タイトル:薄氷上の舞闘曲マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/27 23:24

●オープニング本文


●奪われた冬の楽しみ
 北欧の冬は早く、そして寒い。
 12月にもなれば、降りしきる雪は周囲を白く染める。
 池や湖はもとより、よどみなく水が流れる川さえも、厚い氷がその表面を覆った。
 長く雪と氷と暗闇に閉ざされる季節の中、人々が楽しみとする数少ない遊びの一つがスキーやスケートだ。ごく短い『昼』の時間のみではあるが、晴れた日には大人も子供も冬のスポーツを楽しむ。
 フィンランド中部の小さな町も、休日には周辺の川や湖がスケートリンク代わりとなり、弱々しい太陽の光の下で人々がスケートに興じていた。
 だがある日、一つの川で『異変』が起きた。
「ねぇ‥‥氷、ないよ?」
「真冬だってのに、なんで氷が消えてるんだ」
 スケート靴を手に遊びに来た人々は、目の前の光景に戸惑いの表情を浮かべる。
 そこにあるのは、まるで雪が降る前のような休みない川の流れ。
 川面からは白い湯気のようなものが立ち上り、川岸から幾らか張り出した氷の端は欠けていた。
「誰かの悪戯かな?」
「でも、いったい誰が。いくら何でも、この時期の厚い氷を割るなんて‥‥」
 目の前の出来事に信じられないという顔をした人々へ答えるように、川の中ほどで水が跳ねる。
「魚か?」
「おい、近付くと危ないぞ」
 波紋を残す水面を窺う一人に、別の者が声をかけ。
 直後、大きく水が弾けた。
「うわぁっ!?」
「危ない、逃げろ!」
 わっと蜘蛛の子を散らすように、集まっていた人々が逃げ出す。
 水より跳ね上がったソレは、蛇かあるいは鰻(ウナギ)のような長い胴体に、ぞろりと鋼の刃のような鋭い背ビレを陽光にきらめかせた。
 どぶんと水音を立てて川へ沈むと、さざ波が上流へ向かって進んでいく。
「あれ、普通の魚じゃない‥‥?」
「もしかしてあの魚、川の上流へさかのぼる気じゃないか」
「すぐ、上流の町へ知らせた方がいいかも」
 ざわざわと、人々は不安に言葉を交わしていたが。
「もし氷がなくなったのが、あの魚のせいなら……」
 ――深い雪と氷に覆われた、この時期。上流で急激な温度上昇が発生し、一気にこれらが溶け出したなら、下流は水面上昇による水害に見舞われるだろう――。
 謎の魚の行動が内包する危険に気付いた者は、慌ててきた道を引き返した。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
レディオガール(ga5200
12歳・♀・EL
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
戸隠 いづな(gb4131
18歳・♀・GP

