タイトル:正体確認済浮遊物体−Reマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/23 23:46

●オープニング本文


●誤算の結末
 ドイツ南部にあるボーデン湖の東端近くに浮かんだ、リンダウという小さな街。
 その隅っこの湖畔に面した位置に、成層圏プラットフォームの実用化に向けて研究を行っているプロジェクト・チームが研究施設を構えている。
 いつもは賑やかを通り越して騒々しい研究所は、数日前から奇妙な静けさに包まれていた。
「‥‥浮上、しないな」
「ええ‥‥しませんね」
 声を落として、ドナートとアイネイアスが言葉を交わす。
 二人の視線の先では、プロジェクトの中心的人物であるティラン・フリーデンが見事に机に突っ伏して放心していた。
「‥‥まだ、魂が抜けてるのか」
 部屋へ入ってきたチェザーレが、どんよりと澱んだ空気に嘆息する。
「仕方ないといえば、仕方ないけどねぇ。どーすんだろ」
 椅子にもたれたドナートは、お手上げだという風に両手を広げて肩を竦めた。

 先日のキメラ退治は不首尾に終わり、無線中継局を積んだ飛行船は全てがキメラによって落とされた。結果、今まで積み重ねてきた努力は水泡に帰し、幾らかの実働データと材料費の請求書だけが、プロジェクトの『財産』として残っている。

「キメラをどうにかしないと、プロジェクトは続けられないしな。プロジェクトの成果が出なければスポンサーもつかないし、金がなければプロジェクトも終わりだ。お前達はまだ、国へ帰れるだろうが‥‥」
 言葉を切って椅子へ腰を卸すヒゲ面の男へ、アイネイアスが紅茶を淹れた。
「チェザーレさん、故郷はスペイン‥‥ですものね」
 重い空気が、周囲に満ちる。
 イタリアは開放されたが、逆にスペインは全土がバグア勢力に飲まれる事となった。
「でもイタリアだって、いつどうなるか判らないよ」
「そうであるな。その足がかりとして、キメラを何とかせねががががー」
 もぎょもぎょと腕を回しながら、奇怪な動きでティランがもがく。
「‥‥大丈夫ですか」
 恐る恐るアイネイアスが様子を窺うと、彼は突っ伏し過ぎて赤くなった額をごしごしと袖で擦った。
「うむ。ともあれ、あのキメラをどうにかせねば、前進が出来ぬ事に変わりはない。幸いにも、先の失敗でキメラが何を頼りに中継局を追うかは判明した。かくなる上は、こちらから餌を用意するしかなかろう」
「餌って‥‥この近くを飛んでる中継局は、もうないよ。あとはここからずっと離れた場所で飛んでいる、耐久試験用のヤツしか」
 テーブルに座って脚をぶらつかせるドナートへ、ちっちとティランは人差し指を突き出して左右に振る。
「飛んでいるモノは、確かにない。だが、これから飛ばすモノは存在しているであろう?」
 そしてその指を、机の上に置かれた流線型のガス充填式飛行船へと向けた。
「あれに所在確認用の信号発信機を取り付け、ボーデン湖上へ飛ばすのだ。キメラがいずこを漂っているか判らぬ以上、信号を強めに発信せねば向こうが餌に気付かぬかも知れぬが‥‥ソレは出来るな、ドナート君?」
「できるけど、アレが壊されるとホントに後がないだろ‥‥いいの?」
「ならば、後腐れなく終焉。執拗なバグアの妨害の前に、儚い研究者の空への夢は潰えました。そんな話が、小さくどこかの誰ぞの間、僅かな時の間だけ、話題に上るのみであろうよ」
「そんな話題に上りたくないがな」
 ぼやきながらチェザーレは最後の飛行船の図面を取り上げ、ドナートはテーブルから飛び降り、ちょっと笑ったアイネイアスはコーヒーを淹れに行った。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
沢辺 朋宏(ga4488
21歳・♂・GP
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA

