●リプレイ本文
●来訪者
青い空へ、轟音と共に高速移動艇が飛び立つ。
その音に、初めて『ラスト・ホープ』の土を踏んだ者達は天を仰いだ。
「慣れない空の旅は、疲れたんじゃない?」
空を見る五人の少年は、不意の言葉に飛び上がる。
「えっ、シャロン?」
「なんで!」
驚きを隠せない少年達に、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)はころころと笑った。
「ここは、能力者の活動拠点。驚く事でもないだろう?」
大仰に肩を竦めた鯨井起太(
ga0984)が、頭を左右に振る。
「うわ、起太もいるっ」
「そこ。うわ、とか言わないっ」
指差すニコラへ、ビッと起太が人差し指を突き返した。例の某伯爵なマントはないが、以前『護衛』を務めた時と同じ軍服姿だっり。
「単なる偶然でも、なさそうだな」
「ええ、リヌさんから『依頼』を受けたんです」
訝しむコール・ウォーロックへ正直にシャロンが打ち明け、丁寧に鏑木 硯(
ga0280)が頭を下げる。
「お久しぶりです。依頼がなくても、来るって聞いてれば観光案内くらいしますよ」
「リヌの差し金か‥‥まぁ、観光はいい機会だが」
知己の名に小さくコールは嘆息し、遠くの高層建造物群へ目を細めた。
「感動の再会もいいが、紹介してもらえるか」
会話の合い間へ、カルマ・シュタット(
ga6302)が切り出した。傍らには羽衣・パフェリカ・新井(
gb1850)、イレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)、都築俊哉(
gb1948)の三人がいて、更に俊哉の後ろからは仔猫を抱いた茅間魅羽(
gb1986)が様子を窺う。
視線で問うコールに、シャロンはこほんと咳払いを一つ。
「皆、案内役よ。コールさんと同席できない用があるなら、あの子達の引率は任せてね」
「すまない、世話をかけるな。イブン?」
短く礼を告げた男は、振り返って最年長の少年を呼んだ。気付いたイブンは起太と話に興じる仲間の袖を引き、四人は姿勢を正す。
「お世話になります。俺はイブン、それからミシェルとニコラに‥‥」
仲間を紹介するイブンへ、眠そうな瞳の羽衣は軽く会釈をした。
「羽衣・パフェリカ・新井です。羽衣、でいいです」
「羽衣は歳も変わらないし、同年代だから話が合うかもね。でも可愛い子だからって、苛めちゃ駄目よ?」
冗談めかしてシャロンが片目を瞑り、続くイレーヌは一人一人と握手を交わす。
「イレーヌよ。かわいらしい訪問者ね、といったら失礼かしら。『ラスト・ホープ』へようこそー♪」
「俺は都築俊哉、こっちは知り合いの魅羽ちゃん。なんか、ついてきちまってな」
「ついてきたんじゃないお〜。にゃんこを追いかけてたら、俊哉お兄ちゃんがいたお〜☆」
紹介された魅羽は、頬を膨らませて友人へ抗議した。
「判ったよ、仕方ないなぁ」
がしがしと髪をかき、改めて俊哉は初対面の少年達へ向き直る。
「それで早速だが、どこか行きたいところはあるか? 案内できる範囲内で、案内してやるぞ?」
俊哉に聞かれた少年達は、戸惑った風に顔を見合わせた。
「じゃあ最初は適当に回って、興味があれば立ち寄るのはどうかな?」
「あ。それもアリか」
カルマから指摘をされ、ぽむと俊哉が手を打つ。
「遅くなったが、カルマだ。ひとまず、観光予定は移動しながら相談しよう」
ターミナルに停車したバスへ振り返り、カルマは一行を促した。
●資格
UPC本部を皮切りに兵舎や公園、息抜きの場である遊戯施設などを順番に回る。
ただし少年達は部外者なので、UPC側が定めた『一般人向けコース』に沿っての案内だ。
