タイトル:戦禍に残されし者達マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/29 23:32

●オープニング本文


●May Panic
 それはまるで、紙へ点けた火のように瞬く間に広がった。
 侵攻の炎はイベリア半島を舐め上げ、城壁であったピレネーを焼き落とし、一時的とはいえ南フランスの一部をも平らげる。
 規則正しい軍靴の音が、聞こえる訳ではない。
 無情な無限軌道が、緑を踏みにじる訳でもない。
 だが、空では独自の曲線で構成された、忌まわしいワームが飛び交い。
 地には地獄や悪夢から這い出したような、冒涜的な姿のキメラが蠢く。
 その後、最前線は地球軍が盛り返して幾らか南下したものの、ピレネーを越えて押し返す事は出来ず。
 事実上、スペインは競合地域としてはバグアの影響を強く受ける状態となる――。

●捨てられた町の、見放された者達
 スペイン北部に位置する小さな町。
 そこでも、避難行の一時休息に足を止めた人々を始めとして、逃げる体力と手段のある者達が逃げ惑い、我先にと北へと避難を始めた。
 農作業用の車や自家用車といった『足』のある者は、可能な限りの水や食料、身の回りのものを積んで、家族と共に乗り込み。『足』がなく貯えがある者は、それと交換で避難者の車の僅かな空き席を確保する。
 移動手段や貯えがなく、自力で逃げる事もままならない者達や、頼る縁故もない者達は、家の中で息を潜めて震えるか、教会でひたすら祈りを捧げるしかなかった。

「神父様、みんなどこに行っちゃったの?」
 小さい町の、更に人気がなくなって寂れた様子に、若い神父にまだ幼い少年が小首を傾げる。素朴な質問にエルナンド神父は一瞬答えに窮し、苦笑を浮かべて少年の頭を撫でた。
「急な用事があって、みんなで遠くへ出かけたんですよ。だから、私達がしっかりと町のお留守番をしなければね」
「お留守番‥‥」
 それが不服なのか、別の少女は眉間にシワを作る。
「大丈夫。きっとじきに帰ってきますよ。じゃあ、教会で神様にお祈りしましょう。みんなが早く、元気で帰ってきますようにって」
「うん!」
 神父を囲んでいた数人の少年少女は、競争するようにぱたぱたと駆け足で教会の中に入って行った。子供達の後に続く神父は、扉の前で足を止め、空を仰ぐ。
 その頭上を、数機のヘルメットワームが編隊を成して北へと飛んでいった。

「教会にいる子供は全員孤児だから、誰も連れてってくれないんだ」
 口を尖らせて、10代後半の少年が油や煤で汚れた黒い手の甲で、額の汗を拭う。
「足を引っ張ったり、連れてって後で面倒になるのが嫌なんだよ」
「まぁ、そうかもしれんがな。しかし、こんな時でも子供達の元気な声が聞こえるのは、有難いもんじゃよ」
 椅子に腰を下ろした老人は、杖を手に置いて目を細めた。
「だがの。お前さん達まで、町へ残る必要はないぞ。お前さん達は若い。今ならまだ、逃げる事も出来る」
「逃げたら、誰が修理するんだよ。このボロ発電機」
「おーい、ガソリン持ってきたよー!」
 金属の容器を抱えた別の少年が、大きく手を振って駆けてくる。
 注意深く注油口に油を注ぎ、スターターロープを何度か引けば、エンジンは唸りを上げて軽快な音を立て始めた。
「当分、コレで動くだろ」
「すまんのう。家の中にまだ幾らか食べ物が残っている筈だから、持って行くといい」
 杖を支えに、曲がった腰で立ち上がった老人に、工具を片付けながら少年は首を横に振った。
「いらねーよ。爺さんの食い物取ったら、爺さん大変だろ? しばらくしたらまた、動いてるか様子を見に来るよ」
 油で汚れた顔で笑いながら少年は手を振り、仲間と共に踵を返す。
「来たぞ!」
「爺さん、家に入ってて!」
 空を見上げてワームに気付いた少年達は、木の陰を選んで走っていき。
 痩せた背中を見送った老人は、空へ大きく深い溜め息をついた。