●リプレイ本文

●最後の一機
 飛行船は順調に高度を上げ、空へと飲み込まれていく。
 点すら見えなくなると、見守っていたアグレアーブル(ga0095)は、小さくふっと息を吐いた。
「無事、上がりましたね」
「ああ。本番は、これからだが」
 顔を上げていた南雲 莞爾(ga4272)も、肩をぐるりと回す。
「後は『お客さん』待ち、ですか」
 まだ空を仰ぐ石動 小夜子(ga0121)に、指を組んだ緋室 神音(ga3576)がこくりと頷いた。
「最後の一機、守り抜くわ‥‥!」
 呟きと共に、合わせた指に少しだけ力が込められる。
 アグレアーブルと莞爾、そして神音の三人にとっては、実質上の『再戦』だ。
 加えて、最初にクラゲ型キメラを目にした遠石 一千風(ga3970)も、リンダウへと駆けつけた。
「一度関わった件が、フイになるのも嫌だしね。計画成功に協力しようと思って」
「いやはや、有難い事なのだよ」
 一千風の言葉に、なむなむとティラン・フリーデンが両手をすり合わせる。
「‥‥どうして、拝んでるの?」
 その挙動にアズメリア・カンス(ga8233)が尋ねれば、不思議そうにティランは拝む手と彼女を見比べた。
「むむ? 日本での礼は、こうするのが流儀と聞いたが」
「微妙に、違うと思うけど‥‥」
 それ以上の説明の代わりに、彼女は小さく肩を竦める。
「とにかくだ。今回こっちにこれなかった隊長の代わりに、凛が夢の技術を護るんだからなっ!」
 胸を張って宣言する勇姫 凛(ga5063)に、ハテとティランが首を傾げた。
「隊長とな。ソレは、如何なる人物であるか?」
「え〜っと‥‥」
 説明しかけた凛は、不意にニッと笑顔を作り。
「秘密」
「ぬぐあぁぁっ、気になるではないか〜っ!」
 そんな二人の会話に、煙草へ火を点けたホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)はやれやれと首を横に振る。
「‥‥夢、か」
 低い呟きと共に、ぷかりと紫煙をくゆらせた。
「ありがとう」
 短い礼と共に、窓辺へチェザーレが灰皿を置く。
「変わった人だが、あれでも本当に感謝している。人間ってのは‥‥多くは、失敗を恐れるものだからな」
 重く嘆息する髭面の男は、集まった能力者達を眺めている。
 置かれた灰皿へ灰を落として息を吐けば、白い煙は空へと立ち上り。
「ああ。夢の続きが見られるなら、微力ながら手を貸したいと思っただけだ」
 ――俺には、大それた夢なぞないから。
 そんな言葉を飲み込み、ホアキンは目を細めて微笑った。
「夢を追うのは、変人の特権だからな」

「飛行船、予定の高度とポイントに到達。今から、信号の発信を開始するよ」
 データの数値を見ていたドナートが伝えれば、カルマ・シュタット(ga6302)は改めて深呼吸をした。
「では、頑張りますか。ティランさんも、何とかしてこのプロジェクトを成功させたいみたいだしな」
 待機中のディアブロへ足を向けるカルマに続き、沢辺 朋宏(ga4488)も愛機R−01改を見やる。
 大幅にカスタムした機体は、更に頼もしさが増した気がした。
「よろしく頼むぜ、相棒」
 声をかけ、磨き込まれた機体を朋宏は軽くぽんぽんと叩く。
「相方は、アグレアーブル氏だからな。歴戦の強者の邪魔をしないよう、気を付けてないと」
「歴戦でも強者でも、ないですよ?」
 淡々とした声に驚いて振り返れば、緑の瞳の少女は僅かに首を傾けていた。
 その仕草は、何故かちょっと戸惑っている風にも見えて。
「それに、沢辺さんの方が年上ですし。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
 会釈して朋宏が差し出された手を取れば、握り返すアグレアーブルの力は思いのほか強かった。