「外から一般人がくる機会は、ほとんどないけどな」
先頭を切って歩く起太が、指を振りながら説明する。
「バグアに位置を知られないよう、洋上を移動する人類の希望の砦。ここに住む一般人は、軍人や島で仕事をする人の家族がほとんどかな」
「つまり、関係者の身内しか住めないって事?」
そっとエリコが硯をつつき、小声で尋ねた。
「そうなる、かな」
「なら、もし関係者‥‥例えば親がここの軍人で、そいつが死んだらどうなるんだ?」
「それは‥‥」
単刀直入な例を出すミシェルに、やや俊哉が言葉を濁す。口にし辛い答えを、代わりにコールが告げた。
「その時は、否応なく島外へ退去だ。UPCもULTも、慈善団体じゃあないからな」
「ふぅん」
眉根を寄せたミシェルの微妙な返事に、イレーヌは複雑な色を感じ取り。
「ね。歩きっぱなしだし、一休みしない?」
明るく、別の話題を切り出した。
「ちょうど、ノエルの時季でしょ。モールも華やいでるし、羽根を伸ばせるんじゃないかしら」
「はい、ボクも行きたいお〜っ!」
ノエルと聞いて、すかさず魅羽が手をあげる。
「そうだね。リックも疲れただろうし」
「ありがと、硯」
気遣う硯に、まだ一本の松葉杖が手放せない少年がにっこり笑んだ。
「じゃあ、少し時間を潰してくれるか? 未来科学研究所にヤボ用があってな」
急に足を止めたコールへ、カルマが振り返る。
「場所、判るか?」
「行き方を教えてもらえれば、助かる」
「それなら、えーっと‥‥」
言いかけて、僅かにカルマは悩んだ。馴染みの場所だが、島を知らぬ者に説明するのは勝手が違う。
「地図、あるよ。今はここで、ここからバスに乗って‥‥」
用意してきた簡単な地図をイレーヌが取り出し、長身な男の傍らに立って道を説明した。
「助かるよ、お嬢さん」
「夕食には合流して下さいね、コールさん。美味しい店で御馳走しますから」
「了解、楽しみにしておく」
硯の呼びかけにコールは片手を挙げ、イレーヌが教えた道を辿っていく。
「用事、何かな?」
「何かお〜?」
遠ざかる背中にニコラとリックは顔を見合わせ、魅羽も一緒に首を傾げる。
「戻ってきたら教えてくれるかも、しれません。今は、待っていましょう」
不安げな少年達を、おもむろに羽衣がフォローした。
●空への夢
「すっげー広いな」
「うん、何でも揃ってるお〜!」
カラフルな装飾で彩られた商業施設で、見るもの全てが珍しい少年達は魅羽と一緒に騒いでいる。
「こういう場所って、こないのか?」
少年達と魅羽の様子に俊哉が問えば、イブンは苦笑した。
「住んでた町は小さかったし、カルカッソンヌの市場は全然違うから」
「物も沢山、売ってるんだね」
「‥‥はい」
ウィンドウを眺めるエリコの隣で、羽衣は別の店をじっと見つめていた。そんな二人に、シャロンはくすりと微笑む。
「じゃあ、この店で休憩する?」
少女がじっとメニューを見つめていたカフェを示し、彼女は仲間を呼んだ。
「それで、ロケットを作る為の勉強がしたくて、ここへ来たんですか」
楽しそうにパフェをつつく羽衣が聞き返すと、同じパフェをほおばるエリコは「うん」と明るく答える。
「もらった古い本で勉強しても、判んなくて。僕らじゃ、普通に学校行くのは無理だし」
「無理、ですか」
「学力と金の問題だな。戦況だって、いつ変わるか判らない」
コーヒーカップを傾けながらミシェルが呟き、黙ってイブンは目を伏せた。
「書籍をはじめとした独学では、限界があるのは確かだね。ロケット作りを本気で考えているのであれば教師は必要だし、それこそ専門の勉強が必要‥‥とは思うが、具体的に何の勉強が必要かと聞かれれば、さすがのボクもさっぱりさ」
「珍しく、本気で起太が悩んでる‥‥」
