●リプレイ本文
●医療施設
「面会ですか?」
尋ねる看護士に、Cerberus(
ga8178)が無言で首肯した。
「彼が関わった一件を引き継いだが、当事者の話を聞きたい‥‥」
付け加える八神零(
ga7992)に、看護士は不安げな顔で二人の能力者を見比べる。
「得た情報は、既に本部へ提出済みですが‥‥不明な点でも?」
「そういう訳でも‥‥ないんだが」
苦笑して、零は小さく肩を竦めた。
「では、何か気にかかる事が? 質問によっては、ドクターに面会許可を取らなくてはいけませんから‥‥その、精神的なダメージが多い患者さん、ですので」
「何を聞く、という訳ではない。何かを、聞ければいい‥‥その程度だ」
短くCerberusが返せば更に看護士は困惑し、振り返ってナースセンターの同僚達と顔を見合わせる。零もCerberusも『これ』といった聞くべき事項や疑問もなく、ただ漠然と「情報収集」にきた訳だから、それ以上は説明の仕様がない。
「申し訳ありませんが、当該の患者さんは話を期待できる状態ではありません。本部の方へ提出した情報も、かなりの時間をかけて聞き取ったものです。その辺り、話が行ってませんか?」
別の看護士が、険しい表情でカウンターへと歩み寄りながら尋ねた。
「もし能力者の方々に伝わっていなければ、本部へ苦情を入れなくては。皆さんの貴重な時間を、このような形で割くなんて‥‥」
「その話も聞いているが‥‥念のためにな。心配なら‥‥患者を刺激する事はしないと、約束する‥‥」
危害を加える気はないと、零は両手を広げてみせる。看護士達の視線が零からCerberusへ移れば、彼もまたもう一度だけ頷いた。
「くれぐれも、不用意に患者さんを刺激しないで下さい」
小声で念を押した看護士は、男二人を残して病室を出た。
規則正しい心拍を示す単調な電子音が、無味乾燥な部屋でやけに大きく聞こえる。
コードやチューブに繋がれた能力者は、目を開けているが何も見ておらず。開いた口からも、呼吸のたびに喉の奥からひゅぅひゅぅとかすれた息を漏らすのみ。
ざっと部屋を見回したCerberusは壁際に置かれた丸椅子の一つを掴み、それを零の方へ置き直した。軽く目礼する零に答える事もなく、ミラーグラスで表情の読めないCerberusは別の丸椅子へ腰掛ける。
そうして、二人は辛抱強く時間を費やした。
何度か巡回の看護士が様子を見に来るが、変化もなく。
再起は絶望的と診断された能力者は、焦点の合わない目で白い天井を見つめ続けていた。
●待機
「マスクですけど、本部から使い捨ての簡易防塵マスクが支給されました。出来るだけ、細かい目のものを選んでもらいましたので‥‥」
持ってきた小さな白い紙箱の蓋を開けたナオ・タカナシ(
ga6440)は、仲間へ説明しながら箱の中身を数える。
「人数分に、予備が少しあります。残ったら返却ですけど‥‥はい、どうぞ」
「助かりますね。ありがとうございます」
礼を言いながら、鏑木 硯(
ga0280)はナオの手からビニールの袋に封じた白いマスクを受け取った。何気なく御嶽星司(
ga0060)は袋を裏返してみるが、文字は何も印刷されていない。マスク自体は口元に合わせた立体的な作りをした、花粉症の時期によく見かける物だ。
「防毒マスクの方が心強いが、ないよりはマシだな」
「でも、もうちょっと洒落っ気は欲しいわね。薄いブルーとか、この時期ならグリーンも可愛いかも。あと、ワンポイントにプリントを入れるとか。ね?」
マスクを手にしたナレイン・フェルド(
ga0506)が、同意を求めるように少女達へ振り返り‥‥僅かにその笑顔に困惑の色が混じった。
「‥‥小鳥ちゃ〜ん?」
