●リプレイ本文
●空へ賭ける
リンダウの片隅、ボーデン湖に面した場所にある成層圏プラットフォーム・プロジェクトの研究施設には、三度ナイトフォーゲルが集まっていた。
「ほおぉぉぉぉぉぉお〜?」
相変わらず機体へ目を輝かせるティラン・フリーデンは、能力者達の視線に気付き、げふんと咳払いをする。
「あ。いやはや、何度も足を運んでもらって申し訳ないのだよ」
「いえ。高空飛ぶ機会なんざ、滅多にねェですから」
帽子のツバをつまみ、稲葉 徹二(
ga0163)が軽く会釈をした。
「コレが、電波中継しやがるですか」
壁際に詰まれた十本のパイプ状の物体をシーヴ・フェルセン(
ga5638)が観察し、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)はプラスチックの殻を軽くコンコンと叩く。
「思ったより小さい、のかしら」
「叩いて、大丈夫です?」
ちょっとどきどきしながら、さりげなく距離を取った水上・未早(
ga0049)がシャロンの背中へ声をかけた。そんな未早の様子に、思わずリディス(
ga0022)は小さく微笑む。
「ところで、今回は無線中継局の『設置』と聞いているが」
尋ねるホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)に、大仰にティランが頷いた。
「うむ。実験も兼ね、上空より設置ポイントへ直接アプローチを行う方法を試みる事にしたのであるよ。立ち話も何であるから、中で仔細を説明するとしよう」
ちょいちょいと手招きをして、ティランは施設の中へ入っていく。
「なんだか‥‥研究者っぽくない人ですね」
微妙に戸惑った表情のハルトマン(
ga6603)は、そんな後姿を見送り。
「まぁ、人としてどうかはさて置いて、別に害はなさそうだから大丈夫だろう」
気配に緊張感のカケラもない相手に、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が開かれた扉へ歩を進めた。
●打合せ
外では、『ラスト・ホープ』から同行した数人の整備スタッフ達がチェザーレ達の説明で、ユニットの取付作業を行っている。
「‥‥ふむ」
腕組みをして、シャロンはホワイトボードに書かれた数式や記号を眺め。
しばらくじーっと見つめた末に、ぼふんと頭から煙を吹き出した。
「大丈夫ですか?」
人数分の紅茶やコーヒーをテーブルに置くアイネイアスに、金の髪を指に絡めてシャロンが苦笑する。
「あはは‥‥なんか大学に戻ったような気がして、勉強してるぞって感じがして‥‥先生、さっぱりわかりませんっ」
しゅたっと手を挙げたシャロンに、ティランが手を突き出す。
「脳を活性化するには、糖分が欠かせぬからな」
受け取った手の平には、丸いキャンディが転がっていた。
「ハルトマン君も、どうだね?」
「え?」
包みの端をつまんだティランに、ハルトマンは目を瞬かせ。なんとなく手を開いて、丸い物体を受け取る。
ちらと横目で窺えば、包みの両端を引っ張ったシャロンが、キャンディを口へ放り込む姿が見え、おもむろにハルトマンもビニールの包装を解いた。
「それで、詳しい『作戦』の概要は?」
灰皿の前に座るホアキンが、一つ煙を吐いてから話を再開する。
「成層圏で、ユニットを切り離すのみであるな。後は勝手に外殻がバラけ、無線中継局を積んだ飛行船が、自力で設定した高度と位置を確保する故」
「あの、成層圏プラットフォームの設定高度は、だいたい20km程度だそうですが‥‥ナイトフォーゲルで、大丈夫ですか? そんな超高高度まで、上がった事がなくて」
不安げな未早に、灰を落としながらホアキンは首肯した。