頭を抱える起太に、意外そうな驚いた顔をする硯。
「コールは俺達五人でここで住んで、学校に通えばいいって‥‥本当はコールやリヌに迷惑かけたくないけど、俺達だけじゃどうにもできないから」
どこか安堵した表情でニコラが付け加え、リックも頬を指で掻く。
「二人だけ、いつも働いていたし。皆一緒に勉強できるなら、俺は嬉しいな」
「‥‥なんだか、笑顔が眩しいのです」
「その為に、検査を‥‥」
羽衣は眠そうな瞳を更に細め、言葉の端から真意を察したイレーヌが小さく呟く。
「勉強、か。こっちも新しい学園が出来て、学生が増えたわよ」
ね。と、シャロンはカンパネラ学園の制服を着た俊哉と魅羽へ視線を移した。
「そういえば、五人が入るのは民間人向けの学校かい? まさかこの時期にグリーンランドで入学式なんて、はっちゃけた事は‥‥」
「もしかして、俺達の後輩になるとか?」
戦々恐々としながら起太が探りを入れる一方で、俊哉はとある『事実』に気付き、ケーキをほお張った魅羽も表情を緩める。
「だったら、可愛い後輩だお〜」
「だがあそこは、軍学校だろう。その‥‥軍に入る気は、あるのか?」
微妙に『能力者』を思わせる表現を外し、カルマはリックへ尋ねた。
「ううん。俺達、軍人になるよりロケットを作りたいから」
「だよね」
答える少年達に、シャロンは紅茶のカップを置いて頬杖をつく。
「ここは航空機の技術も盛んだし、良いかもね。そういえば、ドイツには無線局を空に飛ばす実験をしてる人がいて、もしかすると趣味が合うかもしれないわよ」
「無線局?」
「飛ばすの?」
不思議そうな少年達に混じって、起太はふむと腕組みをし。
「うーん、ボクもペットボトルロケットなら、作った事あるんだけどね」
そして抹茶パフェの最後の一口を、口へ放り込んだ。
「よければこの後は、学校を見に行こうか。ボクとしても、興味があるし」
「でも起太達、忙しくない?」
案内する者達の立場を考えてか、イブンは心配そうに八人の都合を窺う。
「そこはそれ。休養は必要だし、イブン達が『お隣さん』になるかもしれないでしょ。気にしなくても、大丈夫よ」
聞き手に回っていたイレーヌは軽くウエーブした髪を揺らし、親指を立てた。
●選択
「それで、皆で学校へ行ったんだ」
「ついでに居住区も寄ってさ」
「判ったから、喋るか喰うかにしろ」
熱心に報告するリックやエリコを、苦笑混じりでコールが注意した。
「なんだか、お父さんお母さんですね。コールさんとリヌさん」
「確かにそうね」
スプーン片手に硯が印象を口にすれば、隣で小さくシャロンが笑う。
2時間程でコールと合流した一行は、硯が案内したパエリア専門店で夕食を取っていた。郷里を離れた少年達は、久しぶりの味に喜んで手を伸ばす。皿が空になれば、イレーヌやシャロンがパエリア鍋から料理を取り分けた。
「こうして皆で囲んで食べると、美味しいね」
「うん。ありがと!」
イレーヌから皿を受け取ったエリコは、大きく頷く。
「そうそう。食事が終わったら、最後に一つ寄っていいか?」
コールが告げた行き先に、能力者達は微妙な緊張の表情を返した。
KVが並ぶハンガーは、夜でも眠る事なく整備スタッフや能力者達が出入りする。
「いっぱいあるなぁ」
「羽衣の機体って、どれ?」
「えっと‥‥あっちです」
「お前ら、邪魔はするなよ」
整備班の老チーフと幾つか言葉を交わしたコールが、好奇心に目を輝かせた少年達へ釘を刺した。手を振って答えた五人は、羽衣や魅羽、起太と一緒にKVを見て回る。
「さて。リヌから聞いたなら、知ってるんだな。あいつらがエミタの適合検査を受けて、二人が適合した事も‥‥まぁ、まだ本人には知らせてないが」
声のトーンを落として切り出す相手に、硯がやや不機嫌に口を曲げた。
