●リプレイ本文
●聖夜に安寧を
「警護の要請を受け、ULTより参りました稲葉であります」
「いや。クリスマスに、すまんな」
敬礼して名を告げる稲葉 徹二(
ga0163)の肩を、壮年の男が叩く。
ブラッスリに着いた者達を迎えたのは、フランクな住民の反応だった。
「俺達がいる事で聖夜を穏やかに楽しめるなら、喜んで。せっかくなんで、クリスマスも楽しみたいですけ、ど‥‥?」
答えた鏑木 硯(
ga0280)の背に、突然悪寒が走る。
「どうかした?」
左右を見回す仕草にシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が問えば、硯は小首を傾げた。
「いま寒気が‥‥」
「げふん! ところで、現在の警備状況はどうかな?」
咳払いで硯を遮り、何故かトナカイの着ぐるみ姿な鯨井起太(
ga0984)が切り出す。
「仕事熱心だな。現状は、そこの地図にある」
カウンター内から、コール・ウォーロックが一番大きなテーブルへ広げた地図を指差した。付近一帯の地図には、警備の巡回や避難のルート、待機場所、備品の貯蔵場所などの情報が、詳しく書かれている。
「にしても、随分と愉快な格好だな」
「クリスマスだから色々と、ね」
面白そうに起太を眺めるコールへ、大きな鞄を置いたイレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)はウインクした。
「そういや、ガキどもは上か?」
比較的静かな店内に、前髪をかき上げながらアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が天井を仰ぐ。
「鋭意勉強中だ。向こうとの学力に、差があるからな」
肩を竦めた店主が湯気の立つマグをテーブルへ置くと、八人をオレンジとカカオの香りがほんのり包んだ。
「とりあえず、ショコラ・ショーで温まってくれ」
「いい匂いね、ありがとう」
マグを受け取った岩崎朋(
gb1861)は香りを楽しみ、聞き慣れぬ言葉に都築俊哉(
gb1948)が液体を観察する。
「ココア?」
「ホットミルクへチョコを入れたモンだ。そっちはヴァン・ショーな。ショコラじゃ、物足りんだろう」
「有難い」
唯一、耐熱ガラスのマグを手にしたアンドレアスは、ホットワインの湯気を吹いた。
「街の警護だが、昼間はここの連中も警戒に回る。一番手薄になるミサの時間、22時頃から頼めるか?」
「了解よ。下見を兼ねて、あの子達に街の案内を頼んでいいかな?」
くるりと瞳を動かして仲間を見やり、意味深な笑みでイレーヌが尋ねる。
「あいつらとは随分久し振り‥‥てーか、一年振りか。ゆっくり話もしたいし、俺も行こうかな」
「そうね。二人でのんびり、時間を稼いでくれる?」
感慨深げな徹二に、シャロンは悪戯っぽく青い瞳を輝かせた。
●秘密計画
「皆の町でクリスマスだと聞いたから、遊びに来ちゃった♪ 元気にしてたかな?」
明るくイレーヌが聞けば、エリコやニコラは大きく頷く。
「うん、元気だよ」
「こっちこそ、案内ありがと。楽しかった!」
「そうか。揃って、『ラスト・ホープ』に来んだな」
親しげな様子に、後ろを歩く徹二が呟いた。
「こっちとはまるで別世界で、実感ないけど。徹二は、忙しそうだね」
松葉杖をつきながら、今度はリックが尋ねる。
「ん〜‥‥エースにゃ足りねぇけど、その一寸だけ下ぐらいで何とかやってる」
「よく判んないけど、怪我とか気をつけてな。もし俺らがロケット作れても、乗る人いないと困るし」
リハビリ中のリックは、一年前の約束を口にして屈託なく笑った。