●巨影迫る
 十の機体はロッテを組み、ボーデン湖上空を旋回する。
『では、飛行船の推進機能だと、離脱速度は出ないのですね』
『うむ。本来は、機体の座標維持が主目的である故な』
 問いかけた小夜子は、ティランの答えに嘆息した。
『逃げる事が難しいとなると、接近されない事が前提になりますでしょうか。それとも、早めに空域から離脱させます?』
『信号捕捉後では、難しいかもしれん。もう一種のキメラの速度は、ナイトフォーゲルに匹敵するとも聞く』
『トンボ‥‥なんですよね。早い方は』
 ナイトフォーゲル並みの高速で空を飛ぶ、人ほどのサイズのトンボ型キメラ。
 想像するだけで、小夜子は肌が粟立つ気分だ。
『飛行船を壊される前に、キメラを落とせばいい事よ。戦力も地理条件も、整ってるんだから』
 彼女の微妙な声色を不安と受け取ったのか、操縦桿に添えた手を握り直しながら一千風が励ました。
『そう、ですね。飛行船だけを狙うみたいですし、クラゲ型キメラには感覚器官でもあるのでしょうか』
『う〜ん、何らかの探知手段は考えられるかな。それが「何」かは、判らないけど』
『考えられるポイントは、潰していくしかなさそうですか』
『そうなるわね‥‥さあ、早く姿を見せなさい』
 挑むように一千風は目を凝らし、仲間の知らせに耳をすませる。
 小夜子のアンジェリカと一千風のS−01は飛行船を中心として、円を描くように旋回を続けた。

『電波妨害が目的なんて、ハタ迷惑を通り越した存在よね』
『ほんっと! いつかお茶の間に、電波にのった夢を届けるんだからな!』
 アズメリアの言葉に力いっぱい凛が同意し、その勢いに思わずカルマがくっくと笑う。
『えーっ。そこ、笑うトコ?』
『いや、元気でいいなぁと思ってな。それにしても‥‥俺の試作型G放電装置は、ホントに放電してくれるのかな。強化して火の属性を帯びたから、実は放火するとか?』
『大丈夫よ』
 冗談めかしたカルマの疑問に、あっさりと神音が即答した。
『単に放電の際にまとう威力へ、付随されるだけだから』
『そうか。それはよかった』
 安堵するカルマの耳へ、明るく軽やかな凛の笑い声が届く。
『というか、放火してたらソレ、放電装置じゃないよね』
『確かにそうだけどな』
 ひとしきり笑い、通信を介しての空気が適度にリラックスしたところで、アズメリアはぱきんと指を鳴らす。
『とにかく、きっちり守って、きっちり落とさないとね』
 そして不穏な暗雲のように、ゆっくりと災厄は近付いていた。

『Garm、ビジュアルID。盛大な出迎え準備を頼む』
 キャノピー越しにソレを目視した莞爾が、標的発見を仲間へ伝える。
 莞爾と組むホアキンは、ゆっくりと接近する物体に眉をひそめた。まだキメラとの距離はあるが、逆に視認できた事を考えれば、巨体は相当なものだろう。
『あれが、「お客さん」か』
『ああ。前は安全なポイントに誘導出来ず、存分に戦う事も出来なかったが‥‥』
 言葉を切り、莞爾は口唇を噛む。
 その沈黙は、再戦への強い意志を感じさせた。
『それにしても、でかいな』
 驚いたのを通り越して、どこか呆れた風に朋宏が呟き、一方のアグレアーブルは無言で兵装を再チェックした。
 ナイトフォーゲルを遥かに凌ぐ大きさのクラゲ型キメラと、周りを飛び交うトンボ型キメラの群れ。
 それらを始めて見る者は、改めて巨大さに息を飲み。
 再び目にした者は、険しい表情を浮かべる。
『目標がポイントに到達次第、エンゲージに入る。メインディッシュは任せたぞ』
『了解。適度に掃除がすむまで、こちらはシュバルムを組んであたる』
 ホアキンの呼びかけに、カルマが答えを返した。

