●リプレイ本文
●集まる音達
空っぽの客席を前に、様々な音が交錯する。
「思いっきり歌えるのね‥‥わくわくするわ」
ミネラルウォーターで喉を潤し、リハーサルを終わらせたケイ・リヒャルト(
ga0598)は黒髪をかき上げた。
「ケイさまとはまたご一緒出来て、嬉しい限りです。素敵な歌を、お聴かせ下さいませね‥‥!」
目を輝かせた聖 海音(
ga4759)に、彼女は照れて微笑んだ。
「海音の歌も、楽しみにしているわ」
「頑張ります。今日は、裕貴さまとご一緒させていただきますし‥‥よろしくお願い致しますね」
改めて丁寧に一礼する海音へ、「こちらこそ」と篠田 裕貴(
ga5426)は礼を返した。
「野外ライヴって中々やる機会がないから、楽しみだよね。俺の曲を聴く層にも聴かない層にも‥‥新たな俺を知って貰えると、嬉しいな」
期待を込めて、裕貴はステージの方向を見つめる。
「今日は、他のメンバーがいないけど‥‥IMPとして、一人のアイドルとして頑張らないと」
緊張気味にジーラ(
ga0077)が顔を上げれば、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)と目が合う。
彼女の『バックバンド』も担当するアンドレアスは、にっと笑って親指を立て。
少女はこっくりと、頷いた。
「それにしても、『希望』だの『プロパガンダ』だの‥‥あたし個人としては、音楽を音楽以外の事に使って欲しくないんだけどな。そういうのは、音を聞いた奴らの感性にゆだねるものだろ」
微妙に憤るラシア・エルミナール(
gb2204)へ、ミカエル・ヴァティス(
ga5305)は口唇の間からチラと舌を覗かせた。
「頭の固い人向けに大義名分があった方が、文句ないのかもね」
「まぁ‥‥誰がどんな大義名分を謳おうと、あたしはあたしの音を出すだけさ。雑念は、音を乱すし」
確たる意思で答え、ラシアは空の赤い星を睨み上げる。
「音楽に壁はないからな。たとえ戦争中でも、な。」
彼女の仕草に倣うよう顎を上げた伊河 凛(
ga3175)は、提げたベースのボディへ手をかけた。
深い藍色をたたえた愛用のベース。そのピックガードには、雪の結晶をモデルにしたステッカーが貼られている。彼が、学生の頃に加わっていたバンドのものだ。
「またこれを使う時がくるなんて、思ってもいなかったが」
――もし傭兵になっていなかったら、多分俺は‥‥。
「おーい。可愛い『お客さん』が、差し入れにきたぞ」
思考を遮る野暮な声に見やれば、佐伯 炎の傍らで女性が銀髪を揺らし、お辞儀をした。
「応援に来ちゃいました。人を楽しませる事が出来るのは、とても凄い事だと思うのです。皆さん、どうぞ頑張って下さいませね」
「真琴‥‥来てくれたのか」
手にしたトレイに十人分の飲み物を用意した不知火真琴へ、慌ててアンドレアスが手伝いに行く。
「せっかくの、アスさんのお誘いですし。ケイさんとユニット、客席で楽しみにしていますね」
「ありがとう。しっかり聞いていってね」
手を振るケイに、「はいっ」と真琴は笑顔で頷いた。
一方、佐伯の後から姿を見せた川沢一二三へ、乾 幸香(
ga8460)と小鳥遊神楽(
ga3319)が揃って頭を下げる。
「まさか『ラスト・ホープ』に来て、もう一度川沢さんのプロデュースでライブが出来るなんて、思ってもいませんでした。頑張りますから、あたし達の事きちんと覚えていて下さいね」
「いいえ。ぜひ私だけでなく、沢山の人が忘れられないライブにして下さい」
「もちろんです!」
神楽は幸香と視線を交わし、互いの意気込みを再確認した。
「川沢さま、佐伯さま、大変ご無沙汰しております‥‥! お逢い出来て、嬉しいです。どうぞ宜しくお願い致しますね」
二人に続いて、海音と裕貴も軽く会釈をする。