「‥‥最初の依頼がさ。能力者がやられたから、残された民間人助けてこいって仕事で。行ったら、普通にスライムが死体にたかってんだ。一歩間違ったら、俺もああなるんだって思ったよ。能力者も下手打ちゃ死ぬ事だけは、覚えてて欲しい」
徹二の言葉にリックの表情から笑みが消え、少し離れて歩く友人へ目を向ける。
「俺には、爺さんや親父との約束がある。万が一能力者になるなら、一度考えて欲しいんだ。何のために命賭けるか知ってる奴の方が‥‥多分、生き残るから」
徹二は話を続けるが、黙々とミシェルは歩を進めていた。
「近くで見ると圧巻ね。夜にはこれを、ライトアップする訳か」
繋げれば全長約3kmという二重の城壁を持つ城を見上げ、イレーヌは石壁へ手を当てた。
「そうだ、シテの照明に手を加える許可を取ったんだけど、皆も手伝ってくれない?」
「自分も手伝えますが、照明へ細工でありますか」
怪訝そうな徹二に、振り返ったイレーヌは肩から提げた鞄をぽんと叩く。
「安心して。目立たなくても、幻想的な雰囲気になればいいなって思ってね」
「面白そうかも。ミシェルは‥‥大丈夫か?」
始終無言のミシェルに気付き、ニコラが声をかける。
「何でもねぇよ。ナンかするなら早くかからねぇと、シテはデカいんだぜ」
「そうね。早速、始めよっか」
頬を膨らませた少年を、笑顔でイレーヌは促した。
○
トレーラーから一本のモミの木が運び出され、能力者達の手で店の中央へ置かれる。
「イレーヌのお陰で、上手くいったわね」
腰に手を当て、シャロンは天井まで届きそうな常緑針葉樹を満足げに見上げた。
「ツリーって、外に置く大きいのかと思ってた」
「あたしも立てる方だと‥‥これ、本物よね?」
『現物』を前に呆気に取られた朋と俊哉が、並んでモミの木を眺めている。
「助かりました、リヌさん」
「礼はいいよ、お互い様だろ」
頭を下げる硯へ、リヌ・カナートがひらと手を振った。到着早々、一行はリヌと出くわし、ツリーの搬送を頼んだのだ。
「さぁて、豪華に飾るわよ♪」
楽しげに鞄を開いたシャロンは、中からツリー飾りを取り出した。
「はい、次はこれ。バランス崩して、ツリーを台無しにしないでよ」
「分ってる」
椅子に登った俊哉へ、飾りを手渡す朋。
リンゴを意味するボールに、ベルやサンタのオーナメント。ハートや雪の結晶、星に型抜きされたチャームなどを、二人は協力して枝に掛けていく。
「イレーヌって、手先が器用よね」
出掛けるイレーヌから託された飾りに、シャロンは感心しきりだった。
イレーヌが故郷ロレーヌから取り寄せた、ベルガモットの飴。それで作ったクリスマス・ガーラントは、光に透かせば金色に見える。それとフェルトで出来た天使やキャンドルの手作りオーナメントを、丁寧にシャロンは枝にかけ、あるいは糸で結ぶ。
「今日着ているレース織りのボレロも、自分で作ったそうよ」
「本当に器用なんですね」
感銘するシャロンに頷いた硯は、風変わりな飾りを手にしていた。
「星というセンスは悪くないが、これは細過ぎじゃないか?」
飾りの一つをトナカイの前足で起太が取り上げ、ツリーに飾る位置を目測する。
「起太、それは星じゃなくてヒトデ」
斜め上45度の角度に前足を伸ばしたまま、三秒ほど起太は硬直し。
「ヒトデ!?」
「アクアリウムにちなんでさ。他にもクジラとかシャチとか、イルカもあるよ」
飾りを披露する硯の肩へ、ぽむと蹄が置かれた。
「いいかい、すずりん。ボク達は、遊びに来ているワケじゃあないんだよ」
口調こそ穏やかだが前足は肩をギリギリ鷲掴みにし、背からゴゴゴゴと謎なオーラが立ち上っている。
「あくまで仕事なんだから、浮かれていてはダメじゃないか」
「それ、トナカイが言う台詞じゃないと思うが‥‥っと、天辺の星、貰いッ!」
突っ込むアンドレアスは飾りの中で一番大きな星を見つけると、素早く確保した。