●空を制するのは
 キメラの一団は現れたナイトフォーゲルを無視し、飛行船が存在する方向へ直進する。
 そこへ、八つのロケット弾が飛んだ。
 八発のうち数発はトンボへぶつかり、幸運にもトンボの間をすり抜けた何発かはクラゲに命中する‥‥が、直進を続けるクラゲは進路を乱す事も、バランスを崩す事もなく。
 代わりに、トンボの群れの一部がクラゲから離れた。
『Quenaよりトンボ班各機。ダンスを始めるぞ』
 口火を切ったホアキンが、兵装を8連装ロケット弾ランチャーから3.2cm高分子レーザー砲へ切り替える。
 先陣を切ったホアキンの後に、アグレアーブル機S−01、朋宏機R−01改、莞爾機ディアブロが続き。
 クラゲをかすめるように後方より前方へ離脱する機体を、一斉にトンボ達が追った。

『R−01改の機動性を甘く見るな! 簡単に、後ろを取らせるか!』
 朋宏が機首を上げ、回避行動に入る。
 だが、高速で飛ぶトンボ型キメラも、R−01へ食い下がり。
 その間を隔てるように、レーザーの光が放たれた。
 不規則な動きで避けるものもあるが、光に触れたキメラは呆気なく四散し。
 礼を告げるより先に、朋宏はS−01の後方にガドリング砲を撃つ。
 矢継ぎ早に射出される50発の弾丸が、S−01に追いすがるトンボへ次々と叩き込まれた。
 直撃を受けたキメラや、直撃を間逃れたものの薄羽に穴を空けられたキメラが、次々と堕ちて行く。
 S−01と高度を合わせた朋宏が親指を立てれば、コクピットのアグレアーブルは指を軽く振り返した。
 身振りだけのサインを交わした二機は、再び飛び回るトンボ型キメラへ照準を合わせる。

 並行して飛ぶ二機のディアブロが、主翼を振って左右へブレイクする。
 追尾するトンボの群れは、一瞬ひと塊となった。
 そこへ、リバースした二機がレーザー砲で挟み撃つ。
 まとまった群れは、四方八方へと散開する。
 正面より激突してくるキメラに、ガトリング砲やロケット弾ランチャーで応戦し。
 赤と黒の機体が、群れていたポイントを突き抜けた。
 だが落とされた分を補うように、クラゲの巨大な口からトンボが這い出してくる。
『ダンスのパートナーに、事欠く事はなさそうだな』
『全くだ』
 莞爾とホアキンは短い言葉を交わすと、攻撃を続けながらクラゲの正面で合流し、新たな「増援」の注意を引いた。

 トンボ班がクラゲの進路側へトンボの注意を引く間に、クラゲ班はクラゲの後方から接近していた。
 四機の接近に伴い、クラゲの周囲に残っていた数匹のトンボが反応する。
『どけーっ! 今、道を塞がれるわけにはいかないんだからなっ!』
 気合いと共に凛は進路上のトンボをロックし、AAMを発射する。
 ホーミングミサイルが命中したか、あるいはトンボ自らが激突したかは不明だが、爆煙が一面に広がった。
 更に煙の中へ神音がロケット弾を放ち、カルマは試作型G放電装置を起動する。
 そこへ、速度を落としたアズメリアのディアブロが煙を切り、急降下した。
 クラゲへ接近すると同時に、搭載していた爆弾を切り離し、即座に急加速して上昇する。
 その後方、数秒遅れて炎球が膨れ上がり、周囲へ衝撃波が走った。

