タイトル:南仏戦描〜LineOfSupplyマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/07 01:50

●オープニング本文


●南からの暗雲
 その奇怪な一群は、何の前触れもなく小さな町の南に現れた。
 背には翼、頭部に角を持つ竜蛇が身体をくねらせて空を覆い、眼下の家々へと電撃を吐き散らし。
 赤い目を爛々と光らせた黒犬の一団が、口から唾液の代わりに炎を撒き散らしながら、逃げ惑う人々へ襲い掛かる。
 背中の巨大な殻を揺らし、伸縮して鞭の様にしなる触覚を振り回しながら、ぬらりとした身体の蝸牛に似た蛇が、僅かに残った町のカタチを溶かし、押し潰して蹂躙した。
 最後に凄惨な破壊の嵐の後を、波打つ長い髪の女の姿をしたモノがキメラ達を従えて進む。
 だが人のカタチをしているのは上半分のみで、腹からはぐるりと六匹の黒犬が生え、更に六匹の蛇が鎌首をもたげていた。
 竜蛇と黒犬と蝸牛に囲まれた合成獣は、悠然と瓦礫の上に立ち。
 六対の犬と、六対の蛇と、一対の人の眼で、死が支配した町を征服者の如く見下ろす。
 それから、長い腕を北の方向へと振り下ろし。
 一斉に唸り声をあげたキメラの群れは、北へと移動を再開した。

   ○

 トゥールーズから南西へ、約20km程離れた場所に位置するミュレが、突如として連絡を絶った。
 状況を把握する為、急ぎ編成された偵察部隊から届いた報せは、トゥールーズ近郊ではヨーロッパ攻防戦以来になる、群れ成す異形との遭遇。キメラ発見の情報を伝えた偵察部隊だったが、仔細な続報もないまま通信は途絶える。
 すぐさま、仏政府はミュレからトゥールーズ間およびトゥールーズ周辺に点在する町村へ住民の避難勧告を発し、同時にUPCへ救援を要請した。

●カルカッソンヌの困惑
 突然の知らせを受け、臨時休業の続くブラッスリの店内に緊張が走った。
「ミュレを奇襲!?」
「襲撃の前に、何か前兆のようなものはなかったのか」
 てんでんばらばらに言い合う男達の口を、ガンッと響いた鈍い打撲音が塞いだ。
 一瞬の沈黙の後、拳をテーブルに叩きつけたリヌ・カナートが、痛そうにひらひらと手を振る。
「今は、どうこう騒いでる場合じゃあないだろ。トゥールーズの目の前まで、もうキメラが来てるんだ」
「それは判っている。だが、どうするんだ」
 男の一人が、店の一番奥で紫煙を燻らせるコール・ウォーロックを見やった。
「救援に向かうのか?」
「既にUPCへ、救援要請が出ている。それにカルカッソンヌを放り出して向こうへ行っても、足手まといになるだけだろうな」
 二度目の重い沈黙が、フロアに落ちた。
 一般人の彼らでは、キメラに太刀打ちする事は難しい。それが中型や大型のキメラ、あるいは強力なフォースフィールドを持つキメラとなると尚更だ。
「‥‥リヌ、ちっと手伝ってもらって構わんか? あと、手際のいいのを数名」
「住民の避難誘導か」
 先に答えたリヌに、コールは一つ頷いた。
「避難先は、アルビかカストルか。カルカッソンヌまで戻ってもいいが、その辺は襲撃の状況を見て決めてくれ」
「了解。で‥‥あいつら、どうする?」
 煙草を咥えながら、顎をしゃくって階段に続く扉を示す。そこにはブラッスリに居候する五人の少年のうち、年長組になるリーダー格のイヴンとミシェルが立っていた。
「今回は、厄介そうだからな。皆と、ここを守っていてくれ」
「でも、シューはオッサンと行くんだろ?」
 口を開いたミシェルに、リヌとコールは同時にやれやれと首を横に振り。
「オッサンじゃねぇって、何度言えば判るんだ」
「‥‥ま、お前らは待機していてくれ。手が足りなくなれば、助けを求める事になるかもしれん。その時に出払ってちゃあ、困るだろ」
 嘆息するリヌに苦笑しつつコールは言い含め、数人の男達と店を出て行く。
 こわばった表情の少年達は、自分達の『役割』に戻る為に席を立つ大人の中で、その背をじっと見送った。