 いま小さな町に残っているのは、避難の足手まといとなる老人達と、何らかの理由で身寄りのない子供や戦災孤児達ばかりだ。
 教会が面倒を見ていた孤児のうち、『年長組』である10代後半の少年五人が教会の負担とならぬよう『独立』し、ジャンク拾いを経て、今ではいろんな機械や電気製品類の修理を手がけている。修理技術は基礎を教わっただけでまだまだ手探りの状態だが、それでも人のいなくなった町では有難い存在だった。

「最近また、ワームをよく見るな」
「キメラもだよ。今はまだこの辺で見るけど、いつ町に来るか‥‥」
 土の上に地図を描きながら、五人の少年達は頭を突き合わせていた。
「ちびや爺さん婆さん達、逃げた方がいいよね」
「っても、どーやって逃がすんだよ。トラクタに荷台引かせて、ちんたら走るって?」
「‥‥無理?」
「襲われたら、逃げらんねーだろ。ソレ」
 カリカリと木の枝で土を引っかきながら、少年達は頬を膨らませ、あるいは肩を落とす。
「リヌと、連絡が取れたらなぁ」
 リーダー的存在である最年長の少年が、呻いた。
 戦闘やキメラの被害によって町へ繋がっていた電話線や電線は切られ、外部との連絡は足を運ぶしかない。直接歩いて連絡が取れる場所まで行かなければ、現状だ。

 そして長い思案の末、少年達はそれを決行した。

●ピレネーを越えて
 スペイン国内だけでなく、ピレネー山脈の北にあたる南仏でも、戦線北上による混乱に見舞われていた。
 中世よりスペインからの侵攻を幾度も防いできたカルカッソンヌも、例外ではなく。
 そんな混乱の最中、リヌ・カナートはUPCから彼女宛の『知らせ』を受け取った。
「UPCから私に逆指名って、何の用があるんだか」
「何でもスペインのある町から逃げてきた一人の少年が、UPCへ助けを求めたらしい。お前の名前つきで」
 不信な表情のリヌに、コール・ウォーロックは折りたたんだメモを指で挟んで渡す。
「もっとも、少年はトゥールーズから連絡してきたそうだ。話と依頼経歴を調べた末、UPCが連絡を寄越してきた」
 メモを開いて表情をこわばらせるリヌへ、更にコールが説明を付け加えた。
「トゥールーズって、こっち側の最前線じゃないか‥‥どうやってピレネーを越えたんだ」
「サン・ジルの巡礼路を抜けたらしい。スペインへの古い巡礼路は、今も残ってるからな‥‥で?」
 問う視線に、硬い表情のリヌが眉根を寄せた。
「前に立ち寄った町、住人が逃げ出して、子供と老人が取り残されてるそうだ。ライフラインが寸断され、井戸水とろうそくの明かりで何とか暮らしてるが‥‥複数種のキメラが、町から少し離れた場所で目撃されている」
「トレーラで巡礼路は、越えられんぞ」
 先んじた相手をじろりとリヌが睨み、コールは肩を竦めた。
「老齢なら住み慣れた地元から離れたがらない者がいる事も考慮し、相当数のラシオンを用意してある。あと、能力者達の協力もな」
 猫だましのようにビシッと目の前で指を弾かれ、彼女は反射的に瞬きする。
「人道的支援への協力なら、我々は惜しまんさ」
 ひらひら手を振る背中を見送り、リヌはメモをぎゅっと握った。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
坂崎正悟(ga4498
29歳・♂・SN
神無 戒路(ga6003
21歳・♂・SN

