タイトル:ラスト・ホープの初詣マスター:風華弓弦
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 20 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/01/22 02:45 |
●オープニング本文
●新しい年の始まり
「先に上がりますーっ」
「お疲れ様でしたー!」
帽子を取って、威勢良く若い整備スタッフ達が挨拶を交わす。
「これからやっと、お前らも正月か」
壁に書かれたシフト表を見ながら、老チーフがタオルで首筋を拭った。
世界中でキメラやワームによる事件は発生し、対応するUPCは24時間年中無休で機能している。能力者達の大事な『相棒』であるナイトフォーゲルを万全に保つ為、整備部もまた年末年始も関係なく、24時間で整備のスタッフが常駐していた。
齢60を越えた老チーフが引きいる整備チームのシフト表も、12月終わりから1月の頭にかけて、出勤のラインが引かれている。年をまたいだ線は、この日を限りにしばらく空白となっていた。
「バグアにも、年末やら正月があればいいっすのにね」
肩をぐるぐる回しながら、整備スタッフは帽子を被り直す。
「そこまで情緒が通用する連中なら、異文明の接触はもうちっと違った結果になっていただろうさ。もっとも、同族同士でさえ互いを理解するのに難儀するのが人間だがな」
デスクの上に置かれた造花を手に取り、ふっと息を吹いてから老チーフはそれを元の一輪挿しに戻す。
事務所の各デスクには一輪ずつの造花が飾られ、時に乱雑な書類や工具で天板の片隅に追いやられる事はあっても、取り去られる事はなかった。
「ともあれ、少し遅くなったが明日からは正月休みだ。初詣にでも行って、後はのんびりするといい」
「神社、まだ初詣やってるっすかねぇ」
「今年初めて詣でたら、初詣じゃないのか?」
「おみくじ、まだ引けるかなぁ」
「あれは、年中無休じゃね?」
「あ〜、縁日はやってるっすかね」
チーフが声をかけた若いスタッフ達は、ようやく落ち着いて迎える時間の相談をする。
「それじゃあ、いい正月をな」
荷物をまとめた老チーフは部下達へ軽く手を上げると、膨れた鞄を担いで更衣室へ向かう。
「お疲れさまっすっ」
「チーフもゆっくり休んで下さいー!」
腰の曲がった背中へ、スタッフ達は次々と気遣う言葉を投げた。
○
『ラスト・ホープ』では、様々な地域や国の人々が集まって暮らしている。
出身や住む地域が違えば、それぞれのお国柄による習慣や生活様式も変わるのは当然だ。
UPCもそれに対応し、島内には様々な生活と密着した施設が作られている。
神社仏閣もまた、それらの一つだ。
また島内での暮らしに不便はないものの、一般の人々にとって気軽な島外への『旅行』は難しいという事もあり、日常においてのささやかなイベントは人々の楽しみでもあった。
今年も『ラスト・ホープ』の一角に佇む神社には、日本の習慣に縁のある、あるいはお祭り騒ぎの好きな人々が集う。
新しい一年が彼らにとって平穏であるよう、祈る為に‥‥。
●リプレイ本文
●初春を迎え
居住地区でも緑多い一角は、いつになく賑わっていた。
「へぇ‥‥『ラスト・ホープ』にも、こんな所があったんですね」
散歩のついでに通りがかったフォル=アヴィンは、遠い記憶に似た懐かしい光景に足を止めた。
木々を抜ける遊歩道には様々な人々が集まり、路肩には普段は見ない屋台がひしめいて、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。
「少し、寄ってみようかな」
賑やかな雰囲気に誘われる様に、フォルは人々の流れに加わった。
立ち並ぶ屋台は、料理以外にもヨーヨー釣りや射的のようなミニゲーム系の店や、アクセサリーや小物を売る店が、雑多に軒を連ねていた。
「はわ、色々あるねっ」
その種類に感心しながら、志烏 都色が屋台を覗いて歩く。
「だねー、すごい賑やか。お祭みたい」
応えたHERMITは、『熱いので触らないで下さい』と紙が貼られたガラスを見つめていた。
「人もいっぱいいて、ホントにお祭りみたいな雰囲気‥‥って、ハミ?」
遅れ気味の友人に気付き、踵を上げて都色が振り返る。
たこ焼きの屋台を見つめるHERMITは慌てて首を横に振り、伊達眼鏡の位置を指で整えた。
「初詣の前から、誘惑に負けてちゃダメだよね」
「まずは先にお参りしないと。でも賑やかで、わくわくするっ♪」
軽い足取りで都色は白いマフラーの端っこを弾ませ、楽しげな友人と歩調を合わせてHERMITも歩く。
誘惑を振り切って進むと、やがて赤い鳥居が見えてきた。
「なんでもありとは思ってたが、まさか神社まであるとは‥‥」
微妙に感心しながら九十九 嵐導は鳥居とその先にある社をしみじみ眺める。
一人で来るにはいささか広い気もしたが、人や屋台が多いせいか、ぶらぶら歩く分には大して気にならない。何より、せっかく初詣だ。
