●リプレイ本文
●最後の一機
飛行船は順調に高度を上げ、空へと飲み込まれていく。
点すら見えなくなると、見守っていたアグレアーブル(
ga0095)は、小さくふっと息を吐いた。
「無事、上がりましたね」
「ああ。本番は、これからだが」
顔を上げていた南雲 莞爾(
ga4272)も、肩をぐるりと回す。
「後は『お客さん』待ち、ですか」
まだ空を仰ぐ石動 小夜子(
ga0121)に、指を組んだ緋室 神音(
ga3576)がこくりと頷いた。
「最後の一機、守り抜くわ‥‥!」
呟きと共に、合わせた指に少しだけ力が込められる。
アグレアーブルと莞爾、そして神音の三人にとっては、実質上の『再戦』だ。
加えて、最初にクラゲ型キメラを目にした遠石 一千風(
ga3970)も、リンダウへと駆けつけた。
「一度関わった件が、フイになるのも嫌だしね。計画成功に協力しようと思って」
「いやはや、有難い事なのだよ」
一千風の言葉に、なむなむとティラン・フリーデンが両手をすり合わせる。
「‥‥どうして、拝んでるの?」
その挙動にアズメリア・カンス(
ga8233)が尋ねれば、不思議そうにティランは拝む手と彼女を見比べた。
「むむ? 日本での礼は、こうするのが流儀と聞いたが」
「微妙に、違うと思うけど‥‥」
それ以上の説明の代わりに、彼女は小さく肩を竦める。
「とにかくだ。今回こっちにこれなかった隊長の代わりに、凛が夢の技術を護るんだからなっ!」
胸を張って宣言する勇姫 凛(
ga5063)に、ハテとティランが首を傾げた。
「隊長とな。ソレは、如何なる人物であるか?」
「え〜っと‥‥」
説明しかけた凛は、不意にニッと笑顔を作り。
「秘密」
「ぬぐあぁぁっ、気になるではないか〜っ!」
そんな二人の会話に、煙草へ火を点けたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はやれやれと首を横に振る。
「‥‥夢、か」
低い呟きと共に、ぷかりと紫煙をくゆらせた。
「ありがとう」
短い礼と共に、窓辺へチェザーレが灰皿を置く。
「変わった人だが、あれでも本当に感謝している。人間ってのは‥‥多くは、失敗を恐れるものだからな」
重く嘆息する髭面の男は、集まった能力者達を眺めている。
置かれた灰皿へ灰を落として息を吐けば、白い煙は空へと立ち上り。
「ああ。夢の続きが見られるなら、微力ながら手を貸したいと思っただけだ」
――俺には、大それた夢なぞないから。
そんな言葉を飲み込み、ホアキンは目を細めて微笑った。
「夢を追うのは、変人の特権だからな」
「飛行船、予定の高度とポイントに到達。今から、信号の発信を開始するよ」
データの数値を見ていたドナートが伝えれば、カルマ・シュタット(
ga6302)は改めて深呼吸をした。
「では、頑張りますか。ティランさんも、何とかしてこのプロジェクトを成功させたいみたいだしな」
待機中のディアブロへ足を向けるカルマに続き、沢辺 朋宏(
ga4488)も愛機R−01改を見やる。
大幅にカスタムした機体は、更に頼もしさが増した気がした。
「よろしく頼むぜ、相棒」
声をかけ、磨き込まれた機体を朋宏は軽くぽんぽんと叩く。
「相方は、アグレアーブル氏だからな。歴戦の強者の邪魔をしないよう、気を付けてないと」
「歴戦でも強者でも、ないですよ?」
淡々とした声に驚いて振り返れば、緑の瞳の少女は僅かに首を傾けていた。
その仕草は、何故かちょっと戸惑っている風にも見えて。
「それに、沢辺さんの方が年上ですし。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