●リプレイ本文

●to colleague
「シャロン! シャローン!」
 自分の名を呼ぶ声に、運転席で説明を聞くシャロン・エイヴァリー(ga1843)が立ち上がり、扉を開けた。
 人員輸送用のバスと、物資輸送用の幌付4tトラックを点検する男達の間を抜け、手を振りながら坂崎正悟(ga4498)が走ってくる。
「正悟?」
「出る前に、これを頼もうと思って」
 見つけた彼女へ、正悟は分厚い茶封筒を差し出した。封は開いていて、傾けると写真の束が出てくる。ちらりと見えた写真は、彼女には見覚えのあるものだ。
「これ‥‥クリスマスの?」
 顔を上げたシャロンに、息を整えながら正悟が頷く。
「町の人達へ、渡してくれないか。多少でも気持ちが落ち着くだろう」
「判った、必ず渡すわ。そっちはもう出発?」
「戻ったら、すぐな」
「あ〜、シャロン。すまんが、硯に届けてくれるか?」
 何か言いたげな正悟へリヌ・カナートは片目を瞑り、折ったメモをシャロンへ寄越した。
「後の要領は、本番で覚えりゃいい」
「了解。ちょっと、行ってくるわ」
 仲間二人へ声をかけ、シャロンは正悟とバスを離れる。
「伝言?」
 ミラー越しに見送った煉条トヲイ(ga0236)が聞けば、リヌはひらと手を振った。
「コールが聞き出した、病院の住所さ」
「ピレネーを越えてきた子供の、収容先か」
 返ってきた答えに、合点してファルロス(ga3559)が呟く。
「スペイン全域の、競合地域化‥‥先の大規模作戦は、人類側の『勝利』になっているが――嘘っぱちに思えてくるな」
 苦々しい言葉と共に、トヲイは拳を強く握った。
 イタリアを取り戻した代償は大きく、弱者から犠牲になる現実を思えば心は痛む。
 もっと、自分達に力があれば‥‥そう、トヲイも何度願ったか知れない。
 窓の外を眺める肩を軽く叩かれ、彼が振り返ればリヌは肩を竦める。
「そう、怖い顔するなって。期待されるだけに色々あるだろうが、何もかもがあんた達のせいじゃあない」
「‥‥ああ」
 複雑な表情のトヲイは、深く嘆息した。

「そちらも、無理しないで下さいね」
「有難うございます。鏑木さんも、道中お気をつけて」
 鏑木 硯(ga0280)の気遣いに、柔らかな物腰で如月・由梨(ga1805)が一礼する。
「はぐれた男の子、無事だといいですね」
「あの子達の事だからきっと無事ですし、必ず見つけてきます」
 励ます平坂 桃香(ga1831)は彼の返事にポニーテールを揺らし、思いっきり安堵の微笑みをみせた。
「はい。顔も知ってる硯さんや正悟さんが行くんですから、大丈夫ですよね」
「えっと‥‥まぁ」
 その無邪気さに、硯は反応に困りつつ笑顔を返す。
 そこへ、弾む様な明るい声が彼の名を呼んだ。
「硯! リヌさんから、これ」
 駆け寄ったシャロンは硯の手を取り、預かったメモを手の平へ押し込む。
「なくさないようにね」
「あの、ありがとう‥‥」
 頭を下げた言葉の半分は微妙にかすれ、胸の前で硯は握った拳を開いて、中を確認した。
「バグアも馬鹿じゃないだろうし、山の中ではまともに連絡が取れない。可能な限り、時間は稼ぐつもりだが‥‥急いでくれよ」
 若干離れた位置にいる神無 戒路(ga6003)が、開いていた本から視線を上げる。
「ええ。各班個別の判断が必要になるわね。皆、無事に再会しましょう!」
 青いカチューシャを留めた金の髪が翻り、笑顔でシャロンはサムズアップした。

 少年を捜索する為、正悟と硯は一足先にバイクで発ち。トヲイとシャロン、ファルロスの三人が、リヌと共に二台の大型車で出発する。残る由梨と桃香、戒路のチームは、ナイトフォーゲルでピレネー東部を飛ぶ事で、地上の仲間が使う西ルートより敵の注意をそらすのだ。
 やがてコクピットで待つ者達へ、通信機から仲間が競合地域入りした旨の情報が届いた。
「時間だ‥‥共に行こう」
 揺れるネックレスを掴み、目を伏せた戒路は表面を指でなぞる。
『あくまでも偵察‥‥に見せかけた、一種の陽動ですね』
『はい。敵の数によっては、撤退も視野に入れて下さい』
 再度確認する桃香へ由梨が答える間に、キャノピーが閉じ。
 由梨機ディアブロ、桃香機阿修羅に続き、戒路機ワイバーンは大空へ舞い上がった。