「この島で、初詣が出来るとは思わなかったからな‥‥」
願い事を少々と、軽く運試しも兼ねて。
深呼吸してダウンジャケットの襟を正し、嵐導は背筋を伸ばして鳥居をくぐった。
鳥居の手前には、白いテントの着物レンタルコーナーが設置されている。
その前で、そわそわと連れを待つ者達がいた。
「お待たせー、と‥‥とっ」
テントから顔を出した晴れ着姿のシャロン・エイヴァリーは、いきなり慣れぬ草履を突っかける。
「だ、大丈夫ですか!?」
藍染の和服を着た鏑木 硯は慌てて手を伸ばすが、何とか彼女はバランスを保った。
「ふぅ、危なかったわ。借り物だから、汚しちゃダメよね」
「あの、歩く時は心持ち小幅で‥‥あまり膝を上げない方が、いいですよ」
ほっと胸を撫で下ろすシャロンへ、控えめにアドバイスの言葉がかけられる。
「ありがとう‥‥って、久し振りね。海音も初詣に?」
「はい。お久しぶりです」
笑顔でシャロンが手を振れば、柔らかに聖 海音も微笑んで丁寧に一礼した。
「あれ? でも、海音が着物のレンタル‥‥?」
何か違和感を感じて、ふとシャロンは小首を傾げる。
「いえ。一緒に来た方が、着替えをされているんです」
「そっか。じゃあ、邪魔しちゃ悪いかしら」
悪戯っぽくシャロンがウインクすれば、途端に海音はほんのり頬を染めた。
「ふふ、冗談よ。でも、先に行ってるわね。着物に慣れなきゃ」
「お気をつけて、頑張って下さい」
海音の応援にシャロンは小さくガッツポーズで応えて、『同行者』へ振り返り。
「‥‥硯、起きてる?」
先程からぼーっと立っている硯の目の前で、ひらひら手を振ってみる。
「あ、は、はいっ。えっと、お知り合い、ですか?」
はっと我に返って尋ねる硯に、シャロンは一つ頷いた。
「だいぶ前に、ね。綺麗な人だし、見とれてた?」
「いえ、シャロンさんも綺麗ですよっ。凄く似合ってて‥‥!」
何か誤解を受けそうな気がして、急いで硯は言葉を口にする。
数秒遅れて、ぼんっと顔が火照り。
「お? すずりん、新年からデェトとは羨ましいな〜! オレも、そんな相手が欲しいぜ」
追い打ちをかけるように、ジュエル・ヴァレンタインが冷やかした。
「で、でででぇとというか、初詣だから。初詣っ」
湯気を吹きながら硯が反論すれば、知らぬ単語に彼はぽしぽし耳を掻く。
「ハツモーデ? なんだそりゃ?」
「要は、ミサの代わりよね」
補足するシャロンの言葉に、すかさずジュエルの目が鋭く光った。
「て事は、可愛いシスターが?」
「巫女さんなら、いると思うけど‥‥」
「よし行こう、すぐ行こう。デェト中のすずりんは、ミコサンと仲良くするの禁止な」
「だから、でぇとって‥‥っ」
軽やかに石段を駆け上がるジュエルの背中へ、硯が抗議し。
やや赤い頬で二人の会話に笑うシャロンは、青い晴れ着の端を少しつまみ、注意深く階段を上がった。
「すまねぇ、待たせた」
楽しげな三人を見送った海音が、かけられた声に振り返る。
‥‥折角だから、俺も海音と着物ペアルックと洒落込むぜ。
そう意気込んだ小田切レオンは、がしがしと銀髪をかいて謝った。やや着崩れ気味の紋付袴姿に、苦戦の痕が窺える。というか、そもそも慣れぬ着物にきっちり着られている彼ではない。
「いいえ。とても似合っていますし、着物で一緒に初詣に来れて嬉しいです」
気遣いや不器用さや、そんな全てが愛しくて、眩しそうに彼女は黒曜の瞳を細める。
「じゃあ改めて、新年最初は初詣にGO! だぜ」
「はい、レオンさま」
にかっとレオンが歯を見せて笑い、微笑と共に頷く海音はそっと彼へ寄り添った。
●境内は悲喜交々
賽銭を放り込むと鈴の緒を引き、ガランガランと鈴を鳴らす。
参道の騒がしさは遠く、拍手を打つ音が清々しい。
心を込めて、二礼二拍手一礼。
そして静かに瞑目し、祈りを捧げる。
神社に詣でる傭兵仲間達の、幸多き事を。
加えて、昼寝日和の陽だまりへそよぐ風のような恋人の無事と、再会を願う。
「良い年になるといいな」
呟いて一人、ホアキン・デ・ラ・ロサは風のない青い空を見上げた。
「‥‥さて、リベンジを果しに行くか」
深く息を吐き、彼は社務所へ足を向ける。
去年ひいたお御籤は、不覚にも【大凶】だった。
今年は、僅かでも『上』を目指して‥‥。
「お賽銭は、10Cでいいか」
ポケットから引っ張り出した財布と相談し、嵐導は額を決める。
おもむろに賽銭を投げると、彼は手を合わせた。
願い事は、大層なものではない。
今年こそR−01から新型に乗り換えられるように。せめて、リッジウェイくらいには‥‥とは思うが、そこは「出来れば」と控え目に。
境内に人は少ないが、参道の混雑を考えるとこれから人が多くなるだろう。
その前に参拝をすませる事が出来たのは、嵐導にとって僥倖(ぎょうこう)だった。
その後は、屋台回りでもしてみよう。甘酒の香りもしていたから、立ち寄って少し身体を暖めるのもいいかもしれない。
「さて、吉凶どちらが出ますやら、っと‥‥」
そんな予定を考えながら嵐導は踵を返し、定番のお御籤を引きに行った。