●リプレイ本文

●氷点下の世界
 夜明け前の空は青味を帯びて暗く、風景は雪と氷に覆われている。
「寒くて、静かだな」
 町の住民から借りた防寒具を着込んだ山崎・恵太郎(gb1902)の呟きは、静寂の空間に飲み込まれた。
「これしきの寒さ。心頭滅却すれば火もまた涼し、です」
 白い息を吐きながら戸隠 いづな(gb4131)が指を組み、精神統一をする。それでもやっぱり、鋭い針の様な寒さは迷彩服を貫くが。
「冷えた体には、ヒトの心の温かさが沁みる‥‥かも。色が黒なら、もっと良かったけど」
 借り物のフード付コートの襟にあしらわれた白いボアを撫でたレディオガール(ga5200)は、ふわふわな感触に少しだけ目を細めた。淡白な表情からは判り辛いが、貸してくれた住人に感謝しているらしい。
 路肩に寄せたリンドヴルムを降り、アレックス(gb3735)は軽く身体を動かす。
「AU−KVなら氷点下10度までは平気だから、手伝える事が多そうだな」
「むしろ、ドラグーン二人には本番で頑張ってもらわねぇと。水の中で長時間は、さすがにもたねぇからな」
 運転席のドアを閉めた須佐 武流(ga1461)が、大きく一つ伸びをした。冷たい空気を深く吸い込めば、微妙に喉の奥がチリチリ痛む。
「このネットで、何とかなればいいんですけど‥‥目撃者の情報では背ビレが刃の様だったそうですし、糸や網くらい簡単に切り裂かれるかな」
「少しでも動きを止める事が出来れば、何とかなるかもしれないけど」
 車の後部に回った鏑木 硯(ga0280)と協力して、新条 拓那(ga1294)がトランクからネットを下ろす。出来る事なら漁に使う投網がベストなのだが、近くの町は漁を生計にしておらず、代用品としてサッカー用ゴールネットを借りる事となった。
「丈夫な、メトロニウム釣り具一式とかあればいいのに‥‥」
「うん。ワカサギよろしく、大人しく一本釣りされないかなぁ」
「あれ、一本釣りって言うんですか?」
「例えだよ、例え」
「あの、拓那さん」
 硯と冗談めいた会話を交わす拓那に、そっと石動 小夜子(ga0121)が声を駆ける。
「そちらのロープ、私が持ちましょうか」
「ありがとう。でもこれくらい平気だよ」
 気遣いに礼を言いながら、拓那は束ねた太いロープへ手を伸ばす。が、その前に小夜子はトランクからロープを取り上げ、両手を抱えるとにっこり微笑んだ。
「日の出ている時間が短いのですし、あまり長々と時間は掛けられませんから‥‥」
 一行がいる場所は北極圏に近く、地平線から太陽が顔を出している時間は4時間程しかない。
「分担すれば、準備も早く終わるからね」
 恵太郎も頷きながら、ネットを運ぶ二人に手を貸した。
「できれば、1時間で全て終わらせたいところだな」
『仕掛け』を運ぶ者達の少し前を歩く武流は雪を繰り返し踏み、隠れた足元の安全を確認する。
「綺麗に張っていますね、氷。融けた跡も割れた様子も、ありません」
「下流も見て、どの辺にキメラがいるか確認した方がいいかも」
 先に岸へ着いたいづなが注意深く氷の表面を観察し、靴の踵で氷を蹴ってみたレディオガールは川下を窺う。
「きっとヤツは、氷のあるところとないところの境目付近にいるんだと思う‥‥たぶん」
「じゃあ、バイクで下流を見てくるかな」
 リンドヴルムへ戻る為、アレックスは来た道を引き返した。

●待ち伏せ
 ようやく差し込んだ冬の陽光が、白い世界を弱々しく照らす頃。
 静寂の中で、ギシリと氷の軋む音がした。
「きたかな」
「氷、まだ融けてないぞ?」
 息を潜めるレディオガールに、アレックスが首を伸ばして下流方向の氷を確かめる。
 川岸より少し離れた位置では、待機する者達が小夜子の熾した焚き火を囲み、暖を取っていた。
 無線機を介してアレックスが伝える下流の様子を聞きながら、作戦の準備を終えたのは日が昇った辺り。その後アレックスも合流し、交代で氷の張った川を見張ってキメラの出現に備えていた。
「話を聞いた感じだとなんか好戦的な雰囲気だし、レディ達が川に近付いたら、向こうから顔を出してくれるとか」
 ほんの少しだけ眉根を寄せて、レディオガールは変化のない氷を見つめる。
「じゃあ、調べてみるかな」
 身を屈め、足元を確かめながらアレックスが川縁に近付く。その間にレディオガールはちょいちょいと手招きをして、後ろの仲間達へ『異常』を知らせた。

