●リプレイ本文
●未知との邂逅
「おっ。お、お、おぉを〜〜?」
奇妙な声を発しながら、ティラン・フリーデンが四機のナイトフォーゲルの周りをぐるぐる回っている。
研究所前に現れたのは、三機のF−104『バイパー』とF−108『ディアブロ』だった。
成層圏プラットフォームの要である、無線中継局を積んだ飛行船。成層圏に点在する飛行船が襲われたなら、当然ながら襲撃者は空を飛ぶ『ナニカ』だ。それに備え、そして落ちた飛行船を探す為に、能力者達は戦力の半数を空に割いた。
「はいはい、触るんじゃないの」
興味津々のティランを、無情にも鯨井昼寝(
ga0488)がメリメリと引き剥がす。
「見世物じゃないんだから」
「む。減るモノでもなかろう。それに実物は滅多に見れぬものだからな」
「見る機会がないのは、いい事でしょうけど。でも減ったら困りますし、ティラン様相手では何だか減りそうな気がしてきます」
腕力に負けてじたじたもがくティランに笑いつつ、藤川 翔(
ga0937)は割と容赦のない事を言う。
「け、削ったりせんよ?」
「削れるもの‥‥なんですか?」
てへりと笑顔でティランが訴えれば、稲葉 徹二(
ga0163)を見上げる比留間・トナリノ(
ga1355)が素朴な疑問を投げた。
「自分に聞かれても、困るのでありますが」
まだ小首を傾げたままのトナリノに、帽子へ手をやって徹二は頭を掻く。
「どういう駆動で、どういう変形プロセスなのかという点については、興味が尽きないがな」
「そこはやっぱり、研究者として‥‥とか」
仮にも相手がソレなりの立場である事を鑑みて、遠石 一千風(
ga3970)が軌道修正っぽく話を振った。が、ティランは何故か胸を張り。
「いや。ナイトフォーゲル完全変形再現モデルの玩具など、燃えるであろうっ!」
「‥‥判ったから」
謎っぽく力説する相手へ、脱力気味の一千風がひらひら手を振った。
「あの人って‥‥どういう人です?」
距離を取り、愛機ディアブロの陰から会話を窺う鞠絵・エイデル(
ga8236)へ、ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)は両手を広げてる。
「UPCのデータだとプロジェクトの中心的人物で、玩具職人‥‥だっけか?」
「おもちゃ‥‥の?」
一瞬、頭の中で繋がらず、鞠絵の表情には更に疑問符が飛び交っていた。
「ま、無線を飛行船で中継ってな、なかなか面白い事をやってるみたいだからな。このご時世、そーゆー気概は大好きだぜ。俺は」
からからと明るくジュエルが笑う一方で、苦笑する一千風は小さく肩を竦める。
「面白いのと変わってるのは、紙一重というか。それとも、変わってるから面白いというべきか‥‥意義ある研究とは思うけど」
「俺は、馬鹿言う人は好きであります。しかし出来ることなら成層圏と言わず、もうちと飛ばしたい所でありますなぁ」
手をかざし、徹二が青い空へ目を細めた。今は叶わないが、彼が目指すしているのは成層圏の向こう側だ。
「うむ。ぜひとも何とかして、『穴』を開けたいところであるな」
両手を腰に当て、背中をのけぞらせてティランが天を仰ぎ。
他の者達もつられるように、空へ目を向けた。
「データの同期、終わったよ。飛行船の信号が受信されるか、試して」
「判りました」
施設の窓から顔を出したドナートに翔が返事をし、自分のバイパーへ向かった。
「ところでプラットフォームの飛行船って、どの程度の大きさなんですか? 飛行中のナイトフォーゲルが、うっかり誤射して落としちゃった‥‥なーんて事は、ないと思いますけど」
窓越しに智久 百合歌(