●ピレネー越え
 舗装路は狭まりながら、オロロン・サント・マリーから続く緩やかな勾配を上がっていた。道の両脇に広がる森や岩肌には戦闘の傷跡が残り、場所によっては落石や倒木が大きく道へはみ出して、減速して迂回せねばならない。また路肩では、疲れた顔で休む避難民の姿が、ぽつりぽつりと見られた。
 ある程度の標高まで来ると、なだらかな道は大きく二つに分かれる。
「この道は‥‥」
「片方は、ソンポール峠を越える巡礼路の山道。もう片方が、トンネルを抜けてハカへ向かう道だな」
 バスの運転席で進路を見比べるトヲイに、地図を見るファルロスが道を示した。
「こいつが途中で落盤していたら、引き返して峠ルートか」
 行く手に迫るトンネルへ、ハンドルへ手をかけたリヌが咥え煙草でぼやき。
「そうなっていないよう、祈るしかないわね」
 もう見えない道の方角へ一瞬だけ視線を投げ、助手席のシャロンは膝の上で祈りの形に指を組んだ。
 戻らぬ友達の心配をする、少年達。
 寄る辺もなく、不安の只中へ残された人々。
 浮かぶ聖夜の記憶に、もどかしい気持ちがはやる。
「見捨てたり、しない。その為に能力者になったんだから」
 やがて二台の車は、山の風景から無機質な暗い空間へ飲み込まれた。

   ○

「無茶はここまでで、十分。後は俺達に任せて、大人しくしてるよーに」
 ヘルメットを被りながら硯が言い含め、正悟は小柄な少年の頭を撫でる。
「帰りには、必ず皆を連れて迎えにきてやるからな」
 ミラー越しに後方を確認すれば、病院の前で看護士に付き添われた少年が、包帯を巻いた両腕を大きく――その姿が建物に隠れるまで――振っていた。
「無事だといいが‥‥」
 路肩にサイドカー付バイクを停めた正悟が写真を取り出し、探す少年の顔を確かめる。
「好きな歌が判らないのは、ちょっと残念ですけど」
 慣れぬ大型バイクの扱いに苦心する硯は、額の汗を拭って大きく息を吐いた。
 運転をする分には、エミタの補助もあって身体が自然と対応するが、止まると大型バイクの質量と体格差に手を焼く。
「歌を好きになる機会も、なかったんだろうか」
 姿が見えなくても、耳馴染んだ歌が耳に届けば元気付けられるかもしれない‥‥そう考えていた正悟だが、見舞った少年は特にはないと答えた。
「あ、でも教会の賛美歌なら、聞き覚えがあるかも?」
「賛美歌か‥‥何か歌えるか?」
 手を打って提案した硯だが、正悟に聞かれて笑顔で固まる。
「すみません‥‥クリスマス・ソングくらいしか」
 がっくりと肩を落とす硯に「だよな」と正悟も苦笑して、これから登る巡礼路を見上げた。
 途中で分岐した舗装路は、急勾配をヘビの様に這いながら、ソンポール峠へ続いている。フランス側が険しい山道で、スペイン側の傾斜は緩やかな巡礼路は、頂上付近に国境センターがある。少年の話では、そこでキメラらしき攻撃に出くわし、仲間とはぐれたという。
「じゃあ、行くとするか」
「はい。坂崎さんも、気をつけて」
 休息を終えた二人はバイクのエンジンをかけ、二手に分かれた。