「氷が、軋んでるんですか?」
 尋ねた硯に、少女は黒いリボンで束ねた銀髪を揺らして頷いた。
「自然に鳴るものかどうかレディには判らないから、アレックスが確かめに行った」
「確かにここから見てるだけじゃ、キメラが来たかどうか判らないな」
 腕組みをして、ふむと恵太郎が考え込む。
「一人じゃ危ないし、俺も様子を見てくるよ。氷を割って、反応も見たいしね」
 おもむろに拓那は柄にロープが結ばれたツーハンドソードを担ぎ、傍らの小夜子が心配そうに彼を見上げた。
「あの‥‥怪我が治ったばかりなのですから、無理しないで下さいね。今度無茶をされたら、私、泣いてしまいますから‥‥」
 案じる小夜子の言葉は、だんだんと尻すぼみに小さくなる。寒さのせいか、それとも別に原因があるのか。朱に頬を染めた彼女の艶やかな黒髪を、拓那はさらりと撫でた。
「うん。キメラの退路は任せたから、そっちも怪我をしないようにね」
 人懐っこい笑顔を拓那が返せば、小夜子はこっくりと首を縦に振る。
「こっちは水中戦の準備をしつつ、火の番でもしておくか。気がはやって、一足先に飛び込むなよ〜」
 焚き火に枯れ枝をくべ、炎に手をかざしながら武流が茶化した。
「ネット、川岸に運んでおきますね」
「拙者も手伝います」
 火の傍へ戻った硯の後を追い、いづなも細工したネットを取り上げる。
 キメラを待つ間に細工した複数のネットは、長く四角い状態の網と、扱いやすい適当なサイズに切った網に姿を変えていた。一部の網の端には、小夜子が重しに結んだ石がぶら下がる。
「重くないですか?」
「準備運動に、ちょうどいいです」
 気遣う硯に、余裕の笑顔で答えるいづな。
「傍から見てると、どっちも華奢な事に変わりないけどなぁ」
 ポニーテールの少年とツーテールの少女の後姿を眺めつつ、ぼそりと武流が呟いた。

●極寒の根競べ
 最初は軽く、切っ先で硬い表面を突き。
 変化がないのを確認して、一つ呼吸を置いてから拓那はエミタの活性化させる。
「手加減しないと、いきなり割れても困るからな」
 上で立っても、氷の厚さの変化はよく判らない。
 川岸に目をやれば、AU−KVを装着した恵太郎とアレックスが身構えた。
 下流の位置では、レディオガールと小夜子が網を渡している。
 刀身を下にして持ったツーハンドソードを、拓那は真直に引き上げ。
 適度に力を抜いて、真っ直ぐ氷へ突き立てた。
 鈍い音と感触が、柄を握る手に伝わる。
 衝撃を受けた氷はミシミシと鳴るが、すぐ割れる気配はない。
 だが直後、突き上げる衝撃に足元が揺らいだ。
「うわっ‥‥と」
 膝を曲げ、重心を下げて転倒を逃れた拓那は、氷から大剣を抜く。
 氷には、次々と亀裂が走り。
 持ち上がって割れた氷の裂け目から、鈍く光を反射する硬質のナニカが見えた。
「拓那さんっ!」
 岸から名を呼ぶ、小夜子の声が聞こえ。
 彼は咄嗟に、不安定な足場を全力で蹴る。
 川の流れに逆らえない氷塊は、互いにぶつかり、傾いて沈み。
『瞬天速』でそれらを飛び越え、雪を散らして着地した拓那の姿に、ほっと小夜子は胸を撫で下ろす。
『襲撃』をじっと見ていたレディオガールは、踊る火炎がペイントされた濃紺のAU−KVをコツコツとノックした。
「魚キメラ、とっとと陸にぶち上げられそう?」
「今やっても、たぶん氷が吹っ飛ぶだけだぜ」
「だね」
 機会を窺うアレックスの言葉を、背を丸めた恵太郎が肯定する。
 いつでも網を投げられるよう待機するいづなは、隣の硯へちらと目を向けた。
「どうやら、水中戦になりそうですか。拙者は準備運動も完璧ですし、行きましょう硯さん」
「そうだね」
 答えた硯は、準備していた潜水用エアタンクを背負う。
「じゃあ、さっさと終わらせて、サウナに入ろう。で、あったかい食べ物とあったかい飲み物を、あったかい部屋でいただく‥‥ってな」
 既に準備万端で待機していた武流が、刃のない直刀――試作型水中剣『アロンダイト』を手にした。
「格闘武器じゃねぇから、二連撃が使えないのは想定外ってヤツだが」
 逆の手に握るのは、試作型水中用拳銃『SPP−1P』のグリップだ。ごく初歩的な『作戦ミス』に小さく舌打ちするが、キメラを地上に引きずり出した後で兵装を変えてから、喰らわせればいい。
「お先にな」
「すぐに追いつくから」
 潜水用エアタンクを担ぐ背中へ武流が声をかければ拓那は頷き、彼は硯といづなに続いて氷の上へ飛び移った。