会釈して朋宏が差し出された手を取れば、握り返すアグレアーブルの力は思いのほか強かった。
●巨影迫る
十の機体はロッテを組み、ボーデン湖上空を旋回する。
『では、飛行船の推進機能だと、離脱速度は出ないのですね』
『うむ。本来は、機体の座標維持が主目的である故な』
問いかけた小夜子は、ティランの答えに嘆息した。
『逃げる事が難しいとなると、接近されない事が前提になりますでしょうか。それとも、早めに空域から離脱させます?』
『信号捕捉後では、難しいかもしれん。もう一種のキメラの速度は、ナイトフォーゲルに匹敵するとも聞く』
『トンボ‥‥なんですよね。早い方は』
ナイトフォーゲル並みの高速で空を飛ぶ、人ほどのサイズのトンボ型キメラ。
想像するだけで、小夜子は肌が粟立つ気分だ。
『飛行船を壊される前に、キメラを落とせばいい事よ。戦力も地理条件も、整ってるんだから』
彼女の微妙な声色を不安と受け取ったのか、操縦桿に添えた手を握り直しながら一千風が励ました。
『そう、ですね。飛行船だけを狙うみたいですし、クラゲ型キメラには感覚器官でもあるのでしょうか』
『う〜ん、何らかの探知手段は考えられるかな。それが「何」かは、判らないけど』
『考えられるポイントは、潰していくしかなさそうですか』
『そうなるわね‥‥さあ、早く姿を見せなさい』
挑むように一千風は目を凝らし、仲間の知らせに耳をすませる。
小夜子のアンジェリカと一千風のS−01は飛行船を中心として、円を描くように旋回を続けた。
『電波妨害が目的なんて、ハタ迷惑を通り越した存在よね』
『ほんっと! いつかお茶の間に、電波にのった夢を届けるんだからな!』
アズメリアの言葉に力いっぱい凛が同意し、その勢いに思わずカルマがくっくと笑う。
『えーっ。そこ、笑うトコ?』
『いや、元気でいいなぁと思ってな。それにしても‥‥俺の試作型G放電装置は、ホントに放電してくれるのかな。強化して火の属性を帯びたから、実は放火するとか?』
『大丈夫よ』
冗談めかしたカルマの疑問に、あっさりと神音が即答した。
『単に放電の際にまとう威力へ、付随されるだけだから』
『そうか。それはよかった』
安堵するカルマの耳へ、明るく軽やかな凛の笑い声が届く。
『というか、放火してたらソレ、放電装置じゃないよね』
『確かにそうだけどな』
ひとしきり笑い、通信を介しての空気が適度にリラックスしたところで、アズメリアはぱきんと指を鳴らす。
『とにかく、きっちり守って、きっちり落とさないとね』
そして不穏な暗雲のように、ゆっくりと災厄は近付いていた。
『Garm、ビジュアルID。盛大な出迎え準備を頼む』
キャノピー越しにソレを目視した莞爾が、標的発見を仲間へ伝える。
莞爾と組むホアキンは、ゆっくりと接近する物体に眉をひそめた。まだキメラとの距離はあるが、逆に視認できた事を考えれば、巨体は相当なものだろう。
『あれが、「お客さん」か』
『ああ。前は安全なポイントに誘導出来ず、存分に戦う事も出来なかったが‥‥』
言葉を切り、莞爾は口唇を噛む。
その沈黙は、再戦への強い意志を感じさせた。
『それにしても、でかいな』
驚いたのを通り越して、どこか呆れた風に朋宏が呟き、一方のアグレアーブルは無言で兵装を再チェックした。
ナイトフォーゲルを遥かに凌ぐ大きさのクラゲ型キメラと、周りを飛び交うトンボ型キメラの群れ。
それらを始めて見る者は、改めて巨大さに息を飲み。
再び目にした者は、険しい表情を浮かべる。
『目標がポイントに到達次第、エンゲージに入る。メインディッシュは任せたぞ』
『了解。適度に掃除がすむまで、こちらはシュバルムを組んであたる』
ホアキンの呼びかけに、カルマが答えを返した。
●空を制するのは