「あ、それはっ」
「えー!」
一つしかない飾りを手に出来ず、微妙に起太と朋が声を上げる。
「くっ。だいたい、無節操に飾り過ぎだろう」
「そうか?」
首を傾げるアンドレアスへ、起太は大きく角を縦に振った。
「派手なのも良いが、ここは少年達の目標であるロケット作り成功を願うのが当然じゃないか。天辺に大きな星。隣にはロケットの模型。つまりは宇宙にロケットが届くという希望を込めた、そんな飾り付けを行うべきだっ」
「でも過度な飾り付けは、キメラが‥‥って、家の中だから光り輝く物でもいいのか。にしても、あいつらはロケットが作りたかったんだ」
力説する起太に、椅子の上で俊哉はそんな思いを馳せ。
「トシ、早く取ってよっ」
次の飾りを差し出す朋が、彼の上着をぐいぐい引っ張った。
●祈り
人々が見守る中、22時になると一斉にライトが点灯した。
光を受けて浮かび上がったシテに、歓声が広がる。
暖色の灯りは城壁を照らすだけでなく、星やクリスマス・リース、トナカイに引かせたソリに乗るサンタなどの影絵を、石のキャンバスに淡く浮かび上がらせた。
「こりゃあ、流石の眺めだなーッ!」
シテの眺めと、その足元に広がる街の明かりに、短くアンドレアスは口笛を吹く。
「イレーヌと徹二とでセロファンや紙を貼って、細工したんだ」
「持ってきた型紙を使っただけよ」
感心するアンドレアスへニコラが誇らしげに報告すれば、イレーヌはあっさりタネを明かした。
「クリスマスらしくて可愛いわよね、トシ」
「そうだな‥‥っくしょんっ」
朋に答えながら、冷たい空気に俊哉はくしゃみを一つ。
「もう。薄着だと風邪ひくでしょ、仕方ないわね」
首に巻いたファーマフラーを朋が解き、片方の端を俊哉へ引っ掛ける。
「半分だけ、貸してあげる。あたしも寒いんだから‥‥あ、そこ。勘違いしないでね。トシとはそんなんじゃなくて、あなた達と同じような関係なんだからっ」
にやにや笑いのニコラやリックへ、びしっ朋が指を突きつけた。一方で俊哉はマフラーの暖かさと彼女の言葉に、微妙で複雑な顔をする。
「難攻不落の城塞都市は今も戦い続けてる、か。散歩ついでに、お前らも一緒に回るか」
「見回り、では?」
訂正する徹二へひらひら手を振り、アンドレアスは少年達と歩き始めた。
「綺麗ですね。去年はスペイン、今年はフランス‥‥できれば来年もその次も、一緒に笑って過ごせたらいいですね」
光の風景を前に、硯はネックレスに通したシルバーチャームをそっとなぞる。
「付けてくれてるのね、それ」
隣を歩くシャロンが彼の仕草に気付き、表情を和らげた。
「うん、素敵なプレゼントをありがとう。これがあれば、何処に行っても無事に帰ってこられそうな気がしてます」
表面にコンパスが刻まれたコイン型のチャームを見つめて、硯は礼を告げる。
「い、いいのよ、お礼なんて。それにしても綺麗よね、シテ」
赤い頬を指先で掻いたシャロンが、城砦へ目をやった。
「だけど‥‥テムズ川から見るロンドンだって、綺麗なのよ。もし、いつか機会があったら、イギリスのクリスマスに招待するわね」
「是非、楽しみにしています」
思わぬ誘いに、満面の笑みで硯は即答する。
「クリスマスだからって『いちゃこく気』満々じゃないか。きっとこの後、小指と小指を繋いでウフフと笑いながら歩くんだろうっ!」
「お、起太っ!?」
いい雰囲気へ割って入った友人に、赤くなって硯が慌てた。
「不安か?」
急に尋ねられたエリコは、曖昧な表情を浮かべる。
「実感ないって言うか、よく判んないかも」
冬枯れの芝に腰を下ろしたアンドレアスは、周りに座る少年達へ苦笑した。
「俺も、いつも不安だぜ? 能力者になって、結構経つけどさ。それでも、やれる事をやってるだけ‥‥お前らが今やれる事は、勉強だな」