「僕も、10Cくらいにしましょうか」
順番を待って並ぶフォルは、前の人が参拝する様子を見て財布を仕舞う。
特に信心深い訳ではないが、やはり神社まで足を運んだからには参拝していくのが礼儀な気がした。それに少しくらい幸運を期待しても、いいかもしれない。
そんな事を考えているうちに、自分の番が回ってきた。
「えっと、確か‥‥」
古い記憶を辿りながら、賽銭を箱に入れて鈴を鳴らす。
両手を打って、深呼吸してから静かに願う。
(「今年は、去年よりも良い年であるように。俺にとっても、人類にとっても‥‥」)
両手を打って瞳を閉じ、如月・由梨は願い事を心の内で唱えた。
瞼を開いて隣の終夜・無月を窺えば、手を合わせたまま微動だにしない。
「あ‥‥すみません、つい‥‥」
視線に気付いて顔を上げた無月へ、由梨が首を横に振った。
「いいえ、そんな事はないですよ。私の願い事は、小さな事なので」
「俺も、沢山は願っていないんですけれど‥‥今年の運試しでも、どうですか?」
社務所を指差す無月に、今度は首を縦に振る由梨。
「お御籤ですね。では、こちらの箱から番号を引いて下さい」
訪れた二人へ、巫女の一人が縦に長い八角形の木箱を傾けた。箱の天辺にある丸い穴から手を入れ、中には入った番号の掘られた札を引く。その番号が、お御籤の番号という仕組みだ。
だがお御籤箱を前にした無月は、怪訝そうに白衣に緋袴姿の美環 響を凝視する。
「あの、何か?」
無月の様子に響が尋ね、不思議そうに由梨は二人の顔を交互に見。
「いえ。男の方が『巫女』で、少し驚いただけです‥‥」
「あれ? バレましたか。それなりに自信があったんですけど」
響は小さく舌を出し、あっけらかんと答えた。
「似合っていたので、判りませんでした」
二人の会話でやっと気付いた由梨が、感心しながら無月に続いて籤を引く。
「はい、どうぞ」
翻した手に二つのお御籤が現れ、それぞれに差し出す響。それから更にくるりと手を返し、二つの小さな袋を取り出した。
「こちらもどうぞ。お参りにきた皆さんへお渡ししている、縁起物の餅です」
「ありがとうございます」
お御籤と小袋を手にした由梨が丁寧に礼を告げ、二人は社務所を離れてから折りたたまれた紙を開く。
「吉、ですね。無月さんは、どうでした?」
「今年は、あまり運がないようです‥‥凶でした」
苦笑して、無月は自分のお御籤を由梨へ見せた。
「神様へは、由梨と共に居られる事を‥‥その為に、いかなる障害にあおうとあなたの元へ帰れるよう力添えをと、お願いしたのですが‥‥結んでいきますか」
「はい」
手を差し伸べて無月が誘い、答える由梨は掌へ細い指を重ねる。
「絵馬は願い事を書いて、あちらへ奉納して下さいね」
家型の木板を手渡した水無月 春奈は、袖を押さえて絵馬掛を示した。
「お御籤は、結んでも持ち帰られても問題ないです。悪い結果の場合は、あちらで結んで帰られる方が多いみたいですけどね」
木に結ぶと木自体が痛み、時に不注意で枝が折れる事もある。その為、立てられた木の柱の間に縄が渡され、そこへ参拝客がお御籤を結べる様になっていた。
絵馬に書く文面に悩みながら、お御籤を開く参拝客の背中を見送り、彼女はほっと一息つく。
「黒髪でない巫女というのも‥‥我ながら、不思議なものです」
さらりと長い銀髪を軽く指で梳き、小さく春奈は呟いた。
春奈の記憶にある巫女も、いま神社でバイトをしている巫女も、黒髪の女性が多い。
男性だけど響だって黒髪だし、ショートヘアにかもじ(一種のエクステンション)をつけた依神 隼瀬もやはり黒髪だ。
だから少しだけ、鏡に映る自分の巫女姿に違和感があったりするのだが。
「別に、いいんじゃない? 似合ったモノ勝ちでしょ」
逆に胸を張り、肩にかかるピンクの髪を払った鯨井昼寝は、挑戦的な笑顔を春奈へ向けた。
「俺も、昼寝に賛成かな。似合ってるし色々と勉強してるし、接客も上手だよね、春奈ちゃん」
奥から足りない『商品』の箱を持ってきた隼瀬が、昼寝に笑顔で同意する。
バイト巫女の中で、隼瀬は最も『仕事』の手際がいい。宮司の娘という事もあって、参拝者への受け答えや立ち居振る舞いも堂に入っていた。また、慣れない小袖や袴に苦戦する者達の着付けを手伝ったのも、彼女だ。
「ありがとう、ございます。覚える時間が足らなくて、神楽を舞うのは無理ですけれど」
照れ気味の春奈が、頭を下げて礼を言う。
「一応、神楽舞の基本はできるから‥‥俺のでよければ、お客さんからリクエストとかあった時にでも見にくる? あくまでも今日は『お手伝い』だし、ここの神主さんの許可が貰えたら、だけど」
隼瀬の誘いに、「是非」と春奈は頷いた。
「それじゃあ、頑張るとするか。あ、お守りですか? 家内安全、恋愛成就、合格祈願と色々ありますよ」
売り場に来た参拝客に気付いた隼瀬は、ざっくばらんな調子から一転し、柔らかかつ丁寧な口調で応対をする。
「う〜ん‥‥人も増えてきましたし、そろそろ切り上げて遊びに行きたいですね」
「ダメです。バイトでも、受けた仕事ですよ」