「こちらも、久しぶりに大きな『仕事』ですしね。個人的にも楽しみにしていますから」
「ん。そろそろ、時間じゃねぇか?」
佐伯が時間を確かめ、「あの」とジーラが片手を挙げた。
「ちょっとだけ、提案。こう‥‥皆で円陣を組んで、気合を入れない? このステージ、絶対に成功させたくて。ボク達の歌が届くように、皆が元気になれるように」
「ん〜、円陣つっても‥‥こっちにするか」
ぐいとアンドレアスが拳を突き出し、「そうね」とケイが拳の上に手を置く。
ジーラも二人に手を重ね、他の者達も後に続いた。
「ほら、折角だから」
円陣を楽しげに見ていた真琴に、アンドレアスが手招きする。
「え、うちも?」
「お客さん代表って事で」
戸惑う真琴を裕貴が促し、ラシアも頷き。
「さぁいこう、It’s a Showtime!」
ジーラの言葉に一同は声を上げ、重ねた手を掲げた。
●ジーラ〜Demain
『皆、今日は来てくれてありがとう!』
無人のステージへ、微かに残照を残す空から声が降ってきた。
待ちかねた歓声があがり、聴衆が声を辿れば、白い機体が舞い降りる。
降下しつつ歩行形態に変形するアンジェリカは、地上から迎える幾条ものスポットライトを受け。
悠然とステージの奥へ着地して、膝をつく形で静止した。
コクピットが開けば、小麦色の肌の少女が金髪を揺らし、精一杯大きく手を振る。
「ライムライトに照らされた真夏の夜の夢を、キミ達に贈るよー!」
ジーラの呼びかけに合わせ、ぱんっと銀の紙吹雪が炸裂し。
疾走感の溢れるポップロックを、凛とアンドレアスが奏で始めた。
コクピットに立ったままリズムを取り、ジーラはマイクを握る。
「 辛いことばかりが溢れてる そう言って瞳を閉じたキミ
痛みも悲しみももういらない 夢の中ならそれもないから
だけど 醒めない夢はない 明けない夜はない
だってキミは知ってる 教えてくれた人がいるから
今もその手に触れている 暖かさに瞳を開いて 」
どんな夜でも、明けない夜はない。
だから明日を目指そう‥‥そんな思いを、音にのせて。
「 そこにあるのは 大きな空と太陽
白む空に 月と星は隠れるから
瞳を開けば 何時かそれが見える
だから瞳閉じないで 前を向いて 辛くたって明日が来るから 」
遠く響き渡るよう、眼下の観客へ手を差し伸べ。
ストレートなジーラの応援ソングで、ライブは幕を開けた。
●Twilight〜Fight!!/明日を信じて
「参加して良かったわ。能力者の前にあたし達はやっぱりミュージシャンなんだ。だから、今日も最高の舞台をしましょう」
相棒の言葉に、幸香は大きく二本の三つ編を揺らす。
「こうやって音楽やっているのが、本当のあたし達だよね。だからもっともっと良いライブをして、お客さん達と一緒に楽しもう」
そして二人は、揃ってステージへと飛び出した。
「まず、あたし達『Twilight』の代表曲『Fight!!』から。その元気、受け取って!」
既にお決まりの一言を、神楽が客席へ投げる。
「 突き進め! 切り開け! 明日を!
立ち止まっていて、何が得られるの?
過ぎ去っていく 影だけ見つめて
目で追うだけじゃ何も変わらない
だから 今は前を向いて進もう!
俯いて 膝を抱えて
立ち止まっていたら 何も見付からないから!
友と共にいざ進もう!
今はその手に思いを込めて!
友を信じていざ進もう!
僕らはいつもひとりじゃないから! 」
緩急を付け、エレキギターを提げた神楽が高らかに歌い。
「続いては『明日を信じて』。明日へ踏み出す勇気を、受け取って!」
神楽から、コーラスを担当していた幸香へライトが集まる。
打って変わって穏やかに、幸香がキーボードで弾き語るのは、一歩踏み出す勇気。
「 下を向いてばかりじゃ きっと何も見つからない
だから思い切って あたしは前に踏み出すわ!