 水面に薄く水蒸気の漂う川の中は、氷点下の地上より温度が高い。
 深いが透明度のある水中を、長い影がうねった。
 水を刃とするアロンダイトを構えた硯が、キメラへ迫る。
 だが奪われる体力は地上の比ではなく、能力者でも流れに抗って自在に動き回るのは難しい。
 身をくねらせて硯の死角へ回り込むキメラを、水を裂いて飛んだ弾丸が遮った。
 試作型水陸両用アサルトライフルの引き金から指を離し、いづなは相手の出方を窺う。
 滑るように距離を取るキメラの動きをはかって、武流が身を投じた。
 新手にキメラはたたんだ背ビレを広げ、実体のない刃で武流はそれを受け流す。
 動きの鈍ったところへ、足を曲げ、勢いよく水を蹴って硯が直刀で斬り上げた。
 硯の動きに合わせ、いづなは更に水面へ追い立てるようにアサルトライフルを発砲し。
 エアタンクのない彼女はそこで息が苦しくなって、自身も氷のない箇所を目指す。
 凍てつく水上へ顔を出したいづなと入れ替わりで、拓那が川へ飛び込んだ。
 遅れて戦線に加わった拓那へ、武流が身振りで硯へ向かう魚を示す。
 身体から赤い靄を引きつつ、キメラは鋭い牙の並んだ口を大きく開いた。
 長い胴体で巻きつこうとする相手を、水面を背にした硯がアロンダイトで受け流しながら、身をかわし。
 その隙に、武流と拓那が揃ってSPP−1Pより水圧の弾丸を撃つ。
 彼らの攻撃の勢いで、キメラは水面へ押し上げられ。
「今です!」
 好機と見たいづなが網を投げ、合図をした。
「手筈通りだ。行くぜ、山崎!」
『竜の翼』を使用したアレックスが、氷の上を一気に駆けて間合いを詰め。
「とぉッ! これが本当の『バイク乗りの蹴り』だっ」
 一瞬、リンドヴルムにスパークが走り。
 網に絡まって水面を跳ねたキメラが、鋭く重い蹴りで吹き飛ばされる。
「‥‥バイク乗りって、蹴るもの?」
 吼えるアレックスに、素朴な疑問のレディオガール。
 その間にも『竜の咆哮』で吹き飛ばされたキメラへ、恵太郎が迫った。
「大人しく、陸へ上がってもらいますよっ」
 やはり『竜の咆哮』を使って、ゲイルナイフですくい上げる様に、岸へキメラを弾き飛ばす。
「攻撃手段がヒレだけとは限りません。気をつけて!」
 小銃「S−01」を構えた小夜子が注意を促すと同時に、魚型キメラは口から火炎を吐いた。
 赤く踊る炎は、瞬く間に周囲の雪を溶かし。
 距離を取ったレディオガールが、フォルトゥナ・マヨールーの照準を合わせる。
「どうせなら、焼き魚になって。食べられるかどうか、気になるの」
 淡々とした好奇心で、レディオガールは引き金を引き。
 合わせて、小夜子も銃弾を撃ち込む。
「そろそろ、寒さも限界ですので」
 長い胴体を跳ね上げて振り回すキメラを、恵太郎はゲイルナイフと蛇剋で切り裂く。
「これで終わりだ、極炎の一撃!」
 アレックスが持ち替えたランスを突き立てれば、槍の先から炎が迸る。
「‥‥上手に焼けました?」
 辺りへ漂う香ばしい匂いに、レディオガールは銃の先端で動かぬキメラをつついた。