ga4980)が聞けば、「ああ」と若い青年は部屋の中を指差す。ごっちゃりとした机の上には、全長1m程の流線型の飛行船が置かれていた。
「あんなモンだよ。ガス充填型のもあれば、太陽電池で動く飛行型もある。タイプごとの性能と、耐久試験も兼ねてさ」
窓から中を見る百合歌の後ろで、コクピットから翔が大きく手を振る。
「データリンク、OKですー!」
「了解。こっちは機体の位置把握が出来ないから、中継局を撃墜しないようにね」
悪戯っぽく舌を出したドナートは、ひょいと窓から顔を引っ込めた。
●手がかりを求めて
「中継局の消失原因追求と、出来ればそれの排除、確かに任されたぜ。じゃあ、先に行っとくからな」
運転席のジュエルはティランに親指を立てて見せると、次いで翔へも軽く指を振る。助手席では地図を広げた百合歌が、中継局の消失地点へのルートを熱心にチェックしていた。
「空からのサポートはよろしくね、昼寝」
「こっちこそ。場所が場所だから、遭難しないでよ」
後部座席の一千風は、昼寝と冗談めかしたやり取りを交わし。
「戻る頃には、暖かい風呂と食事は用意しておくぞ」
「期待しているであります、ティランさん。お二人も、気をつけて」
反対側に座る徹二が、トナリノと鞠絵、そしてプロジェクトのメンバーへ敬礼する。丁寧にトナリノが頭を下げ、彼女の後ろから鞠絵は小さく手を振った。
「うっうー、久々に空戦の予感です! こちらも頑張って、行きましょう」
仲間を見送ったトナリノがぎゅっと拳を握って気合を入れれば、鞠絵もこくんと頷いた。
「出かける前に一つ、確認しておきたいんですが‥‥」
ドナート達が研究所へ戻るのを確認してから、翔はティランを呼び止める。
「例の『内通者』の件は、あれからどうなったんです?」
かねてからの懸念を小声で尋ねる翔に、足を止めたティランは髪を掻きながら唸った。
「ベルナール君なら雲隠れしたままで、彼の部屋ももぬけの殻。念のために施設の調査を行ってみたが、爆発物や盗聴器、カメラのたぐいは発見されず、だ。何を思ってコトに及んだかは、彼のみぞ知るというヤツであるな」
「では今回の中継局ロストは、内通者の仕業ではない。という事でしょうか?」
「犯人は、プロジェクトチームの中にいる!」
険しい表情の昼寝が、二人へビシッと人差し指を突きつけ‥‥ニッと白い歯をみせる。
「これがミステリなら、そうなるでしょうけどね。でもトンボ型のキメラが目撃されてるし、十中八九はソレの仕業だと思うけど」
肩にかかった三つ編みを背中へ払い、じろりと昼寝がティランをねめつけた。
「にしても、なんだかいつも問題起こってるわよね。ここって」
「いっ、言っておくが、俺のせいではないからな!?」
睨まれてうろたえながらも訴える相手へ、弾かれたように昼寝が笑い出す。彼女の反応に呆気に取られるティランの袖を、くぃくぃと遠慮がちに鞠絵が引いた。
「戻ってきたら、お風呂とご飯‥‥私のも、あります‥‥?」
やや涙目の鞠絵の訴えに続いて、腹の虫がくぅぅと控え目に自己主張する。
「‥‥飛び立つ前に、キャンディバーでも食うかね?」
ポケットから菓子を取り出すティランに、鞠絵はこくこくと首を縦に振った。
変形した四機のナイトフォーゲルは、舗装道路まで出ると背面の推進装置で加速し、次々と離陸する。
『念を入れて、作戦のオーダーを変更したいのでおじゃるが』
ある程度の高度を維持したところで、覚醒して口調の変わった翔が切り出した。
『でも、無事な飛行船を確認するのは変わりませんよね?』
饒舌になった鞠絵が、本来の目的を再確認する。
『そこはそのままで、回るルートを変更するでおじゃるよ』