立ち止まっていたら 何かを失ってしまうから
その一歩は今は小さくとも その勇気がきっと何かを変えてくれる
わたしは一人じゃない
きっと笑い会える人が居ると信じて!
空元気だっていいじゃない!
今は笑顔を思い出して
いつかきっと自然に笑える日が来るから 」
ジージャンに色違いのシャツとジーンズで合わせた二人は、最後に仲良く手を振って聴衆へ応えた。
●le lien〜Believe
「不思議なご縁もあるものですね」
水色の地に、淡く白のラインが入った着物姿の海音は、にっこりと裕貴へ微笑む。
ユニットの意味は、日本語で『絆』。
貴重な縁を、心に刻むかの如く。
「そうだね。せっかくのライブ、楽しもう」
答える裕貴は、ポップな東洋龍の和柄Tシャツにジーンズ、右手首にリストバンドとスニーカーと、海音に合わせて和を意識しつつ、彼風に纏めていた。
緩やかに歩を進めて、海音はグランドピアノの前に座り。
裕貴はアコースティックギターを提げて、静かにスタンドマイクの前に立つ。
昼の暑さとライブの熱気が篭った空間に、一陣の涼風の如く、ミディアムテンポの爽やかな旋律が吹く。
「 誰も見たことないような 小さく淋しげな瞳
殻に閉じこもって 人生は苦いだけ
そんな風に信じているんだね 」
柔らかく伸びる裕貴の歌へ、そっと控え目に海音の声が寄り添う。
『 もっと自分を信じなきゃ
そこから抜け出して 良く見てごらん
抜けるような空と 君に与えられたものとを
君が思うよりも 世界はもっと希望に満ち溢れてるものなんだ
だからさぁ駆け出そう 輝ける未来へと 』
穏やかなコーラスを編み上げ、視線を交わして区切りの息を合わせる。
拍手と歓声が波のように寄せて、遠のき。
一拍おいた裕貴が、静かにマイクへ向き合った。
「この、夏の宴にもう一曲‥‥出来たばかりでタイトルもないけど、美声の歌姫と是非歌いたいな、と」
裕貴がちらりと見やれば、驚いた表情の海音が頬を染め。
照れながらも、白い指を鍵盤へ落とす。
『 Through the darkness I can see your light‥‥ 』
流れる時間を忘れさせる、しっとりしたメロディに乗せて。
澄んだ二重奏は、緩やかに夜の空へ広がっていった。
●Titania〜The Enchanteress/夜香
白シャツの下、いつも身に着けたロケットを外すと、アンドレアスはそれをテーブルへ置き、代わりに十字架のチョーカーをつけた。
「もう、『戒め』は必要ねぇか‥‥今日は後ろで見ててな」
低く声をかけ、赤いエレキギターを手に背を向ける。
黒い革パンで大股に歩いてステージ脇へ向かえば、クラシカルな黒のゴシック系衣装を纏ったケイが、彼を待っていた。
流れるようなピアノへ、キツめディストーションがかかった硬質な電子音が重く絡む。
クラシカルな旋律と、叩きつけるようなビートが身体の芯を震わせ。
歪んだハードな音律に、ケイが歌を紡ぐ。
後ろには、夜の闇になお黒く浮かび上がる――二機のディアブロ。
「 Hear my voice
Look into my eyes
Fly with me into the night 」
妖艶さと熱っぽさを帯びながら、どこか硝子の様な透き通る声で。
「 Call my name
Feel my love 」
一瞬だけの音の空隙に、囁きを落とし。
気まぐれな猫の如く、旋律が翻る。
「 You’re my eternal prisoner
I’m the enchanteress − Queen of the night 」
グランドピアノのケイへ訴えるように、アンドレアスが速弾きで音を繰り出し。