気もそぞろな響へ釘を刺し、春奈も隼瀬と並んで『売り場』に立った。
拝殿の前では参拝者が入れ替り立ち替りで、抱いた願いを託す。
(「お願いは‥‥えーっと、今年もいい事ありますように」)
僅かに考えてから、HERMITが淡白に願いを心の内で告げた。
彼女の隣で目を閉じた都色は、ちょっと眉根を寄せる。
(「願い事は、健康でいられますように。と、皆が一年無事に幸せでありますように。それから‥‥」)
願い事と別に、少し悩んでる事があった。あったが、それの解決をここで神様に願うのは、何か違う気がする。
(「やっぱり、それは自分で解決しなきゃ、意味がないよね」)
「よし。じゃ、行こっか」
願いを切り上げ、都色は顔を上げた。
「‥‥都色?」
やや曇った友人の声に、ドキリとする都色。
もしかして悩みが顔に出ていたかもという不安が、頭の中をぐるぐる回り。
「体重とかって、身体健康なのかな?」
「‥‥ぷくっ」
「別に、笑わなくても〜っ」
思わず吹き出した都色の肩を、珍しくHERMITがぺしぺし叩いた。
「重大問題なんだよ?」
「ごめんハミ、そうだよね。とりあえず、お御籤引いて考えよっか」
謝りながら、都色は社務所を指差す。
「すみませーん。お御籤、お願いします‥‥って、もしかして依神さん!?」
代金を受け取った隼瀬が、驚く友人へにっこりと笑んだ。
「都色ちゃん、もしかして気付かなかった?」
「うん! 髪も長かったし、何だか別人みたい」
都色の反応にからから明るく笑い、改めて隼瀬は木箱を傾けた。
「では、こちらのお御籤箱を引いて下さいね」
「よーし」
気合いを入れて、まず都色が札を掴む。番号を見た隼瀬は札を戻し、次にHERMITが恐る恐る籤を引いた。
受け取ったお御籤を開いた二人の表情は、対照的に変化する。
「お、やった♪ やっぱり、大吉引くと嬉しいよねー」
喜ぶHERMITだったが、やや茫然とした友人の様子にすぐ気付き。
「都色は‥‥どうだった?」
むむーと唸ってお御籤を見つめていた都色は、心配そうなHERMITへ苦笑した。
「‥‥凶。くくっちゃえば、大丈夫‥‥?」
「そうだね。私のと一緒にすれば、大吉と凶が半分づつになるかも」
複雑な顔をする友人へ、HERMITは笑顔をみせる。
「お守りは、厄災消除と開運招福かな。それからやっぱり、健康系?」
「じゃあ、開運招福と健康関係のにしよっと」
肩を並べた二人は、隼瀬のアドバイスを聞きながら仲良くお守りを物色し。
揃ってお御籤を結ぶと、屋台巡りへ繰り出した。
示し合わせた訳でもないが、拍手を打つ音が揃って響く。
「家内安全商売繁盛、地球が平和になります様に! それと、海音が幸せであります様に!! お賽銭を奮発したんだから、ちゃんと聞いてくれよなっ」
500円硬貨を賽銭箱へ投げたレオンが、臆面もなく声に出して願い事を告げた。
隣で手を合わせていた海音は、思わず口元が綻ぶ。
「レオン様と父が今年一年、元気に過ごせますように。それから‥‥今年も一年、レオン様のお傍で過ごせますように‥‥」
隣で祈るレオンへ聞こえる程度の声で、海音も願いを言葉にした。
そして互いに顔を見合わせ、笑みを交わす。
「海音! お御籤、一緒に引こうぜ」
誘う前に手を引かれ、不意をつかれた海音はどきまぎしつつもレオンについていく。
それなりに混雑する社務所の前までくると、彼は低く唸った。
「海音の巫女さん姿も、見てみたかったな。きっと、スッゲー似合うと思うんだケド」
「その‥‥レオンさまの希望なら‥‥」
機会があれば頑張ってみますと、恥ずかしそうに海音は応え、繋いだ手を少しだけ強く握る。胸がどきどきと弾んでいるのは、繋ぐ手のせいか、急なリクエストに驚いた為か、それとも彼と一緒だからか。
「レオンさまは甘酒、お好きですか?」
「いいな、甘酒。綿あめもいいけど、そっちのが暖まる」
遠慮がちに、今度は海音が先に誘ってみれば、子供のような笑顔が返ってきた。
「そこ、食べながら砂利の上を歩かない! 食べるなら石畳の上で、ゴミはソッチ」
屋台で買った食べ物を手にやってきた参拝客を見つけ、竹箒を片手に昼寝が文句をつけに行く。口調も態度もふてぶてしい域にあるが、ふてぶてしいながらも何かと世話を焼いていた。
「昼寝じゃない。何やってるの、こんなところで‥‥バイト?」
「巫女さんやるって聞いてはいたけど、凄く真面目っぽい‥‥」
友人の姿に、シャロンと硯が目を丸くする。その後をついてきたジュエルもまた、声をあげた。
「をぉ〜っ。これはまたエキゾチックでキュートな姿だな、昼寝ちゃん!」
びしっ! と親指を立てるジュエルへ昼寝は竹箒を振り下ろし、「境内では静かに」と注意する前に実力で黙らせる。
「バイトよバイト。そんなワケであんまり相手できないけど、適当に楽しんでいって。社務所で縁起物も売ってるから、お御籤のついでに買ってね」
「なんと。可愛いコがいっぱ‥‥っ!」
昼寝が社務所を指差せば、本音を言いかけたジュエルが急いで自分の口を手で塞ぐ。