「以前に中継局を落とすクラゲ型キメラと戦ったが、問題はなかったな」
「技術的には、どうでしょう」
彼女は更にティランへ問いを重ねるが、『依頼人』は困った風に髪を掻く。
「コッチはソッチ専門ではないので、正確にはナンともなのだよ。だが出来ると判断された為に、諸君らが赴いたと思うのであるが」
「確かに、そうなんですけどね」
苦笑する未早はフレームに指をあて、眼鏡の位置を整え。
「折角の機会ですから、楽しんで参りましょう。どれほど高く上がれるかは‥‥自分も、知りたいですから」
はやる気持ちをおさえるように、徹二は拳を握った。
「ユニットは十個、対するナイトフォーゲルは八機。必然的に二度飛ぶ機体が出ますので、こちらでチームを考えてきました」
立ち上がったリディスが、ホワイトボードの空欄への視線で示し、ティランが首を縦に振る。
黒のペンを取ると、リディスは各班を構成する名前を流れるように綴った。
A班はリディス、未早、ハルトマン、ユーリ。
B班は徹二、シャロン、ホアキン、シーヴ。
C班は未早、シャロン、ホアキン、ハルトマン。
そのうちシャロンとハルトマンがユニットを搭載し、未早とホアキンは護衛として随伴する。
「以上です」
「ふむ。構成に関しては、こちらから異論はない。如何なる形が最善かは、諸君の方が熟知しておるだろうからな」
「少し確認したいんだが‥‥最近、アルプス周辺でのキメラやワームの目撃情報は?」
挙げたユーリの手を、ハイタッチするようにティランがぺしっと手を叩き合わせる。
「多少の噂は伝え聞くが、飛行するキメラやワームの目撃例については明らかに減っておる。諸君らのお陰であるな」
にしっと白い歯を見せて笑う相手に、何となくユーリは目をそらした。
「でも、油断はできないよな」
「そうではあるがな」
さして気にする風もなく、ティランは机の上に転がるキャンディを口へ放り込む。
「では、行きましょうか。日没前に終わらせたいですし」
リディスが班のメンバーの顔ぶれを前に、促し。
「そんじゃ、パーっと蒔いてきやがるですか‥‥希望の種。シーヴ『希望』は大好き、です」
窮屈な椅子から解放され、シーヴは大きく伸びをした。
●地と宙の狭間
「しかし、こんなところでも8246小隊の面子が一緒になるのは、変な偶然ですね。信頼しているので宜しくお願いしますね、未早さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。小隊長」
和やかなリディスの声に、未早は笑顔で答えを返す。
ベルトで身体を固定したユーリは、手を伸ばして必要な物がその範囲にあるかを確認し。
「たまにはこうして、ゆっくり一体化して飛ぶ機会があると‥‥嬉しいのです。キメラ、出ないといいですね」
G−43改ハヤブサに乗り込んだハルトマンは、キャノピーを閉じる前にコクピットの縁をそっと撫でた。
A班のR−01改ユーリ機、EF−006ワイバーン未早機、XF−08D雷電リディス機が、離陸可能な道路へ向かって動き出す。
周りの機体を眺め、徹二は愛機のXN−01改ナイチンゲールを見上げた。
「そろそろ、エンブレムも考えてやらにゃァなぁ」
白を基調としたカラーリングに何を描くか、腕を組んで思案を巡らせる。
「‥‥夢の続き、か」
XF−08D雷電のコクピットでは、ホアキンが開いた手に視線を落とした。
「いずれ芽吹く、希望の種子を‥‥この手で空へと蒔くか」
手を伸ばして操縦桿を握り、彼は青空に続く道へ雷電を進める。
○
目の前には、青空しかなかった。
背後の地上は、ぐんぐんと遠くなり。
機首を上げた四機のナイトフォーゲルは、空を駆け上がる。
ハイレイトクライムで一気に高度を上げた後は、ハーフロールで背面飛行を行い、機首を下げ。