キメラの一団は現れたナイトフォーゲルを無視し、飛行船が存在する方向へ直進する。
そこへ、八つのロケット弾が飛んだ。
八発のうち数発はトンボへぶつかり、幸運にもトンボの間をすり抜けた何発かはクラゲに命中する‥‥が、直進を続けるクラゲは進路を乱す事も、バランスを崩す事もなく。
代わりに、トンボの群れの一部がクラゲから離れた。
『Quenaよりトンボ班各機。ダンスを始めるぞ』
口火を切ったホアキンが、兵装を8連装ロケット弾ランチャーから3.2cm高分子レーザー砲へ切り替える。
先陣を切ったホアキンの後に、アグレアーブル機S−01、朋宏機R−01改、莞爾機ディアブロが続き。
クラゲをかすめるように後方より前方へ離脱する機体を、一斉にトンボ達が追った。
『R−01改の機動性を甘く見るな! 簡単に、後ろを取らせるか!』
朋宏が機首を上げ、回避行動に入る。
だが、高速で飛ぶトンボ型キメラも、R−01へ食い下がり。
その間を隔てるように、レーザーの光が放たれた。
不規則な動きで避けるものもあるが、光に触れたキメラは呆気なく四散し。
礼を告げるより先に、朋宏はS−01の後方にガドリング砲を撃つ。
矢継ぎ早に射出される50発の弾丸が、S−01に追いすがるトンボへ次々と叩き込まれた。
直撃を受けたキメラや、直撃を間逃れたものの薄羽に穴を空けられたキメラが、次々と堕ちて行く。
S−01と高度を合わせた朋宏が親指を立てれば、コクピットのアグレアーブルは指を軽く振り返した。
身振りだけのサインを交わした二機は、再び飛び回るトンボ型キメラへ照準を合わせる。
並行して飛ぶ二機のディアブロが、主翼を振って左右へブレイクする。
追尾するトンボの群れは、一瞬ひと塊となった。
そこへ、リバースした二機がレーザー砲で挟み撃つ。
まとまった群れは、四方八方へと散開する。
正面より激突してくるキメラに、ガトリング砲やロケット弾ランチャーで応戦し。
赤と黒の機体が、群れていたポイントを突き抜けた。
だが落とされた分を補うように、クラゲの巨大な口からトンボが這い出してくる。
『ダンスのパートナーに、事欠く事はなさそうだな』
『全くだ』
莞爾とホアキンは短い言葉を交わすと、攻撃を続けながらクラゲの正面で合流し、新たな「増援」の注意を引いた。
トンボ班がクラゲの進路側へトンボの注意を引く間に、クラゲ班はクラゲの後方から接近していた。
四機の接近に伴い、クラゲの周囲に残っていた数匹のトンボが反応する。
『どけーっ! 今、道を塞がれるわけにはいかないんだからなっ!』
気合いと共に凛は進路上のトンボをロックし、AAMを発射する。
ホーミングミサイルが命中したか、あるいはトンボ自らが激突したかは不明だが、爆煙が一面に広がった。
更に煙の中へ神音がロケット弾を放ち、カルマは試作型G放電装置を起動する。
そこへ、速度を落としたアズメリアのディアブロが煙を切り、急降下した。
クラゲへ接近すると同時に、搭載していた爆弾を切り離し、即座に急加速して上昇する。
その後方、数秒遅れて炎球が膨れ上がり、周囲へ衝撃波が走った。
『フレア弾で、クラゲ満月が欠けたって感じね』
交戦空域より距離を取りながら、一千風が戦況を仲間へ伝える。
クラゲは全体のうち、三分の一近くが爆散していた。
『それでもまだ、直進しています。高度は、徐々に下がっていますが』
小夜子の言葉に頷いた一千風は、飛行船との距離を確認する。
『トンボが飛んできても、まずいわね』
小夜子の交渉で飛行船は移動してはいるが、移動速度はキメラよりずっと遅い。なおかつ、巨体が湖からそれて地上に落ちれば、被害は甚大だ。
『こちら、Iris。目標へ、直接的なインパクトを試みるわ。援護をお願い』