「は、はい‥‥?」
おどおどと答える幸臼・小鳥(
ga0067)は鳴神 伊織(
ga0421)の背中に隠れ、半分だけ顔を覗かせている。
「隠れなくても、いいのに。頑張りましょうね」
膝に手を当てて身を屈めたナレインは、小首を傾げてウインクをした。
「あ、あの‥‥よろしく‥‥お願いしますぅー‥‥」
挨拶を返してなお隠れる小鳥に、伊織もくすりと笑う。
「代わりに、私が受け取っておきますね。でも色付きはともかく、プリント入りは使いにくい人もいるかと思いますが」
ナオから二枚のマスクを受け取った伊織が、何気なく星司へ目を向けた。彼女につられてナオやナレイン、そして硯と小鳥も倣い。
「‥‥そこ、想像するんじゃない」
意味ありげな五人の視線を受けた星司が、苦笑しながら受け流すようにひらりと手を翻した。
「それにしても、二人は遅いな」
改めて、彼は時計を確認する。時間は気になるが、置いて出発する訳にもいかない。
「えっと、具体的な作戦確認は、現状を見てからになると思いますが‥‥森を焼くのは最後の手段として、まずツタの生えている瘤に攻撃の効果があるかを、試してみるんですね」
段取りを確認する硯に、「そうねぇ」とナレインが人差し指を頬に当てて思案する。
「木々達には、罪なんてないもの。そんな悲しい事には、させたくないわね」
「ええ。森を焼いてしまうと、元へ戻すには膨大な年月がかかりますから」
緩やかに黒髪を揺らし、伊織もまた同意した。
「話だと、何だか薄気味悪い感じのキメラですけど‥‥頼もしそうな方が多いですし、大丈夫ですよね、鏑木さん」
「そう、ですね。ナオさんの弓も、頼りにしていますから」
どこか不安げなナオに振られ、同じ年頃の硯は力付ける様に頷いてみせる。
そこへ、慌しい複数の足音が近づいていて来た。
「すまない、随分と待たせた」
零が謝りながら、高速移動艇で待っていた仲間へ駆け寄る。
「どうだった?」
少し眉根を寄せ、短くナレインが首尾を問うが、後ろに続くCerberusは無言で首を横に振った。
「そう‥‥そうよね。自分一人になり、仲間が犠牲になる恐怖‥‥想像を絶するものだったに違いないわ。一体何の為に、こんな事を‥‥許せない」
意外と華奢な指が、くしゃりとマスクを握る。
「急いで下さい、出発します!」
操縦士の呼びかけに、ほぼ準備を済ませた能力者達は高速移動艇へと乗り込んだ。
●森を蝕む
分け入った森は、鳥の声一つ聞こえない。
「生き物の気配‥‥しないですぅ‥‥。何か、怖いですねぇ‥‥」
緊張気味の小鳥が、消え入りそうな声で呟く。マスクをしている為、言葉は微妙にくぐもっていた。
「今はこちらが風上ですが、気をつけて下さい」
風向きを測っていたナオが、注意を促す。
先頭は、伊織の両脇をナレインと星司が固める形で歩を進め。
続いて小鳥とCerberus、そしてナオの三人が、射撃武器を手に周囲を窺う。
しんがりは零と硯が、後方からの不意打ちを警戒しながら守っていた。
生きる物の気配のない森では、落ち葉や下草を踏んで歩く音も静寂に吸い込まれ、どこかから何かに見られているような感覚が付きまとう。それが単なる錯覚なのか、実際にキメラが窺っているのか、確証が持てない。
「眠くなるようなら、ガムもありますから」
「ああ。コーヒーも残っているから、喉が渇いたら遠慮なく言ってくれ」
ポケットを探って明るく話しかける硯に、星司が付け加えた。
「それにしても、今回は私と似た人が多いわね〜♪」
振り返ったナレインは、改めてメンバーの顔ぶれを確認する。きょろきょろと、小鳥も自分より背の高い者達を見回した。
「そういえば‥‥女性は二人なのに、もっといるみたいに‥‥見えますねぇ‥‥」