●退避路確保
「フランスのトゥールーズより、緊急の救援要請が来ています」
 UPC本部のカウンターで、オペレーターが緊張した表情で告げた。
「今回は報告されたキメラの数と状況より、こちらで三つのチームに分ける形を取っています。無論、仮のチームと役割ですので、皆さんの判断で最終的に変更していただいても構いません」
 前置きを終えて一つ息を吐くと、オペレーターはモニターへ地図を表示した。
「このチームでは、後方での支援活動や避難民の誘導を行います。またカルカッソンヌからも、『ブクリエ』の数名が合流します。避難についての細事は、こちらへ任せておけば、段取りをつけてくれるでしょう。皆さんの役割はキメラより避難民を守る事と、他チームのサポートが主となります。サポートの方は、臨機応変になると思いますが‥‥」
 言葉を切ると、オペレーターはモニターの画像を切り替える。
「現地では三種類のキメラが確認され、中には大型のキメラも存在します。その為、こちらのチームにも念の為に機体の使用許可を申請し、承認されました。現地での使用については皆さんの判断となりますので、よろしくお願いします。
 少ない情報ですけれど、こちらが現地で確認されたキメラのデータになります」
 オペレーターが切り替えたモニターには、「竜蛇(ギーヴル)」「黒犬(キ・ドゥー)」「蝸牛(ル・カルコル)」と仮称の付けられた三種のキメラのデータが表示されていた。

●参加者一覧

水上・未早(ga0049
20歳・♀・JG
犀川 章一(ga0498
24歳・♂・FT
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
ステラ・レインウォータ(ga6643
19歳・♀・SF
オブライエン(ga9542
55歳・♂・SN
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD

●リプレイ本文

●迫る災禍に
 トゥールーズから北へ伸びる道は、街を出る車で溢れていた。道を埋める大半は、満員の大型バスや幌付きのトラックだ。
 騒然とした空気の中。不安げな人々を落ち着かせるかの如く、オートルートの脇では二機のKVが控えている。
『市内ですが、今のところ大きな混乱はなさそうです』
 通信機越しに状況を知らせる愛輝(ga3159)に、雷電のコクピットでオブライエン(ga9542)は相手に見えないながらも、一つ頷く。
『こちらも、アルビへ移動するわね』
 続いて愛輝と組んで住民の避難誘導に当たるゴールドラッシュ(ga3170)が、付け加えた。
『了解じゃ。このまま何事も起こらなければええが、そう都合よくいくかのう』
『大丈夫ですよ、おじ様。もし何かあっても、その時の為に私達がいるんですから』
 岩龍で連絡の中継役にあたるステラ・レインウォータ(ga6643)が、改めて自分達の役目を告げた。
『そうじゃな。そちらの状況はどうじゃ?』
 オブライエンが尋ねれば、避難する車列を彼女はキャノピー越しに見下ろす。
『避難は順調です。でも、いつも一番辛い思いをするのは、一番弱い立場の人達なんですよね‥‥』
 僅かに目を伏せるステラだが、トゥールーズの南側で防戦にあたる仲間達からの連絡が届くと表情に緊張の色が混じった。
『キメラの攻撃に向かう人達が、出撃準備に入りました。現地でキメラを確認次第、交戦に入ると思います』
『了解、ありがとう』
 ステラが情報を地上のメンバーへ伝えれば、トゥールーズ市内で住民の誘導に協力する犀川 章一(ga0498)から短い返事が戻ってくる。
『上手く、食い止められるといいが』
 同じく通信を聞いた夏目 リョウ(gb2267)が、確かめるように『烈火』――自分のAU−KVを彼はそう呼んでいる――のグリップを握り直した。
『まず、こっちはこっちで頑張るだけだ。この人達を無事にアルビにまで避難させて、極力被害を抑える下準備が出来れば、少しは連中も安心して暴れられるだろ』
 章一と二人で住民を誘導する水円・一(gb0495)は、身の回りの品だけを持って、バスに乗る順番を待つ人々の列へ振り返る。
「これが平和なら、風光明媚な街というヤツだろうが
 人々がひしめく広場には、市側が用意したバスだけでは足りず、観光用や小型のマイクロバスと様々な車種が並んでいた。
 避難は、街の南側に住む者達を優先して行われ。満員になり次第、車は次々とアルビへ向かって出発する。
「理不尽な災いが降りかかるのを、防ぎたいしな。それが救援なら、なおさらだ」
 送話モードを切ってから、小さく一は呟いた。
「ええ。この任務、完遂しますよ‥‥賢狼の矜持にかけて」
 その言葉に、固い意志の瞳で章一が同意し、聞かれた側の一は短く「ふん」と鼻を鳴らす。
「じゃあ、とっとと送るぞ。無事に、アルビまでな」
「そうですね‥‥あ、持ちましょうか?」
 広場を見回した章一が、山へ登るのかと思うほど、大きなリュックを引きずる老人の姿を見つけた。
 迅速に避難を進めるため、持てる荷物は限られている。だが、明らかに持て余すサイズの鞄を抱え、立ち往生する人もいた。そうした人を狙う置き引きもまた珍しくなく、老人は怪訝な目をしたが、害を及ぼす気がないことを示すように章一はにっこりと笑顔を返す。
「安心して下さい、UPCの要請で来た能力者です。リュックをバスに乗せるの、手伝いますよ」
「ああ、申し訳ない。助かるよ」
 彼が身分を明かせば、やっと老人は警戒を解いた。
 先に乗車する老人の後からステップに足をかけ、軽々とリュックを運ぶ彼が車内へ乗り込むと、他の乗員達が顔を上げる。怯えと不安に満ちた幾つもの視線に、章一は「大丈夫ですよ」と柔らかく声をかけた。
「食料や医療品なども現地へ運んでいますから、向こうで不便があれば、皆さん遠慮なく言って下さい」
「お若いの、ありがとう。世話をかけてすまないね」
 足元へリュックを置いた章一へ、席に腰を下ろした老人が礼を告げる。
「いいえ、お気をつけて。何より今は‥‥その元気が、嬉しいですから」
 老人へ肩越しで軽く会釈をし、章一は車内を後にした。
「じゃあ、俺は南地区を回ってくる」
 動き出すバスの人々へ手を振る章一へ、一が背を向ける。
「残っている住民の確認ですか?」
「いや。まだ食料が残ってる店へ行って、提供を頼んでくる。此方も色々と足りて無いんだ、残すよりずっと良い」
「判りました、じゃあ、俺はここで案内を続けます」
 二人で組んで行動するといっても、何を連携する訳でもなく。
 避難する人々へ声をかける章一を残し、一は広場を後にした。