神妙な顔で年少組が頷き、イブンはうな垂れたミシェルを見やる。
不意にアンドレアスは手を伸ばすと、微妙に距離を取る少年の頭をがしがし撫でた。
「ちょ‥‥っ」
「今は、大人の役しなくていいんだぜ。クリスマスだからな」
一瞬身を引いたミシェルは彼の言葉にふて腐れて口を尖らせ、結局大人しく撫でられる。そんな少年に、アンドレアスは目を細め。
冬の夜空に、0時を知らせる聖堂の鐘が鳴った。
●小さな宴
「Merry Christmas! 皆にプレゼントよ」
シャロンに招かれた少年達がフロアへ姿を見せると、大きな白い掛け布の前でサンタの格好をした朋がお辞儀をした。
同じくサンタ衣装のアンドレアスがパチンと指を鳴らせば、後ろに控える二匹のトナカイ――着ぐるみな起太と、トナカイの角を付けられた俊哉が布を引く。
「うわぁ‥‥」
「ツリーだ!」
現れた賑やかなクリスマスツリーに、少年達は声を上げた。
下層をクジラやイルカ、シャチといった海洋生物の飾り物。中層にサンタやトナカイなどのオーナメント。上層は天辺の大きな星を中心に、雪や星のチャームや玩具のロケットが飾られている。
「良い感じに仕上がったじゃないか」
「それはいいけど、どうして俺までトナカイ?」
ツリーに満足そうな起太の隣で、困惑気味な俊哉がトナカイの角の位置を修正した。
「トシ、似合ってるわよ」
彼の様子にくすくす笑いながら、朋が褒める。
「ところでサンタさんの持ち歌に、クリスマスソングはないの?」
尋ねるシャロンに、赤い三角帽子のアンドレアスは肩を竦めた。
「アカペラでか?」
「まずは乾杯が先だろう、腹ペコども。まぁ、ギターぐらいはあるがな」
料理の皿を手に厨房からコールが現れ、硯とイレーヌ、リヌも料理を運ぶのを手伝う。
前菜に牡蠣やサーモン、メインは肉と果物を詰めたローストチキン。他にも定番のミンスパイやブッシュ・ド・ノエルと、英仏西の料理がテーブルを飾った。
「さあ、冷めないうちに頂きましょう♪」
声を弾ませて、シャロンが少年達を席へ誘い。
乾杯の声が、ブラッスリに響いた。
徹二からは、工具セットと文房具。アンドレアスはリング綴じのノート、朋と俊哉はそれぞれ辞書とシャープペンシルを少年達へプレゼントする。
イレーヌはベルガモットの飴と、飲酒年齢に達した者へミラベルのリキュールを贈った。
「飲みすぎは禁物ね、結構強いお酒だから」
微笑んで注意したイレーヌは、余ったフェルトと綺麗な厚手の紙を使って、少年達と一緒にカード作りを楽しんでいる。
「連中、プレゼントを貰う機会も少なかったんだろうな」
手なぐさみに抱えたギターの弦を弾き、アンドレアスが呟いた。
「この先、何度この空を見上げても、今日のクリスマスは楽しかったと。彼等にどんな未来が待っていたとしても、それでも皆で見上げたツリーと星空は綺麗だったと。そう思える記憶になればいいが」
「‥‥うん」
起太へ硯が相槌を打ち、少年達の傍らにいるリヌへ目を向ける。
「あいつらには、時に人を殺さなきゃいけないようなモノになって欲しくはないよな。その為には、コールが無事でいてくれないと‥‥随分、重い命になっちまったなぁ?」
「まだ、心からは祝えないけど‥‥来年こそは。よろしくお願いします」
アンドレアスは苦笑し、複雑そうにシャロンが言葉を選ぶ。
「困ったら、いつだって協力するさ。だから‥‥死ぬなよ」
「ああ。幸い、自分の年はわきまえているからな」
激励されたコールは、軽くグラスを掲げて返礼し。
「『礼』を預かってるから、よければ貰ってやってくれ。気にかけてもらって、あいつら嬉しいんだ」
出来上がったカードを見せ合う少年達を、能力者達は微笑ましげに眺めた。