「ホント、可愛いコがいっぱいですね〜っ」
そんな彼の隣で、着物の袂を押さえながら、ひょいと額に手をかざす人物が一人。
「だろっ? ‥‥てぇっ!?」
相槌を打ったジュエルが、思わず身を引いて後退った。
振袖姿に薄紫の花かんざしで髪をまとめた不知火真琴は、笑顔のまま不思議そうに二度三度と青い瞳を瞬かせる。
「‥‥はい?」
「おぉー、晴れ着のまこちゃだーっ!」
その彼女の後ろから、更に感嘆の声があがった。
「あれ? 空閑さんと、なつきさんじゃないですか」
友人を見つけた真琴は、小さく跳ねながら手を振る。
「新年、あけましておめでとーございます。旧年中は、お世話になりました。今年もよろしくお願いしますね」
丁寧に頭を下げて空閑 ハバキが新年の挨拶をし、なつきも小さくぺこりと会釈をした。
「‥‥晴れ着、ですね」
微笑んでなつきが呟けば、ハバキは「うん」と頷く。
「藍色に、桜吹雪の振袖。新春らしくて、綺麗だよね」
「ありがとうございます。褒めてもらえると、やっぱり嬉しいですね」
照れながら真琴は礼を言い、その場で回ってみせた。
「ほら、狭い場所で戯れないの。参拝するなら、まず手水舎で身を清める」
足を止めて新年の挨拶を交わす者達を、昼寝が竹箒で追い立てる。
「まず柄杓を持ちまして、左手に水を清め。柄杓を持ち替えまして、右手を清めます。その後また柄杓を持ち替えまして、左手で水を受け、口を濯ぎます。そのあと左手を清め、最後に柄杓を立てて、持ち手の部分に水を流して清めれば、終了です」
「‥‥何だか、日本流の変身モーションみたいね」
手水舎では禊の手順を説明する春奈に、柄杓片手でシャロンが微妙にこんがらがっていた。そんな彼女を微妙に緩んだ表情で眺める硯だったが、ふと思い出して小銭入れを取り出す。
「お賽銭用に、日本の五円硬貨を持ってきたんです。シャロンさん、使います?」
「ゴエン? 金ぴか! キレーだねー?」
硯が取り出す硬貨を、ひょいとハバキが覗き込んだ。
「良いご縁があります様に、という言葉にかけて、やっぱりお賽銭は五円ですよね。お約束です」
満足そうにしながら真琴が説明し、聞き慣れぬ言葉にまたジュエルが疑問の表情を浮かべる。
「オサイセン?」
「願い事をする時に、神様へ奉納するお金です。お賽銭箱から好きな歩数分下がってお賽銭を投げて、見事お賽銭箱に入ったら、離れた歩数分願いが叶う確立が上がるんですよ」
付け加える真琴へ振り返った彼の瞳は、鋭く輝いていて。
「願いが叶う確立‥‥すずりん、俺にも五円をくれーっ!」
「‥‥あれ、本気で信じられた?」
要求する後姿に、真琴は振袖でにやける口元を隠した。
「数があるなら、俺もゴエンをもらっていいかな? すずりんがよければ、二人分」
「ええ、どうぞ」
快く硯は二枚の硬貨を手渡せば、ハバキは物珍しそうに穴の開いた硬貨を指でなぞる。
「ありがと、すずりん!」
ハバキはもらった硬貨の一枚をなつきの手の平へ置き、もう片方の手をぎゅっと握る。
「水で洗ったから、手が冷たくなっちゃったね」
ハバキの笑顔に、なつきも少し緊張した表情を綻ばせた。
禊をしても、ハバキの手は暖かく。彼の温もりは、心までふわりと包んでくれる。
「着物、鎧を装着するのと同じくらい疲れるので‥‥苦手、で‥‥」
真琴やシャロンを見ながら、本当に小さな声でなつきが言葉を落とし。そんな彼女の様子に、ハバキが僅かに身を屈めた。
「確かに、着物姿も見たくないって言ったら嘘になるケド‥‥部屋で着てる綿入れでも十分可愛い、よ?」
悪戯っぽい囁きに、ぽっと頬が火照ったのが自分でもわかる。
言葉の代わりに、なつきは繋いだ彼の手をぎゅっと握り返した。
賑々しく拝殿へ足を運んだ者達も、いざ『本番』となれば神妙に口を閉ざす。
思い思いに賽銭を投げ、鈴の緒を引き、礼をしてから拍手を打ち。
「なーむー‥‥今年は、良い年でありますように‥‥」
「あの、シャロンさん。口に出さなくても届きますから。それに、南無はお寺の方な気が」
「そうなの?」
硯の指摘に、シャロンはきょとんとして聞き返した。
「で、すずりんは、どんなお願い事をしたんです?」
「そっ、それは置いといて、お御籤引きましょうか」
横から真琴に聞かれ、怯む硯は話をそらす。
「硯、硯、これ何回まで引いて良いの? 10回ぐらいOK?」
「そこは、大吉が出るまでチャレンジですよ」
「ちょっと、真琴さんっ!?」
社務所へ移動してもなお、賑やかな一団は他愛もないやり取りを展開し。
一拍遅れて、ハバキとなつきも並んで静かに手を合わせた。
なつきは少し、緊張気味に。
ハバキは彼女の仕草を、横目で見て真似る。
祈りの直前、彼は気付かれないよう、そっと隣の様子を窺った。
目を伏せた彼女の横顔をじーっと見ていると、不意になつきは顔を上げて。
「‥‥クガさん?」
「ごめん、つい見とれちゃった」
正直に答えてから、改めてハバキは目を閉じる。
願い事は、少しで沢山。どうか、どうかと重ねて願う。
そんな彼の隣で、なつきも再び短く祈った。