 トゥールーズの北東あるアルビ、東側のカストル、そして反バグア支援活動を行う非政府組織『ブクリエ』の活動拠点カルカッソンヌ。『ブクリエ』が提案した三つの候補のうち、能力者達はアルビをトゥールーズ住民の避難先に選んだ。襲撃されたミュレから遠く、山を越える必要もなく、幹線道路が整備されていて近くに空港を持つアルビは、最も地理的に条件がいいというのが選択の理由だった。
『こちらHolger、アルビ方面は異常ありません。避難計画は現状のままで、問題ないと思われます』
 ワイバーンで偵察に出た水上・未早(ga0049)が、アルビ上空から現状を知らせる。電車ならば1時間強という距離にある街は、トゥールーズ同様レンガ造りの美しい街並みを保っていた。
『これから、進路を確認しつつ戻ります。ルート上に異常があれば、順次報告しますね』
『了解、よろしくお願いします』
 報告を付け加える未早に、ステラが礼を付け加える。
 馴染んだ風景と近しい空気に、少しでも避難住民の心が安らぐ事が出来ればと、青い空を旋回しながら、未早は胸の内で願った。

●不安の影
 避難住民の車列が到着し始めたアルビの広場では、『ブクリエ』のメンバー達が支援物資をトラックから降ろしていた。物資はここから更に、避難住民が身を寄せる各所の施設へ分けられ、運ばれていく。
「リヌ、ちょっといい? 折り入って、話があるんだけど」
 荷降ろしをするリヌ・カナートへ、緊張した表情でゴールドラッシュが声をかけた。
「随分と怖い顔して。なんだい、話ってのは」
 怖い顔と言われ、思わずゴールドラッシュは視線をそらして両頬に手をやり。ぐいぐいと頬を擦るように口角を上げてから、再びジャンク屋へ向き直った。
「単刀直入に言うわ。種別の違うキメラがこれだけの数、統一された意志をもってのミュレ強襲‥‥これを偶然だなんて、考えてないわよね?」
 声のトーンを落とし、間を置いて相手の反応を窺う。
「確かに、キメラにしてはやけに統制の取れた行動だとは思うがね。偵察を出したにもかかわらず、コレだけの数と規模を把握できなかったってのも」
 自分と同じ違和感を相手が感じている事に安堵し、ゴールドラッシュは一つ大きな息を吐いた。
「悔しいけれど、前回の調査がザルだったのは明白よ。おそらく今回の襲撃はバグアか、最低でもそれに与する者の手引きがあったんじゃないかと、踏んでいるの」
「その可能性は高いだろうな。だがバグア信奉者が紛れ込んでいても、明確に見分けがつかないしねぇ‥‥このご時世に『魔女狩り』なんてのも、な」
 喉の奥で呻きながらリヌはがしがしと短い髪を掻き回し、ゴールドラッシュも腕を組んで考え込む。
「そうよね‥‥できれば、ミュレの調査と相応期間の近郊地域一帯の厳戒態勢を頼めないかな。調査の方は、キメラを何とかした後でも」
「ああ。トゥールーズ内での避難勧告なら、一週間は解除されないと思うよ。少なくとも、安全だと判るまではね。ミュレの方も事が片付いてあんた達が希望すれば、足くらい手配してくれるだろうさ」
「判ったわ。とにかく、まずは避難住民の安全確保ね」
 ゴールドラッシュは軽く手を振り、急ぎ足で持ち場へ戻った。

「大丈夫ですか? 荷物、降ろしますよ」