再度のハーフロールで、水平飛行に移行した。
『ひゃっほー!』
成層圏の『入り口』へ到達すると、ハルトマンは翼を振ってはしゃぐ。
『地上がもう、あんなに遠いです〜』
視線を下ろせば、浮かんだ雲の下に遠く地上が見えた。
四機が飛ぶ高度には雲がなく、ただ空間が広がっている。
『エンジン圧力正常、計器・機体ともに異常なし』
ざっとワイバーンの状態をチェックした未早は、改めてその風景に深く感嘆の息をついた。
『‥‥そらのいろ、ここでももう紺色になるんですね。すごくキレイ‥‥』
頭上には、遮るもののない濃い青。
遠くに見える雲との稜線は、淡い白でぼんやりと繋がっている。
『このまま高度を上げつつ、最初のポイントへ向かいます。折角の成層圏から地上を眺める機会ですし、あまり無粋な横槍は遠慮願いたいですね』
空の光景に、リディスは目を細めて小さく願い。
『本当に。こんな綺麗な風景を見ながら落ち着いて飛ぶ機会、そうはないからな』
答えながら、ユーリは先頭を飛ぶ雷電の後へ続いた。
○
『この辺りかしら』
もう一度高度を確認し、シャロンはキャノピーの外へ目を向けた。
『成層圏じゃ、さすがにアルプスの高峰もお目にかかれないわね。それにしても』
地上からいつも目にしている『空』は、眼下にあった。
透き通る青に白い雲の層が、薄く伸びて。
地平線は、目視で判るほどの曲線を描いている。
『凄いわね。地球の丸さを実感できるなんて』
『ああ。ここまでくると、何かが潜んでいても、すぐ確認できそうだ』
遮蔽物のない空にホアキンが大きく息を吐き、心奪う光景から意識を引き戻した。
『さて、始めるか。いつかはこのアルプスから、俺にも声を届けてくれよ』
祈りを込めながら、搭載したユニットをパージする。
ナイトフォーゲルと中継局双方の安全を考慮し、ユニットの行方を視認する事はできない。成功したかどうかを判別するには、無線中継局が発する信号の位置が頼りだ。
『今んとこ問題なし、でありやがるですね』
岩龍で信号を確認したシーヴが、ひとまずの成功を告げた。
『ついでに、A班の方も順調に進んでいやがります』
他の無線中継局の信号を確認しながら、シーヴは進行状況を伝える。
『あ〜、一つお願いが。空荷になった後、作戦に抵触しない範囲での事でありますが』
口にし辛そうに、徹二が話を切り出した。
『さっさと言わないと、判らないでありやがるです』
単刀直入にシーヴから突っ込まれ、改まって徹二は咳払いをする。
『上昇を掛けてみたいのであります。どの辺りまで飛べるか、興味がありまして‥‥』
言葉を切って反応を探れば、返ってくるのは沈黙で。
腹を決めたように、彼は大きく深呼吸した。
『まァ、純粋に高く飛んでみたいってのが、第一ですが』
本音を明かせば、くすくすとシャロンの笑い声が聞こえる。
『宇宙、目指してるものね。私からもお願いしていいかな?』
『自機の限界を知るのは、まぁ、確かに大事な事だしな』
『作戦に支障が出ないなら‥‥それと、敵襲がなければ。シーヴもそこまで、頭は硬くないでありやがります』
三者三様の答えに、徹二は安堵の息をつく。
『感謝するであります』
『喜ぶのは、作戦が無事に終わってからだぞ』
軽く釘を刺すホアキンに、『了解であります』と徹二は即答した。
『上手ぇ具合に設置されてくれやがれ、です』
B班最後のユニットを、シーヴが切り離す。
受信する信号を見守り、作業の終了を確認すると、徹二は機首を上げた。
宇宙空間との一般的な『境界線』は地表から100kmを示すが、外気圏を越えた宇宙を目指すなら、この距離は更に伸びる。
だが、ナイトフォーゲルの実用的な高度限界は、約20km程度で。
それ以上の高度を得ようとすれば、ブーストが必要だった。
