受信した。こちらからの位置は‥‥』
UNKNOWNが彼から見た方向と距離を知らせ、アグレアーブルは二点の観測地から大よその見当をつける。
『上手くいきそうですか?』
バイパーのコクピットから陽子がかける声に、不安や心配の色はない。
「一度では確定できないかもしれませんが、さっとやってさっと帰りたいですね。島の人にも、被害が出ないよう」
『その意見には、賛成ですわ。無線機の信号を敵も探知する可能性は、高いですから』
小さく頷いて、アグレアーブルはキャノピーを閉じ。
背にレドームを背負ったウーフーは、赤いバイパーと共に雪の中を移動し始めた。
移動を開始して間もなく、警告音が所属不明機の接近を伝える。
「遅い出迎えが、来たようです」
『了解。こちらで歓迎しておく』
アグレアーブルの知らせに、遥か上空から王零が答えた。
●メッセージ
警報が鳴り、聞き覚えのあるエンジン音が冷たい空気を震わせる。
爆発音、あるいは何かが粉砕される音。
初夏の『悪夢』を思い出しながら、人々は家族や友人と不安げに身を寄せ合った。
「迷子の迷子の無線局やーい」
機械が答える訳がないと判っているが、白い息を吐きながら呼びかける。
雪の上にぽつぽつと足跡を残しながら、双眼鏡片手にろまんは無線局を探していた。
上空から爆音が聞こえるが、彼女は足元に集中し、岩が突き出た山の斜面を用心深く歩く。
『この辺り、だよな』
キャノピー越しに小柄な少女の後姿を見守りつつ、ツァディがアグレアーブルへ確認した。
『はい、信号は移動していません。ただ、急いで発見しなければ、時間がかかればかかる程‥‥』
『更に、敵が増えますね。できるだけ、地域住人の方の平穏を乱したくは無いのですが‥‥仕方がありませんわね』
レーダーを見ながら、険しい声で陽子が呟く。
敵地内ながらウーフーのお陰で索敵機器は有効だが、戦況は有利ではない。
二機の雷電を迎撃しようと、HWの増援が現れていた。
王零達も簡単に落とされる腕ではないが、数は脅威だ。戦闘が長引けば、錬力切れの可能性も出てくる。
二人の余力を残す為、陽子に『護衛』を託してUNKNOWNも加勢に向かっていた。
一方、地上で待つ者達も決して安全ではない。
『敵影、来ましたわよ』
陽子の警告と同時に地上付近までHWが急降下し、収束フェザー砲が発射される。
紫の光が、雪を散らし。
バイパーもまた雪を舞い上げて後進しながら、P−120mm対空砲で応戦した。
『陽子さん!』
『敵エース機でも来なければ、問題はありません。アグレアーブルさんは回収のサポートに集中を、わたくしが守りますから』
凛とした声で、陽子は彼女の役割を告げる。
その言葉は見栄や過剰な自信ではなく、紛れもない事実だ。
『見つけたぁっ、あったよー!』
陽子が応戦する最中、明るい声が無線機越しに飛び込んできた。
『調べながら無線局を外すから、もう少し待ってね。ベルナールさんの事もあるし、ティランさん達の考えそうな事、良く判られちゃってると思うもん』
『ええ。手は抜かず、手早くお願いしますわ。状況によっては、雪崩れも起きかねません』
『判った、頑張ってみるよ!』
ある意味で無茶を言う陽子に、力強くろまんが返事をした。
『まだ、数が増えてます。サルディニアから援軍来てないですか、これ?』
『どうだかな。だが、間もなく離脱できる。今は凌ぐぞ』
数機のHWからの追撃を回避しながら攻撃の手を緩めない玲奈を、やはり応戦しながら王零が励ます。
その間にも、地上では何とかろまんが無線局を取り外し、走っていた。
『急げ、すぐ離脱するぞ』
『援護しますわ』
ろまんがワイバーンに乗り込むのをツァディが助け、陽子はバイパーの背で仲間を庇う様に位置を取る。
同様にカバーに入ったアグレアーブルの視界で、影が動いた。
ワイバーンが加速し、風圧が雪を巻き上げる。
一瞬の地吹雪で見えなくなった影だが、風が吹き抜けると再び動き始めた。
彼女が気が付いた事を知ってか知らずか、大きく手を振り、何かを訴えながら近付いている。
『どうしたんですか、アグレアーブルさん』
動かぬウーフーに、陽子が操縦者の名を呼ぶ。
だが逆に機体は身を屈め、キャノピーが開いた。
『アグレアーブルさんっ?』
『人がいるんです。先に、飛んで下さい』
コクピットからアグレアーブルは身を乗り出し、赤く長い髪が風に煽られる。
「お願い、これを‥‥これをっ!」
駆け寄ってきたのは、彼女と歳の変わらぬ少女だった。
握った白い紙を渡そうと、必死に手を伸ばしている。
『くそっ、何をしているっ!』
すとんと高度を落としたHWに、王零が操縦桿を可能な限り傾けた。
地上で動かぬ機体は、いい標的だ。
過度な動きで雷電はHWへ喰らい付き、試作型「スラスターライフル」が火を吹いた。
30発の弾丸が、矢継ぎ早に繰り出され。
目の前のHWが煙を吹くと同時に、別角度からの衝撃でコクピットで振り回される王零。
『漸!』
急旋回急降下した雷電へ迫るHWを、UNKNOWNが特殊コーティングされた主翼で粉砕した。
地上に続いて空でも爆発が起き、HWの破片が四散する。
『大丈夫ですか!?』
『ああ、まだ飛べる』
気遣う玲奈に返した王零の息遣いは、荒い。
『アグレアーブル、そっちはどうだ。アグレアーブル?』
『大丈夫、です‥‥』
UNKNOWNの呼びかけに、重い声でアグレアーブルが告げた。
白い雪に広がる赤い染みの中心で、爆風に巻き込まれた少女が倒れている。
その瞳からは、急速に生気が失われていった。
少女の手から彼女へ託そうとした紙を抜き取り、アグレアーブルは踵を返す。
『急ぎ、撤退します』
ウーフーが動き出すのを確認して、陽子が仲間へ知らせた。
光へたかる羽虫の様に追ってくるHWを振り切り、KVはコルシカ島を後にする。
『これで、何が判るんだろうね』
膝の上の無線局を、大事そうにろまんが撫で。
アグレアーブルは【Aidez−nous!】と表書きされた封筒を、じっと見つめた。