 次々と到着するバスで混雑する広場で、愛輝は車から降りる人々の手助けをしていた。
「ごめん、一人で任せちゃって」
 忙しく立ち動く彼の元へ、修道服を着たペアの相手が駆けてくる。
「それは、大丈夫です。リヌさんとの話は、終わったんですか」
 特に無愛想な表情を崩さず愛輝が聞けば、遅れてゴールドラッシュも荷物運びに手を貸した。
「ええ、ありがとう」
 乗客が全員降りると、バスが一つクラクションを鳴らして発車する。まだ順番を待つ住民を乗せる為、トゥールーズへ戻るバスへゴールドラッシュは手を振り。そんな彼女の服装を、愛輝は微妙な表情で見やった。
「‥‥私服ですか」
「一張羅よ。これでも『本職』なんだから」
 僅かに間を置いて尋ねる愛輝へ、修道女は『聖母の如き』微笑を向ける。
 そこへ独特のフォルムを持つバイクが滑るように接近し、停車した。
「どう、避難の方は。混乱とかない?」
 AU−KVのエンジンを切ったリョウが、二人へ状況を尋ねる。
「そうですね。トゥールーズの人もアルビの人も協力的だから、大きな混乱もなくスムーズに進んでいます」
 改めて人と車がごった返す広場を眺めながら、愛輝が答えた。
「オートルートの方は、どうなっていますか?」
「こっちも、今のところは問題なし。道を塞ぐような障害物もないし、何よりオブライエンさん達がKVで見回っているから。やっぱり、KVがいると安心するのかな」
 愛輝から聞き返されたリョウは、笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、俺は引き返してオートルートを見てくるよ」
『烈火』のエンジンをかけると、リョウはあっという間に二人の前から走り去りった。
 地上はオブライエンとステラ、空からは未早が警戒を続ける。燃料補給の為にトゥールーズかアルビの空港へ立ち寄る事もあるが、その場合は互いがフォローに回っていた。
「キメラとの戦闘も、こっちが有利に進んでるみたいね」
 信頼の瞳で、ゴールドラッシュは友人も戦う遠い『戦場』の方角へ目をやる。
 だが僅かな安堵は、KVからの通信によって打ち破られた。

●Line
『戦闘中に数体のキメラが想定されたルートを外れ、前線を抜けたました。種類は、中型のキ・ドゥー。現在、トゥールーズの東側を回っているようです。地上の隊は報告にない未確認のキメラと交戦中で、上空の制圧を終えた人が数人でキメラを索敵しています』
『了解。こちらも索敵に移り、引継ぎます』
 緊張の色を含んだステラからの連絡を受け、すかさず未早がワイバーンの機首を南へ向けた。
『頼んだぞ。他の者達は相応に燃料や弾薬、練力を消費しているだろうし、万全の状態とは言えんからの』
『はい。リョウさんは既にこちらへ移動中ですので、オブライエンさんはステラさんとアルビの二人を。車での移動は、時間がかかります』
『承知した。わしらが戻るまで、無理はせんようにな』
 快諾するオブライエンは未早へ念を押し、混雑するオートルートとは逆の車線から雷電を離陸させる。
『こちらは直接、現地へ行きます』
 トゥールーズ市内で行動していた章一は、通信を聞いて広場へ戻った一と合流し。運転席に座る一は、東へハンドルを切った。