   ○

『ナイトフォーゲルで越えると、あっという間ですね』
 ふと桃香が、そんなもどかしさを口にした。
 キャノピー越しに見下ろせば、地上には雪を山頂に戴いたピレネーの山々が広がっている。場所は違うが、五人の仲間達はそれを越える最中だ。
『だが‥‥ガリーニンの様な、大型輸送機でも持ち出せば‥‥いい標的になる‥‥』
 敵影が見えないか注意しながら、現実的な結果を戒路が返す。
『そうですね。こちらの勢力圏下でなければ、空路輸送は困難になります。空港が無事かどうかによっても、大きく行動範囲が制限されますし』
 由梨の言葉に、ふぅと大きく桃香が溜め息をついた。
『自由に動けないって、本当に大変ですよね』
 再認識する桃香に、声は出さないものの由梨が小さく笑む。しかし、彼女の表情はすぐ沈痛な面持ちに沈んだ。
『一つの大きな戦いが終わって、でもその戦渦に残された人がいて。安住の地が失われる時の気持ちはどんなものか、想像できません‥‥』
『私は、あんまりキメラの被害のない場所にいましたけど‥‥バグアに襲われ、家を離れて逃げる事になるのは、やっぱり嫌です。避難する人達が、早く家へ帰れるといいんですけど』
『そうですね』
 自分と同じく心を痛める桃香へ、短く由梨が同意した。
『脱出作戦、絶対に成功させましょう。そして逃げた人達が、いつか安心して家へ戻れるように』
 静かに、由梨は決意を新たにし。
『連中が、食らい付いたぞ‥‥』
 接近する存在に気付いた戒路が、警告を発する。
 スペイン領空を飛ぶ三機の機体は、接近する『相手』との距離を保ちながら、回避運動に入った。

●広げた手の、届く距離
 銃弾の雨が、むき出しの地面をえぐった。
 威嚇射撃を受けた四足獣のキメラは、弾丸を避けて踊るように跳ね。
 その間に二台の車は加速して、キメラとの距離を引き離す。
 見る間に標的は射程外へと離れ、シエルクラインで援護していたファルロスは、ようやく肩の力を抜いた。
「引き離した。もう追ってこないだろう」
「そうか。村までの距離は?」
『すぐそこよ』
 トヲイの呼びかけに、先頭のトラックからシャロンが返事した。
 田園風景の中、身を寄せ合うように立つ家々が見えてくる。
 静かな町へ入った車は一気に中央の広場まで乗り込み、教会の前で停車した。
「エルナンド神父、いますか!?」
 車から飛び出したシャロンが、勢いよく教会の扉を開け放ち。
「あ、オッサンだっ」
「ホントだー!」
 少年達の声に驚いてトヲイが振り返れば、集まってきた10代後半の少年三人へ「オッサンじゃないだろ」とリヌが『抗議』している。
「‥‥一瞬、驚いた」
「トヲイはまだ、オッサンには程遠いだろ」
 胸を撫で下ろすトヲイにファルロスが微妙に笑いつつ、荷台のロックを解除した。

「あまり時間がないの。詳しい事は移動しながら話すから、今は避難の準備をお願い」
 若い神父へシャロンが事情を説明し、トヲイとファルロスはリヌや子供達と協力して、荷台のラシオンを教会へ運び入れた。
 話を終えたシャロンは、正悟から預かった茶封筒を助手席から取ってくる。
「避難を知らせるついでに、これを渡してくるわね。もし、町に残る人がいるなら‥‥避難した人宛の手紙とかあるかもしれないから、預かってくるわ」
「積もる話はあるかもしれないが、急いでな」
 念を押すファルロスへシャロンは頷き、三人の少年と一緒に残っている住人の家へ向かった。
 だが、人々の反応は様々で。
「ここに残るって決めたから、行かない人もいるんだよね」
 しょんぼりする少年の肩を、励ますようにトヲイが叩く。
「離れられない思い出もあるだろうから、残念だが仕方ないさ。よければ、逃げる人達の準備を手伝ってくれるか?」
 首を縦に振り、少年はトラックへ走っていった。