「あら、小鳥ちゃん。私なら遠慮なく、『お姉さん』の勘定に入れてもらっていいのよ?」
「え、えぇっ?」
くるくると前髪を指で絡めながらナレインが目を細めれば、アサルトライフルを抱いた小鳥は顔を赤くして戸惑う。
緊張をほぐすような会話に、僅かに伊織も表情を和らげたものの、それでも警戒は緩めず。顔を上げた先の梢から垂れ下がったソレに気付くと、足を止めた。
「あれが問題の、ツタでしょうか」
伊織の示したツタを、じっと星司も観察する。
「そのようだな。巻きつき方が、不自然に見える」
細い枝へ緩く巻きついた太いツタは、明らかに宿り主である樹木との共生を考慮していない。だらりと垂れ下がった先端もまた、成長する植物のそれよりも、捕獲や捕食を行う為の罠を思わせた。
「この元を辿れば、いい訳か」
適度な緊張を四肢の隅々にまで行き渡らせながら、月詠の柄へ手をやった零が目でツタの根元を追う。注意深く幾らか歩けば、ツタは一本の樹木の幹に張り付く赤黒い瘤へと繋がっていた。
「何これ‥‥気持ち悪いんだけど‥‥」
話には聞いていたが、実際に目にするのとはまた違い、気味悪そうにナレインが眉をひそめた。
「とにかく、調べてみましょう」
歩み寄りながら、硯が鞘から蛍火を抜き払う。
「き、気をつけて‥‥」
そっと声をかけた小鳥へ、硯は笑顔で頷いた。いつでも援護できるよう、ナオはアルファルへ矢を番える。
仲間が固唾を飲む中、試みに刀の切っ先でツタを突いてみた。が、手ごたえは硬く。
目を閉じて深呼吸すると、彼は真紅の瞳を開く。
蛍火の刀身に、光が淡く宿り。
その光が、弧を描く。
綺麗に切り離されたツタが自重で滑り、枝から落ち葉の上へがさりと落ちる。
「動き出す様子はないな」
念のために零が切り落とされたたツタを観察し、刀の先で小突き、足先で蹴ってみた。それでも、ツタ単体では何の気配がない。
「動くとすれば、やはり瘤が中枢にあたるんでしょうか」
マスクへ手をやりながら、伊織が目を細めた。
「では、斬ってみますか」
「それなら、私が‥‥やります?」
ナオの申し出に刀を構えた硯は僅かに逡巡し、後ろでまとめた髪を揺らした。
「お願いします。中から何かが噴き出すかもしれませんから、俺達は下がりましょう」
硯の言葉に誰も異論はなく、安全の為に全員が瘤の張り付いた木から距離を取る。
静かに覚醒したナオは、瘤を正面から見据えて弓を引き絞り。
放たれた矢が、空気を裂く。
狙い違わず、それは瘤の中心に命中し。
割れた風船の如く、一気に霧状のモノが噴出する。
「うわ‥‥なんだ、これ」
マスクをした口元を、零が押さえた。
霧状のモノが原因なのか、甘ったるく強い匂いが辺り一面に立ち込め、一瞬頭がくらくらする。密度が濃いせいかマスク越しでもむせ、目が刺激されて視界が滲むほどだ。
「下がって、出来るだけ吸わないようにしてね」
促すナレインへ、星司や伊織は言葉の代わりに首肯した。
そこへ。
「ひゃ‥‥っ!」
短い悲鳴がして、Cerberusが声の方向を振り返る。
樹上から垂れ下がってきた数本のツタを、小鳥がアーミーナイフで払っていた。だがツタは左右に揺れながら、なおも小鳥へ伸びる。
「頭を下げてろっ!」
舌打ちすると、警告と共にCerberusは蹴りを放つ。
とっさにしゃがんだ小鳥の頭上で、刹那の爪が唸り。
爪とソニックブームに切り放されたツタが、ぼとぼとと彼女の周囲へ落ちた。
「大丈夫か」
身を竦めた小鳥を、ひょいとCerberusが抱え上げる。
「は、はいっ。ありがとうございます‥‥っ」
赤くなりつつ小鳥が急いで返事をすれば、彼はツタから離れた位置で少女を開放した。