 地上の影は、田園の中を黒い弾丸の様に走る。
 その行く手へ、急降下したワイバーンがバルカンを叩き込んだ。
 仏軍が南に張った『防衛線』を迂回した二体の黒犬は、街の東側からトゥールーズに入ろうとし、未早機が威嚇射撃での阻止を試みる。
『ワイバーンを発見。群れから離れたキメラは、二体だけか?』
 上昇と急降下を繰り返す未早機を見つけた一へ、『はい』とステラが即答した。
『未確認キメラを排除した人達が、交戦地点で黒犬の死体を七体確認しています。追跡途上で一体が倒されていますから、この二体が最後ですね』
「街へ入る前に、倒さなければ‥‥」
 車の助手席で、章一が口を固く結ぶ。僅か二体でも、無防備な街に与える損害は計り知れない。
「止めるぞ、掴まれ!」
 黒犬の姿を視認した一が、アクセルを踏む。
 エンジンが唸りをあげ、スピードを上げた車は、そのままキメラへ突っ込んだ。
 鈍い振動に続いて、ブレーキが悲鳴を上げる。
 牙の間から炎が見える前に、素早く一と章一が外へ飛び出し。
 直後、炎を浴びた車は爆発した。
 地を転がり、体勢を立て直した一は『ギュイター』を両手で構え。
 すかさずキメラへ、銃弾をばら撒く。
 ペイント弾へ持ち返るのももどかしく、章一も『カプロイアM2007』の引き金を引いた。
『もう一匹は?』
『こっちじゃ。えぇい、抜かせはせんぞ!』
 短く問うた章一に、オブライエンが答える。
 変形した雷電がバルカンで応援する間に、コクピットから愛輝が地上に降り。
 ゴールドラッシュもまた、岩龍から姿を見せる。
「ありがとう、ステラ」
「いいえ。気をつけて」
 ゴールドラッシュと短い言葉を交わし、キャノピーを閉じたステラはオートルートを庇う様に、機体を移動させた。
『これ以上誰も傷付けさせません!』
 二人を降ろす短い隙を抜けようとしたもう一匹の黒犬だが、その眼前に人型をとったリンドヴルムが滑り込む。
『生憎、この先は行き止まりでねっ』
 宣言と共に振るわれる巨大な槍斧が、紅の軌跡を描いた。
 身を翻した黒犬が、鋭い歯を剥き出しにして唸りを上げる。
「此処から先は通さない!」
 足を止めたキメラの懐へ、風の如く愛輝が飛び込んだ。
 ディガイアの鋭い爪が、黒い身体を裂き。
 応戦しようとする黒犬に、レイシールドを構えたゴールドラッシュが正面から体当たりをかける。
 重い衝撃と、合金を引っかく嫌な音が響く。
「今の間に!」
 文字通りの『盾役』となった彼女の言葉に、愛輝とリョウが動き。
 炎をものともせず、刃をキメラへ叩きつけて粉砕した。
「これで、終わらせますっ」
 援護を受けた章一のヴィアが弧を描き、キメラの足を切り裂く。
 駆ける黒犬は、もんどりうって倒れ。
 動きの鈍った標的へ、すかさず一が銃弾の雨を降らせた。

   ○

 キメラに襲撃された町は、残骸の広がる荒れ地と化していた。
「酷いですね‥‥この戦い、何時まで続くんでしょうか」
 焼け落ちた瓦礫を踏み、哀しげにステラは瞳を伏せる。
 防衛線を抜けた黒犬を退けた者達は、周辺の安全を確認する意味も兼ねて、ミュレのあった場所に立っていた。
「ここから南は、大きな被害もなし、か。キメラは南から真っ直ぐ北上して、目ぼしいミュレを襲い‥‥トゥールーズを狙った事になる訳ね」
 訪れる事を希望したゴールドラッシュは、文字通り何もない町で考え込む。
「目的は判りませんが、こちらに目を向けさせようとする作為的な意図は、感じますね」
 呟く未早は、風に乱される黒髪をおさえ、遠いピレネーの山々を仰いだ。

 キメラにしては大規模な襲撃は、防戦にあたった者達の胸に奇妙な違和感を残す。
 この日を境に、仏南部におけるキメラの被害は‥‥一時的ながら‥‥減少した。