『それで気が済むなら、構わないけど。何が出るかは、調査してからのお楽しみ‥‥ってね!』
面倒そうながらも、昼寝は不敵さを含んだ返事を寄越した。おそらく思考はトンボ型キメラとの戦闘や、起こりうるかもしれない別の可能性へと飛んでいるのだろう。
気持ちを落ち着かせるようにトナリノは一つ深呼吸をすると、レーダーや機器をチェックし、目視で視界を確認した。忙しく動く右眼には、照準器のようなラインが浮かび上がる。
「転送データ確認。晴天により、視界は良好。もし破損した飛行船がいれば、ダメージの程度も確認できるかもしれませんね。もちろん無事なのが一番ですが、うっうー!」
急いで言葉を付け加えつつ、彼女は翔の送ってきたルートと飛行船のポイントを、再度確認した。
「持ち去って破壊したなら、信号の移動記録が残るはずですよね? つまり、信号が消失した地点で攻撃されて、完全に破壊されたって事でしょうか」
ナビをしながら推測する百合歌に、口元に手を当てた一千風が思案を巡らせた。
「そうなるけど‥‥キメラはどうやって中継局の場所を知ったのか、気になるなぁ」
「この時期にイタリアとの通信が出来なくなったってのも、ちょっと由々しき問題だよな。タイミングが悪いというか、良すぎるというか」
連なるアルプスの山々へちらと視線を投げ、ジュエルはハンドルをとんとん指で叩く。
「何にしても、上空班の連絡待ちでありますか。明瞭な手がかりを得ていれば、いいのでありますが」
窓から外を見る徹二の期待に、百合歌は微妙な表情を浮かべた。
「まず、20kmも上空から落ちるんですもの。残骸は真下ではなく、広範囲に渡って四散しますよね。中継局自体も小さいし、上空から痕跡が見つかるかしら」
「例え発見できなくても問題のキメラが確認できるか、最悪の場合は次の『襲撃』を防ぐ事で何らかの糸口が掴めるかもしれない」
何気なく髪に指を絡ませる一千風が手を止めれば、赤い髪はするりと指の間を零れ落ちる。
「もっとも、やるからには『最良』を目指すのが、スジだけどね」
そこへ、車載の通信機が仲間達の知らせを伝えた。
●落ちたモノと落とすモノ
冷たい風が積もった雪を巻い上げながら、身体へ吹き付ける。
「ぬあっ、さびぃ〜っ!」
露出箇所から食い込む冷気に、ジュエルは身体を震わせた。テントを担いだ背を丸め、雪に足を取られないよう注意して進む。
「大丈夫?」
後ろから気遣う一千風の声に、彼は振り返らず脇から親指を立てた拳を覗かせた。
「でっかいのは、こういう時の風除けにならねぇとな」
強がる背中へ、小さく笑みを作り。それから彼女は、もう二人の仲間へ視線を向ける。
少し離れた場所では、念のためにロープで互いを結んだ徹二と百合歌が、同じ方向へと進んでいた。
「ひどい風でありますな。このままでは、せっかく見つけた問題の場所が、雪に埋もれて消えてしまうであります」
「まだ、降らないだけマシですけどね」
上空を飛ぶナイトフォーゲルが見つけたのは、雪に覆われた山肌の中で何故か円形に剥き出しになった、茶色い地面だ。見つけた時は晴天だったが、山の天候は変わりやすく。地上の四人が着いた時には、吹き降ろす風で地吹雪が起きていた。
「他に、手がかりが見つかってないんだ。ナンとしても、これだけは調べないとな」
半ば意地でジュエルは白い雪を踏みしめ、一千風は彼の踏んだ足跡へ正確に歩を合わせる。
やがて、明らかに雪の厚みが違う問題の場所へ辿り着くと、四人は安全のために風が止むのを待った。
「アイネイアスさんからの気象データでは、20分ほどで天候が回復するそうです」
『うっうー! 後は、何とかなりそうですね!』
翔からの連絡を受け、トナリノの声に安堵の色が混じった。