クラゲの反応を観察していた神音が、機体を振って巨体へ急接近する。
『緋室さん?』
『無理するなよ!』
神音の機体へ迫るトンボにレーザー砲を撃ちながら、アズメリアと凛が呼びかける。
ディアブロは、減速しながら飛行形態から変形し。
二本の足で、強引にキメラへ「着地」する。
直後、つんのめった様に機体のバランスが崩れた。
『く‥‥っ!』
咄嗟に神音は「雪村」を起動して突き立て、速度を殺して転落を防ぎ。
一瞬で裂かれた傷口からは、血の代わりに無色透明の粘状物質が吹き出した。
本来なら、着陸の衝撃は即座に装輪走行で拡散させる。
だが、待っていたのは泥濘へ突っ込んだような感触。
舗装された路面でも平坦な地面でもない、生物であるキメラの「上」へ着地したのだから当然だろう。
『降下できそうか?』
『いえ、やめた方がいいわ』
カルマの問いに答え、見えないながらも神音は頭を振る。
クラゲの上で高速移動が出来ないなら、離脱速度の確保は難しい。
『とにかく、攻撃は続けて。これを落とさないと』
歩行が可能と確認した彼女は、足場の悪さも構わずレーザー砲を撃った。
『離脱は困難でしょうか』
渋い表情で、アグレアーブルがクラゲ上の機体を見下ろす。
ちらと視線を投げた朋宏は、すぐに自分が追う標的へ注意を戻した。
『気にはなるが、こちらも手を抜く訳にはな』
フレア弾の直撃とディアブロの「強行着陸」から、彼らを追うトンボの行動パターンが、大きく二つの流れに変った。
一部はディアブロへ、残りはクラゲが取っていた進路の先へと飛ぶ。
クラゲもまた、巨大な口を開き。
そこから、図体に見合ったサイズの火球を吐き出す。
機首を上げ、熱の塊をやり過ごした莞爾は、始めて見る行動に舌打ちした。
『飛行船まで届かないと、悟ったか』
『こちらは任せて、緋室さんのフォローをお願いします!』
小夜子の声に続き、クラゲから離れたトンボの群れの中で爆発が起きる。
最後の飛行船を守る為、アンジェリカとS−01が交戦状態に入っていた。
『湖面までの距離を考えると、対流圏に入るまでに速度を稼げば、まだ離脱できるわ。その分、機体には負担がかかるけど』
『キメラと心中するよりは、マシ‥‥ね』
一千風の計算に、神音は乾いた口唇を舐める。
『いくぞ。進路上のトンボを、集中的に叩く』
『了解、Quena』
『こっちは少しでも「走れる」よう、クラゲを傾けようぜ!』
『そうだな。ヒレを狙うか』
仲間達が出来るプランを次々に提案しては、行動に移し始めた。
それを聞きながら、神音は残る「余力」と雪村で深々とキメラを貫き、緊急用ブースターを起動する。
やがてボーデン湖の中央に、巨大な水柱が上がった。
●報告
「損傷の大きな機体は先に帰還しましたが、トンボの掃討は続行しています。綺麗さっぱり、掃除していきますので安心して下さい」
微笑む小夜子に、一千風も頷いた。
「諦めず、最後の一機を提供してくれた博士達メンバーに感謝するわ」
「‥‥博士?」
ぱちぱちと目を瞬かせるティランに、一千風が再び首肯する。
「そ、ティラン『博士』」
「いやいや。博士とは、スチムソン氏やブレスト氏のような人物に言うものであるぞ」
「でも‥‥確かに変な人だけど、ティラン博士は研究者が似合ってると思う。玩具職人よりも。それじゃあ、ね」
「スタッフの皆さん、頑張って下さいね」
ひらと手を振って一千風は赤い髪を翻し、小夜子が丁寧に頭を下げた。
やがてS−01とアンジェリカは、轟音を上げて飛び立つ。
「全く‥‥Wie ein Wirbelwind、であるな」
「へ?」
風圧に髪をあおられるティランへ、ドナートが奇妙な表情をするが。
彼は答えず、遠ざかる機体を見送った。