神頼みをする願いは思いつかないから、その分、誰かの願いが叶えられますよう‥‥。
「ジュエルはお参り、いいの?」
掃き掃除を終え、竹箒を担いで尋ねる昼寝に、ちり取り片手にジュエルはビッと笑顔で親指を立てる。
「昼寝ちゃんのバイトが終わるまで、待ってるぜ」
「はぁ?」
「待ってるついでに、手伝える事があれば遠慮なく言ってくれ」
怪訝な顔をしていた昼寝だが、ジュエルの申し出を反芻するように、数秒彼を見つめ。
それから、にんまりと笑った。
●参拝のお楽しみ
多くの者が、神社へ参拝する一方。
屋台という名のトラップにハマって、脱出できなくなる者もたまにいる。
そして逆に、あえて数々のトラップへ挑戦し続ける者も‥‥。
「‥‥で、端から全部、屋台を回ってるのか」
尋ねるホアキンに、箱守睦ははんぺんを齧りながら頷いた。
出汁のしみた熱々の練り物に、はふはふ苦戦する様子をみて、ホアキンがグラスを出す。が、睦は手を振って飲み物を断った。
「水分は、腹が膨れますから」
既に主食系屋台を制覇してきた者の言葉に、「なるほど」となんとなく納得するホアキン。
「でも、甘酒は後で買いますね。それから石焼芋も」
「デザート系か、次は」
「はい。甘味系を梯子の予定です」
旨そうにはんぺんを腹に収め、大根へ箸を入れる睦が『いい笑顔』で即答した。
「目指すは完食、屋台全制覇ですよ」
「なかなか、ハードだな」
大食漢には見えない相手の、どこにそんなに入るのだろうかと不思議に感心しつつ、胸がすく睦の食べっぷりにホアキンは目を細める。
「休憩したい時は、いつでも寄ってくれ。必要なら、胃薬も用意しておくが」
青い地に『あおぞら』と白く平仮名で書かれたのれんを、ホアキンが立てた親指で示した。
「薬より、予算が心配ですけど」
「それは‥‥計画的に頑張れとしか、言い様がないな」
睦の答えに『店主』は笑い、その間にも次々と客がやってくる。
「遊びに来たよー!」
馴染みの声にホアキンが見やれば明るくハバキが手を振り、困惑気味のなつきが会釈をした。
「いらっしゃい。のんびりしていってくれ」
「うん。じゃあ、甘酒二つで」
注文しながら、ハバキは手を繋いだなつきと一緒に長椅子へ並んで座る。
待っている間、何気なく隣の屋台へ目をやれば、コルクを弾丸にした銃を片手に大人や子供が射的に興じていた。
「もう少し脇を締めて、手はここで‥‥これで、撃ってみましょうか」
苦心しながら的を狙う由梨に手を添えて、無月が構え方を教えている。
棚に並んだ人形を見つめ、真剣な表情で由梨は引き金を引き。
ぽんっという軽い音の直後、番号の張られた人形が棚から転がり落ちた。
「大当たり〜! お嬢ちゃん、おめでと!」
景品の中から、店主が大きなクマのぬいぐるみを由梨へ渡す。
ビニールに包まれているが柔らかな弾力のぬいぐるみを抱え、由梨は無月を見上げて嬉しそうに微笑んだ。
かと思えば、全く逆のケースもある。
「‥‥うっしゃ!」
弾き飛ばされた人形に、銃を手にしたレオンがガッツポーズで喜び、海音が拍手をした。
「また当たりましたね、レオンさま」
「ざっとこんなモンよ」
胸を張るレオンの後ろでは、屋台の店員が彼の『戦利品』を抱えている。ストラップや玩具にぬいぐるみと、片っ端から的を当てていったのが窺えた。
「海音、何か欲しい物はあるか?」
「え‥‥えぇと‥‥」
レオンに聞かれて海音は少し悩んでから、大きなぬいぐるみを指差す。
「これ、でもいいですか? 大きいですけど」
「ああ、海音が気に入ったんなら」
彼女が指差したのは、大きな犬のぬいぐるみだ。
「狼じゃないのは、残念ですけど‥‥」
呟きながらも、海音は嬉しそうに戦利品の中で唯一『犬モノ』だったぬいぐるみの頭を撫でた。
「甘酒二人前、お待たせ」
ホアキンが持ってきた二つのカップを、ハバキは手を伸ばして受け取る。
「お隣さん、射的なんだ。面白そうだね」
「ああ。真剣勝負の後なら、こっちで一息入れたくもなる‥‥かと思ってな」
「確かにね。あ、また上海でもよろしく。頼りにしてまっす☆」
「それはお互い様」
和やかな会話を聞きながら、なつきはハバキの手から渡された甘酒へそっと口をつけた。
正直に言えば、ホアキンへどういう顔をすればいいのか判らない。以前の大作戦で、随分と小隊に迷惑をかけたという気持ちが、肩にのしかかっている。
そんな彼女の胸の奥で、程よく甘い飲み物が、ぽっと暖かな火を点した。
小さな火はやんわりと、身体中に染み込んでいく。
「美味しい‥‥」
「そうか、よかった」
安堵の色が混ざった声に、なつきは顔をあげ。
背を向けようとした相手の上着を、とっさに掴む。
「あのっ、ありがとうございます。それから‥‥」
反射的に言葉を発した彼女の肩へ、ぽんと大きな手が乗せられた。
ぽむぽむと、二度ほど軽く肩を叩き。
そのままホアキンは何も言わず、何もなかった様に睦へ甘酒と石焼芋を持って行く。
たったそれだけの事だが、重かった気持ちは随分と軽くなった気がした。