研究所とのやり取りは軍用回線を使わず、周囲の無線中継局を利用している。理由は簡単で、ティラン達が軍用の設備を持っていないからだ。故に研究所との連絡役は、もっぱら翔が担っていた。
『これで、何かが判ればいいですね。せっかく苦労して作った物を、もったいない‥‥』
会話を聞いていた鞠絵の言葉が、一瞬途切れ。
『中継局の信号が一つ、消えましたっ』
慌てた言葉に、残る三人が一斉に自分のレーダーを確認する。
『すぐに向かうわ』
中継局の警戒に当たっていた昼寝が即答し、翔は地上の仲間達の上を共に旋回するもう一機のバイパーを見やった。
「どうします、トナリノ様」
『でも、単機ではこちらにトンボ型のキメラが出た時、心配なのですよ。敵が複数いないとは、限らないですし‥‥』
『こっちは、鞠絵と私に任せて。盛大なパーティなら、声をかけるから』
『ご馳走のないパーティ‥‥残念です』
威勢のいい昼寝に続いて、がっかり気味の鞠絵が力のない声で呟き、翔はくすりと笑う。
「夢中になって、呼ぶのを忘れないで‥‥」
『あ‥‥待って下さいっ』
言いかけた翔の言葉を、トナリノが遮った。
『消えた中継局の位置からこちらへ、何かが接近してきます。ワームほど速くないですけど』
『了解しました』
『そっちへ向かうわ』
離れた二人から、短い答えが返ってきた。
「これ、ナンだ?」
見つけ出したモノを前に、ジュエルが眉根を寄せる。
風がおさまったのをみて、地上の者達は手早く『作業』に取り掛かった。うっすらと雪をかぶっただけの状態から、ソレを見つ出すのは困難ではなかったが。
「焦げた、何かの骨組みのようであります」
転がっていた黒っぽい骨組みの一部へ徹二が手を伸ばし、拾い上げる。
ソレは思ったより重量はなく、片手で持ち上げられる程に軽い。
「ひとまず、持ち帰らないとね。プロジェクトの人なら、何か判るでしょう」
「うん。何かの手がかりになれば、いいけど‥‥」
百合歌へ頷く一千風の上に、黒い影が落ちた。
雲が光を遮ったのかと、何気なく空を仰げば。
彼女らの直上で、円い巨大なクラゲが浮かんでいる。
周囲では例のトンボのような影と、四機のナイトフォーゲルが飛び交っていた。
「なに、あれ‥‥」
あまりの巨大さに、一千風だけでなく百合歌も呆気に取られ。
「急いで離れよう。俺達がいたら上が交戦できないし、雪崩が起きるかもしれないっ」
ジュエルが一千風の腕を引き、徹二は急いで荷物に黒い残骸を突っ込む。
そして四人は巨大な影から逃れるように、雪の斜面を下り始めた。
『何よ、これ!』
舌打ちしながら昼寝が操縦桿を引き、直進するトンボ型キメラを回避する。
トンボ型キメラはナイトフォーゲルと比較すれば大きくはなく、見た感じ全長は人の身長と大差ないだろう。
問題は、数だ。
十匹近い群れで、機体へ突っ込んでくる。
高速で飛行するソレがフォースフィールド込みで直撃すれば、タダでは済まない。
ビームを掃射して落とす事は出来るが、巨大キメラを囲む群れの総量は減った感じがなく。むしろ‥‥。
『あの大きいのが、吐き出しているでおじゃる』
機体を丸呑みできそうな巨大なキメラの口から、次々とトンボ達が這い出していた。
巨体の正面に回った翔からの知らせに、鞠絵が腕をさする。
「気持ち悪ぅい‥‥」
『とにかく下の皆が安全圏へ移動するまで、援護するのです』
トナリノが、きゅっと唇を噛んだ。
火力が足りない訳ではないが、相手のサイズがサイズだけに、落とす場所は選ばなければならない。一方で巨大クラゲな大型キメラは彼女らの攻撃にも興味を示さず、完全に空域を離れる。
やがて巨大キメラが向かった方角で、中継局の光点が一つレーダーから消えた。