「あいつらの気持ちも判るし、コールさんが危険だって思うのも判る。他にも身体の変質とか不安な要素もあると思いますし。もし、俺が適性があったのを隠されてたら‥‥怒りたくなります。それが優しさからだって思っても、やっぱり自分の道は自分で選びたいですから」
「だがお金を儲けたいとか、誰かの為になるなら、俺は反対だな。正直言って、顔も知らない誰かの為に続けられる仕事じゃないからな」
腕組みをしたカルマは、少年達へ視線を向ける。はしゃぐ姿が一瞬、病弱な弟の姿と重なった。最期に父が残した遺言と弟の存在がなければ、今こうして立っている自分はない――。
「現実と理想は、違う‥‥人を殺さなければならない時もある。その覚悟を、させるのか?」
「私はもっと、あの子達には夢を追いかける楽しさを知ってほしいかな」
カルマの言葉を首肯し、きゅっと軽く拳を握ってシャロンはコールを振り仰ぐ。
「安全とか勉強とか、能力者にならなくたって手に入るはずだし、手に入るようにしなきゃいけない。その為の‥‥私達だと、思っている」
「一番いいのは、あいつらが学校に通っている間に平和を取り戻す事なんでしょうけど」
だが現状はお世辞にも優位な戦況と言えず、悔しそうに硯は口唇を噛んだ。
重い雰囲気に、困った顔で俊哉は「難しい事情は判らないけど」と口を開く。
「人の意見で、五人のこれからを決めて貰うつもりはないかな。ロケット作りたいって言ってるし、俺も人の事は言えないが、考える時間はまだあるだろ。世界の危機は、それを待ってくれない‥‥って所だけど」
「能力者でなくてもできる事は多いし、この島も能力者の力だけでは支えられないもの。直接キメラ等を倒したいのでなければ、能力者にならなくても差はないと思うし」
被ったキャスケット押さえながら、イレーヌは並んだKVを見上げた。鋼鉄の機体を整備するスタッフの多くは、適合者ではない。整備スタッフだけでなく、モールで商売をする人々もそうだ。
静かに話へ耳を傾けていたコールは、やがて少年達を呼び。
一つの選択を、伝えた。
○
「はい、来訪の記念に。1セットしかないけど、全員分は後でコールさんにせがんでね」
『高級文房具セット』を手渡したシャロンは、ニコラへウィンクをする。
「遠くないうちに、会えるかもです」
「そうかもね」
再会を約束する羽衣にエリコが頷き、ぶんぶんと大きく魅羽は手を振った。
「その時はまた、一緒に遊ぼうね〜」
「うん、楽しみにしてる」
「そうだ。次に会う時は、遠慮なくオッキーと呼んでいいぞ」
起太が胸を張れば、「ナニソレ」と無情な反応が返ってくる。
笑って会話を見守る俊哉は決意を抱いた胸に手を当て、学園がある島の方向を振り返った。
「正直、俺は能力者でよかったと思ってる。シャロンさんや起太とか色んな人と出会う事が出来て‥‥多くの人を助けられたと思う。運良く生き残ってるから、言える台詞だけど」
照れ混じりながら明かす硯の言葉を、じっとミシェルが聞き。カルマはその肩をぽんと叩く。
「能力者は、華々しい活躍だけが全てじゃない。それだけは忘れないでくれ」
「だけどノエルも近いから、そっちも楽しんでね」
イレーヌは手を差し出し、『年長組』と別れの握手を交わした。
「さて。リヌさんへ、報告しないとね」
ゲートの向こうへ来訪者達の姿が消えると、イレーヌは踵を軸にしてくるりとワンピースのスカートを翻す。
「あの人、能力者だったんだ。リヌさんは知ってたのかな」
俊哉の疑問に、「どうだろう」とカルマは曖昧に答えた。
「コールさん、『傭兵』に復帰かぁ」
「複雑?」
しみじみと呟く硯へシャロンが聞けば、「うん」と彼は首を縦に振り。
見上げた空を、高速移動艇が飛んで行った。