高度を上げれば上げるほど、濃紺の空は深みを増して黒に近付いていく。
その中で、白く小さな点のようにぽつんと見えるのは、等級の高い星だ。
更に視線を巡らせれば、白い月がひっそりと浮かんでいる。
『外気圏まで800km‥‥近い様で遠いなあ。宇宙って奴ァ』
小さな星に混ざって不気味に彼を見下ろす赤い星を、徹二は真っ直ぐに睨んだ。
●Cherished Wings
帰還したばかりの機体に、また新たなユニットが取り付けられる。
その作業を見守りながら、ホアキンは紫煙を吐いた。
「俺は、ナイトフォーゲルで飛ぶのが好きだ‥‥やっぱり人型から戦闘機に変形するからかな。戦闘機ではなく、人間が空を飛んでいるような気がしてね」
「ふむ。人が空を飛ぶのは、太古からの夢であるからなぁ‥‥やはり、同じ飛ぶならば『人』として飛びたいというのが、切なるトコロであるか」
しみじみと雷電を眺めるホアキンに、ティランもまた7mを越す高さの人型機械を見上げる。
「にしても、同じナイトフォーゲルといっても、違いは様々で面白いものであるな」
「ええ。でも私はやっぱり、ナイチンゲールね。イギリスの技術者が、これがベストだって送り出したなら、私はベストを発揮できるよう使ってみせるわ」
英国の誇りを持って、シャロンは愛機に胸を張る。
「自分にとっても、良い相棒ですよ。地味たァ言われますが速くて堅い。生きて帰って来るには最適と自負しております」
同じナイチンゲール乗りの徹二も、愛着深い機体を見つめる。
「しかし、かなり弄っちゃありますが、基本的には戦場を飛ぶ機体でありますからな‥‥実際、割と長い付き合いですが、今日みたいに弾が飛んでこねェ空は初めてで。何も起こらない空を飛ぶのは、慣れとりません‥‥或いは、戸惑ってるかもしれませんなぁ。早いトコ、どの空もこんな感じになりゃァ良いんですが」
「そうですね。上空から眺める地球はとても綺麗で、戦いに明け暮れているように見えませんでした。ずっとこの美しさが保たれるよう、負けられませんね」
リディスが、少し前まで飛んでいた遥か高みの空へ視線を上げる。
「準備、終わったそうだ。気を付けて行って来い」
デジカメを片手に知らせに来たユーリが、待機する者達へ準備が整った事を知らせた。
「すまんな」
「じゃあ、行ってくるわね」
煙草を消してホアキンが腰を上げ、シャロンは明るく手を振って身を翻す。
「時間あったら、ちょっとフリーで飛んでいいです? たまにはこの子、調子を見てあげないと拗ねちゃうんですよ〜」
二人の姿に、愛機の前にいたハルトマンが、笑顔で問いかけるのが聞こえた。
未早は既に、ワイバーンの計器チェックに入っている。
並んだ機体へ一通り視線を滑らせ、シーヴは改めて岩龍を見つめた。
「最安値機の意地もありやがるですが、練力消費のねぇ特能とか、鍛えあげりゃ他機にも負けねぇ頑丈さ、火力とか、シーヴ、劣ってるとは思わねぇです。足の遅さや変形欠陥も、慣れりゃ愛嬌で」
「俺は‥‥乗換え自体、あまり考えた事ないかな」
前髪をかき上げ、ユーリはR−01改を見やった。バージョンアップしたものの、能力者となってからずっと付き合っている機体だ。
「何となくずっと乗り続けてるけど、新しい機体に変えようと思わないし、たぶんR−01を気に入ってるんだと思う。まだ、いろいろと手を入れて、やってみたい事もあるし」
「長く付き合うと、愛着もわくものであるからなぁ‥‥ところで、そのカメラは?」
気付いたティランに、ユーリはデジカメを軽く振って見せる。
「上空で、写真を撮ってきたんだ。綺麗だったから、地球と空と‥‥あと、あの赤い星も。よければ見るか?」
尋ねるユーリに、『留守番組』は目を輝かせ。
四機のナイトフォーゲルが加速する、重い振動が身体を震わせた。