●戦士の休息
 川面に、人々の歓声が戻る。
 北極圏が近いとはいえ、川はすぐに凍らない。
 その為、能力者達から安全を知らされた街の人々は『戦場』となった位置より上流で、冬の遊びを楽しんでいた。
「よかったですね。大きな被害にならなくて」
 慣れた風に氷上を滑るいづなが、岸辺の焚き火で暖を取る恵太郎へ声をかける。
「そうですね。にしても、天然氷はスケートリンクと一味違って‥‥こう、暖かいものも欲しくなります」
 手を擦り、白い息を吐く恵太郎を、レディオガールがじーっと凝視した。
「あの、謎な魚キメラ」
「‥‥はい?」
「食べられるか、結構気になるから‥‥ヒトバシラ募集中」
 じーっと見つめる銀色の瞳に、いづなと恵太郎は明後日の方向へ目をそらす。

 自在に氷を滑る人々から少し離れ、拓那と小夜子はおぼつかない足元に苦戦していた。
「拓那さんも一緒で、よかったです。私はスケートをやった事がなくて‥‥結構、難しいですね」
「うん。慌てなくていいから、ゆっくり」
 手を貸す拓那も、技術的には彼女と大して変わらない。
 必然的に互いを助け合うよう手を取り合って、二人は少しずつ氷を滑っていた。
「でも、あのまま冷凍されなくてよかったよ‥‥っくしょん!」
「大丈夫ですか?」
 くしゃみをした拓那の顔を、心配そうに小夜子が覗き込む。
 任務が終わった後に身体を暖めたとはいえ、拓那は冷たい川へ飛び込んだ身だ。
「後で、風邪にきく暖かい飲み物でも作りますね」
 気遣う小夜子は、拓那が返す微笑みの近さに改めて気付き。
「どうかした?」
「いいえ、何でも‥‥」
 赤くなって俯いた小夜子は、さっきよりもずっとぎこちなく足を動かした。

 寒い中で五人がスケートを楽しんでいる頃、残る三人は熱い湯気に包まれていた。
「ちょっ、痛いっ。痛いんだよ、それ!」
 バシバシと葉っぱ付きの枝で叩かれたアレックスが唸ると、ヴァスタを手にした硯は小首を傾げる。
「でも、こうするのがフィンランド式だそうですよ」
 地元では、ヴァスタ‥‥束ねた白樺の若枝で、身体が赤くなるくらい力を入れて、身体を叩くのがサウナでのセオリーだ。
「どうせなら、須佐にもやってやれ」
「いや、ソッチの趣味はないから。コレだけで、俺は十分満足だ」
 アレックスが話を振れば、おもむろに武流も辞退しながら焼けたサウナストーンに柄杓で水をかけた。
 熱せられた石に触れた水は一気に蒸気となり、小さな部屋に立ち込める。
「サウナの本場に来てるんですから、本場流に楽しむのもいいと思ったんですけどね。ちなみにサウナで暖まった後は、火照った身体で湖に飛び込んだり、積もった雪の上を転がったりもするそうですよ」
 チャレンジ精神にあふれた硯の笑顔に、アレックスと武流は顔を見合せ。
「せっかく暖まって、極楽気分なのに‥‥」
「また、あの冷たい川に入るのか」
 熱気で吹き出すものとは違う汗をかきながら、彼らは揃って首を横に振った。