「オッサン達が来たって事は、あいつら無事に着いたんだ」
 それまで、ずっと聞きたいのを我慢していたのだろう。避難する人々がバスへ乗り込む時になって、不意にリーダー格の少年が尋ねた。
 一瞬手を止めたリヌは、ゆっくり頭を振り。
「知らせにきたのは、一人だったそうだ」
「でも、硯と正悟が探しに行ったの。二人とも顔を知ってるから、きっと見つけて待ってるわよ」
「‥‥うん」
 シャロンがフォローを加えれば、少年は短く返事をする。
「エルナンド、だっけ? 乗らないのか?」
 ふと気付いたファルロスに、神父は笑顔を返した。
「町へ残る方もいますし、これからもまだ避難する人、あるいは情勢が落ち着いて帰ってくる人が、ここを訪れるでしょう。そんな人達へ渡す為に、運んでいただいた食料は大切にお預かりします」
「神父さま‥‥」
 教会で育った子供達が名残惜しげに見上げ、神父は一人一人の肩を抱く。
「どうか、町の人とこの子達をお願いします。そして傭兵の皆さんにも、神の御加護がありますよう‥‥」
 十字を切る神父へ、三人の能力者は静かに首肯した。

 車窓から見える町が、どんどん遠ざかっていく。
 バスに乗った住民は窓を開け、小さくなる町を見つめていた。
「そろそろ、窓を閉めた方がいい。キメラがうろうろしているからな」
 ハンドルを握るファルロスが、バックミラーで車内を確認して警告する。
「キメラとかワームを見張るのなら、手伝うよ」
 双眼鏡を手にしたトヲイへ、リーダー格の少年が申し出て。
「じゃあ、後ろと左右を見張ってもらえるか。何か異常を見かけたら、すぐに教えてくれ」
「判った!」
 頼むトヲイに、かつて近くで戦闘があるたびジャンクを拾い集めていた少年達は、力強い笑顔で答えた。

 山の天候は変わりやすい。いつに間にか空には雲が低く立ち込め、霧のような雨まで降り出していた。
 トンネルの奥から見えてきた光に、硯は大きく手を振る。
 車体が汚れて凹んだバスは減速し、続いて後ろのトラックも路肩へ停まった。
「坂崎さんと、合流しました?」
 運転席へ駆け寄った硯が真っ先に尋ねれば、ファルロスとトヲイは顔を見合わせて首を振る。
「連絡がつかないのか」
 ファルロスが聞き返せば、無線機を手に硯はうな垂れた。
「無線機、持ってないみたいで。峠を越えてスペイン側も回ってみましたが、坂崎さんも‥‥あの子も見つからなくて」
 ぎゅっと、強く拳を握る。
 トラックの助手席を飛び降りたシャロンが、濡れた彼の髪をハンカチで拭いた。
「風邪、ひくわよ」
「有難うございます。でも‥‥」
「とにかく、オロロンまで行くしかないね」
 シャロンの後から歩いてきたリヌが、がしがしと頭を掻く。
「先に下山した可能性もあるし、でなければ空の連中に連絡をつけるしかないだろう。バイクは私が転がすから、硯は休め」
 身振りでリヌは硯を支えるシャロンを促し、車は再び動き始めた。

「坂崎さんと子供の捜索、ですか?」
 地上からの知らせに、由梨が眉根を寄せる。
 陽動の為に何度かピレネー東部を飛び回ったナイトフォーゲルは、空港で補給を受けていた。
「何かあったんでしょうか‥‥」
 不安げな桃香に、戒路は重い息を吐く。
「何があったか判らないから、行けという事だろうな」
「じゃあ、急いで行かなきゃですね」
 きゅっと桃香が唇を結び、三人は離陸の準備に入った。

 危険を冒して捜索した結果、予定ルートから外れた人気のない山村で、正悟のバイクが発見された。負傷した少年を見つけて一番近い村へ運んだものの、仲間と連絡をつける事もできず、立ち往生していたのだ。
 すぐに助けに戻った者達の手で少年は病院へ運ばれたが、骨折などの負傷と熱から、意識は混濁したままだった。