隣を見れば、ハバキがなつきへにっこり微笑む。
「甘酒、とても美味しい、です」
「うん、身体の芯まで温まるね。帰りには、揃いでお守りを買おうか」
「はい」
ハバキの誘いになつきは頷き返し、甘酒をゆっくりと飲んだ。
「卵と巾着と、薩摩揚げ下さいー」
「私は、コンニャクとシラタキと、大根で‥‥」
鍋を見て迷っていた都色に続き、HERMITがおでんを注文する。
「外で食べると、またおいしいよねー」
「うん。この雰囲気だけでも、とっても楽しい♪」
長椅子に並んで腰掛けた二人は、既に焼きソバやたこ焼きなどなど、数々の屋台メニューに舌鼓を打っていた。
「都色もコレ食べてみる? 味がしみて、美味しいよ」
「ん、貰うっ」
大根を割ったHERMITに、遠慮なく都色が箸を伸ばし。
湯気の立つ大根を口へ放り込むと、彼女は足をばたばたさせた。
「美味しー♪ こっちも美味しいよ、食べる?」
お礼にと、都色は薩摩揚げを箸で分けて勧める。
「んー、おいふぃ♪」
幸せそうに目を細めたHERMITは、箸を握った手を上下に振って喜んだ。
「何でこう‥‥女の子ってのは、美味いものを食べると暴れるんだろうな」
のんびりと甘酒を飲む嵐導は、たまたま目にした少女達の反応に何気なく呟く。
「美味さを全身で表現している、とか? こっちとしては、味の評価が判りやすいが」
適度にタネの配置を変えながら、ホアキンが答えた。
「ところで、希望があれば記念写真も撮っているが‥‥無料で」
柱にかけたポラロイドカメラを示すホアキンへ、嵐導は首を横に振り。
「今さら、記念撮影もな。ごちそうさま」
甘酒を飲み干した嵐導は席を立ち、屋台を出る。
数十秒後、隣の屋台から悲鳴があがった。
「ぎゃーっ、お客さん手加減して下さーい!」
見れば、嵐導が手際よく銃にコルク弾を詰め、次々と的を撃ち抜いていく。
それも、スナイパーの血が騒いだのか、わざわざ覚醒して。
「凄いですね! 何だか、勝負の鬼って感じで」
はしゃぐ声に視線を戻せば、真琴がちんまり立っていた。
「ホアキンさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
真琴を追ってきたフォルが、丁寧に年始の挨拶をする。その手にぶら下がるのは、カルメ焼きや綿あめ、甘栗など、沢山の菓子の袋。
「それは、土産か?」
「真琴さんの『荷物』です」
苦笑気味に説明するフォルの隣では、おでんを前に「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」と真琴が迷っている。
屋台巡りの途上で顔を合わせたのが、運の尽き‥‥とまでは言わないが。
――今日はお一人ですか? 珍しい。
一人で食べ歩く真琴へ声をかけた瞬間から、何故かフォルは彼女の荷物持ち+お財布役になっていた。
「フォルさん、これ美味しそうだと思いません?」
青い瞳でじーっと訴える真琴に、脱力してがっくり肩を落とすフォル。
「今日ぐらいはいいですけど‥‥でも、まだ食べるんですか」
「だってほかほかおでん、美味しそうですよっ」
満面の笑顔に、フォルは苦笑しながら自分の財布を引っ張り出した
「何はなくとも、まず大根ですね。あとは‥‥」
迷う真琴にホアキンが応じている脇から、ひょいと伸びる手が一本。
「おっ、これ結構イケるじゃない。うん‥‥美味しい美味しい」
拉致られたタネの行く先を目で追えば、鍋の傍らに座り込んだ昼寝がいた。
「こら。食い逃げ禁止だぞ」
「逃げてないわよ?」
あっけらかんと答える昼寝に、頭痛を覚えるホアキン。
「美味しそうなおでんが、私に食べてほしいって訴えてたの」
二人の間に、数秒の沈黙が落ち。
「昼寝ちゃん、また黙って勝手にこっそり食べてる!?」
追いかけてきたジュエルが、慌てふためいた。
「すいませーん、アマザケを‥‥って、なんか知った顔がわんさか」
ひょこんと顔を出したシャロンが、そこにある顔ぶれに目を瞬かせる。
「ジュエルさん、鯨井と一緒に参拝するんじゃなかったんですか?」
「いや、参拝はしたんだが‥‥そうだすずりん、コレを読んでくれないか?」
首を傾げた硯へ、ジュエルはいそいそとお御籤を取り出した。
「昼寝ちゃん、笑うばっかりで読んでくれなくてさ」
広げた紙を手に、硯は返答に困る。が、正直に言おうと決意した瞬間。
「あれ? 凶ですね」
ひょいと脇から覗き込んだ響が、あっさりバラした。
「キョーーーゥ!? って、日本の?」
「それは京都、こっちは凶。吉の反対、一番悪い大凶の一歩手前です」
ジュエルのボケに突っ込みつつ、響は判りやすく説明する。
「私? もちろん、大吉よ」
「勝負強さは、さすがというか‥‥」
しれっと竹輪を齧る昼寝に、妙な感慨を覚えたりするフォル。
「結果がどうであれ、おでん代はもらうぞ」
詰め寄るホアキンに、昼寝はじーっと連れを見て。
「くっ‥‥確かに、『どんな事があっても、アクアリウムの皆を護れるように』とお願いしたがっ」
嘆きながらも、泣く泣く身銭を切るジュエルだった。