「潰した瘤は?」
月詠を手にした伊織が、注意を戻す。
ナオに射抜かれた瘤はしぼみ、生えていたツタは急速に萎れ始めていた。
●駆逐
発砲の音が、生き物の気配のない森に尾を引く。
アサルトライフルを構えた小鳥は、瘤が弾けて萎む様子に緊張を解く。
動かない『的』は落ち着けば脅威ではなく、発見次第ナオと小鳥、Cerberusの三人が射撃武器で潰していた。
「瘤を潰せばツタは何とかなりますが、森全部を回るのは大変ですね」
思案する伊織に、じっと硯はツタを見つめる。
「ツタの母体みたいなモノがいれば、一気に全部を駆除出来そうですけど」
「母体、ですか」
硯の言葉を繰り返した伊織は、躊躇なく萎れたツタへ歩を進めた。瘤へ接近すれば、強い香りが思考を妨げる。察するに、瘤から放たれる花粉や胞子のようなものが、眠気の元凶だろう。集中力を乱す強い匂いに目眩を覚えながら、伊織は瘤から伸びるツタを辿り、ある一本で視線を止める。
「これ‥‥変じゃないですか?」
示したツタは他のモノと違い、先端が先細りになっていない。萎れているのも潰れた瘤の側のみで、まだ萎れていない反対側は森の奥へと続いていた。
「別の瘤と、繋がってるのか?」
木々の先へ、零が目を細める。
「ともあれ、行ってみれば‥‥」
判るだろう、と言いかけた星司だが、言葉より先に身体が動いた。
反射的に伊織を突き飛ばし、自分も勢いのまま転がる。
直後、木陰から弾丸の様に飛び出した影が――伊織が背にしていた木が裂けた。
幹が爪の形に抉られ、残る者達は何が起きたかを悟る。
「お出ましのようだな」
葉擦れの音に、零が月詠を構えた。
「いいわよ。遊んであげるから、いらっしゃい!」
あえて飛び出したナレインの肌が、一瞬で白磁から黒曜のような色へと変わる――両の手甲に十字型、左目の下には涙的のような文様のみを残して。
槍の穂先を下げて挑発するナレインへ、再び影が跳んだ。
接触の直前、エリシオンを軸にナレインが宙へ舞う。
激突の勢いで地面が抉られ、土と落ち葉が飛び散り。
着地した豹のキメラは、すぐ跳躍の態勢に入る。
「くっ‥‥!」
弓を引くナオだが、障害物と相手のスピードに狙いが定め辛い。
「動きを止めるぞ」
「ですね」
口角を上げて犬歯を覗かせた星司に、応えた硯が『先手必勝』で先んじる。
二人の動きに、囮のナレインがタイミングを合わせ。
木を背にして、ぎりぎりでキメラの攻撃をかわした。
キメラの鋭い爪が、幹へ喰らい込み。
後ろから、硯が蛍火で斬り払う。
苦悶の咆哮が、大気を震わせる。
だが容赦なく、続く星司が刀傷をファングで穿った。
「全く‥‥グラップラーは、早いな」
苦笑する零が、黒炎を纏った刃を振り下ろし。
「‥‥不器用でね‥‥手加減はできない。悪いな‥‥」
重い一撃に、爪が刺さったままの前足を木に残し、キメラが鮮血を撒き散らして地面に転がる。
それを縫い止める様に、次々に矢と弾丸が撃ち込まれ。
「これで逝きなさい‥‥さようなら」
青白い光を纏った伊織が、月詠を深々と突き立てた。
「コレが‥‥『根っこ』、でしょうか」
怯えた風に、小鳥が身体を強張らせる。
ツタを辿って進めば、森の最深部に他の瘤より数倍の大きさの瘤が、生き物のように脈を打っていた。
「やるか」
要点だけを口にしたCerberusが、デヴァステイターをリロードする。
巨大さ故に直接攻撃も必要となったが、それ以外に障害はなく。
森を蝕む根源は、排除された。
念のためにツタの脅威がなくなった事を確認しながら、能力者達は森の奥から戻る。
「森を焼かずに済んで、本当に良かったですね‥‥」
安堵の息を吐く伊織の耳に、遠くから戻ってきた鳥の声が届いた。