『フレア弾で、クラゲ満月が欠けたって感じね』
 交戦空域より距離を取りながら、一千風が戦況を仲間へ伝える。
 クラゲは全体のうち、三分の一近くが爆散していた。
『それでもまだ、直進しています。高度は、徐々に下がっていますが』
 小夜子の言葉に頷いた一千風は、飛行船との距離を確認する。
『トンボが飛んできても、まずいわね』
 小夜子の交渉で飛行船は移動してはいるが、移動速度はキメラよりずっと遅い。なおかつ、巨体が湖からそれて地上に落ちれば、被害は甚大だ。
『こちら、Iris。目標へ、直接的なインパクトを試みるわ。援護をお願い』
 クラゲの反応を観察していた神音が、機体を振って巨体へ急接近する。
『緋室さん?』
『無理するなよ!』
 神音の機体へ迫るトンボにレーザー砲を撃ちながら、アズメリアと凛が呼びかける。
 ディアブロは、減速しながら飛行形態から変形し。
 二本の足で、強引にキメラへ「着地」する。
 直後、つんのめった様に機体のバランスが崩れた。
『く‥‥っ!』
 咄嗟に神音は「雪村」を起動して突き立て、速度を殺して転落を防ぎ。
 一瞬で裂かれた傷口からは、血の代わりに無色透明の粘状物質が吹き出した。
 本来なら、着陸の衝撃は即座に装輪走行で拡散させる。
 だが、待っていたのは泥濘へ突っ込んだような感触。
 舗装された路面でも平坦な地面でもない、生物であるキメラの「上」へ着地したのだから当然だろう。
『降下できそうか?』
『いえ、やめた方がいいわ』
 カルマの問いに答え、見えないながらも神音は頭を振る。
 クラゲの上で高速移動が出来ないなら、離脱速度の確保は難しい。
『とにかく、攻撃は続けて。これを落とさないと』
 歩行が可能と確認した彼女は、足場の悪さも構わずレーザー砲を撃った。

『離脱は困難でしょうか』
 渋い表情で、アグレアーブルがクラゲ上の機体を見下ろす。
 ちらと視線を投げた朋宏は、すぐに自分が追う標的へ注意を戻した。
『気にはなるが、こちらも手を抜く訳にはな』
 フレア弾の直撃とディアブロの「強行着陸」から、彼らを追うトンボの行動パターンが、大きく二つの流れに変った。
 一部はディアブロへ、残りはクラゲが取っていた進路の先へと飛ぶ。
 クラゲもまた、巨大な口を開き。
 そこから、図体に見合ったサイズの火球を吐き出す。
 機首を上げ、熱の塊をやり過ごした莞爾は、始めて見る行動に舌打ちした。
『飛行船まで届かないと、悟ったか』
『こちらは任せて、緋室さんのフォローをお願いします!』
 小夜子の声に続き、クラゲから離れたトンボの群れの中で爆発が起きる。
 最後の飛行船を守る為、アンジェリカとS−01が交戦状態に入っていた。
『湖面までの距離を考えると、対流圏に入るまでに速度を稼げば、まだ離脱できるわ。その分、機体には負担がかかるけど』
『キメラと心中するよりは、マシ‥‥ね』
 一千風の計算に、神音は乾いた口唇を舐める。
『いくぞ。進路上のトンボを、集中的に叩く』
『了解、Quena』
『こっちは少しでも「走れる」よう、クラゲを傾けようぜ!』
『そうだな。ヒレを狙うか』
 仲間達が出来るプランを次々に提案しては、行動に移し始めた。
 それを聞きながら、神音は残る「余力」と雪村で深々とキメラを貫き、緊急用ブースターを起動する。

 やがてボーデン湖の中央に、巨大な水柱が上がった。

●報告
「損傷の大きな機体は先に帰還しましたが、トンボの掃討は続行しています。綺麗さっぱり、掃除していきますので安心して下さい」
 微笑む小夜子に、一千風も頷いた。
「諦めず、最後の一機を提供してくれた博士達メンバーに感謝するわ」
「‥‥博士?」
 ぱちぱちと目を瞬かせるティランに、一千風が再び首肯する。
「そ、ティラン『博士』」
「いやいや。博士とは、スチムソン氏やブレスト氏のような人物に言うものであるぞ」
「でも‥‥確かに変な人だけど、ティラン博士は研究者が似合ってると思う。玩具職人よりも。それじゃあ、ね」
「スタッフの皆さん、頑張って下さいね」
 ひらと手を振って一千風は赤い髪を翻し、小夜子が丁寧に頭を下げた。
 やがてS−01とアンジェリカは、轟音を上げて飛び立つ。
「全く‥‥Wie ein Wirbelwind、であるな」
「へ?」
 風圧に髪をあおられるティランへ、ドナートが奇妙な表情をするが。
 彼は答えず、遠ざかる機体を見送った。