白と黒の鍵盤の上で踊る指が、鮮やかにリフをあしらう。
リズムは一転し、重く音を軋ませてバラードへ移行した。
『The Enchanteress』から、『夜香』へと。
「 爛漫の星屑の園
月夜の影絵 その香は濃密で
熱が醒めない 」
演奏を聴く者の中に想う相手を見出せば、自然と弦を扱う指に力が篭る。
胸に抱く熱情を吐露するかの如く、アンドレアスの音は鋭くなる。
「 瞬いた瞬間の一閃
胸に突き刺さり その身に鮮烈で
輪郭が消せない
闇夜に辿り着くその場所に 何を見付ける? 」
ひとつ、呼吸を置いてから、ケイは最後の言葉を紡ぎ。
名残も残さず、ただ鮮明に音が掻き消える。
静寂を埋めるよう、少し遅れて拍手と歓声が続き。
「こんなに音楽性が合うなんて、吃驚だわ!」
存分に音を発散したアンドレアスの『本音』に、ケイは緑の瞳を猫の様に細めた。
●flicker〜In the blue sky
そのバンドの名に、客席からはどよめきにも似た声が上がった。
「何か‥‥凄いな」
「気にする事でもないさ」
驚いた風の凛に、ラシアは短い黒髪を左右に振った。
そう。演奏するのは、バンドの『名』じゃない。
「さぁて、それじゃ演らせてもらおうか!」
「OK、抑えずに全開でいくわよ!」
気合いを入れるラシアにミカエルが片目を瞑り、力強く凛も一つ頷いた。
「In the blue sky!」
噛み付くようなラシアの叫びに、音が応える。
刻むようなリズムを追って、エレキギター。
1フレーズ待って、ベースがスライドし。
更にキーボードが加わって、電子音が大気を揺るがす。
曲は軽快で突っ走るような、アップテンポのロックチューン。
オープンフィンガーの長手袋をはめた指で、ピックを握り。
ベアトップにカットジーンズ姿のラシアが、エレキギターを弾きつつボーカルを取る。
「 灰色に染まってた あの空蒼く澄み渡る
優しい日差しが差し込んで アツイ元気が湧き上がる 」
リズムに飛び跳ね、キーボードを叩くミカエルは、黒のホットパンツに赤のジャケットを羽織っていた。
前を肌蹴たジャケットからは、挑戦的にチラチラとビキニが覗き。
演奏に加えて、更に観客を煽る。
「 遥か遠くにまで 広がっていく青空を
飛行機雲が通り過ぎる まるでおいでと誘うように 」
彼女の性格そのままに、弾けるキーボードの旋律へ絡むのは凛のベース。
彼は腕に黒のリストバンドをはめ、黒のTシャツにダメージパンツを履き。
その弦は確かな旋律を太い低音で叩き出し、時にビートを効かせた明るい音でハネる。
「 さあ勇気を出して その手を握り
もう一度踏み出そう 何処までも道が続く限り
邪魔する雨(もの)は 今はない 」
吹き抜ける疾風のように、音の奔流が駆け抜け。
鳴り止まぬ拍手の渦へ、ラシアと凛はピックを投げ込んだ。
●Finale
ライブを締めくくるステージでは、電子音の応酬が繰り広げられていた。
アルペジオをスローテンポから、徐々に早弾きへ。
タッピングを加えて軽やかに音を弾く裕貴に対し、アンドレアスは嵐のような音の塊を紡ぐ。
大仰に呆れた仕草をしていた凛だが、ベースの音を引っさげて、ハンマリングで『参戦』する。
そんな男三人のバトルを、引き裂くようなラシアのエレキギターが決着をつけた。
ピアノを弾く海音と笑いながら、ケイはタンバリンを大きく振って、観客と共に拍を取り。
ミカエルが奏でるキーボードに神楽と幸香は肩を並べ、ジーラは前に出てマイクを客席へ向けて歌う。
賑やかなアドリブ・セッションは、過ぎる時を惜しむようにいつまでも続き。
夜の闇を震わせて、遠く遠く響いていった。