「随分と、繁昌してるな」
賑やかな屋台へ、ひょっこりコールが顔を出す。
「あら。コールさん、珍しい場所で会うわね。どうどう? ヤマトナデシコ」
甘酒でほんのり頬が赤いシャロンが、蝶のように振袖を振ってみせた。
「ほぅ、似合ってるな。まるで一足先に、春が来たようだ」
感心して見回すコールに真琴はくすくす笑い、海音も会釈をし。
硯はおもむろに、首を傾げる。
「でも、珍しいですね。仕事ですか?」
「整備部のじーさんに用があって来たら、手伝うハメになってな。参拝記念の籤引きをやってるから、良ければ寄ってくれ。だそうだ」
「はーい」
「ご苦労様」
用を済ませた背中を、見知った者達は手を振って見送った。
「ホアキンさん、写真撮れるの?」
柱のポラロイドカメラに気付いたシャロンが、ホアキンへ尋ねる。
「ああ、無料で撮るぞ」
「せっかくの晴れ着だし、実家の家族に写真を送ろうかしら♪」
「私も、撮ってもらおうかな。折角だから、皆で一緒に撮りません?」
真琴の提案に、乗らないものはなく。
誘われる様に他の能力者達も集まってきて、屋台『あおぞら』は遅くまで賑やかな空気に包まれていた。
●当たるも当たらぬも(お御籤結果)
九十九:吉
独立するにしても他人の力が必要 また気短かな行動は身を誤る
待人‥遅くなるが来る
失物‥出ない
結婚‥あまり無理しない方が良い
鏑木:吉
冬が去って春を迎えるように 幸せが巡ってくる 自然の恵みに感謝する事
待人‥必ず来る
失物‥やや時間をおいて出る
結婚‥すべて良い
鯨井:大吉
朝日が照らすように 暗やみの月が明るくなるように 出世が約束される
待人‥必ず来る
失物‥思いがけない所より出る
結婚‥関する事はすべて良い
ヴァレンタイン:凶
万事がままならず苦労が多い 自然の恵みに心を配れば 災いは避けられる
待人‥来ない
失物‥出ない
結婚‥すべて良くない
如月:吉
始めは苦労があっても後に良くなる 物事に先んずれば利益をもたらす
待人‥少し遅くなるが来る
失物‥苦労して探せば出てくる
結婚‥すべて順調に運ぶ
エイヴァリー:吉
物事を改めて行う事 始め苦労するが次第に良くなる 神仏への信仰を篤くすればなお良し
待人‥来ない 自分から出向けば 途中で会う事ができる
失物‥出る
結婚‥急がずに行う事
デ・ラ・ロサ:大吉
神仏を信仰し かつ自然に心を配るならば良き師や先輩の力を得て幸せを得る
待人‥来るが 少し遅くなる
失物‥出る もし出ない場合でも それがきっかけで良い事に会う
結婚‥万事うまくいく
終夜:凶
自分の迷いから 他人に迷惑をかけないよう注意する 天地の恵みに感謝の心を
待人‥来ない
失物‥出てこない
結婚‥良くない ただし大事な事以外は実行して良い
小田切:吉
独立するにしても他人の力が必要 また気短かな行動は身を誤る
待人‥遅くなるが来る
失物‥出ない
結婚‥あまり無理しない方が良い
聖:小吉
何事も最初は邪魔が入って思い通りにいかないが 後に他人の助力を得て幸せを掴む
待人‥来ない
失物‥出てくる
結婚‥多少でも問題がある場合は延期した方が良い
空閑:凶
思いがけぬ災難に会う可能性あり 神仏に祈り 心平穏に過ごす事
待人‥来ない
失物‥出ない
結婚‥半ば良し 少しでも気にかかる事があれば延期する事
なつき:大吉
神仏を信仰し かつ自然に心を配るならば良き師や先輩の力を得て幸せを得る
待人‥来るが 少し遅くなる
失物‥出る もし出ない場合でも それがきっかけで良い事に会う
結婚‥万事うまくいく
アヴィン:凶
船に宝を積んでひっくり返すようなもの ひたすら神仏に祈る事
待人‥来ない
失物‥なかなか出ない あるとすれば水に関係のある場所
結婚‥諸事よろしくない
不知火:凶
何事もひかえ目にする事 無理をすればかえって不幸を招く 神仏を祈り 己れを信じて行動する事
待人‥来ない 仮りに来ても別れる
失物‥水中か暗い所にあって出ない
結婚‥すべてよろしくない
HERMIT:大吉
天地を信じ自然に感謝する事によって幸せを得る
待人‥必ず来る 殊に幸せとなる
失物‥必ず出る
結婚‥縁組み 見合いなどは順調に進行する
志烏:凶
賢い人でも時節が来ないので思うに任せない せめて天地に祈りを捧げる事
待人‥遅くなるが来る可能性はある
失物‥なかなか現われない
結婚‥あまり急がない事
依神:引かず
美環:吉
暗い所から明るい所へ出るように これから幸運に恵まれる 自然の恩恵に祈りを捧げ 神仏を信仰する心を持つ事
待人‥来る
失物‥出てくる 水辺か遠方から出る
結婚‥すべて順調に運ぶ
水無月:末吉
神仏を信仰し 自然の恵みに感謝すれば良し 始め苦労があるが 後に幸い来る
待人‥遅くとも必ず来る
失物‥すぐではないが必ず出る
結婚‥婚約 結婚などはまずまず良し
箱守:吉
自分の仕事をおろそかにしたり 大きな欲を出したりすると失敗する
待人‥遅くなって来る
失物‥水に関係ある所より出る
結婚‥すべて良い 中だるみがあるので注意する事